紅蓮の男   作:人間花火

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11発目 戦狂いと爆弾狂

「人間は、ちょっと作り替えるだけでただの爆弾になる」

 

肩を揺らし、不気味に嗤う、笑う。 口を薄く開けて、低い声音で歓喜を謳う。

この男は爆弾魔。 いままで幾多もの人間や悪魔、その他諸々の敵をなんであれ爆弾にしてきた。 惨殺という表現も陳腐に聞こえる悪逆非道。 いや、死体がある程度残らない分、文字通り後腐れの無い「綺麗」な殺害方法と言えるのか。

 

対象の痛みは一瞬。 人間の奥深い内臓物を「火薬に似た何か」などというよく解らない物質に作り替えられて内部から四肢を弾け飛ばされる。

 

その人間のいままでの生を、一切合財無に屠るような所業。 まるで人間皆、空虚なのだと知らしめるように。

 

人を創造した神を真正面から虚仮にするような命知らずだ。

こんな男は、ろくな死に方をしないだろう。 しかしそれすらも省みず、自らも空虚であると自覚しているがゆえに、男は我道を進む。

 

ナイン・ジルハード――――最悪の爆弾狂である。

しかしいま、そのナインは未知の境遇に酔い痴れる。 いままで人間や、比較的下位の存在を爆弾に変えてきた彼が挑戦したこと。

 

―――――人間ではない。 化外の輩。 その中でも上位の存在を対象として爆弾への変成を試みる。

 

「…………」

 

あまりの唐突な事態に瞠目するリアスには、スローモーションのように世界が見えていた。

 

片翼が四散する。 爆発というのには程遠いが、破裂するように黒い翼が弾け飛んだ。

堕天使幹部、コカビエルの黒き翼10枚の内、五枚が収奪された――――これがいち人間の所業とは思うまい。

 

「人の領域を出ないはずの錬金術が……なぜ―――――!」

 

コカビエルは、人の手で編み出された術ならば、人智の線を超えることは決して無いといままで思っていた。

まして錬金術など科学の領域。 理屈ではどうにもできないのが我々、人ならざる者の持っている特性であり、人間との間に確固たる線を引く理由…………だったはずだと。

 

「人間は…………」

「…………?」

 

低く笑って話し出すナインに訝しげに歯を噛む。

もがれた翼の根から出血するのを応急処置として魔方陣を展開して塞ぐコカビエル。

 

「ぬぅ…………!」

 

片翼になり、十分に空を飛ぶことができなくなったコカビエルは、自分にゆっくり向かって来るナインを睨みつけた。

しかし、その様子に気にすることなく、ナインはそのままゆらりゆらりとコカビエルに歩を進める。 

 

「人間の体は……大半が水分ですが、多少の金属原子を含んでいます」

「………………ナインの奴、なにを?」

 

この事態は、味方であるはずのゼノヴィアですら状況を把握することができていない。

 

「幹部格の翼を…………!」

 

自分の真横を通り過ぎるナインを目で追うリアス。 

 

「その組成と……若干の有機物を利用すれば、簡単に爆発性のある物質に錬成できるんですよ」

 

先刻弾けたコカビエルの黒翼の羽を一枚―――摘まんで破裂させる。

 

「爆発、には至りませんが、このような手軽な材料でも、弾けさせることができます」

 

そう言うと、ナインは地面に両手を突いて錬成を始める。 手の中だけでボコボコと形を歪ませていく地面はやがて離れて行き、一つの黒い塊と化した。

 

鉄球、のような…………否、鉄球なのだろうが、バスケットボールくらいの大きさの鉄の塊をナインは先の錬成で作り上げた。

それを――――コカビエルに向かって投げ込む。

 

「ちっ――――」

 

コカビエルは屈辱に表情を歪ませたまま飛び退く。

鉄球は、標的を見失い地面に――――落下と同時に爆炎を撒き散らしながら爆発した。

着弾の衝撃を受けて爆破する鉄球は、大地を抉りながらもその破壊の手を緩めない。 円形を描きながら大地を浸食していく爆風は、火炎を伴い穴を穿つと、やっとその勢いを緩め、ようやく打ち止めになった。

 

歯を食い縛ってその破壊された大地を見るや、コカビエルは光の双剣を持ち直してナインに突貫していく。

片翼をもがれようと、その移動速度は健在で、瞬く間にナインとの距離を詰め寄せた。

 

「錬成の暇はもう与えん! 塵と消えろ、錬金術師!」

「うっ―――と」

 

横に一閃される右の光剣を、体を仰け反らせて避けるナイン。 前髪が少量裂かれたのを見るや、仰け反りざまにバク転――――両手を地面に突いたと同時にコカビエルと自身の間で爆炎の壁を出現させる。

 

「煩わしい。 真正面から来い貴様ぁ!」

 

そう苛立つコカビエルに、煙の中から姿を現したナインは肩を竦めた。

 

「よしてください。 私のような人間はね、こうやって小細工しなきゃまともに戦えもしないんですよ」

「減らず口を――――!」

「へへ…………ハッハっ……!」

 

肉薄――――前傾姿勢で繰り出される俊敏な動作で懐に入り込むと、コカビエルの腹に手を触れた。

すると、触れた部位から徐々に己の体が赤みを増していくのを見たコカビエルは、ナインを光の剣で十字に切り刻む。

 

「ぐ…………ハッハ…………ふっははっ」

「クソ――――、ふざけた話だ、錬金術ごときが俺に通用する代物だったとはな――――だが、貴様のその手を触れさせなければ問題は無い」

 

切り刻まれた部分から出血しているにも関わらず笑みを止めないナインは、空中で態勢を立て直して着地した。 わきわきと奇妙に五指を動かしながら口元を上げる。

 

その途端―――錬成を中断させたはずのコカビエルの腹部の表面から下が、灼熱の炎を擁しながら爆発した――――否、焦げた。

 

「ぐぉぉぉぉぉ!? がぁ…………な、んだとぉ――――!」

 

規格外の熱量を伴ったエクスプロージョン。 膝を突くコカビエルは、ハッと自分の腹を見た。

 

「これはぁ――――っ」

 

炎熱による爆破で彼の腹部を焼いたのだ。

煙を上げる自身の体に焦燥するコカビエルに接近したナインは、そのまま腹部を足の裏で蹴り飛ばす。

 

焼かれた腹を更に足蹴にされたコカビエルは苦痛に顔を歪めた。 しかし刹那。

 

「ふー、ふー…………ぐっ…………はっはははは、カーーーーッハハハハハっ!」

 

地に膝を落とすコカビエルから哄笑が放たれる。 黒いスーツは焦げ、破けて、さらに傷を負っている自身の体を見るがしかし、屈辱よりも楽しさが込み上げてきていた。

 

「人間が堕天使を斃す。 面白い冗談だ」

 

黒焦げの体を起こし、ナインを見て不敵に笑む。

 

「創作の亡者、智の探究者と呼ばれる貴様ら錬金術師には分かるまい、戦争が如何なるものか……」

「…………」

 

光の剣を一際大きく作り上げる。 それを両手に握ったコカビエルは続けた。

 

「失うのは悲しい、蹂躙されるのは屈辱の極みだ。 だが、それ以上に戦場とは俺にとっての究極の娯楽場だ!」

 

戦場、戦争。 それがないとやっていられないという、一種の中毒症状を患ったこの堕天使はおそらく、大昔に勃発していた三つ巴の戦争でこそ英雄、強者と言われていたのだろう。

 

「お前もそんなに強いなら、なぜ戦を求めない! お前の力を存分に揮える場を求めない!」

 

そんなコカビエルの叫びを、ナインは鼻で笑う。 しかしそれは、哀れな者を見るような瞳でコカビエルを貫くのだった。

 

「ダメですよ。 そんなんじゃあ本当に戦争は起こせない」

「…………っ」

 

後ろで束ねた黒髪を少し弄ると、片目を瞑った。

 

「あなた一人が騒いだところで、何も起きない。 結局のところ、こんなのはただの小競り合いに過ぎないんですよ」

「お前がここでそいつらを…………リアス・グレモリーとその眷属を皆殺しにすれば戦は成る! お前も自分のその力を存分に揮いたかったから、ヴァチカンのど真ん中で虐殺を敢行したのだろう!?」

 

自分と同じような境遇にいる癖に、何をいまさら教会の正統派信者どもとつるんでいる、コカビエルはそう言うのだ。

しかし、またもナインは頭を横に振る。

 

「いやぁ、あれは……まぁ、『はずみ』ってやつですよ。 気分」

「こ、の…………!」

「あれこれ考えると面倒ですからね。 好きに生きた方が楽しいでしょ?」

「だから俺は戦争を起こそうと!」

「一人で戦争の続きをすれば、それであなたは満足だ」

 

他を巻き込むなど、当然のごとくに言語道断である。 しかしそれでも戦争を再発させたいというなら是非も無し、好きにすればいいと。

 

「あなたに付いてくる者など、限られてくる」

 

いまの時代にそのような凶行に及べば、四面みな敵となるのは必定。 ナインに言わせてみれば、それは道化が一人踊る小さな舞台だ。

玉砕を決定付けられた出来レース。 たった一人ではなにもできないということを知るがいい。

 

「しかしそれがあなたの本望だ」

「違う! 俺は勝ちたいのだ。 戦争を起こす!」

「もうそういってられる時代じゃないんだなこれが。 バトルジャンキーは、いまの時代には不要だし、流行ってないらしいですよ?

我々教会も、戦争が無くなってから小競り合いしかありませんでしたからねぇ、主に悪魔との。

で、あなたのような思想を持っている人は用無しだ」

 

己も理解されない人間であるゆえに。

ナインも教会では粛清のことなど考えずにその場の勢いで行動を起こしている。 それにも関わらず、玉砕はせず生還しているのは、この男の悪運の強さ故だろう。

 

「一人で何かを伝えられると思っている? 面白い冗談だそれこそ。

私の思想も、私しか分からない。 あなたの思想も、あなた自身しか理解できない、狂人だとバカにされ相手にされないでしょうねぇ当然だ」

 

いまの時代において、自分が異端なのを理解している紅蓮の男だからこそ吐けた台詞だった。

 

「…………だ、だから貴様は、常人のフリをしてこの世界に溶け込んで―――」

「まぁ、でも私もそのフリは服役までしか続きませんでしたけどねぇ、ハハハ!」

「破綻者か…………っ」

 

これでも服役前よりは、多少は本能を制御することができるようになったナインだから、教会の戦士二人とともにこうして異国に訪れて任務を遂行できているのだ。

 

「やり方が少しでも違ったら、もしかしたら私はあなたに賛同していたかもしれない」

「ナイン!」

 

とんでもないことを口走るナインに、ゼノヴィアが叱咤する。

 

「おっとこれは失言」

「…………聞かなかったことにしてやる」

「いやぁ」

 

むっとしているゼノヴィアを横目で見ると、笑って肩を竦めて再び獣のごとき速さでコカビエルに接近する。 

いまコカビエルの持つ光の剣は先と違い一振りのみだが、その分大きさも段違い。 さらに純粋に両手で握り込まれているため、空気を裂くほどのスピードを擁している。

 

「そぅらっ!」

「ちょこまかと…………!」

 

しかしコカビエルの剣を受けることを許されないナインは、身軽さを最大限に利用しながら剣戟を避け続ける。

以前、旧校舎を半壊させた際に見せた動体視力と移動速度。 それらを使い、コカビエルの攻撃から生じる初動の僅かな変化を視てから動く。

 

決して先読みしているわけではなかったが、光の剣を振り下ろす直前ですでに射程から逃れているナインに、コカビエルの苛立ちが募っていた。

 

―――――「騎士(ナイト)」の小僧より速い!? そんなバカな。

 

人間がこのスピードを維持しながら緩急付けることなく同じ速度で動く。 この事実にコカビエルは内心眉をひそめたその直後、目の前に翳された手に目を見開いた。

 

「ばーん」

「ぐぉっ――――」

 

呆けたような声音とともに発せられた破裂音。 すると同時に、コカビエルは驚き後方に飛ぶ。 しかし、明らかに忘却していた片翼の損失に気づいたときは、自分が宙に跳んだあとであった。 歯噛みする。

 

「しまっ――――たぁッ!」

「堕ちた天使なんですから、飛べないのは別段不思議じゃあない」

 

片翼を失ってバランスを掴めずに態勢を崩すコカビエルに大きく一歩迫り接近した。 ナインはその機を外さず、妖しく瞳を光らせて鉤爪のように紅蓮の魔手を伸ばしていく。

 

「おのれ錬金術師――――」

 

今度は以前のような前傾とは異なる。 コカビエルの懐に入り込むと、腰を入れて右掌を弾き出した。

コカビエルのどてっ腹に、衝撃を擁しながら打ち込むように接触――――。

 

「ぐふ、ごぁ―――――」

 

その瞬間、錬成反応である数条の雷を合図とともに、コカビエルの正中線に爆発の穴が穿たれる。 大量の血液を吐き散らし、堕天使の幹部であるコカビエルは、歯を食い縛って目線の下に居る紅蓮の男を見据えた。

 

憎々しげに、戦狂いの証である赤く染まった瞳で、直下のナインを見下ろす。 彼の頭を震える手で掴む。

 

「お、おぉぉぉぉぉおぉぉ…………っ!」

 

堕天使なのに、鬼のような形相でその男を睨みつけて呪言のような言葉を紡いだ。

 

「俺は――――ォぁ……時代に置いて行かれたくなかった…………っ」

「………………」

 

その後の言葉も続かせずにコカビエルの胴体から内臓を吹き飛ばす。

白目を剥くコカビエル。 最後は、己が内臓の血しぶきをナインの体にぶちまけてその場にゆっくりと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に…………斃した? あの、堕天使の幹部を……?」

「神は…………」

 

リアスが複雑そうな表情でナインを見た。

 

「ふはははは、ハハハハッ!」

 

笑っている。 大気が割れそうな大笑が響き渡る。

いつもクールに、言葉物静かなあの紅蓮の男が腹が割れそうな勢いで仰け反って歓喜していた。

 

その光景を目に、口をつぐむ。

 

「神は居ない…………っ」

「…………部長」

 

一誠も複雑そうな表情だ。 コカビエルは悪だったが、それを斃したのは正義のヒーローでも、信頼できる仲間でも無かった。

 

神がまだ存命だったら違った展開になっていたかもしれない、そう思ってしまった。

 

なぜならこれは――――英雄譚では無かったからだった。

コカビエルという悪を倒したのは、また別のベクトルの悪だったから。

 

この時点で、やはりナインは彼らの中では信頼できる味方というわけではなかった。

 

「血だ…………へっへへふあははっ! これが堕天使の血液……彼らの体に巡る血潮…………赤いではないですか。 人間と同じ赤い血だ。 結局同じかッアッハハハハハハハフハッ!」

「ナイン」

 

ゼノヴィアがナインに歩み寄った。 すると、笑いすぎて涙腺が緩んだことで流れた涙を拭くと、振り向いた。 笑いの余韻を残したままナインはゼノヴィアの肩に手を置いた。

 

「ハッハハハ、あー…………いや、すみません。 嬉しすぎて涙がね」

「…………お前おかしいだろやっぱり。 まぁ、ともあれコカビエルを撃退したのは何よりも吉報だ。 お前を連れてきて良かった」

 

「お互いさまだ、フハハッハ、あーまずいまだ笑いが止まらない。 私も有意義な時を過ごせた、これで――――」

「終わってしまったのか、残念だ――――」

 

その場の雰囲気が直後に引き締まる。 知らぬ声とともに張り詰める空間は、ナインに周囲の結界の異変を知らせていた。

眉をひそめてナインはポケットから手を出した。

 

「破られる…………」

「ソーナたちの張っていた結界が!?」

 

破壊されていく結界。 降りてくる声の主は、白い鎧らしきものを纏って降りてくる。

まるでその者を避けるように結界はその機能を解消していってしまう。

 

「会長、なんすかこれぇ!」

「くッ…………分かりません、何者かが侵入したとしかっ――――」

「結界維持率っ――――大幅低下! くっ――――なにか来ます!」

 

白い者は、悠々と結界を破り進んでくる。 消滅していく結界から、ゆっくりと上空から降下してくる。 全身を白銀の装甲に覆われた声の主が――――やがて地に足を着いた。

 

「むっ――――コカビエルが」

 

コカビエルが起き上がってきている。 腹に穴を空けられて動けるのも驚愕ものだ――――その生命力、耐久力に感心するナイン、だったが。

 

「…………ふーん」

 

しかし、横目にチラリと一瞥するだけだった。

 

「ぐぅぅ…………くそ、俺としたこと、が」

 

いつの間にか起き上がっていたコカビエルは、しかし虫の息。 肩で息をして、自分の目の前に降りてきた白い男に視線を上げる。 途端に、驚愕に表情を歪めた。

 

「貴様は―――『白い龍』バニシング・ドラゴン! ここに来て貴様か――――」

「―――――我が名は、アルビオン」

 

白い鎧に埋め込まれた宝玉が輝き、声を放つ。

 

その直後、コカビエルの意識は拳打で再び飛ばされる。 声も上げることも許されなかった。

がくりと脱力したコカビエルを肩に担いだ白い鎧の男は、イッセーに視線を向けると、やがて興味が無くなったように今度はナインに向く。

 

「お前がこいつをやったのか。 なら、とりあえず聞かれる前に説明しておこう。

アザゼルからこいつの回収を頼まれていてな。 こいつの凶行を止めてふんじばってくるように言われているんだ」

「アザゼル――――!」

 

堕天使のトップ―――総督の名前を出されて目を見開くリアスたち。

ナインは眉根をひそめて白い男を見遣った。

 

「白……ああ、赤の対ですか。 堕天使に傾倒していたとは知りませんでしたよ」

 

とは言っても、ナイン自身の中で二天龍に意識を持ち始めたのもつい最近だ。 ゼノヴィアから指摘されて少し気に掛けるようになっただけの彼にとって、「白い龍(バニシング・ドラゴン)」が如何な存在なのかは正直どうでもよかった。

 

すると相手の方も名乗るつもりは無いのか、さっさとコカビエルとフリードを抱えたまま去ろうとした。

 

『無視か、白いの』

 

どこからか声が聞こえる。 それは、兵藤一誠の左手に顕れている籠手からだった。

 

『起きていたのか、赤いの』

 

白く輝く鎧の宝玉。 宝玉の宿り主同士が会話を始めると、ナインは訝しげに眺め始める。

 

『せっかく出会ったのにこの状況ではな』

『いいさ、いずれ戦う運命―――こういうときもある』

『しかしなんだ、ドライグよ。 お前はずいぶんと平凡な人間に宿ったのだな』

『放っておけ、これはこれで楽しめる』

『そうか、お前がいいなら別にいいが、決戦の際に情けない幕切れを見せないでくれよ?』

『…………ふ、最後まで分からんさ――――まぁいい、じゃあなアルビオン』

『ああ、またいずれ、ドライグ』

 

別れを告げた両者。 しかし、場の状況をいまいち掴めない一誠は、納得できないように食ってかかった。

 

「お前、いきなりなんだよ! 片方宿主放って勝手に話し込むなよ!」

 

その様子に、白い龍(バニシング・ドラゴン)の所有者は、一言だけ残した。

 

「すべてを理解するには力が必要だ。 強くなれ、いずれ戦う俺の宿敵」

 

白き閃光と化し、それは飛び立っていく。

 

こうして、コカビエルの起こそうとした戦と言う名の小競り合いは、ヴァチカン本部直轄――――「紅蓮」の二つ名を持つ国家錬金術師によって終焉を見た。

しかし、誰も彼も、終焉直後の突然の乱入者によって言葉を失っていた。

 

その中ですぐにこの呆けた雰囲気を破ったのは、グレモリー眷属でもシトリー眷属でもない――――戦を終わらせた、紅蓮の男だったのだ。

 

「…………」

 

アルビオンの所有者が飛び立っていった空を一瞥したあと、一人引き返していくナイン。

 

「…………はぁ」

 

コカビエルを完全な爆弾にできなかったのは心残りではあったが、それも致し方なしと彼は捉えている。

いまの自分ではあのレベルを錬成仕切るには不可能だと。 上級の人外の強靭体を爆発物にするには、己が錬金術をさらに練り上げなければならないと、すでに前を見て進んでいた。

 

通り過ぎるゼノヴィアの肩をついでに叩き、帰還を促す。

 

「…………ナイン」

「む…………?」

 

背中でその声に反応すると、ナインは体を半分彼女に向ける。 ゼノヴィアの思い詰めた瞳に、片眉を上げた。

 

「どうしましたか?」

「…………未だに、主が居ないことに実感が湧かない。 私はどうすればいいのだ」

 

つぅ、と涙を流す青髪の少女に、ナインは、なんだそんなことかと吐き捨てるように肩を竦める。

 

「自由に生きればよいではないですか。 私は前からそうしてきたし、いまも、そしてこれからも私は私を曲げません」

「私も曲げたくないのだ…………! 主を信じ、教会に捧げてきたこの身を!」

「では一つ……仮にコカビエルの言う事が虚偽であったとします。 であったなら、まず自分はどうするべきか考えなさい」

「………………」

 

沈黙。 いつの間にか、グレモリー眷属とシトリー眷属が――――その場の全員が二人に注目していた。

堕天使の幹部。 神の子を見張る者(グリゴリ)の上方を退けた張本人に、視線が皆行くのは当然のことだった。

 

考えた末、ゼノヴィアは立ち上がった。 数分だった。

 

「ヴァチカンに戻る。 そうだ、私たちには帰るべき場所がある」

「ふむ」

「そして、神の不在を詰問する」

「正解。 私もなにぶん疑り深い性分でして、そのこと、私も上に聞いておきたかったところでもあります」

 

そう言うと、ゼノヴィアは微笑んでナインの横に付いた。 意地悪そうな笑みをするが、すぐに少し陰る。

ナインは、やれやれと自分のハンカチを取り出して飛沫したコカビエルの血を拭こうとする。

 

「…………」

 

ゼノヴィアが、ナインのその手を取った。

 

「死ぬかと思ったよ…………」

 

取った手にあるハンカチをゼノヴィアは抜いて、ナインの顔を丁寧に拭き始める。

戦場から戻ってきた兵士を慈しむ婦女のように……ナインの頬に手を添えて、付いた血を拭き取った。

 

鼻で息を吐いたナインは、されるがままに目を瞑って口を開く。

 

「でしょうとも。 この程度の損壊で済んだことを喜ばなければ」

「お前はいいな、羨ましいよ。 その胆力と精神力の強さは見習わなければならないな」

「…………なんの真似ですか」

 

突然、ナインにゆっくりと腕を組むゼノヴィア。 寄り掛かるように彼に引っ付いた。

汗で程よく張り付いてしまった戦闘服のまま、ナインにくっついて……そして自覚は無いが、柔らかな胸を押し付けていた。

 

「勝利する男というのは、こんなにカッコよく見えるのかな、ナイン」

「離れなさい、暑い」

 

すっと、腕を絡めてくるゼノヴィアから抜けるナイン。 ゼノヴィアは負けじと再び引っ付こうとするが……しかし。

 

「いい加減にしなさいゼノヴィアさん。 言ったでしょう、私はそういったこと興味は――――あ」

「ナイン…………見つけたわよ」

 

突然、第三者の声が二人の間に響いた。 ナインの視線の先――――ゼノヴィアはナインを見上げた後、視線の先を辿る。

 

「…………あ、イリナ」

 

校門前に居たシトリー眷属たちを別けるように真ん中に立っていたのは、栗色の髪をした――――

 

「アンタ、ゼノヴィア捜しに行くって言ったから。 あのままずっと待ってて……ぜんっっぜん帰って来ないからもしかしてと辿ってみたら!」

 

ぷるぷると震えて、拳を握った――――ゼノヴィアと同じ黒い戦闘服に身を包んだツインテールの少女。

 

「紫藤さん…………気づくの遅すぎですよ、ハハッ」

「あ、いま笑った! アンタやっぱり確信犯だったのね! 来てみればなんかさっきコカビエルとフリードらしいモノが担がれて空飛んでたし!」

 

ナインにつかつかと歩み寄る可愛らしい栗毛の少女、紫藤イリナ。 ゼノヴィアがナインから離れる。

 

「なんで呼んでくれなかったのよ!」

「ち、近い……」

 

顔を背けるナインにお構いなく詰め寄って文句を捲し立てるイリナに、リアスは息を吐いていた。 他の全員も脱力していて、先ほどの緊張感は抜け切ったようだ。

 

「一件落着というわけね。 一時はどうなることかと思ったけれど――――」

「いまは、あの人に感謝しておきましょう、部長」

 

「でも」と、静かに紅髪の横に銀髪の少女が立っていた。 ナインに目を向けると、その瞳を細める。

普段無表情なのだが、いまだけ、その表情は困惑に似ていて、口もつぐんでいた。

 

「おかしな人が来ました。 イッセー先輩とはまた違う…………危険な人」

「あ、ちょっと! 無視するなー! 逃げるなー! 待て、待ちなさいナイン!」

「嫌だ、早く帰りますよ」

「…………イリナ、このあと大事な話があるのに…………タイミングが分からなくて言い出せんな、困った」

 

堕天使の幹部コカビエル。 駒王学園襲撃の事件は、色々な問題を残して終わりを見たのだった。

 

 

 

 

 

 

ANGEL WORLD SIDE

 

 

「ええ、はい分かっています。 事件に関与、また、終結させた戦士二人、その内の一人には悪いですが…… え? もう一人居る…………?」

 

「どうかなさいましたかぁ? ミカエルさま」

 

「ガブリエルですか……いや、どうも、最近の教会の管理……行き届いていないと思ってね。 神のシステムの操作に手間取っているとはいえ、放置している間に色々と好き勝手をされていた」

 

「え…………」

 

「教会上層部は、私の許可無く彼を解放して使ったらしいのです」

 

「彼、というと……」

 

「ヴァチカンの地下牢は、最近では一人しか入っていなかったでしょう? 忘れたのですかガブリエル?」

 

「あ…………っ」

 

「っ…………。 上級悪魔相当であるSランクレベルの囚人は、天界からの許可書が必要だったというのに…………困ったものです」

 

「どうするんですかぁ?」

 

「…………最悪なことに、コカビエルを直接討ったのはその囚人だったそうです」

 

「――――――」

 

「仕方がありません、終わってしまったことは。 私はひとまず下界に降ります――――」

 

「ミカエルさま!」

 

「―――――紅蓮の錬金術師に、釘を刺しておかなければっ」




遅くなりまして申し訳ありません。
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