紅蓮の男   作:人間花火

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シャンバラを征く者にはキンブリーも出て欲しかった。


17発目 美少女魔王降臨

「これはグレモリーさん、これは姫島さんっと…………」

「…………ありがと」

「いただきますわ」

 

トス、と二人に缶コーヒーを手渡したのはナインだった。

 

精神攻撃による過酷な拷問を延々受けた後のような面持ちをする彼女に、僅かばかりの慰めにならんものと持ってきた缶コーヒー。

その原因は、言わずもがな。

 

公開授業は一時間のみだったが、彼女にとってはとてつもなく長く感じたのだ。

好きなことをしているとき、時間が過ぎるのは早く感じるのに、嫌なことをしている時間はなぜか長く体感してしまうという現象にリアスはゲンナリしきっていた。

 

どんよりと、まるでそこだけ雨でも降っているのではないかと思われるように俯く。

深く俯いている頭から、目を奪われるような長い紅髪を垂らすさまを、ナインは意地悪そうに声無く笑っていた。

 

「お兄さまやお父さまのみならず、ナインにまで私の痴態を見られるなんて…………なんという屈辱なの!」

「逆に、どこが痴態だったのか。 二大なんとかに偽りの無い模範授業だったじゃないですか」

「…………ふんっ」

 

その心根は、リアスの回答するすべてが模範解答でつまらなかったといったものだった。

まぁ、気まぐれなナインとしてはたまには皮肉るのを止めにしようかとも考え至ったためにこうなったのだが。

 

ナインに褒められても嬉しくない、とそっぽを向くリアス。

心底リアスはそう思っているのだ。 この男に褒められたところで、多種に渡る知識と見識を持つ錬金術師には嫌味にしか聞こえない。

 

「顔…………合わせたくないわ」

 

とにかく、リアスの思う痴態は、何も公開授業で指名されて答えられなかったとか、表面的な恥を晒すことではない。

むしろ公開授業中はよく聞き、指されれば難なく答える。 駒王学園、二大お姉さまの称号に恥じない授業ぶりだった。

 

原因は――――父兄。

 

静かに缶コーヒーをすする朱乃の横に自分の缶を置いたリアスは振り向き、ベンチの背もたれに寄り掛かるナインを見上げる。 視線に気づいたナインは横目で彼女を見下ろした。

 

「…………公開授業という強制イベントで身動きができない私を、あなたはジロジロとニヤニヤと……指差して笑っていたじゃないの!」

 

これがまたかなり肥大した被害妄想なのだ。 実際はナインは静かに後ろで保護者たちに紛れて観ていただけなのだが…………。

 

「なんという壮大な勘違い。 というか、そりゃさすがに自意識過剰ですよ」

 

サーゼクスとその父とは、公開授業時にはかなり離れていたはずなのだが、どうやらその二人の横に幻のナインが見えてしまっていたらしい。

そんなに見られたくなかったなら行かないであげた方が良かったかもしれない、とナインは思案顔。

 

「…………まぁ、もう過ぎ去ったことだからいいけれどねっ」

「部長、ナインさんは静観しておられましたわよ? それと――――もうあまり毛嫌いをするのはお止めになったらどうですか?」

「う…………朱乃、分かってるわよ…………」

 

本人の目の前でする話題ではないのではと正論が喉から出そうになるがすんでのところで呑み込んだ。

 

「難しい性分だねぇ」

 

思わず敬語が崩れたナインは溜息を吐いてコーヒーを飲み干す。 それにしてもあの兄と父はなんというか、凄かったのだ。

周りが見えていないのか、あの二人の視界には妹であり、そして娘であるリアスしか映っていなかったのか。

 

気にすることなくビデオカメラを回しまくっていたのがナインにとって印象的だった。

ああ、これが親子や兄妹というものかと、少し誤解した理解をしてしまったところがあったが。

 

ナインの親はナイン自身どこにいるかも分からないし、生きているかどうかも知らない。

自分にいま親がいるとしたら、こんな感じなのだろうか。 否だった。

 

錬金術、主に爆発物系統の研究にすべてを捧げた爆弾魔の親などろくでもない…………。

 

「…………いや」

 

ナインは再び自分で自分の思考を否定する。

 

性格や趣味が他とは違う破綻したものであろうと、その親までもが同種であると決めつけるのは早計だ、と。

 

(どちらにせよ、そんなに思い入れも無かったので関心も湧きませんがね)

 

心の中で肩を竦める。 過去にあった出来事と言えば、退屈な教会暮らし。 祈って捧げて、なんだ? 一体何が哀しくて居もしないものに手を合わせなければならないのか。 手を合わせるのは術を行使するときだけで十分だろう。

 

まぁ、フリードなど当時の同僚たちとともに化け物や混血の人外退治に明け暮れた日々はなかなか味わい深かった。

そういう過去の生い立ちからして、リアスたちとは一線どころではない壁を隔てている。 過言ではない。

 

先の兵藤一誠もそうだ。 あの怒りは恐らく普通なら当然で、でもナインの居た世界にはそんな常識は皆無で…………。

 

「…………やれやれ」

 

ジェネレーションギャップというのは少々語弊があるが、それに似通ったものがある。

そういった両者の感覚の違いが、一誠の沸点を下げてしまったのだろう。

 

そう考えていると、その当の本人がこちらに向かって来ていた。 アーシアと…………一誠。

あちらもこちらに気づくが、リアスに笑顔で手を上げたのでナインも気にしないでおいた。

 

「部長――――って、大丈夫ですか?」

「…………イッセー」

 

項垂れるリアスに心配そうに駆け寄った一誠は、彼女の背中をさする。 ありがとう、と礼を返すと、一誠は照れくさそうに頭を掻いた。

眩しくも艶のある微笑に心を奪われる。

 

「あら? イッセー、それって…………」

 

そう照れている一誠の手元に、一体の紙粘土人形のようなものがあるのが見えた。 リアスは首を傾げて覗き込む。 一誠はそれを三人の前に出して言った。

 

「これですか? さっき英語の時間に作ったものなんですけどね」

「……これ、もしかして私?」

「あははー、もしかしなくても部長ですよ。 なんか気が付いたら出来上がっていてですね、クラスの奴らにオークションに掛けられそうになったけど、当然断りました」

 

そんなこと、一誠にできるはずもない。 なぜならその紙粘土、リアス・グレモリーをモデルにしたものだったからだ。 まるで見ながら、否、触って覚えて作ったとしか思えない造形美に、ナインも若干感心の声を出していた。

 

「ふむ、くびれた腰に……ロケットのような乳房と…………脚線美。 なるほど、髪の部分にも艶が出ているようでこれはなかなか…………」

「そうだろ!? 無意識に作ったものなんだけどよー! くー! これが我ながら物凄い出来だと思ってなぁ」

 

容姿のくだりでナインの頭を弱くはたくリアス。 頬を赤くして腕を組むと、改めて自分の紙分身を観察する。

 

「それにしてもすごいわね……イッセー、あなたにこんな才があったなんて…………」

「性欲根性は人一倍強いようだ。 けど、ここまで来ると脱帽ものですね」

 

そうナインが言うと、朱乃の視線が人形からそちらへ向く。 流し目ながら口を開いた。

 

「ナインさんの術ならば作れますか?」

「…………まぁ、できないことは」

 

顎に手をやるナイン。 しかし、造形美というものは手掛けるからこそ美しいのであり、陣の上に置いて一瞬で出来上がる造形など、美とはかけ離れた代物だ。 ナインも、そういう美感は損ねていないし、真実一誠の作品を賞賛している。 ゆえにナインは、手指でそのリアス人形を撫でながら微笑んで言った。

 

「私のはほら、機械で作るようなものです。 手作りの美しさには到底敵いませんよ」

「…………さ、サンキュ。 な、なんか意外だったけど」

 

唐突な褒め倒しに一誠が頬を赤らめる。 そうしていると、向こうから見知った顔が歩いてきた。

 

「木場?」

「あら、祐斗。 あなたも休憩?」

「まぁ、そんなところですけど……」

 

自動販売機前に来たのは祐斗だった。 しかし歯切れが悪いのを見て、一誠が問い正した。

 

「どした?」

 

聞くと、祐斗は廊下の先を指差した。 ドタドタとカメラを持った男子生徒が慌ただしく走っている。

 

「何やら魔女っ子? が撮影をしていると聞いたもので、ちょっと見に行こうかなと思いまして」

 

一誠はリアスと、ナインは朱乃と顔を見合わせて首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

カシャカシャとまばゆくフラッシュがたかれる音で体育館は賑わっていた。 少人数のカメラを持った学園の男子生徒がステージ前に群れているだけだが、熱狂ぶりが半端ではない。

 

それというのも、ステージ上でノリ良く多彩にポーズを取る美少女が居たからだ。 黒髪に、テレビアニメで出てきそうな美少女キャラクターの衣装がその空間をピンク色に変えている。

 

スタイルも良い。 そして見に来た一誠の鼻の下が伸びている辺り、あの短いスカートから見えたのだろう、何かは言うまい。

 

「…………」

 

人垣を掻き分けて掻き分けて……無理矢理に前に出ようとする一誠たちとは別行動を取るナインは後ろでその美少女アイドルを静観する――――と、何かが脳内で合致すると同時に、スッと汗が頬を伝った。

 

「…………なるほど」

 

若干瞳孔が開きそうになるが、しかし、気持ちが乱れたのは一瞬だけ。 息を吐いたナインは、そのステージ上に立つ女性を凝視して思考する。

 

――――これは違う。

 

「この学園は珍獣展覧会場か。 人でなしが多いこと多いこと」

 

ナインは、いままで出会った人ならざる者たちを頭の中で挙げていく。 こめかみに人差し指を押し当てて目を瞑る。

リアス・グレモリー眷属に、コカビエル戦で見たソーナ・シトリー眷属。 そしていま学園に入っている人外はサーゼクスとその父。 ではあれは。 あの少女はなんだ。

一見、小柄ながらスタイルの良いコスプレが好きな美少女だ。 普通ならこれで済む。 これで済むのだ。

 

しかし、あの小さな体躯から感じるオーラは間違いなく人間のそれとは大きく異なっている。

 

ナインは幼少より錬金術を学ぶ際、術師には欠かせない心構えというものをいまは亡き師に教授された。

己が躰に宿る錬金術師としての循環回路を感じ極めること。 そして、大地の流れを読み取ること。

 

あらゆる大きなエネルギーの循環を理解して初めて、錬金術という能力は行使される。 一種の直感も必要とし、才能も不可欠なのが錬金術だ。 なにも単純に物質を理解するだけでは術は行使されない。

 

そんなことで錬金術が使えるなら、世界中の人間の科学者たちが錬金術を行使できるだろう、極端な解釈ではあるが。

 

「…………くく、はっ」

 

ゆえにあの少女の体に巡る力の流れを読み取ることができるのも、錬金術師の特性である。

笑顔から滲み出る魔の気配を感じ取ったときは、ナインは寒気で身震いしていた。

 

ここは魔窟か。 逢魔が時とはよく言ったものだが、これほど遠慮が無いといっそ清々しい。

不気味に肩を揺らしていると、突如更なる寒気に襲われる。 何事かと目を開くと、その目の前には――――

 

「魔法少女レヴィアたん参上………って、そんなに見られたら私照れちゃうなー、なーんて――――――わっ」

 

手に持つスティックをくるくると回すステージに居た女性。

それが目の前に居た――――無表情に、反射するナインは瞬く間に後方に素早く跳ぶ。 体育館の床が僅かに鳴る

 

「………………気づけないとは」

 

認識した瞬間にはすでに十メートルほど距離を離していた。 我ながら警戒しすぎではないかと汗顔の至りだが、この魔力の気配は普通じゃないことを察知していた。 ナインは離れた場所でその女性に向かって体を向けた。

 

「むぅ…………」

 

そのナインの行動を見たセラフォルーは、口をへの字に曲げて無言の抗議。

 

いきなり近づかれたら離れたくなる。 しかし、初対面の人間に引かれたセラフォルーは、不満そうに口を尖らせた。

先ほどまで男子生徒の視線を独り占めだっただけに、この対応の温度差は激しいだろう。

 

肩を竦めるナインはゆっくりと歩を進めて彼女との距離を詰めていく。

 

「盛大に引かれたからといってそんなにしょぼくれないでください。 私もちょっとびっくりしただけなので、相子ってことでここは一つ」

「ホント? 引いたわけじゃないのね☆ 良かった~。 てっきりこの衣装は流行ってないのかと思っちゃったわ☆」

 

パッと晴れ渡る空のように笑顔になった女性はナインに向かって歩いて行く。 くるんと一回だけ回転してナインの両肩に勢い良く手を置く。

しかしその直後、ニコニコと笑顔を振り撒いていたセラフォルーの目の色が変貌した。

 

「キミが、ナイン」

「………………」

 

じっと見つめられる。

名前を知っていることに眉をひそめるナインに、彼を見上げて可愛くポーズを取った。

 

「私の名前はセラフォルー・レヴィアタン☆ よろしくね、ナイン・ジルハードくん☆」

「…………よろしく。 まぁ、国家崩れのしがない錬金術師ですが」

 

訝しげな表情をセラフォルーに向ける。

 

一誠たちが駆け寄ってくると、ナインとセラフォルーの間の空気は緩和した。

大きく息を吐くナインは一誠たちに目を向ける。

 

カメラを持った男子生徒たちをいつの間にか解散させた人物には見覚えがあった。 確かあんな感じの風貌の男子生徒がソーナ・シトリーの下に居たような…………記憶を過去に飛ばすがやはり、うろ覚えなのは否めなかった。

 

「げ…………あの時の爆弾男」

「やぁ、どうも。 で、誰でしたっけあなた」

 

少しむっとした匙が、咳払いをしたあと堂々と名乗り上げた。

 

「匙だ。 匙元士郎。 あのときはごたごたしてて名乗れなかったからな」

「よろしく、それよりも彼女は…………」

 

錬金術師が珍しいのか、セラフォルーはナインの両掌をべたべたと触り始めていた。 つやのある女性特有の綺麗な手先が、ナインの両手をくすぐる。

錬成陣を食い入るように眺めている彼女を見て困ったように肩を竦めた。

 

「…………お、お姉さまっ」

 

そんなとき、体育館の入り口から戸惑いの声が聞こえた。 これだけ広い体育館ともなると、少しの声量でも響き渡る。 その声の主に全員が向くと同時に、セラフォルーが気が付く。

 

「ソーナちゃん!」

 

まるで過去に生き別れた姉だか、妹だかに再会したように嬉しそうな声を上げるセラフォルー。 ナインの手を離してその声の主――――ソーナ・シトリーに駆け寄って行った。

 

「彼女はセラフォルー・レヴィアタン。 現四大魔王の一人で、ソーナのお姉さん。

それにしても、どうしていきなりあなたに近づいたのかしら」

 

リアスがそう疑問符を浮かべて独り呟く。 その視線の先には、いつものようにニヤつくナイン。

 

ステージ前で群がっていた男子生徒たちを飛び退いてナインのもとに接近した彼女。 ナインは反射的に詰められた距離を瞬く間に離したが、いまいち要領を得ていないようだ。 セラフォルーとは初対面なはずだが。

 

ナインは、そんなリアスに肩を竦める。 彼は彼で、モデルのように背が高くスタイルも典型的な女魔王を予想していたために、疑問符は絶えない。

 

「あれは好奇の目か…………それともただのスキンシップか」

「どちらも、ではありませんか? 冥界に錬金術師は少ないと聞いていますし。

実際、私もあなたの他に錬金術を使える人は存じ上げませんわ」

 

朱乃が横から出てきてそう言った。

 

事実、魔術や魔法を容易に操れる悪魔には、もとよりそのような術など必要ない。

「魔力」を燃焼して特定のものを作り出せたり操れる方法がある以上、その場の環境に支配されてしまう錬金術など不要なのだろう。

 

しかしやはり珍しいなら近くで見てみたいと思うのは人間と変わらない。

交わることの無い存在、また、自分に無い物を持つ者を珍しがったり欲しがったりする本質は人間となんら変わらないし、何より彼女、セラフォルー・レヴィアタン本人が――――非常に軽くフレンドリー。

 

可愛い妹との再会を果たしたセラフォルーは、ハイテンションで眼鏡の麗人―――ソーナ・シトリーに駆け寄る。

 

「会いたかったよソーナちゃん! どうしたの? そんなに赤い顔して?

せっかくお姉ちゃんに会えたんだからもっと甘えてもいいのよ? というか、なんでお姉ちゃんを参観日に呼んでくれなかったのよー!

お姉ちゃん哀しくて悲しくて…………」

 

そうさめざめと泣き崩れるセラフォルー。 えーん、と両手で目を擦って泣いた「フリ」。

さすがのナインも唖然とする。

そも思ったが、唐突にスティックを天に向ける。

 

「天界に攻め込もうとしちゃったもん☆」

「………………」

 

完全に八つ当たりである。

沈黙を通していたソーナだが、ついにその赤くなった顔を上げて小刻みに震え出す。

そんな光景を見ていたナインは目元を引きつらせるも、世界はこれほど広いのだと独りごちていた。

 

「私としては、『お姉さま!』『ソーナちゃん!』って、百合百合に抱き合ったりしたいよ☆」

「…………ああ、これはひどい。 シトリーさんが死にそうな顔で…………ああ、今度は泣きそうな…………」

 

難儀な姉妹だ。 ナインは思った。

そこに、無言だったソーナがついに言葉を継ぐ。 少し強気になったであろう彼女が身を乗り出してセラフォルーを糾弾し始めた。

 

「お姉さま、私はこの学園の生徒会長を任されているのです。 いくら身内だとしても、そのような行動や恰好は―――――あまりにも容認しかねます」

 

でしょうよ、とナイン。

そう頷いて言う彼にリアスは、まるで見たこともないもののようにナインを見た。 左手で右肘を支えて顎に添える。

 

「ナインが常識人側に居るのって、実は物凄く珍しいことじゃないのかしら」

「………………え? むしろ常識人は私一人なのではという」

「あら、それは私たちが非常識人だとでも言うのかしら」

「あくまで、悪魔ですからねぇ貴方たちは」

 

意地悪そうな笑みを浮かべるナイン。

言うじゃない、と不敵に笑みながら言い合う二人の姉妹に後ろから歩み寄って行く。

 

「お久しぶりです、セラフォルーさま」

「ん―――――ああ! リアスちゃんだー! おひさ~☆ 元気してましたかぁ?」

「はい、おかげさまで」

 

挨拶を交わしていくリアスとセラフォルー。 次いで一誠もリアスに促されて同じく頭を下げる。

 

悪魔ならば、魔王に謁見したからには最低限の礼儀は当然である。 「こんな」でも、現四大魔王の一人、レヴィアタンの名を襲名した人物なのだから。

 

そんなほのぼのとした空気の中、ナインは一人、踵を返して静かに体育館を後にした。

 

 

 

 

ヒューヒューと隙間風が鳴く体育館の扉を閉める。 さて、これからどう行動しようか。

公開授業も終了したいま、この学園に居る意味は無い。 生徒の展示品を見て回るというのも選択肢にあるがいまは気分が乗らなかった。

 

「ソーナちゃーん! 待ってよ待ってー! お姉ちゃんと抱き合ってー☆」

「来ないでください!」

 

バタバタと騒々しい足音が聞こえてくる。 体育館の方向からだ。

 

「………………」

 

振り返ったその瞬間、館内に居たはずのソーナとセラフォルーが、すぐ真横を走り過ぎていく。 疾風のような速度と手際で、さっきナインが閉め切ったはずの扉が飛ぶように開放されていた。 勢いでバダン! とまた閉まる。 駆ける二人を見送った――――が。

 

「あ、ナイン・ジルハードさん!」

 

姿が見えなくなったと思ったら、ソーナが体育館の入り口まで戻ってきた。

切れた息を整える彼女を見下ろし、ナインはソーナに問いかける。

 

「どうしたんですか、ソーナ・シトリーさん」

 

戻ってくるなんて、どういう追いかけっこをしているのだろうとソーナの後ろを見ると、案の定シスコンな姉魔王が再び迫っていた。 館内に逆戻りするつもりだろうか。

 

「その…………」

「?」

 

金色の瞳から視線を一瞬逸らし、申し訳なさそうに顔を上げた。

するとナインは何を気を利かせたのか、体育館の扉を開けて道も開けた。

 

「もう一回入ります?」

「っ…………入りませんよ。 違います私が用があるのは――――」

「ソーナちゃん、捕まえた☆」

 

がばぁ、と後ろからセラフォルーに抱きつかれた。 小柄であるためそんな衝撃は無い、しかし、抱きつかれたソーナ本人の恥ずかしさはその限りではないようだが。

 

そんな甘えて抱きついてきたセラフォルーを、疎むでもなく振り払おうともしないソーナは、それよりも重大なことをナインに告げようと言葉を紡ぐ。 後ろ首にシスコン姉をぶら下げたまま意を決する。

 

「…………コカビエルの件。 本当に、ありがとうございました」

「…………ソーナちゃん」

 

礼儀正しく、生徒会長らしい。 逐一丁寧な動作でナイン・ジルハードに頭を深々と下げた。

 

姉に追いかけられることよりも、まず恩人に対する謝を優先する。 実はソーナは、ナインと会ったら開口一番それを言おうと思っていたのだ。

セラフォルーはいつになく真剣な表情の最愛の妹を見て、ぶら下がるのを止めた。

 

「おかげでこの学園――――いえ、町は救われました。 言葉では言い表せない感謝をしています、ナイン・ジルハードさん」

「…………くくっ」

 

何度目だろう。 聞き飽きた謝礼の言葉に溜息を禁じ得ないナインは首をゆっくりと横に振る。

独特の低い声で、彼は自ら立てた勲を受け取ろうとしなかった。

 

「保険はあったしねぇ、バニシング・ドラゴンという、私よりも名も力にも信の置ける最強の龍が。

聞いているのでしょう、このお嬢さんから」

「あー! お嬢さんじゃないよ☆ 魔法少女だよー!」

「姉さま」

「…………はぁい」

 

真剣な面持ちのソーナに静かに一喝されてしゅんとなるセラフォルー。 しかし、すぐにセラフォルーも凛とした。 仕事時の表情。

 

「うん、ソーナちゃんにはちゃんと言ったよ。 堕天使の総督の指示でアルビオンくんは動いたの。

その総督――――アザゼルの思い描く解決のシナリオは、確かに『白い龍(バニシング・ドラゴン)』の介入だった」

 

ほーらね。 そうナインが肩を竦める。 しかし同時に、セラフォルーは追加で言葉を継いだ。

 

「でもね、これも総督の言葉―――――事実は小説よりも奇なりって。 ええと、使い方これで合ってたっけソーナちゃん? あん、もう☆ 日本の諺って難しい☆ 要は、頭の中で思い描いた物語(シナリオ)よりも、現実で起こったことは存外に面白かった――――って。 教会の派遣する未熟な聖剣使いじゃ話にならないと思ってたのに、とんだ隠し玉のせいで白龍皇に無駄足踏ませたって」

 

ビッと、ナインを指差した。 得意げに、体躯に似合わぬ豊かな胸を反らす。

 

「紅蓮の錬金術師、ナインくん。 現実を受け入れちゃおう☆ 君はもう――――」

 

眉を、ナインは上げた。 いや、上げるのも、無理は無かった。 なぜなら、彼にとっては程遠い無縁な言葉だったから。

いままで犯罪者爆弾魔と、極限まで忌避されてきたこの男にとっては全身が痒くなるような。 そんな言葉。

 

「人間の、英雄なんだよ」

 

そのセラフォルーの言葉に「冗談」、と一言返すと、自嘲気味に笑って背を向けた。

 

「私は名声(そんなもの)より、実利が欲しいなぁ」

 

セラフォルーとソーナにはこの言葉は聞こえない。

ナインの低い声音は、周囲の生徒の喧騒の中に溶け消えてしまったのだった。

薄ら笑いすらも耳に届く前に掻き消える。

 

金も、女も、名誉も、愛も――――この男にとっては余分なもので、余裕があれば入れてやると傲慢に笑い飛ばす。

誰も、何も、紅蓮の錬金術師の琴線には触れない。 唯一例外を除けば。




ハイスクールD×D 未だにセラフォルーにスポットライトが当たらないのは一体どういうことなの。 教えて、踏みえもん!

さておき、年末忙しいのでここでご挨拶をば。

みなさん、良 い お 年 をノシ

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