紅蓮の男 作:人間花火
それと、前回評価してくれた方、またコメント評価してくれた方ありがとうございます。
「改めまして……来てくれて嬉しいです、ナイン」
「まぁ約束ですし、ね」
正面のミカエルに対してそう言いながら、畳に左足から膝を下ろして着座する。
和風な造りの部屋―――ここは姫島神社の堂内。 ミカエルから話があるからと数日前から予定していた会合であるが……ナインは些かに心躍っていた。
「ナインが居るなんて聞いてなかったぞ、驚いたぁ…………」
朱乃に案内されてきた一誠が同じように座した。 彼はナインのすぐ右隣――――この一人と二人に挟まれるように座すのが、この神社を取り仕切っている姫島朱乃だ。
「申し訳ありませんわ、イッセーくん。 報せることができなくて…………」
ナインがこの会合に出てくることを知らされていなかった一誠に、朱乃が申し訳なさそうに言う。
すると、ミカエルが苦笑した。
「無理もありません、赤龍帝の方は急に呼び出してしまいましたから」
「え、ナインは事前に知ってたんですか?」
そう一誠が疑問符を浮かべると、頷いた。
「ええ。 ヴァチカンに帰国していた時、私が呼び止めて……取り付けるのにだいぶ神経を使いましたが」
若干呆れたようにナインを流し目で見るミカエル。
「私も意外と譲歩していたのですがねぇ、実は苦労人な大天使でした」
「他人事ですね、ナイン。 あなたのような優秀で危険な人材が下野することが、一体どれほど恐ろしいことか…………」
ミカエルは、ナインの気質は解っているつもりだった。 欲を満たしてくれるなら、たとえどんな人物にでも力を貸しかねない。
ならばその前に掴まえておいた方が、後々の憂いを拭うことができる。
合理的。 しかしもっと恐ろしい事に、ミカエルのそういった考えを、ナインはすでに看破しているのだ。
だからこそ、贈り物とやらにあえて釣られた。
満足させてくれるなら、天使にでも悪魔にでも堕天使にでも力を貸そう、尽力しよう、と。
なんという傲慢かと思うが、それは能力の高低に伴った条件だった。
「はいはい、分かってますとも。 私のような前科者が、悪の組織やら殺し屋やらに入ってしまったら困りの種になるでしょうから」
「…………お願いですから、冗談でもそのような選択はしないでいただきたい――――むしろ選択肢から消して欲しいところです」
コカビエル以上に危険で強い者が在野になれば、どの組織もアプローチをするために引っ張り合いをするだろう。
そうなればもちろん、引きの強い組織が抜き取っていく。
「…………アース神族か……ヴァン神族か…………それとも他の神話体系か……」
「専門用語並べられても私はピンと来るはずないんですが」
「どちらにせよ、あなたを他に遣るわけにはいきません」
「………………」
いつの間にかナインの腕を取っていたミカエルは、他二人のことは蚊帳の外に彼に微笑んだ。
「そ、そんなに惜しい人材だったら、異端にしなければ良かったんじゃ…………」
「それは言わないでください、兵藤一誠。 止むに止まれぬ事情があったのです」
「まぁ、それはそうと」
腕を引くと、ミカエルは手を離した。 本題に移ろうとナインは自分の座布団に。
そして次に、若干引き攣った顔の一誠に片方横目を開いて視線を向けた。
「兵藤くんにも来てもらっているのです、彼にも何か用立てがあって呼んだんでしょう? 私のことはその後でいい」
「……………分かりました、ではナインは赤龍帝の次に」
そう言うと、手の甲を裏にした。
それは何かの合図のような短い動きだが、次の瞬間に一誠の目の前に眩しい光が出現した。
「―――――」
何も無い所で黄金光が堂内を照らし埋め尽くす。
止んだ先に有ったのは一本の剣。 西洋風の剣は、一誠の気持ちを一気に引き締まらせた。
当然だ、なぜならこの剣の名は――――
「これは龍殺しの剣――――アスカロンです、兵藤一誠」
「あ、アスカロン…………?」
疑問を浮かべながらも、この得も言われぬ悪寒と、緊迫した雰囲気を持った剣を目視した。
ゼノヴィアの持つ聖剣デュランダルには遠く及ばないものの、チクリとした感覚を覚えるのだ。 しかも、目視する目が痛い―――おそらく気のせいではなく、これは正真正銘、対ドラゴンの聖なる兵装なのだ。
「龍殺し……”ドラゴンスレイヤー”とも呼称されています。 龍退治を生業とする者、またはそれに関連する武具の総称です」
肌に感じる波動はそれが原因か――――一誠は心の中で呟いた。
心中穏やかでない一誠に、ミカエルはお構いなしに話を続ける。
「実はこの剣、あなたに差し上げようと思って持ってきたのです」
「え…………?」
「あなたのブーステッド・ギアに同化させると言った方が正しいでしょう。 刀剣類の扱いに慣れているならば単品揮っても何ら問題はないのですが」
体作りもまだ未熟。 そもそも、殺し合いに慣れるほどの剣戟を経験したことのない一誠にとっては愚問だった。
「…………」
剣ならあいつの方が……と、同眷属で金髪の美少年の顔が浮かんだ。
「歴代の中でも最弱と噂されるあなたにとって、これは良い補助武器になるかと思いましてね」
「ぐさっ」
指で頬を掻く。 図星だが、いざ正面切って言われると堪えるものがある。
分かってるんですけどね~とぶつぶつ言う一誠だが、その後に疑問を投げた。
「でも、なんで俺なんかにわざわざ…………」
「大戦後、大規模な戦こそなくなりましたが、ご存じのようにああいった小規模な鍔競り合いは、未だに続いています」
一誠は思い出す、コカビエルとの戦いを。
そしてそのときのナインの言葉も…………同時に得心した。
『あなた一人が騒いだところで、何も起きない。 結局のところ、こんなのはただの小競り合いに過ぎないんですよ』
「ナイン、やっぱお前解ってたんだな」
にやにやしながら自分の手の平をさする変人が横に居た。 まったくもって話しを聞いてない、自分の用しか興味が無いのか。
しかし、否だった。
「分かっていましたよ。 堕天使の一幹部が、一個大隊にも満たない烏合の集団を引き連れて騒いだところでなにもならないのだ」
ナインは弄る手は止めず、唐突に喋り始めた。
「問題なのが、そのわずかな火の粉が燻っていつまで経っても解決されないことだ。
今回、私が特例で豚箱から出て来れたから良かったもの。 事前にそういった不穏分子を潰せていれば、あんな大結界を張る事にもならなかったんですしねぇ」
人間界大迷惑だぁ、とおどけて言った。
「耳が痛いですね。 その言葉、胸に留めておきます」
普通なら、若造が何を言ってる、と大人の事情というのを突き付けて押し黙らせられるのだが、ミカエルはそうしない、できない。
コカビエルを止めたのはこの男。 斃したのもこの男。
結果、冥界からの援軍は戦後処理をするに止まった。 アザゼルが放ったヴァーリも、もはや用済みに近かった状態だ。 何も言えない。
「まぁ、今回の首脳会談は、私からしてみれば”やっと”といった感じです」
いつまで互いに利の無い消耗戦をやらかすつもりだ、と。 ナインは言う。
「前々から話はあったのですが、遅々として進まず……結局ずるずるとここまで来てしまいました」
慧眼畏れ入ります、ナイン・ジルハード、とミカエルは自嘲気味に笑った。
「しかしここに来てきっかけを見出すことができたと」
にやりと、ナインはほくそ笑んだ。
「はい、そこで赤龍帝です。 いわば、あなたが現れてくれたおかげで、膠着していた話を進めることができる」
「俺…………?」
「大戦中、一度だけ皆が手を取り合ったことがあります」
「!」
――――二天龍の出現による戦場の混迷。
天使、堕天使、悪魔の戦争中、横槍どころではない大迷惑な大喧嘩を始めた二匹のドラゴン。
これは戦争などしている場合ではないと、三つの勢力は一時的に停戦――――共通の敵を得たこの三大勢力は、協力してこの二匹のドラゴンを攻撃している。
「あのときのように、再び手を取り合えるようあなたに……赤龍帝に、いわば願をかけたのですよ」
「貰っといたら? あなた弱いですし」
「う、うっせナイン」
「イッセーくん、ここはありがたく頂戴しましょう?」
「あ、朱乃さんがそう言うなら…………」
相変わらずの色ボケに、ナインはやれやれと肩を竦めた。
◇
「次は、ナイン…………」
「さて、どんなものをいただけるんですかね。 実は結構楽しみだったりします」
「ご期待に沿えるかは分かりませんが……」
アスカロンとブーステッド・ギアを同化させた一誠のその後に、ついに自分の出番がやってきたと心躍らせるナイン。
すると、鈍く発光する物が再び目の前に現れる。 不思議そうに見るナインは、徐々に目を見開いた。
「…………錬成光?」
バチバチと、青色の電光がうねる。 蒸気なのか煙なのか分からない濃霧の先に、その”贈り物”とやらは顕現していた。
「…………短刀? いやいや、これは……ナイフ?」
アスカロンの出現時とは違い幻想的な雰囲気は一切無い。 濃霧が晴れた後は原始的に、それは置いてあったのだ。
その形と大きさに合わせた刀掛台に一本のナイフが掛けてある。
「どうぞ。 刃先を覆っている布は霊的加工がされてあり、鞘の役目をしています」
「これはどのような用途で?」
用心深いナインは手に取る前にミカエルに問いを投げる。
「それは、古代の錬金術師が使用していた刃物」
「へぇ…………」
まだ手に取ろうとしないナインを、一誠と朱乃は不思議そうに見る。 なんの変哲もないナイフなのに、どうしてそう手に取ろうとするのを拒むのか。
石橋は、叩いて渡る。 ナインらしくないが、得体の知れない物ならこの警戒は正解だろう。
「ナイン、とりあえず手に取ってみてください。 なに、そう警戒するような事は起こりません」
「ふむ……」
ナインがそのナイフの柄に手を掛けたその瞬間だった。
「うわっ」
「あっ」
握り締めたその直後の出来事だった。 安全布として巻き付いていたミカエルの曰く付きの布は、ナインが柄を握り締めたことで解き放たれた。
独りでに布が蠢き、解かれた黒い布は握り締めた方の手首に瞬く間に絡み巻き付いてしまった。
ミカエルが目を瞑る。
「契約は成立です。 これであなたはそれを思うように使えます。
ちなみに、錬金術の法を知り、更にその術を自在に扱える者にしかそのナイフの安全布は反応しません」
「なるほど……」
そのナイフを掲げて光に照らし見るナイン。
その刃の鋭さ、厚み、刃渡りからして十分に物理的殺傷力もありそうだが、錬金術師が扱っていた、と言った点がナインは気になった。
「錬金術を補助する役目も持っています。 そのため、どのような場所でも錬成陣を描けるよう通常の刃物よりも鋭さを増しています」
聖剣にも比する切れ味で作られた物ですしね、と、さらっととんでもないことを口走るミカエルに、ナインは眉を顰め、朱乃と一誠は声を上げて驚いた。
「その名品……名を『牙断』と言います。 なかなか洒落た名称でしょう」
「なるほど」
黒い布にナイフを再び納刀させると、腰に差しながらナインは苦笑する。
「…………こんな得物など久しぶりだ」
「…………」
感慨深げなナインに、ミカエルは目を細めた。
「錬金術を殺しの術として使う事は、当然ながら忌避されていた。 更に私の趣味も相まって、対悪魔等の武装は皆無に等しかった」
「そういえば…………」
一誠はまだ浅い過去の記憶を探ってみた。
あの白髪の神父、フリード・セルゼンを思い出す。 ゼノヴィアとイリナの姿も脳内で再認する。
いずれも聖剣、ないしは特殊な兵装でかつて自分たちを苦しめた。 そしていままでも悪魔と相対してきたのだろう。
だというのに、ナインだけは装備も何も無かった。
徒手空拳といえば強そうだが、人間が悪魔相手に肉弾戦をしようものなら、少しの衝撃で肉体が千切れ飛ぶのが普通というものだ。
武器はそう、爆発の錬金術ただ一つ。
考えてみれば、普通の人体となんら変わらないナインも、十分危険域に身を晒しているのだというのが解る。
「お前、実は滅茶苦茶危ないことしてきたんだな」
「それはいまさらだ、人外との戦いの場に安全なところなどどこにもない」
まぁともあれ、とナインはミカエルに向いて改めて礼を述べた。
「あなたが出席してくれることに比べたら、なんでもない物です」
それと、とミカエルは続けてナインに微笑みかけた。
「話は変わりますが…………」
「はい?」
「イリナのことです。 彼女はあなたに大変ご執心のようす。 良ければ、ゼノヴィアと同様、分け隔てなく面倒をみてあげてはくれないでしょうか」
「…………善処はしましょう」
面倒とは、随分と真摯に彼女らを気にかけているようだ。 仲違いのことを気にしてのことなのだろうが。
「では、これにて私の用件は片付きました。
ナイン、そして赤龍帝兵藤一誠。 後日、学園会議室でお会いしましょう」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「?」
咄嗟に声を出したのは一誠。 思い出したように唐突に。
「あの……俺、あなたに聞きたいことがあるんです」
「…………申し訳ありません。 生憎、いまは時間がありません。
会談の場か、その後でも良ければ伺いますが」
「必ず、お願いしますっ」
「ええ、約束します、兵藤一誠」
ミカエルは消え去るときも、現れたときのようにその身を輝かせて去って行ったのだった。
◇
「…………さて」
膝に手をやって立ち上がると、ナインは用済みとばかりにその場を後にしようとする。
事実はもとより、ミカエルの贈り物を受けたらさっさと去るつもりだった、長居は無用。
「もう行くのかよ、ナイン」
まだ座り込む一誠に呼び止められた。 するとナインは、腰の物を叩いて言った。
「これを…………家で改めて見て、研究したいのですよ。 実際に使ってみなければ実感が湧かないでしょう?」
「お、おま! 変なことは止めろよ?」
「ここであなたを試し斬りにしても良いのだが――――」
「それを止めろって言ってんだー!」
冗談です。 ナインは息を漏らして堂の外に出て行く。
いそいそと神社を出て行こうとすると、見知った女性と神社の階段で鉢合わせたのだった。
「ナインじゃない」
「ああ、グレモリーさん。 こんにちは」
そしてさようなら、と会って間もなくリアスの横をすれ違おうとすると、スーツの裾を引っ張られた。
裾を引っ張る。 可愛げな仕草を想像するが、断じて違った。 そのような甘い雰囲気は一切無い容赦の無い引き。
「なんでそんなに急いでいるのよ」
「そういうあなたはなんで私を引き止めようとする」
引き止めるというか、引き倒すに近かった。 痛くはなかったものの、リアスがナインのスーツを引っ張ったことにより階段に尻餅を突いてしまったのだ。 そしてやんぬるかな、尻餅を付いたナインが見上げた先にあったものが、さらなる災難へとナインを誘った。
「…………」
「イッセーと朱乃はまだ神社に居るの―――――って、どこ見てるのよ」
スカートを片手で抑えると、無表情のナインはその姿を見てコメントをした。
「あなた、スカート短いですね」
「…………それ以上言ったら思い切り突き落としてあげる。 このながーい階段を転がり落ちなさい」
「そりゃ理不尽ってもんですよ」
そもそもなんとも思っていない、と女心も解らないどうしようもないこの男は尻の汚れを払って立ち上がる。
相変わらずの無反応に調子を狂わされるリアスは、振り返って今一度自分のスカートの中身を見た。
「…………イッセーもなんとも思わないのかしら」
ぶんぶんと顔を横に振り払ってスカートを戻す。
「そんなことないわ。 この男がおかしなだけ、そう。 イッセーは私の水着にも見惚れていてくれたし……」
「聞こえてるしね」
はっとしたリアスは、ナインを見たあと、階段を見下ろした。
「…………ナイン、私をこの階段から突き落として頂戴。 頭を打てばいまの全部忘れられるかもしれないわ」
「私が覚えてるしねぇ」
「じゃああなたが頭を打って」
「それは勘弁してください。 というか天然だなぁ」
苦笑するナインはその場に座り込む。
「兵藤くんと姫島さんならばまだ神社の堂内に居ますよ。 お茶程度のことでしょうが、気になるならば行けばよろしい」
座りたいなら座れ、行きたいなら行けと。 ナインなりに考えた対応。
よく整備されている神社の階段に座るナインを一瞥するリアスは、ややあって。
「………………」
一度神社の方角を見て、しかしリアスは振り返る。 ナインと少し離れて同じ段に座った。
「ほう…………」
「なによ……」
ニヤリとしてナインは肩を竦める。
「いやなにあなたのことだ、すぐにでも彼に会いたいと、ゆえにもう行くと思ったのですがね」
「…………あなたにこんなこと話しても仕方無いと思うけど」
話す前にその言い草か、という文句をナインは呑み込んでリアスの言葉に耳を傾けた。
「最近になって思うの。 イッセーは私をどう思っているのかって」
「ああ、そりゃ確かに私に話しても仕方のないことですね」
「でも聞いて! 誰かに言わないと気が済まないのよ!」
「はいはい」
それから延々数十分話していた。 終始ナインは相槌で、時々肯定の言葉をかける。
名前で呼んでくれない。 最近朱乃が一誠に積極的になっている。
取り残されるのではという恐怖。
だが内容が内容だ。 ナインにとって本当に関係の無い話であったがゆえに、否定も肯定もどちらでも良かったのだが、面倒にならない肯定をえらんだのだ。 意味は無い。
ただ、気になった。
「なんで私に話そうと思ったんですか?」
「あなたは紫藤さんやゼノヴィアに想いを寄せられているわ。 恋愛相談するにはいいかなって思っただけよ」
他の眷属にこんな恥ずかしい話を暴露できるわけがない。
「なんで私が恋愛相談なんか受けてるんでしょうねぇ。 では逆に、私などにあなたの秘め事を聞かれて平気なんですか」
「それは…………分からないわ」
「なんだそれ」
しばらく続く沈黙。 それを打ち破ったのは、ナインだった。
「あなたは押しが弱い、これに限ると思います」
「…………」
「話に聞く限り、あなたはただの独り相撲をしているに相違ない。 気づいて欲しいならばそれなりに、そう、その姫島さんのように積極的に行く。 あなたの場合、もしかしたら、周りから見れば事を急きすぎなくらいに彼に当たらなければ無理なのではと、思う」
「そう…………」
「そう! 私のように、積極的に研究に研究を重ね、没頭し、素晴らしい花火を――――」
一気に横道に逸れた恋愛話に、リアスはゲンナリ。 しかし、気を取り直してナインに向いた。
「ありがとう」
「だが、いまはあの二人の間に入るのが怖い」
「!」
「そんな顔ですね」
「だって……あの二人、最近すごく仲が良さそうで」
また振りだしだ、とナインは呆れるように立ち上がった。 こんな無駄な時間を過ごしていてはまずい、家に帰って早く――――
「あのー、ちょっと?」
「なにかしら」
ずるずると階段を逆戻りするナイン。 リアスに手を引かれて用済みのはずの姫島神社に再び足を運ばされる。
ナインの意外に的確なアドバイスに救われたリアスは、階段を昇り切るとナインを先頭に背中を押し始める。
「お? ちょっと押さないで。 ねぇ―――」
やがて仕方なくといった具合で聞えよがしに舌を打ち頭を掻く。 最もそうなことを言ってしまったから”あて”にされてしまったのだろうことをいまさら後悔したナインは、不安そうなリアスの前に立って先導する。
そこに、最悪のタイミングでよからぬことをしてそうな声音が聞こえた。 なんだそれはと思うだろうが、とにかく”よからぬこと”だったのだ。
『イッセーくん、私のこと二人きりのときは、朱乃って――――呼んで欲しいわ』
『あ、あ、あ、あ、朱乃さん!? こ、こんなの! 人が来たらどうするんですか!』
「…………」
ごそごそと身じろぐ音がより卑猥に聞こえる。 襖の向こうで一体全体なにがおこなわれているのか。
ナインはスッとリアスの顔色を窺う。
「これは、まだまだ先は長そうだ」
「ナイン」
「はいはい」
リアスは、まったくの無表情でナインの肩を掴んだ。 しかし無表情とはいえ、ナインには分かる。
これは戦士の目だ。
ここで一つ一誠にガツンと言えば、この三人の状況と立場が良い方向に変わるだろう。
自分の先の助言も少しは役に立ったのだと得意げになった。
「あなた、私をここで抱きすくめて頂戴。 そして、襖の向こうに突撃」
「はいはい…………って、は?」
ぐい、とリアスの体がナインに肉薄していく。 なんだそれは。 どうしてそうなる。
肩方の眉を釣り上げて訝しむように彼女の顔を見ると、悔しそうに歪んでいた。
戦士の目じゃなかった。 戦死した者の目の間違いだった。
リアスの爆弾発言に、しかしナインは冷静に突っ込んだ。
「いや何言ってるんですかあなた。 冗談じゃない」
「あなたをダシに使うわ」
「最低ですね。 というか――――リアス・グレモリー、あなたの利益になるとは思えないのだが」
「いいからいくのよっ」
「あらー」
半ばヤケクソなリアス。
襖をぶち破りながらナインを思い切り押し倒した。 頭を掻きながらも倒されるナインは、むしろ滑稽に見えるほど冷静で平静を保っている。
「うぇぇええっぶ、ぶぶぶ、部長!? と、ナイン!? なんでここに…………つかお前帰ったんじゃ」
「あらあら……」
「やぁ」
文字通りお手上げ状態のナインは、仰向けで一誠と朱乃に手を振った。 ユニーク過ぎる。
そして視界に入る衝撃の光景。 一誠は呆気に取られながらも脳の思考機能を総動員する。
ナインの胸に収まっていたのは、憧れの愛しの主、紅髪と大きなバストが魅力のリアス・グレモリーその人だったのだから驚きを隠せない。
「こ、これって…………え、どういう状況?」
すると、リアスはうつ伏せから立ち上がる。 同時にナインも立ち上がる…………いや、引っ張り上げられた。
「部長…………?」
ぷるぷると震えるリアスは、意を決して再びナインの胸に収まった。 当の本人はゲンナリして本当に迷惑そうにしているが、一誠にはそれは見えなかった。
「イッセー、あなたが朱乃とそうなるなら…………私は、は…………な、ナインとこうなるわっ」
「いやどうにもならないでしょうこれは」
ナインをキッと睨むリアスは、すぐさまその場に座り込み、朱乃と一誠の前に佇んだ。
「ひ、ひ、膝枕だって、イッセーがして欲しいって言ってもしてあげないんだから!」
「力つよ…………」
これが女の出す力なのかとナインは感心する。 頭を無理やり膝上に打ち付けられたナインは、仕方無いのでしばらく大人しくすることにした。
もういっそこのまま寝て時を過ごすというのも悪くないと本気で思っていたのだが、リアスの悪魔としての怪力が頭を圧迫してそれどころではない。
「イッセー…………」
「は、はいっ」
圧迫が弱まったところで、リアスの剣幕もとりあえずの終息を見た。
静かなる気炎を含んだリアスの呼びかけに応じ、脊髄反射で直立に起立する一誠。
「いつも思っていたことだけれど」
「は、はい…………」
横たわったまま、ナインは朱乃と目が合った。
やれやれと目を閉じる。
「朱乃は、副部長だけど、『朱乃』なのね」
「はい」
「じゃあ私は…………」
その瞬間、朱乃はハッとして一誠に向いた。
同じ女であるゆえに、気付くべくして気付いたリアスの心中、心痛。
「部長、なのね」
「は、はい! リアス部長です!」
「―――――っ」
突然始まった問答に始めはきょとんとしていた朱乃だったが、雰囲気がおかしなことに気づいてしまった。
イケない! と思ったときには、朱乃はナインをリアスの膝枕から引いて退かした。
「…………今日は女運が悪いですね」
「あらあら、女性の膝の上に一日に二回も頭を乗せることになるなんて、良い、の間違いではありませんか?」
「どうだかね」
無言で立ち去ろうとするリアスに、一誠は慌てて追いかける。
姫島さんに振り返らなかったのは評価しましょうか、とナインは内心一誠を少し褒めた。
関係する若い男女が奇数並ぶと、どちらの性別が多いか少ないかを問わず、碌なことにならないのだと、ナインはこの三人を見て心に思うのだった。
◇
あれ以降、結局ナインは、一誠とリアスが帰った後に堂内で朱乃と二人になった。
「綺麗な巫女さんに茶を淹れてもらうことになってしまいました」
「お嫌でしたか?」
「別に、ただ」
「ただ?」
朱乃の淹れてくれた茶を、ぐいと一気に飲むとナインは溜息。
「女の人に優しくするのは結構ですが、誠実さがどことなく欠けているというかね」
「…………イッセーくんのことですか」
「まぁね」
軽口で笑いながら、二人が帰った道に視線を映す。
「それにしてもあなた方は本当に絆が深い」
「…………」
もうすでに暗くなった空を見て、頬杖を突いた。
「私はあのとき、リアル略奪愛を見ることになると思ったのに、あなたは簡単に引き退がってしまいました。 あれは勿体ない」
リアスからナインを引き剥がすことで、あの状況で最悪の展開になることを防いだ朱乃の功績は大きい。
あのときのリアスは平常心を保てていなかった。
「もしかしたら、私がいなければあんな事態にならずに済んだかもしれない」
ナインがいたから、リアスは朱乃と一誠の仲に妙な対抗心を燃やしてしまった。 ナインはただの被害者だが、下手をしたら面倒な関係に巻き込まれていた可能性もあった。
「あなたは何もしませんでしたね。 リアスに膝枕をされたときだって、抱きつかれたときだって……」
「正直嫌でしたけどね」
「それじゃあどうして」
「人の心の葛藤を間近で見てみたい」
「!」
ナインは立ち上がり、帰り支度を始める。
「爆弾みたいなんですよ、ヒトの心は。 燻って燻って最後に盛大に爆発するようなね。 それは我慢強い人であればあるほど、爆発力は高まるのだ」
彼女――――リアス・グレモリーには我慢が足りない。
先ほどリアスに押しが足りないと唆したのは一体誰だったのだろうか。
「そういえば、長いこと彼と茶を飲んでいましたが、なんの話をしていたのですかね」
「それは…………」
言葉に詰まる朱乃。 明らかに無理をしていそうな彼女に、ナインは手を振った。
「話したくなければ話さなくてよろしい。 第一、私とあなたは会って日が浅すぎる、秘め事を吐露するには私では役者が不足していますよ」
「いえ、慧眼なあなたのこと。 きっといつか私から言わなくとも、私と言う存在を見破られると思います」
「ふーん」
帰り支度のため、赤いスーツを羽織ったナインだったが、今一度その場に座り直した。
その瞬間、朱乃の背中から翼が現れる。 バサリと出現したその黒い翼は、二種あった。
堕天使と――――
「…………」
悪魔の――――
「翼。 そう、この両翼を意味しているところ、あなたなら皆まで言わなくても分かりますわよね?」
「ハーフだったんですか、へー」
「さっきの話は、このことです。 イッセーくんに話した内容はこの…………」
朱乃の背中には、悪魔である蝙蝠のような翼と、カラスのような真っ黒な翼が片翼ずつ生えていた。
「このことで、私はイッセーくんに嫌われるのではないかと不安で仕方ありませんでした。
彼は堕天使に命を奪われた……アーシアちゃんも。 だから私を嫌うんじゃないかって……それが怖くて怖くて……」
「何も変わらない」
「え…………」
延々とマイナス思考の巫女が話している。 ああ、そうか。 これはこういったタイプの女性か。
外面は独りでなんでもできるようなオーラを出していながら、その実誰よりも他人に依存するか弱い女性なのだ。
「その人の人格を形成するのはその人だけだ。 他の誰でも無い。
私には私しか作れないし、姫島朱乃という人物も姫島朱乃という人にしか作れない」
ナインは自分の両手に刻まれた陰陽の刺青を朱乃に見せた。
「私なんて犯罪者ですからね。 でも変わらない! 変わらないのだ!
地位も名誉も種族も何もかもが意味を成さない! 人間も、堕天使も悪魔も天使も。 もしかしたら神も……」
「お、同じだなんて…………!」
堕ちた天使の翼と悪魔の翼を曝け出したままの半裸の朱乃はナインに詰め寄る。
「最初はね、私も違うと思っていました。
人間はちょっと作り変えるだけでただの爆弾になる。 でも悪魔や堕天使などの人外たちは人間とは違う体の構造をしているものかと思ったのです」
コカビエルを錬成したときの感覚を思い出し、頭を抱えた。 大仰に。
「でも、同じでした。 多少の相違や頑強さの違いはあれど、人体と同じ構造をしていた。
私がコカビエルを錬成した例がその証拠だ―――――誰も彼も、みんな同一。 ただ、人格だけが大きく違っているのだ」
だから、とナインは朱乃の肌蹴た巫女服を肩から直すと、そのまま両手を置く。
「あなたが堕天使だろうと悪魔だろうと。 中身みんな同じなんだから、気にせず、私のように我が道を行けばよい」
周囲の意見、罵倒、雑言、悉く意に介さずただただ自分の道だけを信じて歩んで来たナイン・ジルハードはぶれない。
生きることの楽しみとは、周りの機嫌をいちいち気にしながら過ごしていくのか? 否、それは断じて、
「違う!」
「!」
ビクンと、朱乃の体が少し浮くように跳ねた。
「なんという窮屈な世界だ」
不気味に笑むと、朱乃は無意識に震える手を抑える。 なんという巨人なのかと。
この男の思考は、常人では計り知れない域にまで達している。
「そんな世界はね、捨ててしまえば良い。 かつての私がそうだった」
つまり何を言いたいのかというと――――
「あなた自身が強くならなければ、未来永劫に彼に依存し、彼無くしては生きられない身となってしまうだろう」
周りを気にせず介さずに、一人で生きていくには、やはり自己を全体的に強化しなければその望みも叶わずに生涯を終える。
「まぁでも、あなたたち悪魔眷属というのは、横並び手を取り合って生きていく生き物。
これは私の人生における私なりの一つの選択肢として考えて頂ければ結構です。 もしもその大切な人が居なくなってしまうようなことあれば、ですがね」
「…………」
沈黙する朱乃の前にハンカチを一枚置いて、ナインはいつもの恰好で背を向けるのだった。
今回は、次話とまとめて投稿します。 次話に人物紹介を組み込むのでご了承を。
二十話越えたんでそろそろいいかなと思って投下しました、よろしければどうぞ。 質問も受け付けます。