紅蓮の男   作:人間花火

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投稿できた(驚愕)


22発目 錬金術技法 『錬気』

「ナイン、もう行く時間だよー。 起きてよー」

「…………あー?」

 

ナインはこのとき、自分の体が揺れる感覚で目が覚めた。

まだ、眠い。

 

「あ、起きた」

「…………紫藤さん?」

 

体を揺らしていたのはイリナだった。 すでに白いローブを羽織っていて準備万端と言った具合だ。

無理矢理起こされた目をナインは擦り、現状を把握しようとする。

 

「…………」

 

しかし、ボーっとする頭をそのままにして直す気すら起こらないナインは再び泥のように寝付こうとした。

 

前日、ミカエルからの贈り物であった「牙断」を研究していたことから、夜が明けるまでそのナイフの研究に没頭してきた。

しかし、どうにも得るものがなかったため、ナインはそのまま不貞腐れるように寝てしまったのだ。

 

そして今に至る。

朝に寝て、いまはすでに外は夜の帳が降りている。 人間としては非常に不健康であり、生活のサイクルが狂ってしまう原因だ。

 

「寝直さないー」

「なんであなたここにいるんですか、ゼノヴィアさんは」

「ゼノヴィアはもう出て行ったわよ。 今日は首脳会談当日、ゼノヴィアはグレモリー眷属だから、悪魔側として参加することになっているのよ。 あと、私が居るのは――――」

「ああ、天界側の一員として起こしに来てくれたんですか。 それは世話を焼かせてしまいました」

 

すみませんね、と言いながら体を起こした。 手っ取り早く身だしなみを整えるため、鏡の前に立った。

肩まで伸びる長髪を後ろで束ね、前髪を立たせる。

 

そんな中、横でイリナは頬を緩ませてナインの鏡に映った。

 

 

「ナインの寝顔見れたから満足…………かな、へへへー」

「…………」

 

緩んだ頬を照れ臭そうに指で掻くイリナ。 ナインはそんな彼女の横を通り過ぎ、深紅のスーツが掛かるハンガーに手を掛けた。

 

「あなた本当、どうしちゃったんですか。 初めて会ったときは警戒心剥き出しだったのにねぇ。 ここ最近そればかり」

「そりゃ、これだけナインに触れてれば、良いところもいっぱい見つけられるというか、ねぇ?」

 

ニッコリと微笑むイリナ。 傾けた顔がよりあざとさが感じられる。

するとナインは何の気なくイリナに聞いた。

 

「聞けば、あなたは兵藤くんとは旧友なそうな」

「…………知ってたんだ。 まぁ、そうだけど、それが?」

「それがって…………」

 

イリナは少しむっとなった。 口を曲げてローブの上から腕を組む。

 

「もしかして、私がイッセーくんと……とか思ってるの?」

「まぁねぇ、少し気にしてみればそういう結論に至るというか」

「確かにイッセーくんとは幼馴染で……親しかったわよ? 再会したとき、素直に嬉しいと思ったもん」

 

しかしそれとこれとは違うのだとイリナははっきり言った。

一誠は友達だが、それ以上は行かないのだと。

 

ナインの邪推を、イリナは一蹴した。

ナインから見れば再会したイリナと一誠を見たとき、二人の間にはそれほど溝が開いていない風に感じた。

 

「もしかして、意識してるの? イッセーくんと私の距離」

 

意地悪そうに笑うイリナ。

すると、それをナインは鼻で笑った。

 

「まさか。 ただ、あなたの行動が日に日にエスカレートしていると思いましてねぇ。

若いうちは冒険したくなるのは無理ないですが、私に構いすぎていると色々と『ダメ』になってしまいますよ?」

「それは余計なお世話。 私は私のやりたいようにやるの。

イッセーくんは大事な友達だけど、あんな……エッチな状態になってて、ちょっと残念」

 

正直に言えば、イリナは再会してからはナインよりも一誠を目で追っていた。

幼馴染が高校生になって一体どんな男の子になったのかを気になるのは当然だ。

 

しかし伏し目勝ちになって続けた。

 

「視線は女の子の胸ばっかり。 主にリアス・グレモリーさんとか、姫島さんとかね。

ん、それ見てると、ナインのスマートでクールなところが魅力的に見えたり…………」

「それはどうも」

「男の子だから多少は仕方ないと思ったよ? 教会でも、それが性だって言ってたし」

 

鏡の前に静かに座り直すナイン。 そこを見計らったようにイリナは後ろからナインの首にゆっくりと覆いかぶさった。

栗毛のツインテールがナインの両側に垂れ下がり、ほのかにシャンプーの香りが漂ってくる。

 

「ナインは、女の子にこうされて興奮したりしないの?」

「うーむ、しない」

「…………やっぱり、それおかしいよナイン。 教会では、人間誰でも性欲は持っているはずだって言ってた」

「ご自分の魅力が足りないから、とは考えないのか」

「それ、女の子に面と向かって言うことじゃないよね」

 

耳元でまたもや膨れるイリナ。 徐々に抱きしめる力が強まっていくのをナインは感じると、彼女の腕をそのまま押さえた。 そして笑う。

 

「すみません。 いやぁでもね、それは教会での話でしょう? まぁ、女の人に頼りにされたり好意を持たれたりすることは、男性にされるよりも多少は面白みが湧きますが」

「それだよ、それ。 少しはあるんじゃないの」

「うーん」

 

そう悩むナインの顔が、イリナに両側から掴まれた。

この状況になってもなおも頬が赤いのはイリナだけ。 ナインは片眉を上げてこの行為の意味を問う。

 

「なんですか」

「あの……さ」

 

生唾を呑み込むイリナ。 そこで初めてハッとした。

ナインの整った顔を目の前に、逆に己の興奮が抑えられなくなってきたことに気づく。

 

眉目秀麗を形にしたような男。 独りでニヤニヤしている様子だけ見れば、顔が良くてもまずお近づきになることは遠慮するであろう男。

 

しかし、ナインの得体の知れない不気味さがスパイスとなる。 年頃の女の子は、この人のことをもっと知りたいとのめり込む。 「若い」とはそういうことだ。

「他の誰とも違う」雰囲気を出している。

 

「…………」

 

このまま自分が顔を前に進めたら、ナインは避けるだろうか。 もし避けなかったら、そしたらどうなるのだろう。 いつもの「なにやってるんですか」という異常な冷静さで返されるのだろうか。

 

それとも――――

 

(私が、ナインの性欲を呼び戻してあげられる……かも?)

 

イリナは、意を決してそのまま顔を……いや、唇を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、遅くなってしまった」

「構いませんが、どうしたのですか? あなたが遅れるなど珍しいじゃないですかナイン」

 

駒王学園会議室。 紅蓮のスーツを着込むのはナイン。 その後ろに付いて来たのは栗毛の少女、イリナ。

今回の会談出席者の中で一番最後に入室してしまった。

 

ナインはミカエルに事前に連絡――――遅れる旨を伝えているが、その場で理由を問われるのは当然だろう。

本当ならば同じ陣営同士、ミカエルとともに会議室に入る予定だったのだが……。

 

すでに揃っている堕天使陣営、冥界陣営の面々に注目されながら、ミカエルの後ろに控えるイリナを横目に、ナインはミカエルと話し込む。

 

「定時に遅れるとは面目ないです。 なにせ、自宅で色々有りまして」

「この場では話せないことですか? わずかとはいえ、遅刻してしまった趣旨は一同に伝えねば…………」

「分かっていますよ。 しかしこの場では言えないことだ、何よりこれは人の尊厳にかかわる」

 

言うと、ミカエルはそうですかと納得。 後ろに控えさせようとしたが、いかにも悪そうな黒い服に包んだ男がにやにやして言った。

 

「もしかして、お楽しみだったかー?」

「…………」

 

その声にナインは毅然としたままその声の主と向き合った。

 

――――堕天使のトップ。 総督アザゼル。

不敵に笑む顔を頬杖で突いている。 その後ろに控えるのは白龍皇ヴァーリ。

 

その男の座る椅子までつかつかと歩いて行く。 控えるグレモリー眷属とシトリー眷属を横切り――――

全堕天使を統べる首領、アザゼル堕天使総督の前に無言で立った。 ヴァーリはポケットに手を突っ込むのを止めると、終始してナインの行動をその目で追っている。

 

「………………」

 

纏うものは何も無い。 まったくの無防備。

打てば倒れ、斬られれば血が出る人の柔肌。 それを全面に晒し、堕天使の頭という脅威を前に微動だにしない。

 

ナイン自身、いまこの場で思い知った。

コカビエルは斃したが、あれとは比べものにならないくらいの実力者がこの男だ。

 

総督たる所以か。 すると、アザゼルが口角を上げてナインを見上げる。

 

「…………なるほど、堂々としてんなぁ。 さすが一人戦略兵器――――紅蓮の称号を持つ男だ。 ヴァチカンの教皇や猊下連中が釈放してまで起用した理由が解った気がする」

「…………そこまで解るのかよ、あいつとナインは初対面のはずだろ?」

 

ひそひそと、一誠が驚愕を口にした。 祐斗がそれに返答する。

 

「転生悪魔である僕たちでは及ばない境地にまで居るんだよ、現トップたちは。

僕らの物差しで見ることはできないよ、イッセーくん」

 

対峙を続けるナインとアザゼル。 トップ以外の全員が緊迫した雰囲気に呑まれつつあった。

そこに、ナインが不敵に笑むアザゼルに肩を竦める。

 

「私は、ただの異端者ですよ」

 

自嘲気味にユニークに笑って後ろを向いた。

 

「紅蓮の称号も、国家資格もすべて剥がされてしまいました。 いまは……そうですねぇ、フリーターってとこですか」

「称号は剥がされても、人の印象ってのは固まっちまうとずっとそのままでいくものだ――――お前は『紅蓮』だよ、解るんだ。 人間ってのは静かな奴ほどその中に狂熱を宿してるもんでなぁ。

それと、資格なんてもの、実際いざとなってみりゃ役に立たねぇもんだぜ?」

「信じられるのは、ここだけと?」

「分かってんじゃねぇか」

 

自分の頭をこつこつと指で叩くナインに、アザゼルは笑い上げた。

するとにわかに、買いかぶりですと、あくまで謙虚にしてアザゼルから身を引く。

 

「それと、遅れてすみません」

「別に気にしてねぇよ。 そんなことくらい俺は何回もやらかしてるからな」

 

そして、スッとすれ違うとき、ナインにだけ聞こえるよう言った言葉。 それは本当に唐突に、ナインでも予想はできなかった。

 

「モテる男は辛いねぇ」

「…………」

 

遅刻の責は潔く受ける。 なんてことはない。

イリナの横に戻った際、彼女は少し涙目でナインに訴えた。

 

「こっちが怖かったよー…………あと、ゴメンねナイン。 私のせいでっ…………」

「気にしていない。 これくらいはなんでもない――――慣れている、いや本当に」

 

そう話しているなか、咳払いが冥界陣営から聞こえる。

 

「ではこれより、堕天使、天使、悪魔。 首脳を交えた会議をおこなう」

 

咳払いは魔王サーゼクス・ルシファーの隣に居るグレイフィア。 そして第一声はサーゼクスから始まる。

 

「紹介する。 私の妹と、その眷属だ。

先日のコカビエル襲撃の件では、彼女たちが活躍してくれた」

「ご苦労様でした。 改めて、お礼を申し上げます」

「悪かったな、俺のところのもんが迷惑をかけた」

 

ミカエルの丁寧な言葉遣いを聞いた後だと、一層態度が悪く見えてしまう堕天使代表のアザゼル。

その不遜な態度に、巻き込まれた方――――主に一誠はあまり良く思わなかった、当然だろう。

 

「リアス、報告を」

「はい、魔王様」

「ソーナちゃん、あなたも」

「はい」

 

各々の身内を呼ぶ。 コカビエルの件に際しての現場報告というものだ。 セラフォルーも今回ばかりは正装で着ているのを見ると、相当に引き締まって見える。

 

教会で追放された者、バルパー・ガリレイを筆頭としたフリード・セルゼンやそのほかのはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)、さらに神父たち。 それらを率いたコカビエル。

 

どういった経緯で元教会と堕天使がつるむことになったのかは二人とも答えられず、やはり解ったことは一つ。

 

「コカビエルは、更なる戦争を引き起こすことを目的に、エクスカリバーを強奪するという強行に出たとのこと」

 

そこでリアスは、ミカエルに視線を投げた。

 

「ここでのコカビエルの発言は、まず先に天界側に仕掛ける意図があったものと、本人が明言していました」

 

ミカエルは哀れむようにその言葉に返す。

 

「そうでしょう。 しかし、天界側……私が教会から派遣させたのは二名。

こちらに居る戦士紫藤イリナと、現在冥界側となっている戦士ゼノヴィア。 私も、コカビエルの思惑を予想できていただけに、迂闊に大物を立てる訳にもいきませんでした」

 

名前を出された二人は、複雑な表情をして頭を下げる。

そして、リアスに発言権を戻した。

 

「そこにお二人とは別に、天界陣営に居られますナイン・ジルハードが参戦、これを見事に撃破しています」

「そこだぜ。 おいミカエル。

そこの色男は、執行猶予もねぇ地下の監獄で一生を過ごすはずが、教会の一存で釈放されてる。 俺のとこのコカビエルも悪かったが、ミカエル、お前の教会管理も見直した方がいいと思うがね」

「アザゼル…………」

 

サーゼクスがアザゼルを制するも、ミカエルは真剣な表情で返した。

 

「確かに、彼の釈放は天界を交えずにおこなった教会の独断。 反論のしようもありません…………」

「まぁ結果としちゃ、良かったわけだが。 そして、教会の命令で動いただけのナイン・ジルハードに咎はねぇ。 教会は、目には目をと、毒には毒で対抗することしか思いつかなかったんだろう」

 

かなりひどい言い回しだが、あながち間違ってもいない。 が、事の発端であるアザゼル側が言うのも納得がいかないのだろう、口をむっとさせるセラフォルーが、ナインの目に入っていた。

 

そして、話しを変え、セラフォルーは己が妹にも発言権をあたえる。

 

「ソーナちゃんは、周囲の被害を最小限に抑えてくれたものね」

「ありがとうございます。 我々シトリー眷属は、専ら後衛と援護でした。

しかしその際、堕天使陣営に居たと思われる白龍皇が介入し、結界を悉く破られています」

 

またアザゼルか、と天使悪魔両陣営がそちらにジト目で向いた。

 

「っ、はーっ。 最善処理だったんだよ。 まぁ、実際白龍皇より先にナイン・ジルハードに仕留められたが。

ちゃんと身柄を搬送するっつー任務は果たしてる、そんな目で見ないでくれよお前ら」

 

参ったなおい、とおどけるようにアザゼルは頭を掻いた。 そしてミカエルの後ろに居るナインに指を差した。

 

「今回のMVPはあいつなんだろ? 話はそれで終わりでいいじゃねぇか」

「ふふ…………はは」

 

ナインが笑う。 アザゼルのあまりのぶっきら棒さに、逆に感心した。

肩を揺らして腹を押さえた。

 

「いやいや失敬。 さすがは天使から堕ちた者、言う事が面白いですねぇ。

戦争、殺し、抗争、こういった暗い話にはてんで興味が無いように見受けられる。 ポジティブで非常に良い」

「お、分かってくれるかよ紅蓮の。 いやぁ、こういうお堅い雰囲気も肌に合わねェもんでな。 緊張し切った空間で軽口叩いてくれるユニークキャラが欲しかったんだよ、お前、うちに来ねえ?」

「話を逸らさないでください、アザゼル!」

 

バン、と丸テーブルをミカエルが叩く。 後ろのナインはまだ腹を抱えて静かに笑っていた。

イリナが肘でナインの脇腹を小突いて静寂を促す。

 

正直ナインも、こんな会談などさっさと終わらせたかった。 こんな茶番の「お話し会」など、結果が見えているナインにとっては時間を無為にしていると解っている。

 

大昔の大戦から続く小競り合い、鍔競り合いはナインもよく知るところ。 悪魔を敵とする教会、天界、逆も然り。 堕天使は今回のように総督の意志を省みず己が力に溺れ独断する者。

 

そんな中会談を開くなど珍しいどころではない。 なら考えられることは一つなのだと、ナインは先見の明を持つ。 この会談の真意は解り切っている。

 

「んだよ、かてぇなぁ…………」

「固い柔らかいの問題ではありません、この会談の意味を――――」

「和平を結んじまおうぜ。 その方が手っ取り早い」

『――――――!』

 

瞬間、今度はトップ全員が険しい表情になった。 この男はどこまで段取りというものを踏まないのか。

結果論でしか物事を考えない――――もしかしたら、今この中でこの会談に意味が無いと思っているのはアザゼルなのかもしれない。

 

二番にナイン。 そして、アザゼルはその軽口を続ける。

 

「この三竦みの関係は、世界の害になるだけだ」

 

まぁねぇと、小声で頷くナインはアザゼルに一票入れた。 会談に興味を持たない同士、通ずるものがある。

 

「そこでだ、この三つの大勢力の外側にいながら、世界を動かすほどの存在の意見を聞いてみようと思う。 赤龍帝、白龍皇」

「俺は、強い奴と戦えればいいさ」

 

先に応えたのは白龍皇、ヴァーリ。 強者と矛を交えられればそれで満足。

三番目に会談を軽視しているのはこの男に他ならないだろう。 その視線はナインに向くが、本人は我関せずだ。

 

「赤龍帝」

「お、俺はそんな小難しい事言われても…………」

 

戦争か平和か、そのどちらを取るのかと聞かれて小難しいことだと言う一誠に、ナインは苦笑半分、呆れ半分。

曲がりなりにも常人を称しておきながら、自分の意志を持たないのかと。 簡単なことだろうに、何をそんなに考える必要があるのかと。

 

すると、アザゼルが不敵に笑んで言った。

 

「恐ろしいくらいに噛み砕いて説明してやろうか」

 

頬杖を突いて、とんでもないことを。 明らかにこの席では不適切なことを、アザゼルは言う。

 

「俺らが戦争をしていたら、リアス・グレモリーは抱けないぞ?」

「!」

「ぅえっ!?」

 

一誠から変な声が出るのと同時に、リアスの声も裏返って木霊した。

 

「だが、和平を結ぶなら、そのあと大事になるのは種の繁栄と存続だ」

「種の……繁栄!?」

「おうよ」

 

一誠にとってはこの上無い嬉しいニュース。 そして子供でも解る世界の維持法。

種の繁栄、すなわち子作り、種の存続、それすなわち子育て。

 

一誠は、歓喜する。

憧れのリアス・グレモリーと……毎日…………。

 

「和平がいい」

「ん? 聞こえんぞ?」

「和平がいいです! お願いします! 部長とエッチしたいです!」

「イッセーくん、サーゼクスさまが居られるんだよ?」

 

と諭しながらも祐斗も笑っている。 そう、これが一誠の人徳なのだ。

いままでぶつかった困難は、すべてこれが源となり乗り越えてきたようなもの。

 

リアスは、そんなぶれない一誠を慈しむように見ていたのだった。

 

すると、赤龍帝と白龍皇の意見が終わったところで、ミカエルが話を切り出す。

 

「赤龍帝殿、先日、私に話があると言っていましたね」

「はっ…………あ、お、覚えていてくださったんですか」

 

我に返る一誠は、ミカエルに視線を預ける。

 

「どうしてアーシアを追放したりしたんですか」

「あ…………」

 

アーシアの肩が跳ねる。

 

「あれだけ神様を信じていたアーシアを、なぜ追放したんですか」

「…………イッセー」

 

静かなる激昂だ。 それを鎮めようとリアスは彼の肩に手を置くが、引くつもりはないらしい。

祈れば頭痛が襲い、十字架もまともに持てない、哀れな聖女。

 

ミカエルが口を開いた。

 

「…………神が消滅して、システムだけが残りました。 加護と、慈悲と……奇跡を司る力と言い換えても良いでしょう。 いま私を中心に辛うじて起動させている状態です。 ゆえに、システムに悪影響を及ぼす存在は、遠ざける必要がありました」

 

そのときゼノヴィアは、俯くイリナと、それと対照的に平然と笑みまで幽かに含めるナインが印象的だった。

 

「信者の信仰は、我ら天界に住まう者の源。 信仰に悪影響を与える要素は、極力排除していかなければ、システムの維持ができません」

「だから、予期せぬ神の不在を知る者も、排除の必要があったのですね」

 

ゼノヴィアも、突如追放を命令された者の一人だ。 ミカエルは悔い改めるように口をつぐみ、彼女に向いた。

 

「そのため、あなたも、アーシア・アルジェントも……ナインも…………」

 

異端とするしか、方法は無かった。

 

「申し訳ありません」

「どうか、頭をお上げください、ミカエルさま」

 

すると、ゼノヴィアはスッと、ミカエルの横を通り後ろを通り――――ナインの腕を取った。 イリナは呆気に取られるが、お構いなしにゼノヴィアは彼の腕を抱く。

 

「分かるように、私も教会に長年育てられた身……そして、多少の後悔もありましたが、いまの悪魔としてのこの生活に、満足しております…………他の信徒に、申し訳が立ちませんが…………」

「私も……」

 

アーシアが前に出た。 その顔は先とはまったく違い晴れやかに、

 

「私もいま、幸せだと感じております。 大切な人が、たくさんできました」

「あなたたちの寛大な御心に感謝します」

 

リアス・グレモリーと、姫島朱乃、様々な仲間と出会えたことすらも、いまは亡き神の導きだと信じている。

 

「ところで、ナインはどうなのですか? いまの生活は」

「え、ここで私? まぁ――――」

 

首を片手で掻く。

さてどうしたものかと、ナインは考えを巡らせる。

ここで不満とか言ったら一気に雰囲気ぶち壊しじゃないですかと、当然の流れを推察して出したのは無難な答え。

 

「そこそこ、ですかね」

「なぁにがそこそこだよ紅蓮の、両手にゃ花、しかもそんなに想われてりゃ万々歳じゃねぇのか?」

 

アザゼルが雰囲気をぶち壊した。

ナインは息を吐く。

 

「私も、そう単純だったなら難しく考えなかったのですがねぇ」

「錬金術の技術を学びたいのなら、お前やっぱりうち来いよ。 教会のは色々と縛りがあるからなぁ、柔軟性に富んでるぞうちに機関は」

「お気持ちだけ」

「つかよ、お前は実際どれだけ経験積んでるんだよ。 これまでずーっと聖剣や研究やらにかかりきりってわけじゃなかったんだろう?」

 

どうしても知りたいようで、さっきの会談の本題よりも、ナインの経歴を探ろうと身を乗り出してまで聞き出そうとする。 その様にミカエルは呆れていた。

 

ポケットに手を突っ込むと、ナインはミカエルの目配せを受け、仕方なく話すことにした。

 

「はじめは、デスクワークです。 学会は年に一度しかないですが、月一で途中経過やその成果を発表したり査定したりするために白衣を着ていましたよ」

「で、そのあとは。 あるんだろ? コカビエルを潰したんだ、んなガリ勉話は一端にすぎねえんだろ?」

 

頭を抱えるミカエル。 アザゼルは構うことなく続けた。

 

「その学会の一つに、錬金術を戦略兵器として役立てることを題にしたことがありましてねぇ。 このときの信徒たちの不満そうな顔はいまでも覚えている」

「だろうな」

「だが、それが上層部には好意的に受け止められたのでしょう。 おそらく過激派。

悪魔を異常なまでに憎悪したり敵視したりする人たち。 その人たちによって、私は研究員から兵士にひっくり返されました。 もともと腕っ節で入っただけに驚くこともなかった。 いずれこういうときは来るだろうと思っていましたが、まさか、くくっ……学会から戦場に駆り出されるとは思わなかった」

 

この話に、唖然とする他なかった。 アザゼルがではない。

いままでナインと接してきた者たちがだ。

 

コカビエルとの戦いを見る限り、教会でも最初から戦士として扱われてきたのだと思っていた。

今になってその高そうな学歴を聞かされるとは、予想外にも程があった。

 

(天才と狂人は表裏一体と言われているけれど、実際会ってみると見分けることなんてできないわね)

 

リアスが思う。

 

(こいつの場合、表の顔は天才で、裏の顔が狂人ってとこか。 どっちにしろ凡人じゃねぇなぁ)

 

アザゼルは脂汗を垂らして目の前の人材を欲した。

 

まぁ、そんな表面上の評価など気にならない、ナインの中身に惚れ込んだ者たちには死角は無かったのだが。

 

(すごいなぁナイン。 あと、経歴聞き出してくれた堕天使の総督に少し感謝っ)

(ナインはナインだ。 これからも私がお前を見る目は変わらないぞナイン)

 

その瞬間だった。

 

「ん?」

 

ナインが何やら嫌な感覚を覚えたときは、すでに周りは止まっていた。

目を見開く。 ねっとりと絡まれるような感覚に見舞われると、その直後には自身にも異変が訪れていた。

 

「こりゃぁまさか…………」

 

アザゼルが軽く舌打ちをする。 周りの空間が、まるで一時停止したように停滞している。

物も、そして人も。

 

それはここにいる者たちも例外なく。

 

「朱乃……アーシア!」

 

突然の怪異変に、リアスが声を上げた。 そう、シトリー眷属であるソーナや椿姫ももちろんのこと、グレモリー眷属の一部分も例に漏れず――――この停止結界の呪いを直撃していた。

 

存在の力。 悪魔や堕天使、天使という、人間にとって超常な存在がまともに受けてしまう能力だ、どんなに非凡だとしても、人の身でこの力を弾くことは至難の業とされる。 ゆえに、ナインも漏れなく、半分無事だが、半分止まっていた(・・・・・・・・・・・・・・・)のだった。

 

「足が動かない……あらら、参ったなぁ」

「ナイン!」

「ハーフヴァンパイアの停止の能力か。 いくら奇才持ちでも、人の身でこれ弾くのは無理だったか」

 

それでも、下半身だけに停止が留まっているのはそれだけでも驚愕もの。 アザゼルは冷静にこの状況を分析して、ナインに近づく。

 

「ナイン、落ち着いて……るか。 ていうかよぉ、テメェの半身がとんでもねぇことになってんのにその落ち着きようはちっと異常だが……」

「いや、これでも驚いている。 世の中には時間を止める力もあったのですか」

 

腰の部分辺りまで停滞縛鎖が浸食している。 このままでは、いずれ全身停止も時間の問題。

しかしそれよりも問題が浮上した。

 

「…………赤龍帝……は大丈夫か。 他にもいくらか動ける奴はいるみたいだな」

 

ゼノヴィアもイリナも、縛めがくる直前に聖剣を抜いたため無事……祐斗も、先日発現した聖魔剣の力によって難を逃れていた。

 

「おいナイン、その中途半端なレジストを止めて、おとなしく止まってろ」

「な! ちょっと、いくら堕天使の総督っていっても、言って良い事と悪いことが!」

 

アザゼルの突然の提案に、イリナとゼノヴィアは身を乗り出して抗議した。

しかし、アザゼルは顔色一つ変えずにナインの足元を指差す。

 

「よく見てみろ。 この停止結界はいまでも発動中だ。

このまんまじゃ、いま動ける奴らもいつ止まるか分からねェんだぜ?」

「え…………あ――――」

 

イリナが掠り切れるような声を出した。 視線はナインの足元から、腰の、上あたり。

 

「さっきまで、お腹から上は大丈夫だったのに……」

「そうだ、下手に抵抗するからこうなる。 ナイン、お前このままじゃ喉元に停止が来た時点で窒息死すんぞ。

さっさと流れに身を任せちまえ、じゃねぇと…………やべぇぞ?」

「それは怖い、なんとかできません?」

「できん。 だが、お前は人間だ恥じることはねぇ」

 

でもな、と険しい顔でナインに言った。

 

「半端な抵抗じゃかえって命に関わる」

 

下から上に、停止の結界は競り上がり、いまはナインの胸まで到達していた――――止まらない。

 

「試してみる価値はあるかどうか…………」

「あ?」

 

何を言っている、アザゼルが若干苛立ちの表情を覗かせる。

優秀な人材だが、機転も利かせられないんじゃ話にならない。 しかしだからといって、これから伸びしろのある人物にここで死んでもらっちゃあ面白くない。

だから、停止を受け入れろよ、なにをしている。

 

何を――――

 

「…………んで笑ってんだ! 早くしろよ紅蓮の! お前じゃこの結界は弾き返せな―――――」

 

その瞬間、ナインは両手を合わせた。 そして、呪文のような呪言のような、呪いのように言葉を発した。

 

「錬金術は物体だけに作用するものに非ずより極め極めれば霊的にもその力は練度を増しいずれの時か人体奥底骨髄脳髄に至るまで鍛え錬成し練り上げることを可能とするもの也」

 

言の葉の羅列。

不気味に、不敵の爬虫類のごとく口を割った。

 

「『錬気』とでも、命名しておきましょうかね」

 

そのとき、ナインを中心とするすべての建物が見えない波により震撼する――――大地震のごとき鼓動。

ナインは、忌々しい停止と言う名の鎖が己の体から千切れ飛ばされるのを実感しながら、錬金術の更なる進化に期待し、歓喜した。




誤字脱字、ありましたらお願いします。

今回は、「僕の考えた新しい技」ということで出しました。
これもう科学じゃねぇじゃん、どういうことなの?

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