紅蓮の男   作:人間花火

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24発目 反旗

「イッセー!」

 

魔方陣の上から出現した一誠を、リアスは抱きしめる。

旧、新校舎でナインと入れ替わった一誠は、呆けた顔をしてリアスを抱き止めていた。

 

ナインの方策によりハーフヴァンパイアのギャスパー救出を迅速に進めたリアスと一誠。

ここにとりあえずの策は成る。 あとはこの二人の力量に掛かるが、気合が充実している二人にとって、魔術師など、この先の部屋に居る数を考えると物の数ではないことが解る。

 

おそらく、ナインはそこまで計算していたのだろう。 でなければ、わざわざ自分と一誠を入れ替えて救出させることなどしない。

暴走した神器の力を収めるには、その所有者の心持ち次第ということも知識として知っている。

 

付き合いのある、且つ眷属仲間であることは、心を落ち着かせるには最善最良の方法といえよう。

 

そんな二人―――一誠はリアスの柔らかな感触に反応し、口を開いた。

 

「部長…………おれ…………こ、ここは……んっ?」

「ここは、オカルト研究部部室の前。 ギャスパーと小猫がいる部屋の目の前よ」

 

リアスは、彼のぽかんと開けた口を指で塞ぐと、ウィンクしてそう言った。

 

「本当に、転移できた…………」

 

辺りを見回すと、戦闘不能状態の魔術師たち。 一誠は唾を呑み込み、新校舎に目を向けた。

 

「ナイン…………か」

「ええ、ナインのお蔭でここまで速く旧校舎を制圧できたのよ。 悔しいけれど、やっぱり能力はホンモノね」

「部長は、怪我は無いんですか?」

 

そう聞かれると、リアスは一誠の顎を指でさする。 妖艶に笑んで口を開く。

 

「この通り、私は大丈夫よ。 とにかく、ギャスパーを解放しに行かないと」

「…………は、あっそ、そうですね。 急ぎましょう!」

 

リアスの表情に見惚れて緩んだ顔を引き締め、二人は囚われているであろう小猫とギャスパーの部屋の扉を突き破るのだった。

 

そこに、上空でその健気すぎる(・・・・・)二人を見下ろす白の鎧に包まれた銀髪の少年。 溜息を吐いた彼は、醒めたような瞳に赤い龍の少年を映した。

 

「…………いまのキミでは俺の相手には不足しているよなぁ」

 

誰も彼の渇きを癒せない。 戦闘欲というおかしな欲望を渇望するこの少年は、二天龍の性に一番近しいのだろう。 おかしなとはいえ、むしろ片割れの彼が、異常な闘争心の無さなのだ。

 

「まぁいい。 カテレアも動き出したようだし、俺も動いてやるか」

 

顔を再び白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)のマスクにバシュっと収納すると、魔術師の群れを掻き分けながら地上に降りて行く。

 

目指すは眼下に居るトップ陣と有象無象、と、一人の錬金術師。 とはいえ目標は一つであるが。

 

「俺の役目は、紅蓮の錬金術師の捕縛。 黒歌も動くしな」

 

目を瞑り、感慨深げに嗤った。

 

「…………そろそろ潮時だ、悪いなアザゼル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めましてナイン・ジルハード。 私はカテレア・レヴィアタン」

「これはどうもご丁寧に。 旧き魔王の末裔――――レヴィアタンの血統。 私の名はナイン・ジルハード。 趣味は爆破ぁ、くくく……」

 

ニヤリと、嫌味たらしくナインはカテレアに向かって毒を吐く。

”旧き魔王”なのに、きちんと”レヴィアタンの血統”と呼んでいるのが余計にカテレアの神経を逆撫でする。

 

「ナイン、今一度問いますわ。 今からでも遅くはありません――――我々『禍の団(カオス・ブリゲード)』に、いいえ、真の魔王の軍門に降りなさい」

「それは無理な相談ですよカテレアさん」

 

静かに拒否するナインに、カテレアも静かに反論した。 両者燻る戦意を秘め、決裂なら戦闘に入れる態勢だ、予断はもう無い。

 

「なぜです…………あなたはいまの三大勢力に不満はないのですか?

…………二年前、教会錬金術師壊滅事件を起こしておきながら、いまなお天界を支持しようとするのはあまりにも解せない」

「…………それはねぇ、あなたたちの計画があまりにも不鮮明だからだよ。 私はいつも出たとこ勝負上等主義ですが、ここまで未来を見据えていないとなると協力以前の問題だ―――――あなたたち、本当に自分たちがこの地上世界で最強の存在とでも思っているのですか?」

 

あくまで静かに、ポケットに手を突っ込みナインは説明する。 カテレアは焦れてくる。

 

「興味は無いが理解はできる――――だが、誰が本当に強いのか、弱いのか、説得力のある説明をして頂かなければ、私の首はずっと横を振ったままだ」

 

カテレアがスッと目を細めた。 この男は、必要最低限の保障を求めているのか。

この状況で、自分たち「禍の団(カオス・ブリゲード)」が勝利できるのか、また未来にもその計画の成功の兆しはあるのかと……。

 

そのためには――――

 

「私たちが、力不足と」

「そうだ、それを解消せずには私はあなたたちには付いていけない。 沈むと分かっている泥船に乗る気は無いですからね。 そのためには、まずは過去の敗北を払拭していただきたい―――――『けじめ』というのは大事なことだ。 過去をすべて踏襲して勝利した上でなければ、あなたたちに万に一つの勝機は無いことを知りなさい」

「おい、紅蓮の…………お前何を言おうとしてんだよ」

 

なにやら雲行きが怪しい。 カテレアと戦うのではないのか。

過去を払拭? カテレアも、なにを納得した顔で頷いていやがる。 アザゼルは悪寒がした。

 

―――――こいつ、けしかけるつもりか。 冗談じゃねぇぞ!

 

過去と言えば、この旧魔王勢であるカテレア・レヴィアタンはかつて戦後に、魔王領の僻地に追いやられた恥部がある。

それというのも、三つ巴の戦争に最後まで決戦を唱えたものの、力も権力も弱くなってしまった彼女彼らが現魔王に押し負けられたことから始まる。

 

「それは正論です、紅蓮の錬金術師。 確かに、我々を辺境に追いやった者たちにここで勝利することができなければ、世界の変革など夢のまた夢」

 

(そうかこの男。 おおっぴらに裏切ることはできないが、なにもしないことは裏切ったことにはならないと……ふふっ、屁理屈だが頭が回る)

 

「ナイン、てめぇ…………」

「そもそもこの騒ぎは、テロリスト云々以前に、冥界内部の不満分子がクーデターを起こしたことが始まりだ。

人間の私が、魔王の血筋に相対する道理も義務も無い――――『けじめ』…………付けてくださいよ、サーゼクスさん、セラフォルーさん。 あれは(・・・)…………冥界(あなたたち)の過去の亡霊だ」

「天界側だろお前!」

「とはいえ、ミカエルさんとの約定は、この協定会議に出席し証言することが条件。 それ以外は与り知らない。 協定が成ろうと成らなかろうと、天界側として出席しましたが、天界の人間になるなんて一言も言っていませんしね」

 

勝手にやれと。

アザゼルは頭を掻いて溜息を吐いた。

 

「なんて野郎だよ。 ここまで性根のひん曲がった奴だとは思わなかったぜ…………まぁ、いいや」

 

雰囲気一変。 アザゼルの体から黒いオーラが迸り始める。 同時に対するカテレアからも、桁違いの魔力を――――。

 

「いいな、サーゼクス。 俺はナインと違って薄情じゃねぇんでな、お前んとこのクーデター、鎮圧協力してやるよ」

「…………解った。 しかし…………」

「ん? どした」

「思った以上に扱い辛い人格だったな、彼は」

「激しく同意だっ」

 

旧魔王の強大な存在力を目の当たりにして怖気づいたとは思えないし、現にナインはいまも隠然にして笑っていた。

一方で、旧魔王カテレアの出現に驚かされていたグレモリー眷属の面々は、アザゼルとカテレアの戦闘が始まると我に返っていた。

 

高温の熱を擁するほどの激突――――周りに滞空していた同志であろう魔術師たちを蒸発させ、消し殺しているにも関わらず、カテレアは構わずアザゼルとの戦闘を始めていた。

 

「ミカエルさん、これくらいは許してくださいね。 私はまだ、旧魔王クラスと戦うだけの力は無い」

「…………気にしないでくださいナイン。 そもそも、アザゼルが無茶振りだったのです」

 

タイミングよくあなたが現れたからと言って、人の子に”終末の怪物”の一角と争わせる気は無い。 ミカエルはそう言い、サーゼクスに体を向けた。

 

「ゲートの解析は、まだかかりそうですか?」

「ああ、いまグレイフィアが取り掛かっているが、思った以上に堅固でな。 やはりこれは、内部犯によるものかもしれない」

「それまでに、私たちが敵を食い止めます」

 

そこへ勇み出たのは三人の剣士。 紫藤イリナ、ゼノヴィア、木場祐斗だった。

イリナが笑顔を作って己の聖剣を胸に抱く。

 

「もともと、私はミカエルさまの護衛のためにお供したんですから」

「協定成立の証を、ここで見せるというのもありなのではないでしょうか」

「みなさん…………ありがとうございます。 くれぐれも、無理はしないようお願いします」

 

成立の証か、上手い事を言う。

これが会談を邪魔するためであれ、誰かを殺す為であれ、結局そんなことをしたら、三勢力はますます結束を固くする。

 

ナインが先に言ったカテレアの計画の杜撰さと説得力の無さは、このことにも直結していたのだ。

世界の変革というロマンの大きさは認めるが、考えが甘すぎる。 いわば、自力に対して過信にすぎると言いたかったのだ。

 

「実現不可能、博打にもなりませんよこれ」

「ナイン、行くよ」

「え、私も?」

 

当然だ、といった様子で、イリナ、ゼノヴィア、祐斗の三人はナインの動きを待っていた。

ナインの手を取ったイリナが、満面の笑顔で言ってくる。

 

「また、一緒に戦えるね」

「そんなニッコリ言われてもねぇ」

「さぁ、教会三人組、再び結成だ! 敵を薙ぎ払いに行くぞナイン!」

「仲良いなぁ」

 

苦笑いする祐斗は、いまは教会への怨恨は無くなっている。

 

「…………」

 

しかし、その瞬間だった。 突如として迫り来る膨大な魔力の弾が、完全に背後を向けていたナインの背中に直撃する。

いきなり吹き飛ばされたナインに驚愕し、三人は動揺して辺りを見回した――――重なる驚愕だ。

 

地面に完全に穴を空ける程の威力の魔力。 クレーター、いや、それ以上の大きさと深さの穴から、ナインは這い出ながら毒づいた。

 

「ちょっとちょっと、いきなりそりゃ無いですよ――――ヴァーリ」

 

頭上に羽ばたく白龍の翼。 魔力を飛ばした手を胸の前で組み直す。

鎧マスク越しからでも解る不敵な笑み。

 

ここに、白龍皇の叛旗は成ってしまった。

 

立膝のまま呼吸を整えるナイン。 不意打ちであったがゆえに予想外のダメージを負った。

 

「ごほっ……げほっ、ああ…………」

「ナイン!」

 

心配そうに駆け寄る三人。 ゼノヴィアは右肩を、イリナは左肩を支えようしてくる。

しかし、ナインは懐に入ろうとしてくる二人を無言で押し退け――――むしろ笑みを携えながら眦を決してヴァーリを見上げた。

 

「聞けば……あなたたちの頭もドラゴンというではないですか」

「…………」

 

ヴァーリは、そう落ち着いて言うナインを無言で見下ろす

 

「怪物は誰にも従わない、真理だ。 あなたは何も間違っちゃいない」

「…………」

「本能の向くままに、ドラゴンの血に踊らされ続けるのがあなたの人生ならば、その門出を盛大に祝ってあげますよ、へへっへへへへっ――――自由を謳えるのは、本当の強者だけなのだから、ははっははははははっ!」

 

強いから、好き勝手する。 強いから、自由なのだ。

弱者に口無し。 それが、今代の白龍皇の掲げるルールであり、真理なら――――

 

「あいつ――――ヴァーリッ!」

「余所見をしている暇はありませんよ、アザゼル!」

「くそッ――――!」

 

激しい攻防の中、白龍皇の裏切りを察したアザゼルは歯ぎしりする。 なにが――――不満だったんだよ、おいヴァーリ。

 

「…………ヴァーリ……裏切り者は、やっぱあいつだったのかよ!」

「…………白龍皇、やはり平和的にはいかないのね」

 

丁度その頃、ハーフヴァンパイアの眷属を魔術師から奪還した一誠とリアスが旧校舎の入り口からヴァーリの殺意の矛先を見た。 視線を辿れば、ナイン・ジルハード。

 

現に、ヴァーリの視界にはナインしか入っていなかった。

ナインは、腰に差した「牙断」を片手で抜き放ち、ヴァーリに切っ先を向けて口を開く。

 

「人の数だけ真理はあるのだ。 正義も悪も、この世のどこを探しても答えは無い。 ただ、自分にとっては、自己こそが、真理なのだ」

 

以前から解っていたことだが、それを差し引いたとしても、いまのヴァーリの叛旗には驚かないのだ。

 

「そうしたかったんでしょう?」

「…………」

「私もあなたの立場だったら、胸を張って裏切りますっ」

 

その瞬間、すでにナインの背後に迫るヴァーリがいた。 終始無言であっただけに、その分だけこの初撃に注がれている。

言葉は不要だ、戦うだけ。

 

しかしナインは気づく。 瞬間移動のように後ろに現れたヴァーリの拳を、振り向きざまの回し蹴りで蹴り止めた。

衝撃波が起こり、周囲のものは風圧で吹き飛ばされる。

 

そのときナインは冷や汗を掻く。 ”錬気”をあの場面で成功させて会得していなければ、蹴り止めた足は容易く消し飛んでいただろう。

 

人間とは、かくも脆く美しいものであるものか。

 

右手に持っていた牙断を左手に瞬時に投げ替える。 そして、向かって来るヴァーリの中心線を外さずに切っ先を止めると、ビダっと拳を受け止めた。

 

中心を取っていれば、相手は肉薄できない。 もっとも、牙断の頑丈さがなければできなかったことだが。

両者拮抗する鍔競り合いの中、鎧の中からくぐもった声でヴァーリは言った。

 

「はっははは――――楽しいな」

「…………」

 

その言葉を、無視した。

喋っている暇はあるのかと言わんばかりにナインは無言でヴァーリを抜ける。

その間に、ナイフで二閃、三閃と斬り付けるおまけの出血サービスまで加えて――――。

 

ヴァーリは、目前から消えたナインを捜し、その姿を捉えようと振り返った。

 

「っ! 鎧がッ――――」

 

直後、鎧の一部が崩れ去る。

それにはさすがのヴァーリも目を見開き、頬から出た血を拭ってナインを睨んだ。

 

「…………全然見えない」

 

次元を超えた迫撃戦を目の前に、驚愕を禁じ得ないゼノヴィア。 悪魔になってからというもの、大抵の速度は見えるものと思っていたのに――――なんという思い上がり。 それは、同じ騎士(ナイト)である祐斗にも己を叱咤させた程だ。

 

――――人間業じゃない。

 

「………………ふむ」

「いいな、いいぞナイン! 俺の神器(セイクリッド・ギア)を吹っ飛ばすとは。 いよいよ楽しくなってきた」

 

そう言うと、再び光速で接近する。

目にも止まらぬスピードで繰り広げられる剣戟。 速すぎる残像によってヴァーリの手数が増えているが、ナインはそれをすべて受け止めたりいなしている。 それだけではなく少しの隙間に反撃も加える。

 

当然この二人にしか見えない戦況。 なにをしているか分からない。

 

「…………」

「ふふふっ…………」

 

一度距離を取る二人。 右手で左手を抑え、痛そうに手を振るナインを見て、ヴァーリは不敵に首を傾ける。

 

「本気になると無言になるのか」

「いや当然でしょ。 喋ると思考が鈍る、あと舌噛む」

「実に合理的。 錬金術師らしい返答だ!」

 

しかし、ナインはくつくつと笑い始めた。 ポケットに手を突っ込んだまま、低い声で不気味に。

振っていた手である方向を指差した。

 

「私に構っているのも良いですが、いいんですか?」

「なに……?」

 

その方向を辿れば、先まで戦っていたアザゼルとカテレア。 腕を過剰なほど伸ばし、アザゼルの腕に巻き付けている。 それはみるみるアザゼルの腕に染み込むように変化していった。

何かをしようとしているのは確かだが…………。

 

紅蓮の称号をかつて背負っていた。 本能的な部分で勘付くことが可能なのだ。

高空で起きている状況と、いまから起こるであろうその予兆をナインが見逃すはずがなかった。

 

「猟奇的な光景ですねぇ。 私、爆発は好きですが、自爆という観念はどうしても理解できない」

「…………」

 

上空の戦いゆえに、地上で戦っていたナインからは遠目でしか見れなかった。

しかし、目を凝らして見れば、カテレアと、もう一人金色に輝く鎧兜を身に付けているアザゼルに視線がいった。

 

ナインは感心する。

 

「あれは、ただの鎧じゃない?」

「アザゼル得意の人工神器(セイクリッド・ギア)だよ。 なるほど、完成度が高いな。 禁手にまで至れる段階まで来ていたのか」

 

――――上空。 ここでは、ナインの察し通り、カテレア・レヴィアタンの捨て身の攻撃が敢行されようとしていた。

 

「自爆? とはいえらしくもねぇ。 おいカテレア、ここで無駄に命散らすことはねぇ――――利口になれよ、旧魔王レヴィアタンの血統。 オーフィスは、お前の命が散ったところで悲しんだりするような奴じゃあねぇよ」

 

アザゼルは巻き付いた触手のような腕を見てそう言う。 ひどい落ち着きようで、いまから己の体を自ら四散させようというカテレアより落ち着いていた。

 

「ここで、トップ陣の一角を葬れれば私の敗北にも意味がありましょう…………!」

「…………ああ、そうかよ。 ま、最後にサーゼクス流に言わせてもらうと―――――」

 

その瞬間、アザゼルは自分の腕を切り落とした。 もちろん、巻き付かれて今まさに爆発しそうに膨張していた腕の方をだ。

当然巻き付けていた腕は標的本体とは離脱してしまう。 それはあまりにも悲劇で、

 

――――犬死に、等しかった。

 

「”残念だ”」

 

閃光が大十字に迸ったその瞬間、大爆発が起こる。

アザゼルは切り離したあと即座に地上に戻って、その犬死の最期を一瞥した。

 

割れる窓ガラス、揺れる大地。 ナインはその大閃光をその目に映し、優雅にゆっくりと手を叩きながらニヤける。

 

「でもやはり、爆発というのは美しい。 一概に爆発と言いますが、それには色々な、これまた美しい副産物が生じる。 爆風による衝撃波で大地が潰れる様など、ぞくぞくするような快感を覚えるのだ」

「ヴァーリ…………白龍皇が、オーフィスに降るのか?」

 

一人でほくほくするナインを尻目に、アザゼルはヴァーリにそう聞いた。

ヴァーリはそれを鼻で笑う。

 

「従っているわけじゃない。 俺は、強い奴と戦えれば満足なんだ。

だから、オーフィスと組んだ、利害は一致した上での――――」

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』への加入か。 妙毒に犯されたもんだな」

 

やれやれと頭を掻く。 しかし、まるで分かっていたように言う様は、まるで育ての親のような――――

 

「ナイン。 ヴァーリの相手、やってくれるんだよな」

「くっくくく…………は? ああ、まぁ。 少しはやりましたよ」

「自分の世界にぶっ飛ぶのはいいが、浸る時間がちと長過ぎなんじゃねえかと思うんだがなぁ」

 

苦笑いのアザゼル。 そこに、一誠とリアスたちが到着した。

 

「あとは白龍皇一人だけど…………イッセー」

「いざとなれば、戦う準備はできてます――――腕輪もまだ使っていませんし!」

 

ヴァーリを挟むように対峙する。

だが、劣勢こそ戦の華。 それを覆してこそ真に面白みが湧くというものだ。 ヴァーリは暗にそう示しているように手を翳した。 しかし、そこに影。

 

「揃いましたか」

 

何を思ったか、ナインがヴァーリの前に立った。 無造作に歩を進め、構えるヴァーリをアザゼルたちから隠した。

訝しげに目を細めたアザゼルが――――見開く。

 

「…………ナイン、何を考えてやがる?」

 

停止が解けたグレモリー眷属、シトリー眷属たち。 魔術師とカテレアの激しい攻撃も無くなり、結界を解いたサーゼクスとミカエル、その中にはセラフォルーやグレイフィアもいる。

 

ここが潮だと、ナインは悟る。

 

「…………こそこそするのも性に合いません。 ですが、ここで私が三大勢力を離反すると口で言っても信じないですよね」

『!』

 

大仰に両手を広げた。 そして、刻まれた錬成陣を見せるように両の手をバッと前に突き出す。

 

「――――まさか!」

「あの構え…………嘘だろ」

 

合手――――壊れた大地に、更にその紅蓮の両手を走らせる。 しかしそこは総督たる所以。 機転を瞬時に利かし、アザゼルはその場にいたリアスや一誠たちを結界で守護する。

 

「フハハハハッ! ヘハハハハッ!」

 

しかし――――

 

「狙いは俺たちじゃ…………ない?」

 

ズグンッ――――ズンッ――――ボゴンッ――――ボグッ! 大地を隆起させながら迸る爆撃の源の行く先は、結界を張ったアザゼルでも、サーゼクスでもミカエルでも無く――――新校舎と旧校舎両方に向けてナインの意志は。

 

錬成意識を過剰範囲に拡大させているためか、ナインは腕の節々に痛みを感じ始めた。

ついには節々から内出血を起こす。 しかし、ナインはその痛みすらも笑みで消し去り――――

 

「ちぃ!」

 

意図を察したアザゼルは、光の槍の切っ先を錬成途中のナインに繰り出す。 錬成中は、人間は完全なる無防備になる。 おそらく、殺す気で串刺しにしようとしたのだろうが――――それは、意外な人物に止められることとなる。

 

金属音とともに、向こうで大規模な爆発が起き始めた。 到達した錬成は、ナインの狙い通り、新校舎と旧校舎を瞬く間に内側から吹き飛ばす。

 

「俺たちの、学園が…………」

「ああ、なんてこと――――」

 

少しずつ崩すように、大海で沈没する大船のように二つの校舎は荒地に変えられ、大地に叩き付けられていく。

いまだ伝道する錬成のうねり。 ナインは輝く瞳で崩れゆく二大建造物を目に焼き付ける。

 

「形ある物が崩れるのは哀しい。 だが、ヒトがいままで積み上げてきたものが崩れる様はもっと悲しい!

それでも私は求める、求めてしまうのだ……性ゆえに、ふふふ、ふははは…………原点に回帰するッ!

造られた物は壊す! 崩れた物は造る――――これが錬金術だ!」

「まさか、この場面で俺の誘いを受けてくれるとは思わなかったぞ、ナイン」

 

アザゼルと拳と槍とを鍔競り合わせるヴァーリが横目にナインにそう言った。 すると、ナインは笑って言う。

 

「へへへ…………違う…………」

「なに?」

 

不敵に、

 

「私は、あの檻から出た瞬間に、いつかはこうする心算でしたよ。 切っ掛けなどこの際どうでも良かったのだ。 それがたまたま『禍の団(カオス・ブリゲード)』のあなただったというだけでね」

「それこそ願ったり叶ったりだ。 お前がいつかはこうする心算でも、その切っ掛けに俺に白羽の矢を立ててくれるとはな――――で、どうする」

 

ヴァーリは、顎でそれを指す。

その先に、ナインは目を細めて――――ゼノヴィアと、イリナを視界に収めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘だと言って欲しかった。

いま、ナインは何をした。

 

「…………ゼノヴィア」

 

自分たちの通う校舎を跡形も無く吹き飛ばされた。 リアス・グレモリーとの初対面のときの比では無い。

すべてを無に帰す大爆撃だ。 疑いようもない反逆行為に、諭すイリナも唇を噛んでいた。

 

「やっぱり…………そうだったんだ。 あれって、”そういうこと”…………だったんだ…………」

 

そこに、ミカエルが降り立った。 天使の翼が現れ、ゼノヴィアとイリナの前に立っていた。

悪そうに口元を割るナインに言う。

 

「…………あなたの裏切りは、予想していました」

「…………」

 

目を瞑ってそう言うミカエルに、ナインは笑みを消して目を細めた。

何を持って予想していたと言うのか。 予想していたなら、見張りを付けるなりいくらでもやりようはあったはず。

 

「…………戦士イリナ。 彼女が、あなたの不穏当な発言をしたことを私に教えてくれました」

「ほぅ…………」

 

ナインの目がさらに細まると、同時に口にも笑みを浮かばせた。 そういうことか、と。

 

「あの言葉を、信じてくれたんですね――――紫藤さん」

 

ミカエルの横に現れたイリナ。 しかし、言われたことに彼女は顔を横に振った。

 

「私は、嘘だと思ってた。 ナインなりのジョークなんじゃないかって、軽く思ってたよ。

実際にそれを看破したのは、ミカエルさま。 私は、あのときのことをミカエルさまに伝えただけ…………」

「フッフフは…………へへっ! はは、ハハハハハハッ―――――!」

 

すると、ナインは肩を揺らし瞬く間に大笑し始めた。

ナイン自身、あんな話の流れから零した叛意の言葉など、イリナでなくとも誰も信じないと思っていたのに。

 

イリナとゼノヴィアは自分を信頼している。 それはナインも分かっていた。

だから、自分がこれから裏切るなど信じまいと思っていたのに。

 

よりによって、ナインの予想とは違う方向で信じられるとは思わなかった。

しかし、これは嬉しい誤算だと、ナインは笑うのだ。 

 

「素晴らしい、そして嬉しい。 私の敗北ですよ紫藤さん。

あの局面で、私の言葉を信じてくれるなんてね」

「なんで…………」

 

少女は一瞬だけ現実から目を背ける。 信頼してた、尊敬してた、好きだった男性が、自分の側からこれから居なくなってしまうのだと思うと、ひどく胸を締め付けられた。

 

嘘だと、思いたかった。

 

「なんでよっ…………」

「…………あなたの立っているそこは、私にとって居心地が悪い。 分かりやすく言いますと、『三大勢力の平和な世の中』が、ですかね」

 

カテレアのような誇大妄想ばりの世界改変など興味ないが、平和な世になってしまったら自発的な戦いは勿論のこと、人間爆弾の錬成、その他ナインの錬金術は使えなくなってしまう。

 

当然だ、ナインのいま使役している錬金術はもとより、戦略兵器として実用していたものなのだから。

平和になれば、そのような物騒極まる兵器は用済み。 そうなれば、研究の大義名分も無くなる。

 

「なぜ、闘争を望むのです。 戦争は何も生まない。 悲しみしか生まないのにっ――――」

 

三つ巴の戦争で唯一神を失ったミカエルもイリナの心中を察し、唇を噛んでナインに言及した。

なぜ、そのような争いを望むのだと。

 

すると、笑みを消したナインは、真剣な表情となり前髪を掻き上げる。 訝しげに思ったアザゼルは目を細めた。

 

「生存競争」

「なに…………?」

 

一言。 言い出したナインに、アザゼルは疑問符を浮かべる。

 

「平和を謳うあなたたちと、得体の知れぬテロリストたち。 目的は何かは解らないが、それは穏やかでないことは確かなのだ。 その者同士、一体どちらが勝つのか」

 

その瞬間、アザゼルは察する、察してしまう。 おかしな野郎かと思ったら、とんでもなくぶっ壊れた人間じゃねぇかと。 目を見開いて歯ぎしりする。

 

天才すぎた壊れ人間。

 

「てめっ――――まさか…………」

「覚悟、信念、命、意思――――前者二つは誰でも持っているとは限らないが、少なくとも旧魔王や白龍皇が所属するテロリスト集団だ、その気になれば世界を脅かせる。 その正体不明の実力者集団と、あなたたちのような正統な流れを汲み、平和を強く望む者たちが衝突したら――――世界がどちらを、何を選ぶのか見てみたい、それが私の叛意の動機です」

「それでもう一つは、お前の趣味を許容してくれるから、か」

「その通り、さすがアザゼル堕天使総督、よく解る」

 

舌を打つアザゼル。 この男は、三大勢力が気に入らないから叛旗を翻したんじゃない、テロリストの方が居心地がいいからそうしたんだ。 単純明快。

ナインは今後もう二度と三大勢力には戻ってこないだろう。

こちらが平和を謳う以上、奴の居場所はここには…………無い!

 

「そういうことで、私は退かせてもらいます」

 

そう言った瞬間だった。

腰に差してある「牙断」に手を掛けようとすると、ミカエルが光の槍を放っていた。 無音にして皆無の予備動作。

ナインに向かうかと思いきや、それはいままさに手に取った牙断に…………

 

金属音、そしてなにか(・・・)が壊れ、崩れ落ちる音。

カランカランと鳴ったそれは、ナインの足元に散らばっていた。

 

「おやおや、やられました」

 

こともあろうにミカエルは、己が自ら贈呈した名品を、粉々に砕いてしまったのだ。

しかし、粉々になった会談出席の見返りとして与えられた「取引品」をナインはにやにやしながらその最期を見送った。

 

「もうそれはあなたに不要です、ナイン」

「まぁ、いいですけどねぇ」

「ナイィィンッ!」

 

そのとき、怒気を含んだ声が耳に入った。 振り向くと、すぐ目の前に真っ赤な鎧に全身を包んだ少年――――兵藤一誠が肉薄してきていた。

 

アザゼルから貰い受けた腕輪による対価の代用。 禁手(バランス・ブレイカー)赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)」を纏った拳で、ナインに殴り掛かっていた。

 

その突進のようなストレートを、わずか皮一枚空けて横にズレただけで避けた。 勢い余って壁に激突する一誠を見遣り、ナインは無表情にそちらに体を向ける。

 

「なぜそう怒ることがありますか。 薄々解っていたのはあなたでしょうに、熱血少年。

そして、私とあなたでは根本的にそりが合わないのも明白だった――――ジャンルが違う」

「うるせぇ…………」

 

低い声で煙の中で立ち上がる。 すでに腕輪を使用しているのを見て、アザゼルはヴァーリと距離を離すと舌を打って言い放つ。

 

「赤龍帝! いざという時のために残しておけと言っただろう! いまはそのときじゃない!」

 

暗に、いまの一誠では禁手になったとしても万に一つも敵わないことを意味していた。 ”錬気”によって鉄の硬度と化したナインには勝てない。

 

しかも、生身でも後れを取っていたのに、禁手(バランス・ブレイカー)になったからといって…………積み上げてきた基礎戦闘力の差を埋めることもままならない。

 

なにより――――ナインは油断をしない男だということを、アザゼルは気づいていた。

 

「いままで格上だった奴を相手にして勝ってきたのは、向こうの油断もあったからだ赤龍帝。 今度は本当に―――――死ぬぞ」

「それでも俺は、ゼノヴィアを……イリナを……裏切ったあいつを許せない!」

 

ヴァーリは鎧の中で笑う。 なんと感情的で、短絡的な少年。 まぁ、もとが一般人ならそれも仕方ない、と。

ナインに道を空けるように身を退くと、ヴァーリは言った。

 

「ご指名だ、ナイン。 俺のライバルくんは、俺より先にお前に物申したいらしい」

「やれやれ、真意を言ったらさっさと身を引くつもりだったのにねぇ。 なんのために公表したのか…………いやぁ、ままならない」

 

ドシンッ! 両ポケットに手を突っ込むと同時――――一誠の拳をその足の裏で踏み止めた。 眦を決し、無表情で己の拳を受け止めるナインに、一誠は啖呵を切る。

 

「お前は、必ずイリナとゼノヴィアの前に突き出してやる。 いままでお前を信頼してたんだぞあいつらは!」

 

向こうで膝から崩れ落ちている二人の少女――――それを一瞥したナインはゆっくりと目を瞑る。

 

「…………」

「それをこんな形で……女を悲しませるなんて―――――こんな裏切りはねぇだろう!」

「…………残念ながら、彼女たちには諦めてもらうしかない。 私は、女よりもこの世の真理を見てみたいんだ。

あなたの言い分にも非難はしません。 女を守るのは男の役目です、無理もない――――しかし、ときにこういう不幸もあるでしょう。 人生そう簡単に上手く運びはしないのですよ、兵藤一誠」

 

ここに、皆が見守る中、赤龍帝vs紅蓮の錬金術師の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。




新しい武器が早くもログアウトしてしまった。 ナイフ系戦闘を期待していた読者さま方には大変申し訳ないと思っている。

この為だけに用意された名品(笑)憐れなり。

そして、原作買っているのにテレビアニメは三話で打ち切った作者をお許しください。見てられなかったもので。

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