紅蓮の男   作:人間花火

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25発目 爆撃の猛襲

「オーラの量が上昇している…………禁手(バランス・ブレイカー)に至るのがやっとの彼に、どこにそのような力が…………」

 

三大勢力会談にて、協定成立がほぼ確実となった矢先に起こったクーデター。 世界変革を目的として動いた件のテロリスト集団、「禍の団(カオス・ブリゲード)

 

その首謀者とされていた冥界側の旧魔王、カテレア・レヴィアタンが自爆死し、事態は収束に向かおうとする…………はずだった。

 

「女、だろう?」

 

この乱戦の局面で、堕天使側に居た二天龍、その内の一匹「白い龍(バニシング・ドラゴン)」白龍皇ヴァーリが叛意を示す。

 

「それだけの理由で? はぁ、なんとも面白い思考を持ってるねぇ」

 

それとほぼ同時、天界側でミカエルのお抱えとなっていた錬金術師、ナイン・ジルハードまでもが三大勢力を脱退。

その混沌とした戦場ではいま、三大勢力の一角、冥界側、リアス・グレモリーの下僕で、かの赤龍帝、兵藤一誠が紅蓮の錬金術師ナイン・ジルハードにタイマンの決闘を挑む。

 

全員が固唾を呑んで見守る中、その二人の戦いは始まっていた。

 

Boost(ブースト)!』

 

赤い鎧の全身がさらに赤く光り、所有者に力の増幅を伝える。

赤龍帝、兵藤一誠の先手が、ナインの懐に入り込んだ。 ノーガードの腹に拳を叩き込もうと、赤い籠手を纏った拳が猛る。

 

「…………」

 

しかし、差し込まれる直前、籠手を纏った右フックが、フッと垣間見えた片手で叩き落とされる。

 

「うおぉッ!?」

「そぅらっ―――よっと」

 

軌道を曲げられ、前のめりになる一誠に、今度はナインの右膝が襲ってくる――――先手のときと同じくして痛烈な膝蹴りが腹に減り込んだ。

 

「がッ――――!?」

 

胃の中の物がすべて逆流してくる感覚を覚えながら、激痛が一誠の全身に駆け巡る。

そのとき、地面に滴った吐瀉物を見て一誠は目を疑った。

 

「…………血?」

 

震える声で搾り出すように口にする。

 

なにも恐怖から出た言葉ではない。 疑問から出た言葉だ。

リアス・グレモリーと……悪魔として、主として一生付いて行くと決意したときから、血は見慣れていたのだから。

理由は他にあった。

 

吐瀉物ではない―――純粋な血の飛沫が地面に滴るのが見えた。

人間とは思えない蹴りの衝撃ではあったものの、鎧で受けたはずだ。 腕輪の効力もまだ使い始めたばかり――――こんなに早く体にガタが来るはずがない。

 

その間、ナインは一誠の腹にもう一度蹴りを見舞う。

吹っ飛んで転がる一誠は、腹を押さえながら震える膝から立ち上がってナインを睨み付けた。

 

「なんだよそれ…………」

 

身体に言い聞かせるように膝を叩く、叩く。 動けよと。

だが、身体が一個の鉛のように、それに更にもう一つ分の鉛が重くのしかかるように、一誠が立ち上がることを阻む。

 

「まだ……一、二発ぶち込まれただけじゃねぇかよぉ…………」

「さぁ、次ですよ兵藤一誠。 私は意気あって向かって来る者には敬意を払い――――叩き潰すことにしている」

「イッセー! 立って!」

 

次手が来る――――リアスの声を聞いても立ち上がらない。 いや、立ち上がろうにも口を押えるのに手一杯の一誠には余裕が皆無だ。

声援虚しく一誠の土手腹が踏み潰される。 地面にも衝撃が影響し、ズンッとへこんだ。

 

――――足の踏み込みだけで地面が陥没するなど、冗談にしても笑えない。

 

「がは――――!」

「――――ったくバカ野郎赤龍帝…………だから言っただろう。 そいつはいままでのとは訳が違うと」

 

困ったように額を手で押さえるアザゼルを、リアスはキッと睨む。

 

「何が違うの、ナインは人間よ! コカビエルを相手にしているわけじゃない!」

「なんだぁリアス・グレモリー。 そりゃもしかして、相性のことを言ってるのか?」

 

さらに困った顔をするアザゼル。

リアスの言い分はこうだ。

 

コカビエルには勝ったが、未だ生身の人間であるナインが、ここまで一誠を押すはずがない、と。

アザゼルは首を横に振る。

 

「相性じゃねぇんだよ。 地力の問題だ」

「だって…………イッセーは、私と……私たちと一緒にトレーニングも積み重ねて………実戦だって積んで、ライザーにも勝って…………」

「足りない」

「!」

 

声に振り向くと、ゼノヴィアが地面に胡坐を掻いて頭を抱えていた。

イリナもその横で、俯き気味にリアスに視線を向ける。

 

「それじゃ足りないんだよ、リアスさん」

「心技体。 錬金術師に必要なのは、流れを理解することだから、なにも机上の勉学だけじゃないんだ。

教会の錬金術師たちはもっぱら頭脳労働担当で、身体を動かすことなんて不要と思ってるけど、ナインだけが違った考えを持っていた」

 

アザゼルは、諭すようにリアスに言った。

 

「そんで、肉体の強化に着手したのかね。 言われてみりゃ基本だな。 健全なる精神は、健全なる身体に宿る」

「精神が健全かどうかは別としてだ」

「まったくだな」

 

ゼノヴィアがそう苦笑いする。 先ほどナインが試運転として発動した身体超強化技法”錬気”を思い返す。

 

「あいつがいままでどれだけの悪魔を殺してきたと思っている。 私は奴と出会ってまだ浅いが、経歴を調べて来てある程度理解したからな。

迫撃を得意とした悪魔、あなたのように魔力量に秀でた悪魔、魔法を使った罠策略を駆使する頭脳型の悪魔。 その悉くを撃滅してきている。 時には、自分よりも何十倍もの巨体を相手に一人で爆砕したこともあるみたいだからな」

「赤龍帝の頭を冷やさせなきゃ、最悪のシナリオが出来上がっちまうってことだ」

 

――――死、か。

想像するだけでリアスは青ざめた。

 

「ナインだって見て来てるだろうからな。 悲しくなるほど軽い、人の命を…………。 だから、あいつに躊躇いはないだろう。 赤龍帝を特別視しているわけでもないみたいだしな」

「ふ……ざけん、な…………」

 

吹き飛ばされた一誠が、息を切らして仰向けのままそう言った。

爆炎の中から姿を現し、ゆっくりと歩を進めてくるナインを睨みつける。

 

「…………お前を……逃がしたら、いずれまた俺たちの前に現れるだろっ……。

部長たちには手は、出させねぇ!」

「…………」

 

いまは良くても、今後また現れる。 ならばいまここで……叩いておかなければならないと、一誠は歯を食い縛って立ち上がった。

 

しかしそこに、無情にも一誠の居る地面が真っ赤に浮き出てくる。

マグマが噴火する前兆のごとく浮き上がってくる紅蓮の波動は、酸素を求めて外界へ出ようとする魔物そのものだ。 ぐつぐつと煮立つ地面をさらなる超高温で溶解し、極大の衝撃を伴って解き放たれる。

 

「くそぉっ!」

 

――――間一髪。 地盤を地下から吹き飛ばす爆撃を横に跳んで回避した。

 

「ふむ…………ならばここ、と」

 

つぶやくと、地面に付いた手は動かさず、脳内で爆発地点を操作した。

 

さらなる追撃の紅蓮撃が一誠を襲う。 突き刺さる様な爆風と爆炎。

瞬間熱量の爆発的な上昇により、未熟の禁手(バランス・ブレイカー)にひびを入れる。 それが爆風に乗って対象の体全面を打ち据えた。

 

「熱っ――――くっそ…………っ!!」

 

ナインは、再び吹き飛ぶ一誠を一瞥すると、息を吐いてヴァーリに体を向けた。

 

「この辺が潮時だと思われます」

「なんだ、気分が乗らないのか?」

 

首を回して、あーと呻きながら言った。

 

「勇気だけじゃねぇ。 力が無かったら何したってできないものはできないんですよ。 これ以上は痛いだけです」

「あっちはまだやる気のようだぞ」

 

ボロボロになっても一誠はそれでも立ち上がる。 熱さじゃこちらも負けていられない、炎の専売特許はドラゴンである己にもあるものだから。

 

Boost(ブースト)!』

 

引き上がる力。 だがまだだ、まだ足りない。 この紅蓮の男を倒すにはもっと爆発的なきっかけが必要だ。

だがどうする、そんな都合のいいものここにはない。

 

「…………くそ、くそくそッ!」

 

愕然とするしかない実力差に、一誠は歯噛みした。

 

「世話が焼けるぜまったくよぉ」

 

しかし、そこに黒い翼の影。 蝙蝠じゃないその黒翼は――――堕天使の総督、アザゼルだった。

着地すると同時に黒い十二枚の翼を収める。 そして人差し指を後ろ向きのナインに向けて言った。

 

「地力の差があるとはいえ、人間の達人相手だったら互角以上に渡り合える赤龍帝の禁手(バランス・ブレイカー)をちっとも寄せ付けやしねぇ。 惜しいね、それで性格がまともなら、平和な世界で若い女抱き放題だったろうぜ。 知ってっか? 強さってのは単純ではあるが解り易い、人を惹き付ける真理でもあるんだぜ?」

「…………」

「お、揺れたか?」

「…………いえ、あまりにくだらない話に、言葉を失っていただけですよ。 ただ…………強さというものが単純であり真理であることには同感だ。 力が無くては何もできない」

 

そう冷めた口調のナインに、しかしアザゼルは笑みを崩さない。

 

「…………何を考えてる?」

 

ナインが訝しげに片方の眉を上げると、アザゼルは一誠の傍に歩いて言った。

 

考えはアザゼルには有った。 人間であそこまで化け物じみた潜在能力を引き出せるのだ、赤龍帝にもその隠れ潜んだ能力が無いとは限らない。

 

ゆえに賭け。 もっとも、負けて損するとしたら赤龍帝だけだが。

さらに、本当に危なくなれば自分ら上位陣が出ればいいと、若干遊び半分な面もあった。

 

「ナイン・ジルハードはまともじゃねぇ。 なら、こっちだってまともじゃねぇとこ突いてみりゃ面白いかもしれねぇぜ」

「アザゼル……なにを――――」

 

リアスが疑問符を浮かべてそわそわし始める。 何を始める気だ、必勝法でも授けてくれるのか?

 

「――――ここであいつを逃がしたらよぉ赤龍帝、あいつの錬金術…………お前の主さまの胸を爆発させちまうかもしれねぇぞ?」

「―――――!!!!!!!」

 

激震が走る。 しかし、震えていた足は止まった。

一誠の頭の中はいま、一つのことで一杯だった――――

 

「…………………………………………………………」

 

すべてだった。 それが彼の人生思春期に突入してからのすべてだった。

リアスと出会う前からずっと恋い焦がれてきたもの。

 

「おっ……い……」

「うははッ」

 

不敵にナインに向かって笑むアザゼル。 一方で、なにかヨクワカラナイコトバを発した一誠は、次にはっきりと口にする。

 

「おっぱいが……部長のおっぱいが…………小さくなる?」

「ちげぇよ、無くなるんだ。 消失、デリート――――ボムおっぱいだ」

「…………ざけんな」

 

拳を握る力が格段に強くなる。 歯も軋ませ、目の前の敵を一誠は見据えた。

 

「…………ヴァーリ、彼らは一体なにを言いました?」

「……さぁ。 だが、アザゼルの言ったことは聞き取れた。 ボムおっぱい……とか? 言ってる俺もよく解らなくなってきたぞ、なんのことだろうな?」

 

部長――――すなわち、兵藤一誠の主、リアス・グレモリー。

その憧れの女性の乳房が、縮むでも小さくなるでもなく、無くなる。 少年にとってそれ以上の悪夢は無いだろう。 おそらく、本人の命が無くなるよりも――――。

 

「…………部長のおっぱい。 バストが、胸が乳房が…………?

あと一センチ、いや何ミリか膨らめば三桁に突入する部長の美しいバストが…………ナインのせいで0センチに消失するだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

その瞬間、爆発的なパワーアップが起きた。 小並だが、理由が理由ゆえに、それ以外の表現のしようがない。

風圧により、ナインも顔を片腕で覆いながら「ん~?」などと、疑問符を浮かべていた、無理も無い。

 

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)ォォォォッ!』

 

「ははっ、マジかよ! 主さまの胸が無くなるってだけで力が倍増しやがった!」

「イッセー……なんてこと…………」

 

リアスですら絶望を隠せない。 まさか、自分の胸のことで一誠が覚醒するとは思わなかった。

朱乃ですらも、周りの目も憚らず口が少し開いていたのは秘密である。

 

頬を染めて恥ずかしがるリアスに、ナインは風圧を堪えながら聞いた。

 

「意味が解りません」

「私も解らないわよ! というか、すごいもっともなことを言わないでくれるかしら!」

 

羞恥心に顔を両手で覆った。 耳まで赤い。

 

「いまだけあなたのもとに行きたくなるわ! 恥ずかしすぎて!」

「ついにあなたまでくるくるしてきましたね」

「………………」

 

すると、タタッ、とナインの傍に小走りで寄るリアス。 いま、彼女の心境は尋常ではない。 羞恥心の極致といったものだ。

本当に潤んだ瞳でナインを見詰める。

 

「うわぁ…………本気で困ってますね――――ってちょっと、私の胸に手を這わせないでください」

 

未だ覚醒を続ける一誠。

ナインと腕を組んだ半ば病み気味のリアスは、一誠と対面すると再びナインの胸に顔を埋めた。

 

「部長、なにやってるんですか! ナインから離れてください! そいつはいまから俺がぶっ飛ばします!」

「…………ナイン、私、イッセーと二人でやって行ける自信が無いわ」

 

ナインの服の裾を引っ張りながら慟哭を響かせる。 顔を上げた。

 

「いまからでも遅くないわ。 考えを改めて! そしてイッセーの矯正に一役買ってくれないかしら」

「血迷いましたか、リアス・グレモリー。 そして嫌です」

「うう…………どうしてこうなってしまうの?」

「心中お察しする。 だが残念、私はあなたと一緒にはなりません」

「どうしても?」

「おいおい…………離れてくださっいぃぃぃぃ!」

 

ぐいぐいと腕を引っ張ってねだってくるリアスに、ナインは鬱陶しそうに離れようとする。

過去の犯罪歴や人格等を見れば、ナインとリアスは引き合わない存在同士だ。 だが、一誠の有り得ない理由の有り得ないパワーアップに、本気で将来が心配になってきてしまったのだ、リアスは。

 

「部長から……離れろって言ってんだろーがっ!」

「よっ――――む?」

「キャっ――――」

 

リアスを押し退け、一誠の拳から飛んで避けるナイン。 違和感を感じたのはここからだった。

 

――――さっきよりも、動きが格段に速くなっている?

空中でそう訝しむと、アザゼルが不敵な物言いでナインを見た。

 

「――――言ったろう、神器(セイクリッド・ギア)は所有者の思いに無限に応える! 俺が言うのも変だが――――聖書の神ってやつぁ巨大な存在なんだよぉナイン!」

「アスカロン!」

 

動きが単調で、剣術の「け」の字も無いような杜撰な剣捌きだが、単調なだけに単純にスピードが上がっている。

籠手から突き出たアスカロンで、ナインを追い立てる。

 

そこに、些かナインの甘えが出てしまう。

一つの剣戟を避けた直後、紅蓮の錬成陣を地面に走らせようと手を開いた。

 

「錬成はさせねぇよ!」

 

ズバンッ――――横一文字一閃。 ナインの僅かな甘えから生じた結果だが、これは痛烈だろう、ざまぁみろ…………と一誠は不敵に笑んだ。

遠目で見ていたギャスパーが目を輝かせる。

 

「やった、イッセー先輩!」

 

ナインの手の平に切り傷を刻み付けた。 しかし、攻撃を入れたことを喜んだギャスパーより、リアスと朱乃はいち早く別の優位性を目にしたのだ。 

 

「錬成陣を―――――」

「…………イッセーくんっ」

「錬成陣は魔方陣と違って物理描画だ。 傷つけられたり欠損すりゃ術を発動できねぇ――――こりゃ、大番狂わせくるか?」

 

心底楽しそうなアザゼル。 そうだ、錬成陣は、その陣形を崩される――――すなわち少しでも形を歪めたらその術を使うことができなくなる。 いまナインの手の錬成陣は真っ二つに傷つけられ、さらに滴った血で陣そのものが隠れてしまっている。

 

「終わりだ!」

 

渾身の一閃。 皆の思いと、おっぱいの思いを背負った彼に死角なし。

よろけるナインに、もう一度アスカロンを見舞おうと刺突を繰り出した。

 

だがしかし、その――――瞬間だった。

 

「………………」

「な――――」

 

アスカロンは空を突き――――鎧を纏った腕はがっちりとナインに掴まれていたのだ。

片手で掴むナインに、一誠はもがく。

 

「く…………くそっ――――」

 

(離れない…………!? そんな、くそ、ここまできて!)

 

もがく一誠を構わずに、ナインは態勢を大きく変えた。

掴んでいた腕を離すと、その直後に一誠の首を掴む。

 

「あが――――!?」

 

宙に吊るされていく一誠の体。 その力は言語に絶する――――脱出不可能。

徐々に強く絞まっていく手の力に、一誠はより一層息苦しさを覚える。

 

「舐められたものだ」

「はぁ……ぐっ―――苦しっ――――くそっ…………」

 

言葉とは裏腹ににやにやするナイン。

もがく一誠は、首を絞められながらもアスカロンを振り下ろした。 しかし、そのわずかな反撃のチャンスも――――

 

「…………」

「おりゃっ――――がっ!?」

 

もともと単調な振りが、首を絞められているという状況により拍車をかける。 目を瞑っても避けられると言わんばかりに、龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の上段落としを横に避けるナイン。 その際、掴んでいた首は離さずに一誠の体をそのまま硬い地面に叩き付けた。

 

「うッ――――かは!」

 

さらに、叩き付けて跳ね上がった一誠の体を宙に捉えると、足首を片手で掴み、横に一回転して投げ飛ばした。

遠心力を利用した人間砲丸投げは、かの者に体勢を立て直すことの一切を許さない。

 

「うわぁぁぁあぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!!」

「―――――!」

 

ビュンッ! リアスのすぐ横を飛んで行く。

さっきの大爆撃で瓦礫と化した校舎に物凄い勢いで突っ込む。 激突の衝撃でさらに崩壊した校舎は、一誠の体を瓦礫に埋めた。

 

”錬気”の恩恵による強力無比な腕力が叩き出す超常的な攻撃に、成す術も無い。

 

「………………大地に血を刻む――――なかなか洒落ているでしょう?」

 

その直後、一誠が突っ込んだ瓦礫の山に大爆発が引き起こされた。 爆風で瓦礫を吹き飛ばし、爆炎で木々も燃やす。 崩落の一途を辿る校舎は、もはや原型は留めていない。

 

赤く光る地面に手を付くナイン。 それを見て、アザゼルは訝しげに眼を凝らす。

 

――――錬成陣は使えなくなったはず。

 

しかしやがて、地面に付いた紅蓮の紋様が目に入った。

息を――――呑む。

 

「地面に、血の錬成陣…………!」

 

その地面には、真紅に染まった錬成陣が描かれていた。 それも、ナインの両手に刻まれていた陣と同じ型である。

 

先ほど一誠からもらったアスカロンの傷跡。 それを逆利用した戦法をナインは用いたのだろう。

傷から滴る血の雫。

その直下には、禍々しい紅蓮の錬成陣が出来上がっていたのだ。

 

ナインは、手から流れ出る血をべろりと舐め上げると、不敵に笑った。

 

「………………」

 

――――勝負、あった。

 

「…………とはいえ、帰って治療しなければ。 破傷風になったら大変だ」

「…………こりゃひでぇやられっぷりだ」

 

あーあ、とアザゼルが頭を抱えた。

やはりこの分厚い壁は、勢いだけではひび一つ入れられないのだ。

 

錬成陣を傷つけられた――――だからなんだ。

そのせいで錬金術を使えなくなった――――だからなんだ。

 

武器ならある。 何のための人生だ。

要が一つだけなど誰が言った? 錬金術が自分を支える”唯一”と、どこで言った?

 

「懲りましたか、赤龍帝(・・・)

 

――――全身が、武器なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイン、勝負ありだ」

「…………」

 

手から流れる血を地面に振り払う。

両手の錬成陣を欠損したが、この程度の切り傷ならすぐに治る。 ナインは傷を見てそう思った。

 

瓦礫に埋もれ、もはや姿が見えない兵藤一誠。 それをリアスが懸命に探っているのを見ると、ヴァーリは溜息を吐いた。

 

「ナイン、もう退くよな」

「ええ、先の言葉通り。 殺していこうかとも思いましたが、気が変わりました。 ああも珍妙なものを見せられては、殺す気も失せるというものだ」

 

瞑目。 これは舐めているのではなく、単に本当に殺すという気持ちが失せただけなのだ。

まぁ、そこが兵藤一誠という人物の特性だろう。

 

すると、ヴァーリは短く笑った

 

「紅蓮の錬金術師でも、気が変わるということがあるのだな」

「さっき目の当たりにしたばかりでしょう。 あなたは私をなんだと思っているのだ」

「確かに、悪かった、ふははっ」

 

腰に手を当てたナインも息を吐くと、踵を返した。 背中を向けたままヴァーリに問う。

 

「あなたは? 帰らないのですか?」

 

ヴァーリはガシャリと、リアスに救出された一誠を遠目に見詰める。

 

この赤龍帝の姿を見て、何を思うか白龍皇。 少なくとも熱は冷めたが、いくらから楽しみようがあるかもしれない。

 

「俺は、未来の宿敵(ライバル)くんに聞きたいことと言いたいことがある。 ナインは先に帰っていてくれ、迎えは寄越す」

「分かりました。 いやいやそれにしてもねぇ……行き当たりばったりだった私に何から何まで……礼は言っておきましょう――――ありがとうございます、ヴァーリ」

「なに、お前が加わるのなら安いものだ。 それに、これは”あいつ”の要望でもあるんだ」

「…………”あいつ”?」

 

意味深な言葉を残したヴァーリはすれ違う。 終始ヴァーリの背中を見詰めていたナインだったが、いまはこの場から立ち去るのが先決と判断し、歩き出した。

夜明けが近く、日の出の勢いも良くなってくる――――

 

「はぁ……はぁ……はぁ…………――――ッ!」

 

すると、意外にも、立ち去るナインを追いかける者が現れた。

いや、むしろ当然というところか。 あの二人が、この場面で彼を呼び止めないわけがなかった。

 

「ナイン!」

 

ゼノヴィア、次いでイリナが、ナインのもとに走ってきた。 一定の距離を保ちながらも、ナインの傍にいますぐにでも駆け寄りたいという二人の願望が見え隠れする。

 

足を止め、二人に半分体を向けたナインは無表情。

 

「やぁ、お二人とも」

 

そう言いながらもふと、ヴァーリの方を見るナイン。

 

「…………」

 

二人の通過を許したのはヴァーリの意向だろう。 実際いま、横目でナインに目配せをしているくらいだ。

いままで通じ合い、共に戦った友との別れ。 お互いの立場上、今後も再び会う事になるかもしれないが、袂を別つのはこれが最初で最後だ。

 

だからナイン、最後の別れの挨拶くらいは済ませておけ。 このヴァーリの意外な気配りに若干の気持ち悪さをナインは感じながらも二人と対する。

 

「また、引き止めに来ましたか?」

 

言うと、ゼノヴィアは首を横に振った。

 

「いまのお前に勝てるとは思わない。 何より、お前はここ(・・)を離れたかったんだろう?」

「…………」

 

厳格な表情になった彼女は、胸に手を当ててナインに叫ぶ。

 

「でも、やっぱり私はお前のことが! …………いつの日から、好きになっていた」

「…………」

 

突然の告白に驚きもせず笑いもせず、ナインはゼノヴィアの言葉を聞いた。

 

「なぜ……なんだろうな」

 

共に居た時間が長すぎたことが、この感情を生んだのだろうか。

いや、もっとそれ以上の何かが、ゼノヴィアを惹き付けた。

 

「前のお前は、触れれば爆発するような男で危なっかしかったが……なんだかんだ理性もあるし、優しい事が分かった。 理由はともかく、イリナも助けた。 コカビエルから、私も助けてくれた。 みんなお前に助けられたんだ!」

「………………」

「初恋なんだ、これは」

「………ゼノヴィア」

 

ナインは息を吐く。 その仕草にも胸を掻き毟りたくなるくらい、ゼノヴィアはナインのことを…………

 

「あなたは可愛いですねぇ」

「なに――――!?」

「冗談です」

 

得も言われぬ感情に支配される。 無頓着であったゆえに、ゼノヴィアにこの言葉はきつすぎた。

どう表現していいか、本人には解らない。

 

「しかし、いま私に必要なのは女じゃない。 ゆえに忘れろ……と言いたいところですが、権利という言葉もある。 まぁ、勝手にしてください」

「………………。 ああ、勝手にするさ。 いつかきっと…………」

 

顔を振って気を取り直すと、ゼノヴィアは不敵に笑んでナインに言い放った。

 

「わ、私だって…………!」

 

すると、今度はイリナがゼノヴィアを押し退ける。

ツインテールを弄りながら、口を尖らせて言った。

 

「私だって負けないし…………」

 

言いかけてハッと気づいた。 頬を指でぽりぽり掻いて言う。

 

「ていうか、私たちこうして話してて大丈夫なのかなぁ。 後で、その…………謀反人と仲良さそうに喋ってたってことで捕まっちゃわないかなぁ?」

 

そわそわするイリナに、ゼノヴィアはふん、と可愛く鼻を鳴らす。

胸を反らし、得意げに、

 

「イリナのナインに対する愛は所詮そんなものだ。 ナイン、イリナのことは忘れていいぞ」

「ちょ――――それひどいよゼノヴィア! 私は本当のことを言ってるだけで!」

「固い女はナインは嫌いだよな。 やはり柔軟性に富んだ私が、ナインの将来のパートナーに相応しい」

 

勝手に話を進める二人。 終始無表情にその茶番劇を眺めていたナインは、少し噴き出した。

 

「袂を別とうと曲げない心。 なるほどこういった信念の形もあるのですね――――美しい。 やはり世界は広い、私も励まなくてはなりませんねぇ」

 

言い合う二人を放置し、踵を返す。 斬られた両手を眺めながら、太陽にそれを照らした。

 

「まだまだこれからだ。 働いてもらいますよ、私の錬金術」

 

この会談は始まりに過ぎない。

ここからが本当の競争の始まりということだ。 誰が死ぬか、誰が生き残るか。

目的、夢、願望、渇望、恋。

 

誰が成就させるのか、すべてはこれから。

 

「さて、私もどこまでいけるか見物だ」

 

ナイン・ジルハードは今日、世界の影に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異空間、某所。

 

黒い遊女と呑気な快男子。

 

 

 

「あ、ヴァーリから返事の時間差念話が来~たにゃん」

 

「なんだってー?」

 

「えーと、うん。 とりあえずナインはこっちに付く事になった――――ってマジ!?」

 

「いきなり大声出すなや黒歌、それと胸隠せや」

 

「うっるさいわねぇっ! 私のおっぱいはチャームポイントなんだから、別にいいでしょう! サービスにゃん!」

 

「嬉しくねぇし隠せ。 つか、さっきの話マジなのか?」

 

「…………うん…………うん! にゃははぁ~」

 

「嬉しそうで何よりだ。 で、もう帰って来るって?」

 

「ううん」

 

「へ? じゃあなんよ」

 

「―――――先にナインが帰るから迎えに来てって。 私にご指名にゃん♪」

 

「いや別にナインが指名したわけじゃねぇだろぃ」

 

「美猴はあとでヴァーリの迎えだってさ、じゃ、お先~」

 

「…………黒歌も粘るねぃ。 どうしたって振り向かない男にここまで執着するとは。 ていうか、あいつと黒歌にこれといった接点なんて無かったはずだが……一目惚れってのはありがちすぎるし…………本能かぁ?」




さぁ、次話から原作主人公側からは完全に脱退することになる。 どうなることやら。

黒太陽ってかっこいいよね。 何がかっこいいって、名前の響きがカッコイイんだよ。それだけ。

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