紅蓮の男   作:人間花火

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ヴァーリチーム
26発目 紅蓮と黒猫


異色揃いのテロリスト集団、「禍の団(カオス・ブリゲード)」に所属する白龍皇、ヴァーリの招きに応じ、突如として三大勢力を離反したナイン。

自らもそのテロ組織に傾倒することになった。

 

ナインの転身はヴァーリですら予想外の事態だったが、結果を見ればなんのことはない。

もともと引き入れたいと思っていたヴァーリは、その場でナインと合意した。

 

今回出て来た「禍の団(カオス・ブリゲード)」の一派は、様々な思惑と力を持った者たちで構成されている。

 

『――――世界を変革するのです!』

 

聖書の神の不在に付け入り、自らが世界を統治、支配するという過激思想を持つ旧魔王、カテレア・レヴィアタンのような者もいれば、

 

『俺は、強い奴と戦えればそれでいいさ』

 

より強力な存在との闘争を渇望する二天龍の片割れ、白い龍(バニシング・ドラゴン)をその身に宿す現白龍皇ヴァーリのような者もいる。

ドラゴンの血筋を差し引いても、ヴァーリ本人の戦闘本能の強さはナインと比にならない。

 

「私はただ、また花火を見たいだけだ」

 

駒王学園裏門前。

血は止まったものの、まだ少し滲んだ手の平の傷を見てナインは呟いた。

 

この男も例に漏れず異端異色の人間。 

爆撃爆発破裂。 さしずめボムジャンキーか、爆弾魔か。

 

そして、この男の求めるもう一つのもの。 真理だ。

生存競争の果て、世界という天は何を選ぶか。 当然のことながらナインも、その狂った生き残り戦争に嬉々として飛び込んだ。

 

「――――えっとぉ……? 迎えを寄越すと言ってましたね。 ヴァーリの仲間といえば確か……」

 

己の目的を再認したナインは、別のことに考えを巡らせる。

いままでヴァーリと会った回数と、その都度傍らに控えていた人物を上げてみた。

 

「実際一人しか思い浮かばないんだけどねぇ、あの恰好はもう見飽きたから、別の人がいいなぁ。 初対面でもいいから」

 

と、駒王学園の敷地内から離れ、結界外に出た。 薄暗い空は平静に戻り、いつもの晴れやかな太陽がナインを照らす。

照る日差しを腕で遮った。

 

「うん?」

 

すると、見事な毛並をした黒毛の猫が歩いてくるのが見えた。

夜だったなら見落としていたであろう漆黒の毛色。 闇に溶けてしまいそうなその黒猫は、ナインの目の前で上品に座す。

 

腕を丹念に舐めるその姿に、ナインはなんの疑問も抱かずに近づいた。

ポケットに両手を入れ、その黒猫の前にしゃがみ込む。

 

「そういえば、動物と触れ合うのは久しぶりだ」

 

そもそもそういった縁もなかった。

 

立派に生えたヒゲを指でなぞると、その猫は気持ち良さそうに擦り寄ってくる。

指だけでは物足りないという風に、ナインの手にその端正な顔を擦りつけてきた。

 

ここは結界の外。 猫など珍しくも無い。

人通りも多い場所だ、普通の猫だろう。 ナインはそうして、先ほど頭をよぎった黒い和服の猫又を可能性から除外した。

 

「…………行きますか」

 

そう言い立ち上がる。

もともとナインは一人。 ヴァーリに付いたとはいえ、それは揺るがない。

しかし、以前借りていた高級マンションは、同居していたゼノヴィアとイリナに勝手に引き継ぎを済ませたため、寝床を探す事から始めなければならなかった。

 

この街に留まる理由は無い。 そのため、一、二週間くらいは歩き詰めても良い気がしていたのだ。

 

するとそのとき、にゃあ、という鳴き声が耳に入った。 鈴の音のような綺麗な鳴き声。

 

「む、おっと?」

 

しばらくナインの背中を見ていた黒い猫が、何を思ったか肩にジャンプして飛び乗った。

ナインが重みを感じると、その猫は彼の顔のすぐ横に座していた。

 

「…………」

 

横顔を見詰める瞳が、ナインの足を止めさせる。

吸い込まれるような黄金色の瞳がナインをまっすぐ見詰めていた。

 

「なんだというのだ…………」

 

と、横目で黒猫を見ると、さっきとは打って変わって欠伸をしていた。

一瞬、舌なめずりをしているように見えたのは気のせいか。 否、おかしい。

 

「…………まさか、ね」

 

ははっと軽く笑うと、今度はぺろんと頬を舐められた。 なうー、と可愛い声を出しながら、不気味なほど綺麗な赤い舌で。

背筋を寒風が通り過ぎるような感覚を覚えさせる。

 

いよいよおかしいこの猫の挙動に、ナインもようやく訝ることを覚える。 が、そのときはもう遅かった。

――――周りに人が居ない。 辺りを見回した。

 

その直後、突如のしかかられる感触をナインは感じた。 肩にだけかかっていた重みが、体全体にガクンと重くのしかかってくる。

 

「む…………」

 

襲撃か!? 変な勘違いをするナイン。

ようやく重みが一定に留まるのを確認すると、折れていた腰をゆっくりと上げて体勢を立て直す。

 

「…………にゃん」

「…………」

 

ナインは無言で目を見開いた。

肩乗りサイズに留まっていた猫が、和服を着崩した妖艶な美女に早変わりしているではないか。

 

「まさかとは思いましたが…………」

 

肩に乗った顔は端正だ。 成熟した躰付きで、ナインの背中を柔らかいもので刺激する妙齢の美女。

零れ落ちそうな大きな乳房は厭らしく潰れる。

 

強い香りも発しているのだが、気持ち悪くはならない。 女の香りと表現するのが正しかった。

まさに健全な男子が嗅げば、媚薬の効果も発揮する。

 

「また会ったにゃぁナイン」

 

そう耳元で囁く美女。

ナインの右肩に、細く可憐な手を這わせるように置いた。

 

熱い吐息をかけられ、相手が誰か解った途端にナインは溜息を吐く。

 

「わざわざ人を払ってまでこんな真似をするなんてねぇ。 あなた、普通に登場もできないのですか――――ただでさえ痴女のような容姿恰好をしているというのに…………」

「そんなの地味地味にゃん。 気になる異性にはインパクトが大事って言うもの」

 

妖艶な笑顔を見せる美女には二本の尻尾があった。

束になったそれは、右に左にとリズミカルに振れる。

 

背中に密着したまま、黒猫だった美女は、ナインの耳元で悪戯っぽく微笑んだ。

 

「会えて嬉しいって言ってるでしょ、ほら、尻尾も立ってる」

「知りますかそんなこと」

 

自分の尻尾を指差す美女の名は――――黒歌。 白龍皇ヴァーリとともに、ヴァチカンでナインを勧誘した者の片方の女性。

そして、マンションで二回目。 これで三度目。

 

ナインからしたら数度ではあるが、黒歌からしてみればもう何十回も顔を合わせていると錯覚してしまうほど、出会いのインパクトが大きかった。 一回一回の出会いに重みがあることを、黒歌は喜ぶと同時に自負している。

 

「ふぅ~ん…………」

 

微笑むというより、瞳を細めて不敵に笑う、獲物を見付けた肉食獣のような雰囲気。

植物で例えれば食虫植物か。 甘い香りを漂わせ、掛かった獲物を絡め取り肉を喰らい骨を抜く。

 

「にゃははっ」

 

もっともこちらは、捕まって魅了されれば最期、別の意味で骨抜きにされるだろうが。

すると、早くも平静を取り戻し歩き出しているナインを見た黒歌は、首に回していた腕を離す。

 

「ようこそ、『禍の団(カオス・ブリゲード)』”ヴァーリチーム”に」

「ヴァーリチーム?」

 

そう聞かれると、ナインと並んで歩き始めて指を立てる。

 

「そう、二天龍白龍皇。 ヴァーリ・ルシファーがリーダーを務めるフリーダム集団にゃん」

「ルシファー…………へーそうだったんですか」

 

ルシファーといえば、サーゼクスの現魔王としての名だ。 黒歌はなぜか自分が得意そうに胸を張った。

 

「そ、ルシファー。 前魔王と人間の母親の間にできた子供…………プレミアものよねぇ」

「そして『白い龍(バニシング・ドラゴン)』の宿主。 どちらがおまけか分からない豪運の持ち主ですか」

 

豪運とは言ったが、実際ナインはヴァーリの出生に同情した。

そんな生まれを持っていながら、堕天使に引き取られていたということは、何かしらの理由があるに違いない。

 

「…………まぁ、それも碌な理由ではなさそうだ」

 

それよりも現在(いま)だ。

腕を組んでやたらと胸を当ててくる黒猫をどうにかしなければならなかった。 歩きづらい。

 

日本の季節はいま夏だったか、と思うと余計に暑く感じてきた。

黒歌とナイン、触れ合う体の部位という部位で熱を伝え合う。

 

特に二つの規格外の双丘は、他の部位より多分に熱と艶を伝えてきた。

ナインの腕をその豊満な胸の谷間に埋める黒歌。 むにゅり、と一際強く乳房に減り込ませると、上目遣いで表情を観察してきた。

 

「…………」

 

無 反 応 。

 

片腕は大変なことになっているというのに、表情一つ崩さない。

しかし、そんなことは解ってる。 この男がこんなことくらいでいまさら心を乱すはずがない

だからじゃあ、こういうのはどう? 黒歌はより妖艶に、官能的な唇から言葉を発した。

 

「ねぇ」

「なんですか」

「子作り、しない?」

「…………なぜ」

 

唐突に、大変なことを口にした黒歌に、ナインは顔を向けた。

何度となく口説いても振り返らなかったナインがこちらに振り向いてくれたのが意外で嬉しかったのか、黒歌は一瞬驚いた顔をする。

 

しかしすぐに意味ありげに笑みを深め、ナインを覗きこんだ。

着崩された和服から覗く巨乳。 その双丘がこさえる深すぎる谷間を、黒歌は再び見せ付けた。

 

「そこはきちんと反応してこっちを向いてくれるのね。 お姉さんポイント高いにゃん」

「正気かどうか問う気にもならないですが…………あなたは盛った畜生か」

 

すると、黒歌は少しむっとした。

畜生と言われたのが気に入らなかったのであろう、擦り寄る体は休めずに、しかし、ギリっとナインの腕に爪を立てた。

 

爪痕から血が滲み出るのを見て、ナインは肩を揺らして薄ら笑う。

 

「いつもにこにこにやにやと、舐めているのかと問いたいなぁ。 食った態度はその辺にして欲しいものだ」

「強い遺伝子、欲しいのよ。 ほら、テロリストになんて入ってる身だから、早い内に子供を作っておきたいじゃにゃーい? 強い子を欲するのはいつの時代も同じこ・と」

 

そう言うと、血の滲んだナインの腕を先ほど自分がしていたように丹念に舐め始める。 生暖かいざらざらした感触をナインは感じた。

 

「にゃぅ……おいしっ♪」

 

舐め上げると、黒歌は前言に付け足す。

付けた傷をペロンと一舐め。

 

「別に食ってなんていないわよ。 ヴァーリも認めた実力者に、舐めた態度なんて取るわけないじゃない。

これは私の性分よ。 あと、畜生はちょっとムカッと来たにゃん」

「盛っているのは否定せずですか」

「当然、いますぐ子作りエッチしたいにゃん」

「…………なぜそこで胸を張る」

 

そんなに男としたければヴァーリとしてきなさい。 ナインはそう言って黒歌を体から離した。

 

すると黒歌は不満そうに口を尖らせる。

 

これでもかと、和服をさらに着崩してナインにしなだれかかった。

ナインの、細くとも厚い胸板に顔を預ける。

 

「もぅ、冷たい男にゃぁ」

 

起き上がり、正面から見つめながら、ナインの胸板を指でなぞり――――鎖骨をくすぐり始めた。

 

「…………怒らないでよ、本当よ? 真剣だもの」

「…………」

 

ナインは、極めて性欲の低い男という人間だ。

人間であるため、完全に無い、とは断言できないが、少なくとも通常とは言えない。

 

一種の仙人のような存在に限りなく近いと言える。

 

「ねぇねぇ」

 

しかし止めない黒歌は、鎖骨をくすぐるのを止めたかと思えば、再びナインの首に腕を回す。

至近距離で見つめ合う両者は、まずナインから眉を動かした。

 

「猫又の性か……………」

「ヴァーリは白龍皇。 当然アプローチしたわよ? でも断られちゃった、ねぇだから慰めてよぉ」

 

なかなかしつこい。 そういえば、あのときはミカエルが来訪したため中断されたか。

しかし、いまの黒歌を縛るものは無い。 いつの間にか建造物の路地裏に連れ込まれていたナインは、肩を竦める。

 

「…………」

「ヴァーリや赤龍帝、二天龍の血筋は先天的なものでしょ? でもあなたは違うにゃん。

遺伝子とか、血筋じゃない。 まして神器でもない。 持ってないもんねぇ、ナインは……ここまで自分の力だけで上がって来たんでしょ? 私はほら、猫又だからぁ?」

 

黒歌本人も猫又としての血筋のおかげで仙術を体得。 才能もあり気の流れを理解することができた。 それにより身体能力も申し分ない。

だがナインは…………

 

そう考えると益々興味が湧いてくる。

早くこの男の中身が知りたい。 黒歌は、急かすような雰囲気で一気にナインとの距離を詰める。

 

「錬金術に対する情熱と求道。 あなたの能力の高さの秘訣は、その気構えにあると見たの……ううん、きっとあなたにはそれしかなかった」

「…………」

 

錬金術と、肉体一つでここまで来たのだ、興味も出よう。

 

昨今、運良く神器(セイクリッド・ギア)を宿すに至るも、もともとが軟弱であったゆえに使いこなせていない者が世界にいるのも現状だ。

 

そんな中錬金術という、人間が持ち得る知識と法則に縛られた科学技術のみを引っ提げてこの超常の戦いに現れた。

狂気の域にまで達した錬金術は、この男に力を与えた。 そしていままだ成長を続けるのだ。

 

さらにこの先も、命ある限り戦い続ける。 極限状況を利用すれば、錬金術の極致を知れる……否、知らねばならない。

黒歌に壁に追い込まれるナインだが、気にはせず。

周りがすべて雑音に変わる。

 

「…………」

 

今のままで満足はしない。

究極に至るには、まだまだ知識と力が必要だ。 真理を見るにはいまのままでは足りないのだ。

 

「無視にゃ?」

 

思い詰める表情のナインをすねたように見上げる黒歌。

覗き込んでくる黒歌と視線同士が交差すると、ナインは言った。

 

「気持ちは分かりました」

「じゃあ…………」

「しかしそれはダメでしょう」

「なんでよぉ」

 

ねだるようにナインの腕で遊ぶ黒歌。

しかし、その手を払う。

 

「私の爆弾になってくれればあるいは……いきり立つことくらいはあるかもしれません」

「うにぇ~……」

「冗談です」

 

そう言うと、ナインは黒歌とすれ違うように歩き出した。

 

「そういえば、バッグとかは? あのマンション引き払ってきたんでしょ?」

「引き払ったというより、あそこは放置してきました」

「はぁ!?」

 

素っ頓狂な声を出す黒歌。 いま、ナインは手ぶらだ。 何も持っていない。

首を傾げるナインに、黒歌は詰め寄って行く。

 

「財布は?」

「マンション」

「替えの服は、通帳は?」

「マンション」

「おバカにゃんナイン!」

 

ポカ、とナインの頭を軽く叩いた。 黒歌は口をへの字にしてナインを指差す。

 

「家出るってときに、私物も持たずに出て行く気だったの!? …………その同居人は誰だったの!」

 

あそこは悪魔の管理するマンションだ。 当然、テロリストに傾倒したナインは居られない。

人間界の一般的なマンションだったらどんなに良かったか……しかし、もう遅いのだ。

 

誰という黒歌の問いに、ナインはさっと答えた。

 

「ゼノヴィアさんと紫藤さん」

「うわ~」

 

思いっきり敵陣である。 しかし、顔を手で覆う黒歌に、ナインは彼女の肩を叩いて笑う。

 

「まぁ、私には必要がなかったものだ。 気にすることでもなし。 言ったでしょう、私は出たとこ勝負大好きと」

「…………残った貯金は? あんな綺麗なマンションに住んでおいて必要無いはにゃいでしょ。

あ、もしかして全部使っちゃったとか? なら――――」

「記憶が正しければ数千万ほどですね。 使う機会が無かったもので、教会時代に貯まりに貯まってしまいまして」

「今すぐそこ行くにゃ」

 

問答無用だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「派手に吹き飛ばされたな、こりゃまた……」

 

跡形残らず吹き飛ばされ、木端微塵の瓦礫の山。 荒地となったその場所に、アザゼルが立っていた。

あちこちでは、悪魔、堕天使、天使、三大勢力の手勢が共同作業で崩壊した校舎を元に戻している。

 

そこに、アザゼルと同じこの惨状を見るミカエルはサーゼクスに頭を下げる。

 

「申し訳ありません。 学園校舎を…………」

「いや、気にしないでくれミカエル。 こちらから死者が出なかったのがせめてもの救いだろう…………人間界で作る建物なら、いくらでも建て直せる」

「つっても、ヴァーリの奴が赤龍帝にけしかけるとはねぇ。 いまの赤龍帝には興味ねぇと言ってたはずだが…………」

 

ミカエルが頭を上げた。

 

「それはやはり、ナインとの戦いで僅かに発現した覚醒の可能性と、その方法ですか」

 

ナインと戦ったあと、一誠はヴァーリにもまんまと挑発され二回戦へと突入してしまったのだ。 そのおかげで疲労困憊で、さきほど医務室に搬送され、アーシア・アルジェントに回復の術をかけてもらっている。

 

他の眷属たちは一時待機として散開させているが……。

 

「おかげで赤龍帝は疲労でぶっ倒れ。 弱い者いじめも甚だしいぜ、ヴァーリ」

「紅蓮の……ナインの離反によって心に深く傷を負ってしまった者も少なからずいるようだ。 特に妹の眷属、ゼノヴィア…………」

「こちらは戦士イリナです。 どちらとも、エクスカリバー奪還の際にナインと合力した者たちです」

 

すると、アザゼルが心底複雑そうに顎をさすった。

 

「気になるのは朱乃だ。 そんなに接点がなかったはずのあいつが、なんでかナインが居なくなってから落ち着きが無い。 まさかあいつも…………?」

 

アザゼルの推察に、ミカエルが首を横に振った。

 

「それは無い話でしょう。 しかし、姫島さんがナインを気に掛ける理由はあります、といっても、これしか考えられないのですが……」

「あ? はっきりしねぇな。 俺たちの知らねェとこでなんかあったのか?」

「それは―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

雷の巫女――――姫島朱乃は戸惑っていた。

あのとき、姫島神社で彼女の存在と真相を明かした日のことを思い出す。

 

『その人の人格を形成するのはその人だけだ。 他の誰でも無い』

 

『あなた自身が強くならなければ、未来永劫に彼に依存し、彼無くしては生きられない身となってしまうだろう』

 

この教え。 言葉だけ聞いたとしても、その深層心理は介せない。 ゆえに時間が必要で、教示してくれる人が必要だった。

この言葉には、それ以上に深い意味がある。

 

『俺が助けますよ、朱乃さん!』

 

深い意味がある。 それだけに、茶髪の少年の笑顔が、朱乃の中で自発的にかき消された。 それではダメなのだ。

私のこの翼。 二種の翼は、そんな言葉だけで解決できるほど小さいものではない。

 

「イッセーくんが私を助けてくれても、私が変わらなければ…………」

 

差し伸べられた手を掴むだけで救われる。 なんと簡単なことだろうか。

確かにこの言葉は嬉しかったけれど、果たしてそれだけで、私は真にこの二種類の翼――――悪魔と堕天使の混血の業を乗り越えたことになるのだろうか。

 

答えは否だった。

 

手取り足取り救われて、それで進歩するのか否か。

ゆえに、ナインの言葉を欲している。

 

錬金術師。

なによりも論理的に考えられる人間。 幅広い視野を持った男性。

 

「…………イッセーくんを、侮らなかったヒト」

 

薄ら笑いながらも一誠を相手に一つの罵倒の言葉も発さなかった。 

 

一誠より明らかに格上にいながらも、戦う意志を持った者には等しく相対する。

 

いままでの格上相手は皆、一誠を軟弱貧弱だと蔑み、同じ土俵に立つつもりは無かった者。

その結果、驚くべき成長速度に逆に圧倒されていた。 そして、いずれも覚醒した一誠に敗北を喫している。

 

「ライザー・フェニックスとのレーティングゲーム、その後の非公式試合も然り……ですわ」

 

人として狂った趣味を持っている彼だが、話してみると意外と普通。

 

以前も、学園でリアスと自分の公開授業に顔を出してきた。

おそらく、ナインはそういうタイプなのだろうと、朱乃は察している。

 

ナインなら、あの人なら、もしかしたら真剣に相談したら真剣に向き合ってくれるかもしれない。

 

救われるのではなく、自分で乗り越えられる方法を、朱乃は見付けたかった。

 

多分してくれる。 そういう確信が、朱乃にはあった。

 

「あれ…………姫島さん?」

「朱乃さん…………?」

 

そう考えている内に、自然と足が運んでいた。 それはいま出会った彼女たちも同じことで――――

ゼノヴィアが意外そうな表情で朱乃を見た。

 

そう、ここはナイン、ゼノヴィア、イリナが住んでいたマンションの前だ。

若干塞ぎこんでいる朱乃の顔が、イリナの目に入る。

 

「まさか……姫島さんも?」

 

ごしごしと目元をこすったイリナの目の下は、泣き腫らした痕が鮮明に残っている。

自虐気味に朱乃は目を瞑った。

 

「…………なんででしょうね。 一度話しただけなのに、彼との会話が耳から離れない。

答えを知りたいと思っている自分がいるのです、あなたたちは?」

 

そう正面から聞かれると恥ずかしいのか、イリナはあはは、と渇いた笑いを出した。

離れ離れになってもその想い変わらず、泣き腫らした顔が朱に染まる。

 

「先ほどリアス部長から聞いてな。 どうやら、ナインが借りたマンションの一室…………昨夜のうちに名義がグレモリーに変わっていたそうだ」

「勝手に変えるなんてーって、リアスさんは怒ってたけど、お兄さんに言ってしっかり引き継いでくれているの」

 

だから、あの一室は私たち二人が使うことになってるの、と。 優しく笑んだイリナはそう言った。

 

「私は、イッセーくんたちがよくゼノヴィアちゃんを迎えに来ていたのを見ていたから場所を知っていたのですけど……自然と足がこちらに向いてしまいました――――ナインさんはもういないのに」

「…………姫島さんは、ナインと接点ってありましたっけ?」

「そうだな…………そういえば私も分からん」

「ああ、ゼノヴィアちゃんたちは聞いていなかったのね…………話は長くなってしまうけど―――――」

 

いい? と作り笑いで話を切り出そうとする朱乃。 しかしそのとき、その場に不釣り合いな会話が聞こえてくる。

非常に呑気で…………傍から見れば楽しそうな。

 

「不用意だって言うにゃぁナインはぁっ、すべてにおいて!」

「耳元で五月蠅いですねぇ。 いま向かってるでしょう?」

 

三人はその光景に目を見開いた。

 

「にゃぁもうっ!」

 

着崩した黒い和服でナインの腕に纏わり付いている黒歌と、それを鬱陶しそうにしているナインがこちらに歩いて来たのだ。 一般目線から見れば確実にあらぬ誤解をされかねない。

 

「…………時代劇でこういう光景は見たことがあるぞ、イリナ」

「うん、イケメン悪代官に騙された花魁さんみたい。 時代観がお互いちょっと違うけど…………」

 

和服の黒歌に、赤いスーツのナイン。 なるほど確かに、イリナの突っ込みは適格と言える。

肩どころか胸元までざっくり開き、肌を剥き出した姿は遊廓の女を彷彿とさせた。

 

「思うんだけど、あのスタイルで和服はアンバランス過ぎると思うんだけど」

「イリナ落ち着け、日本語が少しおかしくなっているぞ」

 

零れ落ちそうな危険な果実。 ここは外だ、一般人も通るはず。

分かっててその恰好ということは、自信ありか! と勝手に妬みを募らせるイリナ。

 

悪代官……というのは、もともと悪そうな顔をしているナインにはそういう印象が少なからずあるからだ。

無表情の中に僅かな笑みが含まれる。 計算高そうな男に見えないでもない。

 

「あ、あらあら…………」

『あ』

 

すると、三人の存在に気付いたナインと黒歌が立ち止まった。 制服姿の朱乃と、いつものピッタリとした戦闘服を着たゼノヴィアとイリナを見回すと、二人は顔を見合わせた。

 

にわかに、

 

「ほぅら、だから言った。 あんなことがあった後で、家宅捜索が入らない訳がないんですよ、黒歌さん」

「うるさいにゃー! だいたいナインがお金を忘れたのがイケにゃいんでしょ!」

 

ギャーギャーと言い合いが始まる。 そのとき、イリナは面白くなさそうにむっとした。

 

「ちょっと、あなたたち!」

「む?」

「にゃん?」

 

振り返る二人。

イリナは指を差して遣り切れない感情を言葉にする。

 

「なにしにきたのよ…………ナインは特に…………」

「…………」

 

呼ばれたナインは、イリナに向く。

 

「ていうかそこの女性! この前ここでナインと戦ってたはぐれ悪魔!」

「あら、私のこと覚えててくれたのお嬢ちゃん。 てっきり、この子にばかり見惚れてて忘れてるかと思ってたにゃん」

 

言いながらナインにますます密着する黒歌。 横から彼の腰に抱きついた彼女は、舌をぺろりと出してイリナを挑発する。

 

「うぅぅぅ~」

「落ち着けイリナ。 誘いだというのが分からないのか!」

「だってだって! ゼノヴィアも悔しくないの!? 私たち、いまのところナインとは一番長い付き合いなのに!

こーんなぽっと出のおっぱいお化けに取られてる!」

「確かに遺憾だ……が、ナインはもうすでにこちら側ではないんだぞ?」

 

ゼノヴィアがそうイリナを説得しようとするが…………ゼノヴィア自身も遣る瀬無い気持ちなのだ。

ナインの事は、悔やんでも悔やみきれず、心のどこかで戻ってきてほしいと願っている。 そんな不安定な彼女の言葉に、同じくナインを想うイリナが聞く耳を持つはずもなく。

 

しかしそこで、黒歌はむっとしてイリナに言った。

 

「おっぱいお化けとは言ってくれるにゃん。 正真正銘のホ・ン・モ・ノ。 まぁ、あなたたちじゃあスタイルで私の敵にはならにゃいわねぇ」

 

ぽよんと、自分の自慢とする胸を下から両手で持ち上げる。

男好きする黒歌の躰はとどまるところを知らずだが、その言い合いにナインは頭を掻いて黙り込んでしまった。

 

しかし、その瞬間黒歌は目を見開いた。 ゼノヴィアとイリナに気を取られて、近くにいた膨大な魔力の気配を感じる女性を失念していたのだ。

 

「………………でかい」

 

黒歌がそう言うと、朱乃はきょとんとした顔になる。

 

「…………え?」

「私よりだらしない躰を見つけたにゃん。 張りは私の勝ちだけど、あの女の乳は柔らかそうなくせに垂れてにゃい。 指が沈みそうなおっぱいにゃん!」

「アホですか」

「ねねね、ナイン。 私のおっぱいに指が沈むかやってみてよぉ」

 

和服に押し込まれた胸を、ナインに向かって見せ付ける黒歌。 組まれた腕の上で豊満な乳房が揺れた。

するとナインは、溜息を吐きながら黒歌の肌蹴た和服を直す。 窮屈そうに押し込まれる黒歌の胸。

 

「そりゃ、自分でできるでしょう」

「男の指と自分の指じゃ感じ方が違うのにゃぁ!」

「どう違うんですか」

 

緊張感の無い会話。 とてもテロリスト対三大勢力の図とは思えない。

押し込まれた黒歌の胸もその許容量を超えてしまい、再び和服が崩れる。

 

「…………ナインさん」

「…………やぁ、姫島さん。 浮かない顔しちゃって」

 

朱乃が前に出た。 ゼノヴィアとイリナと言い合う黒歌をナインは放置――――大和撫子と対峙する。

片手をポケットに入れたまま、真剣な表情の朱乃に対して口許を吊り上げた。

 

「私は……我々はただ、このマンションに用向きがあったから戻ってきたまでだ。 戦闘の意志はありません、そこをどいていただければこの場はなにも起こらない」

「その前に、聞いておきたいことがありますわ」

「どうぞ。 今後会うのはいつになるか分からない、吐き出したいことは吐き出せばいい…………大方の予想は付きますが」

 

すると朱乃は、自分の胸に手を当てて叫ぶように言った。

前置きはいらない、聞きたいことはこれだけだ。

 

「あなたはあのとき、混血であることなど、長い人生に比べたら些末なことのようにおっしゃいました。

その真意はなんですか! 自分自身が強くなることとは、一体どういう意味でおっしゃったんですか!」

「…………やはり」

 

予想は外れない。 ナインはますます口許を上げる。

 

「しかし困ったな」

 

答えを最初から求めるなど愚考であり、錬金術師であるナインにとっては美感に反することである。

それこそ悪魔の生など数千単位の寿命だ、その中で自分で答えを見付ければいいと、ナインは朱乃を突き放すつもりでもいた。

 

人間の生は悪魔よりも遥かに短い。 付き合っていられるか、と。

 

ゆえに、返答はこの質問が始まる前から決まっていたと言えよう。

しかし、ナインはもとから敵だ味方だなどと差別的に扱うことはしない男だ。 皆、等しく平等に。

 

それに、いままで朱乃は自分の中だけでこの問題を背負いこんでいたに違いない。

 

いまのところリアス・グレモリーが、朱乃の悩みを解く一番の頼りになる存在。 しかしそれがいままで物の役にも立たなかった結果であれば、姫島朱乃は近い将来壊れる。

 

兵藤一誠は複数の美少女の想いを受け止めたいという至難の業を成し遂げることを目的としているようだが…………。

救済されるだけの人生は空虚であると、ナインは哀れみの表情を朱乃に向けた。

 

「返答を! 答えをください…………っ」

 

どうして今いなくなるのと。 要するに、手本にしたかったのだと朱乃は言うのだ。

だが、どんなに悲痛に叫んでもナインは黙したまま。

 

「誰を見て強くなればいいのよ…………私は、弱い。 このままじゃ、イッセーくんに依存して、して…………私が私自身を保てなくなる!」

 

震える手を押さえる朱乃を片目でチラリと見る。

 

「…………自分はこの世の誰よりも重いし、大事だ」

「え…………?」

 

ナイン曰く、自分より大切な誰か、なんて言葉を信じていないし嫌っている。

なぜなら自分自身とは、この世で最も身近な唯一だからだ。

 

いわば万物の基準点たる物差しであり、粗雑に扱ってはならないと本能的に知っている。

彼女は、粗雑とまではいかないが…………以前ナインに打ち明けたあの話。 話していた朱乃からは、明らかに自虐の念が込められていた。

 

自分を、軽く見ている。

ゆえに、兵藤一誠の手に掴まり離さないのだ。 離してしまえば落ちてしまうから。 離してしまえば飛ばされてしまうから。

 

姫島朱乃は兵藤一誠に依存しかけている。

男が女の心の支えになるのだ、構うことはないではないか。 そう思う者が大半だろう。

 

しかし、しかし、もともと自分の本心を塞いでいた姫島朱乃という女性は塞いでいるだけにそれが曝け出されるとかくも脆いものなのだ。

そしておそらく兵藤一誠も、朱乃本人の本当の懸念を察せずに、

救う、俺は好きですよ、だから何も心配いりません。

 

そうやって、姫島朱乃をダメな人間にしていくのが一誠の唯一の業であると、ナインは推し量る。

優しいのはいい。 愛するのもいい。 男女の営みは宇宙の真理、なにも咎めることはない、が。

 

いまのままでは姫島朱乃という人物は、兵藤一誠の人生にすべての命運を左右されることになる。 一誠が死ねば、朱乃も死ぬ。 たいへん極端で究極的な喩えだが、つまるところそういうことなのだと。

 

「あのときも言いましたが、あなたたち悪魔眷属は、集団行動を主とした組織だ。 ゆえに、しばらくは一人になることはないから、別に強くならなくてもいい。 という考えもある。

ただ、そういった一つの選択肢として記憶に残していただければ、と、その程度の意見でしたがね、姫島さん

しかし、真に強くなるためには、自分自身を一番に考えることだ」

「それは…………リアスやイッセーくん……他の人たちのことは捨て置けと?」

 

震える声で言う朱乃。 まさか、そんなことできるわけがない。

本来初めから人間に備わっている善性を、捨てる?

 

「違う、愚か者。 極端すぎる」

「…………」

 

ナインは朱乃の解釈に、バッテンマークで応えた。

 

「自分を一番に考えること。 そこから考えれば、自ずと答えは出てきます…………これは、決して独り善がりの独尊ではない」

「………………?」

 

未だ疑問符を頭上に添えられた朱乃を鼻で笑うと、ナインは自分の一室に歩いていく。

二階にある元自室から財布と通帳を持ってくると、黒歌に投げ渡した。

 

「とっとぉ……。 えーと…………うにゃっ!」

 

勝手に人の預金通帳の終わりのページを開いた黒歌が声を上げた。 二階のナインに向かって口を開く。

 

「数千万とか嘘じゃない! ”億”ってにゃによ、”億”って!」

「あ~、それくらいですか。 我ながら金持ちだなぁ、いらないけど」

 

ははは、と無表情で笑うナインは、二階から飛び降りて黒歌の横に降り立つ。

 

しかし、朱乃はまだ謎が解けないようで、帰ろうとするナインの手を取った。

キッとした険しい顔で見つめる。

 

「…………また、相見える日は来るのですか?」

「私を殺しに来れば会えますよ、あるいはこちらから、というのもあるかもねぇ。 はは…………クックク……」

 

黒歌による転移の術が発動される。 地面に張られた魔方陣に彼女とともに沈みながら、ナインは低い声音で笑い続けて消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァーリよぉ、なんであの赤龍帝に『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を使おうとしたんだよ」

 

「なぜそんなことを聞く」

 

「なぜっておま…………いつも俺っちにゃ話しかけてくれねぇアルビオンがそう言ったんだ。 天龍に制止されるほどの禁術を、なんであんな弱っちそうな男に…………」

 

「『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の宝玉を、己の宝玉の入っていた器に無理やりねじ込み、俺の力を奪った。

奪うのは白龍皇である俺の専売特許だ、それを赤龍帝が奪い、使った。 面白いとは思わないか美猴」

 

「まぁ、お前が楽しいならいいけどねぃ」

 

「連戦にも関わらず、あの打たれ強さ。 後々強大な現赤龍帝の力となるに違いない、胸が高鳴るな」

 

「龍の血筋か…………まぁ、俺っちもドラゴン同士の闘争にゃ血が滾ったしなぁ、性分かねぃ」

 

「血だろ。 ドラゴンと孫悟空だぞ」

 

「あそっか」

 

「それより、ナインは」

 

「ああ、黒歌が纏わり付いててまだ帰ってねェとさ。 意外だが、紅蓮の野郎は付き合いはいいらしい。

こりゃ、あの万年発情期のお守りになるのも時間の問題じゃねぇか?」

 

「他のメンバーにも紹介するつもりだったが、あまり必要ないか」

 

「いやいや、必要っしょ。 とりあえず、オーフィスにゃお前のチームとして受け入れさせたんだからよ」

 

「…………」

 

「ヴァーリ?」

 

「あれは、人の下に付くような男じゃない。 三大勢力が良い例だ」

 

 

 

 

ナイン・ジルハード、ヴァーリチーム加入。




黒歌姐さんのおっぱいが美しすぎて描写も他より凝った描き方をしてしまう作者をお許しを。 シリアス部分でおっぱいのくだりとかふざけているとしか言えない現状をお許しを。

だが、描きたい。 目に浮かぶように描写するのが俺の使命だから(ドン!)
調子乗りました。

次回はパーティ乱入回……かもしれない。
次の更新はいつになるかも解りません。
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