紅蓮の男   作:人間花火

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27発目 パートナーの権利

「…………」

 

ナインと黒歌が姿を消したあと、ゼノヴィア、イリナ、朱乃はマンションの一室に入っていた。

なんの変わりも無い。 いつもの広いリビングに、三人分の部屋。 大は小を兼ねるとは言うが、この一室は大きすぎる。 他にも数個、一人部屋が余っているほどだ。

 

「本当に、ナインは何も持っていかずに去っていったな」

「うん…………」

 

近くの黒のソファーに、ナインが横になってうたた寝している光景を重ねる。

二人にとっては思い出だ。 最初こそ、「危険な男が牢から出て来た、気を付けよう」と二人してお互い言い聞かせ、必要以上の接触は避けていた。

 

ナインの解放のきっかけとなった聖剣奪還の任務も、達成したらこの男とはこれきりと思い行動をしていた。

 

しかし、日常を通して戦闘から細かいところまで、予想以上の働きをナインは見せた。

バルパー・ガリレイの聖剣錬成の猶予期間の予想、コカビエルの打倒。

イリナに至っては、命とそれよりも大事なものを救われた。

 

すべてナインが自身のために行動した単なる通過点であったとしても、やっぱり二人の少女にとっては惹かれた男であって。

冷静なところも、皮肉屋なところも…………赤いスーツと相まったセクシーな風貌と雰囲気も、ゼノヴィアとイリナの”女”の部分を余さず疼かせた。

 

「…………体を張ってでも止めれば良かったのかもしれないよ、ゼノヴィア」

 

ポツリとそう言うイリナに、ゼノヴィアは首を横に振る。

 

「イリナ、それは逆効果だと思う。 あいつはそういうのを一番嫌うだろ」

「だけどさ、やっぱりナインは私たちの価値観を変えた奴で、かっこよくて、ヒーローだったんだよ?」

「あいつはそんなこと、微塵も思ってないさ」

「どうして言い切れるのよ!」

「お前はナインを美化して見過ぎている!」

 

飛び交った突然の怒号に、朱乃は目を見開いた。

ナインは、お世辞にも善人とは言えない人間だ。 イリナが助けられたと感じたものは、ナインにとっては一顧だにしない、些細なことである。

 

「むぅ…………」

 

朱乃の視線に気づき、ゼノヴィアは声を落とし、しかし力強く口を開いた。

 

「もしかしたら、これで良かったのかもしれない。 あいつは強くて頼り甲斐のある男だが、付いていくにはいまの私たちでは難儀すぎる。 一人で全部やってきた男だ、無理も無い。 一番頼りになるのは、最終的には自分自身だと信じてやまない天才肌……。

それこそ、あいつの気分とか、思想とか。 気に入った相手にしか手は貸さないだろうし、それ以外はあいつは自分の道を歩いてて…………」

 

『自分にとっては、自己こそが、真理なのだ』

 

脳裏をよぎるナインの言葉。

 

「生半可な女では、ナインの相棒は務まらない…………!」

 

ゼノヴィアはリアス・グレモリーを、イリナは大天使ミカエルを、言い方が悪いが、盾にしているという現在。

ゆえに、自分のことも満足に管理できないゼノヴィアとイリナでは、あの男の傍には居られないということ。

 

逞しい女でなければ、あの紅蓮のような人生を歩もうとしている男の横には座れない。

 

「どうすれば…………」

 

イリナはそう呟いた。 ゼノヴィアは複雑な表情でイリナを正面から見る。

 

「険しいぞ、きっと。 あいつの隣は修羅道だ、大袈裟とは思わないぞ。

まともな神経を持っている女では、あいつのこれから起こしていくであろう所行に、精神が耐え切れるはずがないのだから」

 

それに、とゼノヴィアは苦笑する。 イリナの肩に手を置いた。

 

「いま、ナインの隣にはさっきの女がいる。 あれは正直厄介だ。 さっき会ったのが初めてだが、一目見てすぐに解った。 あれは強い、存外に。 いままで私たちが戦ってきた悪魔たちより格上だよ」

「や、やっぱりそう思う? あの和服の女の人はどうにも苦手なのよ私。 見えない線があるというか、まだ子供に見られてるって感じで――――ていうか、あの胸! おっぱい!」

「ま、まだ気にしていたのか……?」

 

そう悔しそうに叫んだイリナは、自分の胸を触って確かめる。

 

「すっごい大きかった。 あれってリアスさんや姫島さんと同じくらいあったんじゃない!?」

「は、はぁ…………」

 

目をパチクリさせる朱乃。 ゼノヴィアも、自身の胸を両手で持ち上げた。

 

「確かに、あれは凶悪だ。 イッセーだったら早々に堕ちているだろうさ。

誘惑することに関しても私たちとは一線を画すようだし」

 

ゼノヴィアは肩を落とす。

そんな、男を誘惑するために産まれてきたような女でも――――どんな男でも貪りたくなるようなダイナマイトボディを持つ黒歌をしても、ナインの眉一つも動かせていなかったのだ。

 

まさに鋼の精神。 事実、我慢などという概念すら吹き飛ばし、性的誘惑を興味無いと撥ね退ける。

 

能力は誰よりも熱く、しかし精神は氷の様な冷たさを備える。

あの男の頭に、本当に血管はあるのかと疑問視してしまうほどの冷血漢。

 

なら、黒歌に劣る自分たちは相手にもされない。

イリナもゲンナリした顔で肩を落とした。

 

「あんなたくさんフェロンモン出してるお姉さんに密着されても動じないんだよねぇ。 ナインの理性は鋼より固いよね、絶対。 アダマンチウムかなぁ?」

「そもそも、躰で落とすのはまず無理そうだ………………なんだ、考えてたら心が折れそうになってきたぞ」

「ゼノヴィアですら唸らせるなんて、なんて恐ろしい男なのナイン! そして罪な男ナイン!」

 

その並級の胸に光る十字架を抱きしめ、イリナは天に向かって祈り出した。

一気に、そして完全に重苦しい雰囲気が霧散すると、二人はそのまま談笑し出す。

 

自分たちは錬金術師(ナイン)とは違う。 考えてもダメなら、行動あるのみ。 恋する乙女たちの戦いはこれからだ、遅くなんてない。

 

「なるようになれ、か。 考えても仕方のないことなら、”できる女”になることが第一目標だな」

「私はもっと胸を大きくしたいなぁ。 ねぇ姫島さんは、どうやって大きくしてますか?」

 

二人はそれぞれの目標を決める。 成就するのはいつになるのか解らないが……。

一方イリナに、胸を大きくする方法を聞かれた朱乃は、モチモチした自分の胸を持ち上げると苦笑する。

 

「私のは、自然にこうなったから…………」

 

当然である。

 

「…………格差社会」

「まぁ、そう落ち込むなイリナ」

「………………」

 

ちょっとした動きでも、朱乃の乳房は窮屈そうに躍動する。 イリナは青ざめた。

 

先の黒歌の言う通り、指が沈み込むような柔らかさを備えながらも、その頂きは垂れることなく絶妙な感覚を保ち前方に突き出ている。

朱乃の胸、ゼノヴィアの胸、そして自身の胸とを見比べる――――にわかに、ゼノヴィアをジト目で睨んだ。

 

「良いよねぇ、ある程度大きい人は」

「そういえば、胸は揉むと大きくなるらしいぞ。 ちなみに、それが男なら効果絶大だそうだ、まぁ…………」

 

片方の眉を上げて、不敵にゼノヴィアは笑う。

 

「ナイン以外の男に、自分の胸を触られる勇気があったならの話だが」

 

意地悪なゼノヴィアの言葉に、イリナは栗色の髪をくるくる弄りながら身をよじる。

 

「い…………嫌だよ、そんなの…………」

「…………だが、あいつは敵になってしまった」

 

いくら哀願しても、戻ってこないものは戻ってこない。 ゼノヴィアとイリナはそう自分自身に言い聞かせながら、なんとかして気が紛れる明るい会話で乗り越えようとする。

 

ナインの道はナインが、自分たちの道は自分たちが決定しなければならない。

 

「…………ナインも、きっとそう言うだろう」

 

笑みを失くし、眉を潜ませたゼノヴィアがそう言った。

確固たる意志を持ち、道を歩もう。 それが、ナインの言う”強い”生き方だと思うから。

 

「………………そうだ、朱乃さんもナインに物申したい者の一人なら、ここに一緒に住もう。 うむ、それがいい!」

「…………いいのですか? 私は、私の都合で彼の背を見ているだけの女なのに」

 

心配顔でそう言う朱乃に、イリナは笑顔を向けて言った。

 

「いいですよ、どうせ二人だけじゃ広すぎて寂しいですしね、このマンション」

「うむ、一人でも多い方が賑やかでいい。 家事等も交代制にすれば、一人暮らしよりは格段に楽になると思うしな」

「あらあら…………」

 

うふふ、と朱乃は口元に手を当てて微笑んだ。 朱乃も等しく、心の強さを求めて歩き出す。

いつか来る紅蓮の男との会合で、鼻で笑われないためにも。

 

「それじゃあ早速、私は部長に一言申し上げてきますわね。 荷物を持って来ないといけませんので」

「ああ、それなら私も手伝うぞ」

「私も行くよー」 

 

家主が半永久的に不在の中、一室に人(女性)が集まりつつあった。

悪魔二人に、教会信徒一人が一つ屋根の下で…………三大勢力会談の効果がこんなところにも影響を及ぼしていたのだった。

 

「そういえばこれ、ナインの部屋にあったけど……なんだろ」

 

ふと、独り言のようにイリナがつぶやいた。

先ほど、ナインの部屋から見つけたものをイリナは改めて手に取る。

 

銀色に光る信仰の証。

 

『居ないものを信じるなんて、私には到底できることではない』

 

釈放時、ナインが教会から渡された十字架だと思い取っておいたのだが……そのときはパッと見であったため見間違えたのか否か。

 

「卍…………? でも裏表逆方向だし、それにぎこちない形…………」

 

妙だった。

教会から賜ったナインの十字架は、戦闘服を着込んだ際のイリナやゼノヴィアが提げているものとは若干異なる。

交差した十字の下部を比較的長くとってあるのが、二人の持つラテン十字。

対し、ナインの所有していたものはその長さを均等にして作られたギリシャ十字だったのだが……。

 

その十字の四点の頂きから、もう一本ずつ横に線が引かれ形を成している。 イリナは、んーと唸りながら首を傾げた。

 

「イリナ、早く行くぞー」

「…………分かった。 すぐ行くー」

 

しかし、部屋の外からゼノヴィアに呼ばれると、すぐに返事をして出て行く。

逆型の卍十字架を手に持って、イリナは栗毛の髪を揺らしながら走って行ったのだった。

 

「ナイン…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めてよろしくな、”紅蓮の錬金術師”」

「…………誰」

 

無表情でそう問うナインに、問われた女性―――黒歌は肩を竦めた。

そうあっさりと返された快活そうな男は、カクンと拍子抜けしたように頭を掻く。

 

戦線から離脱したナインは、同じく離脱してきたヴァーリと、快活そうな男とある建物の前で待ち合わせていた。

その建物は結界で覆ってあるのだろう、薄い膜がその建造物を囲んでいる。

 

「おいおい黒歌、俺のこと話してくんなかったのかぃ?」

「話す必要無かったしね。 それに、ヴァーリの仲間は私やアンタの他にまだ結構いるでしょうが」

 

逆にどうしてそこで自分だけが紹介されると思ったの? と鼻を鳴らして黒歌は笑った。 その馬鹿にした態度に

男は舌打ち――――ナインに向かって気を取り直した。

 

「俺は美猴ってんだ。 よろしくな」

「よろしく、ナイン・ジルハードです…………その恰好は中国のファンかなにかですか?」

 

そう問うナインに、美猴は不敵に笑んだ。 犬歯を覗かせ、悪戯を思いついたような悪童のような表情で。

ヴァーリが代弁するように答える。

 

「こいつが付けている鎧は、ただの鎧じゃあないんだよ――――」

「―――――行くぜぃ?」

 

その瞬間、美猴は自分の体長くらいはある長い棒をどこからともなく取り出すと、ナインの顔に向かっていきなり突き出した。

鋭い突。 鼻に当たれば折れ、額に当たれば最悪一発ダウンを取られかねない。 喉元ならば風穴が空くかも解らない。

 

しかし、最初からこうするつもりだったのが分かっていたのか、黒歌は胸の下で腕を組んで立っている。

 

――――手並み拝見。

 

こう言っているように、彼女はこの突然の戦闘開始になにも口を出さなかった。

 

「いきなりとは」

「おいおい、予備動作もねぇびっくり箱だぜぃ? 避けらんねぇだろがフツー!」

 

楽しそうに笑う美猴。

 

一方その棒先の一閃から逃れるべく、ナインはすかさず動いていた。

流れるように冷静に素早く後退する。 届かなければどうということはないと、涼しい顔でその長物の射程範囲を洞察し、地面を踏み締めた足腰で疾駆後退した。

 

それにしても鋭い。 素人は勿論、棒術の達人でもこの速度の刺突を繰り出すのは難しい。

腰の入った一撃。

 

不意打ちなら危なかった――――というのも、先刻から美猴の体から沸き出していた見えない闘志を、ナインはその目で目視することができたゆえの回避である。

 

極限に至る一歩手前までのレベルに達した錬金術師の目は、意識して使うときにのみ一種の天眼に等しい状態になる――――とはいえ本物はこの比ではないが。

”力の場”の流動を肉眼で捉えること。

 

錬金術師は考えることを止めない生き物。 その思考は日夜止まらず、寝ている間も働いていると言われている。

目をつぶれば、第三の目が思考を始める生けるスーパーコンピュータ。

 

ゆえに、殺気、闘志、気配は容易に捉える。 それがたとえ――――気を自在に操れる仙術使いであってもだ。

 

「…………」

 

そのとき、棒のギリギリ先端を持った美猴の腕が伸び切った。

 

横に避けなかったのはこのためだ。

少し首を捻れば避けられた棒の刺突だったが、その後すぐに二撃目で、横薙ぎに払う暇を美猴に与えてしまいかねなかったから。

 

ゆえに後退。

そしてここからだ。 まず人間的に考えれば美猴からの追撃は不可能。

 

「では」

 

次はこちらの番だとばかりに後退していた足を止めた――――そのときだった。

 

「――――伸びろよ如意棒!」

 

突如、何もかも伸び切った美猴の如意棒が、不自然な動作をしながら伸びた。

純粋に伸縮した棒は、主の意志に基づき標的を追撃。

 

「これはまた奇怪な――――!」

 

ズドッ、と鈍い音が鳴る。

 

片手で風車の如く巧みに操る棒術から繰り出された攻撃は、確実にナインの顔面を捉えた。

しかも、尖りが無いと侮ることなかれ。

直撃を免れなかったナインは、そのままこの摩訶不思議な棒術に打ちのめされる。

 

「へっへへへ…………あ?」

 

打ちのめされた――――かに、見えた。

微動だにしない自分の得物に違和感を覚えた美猴は、予想外の光景に息を呑んだ。

 

「伸びる棒…………。 質量保存の法則も完全無視、厚みも変わらず。 棒とゴムかなにかを合成させたつまらない代物かと思いましたが、これはなかなか興味が出て来た」

 

己が顔面の目の前で、ナインが如意棒を掴み止めていた。

しかし止められてなお美猴はニヤリと笑って言い放つ。

 

「なんてな! んなことしても無駄よぉ、もっと伸びろ!」

「ふん」

「うぇ、避けられた!?」

 

棒先の延長線上から首を捻って避けると、面白いくらいに美猴の持つ如意棒は空を描く。 ナインは、鼻で美猴を笑った。

 

単細胞が。 同じ芸で二度も食うバカがいるかと嘲笑う。 この間美猴が伸縮能力で単調に突き攻撃をした回数二回――――同じ手は錬金術師には通じないと知るがいい。

 

首を捻っただけだ。

 

「それに…………喋り過ぎだ」

「のわわわ!」

 

掴んだ棒をそのままに、美猴の体ごと持ち上げ、振り回す。

 

(錬金術師のくせに、なんて腕力なんだよこいつ! 武闘派ってのは肩書きだけじゃねぇってわけかぃ!)

 

そのまま地面に――――棒ごと叩き付けた。 地面がへこむ衝撃に、美猴は苦虫を噛んだように表情をしかめた。

 

「うげ――――っかッ」

 

地に伏せる奇怪な棒は、痛烈な打撃により意思を途切れさせた主に従って粛々と元の長さに戻って行く。

靴音を響かせながらゆっくりと歩み寄ったナインは、拾い上げた美猴の如意棒で肩をトントンと叩いた。

 

「重畳」

 

良い挨拶だ。 やはりテロリストならこうでなくては。

初めに上下関係をはっきりさせるのは獣たちの通過儀礼――――テロリストが普通の挨拶などつまらない。

 

バタリと倒れた美猴は、しばらく地面に大の字のまま呆けていたが、にわかに笑いだした。 腹の底から、心底。

 

「うわっはははは、まじかぃ。 こりゃ参ったかなわねぇっ!」

「ダッサいにゃん、美猴」

「うるせーやい黒歌。 それよりヴァーリよ、よくこんな掘り出しモン目付けたな。 見た感じ、マジ人間じゃねえか。 ただの人間さまに近接で一本取られるたぁ思わんかったぜ」

 

ヴァーリは倒れて笑い転げる美猴の言葉を尻目に、ナインに向かって口を開く。

 

「悪かったな、ナイン。 ヤツがどうしてもというので、戦ってもらった。

なにぶん闘戦勝仏の末裔で、血の気が多い」

「ふーん、それでですか」

 

闘戦勝仏。 道教、仏教の天界に仙界、神や龍や妖怪や仙人など、虚実が入り乱れる一大伝奇の主要。

変わった喋り方と身なりはそのためか。 おまけに頭に付けた「緊箍児」、別称を”金剛圏”というが、それを付けていることで合点がいった。

 

目を細めたナインは、口角を上げる。

 

「斉天大聖――――孫行者――――美猴王。 その若さからすると、まだ孫悟空の子孫止まりと言うところですかね――――この呼び方はまだ早そうだ、猿の大将……クククっ!」

「お前よか年上だっつーの」

「そりゃ悪かった」

 

黒歌が横から割り入ってくる――――艶然と笑って。

 

「いやいやぁ、やっぱりナインは強いにゃー。 私の目に……いいえ、私の生殖本能に狂いはなかったってことにゃん」

「ナインよぉ、お前やっぱここらで俺っちに負けといた方が今後のためだったんじゃねぇか?

絶対お前から離れねェぞ、この万年発情期の猫魈は」

「別にそれは構わない…………ん、猫魈?」

 

美猴の言った最後の単語をそうナインが反芻すると、、彼は首を傾げた。

 

「およ、猫魈のこと聞いてねぇのか?」

「猫又としか」

「話さなかったわよ、猫又も猫魈もそんなに変わらないじゃにゃい?」

「変わるわ! 仙術の練度にどれだけの差があると思ってんでぃ」

 

美猴が片手で頭を掻くと、ナインに説明し出す。

 

「猫魈っつのは、猫又の……まぁなんだ、上位互換みたいなもんだ。

仙術、気の扱い方が尋常じゃねぇくらい超高度なんだよ」

「へぇ、じゃああのときも本気ではなかったと?」

 

マンションで戦ったときのことを、ナインは思い出す。 足を縫い止めようと迫り来る影が印象的だった、あの戦闘を。

しかし、黒歌は人差し指をチッチと振った。

 

「あのときは本気でキミを捕まえてお持ち帰りしようとしてたにゃん。 気に入ったらその場で誘って食べちゃうつもりだったし」

 

赤い舌を出し、なめずった。

ナインは美猴に向かって首を傾げる。

 

「食べるって?」

「そのまんまの意味だよ。 こいつが男を気に入るなんてことがあるときゃ、決まってそういうことを考える」

「言ったにゃん、ナインは私好みの男だってさ…………」

 

にゃー、とナインの手を取って自分の顔に擦りつける。 していることはそこらの猫と変わらないが、これが黒歌であるから妖しく、そして色気を感じさせるのだ。

 

「あなたも大概物好きだ。 こんな(・・・)ゲテモノ、普通の女性なら惹かれはしないよ…………」

 

するとそのナインの自嘲の言葉に、黒歌は肩を竦めた。

 

「…………キミってさ、自覚ないよねー。 ま、そこがまた味があっていいところなんだけど…………私、寂しがり屋だから、傍に置いてよ、ね?」

 

そう言い、パチっとウィンクする。

勝手にどうぞ、と返すナインは、嬉しそうに腕に飛びついて来た黒歌を受け入れた。

 

「他のお仲間さんは?」

「ルフェイとアーサーという兄妹がいるのだが、いまは二人とも出払っていてな、今日紹介できるのはこれだけだ――――俺はお前を歓迎するよ、ナイン」

「こちらこそ。 時にヴァーリ、テロリストとは言ったものの、このチームはそういった雰囲気が感じられないですね。 言うなれば…………そう、自由…………ですかねぇ?」

 

薄ら笑って言うナイン。

ナインのテロリストのイメージといえば、理性的な部分をほぼ持ち合わせず、敵対する組織に裏工作をしたり爆破テロを起こしたり爆撃を仕掛けたり爆弾を仕掛けたり爆弾で吹き飛ばしたり――――

 

「ほとんど爆弾だけじゃねぇかぃ! お前のテロに対する概念はボムることしか頭にねぇのか、カッカッカ!」

「にゃはははははッ、ボムるって、なにそれ美猴…………面白すぎにゃん! にゃははははお腹痛いー!」

「違うんですか? じゃあ、爆弾をプレゼント――――題して、プレゼント・ボム――――」

「紅蓮の、お前はまず爆弾という単語から離れろ」

「はーい」

 

ナインの肩に掴まって腹を抱えて笑う黒歌と美猴。 ここで改めてこのチームの”色”を知った。

いや、最初からこのチームに明確な”色”などないのだろう。

 

禍の団(カオス・ブリゲード)」の中で、各々の派閥から単独行動を許容されている派閥――――ヴァーリチーム。

 

「このチームにルールはない。 あるとすれば、同士討ちや仲間割れはタブーであることくらいか、それ以外は何をやってもいい――――なにをやっても」

「何をやっても?」

「ああ、何をやっても」

 

ただし、とヴァーリは続けた。

 

「トップ――――オーフィスの指令には従ってもらう。 体裁上、奴が現状のこのテロ組織の首領だからな」

「…………私は、爆弾作れて爆発できて…………吹き飛ばせればなんでもいいや」

「チームワークも大事だ…………とはいっても、俺たちは――――」

 

ナインから、美猴、黒歌と、ヴァーリは見回す。

 

「ほとんど独力でも役目は果たせるチームだと自負している」

「黒歌さんは、私を一度仕留め損ないましたけどね」

「にゃ! 意地悪ナイン!」

 

嫌味たらしく笑うナインの脇腹をツンツン突く黒歌。

ヴァーリはニヒルに笑った。

 

「その相手だったお前がこちらに付いた――――ノーカウントとしておこうじゃないか。 だが、俺も一度本気で戦ってみたい人間でもあるんだぞ? ナイン、お前は特に」

「いやぁ、ふふ…………まぁいずれね」

 

ヴァーリの何気ない宣戦をさっと躱すナイン。

そもそも、ナインはヴァーリほど戦闘に欲を出す方じゃない。

 

ナインの後を付いて行こうとする黒歌に、耳元で囁かれた。

 

「振られちゃった、ヴァーリ。 私のときと逆ね」

「保留さ。 いずれ……そういずれ必ず戦うさ――――ヤツをその気にさせてみせる」

「じゃ、どうしてナインを仲間に引き入れたのよ。 敵同士の方が戦いを仕掛けやすかったと思うけど?」

「仲間からの方が戦いやすいから……かな」

「マーキングってこと? ワンちゃんみたいで面白いにゃん」

「…………」

「うそうそー。 そんなに睨まないでよヴァーリ」

 

おちゃらけた黒歌に溜息を吐くヴァーリ。

彼女はぴょん、と可愛らしく跳ねるとナインの背中に飛び付いていく。

 

その和服の背中を一瞥すると、ナインたちの仲睦まじさ(?)を遠目で面白そうに観察する美猴に言った。

 

「さて美猴、アースガルズの連中と一戦やりに行こうか」

「お、やっとか。 了解よ…………つっても、あいつらいいのかぃ?」

 

親指で、部屋に戻って行くナインと黒歌を指して聞くと、ヴァーリは短く笑った。

瞑った瞳を開かせる。

 

「ナインと黒歌には、この拠点を守ってもらう。 なに、あの二人なら急場な時でも冷静に対処できるさ」

「うぇ?」

「アースガルズから、攻勢部隊として派遣されてきているそうだ。 だから、俺たちはオフェンス、あいつら二人はディフェンスだよ」

「こっちゃこっちで敵に釘付けとく……ってか」

「そういうことだ―――行くぞ」

 

何も無い空間からまるで眼のように裂けた先に二人は入って行く。 その空隙の先にある異空間とも呼べるものは、二人が入り込んだ瞬間に閉じ始め、やがてなにも無かったように消えて無くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまた広いところだ。 このような穴場があるとはね…………各地を放浪するあなたたちに一定の本拠があるとは思いませんでした」

「いまはちょっときゅーけーちゅーよ。 日本(ここ)で現赤龍帝が目覚めたって聞いたから飛んできたの。

しばらくは居座ることになる私たちのアジトだから、しっかり覚えてね」

 

にゃん、と招き猫のような仕草をして言う黒歌は、近くのソファーにダイブする。

前住んでいたマンションの一室よりもさらに大きい造りだ。 いまのところ判明しているヴァーリチームのメンバーは、リーダーを除く、ナイン、黒歌、美猴、そして姿の見えないルフェイとアーサーなる兄妹たち。

 

六人だが、それでもこの建物は有り余るほど大きい。

内心、寝床をわざわざ探さずに済んだと、ナインは得した気分になった。

 

では尚更、自分の持っていたお金は要らなかったのでは、と呟く。 その言葉に反応した黒歌は、聞き捨てならないという風に和服の中からさっき受け取ったナインの通帳を取り出した。

 

「…………いま、どっから出したんだよ」

 

そんなナインの言い分も無視して、黒歌は通帳を開いて言った。

 

「こんな大金、三大勢力にくれてやるのは勿体ないにゃん。 そもそも、あいつらにお金なんてもの必要無いんじゃにゃい?」

「まぁ確かにそれは思うところがありますね」

 

建物の修復にも、増築にも、人間界で大金を使う事のほとんどを、あれらは魔法で解決してしまう。

言われてみればそうであると、ナインは納得した。

 

「あーとはー」

 

そう言いながらさらに、今度はナインの財布を和服の中から取り出す黒歌。

ふん、とくだらなげに鼻を鳴らすナインに気付くと、にやにやと押し迫った。

 

「私、ポケットないから仕舞えるところに仕舞っちゃうの、ごめーんにゃ。 おっぱいの中なら、落ちないでちゃーんと収まってくれるでしょ? ほらほら~」

 

見せ付けるようにその財布を、再びその深い谷間にスポッと放り入れた。

上手い具合に谷間に引っ掛かったナインの薄い財布は、すっかり黒歌の乳肉に沈み込む。

 

「まぁ、おっぱいが大きくないとできないことだけどねー」

 

目を細めて妖しく微笑む黒歌が、ナインの顔を覗き見た。

 

「いま沈んじゃった財布…………キミの手で取り出してくれないかにゃーダメかにゃー?」

「仕方ないなー」

「え――――」

 

その直後、ナインはなんの前触れも無く黒歌の胸の谷間に手を突っ込む。

まるでくじ引きの箱に手を突っ込む感覚で事も無げにまさぐり出した。 おそらく、そういった行為をしているという自覚はあるが、そのことについてはなんら一切微塵も感じていない、無論、劣情をもこの男には無感なのだ。

 

「あ、ちょ…………ホントに突っ込んじゃった……」

「嫌でしたか?」

「べ、別に嫌じゃにゃい……けど、すっごい自然に入って来るわね、ナインは――――なんとも、思わないの? あん――――!」

「あれ、無い。 あなたの乳房は本当に……四次元空間かなにかですか」

 

むにゅりむにゅりとあらゆる形に変形していく黒歌の胸をまさぐるナイン。

 

彼女の乳房は、あのリアス・グレモリーや姫島朱乃にも勝るとも劣らずの巨乳で、いまでも現在進行形で発育が進んでいる。 極上の躰と言っても遜色は無い。

 

猫魈でもあり、悪魔でもあり……考えてみれば黒歌は、人間を堕落させる生き物として二乗の淫靡さを備えている。

そんな巨大な乳房の中、あのような薄い財布を探り当てるのは…………

 

「ちょ…………待ってナイン。 あ、あまり触られると…………」

「いやこっちこそちょっと待ってください、あと少しで――――」

 

如何せん、大海のような胸の中、乳の圧力を掻き分けながら進まなければならなかった。

しかしナインはあと少しのところで腕を巨乳から抜いて、無表情で黒歌に抗議した。

 

「やっぱダメだこれ。 自分で取ってください、黒歌さん」

「はふぅ…………ちょと……い、いいかもにゃぁ~」

 

呆けている黒歌は、意識をどこかに旅行をさせてしまっていた。 無頓着で無感な男とはこういうものなのかと、改めて思い知った。

 

「にゃ~…………にゃ!」

 

ハッと気づいた黒歌は、つかつかとナインに近づく。

頬を赤くして胸をポコポコ叩き始めた。

 

「女の子のおっぱいの中をあんな手で触るなんてひどいにゃ、ナイン!」

「む……私の手、汚かったですか?」

 

そう言って自分の手を見るナイン。 黒歌はぶんぶんと首を横に振った。

 

「そういう意味じゃないにゃー、もうっ」

「?」

 

首を傾げるナインの頬を片手でぐに、と引っ張る。

 

「まるで箱の中にある物を探し当てるみたいに突っ込んできて…………」

「いやぁ、くじ引き感覚でやらせていただきました」

「もっとこう、どうせならロマンチックに揉んで触って欲しかったにゃー! あんにゃ心の篭ってないおっぱいの触り方初めてにゃん! 触られること自体初めてだけど!」

「胸をまさぐらせている時点でロマンチックもへったくれも無いと思うのですがね」

 

なに言ってるんですか、と苦笑するナイン。 黒歌は仕方なく自分の胸の谷間から財布を取り出した。

 

「ナインを落とす道程は険しそうだにゃー、あやばい……ちょっと心折れそうになってきたかも………………」

 

引きつった笑みを浮かべながらそう言う。

だが、すぐに楽観的な笑いが込み上げてきた。 ナイン・ジルハードという男はこういう人間だ。

何をいまさらなことを言っているのだろうか、と。

くすりと笑った黒歌は、自分の手を見て首を傾げるナインにすり寄った。

 

「ま、でもこういうのもたまにはいいかにゃー。 最近血ばっか見て来てるから…………」

「ほぅ、テロリストでも限界はあると?」

「当たり前にゃ。 私はもともと猫魈…………男を誘惑して、子作りしまくっちゃう生き物だもん。

だったら、気に入った男とこうしてバカやってるのもいいにゃーて…………」

 

ヴァーリじゃないけど、私もいずれ必ず…………と、黒歌は声のトーンを低くして呟いた。

そんなことはナインには聞こえないが―――――ぽす、と彼の胸板に額を預ける。 このときもまた、彼の両手はポケットに入ったままだった。

 

「私も、もしかしたらあなたは良い相棒なのかもしれない」

「おお!? 早くもフラグの予感!」

 

ピコンっと猫耳を立てる黒歌。

 

「あなたは見ていて気持ちのいい女性だ。 快活で、明るくて、面白い。 私をからかおうとして空回りする様も可愛げがある――――細かくなくて、気を遣わずに済むしね」

「なんか、バカにされているような気がしなくもにゃいけど…………」

「私の錬金術を見ても、残酷だ非人道的だなどとギャーギャー五月蠅く喚く人でもなさそうです。 修羅場、戦場経験のある女性を傍に置くというのは……非常に良い」

 

両手を合わせ、前にゆらりと出す。

 

「そして、もうすでにここに誰かが来ていることを見通しているのも…………私の相方として適任だ」

 

それに合わせ、黒歌も横目で部屋の―――詳しくはこの建物の入り口に視線を向けた。

 

「いるねぇ、アースガルズの別動隊かも。 ねね、私たちのアジトがバレちゃ後々面倒くさいし、こっちから出張っちゃおうか?」

「それは私も考えていました」

 

黒歌は擦り寄ったまま嬉しそうに喉を鳴らす。 時至れり。

 

「私たちいま、以心伝心」

「というか、アースガルズ?」

「ああ、ナインは知らなかったにゃ? ヴァーリたちがいま、アースガルズの神話勢相手に戦ってる。 まさか私たちにも向けられてたとはねぇ」

「では行きましょうか」

 

りょーかい、と。

和服を着直しながらナインに続き部屋を出て行く。

今宵は戦乱の宴か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいヴァーリ、こっちにゃ弱っちぃ奴らしかいねぇぞ? どういうことだ!」

 

「もしかしたらと思ったが、裏をかかれたか…………オーディンの姿も気配も見当たらない」

 

「あっちは主神オーディンがオフェンス!? んなばかな! 北欧の主力ナンバー1が本拠にいねぇとか…………!」

 

「攻めは守り――――オフェンスはディフェンスと戦う…………こいつらは雑魚同然だが、如何せん数が多すぎる」

 

「俺っちたちが出るって解っての人海戦術かよ、アースガルズもよくやるねぃ」

 

「本命は黒歌か…………?」

 

「アースガルズが仙術を欲しがった話は聞いたことねぇ…………あ」

 

「!…………紅蓮の錬金術師か!」

 

 

Ásgarðr: Óðinn. Valkyrja.




先日、セブン〇レブンでくじ引き引いたら、普通に買った商品と当たった賞品が同じでダブった件について。
納得いかんと内心思っていたが、「同じものっスねwww」とノリの良さそうな店員に言われたから、「俺のくじ運、すげーっしょ?(震え声)」と調子乗って帰った。

家に戻ったら恥ずかしさで死にそうになった。

※この物語はノンフィクションです。


さて、それよりも逆卍だ諸君。 そしてナインは現代ドイツ人である……っつっても別に直接的な関わりはないけど。

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