紅蓮の男   作:人間花火

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30発目 本音と建前

かつての生い立ちが、混濁する意識の中でナインの頭に過っていた、いや――――映っていた。

浮遊感を感じさせるこの空間で、彼はすぐにここが自分の中なのだと…………なぜかこのとき、気持ち悪いくらい冷静に確信できていた。

 

「へぇ」

 

短く、淡泊にその爬虫類のような口が裂けて声が漏れる。

それが嫌に鮮明に映し出されていたからか、これが走馬灯なのかと、半ば関心しながら未知の体験を一つの己が経験値として吟味していた。

 

(だが、違う)

 

走馬灯は人間が死に際に見る心理現象の一種だ。

こんなことで…………犬に噛まれた(・・・・・・)程度でこの命尽きるはずなど無い。

 

生き残れば勝利。

勝利だろうと敗北だろうと、ナインの中では、死ぬことこそ人生における敗北そのものだという持論を持っている。

 

敗けても生きながらえれば、それは勝利。

勝っても死ねば、それは敗け。

 

もっとも、敗けたなら、それなりに反省することなど童子でもできることゆえに、ナインの中ではそれは当たり前になっていた。 更なる技術の飛躍を追求し、進歩して突き進む、終わりなど無い。

 

この際、生き残り方(・・・・・・)など二の次だとすら思っている。

 

確かに、信念も理念も無く無様に生き汚く生きようとする他人を見れば、罵倒の一つも浴びせたくなる。

たぶんだが、そういうのが目の前にいたら躊躇いなく吹っ飛ばしている。

 

貴様、生きていて恥ずかしくないのか。

生き恥を晒すのが嫌なら死ね。

貫き通せない生存など意味など無かろうよ。

 

そう、思う。

 

だが、それでもいいというなら、無様でも生き残ればいいというのならそれはそれで、アリなのだと思う。

なぜなら、そこでそいつが生き残ったらそれは、世界がそいつの生存を許したと言う事に他ならないのだから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい? 美猴、あと大丈夫だと思うけどヴァーリも」

「分かってらい、そう何度も言われんでも覗きなんぞするかぃ」

 

部屋のドアの前で和服の美女が、そうへらへらする猿のような男を睨み付けた。

視線に不信感を乗せたまま、豊満な胸の下で腕を組んだ。

 

そこに、銀髪の少年が背を向けたまま口を開く。

 

「俺はそういうことには興味が無い、大丈夫だ。 美猴に関しても俺が一応の目を光らせておく」

「そ、ありがと」

「お前は常時裸みたいな恰好だからねぃ。 いまさら見てもなんとも思わんつーか」

 

にやにやしながら言う猿――――美猴。 その生意気な鼻っ柱をグーで弾いた。

 

「あいだぁっ! な、なにすんでぃこのヤロー! 気を込めんな気を!」

「これは半裸っていうにゃ」

 

喚き立てる美猴を無視して扉を閉めた。 部屋の奥を見れば、ナインがベッドに横たわっている。

 

「とりあえずの応急処置、感謝しますよ――――おっと、剥がれてしまった」

「………………」

 

まるで工作でもするように、自分の肉の見えた腕の皮を再度貼り直し、覆った。

 

北欧神話勢、オーディンとフェンリルとの戦いで致死の重傷を負ったナインは、あれから三日間寝たきりだった。

無言でナインを見下ろす黒い和服、黒歌と、先ほどの美猴の仙術でなんとか一命を取り留めたのだが。

 

しかし…………

 

「まだ、フェンリルの爪で殴られた箇所は再生していないみたいね…………」

 

患部を見詰める黒歌に、ナインは弾け笑う。

 

「ははっ! まぁでしょうよ、あの爪と牙は次元が違いました。 考えてみれば、神をも殺せ得る武器が、人間に対して使われたら結果どうなるかなど容易に想像できますよねぇ。 下手をすれば空間も噛み千切れる――――それであの速度域――――反則だ、敵いませんよ」

 

肩を竦める。

 

「…………痛くないの?」

「あー痛い痛い」

 

ぶっきら棒な反応に、呆れるように黒歌は溜息を吐いた。

 

「無痛症でもないわよね、やせ我慢?」

「そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「なによそれ」

 

頭をガシガシと掻いてナインは黒歌と視線を交わす。

 

「やせ我慢みたいなものなのかもしれない。 痛い、確かに痛い。 死ぬほど痛い。 だが、この痛みが後の私の糧となると思うともう嬉しくてね」

「頭おかしいにゃー。 それに、痛いで済むはずないんだけど…………」

「…………一の実践は千の座学に匹敵する。 錬金術は進歩する。 そうして技術は進化する、油断なく。

そう、油断などしていられないのですよ。 だから、泣き事は死んでから言う事にしているよ、私は」

 

人間は弱い。 痛みを感じれば痛いと言うし、その先をやる気も失くす。 本能だ。

 

「まぁ、私の無痛症疑惑は置いておいて、これから何をするつもりなんですか? 黒歌さん」

 

いま、この部屋には黒歌とナインの二人だけ。 ベッドで見ていたが、わざわざあんなに釘を刺してまで他男二人に言い含めている、その意味とは。

 

丸椅子に座った黒歌は、訝る様に眉を寄せるナインの顔を見詰める。 一拍置いて口を開いた。

 

「仙術でナインの傷を全快させるにゃ」

「…………ほう、手術ですか?」

「まぁ、そんな感じ」

 

そう言うと、おもむろに黒歌は自分の服を脱ぎだした。 スルスルと布の擦れる音が部屋に響き、極上の躰が黒い和服から解き放たれた。

 

巨乳が姿を現す。 まろびだされた反動で柔乳はたゆっと揺れ弾み、やがて安定する。

「爆乳」と言っても何ら差し支えない双乳、なのに決して垂れることはなく美しい半円を描き、

一呼吸ごとに微かに揺れその度に服の上からも確認できた大きさの割に控えめな薄桃色の突起がさりげなく自己主張する。

 

重たそうな外見とは裏腹に、重力に負けずに突き出る黒歌の胸。

ガラにもなく頬を染めると、チラリとナインを見た。

 

「…………どうしました、服なんか脱いで」

 

失礼極まりない男である。

 

「相変わらずねぇ」

 

そう苦笑しながらベッドに上がり始めた。

ぎし、ぎしと生々しい音を立てながら、その音の主はついにナインの上に跨る。

 

仰向けのまま顔色一つ変えないナインに、黒歌は不満も漏らさずに続行する。

そう、この時点ですでに黒歌の仙術による治療は始まっているのだ。

 

「いまからするのは房中術…………もっとも、最後まではやらないけどね」

 

長く艶のある黒髪を両手でたくし上げると、髪で隠れていた巨乳が再び露わになる。

首から鎖骨にかけ、そしてそのすぐ下に急角度ながらも膨らんだ揺れる乳房。

男なら誰しも憧れる絶景は、いま房中術という大義名分を得て現実に顕現したのだ。

 

「ナインの胸板…………かたぁい」

 

しなを作ってそう言いながら彼の胸に両手を突く。 その動作により寄せられて深くなる陰った谷間。

不敵に妖艶に笑んで男を惑わす魔性の瞳は、比喩ではなく妖しく光る。

そして、そのまま上体を傾けていった。

 

間違えないでほしいのは、大義名分を得たのは男の方でなく女である黒歌の方なのだということだ。

いままでナインを誘惑し続けてはや一ヶ月。

 

実りも無い二人の関係。 実ったのは黒歌の胸だけだ。

しかしここに、”やむを得ない事情”を持って、黒歌はナインの引き締まった躰に触れることを許された。

 

「仙術による治療は、気を対象の患者に送り込んで操作することで完遂するわ。

生命エネルギーかしらね。 そのためには、こうやって躰と躰を密着させて…………」

 

胸板で厭らしく潰れる胸、同時に黒歌の両手がナインの顔を両側から挟んだ。

 

「こうすることで治療するのよ、仙術って。 他には心霊医術とか、素手で患部に気を送り込んで治す技術もあるんだけどね。 私はそんな技術持ってないし、実際やってるバカも見たことないけど」

「なるほど…………しかし、こんなことをせずともできたのでは? 私が重傷を負ったとき、あなたと美猴は私にそういった術を施した」

「こうした方が、何かと都合がいいのよ…………二つの意味で。 よく効くのは本当よ?」

 

ふーんと、素っ気ない返事をするナイン。

身じろいで、二人の躰は隅々まで擦れ合う。

 

「おお…………」

 

エネルギーが躰に送られてくるのが解った。 それにより互いの血は温まり、そして自然と躰も熱を交換し合う。

汗の水玉が黒歌の胸に垂れ、それが下にあるナインの躰に染み込んでいく。

 

すると、しゅる、と流れるようなしなやかな動きで片足同士が絡んだ

 

「あはぁ…………んっ…………」

 

自分の上気した顔を、黒歌は隠すようにナインの首元に埋めた。 横目でそれを見たナインは、未だ無味乾燥な態度を貫き通している。

 

「ていうか、さぁ…………はぁ、は…………ん」

「なんですか」

「ホント、なんの反応もないのね、ここ」

 

至近距離で見つめ合ったまま、黒歌はナインの下腹の少し下を撫でた。

 

「まぁしょうがないでしょう」

「こんな密着してるのに、なんともないとかつくづく憎たらしいにゃん。 まぁ、そこが張り合いあって面白いんだけどね。 手玉に取って操るのも面白いけど、それじゃつまんないって思えてきたのよねぇ、最近」

「良いことだ。 それはあなたが今と違った刺激を求めている証拠だ。

性的不感症のような私を相手にしたあなたはいま間違いなく”わくわく”しているはずだ」

「でも、私だって頑張ってるんだからもう少しご褒美があってもいいわよね。 じゃないとやってらんないにゃん、私だって機械じゃにゃいんだし」

 

ぷぅ、と頬を膨らませる黒歌。 それが普通だろう。 脳内が常時ピンク色の彼女からしてみれば、この状態はお預けだ。

まだ時間はかけられるが、ナインの肉体が驚くべき速度で黒歌の気を受け入れ続けているため、通常の倍は速めに治療は完了するだろう。

 

「これね、順応性も求められる治療なの。 すごいにゃー、どんどん私の中の気がナインに吸い取られていく」

「あなたは? 大丈夫なのですか?」

「気が0になったら一日寝ればいいだけだし。 第一、私の力がそうそう全取りされることはないと思うにゃん。 ていうか、心配してくれたの?」

 

期待の色が瞳に宿った。 悪戯っぽく八重歯を僅かに覗かせる。

ナインは鼻で息を吐いた。

 

「これで私が回復して、あなたに倒れられたら面倒だ。 今度は私がそこに座る事になると思うと、退屈で死んでしまいそうです」

 

ん、と顎でベットの傍らに置かれる丸椅子を指した。 黒歌はまたしても嬉しそうに躰を揺らす。

 

「傍にいてくれるにゃん? じゃ、倒れちゃおっかなぁ。 あ~、眩暈がするにゃ~」

「冗談でもやめなさい」

 

ケラケラと上で笑う黒歌。 すると、佳境に入ったのか先ほどより強くナインを抱きしめた。

 

「それにしてもすごいなぁ。 あなたにこんな力があるとは」

「いいでしょ? 結構便利なのよ」

 

加熱された男女の躰は、もはや汗だくでサウナ状態になっている。 息を荒げる黒歌は、埋めていたナインの胸から顔を上げる。

 

「ねぇ…………ナイン」

「ん?」

「感謝してる?」

「…………ええ、まぁ」

「じゃ、ここでキスしてよ」

 

舌なめずり。 おそらく、ここでナインがノーと言ってもする気満々のこの万年発情猫。

ナインが下、自分は上。 いましかないと、黒歌はこのときに勝負をかけた。

 

事実、ナインはいま身動き一つ取れない。 それは黒歌に跨られているということを差し引いても、仙術による治療で一時的な肉体的仮眠状態にあるためでもある。

 

「イエス、ノー。 どっち? ああ、ドイツ語でそれは”Ja(ヤー)”か”Nain(ナイン)”だったっけね。 ノーってナインなんだ、なんか面白いね」

 

いつの間にか両手でナインの顔を挟んでいた。 程よい肉厚の唇が、ナインの頬を撫でた。

答えには制限時間がある。 両頬にキスを終えたら、本番なのだろう。

 

いままでこの私に振り向かなかったその顔、無理やりにでも――――

 

「構いませんよ。 減るものでも無し」

「おお? まさかのオーケーサイン、じゃいいかにゃ?」

「お好きに」

 

黒歌の目が通常より少し大きく開いた。 ゆえに一瞬驚いたのは間違いないのだろう。

ノーと答えると思っていた彼女は、最初から答えを待つ気はなかったのだが…………予想外に嬉しい誤算に、事を急く必要がなくなった。

 

いままで抑えていた猫又の情欲の色が、色濃く出始める。

 

「ん…………」

 

予想外ではあるが、結果としては黒歌にとっていい方向に転んだ。

そこからは、タガが外れる。

 

瞳が赤く光った。 黒歌ほどの猫又になると己が情欲をも操作したりできるというのか。

最初は触れるだけだったお互いの唇は、やがてさらなる甘美の奥を求める黒猫の舌先によって一方的にこじ開けられる。

 

唾液をたっぷりまぶした舌が、ナインの口内を縦横無尽に駆けめぐり始めた。 そのたびに黒歌の顔が揺り動かされ、濡れそぼった朱唇はそれを濡らしていくように這い回る。

 

いままで釣れなかった分まで、その甘いフェイスに…………。

そう黒歌は躍起になって彼の口に吸いついていた。

 

このときばかりはナインも空気は読んだ。 目を瞑る。

 

「…………ちゅぷっ。 知ってる? 仙術の治療には粘膜接触が一番効果的だって話」

「…………冗談を」

「うん、ウソ♪」

 

再び落とし込まれる唇。

それほど情熱的ではないが、厚みがあり、じっくりとしていた。

 

ピッタリと塞がった互いの唇は、口腔内で濡れた舌同士ががっちりと繋ぎ止められていて離れないほどだ。

そして離れる際もゆっくりだった。

 

妖しく光る銀色の糸は、二人の間に一つの橋を渡すとやがて落ちる。

官能の極致を行く黒歌のキスは、ナインの頭をピンク色に染めようと必死になっていた。

 

「ぷはっ。 ふふ、こうして受けてくれてるのを見ると、満更ではないってことなのかにゃ?」

「さてね。 しかし、あなたも見て分かる通り、私のここは猛る兆しがない。

あなたは美人だ、男のツボをこれでもかと知り尽くしている悪女だよ。 だが私にとってはそれだけだ――――やはり足りない」

 

勝ち誇るように顔を覗いてくる黒歌がその言葉でむっとした。 胸板にしなだれる。

 

「まだ堕ちてくれないんだ…………ふんっ、いいもーん、まいったって言うまで纏わりついてやるにゃー!」 

「…………蓼食う虫も好き好きか。 なんにせよ、一つのことに没頭することは素晴らしぷ――――っ」

 

その瞬間、黒歌の豊満な乳房がナインの口を顔ごと塞いだ。

 

「にゃっはははは! 素晴らしぷ――――だって! にゃはははっ!」

「………………」

 

頭を抱えるようにして放たれた黒歌の胸は、見事にナインに炸裂していた。 柔乳が隙間なく彼の顔を挟み込むと、苦しいと言わんばかりにナインの手が乳房を掴んでどかす。

 

「やぁん…………怒った?」

「これくらいで憤慨していたら私、いまごろ憤死してますね。 そうでなくとも、あなたの相方などとっくの昔に辞めている」

「一応相方って思ってくれてるんだ…………へー、嬉しいにゃー」

 

ぴょんと、ベッドから飛び出す。

それと同時に体を起こしたナインが体の調子を確かめるように、手を握ったり開いたり。

 

にわかに、口元が不敵に割れた。

 

「…………」

 

胸を強く叩き。 筋肉、骨に至るまで外的肉体の具合も診る。

最後に、首を回す――――後ろで手を組む黒歌に向いた。

 

「ふむ…………良好」

「当然にゃ、ふふん」

 

そう得意そうにサムズアップしたのだった。

 

 

かくして紅蓮の男は傷を治し全快する。 黒猫の気を糧として復活を遂げる。

 

さぁ再開しよう、忘れられない爆音を力の限り鳴り響かせ、爆撃の爪痕をそこに残そう。

挑む価値がありまた死ぬ価値もある真理への道程はまだ遠いが。

 

辿り着いたときはきっと、それはもう素晴らしい快感を得ることができるだろうから…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命令に反したフェンリルに対し、独り自問するロキ。

 

 

 

 

「なぜだ我が息子よ…………なぜあの男を生かした?」

 

「分からぬ。 お前が私の命に反したことなど一度足りとてなかったというのに…………」

 

「オーディンの言うには、殺す一歩手前でその牙を止めたというではないか」

 

「あの男には何かがあるというのか?」

 

「あの男に、何を見たのだ――――息子よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた!」

「エッチなのは禁止です」

 

少女の正拳により窓の外まで吹っ飛ばされる少年がいた。

ここは駒王学園旧校舎――――通称オカルト研究部の部室。

 

「い、イッセーさん! 大変!」

 

そのまま川にホールインした少年を助けに、金髪の少女が部室を出て行く。

ナインの居る陣営とは打って変わり、この場は至って平和な学園。

先ほど不可抗力ではあるが下着を見られた銀髪の少女――――塔城小猫がスカートを直して茶をすすった。

 

「あらあら、イッセーくんたら、また小猫ちゃんを怒らせて…………」

「相変わらず過ぎて安心するけれどね」

 

紅の髪を揺らし、思案に耽っていたリアスが苦笑した。

 

「そういえばリアス部長? 駒王学園はこれから夏休みに入りますが、帰る(・・)予定はありますの?」

 

黒い髪を後ろで束ねた―――ポニーテールの女性、朱乃がそう聞いた。

そうだ、学園の行事も大事だが、これから始まるであろう長期の休みに学園の課題以外にもやっておかなければならないことがあったのだ。

 

リアスが思案していたのはこのことである。

 

「ええ、すでに計画はしてあるわ。 例年通り、夏休み初日にこの地を出発することにしているの。

ちょうどこの後イッセーが川から戻ってきたら話そうと思っていたのよ」

 

すると、向かいのソファーに座る金髪の少年、祐斗の顔が引き締まる。

 

「部長、今回はただ戻るわけではないんですよね?」

「…………そうね」

 

禍の団(カオス・ブリゲード)」。 ヴァーリ・ルシファーの他に現れた新たな強敵。

炎を纏った紅蓮の男、ナイン・ジルハード。

 

それらに対抗する力を、少しでも早く付けなければならなかった。

夏休みなどでは当然補える力量差ではない。 いまも彼らは強く成り続けているのだから。

 

祐斗の表情が陰る。

 

「僕は、会談のときに思い知りました。 いままでどんな困難にもめげずに立ち向かって、最終的には勝利を掴んできたあのイッセーくんが手も足も出なかった」

「…………」

「レイナーレとの戦い、フェニックスとの戦い、コカビエルとの戦い、どれを取っても目を見張るほどの上達ぶりを見せてくれましたわ」

 

そう、いままで戦ってきた相手は、どれも格上。 それにも関わらず勝利を収めてきた一誠が、彼女たちグレモリー眷属が見る一誠の姿。 それが今回敵わなかったことが、皆予想外だった。

 

「エッチなことでパワーアップするのは最低ですけど」

 

小猫の言葉に、全員苦笑いしながらも肯定する辺りそうなのだろう。

 

「そうだな、なんていうか、ありゃ冗談が通じない男だわ」

 

部室の扉の向こうで声がする。

全員が視線を向けると、アザゼルが居た。

 

相変わらず悪そうな笑みで部員たちを見回す。 

 

「いやある種、冗談は通じる男なんだろう。 他人の考えにはあまり口を出さない男みたいだしな、ナインは」

 

一際大きい、社長椅子のようなものにドッカリと座り込む。

 

「だがそれでいて自分の考えはブレさせない。 イッセーの一番苦手なタイプだろうよ。

あいつの長所は、そのエロい思考で相手を惑わし、完全に自分のペースに誘い込めるところだ」

 

しかしだ、とアザゼルは頬杖を突いた。

 

「今回もその戦法だった。 本人は無意識だろうが、そら、リアスの乳がナインの錬金術で爆発しちまうってんで、パワーが上がっただろ」

「こ、こんなときにまでふ、ふざけないで頂戴アザゼル!」

 

顔を赤くして抗議するリアス。 そうであろう、誰にも知られたくない経験である。

しかしアザゼルは笑みを崩して真剣な表情でリアスを睨む。

 

「ふざけてなんかねぇさ。 そうやって、リアスのように『こんなことは有り得ない』と、イッセーのエロパワーに真正面から向き合って認めなかった奴らが、いままでイッセーに倒されてきたんだろ?」

「…………!」

「当然だよなぁ、あんなふざけた力、最初は誰も認めやしないさ。 ヴァーリですらそうだった。

だがナイン、あいつは違った」

 

冷たい瞳のあの男。

 

「イッセーの”力”を認めた。 思想は賛同できなくても、それが己が意志を貫くために必要な力だったからナインはそれを認めた。 恐ろしい男だぜありゃぁ、油断のねぇ男ほど隙は見付け辛い。 現時点でイッセーの最大の敵ってわけだ」

「そんなに…………?」

 

いくらなんでも過大評価だろう。 リアスはそう訝って、アザゼルの顔をその紅の瞳で細めて見た。

すると、書類のような束を渡された。

 

「これは…………?」

「さっきまでアースガルズの連中と連絡を取り合ってた」

「アース…………北欧の神々と…………!?」

 

目を見開いて驚愕するリアス。 なぜいまこのタイミングで、いままでそんなことは無かったのに……!

アザゼルも察して頷く。

 

「珍しくあちら側から接触してきた。 主神オーディンのジジイからの報告だ」

「オーディンさまから…………」

「会談が終わってしばらく後だ――――さっそくナインたちと遭遇したってよ」

『―――――!』

 

一同に電撃が走った。

 

「戦ったんですか?」

 

祐斗の問いに、アザゼルは大きく頷いた。

 

「…………まさか、北欧の誰かがやられた?」

「それはない、だが死者も0。 オーディンのジジイはグングニルも出した、これがどういう意味だか解るか」

 

ぶるっ。 寒気がする。

 

「ジジイがグングニルを出しても殺せなかった。 いや、神相手にケンカ振っかけておいて生き残ってるのが異常なんだよ」

 

リアス眷属の初期メンバーは、北欧の力を十分承知している。

何度か顔も見たことがあるし、そしてそれだけで圧倒的な経験と次元の差を見せ付けられた覚えもあった。

 

「オーディンさまといえば…………その…………」

 

言いづらそうに朱乃が口を開いた。 それにアザゼルが答える。

 

「人間界に降りてはおっぱいパブとかその手の店に足を運ぶエロ神ジジイだ」

「でも、一度そのグングニルを手に持てば並大抵のことでは止められない」

 

性格はさておき、基礎能力や頭の回転力、さらにはグングニルという規格外の武装でその名を轟かせている歴戦の老将だ。

何より神という肩書を持つ限り、その力は魔王に並ぶ。

それに相対し、生き残る。

 

「どんな手を使ったかも分からんが、間違いなく会談のときに見せた力より強い」

 

それと、と、近くに黙り込んでいたイリナをアザゼルが引っ張った。

ナインの話が出てから黙していた彼女だったが、アザゼルの目配せで握っていた物をリアスたちに見せる。

 

「…………卍? いや、逆卍ね」

 

それは、十字架が形を変えた逆卍の紋章。

イリナはあのあと、これがなんなのか、何を意味するのか考えようともしなかった。

ただ、ナインの残したものとして、身に付けていようと思っていたのだが…………

それをアザゼルが指摘した。

 

「最初は、これを見たときなんでもねぇこいつのただの趣味かと思った。 ナインの残した物だって言うから、それ以上なにも聞かなかった」

 

逆卍の紋章をイリナに返す。

 

「けどあのナインがだ。 あの紅蓮の錬金術師が、なんの意味もなくただの趣味嗜好でこんなモンを持ち歩くはずがない」

 

爆発に関しては見境がないが、と付け加えた。

 

「それがなんの意味を…………?」

「こいつは、ハーケンクロイツ。 半世紀以上前の話だ、まだ世界が戦争の真っ只中だったころの話。 お前らが種にもなってねぇ50年以上前の戦争――――」

「50年以上前…………戦争? 太平洋戦争かしら?」

「惜しいな、その少し前だ、リアス」

「…………! 第二次世界大戦? でも、それと、その紋章と、ナインとなんの関係が」

 

思案するリアスが首を傾げる。 当然だ、誰もかれもいまの人間がその紋章を見てもピンと来ない者には、誰かに言われなければ分からない。

 

だが、ヨーロッパ圏に居た彼女なら…………

 

「ナチス・ドイツだな、それは」

 

ゼノヴィアだった。 生粋の元カトリックの戦士が口を開いた。

アザゼルがニヤリと口を歪める。

 

「ああそうだ――――いま、ナインの身元を隅々まで調べさせている最中だ。 リアス、お前の兄サーゼクスにも協力してもらっている。

ミカエルは教会の未整理文書庫にまで手を伸ばさせている」

「まさか、ネオナチか?」

 

ゼノヴィアのその問いに、アザゼルが首を横に振った。

 

「んな大々的なものじゃない。 もっと小さい。 そもそも集団ですらありはしない」

「じゃあなにが…………」

「ナインの家系の祖父の代が、当時のナチス・ドイツの親衛隊員だったことが解った」

 

しかし、リアスは首を傾げる。

 

「よくそんな早く情報を手に入れられたわね?」

「当然だ、リアス部長」

 

ゼノヴィアが割って入った。

 

「あいつの祖父は第二次大戦後、キリスト教に帰依している。 なぁイリナ」

「うん。 ナインが投獄されたとき、その手の情報は周囲に知れ渡ったの」

 

教会の戦士だった二人が知っているのなら、アザゼルが知らないはずがない。 現にアザゼルは驚きもせず二人の話を聞いていた。

 

「まぁ別に、ネオナチとか残党とかじゃあねぇみたいなんだ。

ただ、あの超人的な身体能力はその血統から受け継がれてる――――やけに顔が良いのも、そのじいさんの遺伝だろうさ。

当時親衛隊は、身体能力も高い、頭も良い、顔も良いと、三拍子揃ってなきゃ入隊できなかったところだったんだ」

 

ゼノヴィアが顎に手をやった。

 

「つまり、完璧超人たちの集う部隊だったわけだ」

「ナインの祖父がその中に居たってだけだ。 まぁ、全部(ナイン)に受け継がれてるが」

 

一同が頷く。

 

「ヤバいのは、そんな完璧超人の血を継いだ完璧超人に、『狂った思想を持った変態』が付け足されたんだからまいったぜ」

 

やれやれ、と半ば呆れ気味にアザゼルは肩を竦める。

半世紀以上も前の人間が、面倒な置き土産をくれたものだ。

 

「ところで話は変わるがお前ら、夏休みは冥界に帰るんだろ?」

「ええ、そのつもりだけれど」

「俺も行くことになったから。 これまた面倒臭い用事があるんだよ」

 

またもや溜息を吐くアザゼル。 相変わらず面倒事は嫌いな堕天使総督。

 

「オーディンのジジイも来る、サーゼクスとも話をする約束をしている」

「…………思ってたよりゆっくりできなさそうね」

 

そうリアスが悟るように苦笑いする。 アザゼルが背中をバシっと叩いた。

 

「いつっ!? 何をするの、アザゼル!」

「お前らは冥界バカンスを楽しんでりゃいいんだよ。 テロリストとか、そういう危ないことはいまのところは俺たち大人に任せとけ、お前たち若手悪魔が全部背負うことじゃねぇ」

「アザゼル…………」

 

少し見直したわ、とリアスは心中でアザゼルの認識を改めるのだった。

 

「用事が終わったら――――イッセー! 一緒に冥界おっぱいパブ行ってやろうか!」

「え! いま帰って来たんでよく解らないっすけど、とにかくおっぱいは好きです!」

「こっちもブレないね」

「やっぱりあなたにオカルト研究部の顧問は任せられないわ!」

 

季節は真夏に突入する。 オカルト研究部の面々は、各々の目標に向けて歩き出す。

当面の敵は、「禍の団(カオス・ブリゲード)」である。

 




暑くて死にそうです。 夏に剣道なんてやるもんじゃねぇっす。
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