紅蓮の男   作:人間花火

33 / 52
33発目 紅蓮、静かなる咆哮

「こいつ…………!」

「ふむ…………」

 

ベコォンッ! 拮抗する両者の膂力が逃げ場を失い、地面が下方にたわむ。

ヘラクレスは、己が怪力を持って力づくでナインを押し潰そうとしていた。

 

しかし、対するナインは無風。 薄笑いで足を地面に食い込ませる。

 

「どうしましたヘラクレス、終わりですか」

 

内から沸き上がる練り上げられた魂の波動は、ナインの肉体を鋼鉄の硬さにまで鍛え上げる。

ヘラクレスはいまのナインの言葉に、苛立ちと焦燥に同時に駆られた。 

 

拮抗状態とはいえ、本来はヘラクレスが攻めで、ナインが守りの様相を呈している。

攻撃側が守備側を押し通せないいま、この至近距離でもしナインが攻撃側に転じたら確実に自分が不利になる事をヘラクレスも悟っている。

 

単純なパワー比べでも、ヘラクレスはナインに劣っているのだ。

 

だが、ナインとは違ってこちらには文字通り、神秘の芸を有しているのだと、すぐにヘラクレスは己が得物の発動に移った。

 

「―――――喰らえや、”巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)”!」

 

攻撃は最大の防御だと言わんばかりに、ヘラクレスは右手を握り込み振り被る。

 

―――――さっきのですか。

 

ヘラクレスの拳に迸る力の波を感知したナインは、先ほど錬気を纏った躰で受けた技と同様のものだと判断した。

しかし、ヘラクレスの拳打の照準は、今度はどてっ腹ではなく顔面を狙って来ている――――的を絞ったのだろう、腹よりも小さいが、当てれば確実に脳を揺らす。

 

「なぁ…………ら――――っと」

「この…………!」

 

さしずめ立ちブリッジか。 手を後方の地面に付かないことを除けばそれだろう。 体を大きく仰け反らせ、倒れてしまうのではというぎりぎりのところで停止する。 躱せれば最後までやる必要はない。

 

殺傷力の高い打撃は、神速無軌道な動きを主とするナインにとっては、”見え見え”なのであり、なれば躱すのも容易なのだ。

 

そして次、ナインはまたもや無軌道からの妙技でヘラクレスの目を開かせる。

拳速も軌道も挫く右足上段の蹴り。

 

「ぐ――――くそがぁっ!」

 

空振りで無防備なその岩のような拳を空高く蹴り上げた。

そしていままさに仰け反った体をまるでバネが戻るように弾けると、ヘラクレスの大きな懐に即座に入り込む。

胸倉、次いで遅れて戻ってきたヘラクレスの右腕を掴み上げる。

 

「こういう力技は普段は使わないのですがね…………ふふ、こうすればいい花火を上げられそうだ」

 

一本背負い――――しかし、着地の場所は魔境であることを、ヘラクレスは最中に思い出してしまった。

 

「…………なんでこんな強ぇんだよ」

 

――――それは地雷原。 ナインが先刻、地中で錬成した無数の爆弾が潜伏している。

 

「頭だけじゃなかったのかよぉっ――――」

 

瞬間、ヘラクレスの五体投地とともに地雷絨毯が巨体の衝撃により過剰反応を起こした。

ナインによって作り替えられた対人地雷。 フェンリルのときに使ったものとは雲泥以上の差があるが、人間相手なら十分すぎる。

 

地雷の爆発を地雷が誘い、またその近くの地雷が爆発を引き起こす。 連鎖的に起こる誘爆の嵐は止むこと知らず。

曹操は呆れたように鼻で息を吐く。

 

「ジークフリート、俺の予想通りだ。 パワーだけではどうにもならんと俺は言ったはずだぞ」

 

白髪の青年――――ジークフリートにそう悪態を吐いた。 

彼も英雄派の一人、ジークフリート。 名前からして曰く付きなのは誰も同じだ。

 

「僕に言わないでくれ、曹操。 さっき打ち合わせしたときに、ヘラクレスが僕から曹操に言って欲しいって言われたんだよ。 一番槍は俺がーってね」

「ジャンヌ、ヘラクレスを退がらせてくれ」

 

すると、金髪の女性――――ジャンヌがむっと口をへの字にした。

 

「えー、なにそれ! 私だってたまには雰囲気セクシーな男の人と踊ってみたいんだけど! 二人で楽しむなんてずるーい!」

 

爆煙を指差しながら文句を言うジャンヌ。 彼女とて、”紅蓮の錬金術師”が如何ほどのものか確かめるためにここに来たのだ、不満もあろうが。

しかしその一拍置いたその直後、ジークフリートが火気に気付く――――

 

「焦げ臭い…………」

 

ボソリと、さっきまで黙り込んだまま喋らなかった少年が呟いた。 気づいたのはジャンヌ以外全員だった。

 

「焦げ……。 っ!…………まずい来るぞ!」

「え―――――」

 

放出される爆撃の波動。 地鳴りとともにその爆発の衝撃波はジャンヌに向かっていった。

 

「な――――ヘラクレス…………ぐぅふっ!?」

 

火薬のキツイ匂いに乗った爆風は、黒焦げになったヘラクレスを飛ばしてくる。

巨体に激突されたジャンヌは、片目をつぶって衝撃になんとか耐え切る――――が。

 

「さすが英雄の子孫と言ったところなのかなぁ、頑丈にできてるねぇ」

 

ジャンヌと黒焦げのヘラクレスの目の前には不敵に笑うナインがそびえていた。

 

「ぐ…………かは…………!」

 

首を掴み、締め上げる、持ち上げる。 もがけども、もがけどもナインの膂力から逃げられない。

 

「女の人をいじめる趣味はないんだけど、敵なら仕方ないですよね? そっちは遊びで来たみたいだけど、どうにもこのお二人さんは、爆殺される覚悟が無かったみたいだし――――そっちが言ったんですよ、私、サイコパスなんでしょ? もうちょっと危機感持ちましょうよ」

 

薄笑いで女性の首を絞める光景。 ロスヴァイセは、その光景から目を背けた。

悪いのは仕掛けてきた英雄派の方のはずだ。 やらねばやられる、が……どうにもあの男の前だと立場が逆転というか、よく解らなくなってくる(・・・・・・・・・・・)のが本音だ。

 

敵にもなりたくないし…………味方にも、成りたくない、と。

 

「…………………………」

 

酸欠で気を失ったジャンヌを黒焦げの人体に折り重なるように放り捨てるナインを見て、曹操とジークフリートは認識を再び改める。

 

―――――これが紅蓮の男か。

 

「データによると、彼は主に蹴り技を主体に戦う。 補助に投げ技、要注意は…………ヘラクレスには遅かっただろうが、あらゆる物質から爆発物を作り出せること――――威力の程は材料の加減にもよるらしいが、先ほどの威力の破壊力となるとほぼ無条件で火力大のものを生成可能なのだろう」

 

ローブの青年は冷静に状況を分析し始めた。 恰好からして頭脳労働と言えるだろう、先ほどヴァーリやナインたちを離してここまで強制転移させたのもこの青年だ。

 

「蹴り技も達人クラスは軽く超えているよ、殺傷能力も十分―――――急所への直撃も避けた方がいいぞ、曹操、ジークフリート」

「いつも細かな分析お疲れ、ゲオルク」

「まだ謎な部分がだいぶあるが、彼の戦闘スタイルくらいは把握しなければね」

 

曹操は槍の切っ先をナインに向けた。

 

「やっぱりやるなぁ…………初見殺しとはいえ、こんなに早く二人もやられたとなると強いと認めざる負えない」

「そっちが弱いだけじゃないんですかね」

「英雄の血は引いているから、決して弱くはないはずだがな」

 

強者の上に強者が居るのだ。 何もおかしいことではない。

 

「所詮世の中ピラミッドか、上には上がいるらしい。 まったく、これでも一応の人間最強とは渡り合ったのだが…………世界は広いな」

 

人間最強? しかも一応と来たものだ。 ナインは訝しげに曹操を見た。

 

「結構前の話だ、ヴァーリと一度タイマンで戦ったことがあってね」

「へぇ、あの最強設定と。 どうだったんですか?」

「どっこいどっこいさ。 とはいえ、本気かどうかは分からない」

「なるほど、納得」

 

会話が終わるや否や、休む間もなく影が飛んでくる。

曹操の横を疾風が通り過ぎる。

 

その疾風のごとき影は、ナインの背後にまで迫ってきていた。

 

「僕の名はジーク、皆はジークフリートと呼ぶ――――教会でのキミの噂は、風の頼りで僕の耳に入っているよ」

「…………」

 

二刀流――――白髪を揺らして真上から斬り下げてくる。 人体を真っ二つにする勢いで片方の剣がナインに振り下ろされた。

その斬撃を横に移動して回避するナインは、両手をポケットに入れたまま回し蹴りをジークフリートの腹に見舞う。

 

足を腹の高さまで上げるまではスローモーに見えるこの足技は、その後上げていない片方の足を軸にして高速に一回転させることでその威力を増す。

 

おまけに鋼鉄の硬さになっている脚力――――鉄ならへこみ、岩なら粉微塵に砕くほどの破壊力を有していた。 もはや殺人拳だろう。

 

「!」

 

だがジークフリートも負けていない。 辛くもその足技兵器を二刀を交差させることで完全に受け止めていた。

 

「――――強力…………っっ」

「む、その剣…………」

 

弾けて距離を取り合う二人。 ナインは右手を握ったり開いたりして前方にいる白髪の青年を見遣って言った。

 

「嫌だなぁ、魔剣かいそれ」

「ああ、ご名答」

 

不敵に笑むジークフリート。

 

「右が魔帝剣グラム、左がバルムンクだ。 一応、これでも教会では『魔剣(カオスエッジ)ジーク』という呼び名を持っていた、ちなみに結構気に入っている」

「あ、そう。 ていうか教会? ジークフリートなんて名前の人、聞いたことがありませんねぇ」

「それだけ、そのときのキミは周りに無関心だったんだろ。 錬金術以外のことには眼中に無かったんじゃ?」

「言われてみればそうかもしれません」

 

ジークフリートのこめかみが引く付いた。 まったくの眼中無し、自分で言っておいてなんだが、そう納得されると英雄の子孫として名を馳せていた身としては僅かながらプライドが許さない。

 

「キミは少し、世界の広さを知った方が良い」

「これから見聞を広めようと思っているところです。 とはいえ、あなたたちに説かれるつもりもない」

 

眉を顰めるジークフリート。 

ナインは真剣な表情で言い放つ。

 

「自分の目で見て、手で触って感じていこうと思っていますよ。 ボムを作る時みたいにね」

「まぁそう言わずに…………僕の『世界』を感じてくれよ、ナイン・ジルハード」

 

そう言った直後、ジークフリートの背中が隆起し始める。 肉体ごと押し上げられ、そして――――

 

「僕の神器、龍の手(トゥワイス・クリティカル)――――三刀流だ」

 

両手の他に現れたもう一本の腕――――それに握られた剣に、ナインはまたもや苦虫を噛んだように苦笑する。

 

「…………とりあえず、あなたの異名には納得がいきました」

「…………ノートゥング…………これも魔剣の一振り。 さぁ、改めてやろうか」

 

手数が多すぎる。 いくら迫撃も無問題なナインでも、こう力づくで来られるとやはり真正面から体術で対抗するのは危険が付き纏う。

物理的に考えて、三刀流を素手で相手にし続けるのは人間的にも不可能だ。 押し切られるのは目に見える。

 

「近寄りたくないなぁそれ」

「ならば潔く斬られるといい!」

 

ナインは地面に転がっている小石を一握り、横投げにジークフリートに投げつける。

バラリと四散した小さい石は、ジークフリートの目の前で爆発四散した。

 

「くそっ相変わらず賢しいよ、キミのそれは!」

 

石が爆発したことにより、ジークフリートはそれを防御せざるを得なくなる。 このような細かい石の破片が目に入りでもしたら致命的なのだ。 英雄の血筋とはいえ、生身である。

些細なことと侮る事なく、ジークフリートは魔剣二本を顔の前で交差させ、防御の態勢を取った。

 

「賢しいですよ、私は」

 

その直後、さらにジークフリートのその硬直を利用して地面を爆破――――爆煙を起こし視界を悪化させる。

しかしジークフリートはその煙のなか――――こう思った。

 

――――ナインも人間だ、視界を遮られているのは僕だけではないはず、と。

 

それは確かにそうだった、現にナインの目は特別なわけでもなんでもない、ただの人の目と同じ眼球だ。

 

「…………接近戦なら、負けるつもりはない…………気配を探る事も、ね」

 

目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。

視覚を遮断したことにより、他の四感を向上させるジークフリート。 剣士として、接近戦法で負けるわけにはいかないと、矜持を背負って煙のなかナインの気配を探る、そして――――

 

「居た――――覚悟!」

 

ズシュンッ、と肉を突き破る音が響く。 煙のなかで状況は読めないが、間違いなくこの感触は人間の肉を突き刺した。 急所を見極めることは困難だが、その分人体を突き破るくらいの気持ちでグラムを突き出した――――仕留めた!

 

ごぶっ…………、血が滴る音とともに煙が晴れていく。

 

――――その血煙を見て勝利を確信していたジークフリートは、不敵に笑った。

 

 

 

 

 

勝利に酔い痴れすぎて、後ろの人影にも気づけないほどに、せっかく鋭くなった四感をも鈍らせて――――

 

「ジークフリート…………な、にを――――」

「は…………あ? そ、その声は――――」

 

晴れたと同時だった。 ジークフリートが不敵な笑みから唖然とする表情に激変したのは。

 

「ゲオ…………ルク、 ゲオルクか!?」

「う……ああ――――」

 

突き破ったのは、同じ英雄派の仲間ゲオルクだったのだ。 この感触はナインを突き刺した感触じゃない、仲間である魔法使い、ゲオルクをグラムで刺した感覚だったのだ。

 

「バカな――――ああ、ゲオルク! なぜ…………確かに僕は、ナインの特有に放つ気配を探って、確実に仕留めたと思ったのに――――」

「私の放つ特有の気配? 笑わせないでくださいよ、それ勘違い」

「勘…………違い?」

 

すでに完全にジークフリートの後ろを取っているナインが、彼の肩に手を置いたままそう言った。

 

馬鹿な、いま後ろから感じる気配は間違いなくナインの気配。 じゃあこれは? ゲオルクからなぜナインの気配がするのだ。

 

ジークフリートの後ろから、深々と突き刺されたままのゲオルクのローブを探る。

 

「ほぅら、柄付手榴弾。 これを、さっきの煙の中、この霧の人を襲って仕込ませて無理矢理ここに居座らせたんですよ――――だってこの人、後衛担当でしょ? 力づくでどうにかするくらい、私にとっては造作も無い」

「――――」

「あと勘違いって言ったのは。 それ私の気配じゃなくて、火薬の匂いだ。 私の気配など、このきっつーい火気で色々打ち消されてしまう――――残念でした。 あなたが察知したのは、私の気配などではなく、この人の服の中に仕込まれた手榴弾の火薬の匂いだったのでした」

 

この男がなんと呼ばれているかもう忘れたか。

ナインの気配など、彼自身から発せられる異常なまでの焦げ臭い匂いに変わってしまう。

 

そうとも。 何年間、そして如何ほど爆発物や火薬を使役することに執念と嗜好を燃やしていたと思っている。

彼の気配は火薬、爆弾等、爆発物そのものの匂いなのだ。 武の勘だけでは感じ取れない気配(におい)なのだ。

 

まぁ、丁寧な説明はこれで終わり、というや否やナインは後ろからジークフリートの両腕を掴んだ。

 

「な――――」

 

現在三刀流の彼にとって、二本腕しかない通常の人間の拘束など振り払うなど易い。 もう一振りで後ろにいるナインの頭を串刺しに――――

 

「うわぁ可哀そうですね。 こんな深々と突き刺されちゃって、これで死んだら、あなたも私と同じ、仲間殺しの名を襲名できますよ。 いいですね、『仲間殺しのジーク』」

「―――――」

 

ゲオルクに刺さった剣を抜けない。 ナインが後ろから覆いかぶさってきているため、後退できない。

 

「これでまた二人いっぺんにいけちゃうわけでして…………いやぁ、おいしい」

 

ナインの両手に宿る狂気の錬成陣の存在が、ジークフリートの脳裏を掠める。

この態勢は――――

 

――――解りますか? いまあなたの両腕、錬成されているんですよ。

 

「そぅらっ!」

 

ジークフリートを足蹴にしてナインは後退した。 致命傷は避けたが重傷のゲオルクと地面に転がされると、ジークフリートは魔剣を取り落として両腕を見る。

黒ずみ始めてきた。

 

「あなた……まだなにか隠してたでしょ?」

「!」

 

三本の腕を有する剣士に、ナインが語り掛ける。

 

「最初から本気を出せばこんなことにならなかったのに…………ね」

「おのれ…………おのれ…………剣士の命を…………剣士の腕をぉ!」

 

歯を食い縛り、怨敵を睨み付けるジークフリート。 ナインは手を横に振って笑い上げる。

 

「ふははははっ! 聞こえますか、剣士としての死の秒読みが…………。 あなたの腕はゆっくりと大気中の酸素と化合していき…………やがて………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「やぁ、曹操。 どうですか、気分は――――頭ぶっ壊れの爆弾魔に仲間を次々と斃される、その気分は」

 

ナインの後ろには、四人分の轍があった。 あとは一人、ロスヴァイセが唖然としてへたり込んでいるだけだ。

 

ヘラクレス――――爆撃による肉体大破。

ジャンヌ――――絞首による酸素欠乏。

ゲオルク―――――魔剣による刺傷。

ジークフリート―――――両腕爆散。

 

「正直、これほどとは思わなかったよ」

「それは良かった。 私は舐められていたわけだ、油断している間に叩き潰せて良かったなぁ」

 

にやにやと笑むナインに、曹操は口をつぐむ。

 

「レオナルド、退こう。 全面撤退だ。 ヴァーリたちを足止めしている他の英雄派の兵隊たちにも連絡を――――これでは戦いにならない」

「あなたは戦わないのですか?」

「気分じゃないよ、それとも、追ってくるかい? キミは」

 

その問いに、ナインも首を横に振った。

 

「聞いただけです。 私もさっさとこの空間からおさらばしたいので、そっちが退くならこっちも追う理由がないよ、勝手にすればー?」

 

仕掛けたのそっちですし、と。

この空間に呼び寄せられたことも、ヴァーリたちと引き離されたことも、ナインの本音を言えば気にしていないという意味だった。

 

「それに、ゲオルクが倒れたいま、この空間も長くはもたない」

 

この大草原を作り出した術者の意識が飛び、ナインたちのいる空間にひびが生じ始める――――霧の草原世界が終わる。

その崩れゆく光景を鼻で笑い流すナインは、ヒラリと踵を返して―――

 

「味方を増やせれば良いと思ったんだがなぁ…………」

 

すると後ろから曹操の、憂いを秘めたような言葉がナインの耳に入ってくる。

 

「キミは人間だから…………」

「…………」

 

突然、よく解らない感傷に浸り出した曹操に、訝るナインは立ち止まった。

 

「現赤龍帝を知っているかい?」

「ええまあ」

「彼もまた、異質な存在だ。 いずれ人間の…………世界の敵になるかもわからない」

「一つ聞きたいことがあったのですが」

「?」

 

振り返り、曹操の、まだ燃え滾る瞳の奥を見据えてナインは口を開く。

 

「あなたは何がしたいのだ」

「………………」

 

黙り込んでしまう曹操。 俯いて、肩にトントンとその聖槍を揺らす。

やがて、顔を上げて口角を上げた。

 

「人間の自分が、自分たちが…………一体どこまでやれるのか試してみたい――――俺たちの肉体は脆い、神器を抜いたら非力だ、何も残らないだろう」

 

曹操、と近くに居た小柄な少年がそう呼びかける。 しかし、もう消える世界を前に、ナインと曹操の二人は動かない。

 

「やれるところまでやりたいのさ」

「あ、そう」

「…………キミは、仲間にもそうやって淡泊に接しているのかい?」

「いや別に、ただね」

 

崩れ落ちる足場はナインの場所以外無くなる、跡形も無く。

 

「なれるといいねぇ、英雄に、さぁ…………ククク、ふへへ………………」

「………………」

「まぁ、いまのあなたたちははっきり言って、かなり微妙なんで」

「っ」

 

曹操のこめかみがいくつか引く付いた。 ”微妙”―――英雄として、これほど中途半端な評価は無い。

ナインに込められた”微妙”は、かなり堪える。

 

「私に英雄なんて言葉は無縁だけどねぇ。 持論だけど、最初から何に対しても本気なのが英雄の歩む道なんじゃないかなぁってね――――地上を守るために手抜きする英雄なんて居ないでしょ、私の知る限りでは――――」

 

じゃあね、とそれだけ言うと、それに呼応するように姿を消した。 ロスヴァイセももちろん、すべてが。

ゲオルクめ、もう少し耐えていろよ、と曹操は内心舌打ちをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ホントやってくれるわよねー。 ナインとは離れちゃうし、雑魚敵はわらわら来るし、最悪っ」

「結果として誰も無傷だったというのが幸いしたな――――美猴、どうだ?」

「いまのところは周りに生体らしき気配はないねぃ」

 

黒歌、美猴、ヴァーリの三人はすでに冥界の都心に入り込んでいた。

やはり普段の恰好は目立つので、真っ黒のローブを羽織って移動をしているが。

 

「にしてもさ、さっきの人たちは可哀そうよね。 聞く限りじゃ囮みたいな、時間稼ぎみたいな役を押し付けられてたみたいだから」

 

ナインとロスヴァイセと突き放された三人はあのあと、謎の軍団と戦うことを強いられていた。

無論、英雄派の兵隊たちだが、実際に相手にしたのは下級魔法使いや神器使いたちだ。

 

おまけに、斃しても口を割らず、誰の所業かはこの三人には未だ不明の事件だった。

 

「…………」

「どうしたい、ヴァーリ?」

 

顎に手を当てて考え込んでいるヴァーリに、美猴が覗き込んだ。

 

「いや、先ほどの輩の服装――――いつかどこかで見たことがあるような気がしてな」

「お、そういやそれおれっちも思ったぜぃ」

 

いままで幾多もの敵と相対してきて、その顔や姿形など余程インパクトが無ければ忘れてしまう。

だが今回の敵は何かが違った。

すると、黒歌が悪戯な笑みを浮かべた。

 

「なに美猴、あのよわ~い敵さんの中に顔見知りでも居たの?」

「ちげーよ。 ただなんだ…………ヴァーリの言う通り、服装とかに見覚えが…………」

「――――英雄派。 ”黄昏の聖槍”、トゥルー・ロンギヌス」 

 

後ろから独特の低い声が聞こえてくる。

聞き慣れた声音に、黒歌は耳と尻尾をピコンと立てた。

 

「ナイン」

「やぁヴァーリ、思わぬロスタイムでしたねぇ」

 

少し拗ねた銀髪の女性を連れて、真っ赤なスーツをルーズに着こなす紅蓮の男――――ナインがいつもの笑みで佇んでいた。

 

「ナインじゃないかぃ、いーやー良かったねぃ、死んだかと」

「場合によっては死んでたかもねぇ」

「………………マジ?」

 

冗談半分に言った自分の言葉に、美猴は笑顔のまま凍って反芻してしまった。

ヴァーリが真剣な表情でナインの前に立った。

 

「英雄派の仕業か…………」

「ええ、あなたと戦ったことがあると言っていました。 曹操――――」

「ああ、あるさ」

 

すると、ヴァーリはナインの体を見回した。 挙動は小さいが、隅々まで見られる感覚を覚えたナインは薄ら笑う。

 

「その分だと、曹操とはやらなかったな」

「ええ」

「あいつ一人だったか?」

「いえ、他に五人」

「かーっ幹部格全員出陣かい!」

 

美猴が腹を抱えて大笑いした。

 

「よく無傷で還ってこれたねぃ。 あの槍の野郎を抜いても…………その五人全員をそこの銀髪姉ちゃんと二人で迎撃すんのはきつかったろ?」

「とりあえずジークフリートは、曹操を除く他の四人とは別格で強かったです。 両腕しか吹き飛ばせなかったのが悔やまれますが、曹操が居たのでトドメは刺せませんでした」

「………………ん?」

 

ヴァーリ以外の全員が固まる。 美猴は目をパチクリさせて、黒歌は口を半開き――――美人が台無しである。

 

「…………りょ、両腕爆散? ジークフリートを? あいつ、ここには居ないけど、おれっちたちの仲間の剣士と互角くらいの腕だった気がするんだけど…………」

「腕は三本ありましたね、もっとあるって顔でしたけど」

「白髪くんの両腕欠損…………ゲシュタルト崩壊にゃ」

「ほ、他の四人は…………」

 

んー、と思い返す。 どうやらジークフリートと曹操以外は記憶には残って無さそうだが…………

一応、ナインの信条のなかには、殺した、または相対した相手の顔は覚えるようにしているというものがある。 忘れるわけにはいかないだろう。

 

やがて、ピンと、ナインの豆電球が光る、弱々しく。

 

「ああ。 ヘラクレスとジャンヌ、ゲオルクという者たちがいましたね。 誰にせよ、この方たちはあまり歯応えがありませんでした、拙い…………」

「英雄派の三分の二が壊滅…………」

「ナインってば徹底的すぎにゃぁ…………」

 

 

一様に青ざめた笑いを漏らす。

ナイン自身、どうしてこんなに驚かれているのか解らない。

鳩が豆鉄砲喰らったような黒歌と美猴の二人を捨て置き、ナインはヴァーリに向いた。

 

「ただ、彼らが本気を出す前に潰せただけでね。 最初から本気で来てたら危なかったかもしれません」

 

謙遜するその言葉に、ヴァーリは肩を揺らして笑い出した。

 

「いや、それはナインの機転の勝利だろう。 本気を出そうが出すまいが、あちらは負けた。

ふははっ、滑稽だよ。 むしろその方が英雄としては面子の丸つぶれなんじゃないか?」

 

本気になれば負けていた、本気になれば勝っていた。 それは所詮、机上の空論なのだろう。

結果がすべてのこの裏世界。 ナインの、”生き残れば勝ち”という理念にもよく似ている。

 

本気を出すまで気づけなかった相手は、結局その程度の実力で。 たとえそれを敗けた理由にしようとも言い訳にしかならないということだ。

 

「では私は次に会う時までもう少し強く練っておくとしますかね」

「そうしろ、奴らああ見えて執念深いからな。 そうと分かった以上、次は最初から本気で来るぞ」

「ご忠告どーも」

 

その場でぐん、と伸びをすると、腰に手を当てて大きく息を吐いた。

 

「これでやっと本来の仕事に移れるわけですか」

「ああ、少々の邪魔が入ったが、目的遂行には問題ないだろう」

 

都心部のさらに中心で行われるという悪魔たちの会合。 そのパーティに乗じ、当初の目的――――グレモリー眷属、塔城小猫を捕縛する。

ナインは不気味に不敵に笑い、歩みを進める。

 

「さて、これをどう躱す、魔窟の住人」

 

そう呟いて口元で笑う白龍皇――――ヴァーリ・ルシファー。

向かうのは闘戦勝仏の末裔とSS級はぐれ悪魔。 いずれも上級悪魔以上に匹敵する曲者たち。 そしてもう一人は…………

 

「…………ナイン、土壇場の裏切りは止してくれよ? 頼むから」

「嫌だなぁ、しませんよ」

 

その白龍皇ですら御し切れていないノンストップボマー――――紅蓮の錬金術師、ナイン・ジルハードがいる。

地下世界の冥界に、暗雲が立ち込めようとしていた。




主人公の体術が蹴り技重視なのは、両手の錬成陣を傷つけないためなのだが…………もう一つ、理由がある―――――残念だったな、作者の趣味だよ。

”壬生紅葉” このキーワード一つで分かったら嬉しいです。



ボムって、響きが可愛いよね(錯乱)  ボムブ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告