紅蓮の男   作:人間花火

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あらすじ【英雄派の襲撃を難なく蹴散らしたヴァーリチーム一行。 その先に、ついに冥界内部への侵入を開始した。 その後のパーティが最大の盛り上がりを見せたときが狙い所と見定めていたヴァーリは、近くのホテルでナインたちとパーティの佳境を待つことにしたのだった】



34発目 潜伏、冥界都心街

「あ~、もう! やっと寛げるにゃー!」

 

そう言いながらベッドにダイブする黒歌。

真っ黒なローブを脱ぎ捨て、いつもの妖艶な黒い和服姿で仰向けになった。

 

「あいつらのせいで足が棒よー、嫌になっちゃうっ」

 

しなやかな足をベッド上で伸ばして自分で揉み解す。

 

冥界都心部から少し離れた場所に、ナインたちは居た。

曹操たち禍の団(カオス・ブリゲード)、英雄派の襲撃の後、ヴァーリ率いるチーム、ヴァーリチームは束の間の休息を、冥界のホテルで取っていた。

 

テロリストとして追われる身の上で、敵対国内のホテルを借りるというのも不用心な話だ。 しかし、人間界にも穴というものが存在するように、冥界にもそれが在るのだ。 とはいえ、敵国であるためあまり長居はできないが。

 

「やれやれ、堪え性が無いというか」

 

黒歌が脱ぎ捨てたローブを拾ったのはナイン。 彼女の適当さに少し嘆息しながら、近くに置いてあったハンガーにかける。 すると黒歌は、八重歯を見せて妖艶に微笑んでみせた。

 

「ありがと、ナイン。 気の利く男って理想だし大好き、だから子作りしよ?」

「ここはラブホテルではないよ」

「オールオプション完全むりょー!」

「風俗でもないんですけど…………あなたは本当に万年発情中の悪猫ですねぇ、驚きますよ」

「だからって、誰にでもこういうことしないって――――ナインに会ってからずっとナインしか見てないのよ? ちょっとは評価して欲しいなー、なー、にゃー」

 

そうして黒歌のアプローチを軽く受け流すナイン。

 

あちらが落ち着くまでということは、ここにはあまり居られないということなのだ。

 

なんの対策もしていない場所にいつまでも駐屯していては、いずれ冥界の警察機関に気づかれる危険性がある。 しかし結果論として、曹操率いる英雄派の襲撃は、ナインたちがこのホテルに駐屯する時間を縮めてくれた。

 

「最適な時間潰しになってくれたということだ、彼らは――――まぁ、ホテルなだけあってシャワーもあるようなので、体を清める時間くらいはあるんじゃない? 私は別段することもないので、体だけ少々寝かせてもらいますかね」

「そう? じゃ、お言葉に甘えるかにゃー。 あいつらの魔法攻撃、埃っぽくて嫌。 なんていうか、わびさび(・・・・)が無いっていうのか…………和服汚れちゃう」

「…………」

「にゃ! ち、違うにゃ、ナインが起こす爆発を悪く言うつもりは無かったのよ!」

 

その英雄派の兵隊たちの魔法攻撃がどの程度だったかは知らないが、かなり高レベルの爆発力を自負しているナインからしてみれば歯牙に掛ける気さえ起こらない。

 

しかし、いつもナインの爆発を間近で見てきた黒歌は、彼の気持ちを気にしてかフォローを入れた。

 

「あはは~」

 

黒歌は指を顎にくっ付けて目を泳がせる。

だが実際、この男が引き起こす爆発はいまや単なる科学理論の爆発とは一線も二線も隔している。

 

ナインの幻想は現実となり、火種とその爆発力を行使する精神力さえあれば強力な爆撃を引き起こすことができるようになっている。

 

「この人の起こす爆発は、跡には何も残りません――――そう、埃すらも」

 

黒歌、ナインの後から、目を惹く麗しい銀髪の女性ががそう言いながら部屋に入って来た。

その瞳はいつになく真剣で、黒歌をして訝しげに片方の眉を上げさせる。 しかし――――

 

「…………そっかぁ、ロスヴァイセはナインの戦いを間近で見て来たんだよね」

 

一転、雄を誘うような魔性を孕んだ悪戯な笑みを浮かべた。 俗だが、いまのところナインを一番よく知っている女は自分だけだという優越感に浸った笑みだ。

 

ナインと同調した女は私。

ナイン本人に相方と認められたのも私。

 

「相手にするのと見てるのとじゃ全然違うでしょう?」

 

狂気を秘めたる異端者でありながらも、武術家のように心技体を修める技量を持って戦うマッドファイターだ。

さらに最近になって錬気の力も加わり、強化の一途を辿りつつある。

 

極め付けは、爆発の錬金術。 その体術と組み合わせた絶妙な攻めにより、敵手に態勢を立て直す暇さえ与えない。

なにより凶悪なのがそう、気配が無いことだ。 詳しくは生命体としての気配がナインから微塵も感じられないのが本当のところ。

 

美猴が仙術の力で周囲の生体の気配を探っていたにも関わらず、ナインから接触しなければ気づかなかった事実も有る。

 

ロスヴァイセに向かって、ナインは笑顔を向けてこう言った。

 

「――――好きで使っている型の錬金術だ。 何事も術者のさじ加減次第。 綺麗さっぱり吹き飛ばすのも良し、逆もそうだ。 それらを意のままにできずに、なにが紅蓮の錬金術師だ―――という話になる」

「…………それがその二つ名の所以ですか、ナイン・ジルハード」

「まあね、人生好きに生きなきゃ生きてる意味無いでしょ。 この二つ名も、私の人生の一つだしね」

 

とん、とおどけるように自分の胸に拳を押し付ける。

 

愕然とした。 ここまで自分を通している――――否、自分しか見ない人間は初めてだ、と。

英雄派襲撃の際、助言を貰った自分が言えた義理では決してないが、ロスヴァイセは改めてこの男の異常性と純粋さを恐ろしく思った。

 

「神よ…………」

 

神よ、亡神よ。 およそ人間どころか一介のヴァルキリーですら理解不能なこの男は、この世界で何をしようとしているか知っていますか。

 

世界を篩として見ているような男。

「生き残れば勝者である」という理念を掲げる実力至上主義のイカレ男。

―――――本来自然の理である「弱肉強食」という法則が、人間界を含む周囲のすべてを呑み込んでしまうことを意味する――――非常に危険な思想だ。

 

「やはり、あなたは野放しにできる存在ではありません」

「…………」

 

ロスヴァイセにとって、ヴァーリと美猴が別室なのが功を奏した。 まばゆく光ると同時に、戦乙女の本来の姿に変貌する。

鎧に身を包み、ファイティングポーズを取るロスヴァイセ。

 

「じゃ、シャワー浴びてくるから、あがるまでには終わらせておいて欲しいにゃー」

「善処はしましょう」

 

歯牙にもかけずに、自分はホテル内のシャワー室に向かう黒歌。

その後ろ姿を見送ったロスヴァイセはすぐにキッとナインを睨み付けた。

 

「進んで一人になるとは…………侮るのも大概にしてください!」

「なるほど、一度敗北しようと戦意は削がれませんか、ふふ、ふっふふふ…………」

 

魔力が拳に込められていく。 光を吸収していくロスヴァイセの拳を見ながら、ナインはにやにやしながら心底嬉しそうに肩を揺らす。

 

「あの英雄の子孫たちと戦っているあなたを見て、逆にますますあなたを捨て置けないと確信を強くしました」

「ほう」

「――――あなたの考えはあまりにも刹那的すぎます! そんなことを求めて、未来に一体何が残るのです!」

「いまは話すだけ無駄ということかい、それも仕方ないね、へへっ」

 

――――肉薄してくるロスヴァイセを拳も上げず、得意の脚技の構えも取らずに涼しそうな笑みで迎えるナイン。

 

戦乙女はヴァルハラの戦士だ。 現世で死した人間の戦士たちをエインヘリャルに――――すなわち英雄として選別して彼の館に迎え入れる重役を担う。 ゆえに彼女も、十分に傑出した存在と言える、生半可な力では、彼女の魔力に敵うべくもない。

 

魔力迸る拳を、彼女は最大の力を込めて撃ち込んだ。 一度苦杯を嘗めさせられた――――手加減などしない。

しかし――――何かが違うことに気付いた。

 

「う――――くっ!?」

 

拳が止まっている――――振り抜けない。 万力のような力で自分の拳がギチギチと挟み止められている。

動けない、危険な状態だ。

そして、ことのすべてに気付けたのはその直後だった。

 

「――――そんなっ……」

 

放った拳を、膝と肘の挟み撃ちで完全に受け止められていたのだ。

この、1カメラから一気に数カメラ分飛んだかのような超反応に、彼女は驚愕を隠せない。

 

「組手でも――――敵わないと…………っ!? くぅっ――――」

 

ナインは不敵に笑み、失速した彼女をそのままベッドに押し倒す。

「かはっ」、と乱暴にロスヴァイセの肢体が叩き付けられ、呻き声とともにベッドのスプリングが嫌な音を立てながら重くバウンドした。

 

痛みは無い…………が、これまでか。 と、咄嗟に目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「…………素晴らしい」

「…………は?」

 

瞑目してから十数秒もの静寂を訝しんだロスヴァイセの瞳が、片目からゆっくりと開いていく。

 

いきなり賞賛の言葉を至近距離で浴びせられて変な返事をしてしまった。 この紅蓮の男はなにを考えているのか本当に分からない。 宇宙人かこの人は、と。

 

「もう何もしてこないと思ったのに、やるなぁ」

「な、にを…………」

「それでも、少しでもあなたがいまのこの状況に抗おうとして来ないかと淡い期待を持ってたんだよ。 うん、正直に言って八割方は諦めていた」

 

綺麗な銀髪を一房持ち上げ、撫でるように梳いた。 優しく髪を撫でて落とし、撫でて落とし…………繰り返し。

組み伏されているロスヴァイセは、ナインの手練に全身がゾクリとするような感覚を覚える。 触られた髪の毛先から波紋のように広がっていくそれは、ロスヴァイセの顔を更に紅潮させる。 ナインの――――まるで高価な芸術品を触るような優しい手に。

 

――――”悔しい”。 快感と同時に感じた感情だった。

 

その変態のような行為にもツッコミが一拍遅れてしまった。 しかもそれは心の中なので本人には聞こえない。

 

「何かに諦めた者ほど、面白くないものはない」

「…………い、意味が分かりません、あ……あなたはいつもいつもそうやって訳の分からないことを………………」

 

すると、あっさりとロスヴァイセの上から降りたナインは、いつもの悪そうな笑みを浮かべた。

 

「少し興味が湧いてきましたねぇ」

「な…………ななな、何を、言ってっ――――」

 

顔が紅潮するロスヴァイセ。 相手が相手なだけに顔が嫌でも火照ってしまう。 先ほどのナインの手触りを思い出して更に悶えてしまう。

 

「~~~~~~~~っっ」

 

口をパクパクさせる彼女を見て、ナインは笑い飛ばした。

 

「くっくくっああ――――私は、すぐに諦めるヒトが大嫌いだ。 ロスヴァイセさん、人間がどうして弱小種とか、劣等種とか言われているか解るかい?」

「…………悪魔や、堕天使、その他諸々の人ならざる者たちよりも、存在からして次元が違うからでは…………」

「それもある、が。 外見的なことはこの際、気に掛けることではない」

 

――――あなたにとってはね。

 

ロスヴァイセは、心底の本音を心の中で響かせた。

 

「人間というのは、意外に危機に淡泊なんだ。 すぐ壊れ、すぐに諦める。 自分で限界を作り、自分から未来を閉ざしてしまう。 差し迫った状況で、如何にして生き残るかを考える者が最終的な勝者になるというのに…………」

 

要は、彼女――――ロスヴァイセは、敵に捕まったこの状況で尚も、敵うはずのない相手に勝負を仕掛けてきたことこそが、

 

「この場合、勝ち負けは関係ない。 いや、すごいな、あなたのように強い魂を持った生き物に会うのは久しぶりだ。 あなた、実はとても優秀なんじゃないですか――――付き人などに置いておくには勿体無い人材だ」

「…………」

 

妙にほこほこしたナイン。 彼自身、いままでもロスヴァイセのように二度も戦いを仕掛けてくるような気骨のある者には滅多に会えないのだ――――希少である。

 

「いやはや、ならば、あのときあなたに吐いた暴言は取り消させてもらいましょう――――申し訳ありません」

 

にやけながらだが、ぺこりと頭を下げられてロスヴァイセは開いた口が塞がらなかった。

 

傲慢で、自分のやること為すことすべて正しいと思っているような自分勝手な人間だと思っていたのに――――。

 

「べ、別に…………あのときあなたが私に指摘したことは間違っていません――――精神的な成長が無いのは事実です」

「それなら、手っ取り早く精神力を強くすることができる方法を教えてあげようか? まぁ、試すかどうかはあなた次第だが…………」

 

ピクリと、反射的に上げた視線とナインの視線とが合ってしまった。 見透かすようににやりと口角を上げるナイン。

 

「き…………聞きましょう。 あなたのその異常なまでのタフさと胆力の源を――――どうすればあなたのように…………」

 

ついに、ロスヴァイセは敵方に教示を乞うという下策に出た、しかも先ほど二回も敗けた相手に、だ。

その二回目もさっきあっさりと言うほど華麗に且つ迅速に敗北したというのに。

 

しかしナインはこれを下策とは思わない。 なぜなら彼には敵も味方も無いからだ。

確かに、他派閥であった英雄派を先刻撃退したがそれは、彼らがナインに牙を剥いて来たから。

 

事実、英雄派のリーダー格の撤退に一切の邪魔をせず見送っている。

 

この男は、単純ではない――――。

 

「まず、戦場では自分を一番にして、そして疑わないことです。 自分の力を疑えば技を乱すことになる」

 

一つ、と指を立てたナインを、ロスヴァイセは頷いた。

これは、戦う者ならば誰でも知っていなければならないことだ。

 

「しかしここで履き違えてはならないのは、自分しか信じないのではなく周りの言う事にも、一つ耳を傾けよう。 集団戦ということもある、独り善がりな戦いは身を滅ぼします」

 

まぁ、私はほぼ個人戦ですがね、とほくそ笑んだ。 しかし、何やらロスヴァイセは納得が言っていないようで、先ほどからしかめ面を止めない。

 

「そしてもう一つ――――」

「ナインさん、お言葉ですが。 そのような初歩的なことはヴァルキリーの私には当然のことで、」

「殺すことに慣れること、だ」

「―――――っ」

 

ロスヴァイセの文句の声が消し去った。

 

「いくら技を磨き、自分に自信が付いたとしても、いざ相手を討ち斃そうとしたときに動揺して手元が狂ったじゃ話にならない。 如何に殺すという行為に慣れるか――――敵の、息の根を、止めるか」

「…………」

 

「本題だ」と、手を組んだ隙間から覗く顔の笑みが深くなる。

 

「繰り出す技一つ一つに殺意を乗せよう。 躊躇ってはいけない、やらねばやられるのだから。 ああそれと、殺意に慣れることも付け足しておこうかい。 これが意外と調整難しくてね、殺意に慣れ過ぎると感覚が鈍って敵の気配に気付けなくなる。 適度に敏感になっておくことが肝要です――――言ってること分かります?」

「耳が終わる講義が聞こえるにゃー」

 

いつの間にか、ドアの場所に黒歌が立っていた。

意識してみると仄かにシャンプーの香りが漂ってくる。

 

艶やかな黒い髪を下ろした黒歌は、ドライヤーを止めると乱れていたその髪を後ろに追いやった――――

 

「な、なななななななっ――――」

 

急にわなわなと震え出すロスヴァイセ。 黒歌に向かって指を突き付けて、パクパクさせる口から言葉をひり出す。

 

「な、なんで、は、は、――――――裸なんですか!」

「にゃーん? 別によくない?」

 

部屋に入った後だろう、黒歌の足元に濡れたバスタオルが落ちているのが良い証拠だ。

 

「この部屋には男性が居ます! はっ――――そういえばなぜ男性でナインさんだけが私たちと同じ部屋なのですか! おかしいです!」

『いま気づくのかよ』

 

ガラにも無く突っ込んでしまうナイン。 だが、ロスヴァイセのリンゴのような顔色に見向きもせず、黒歌はナインの座るすぐ隣にストンと座り込んだ。

 

ナインが真顔でロスヴァイセに言う。

 

「なんであなたが顔を赤くする」

「あなたの代わりになってるんですぅ!」

 

息を切らす。 モラルもへったくれもあったものじゃない。

内心から壁を殴るロスヴァイセ。

すると、ナインに自分の腕を絡ませた黒歌が悪戯そうな笑みを浮かべた。

 

「そんな要点の前に、もっと根本的なものがロスヴァイセに欠けていることってなぁい? ナイ~ン」

「む、私の説明に不十分があったのか。 なるほど、私もまだまだだ」

「ナインマージーメー過ぎっ」

 

思案顔のナインの膝上に、倒れ込んで頭を乗せた――――リンスの香りが強く匂う。

 

膝上に自分の顔を擦りつけて、恍惚と、猫のように表情を蕩けさせた。

膝枕のまま黒歌は微笑した。

 

「ロスヴァイセに自信が無いのは、女としての悦びを味わったことがないからじゃない? ほら、男だって、一皮剥けないと成長しないって言われているしっ」

「そ…………そんな…………そんな落とし穴が?」

 

稲妻が迸るのが目に浮かぶように、ロスヴァイセは床に手を付いてショックを受ける。 こと恋愛や性的な話になると、途端にネガティブになるのは彼女の特徴だろう。

 

「ん、まぁ」

 

ナインが片目を瞑って難しく唸り出すと、やがてポンと手を叩いた。

 

「肉体を鍛えることは、個人差はあれど誰でもできます。 しかし、精神についてはやはり経験を積み重ねることだ」

 

経験とは、無数の相手との無数の仕合い。 要は数をこなすことである。

特に人間は、多くの技等を反復することでしか磨くことができない。 身体能力については、才能の差異を除けば貧弱そのものなのだから。

 

「――――ある程度の年齢になってくると肉体の減退する我々人間にはこれでしか強くなる方法を知らないし、できない。 それで、肝心の精神系のことですが…………」

 

倒れ伏すロスヴァイセの肩に手を置く。

 

「人生経験だ。 私くらいの年齢だと、運動神経は鍛えればどうにでもなりますが、こと自信という精神状態面に関しては様々な試験結果が出ています。

先ほど言ったように、知らない相手との仕合は、無意識に頭を使うことがあるから非常に効果的だ。 強敵との戦いも同じ。

それと、まぁ、これが黒歌さんの言いたかったことだと…………――――」

 

思うんですがー……、と間延びしながら黒歌を横目で見る。

すると、気づいた彼女は親指をぐっと立てた。 良い笑顔である。

 

「異性との付き合い、かねぇ。 大した違いは無いと思うんだけど、どうだかね」

「あるにゃ!」

 

煮え切らないナインに、黒歌が勢いよく前に出てくる。

 

「女っていう生き物はどこまでいっても女。 好きな男に抱かれれば心が悦ぶ、そして、そんな男に抱かれたならその分自分にもその価値があったってことで――――自分に自信が付くのよ」

「いや黒歌さん、やっぱりそれ違うと思うわ」

「なんでよ!」

 

苦笑いするナインに黒歌が噛み付くように睨む。 なぜそんなに怒る。

 

「…………非効率的でしょう。 無意味な知識ばかり付く」

 

求道する心身さえあれば、恋愛などという胡乱なものを踏破しなくとも極限に至れると、ナインは信じていた。

しかし、黒歌は頑として聞かない。 珍しくナインを押し退け、ロスヴァイセに顔を向けた。

 

「恋をすれば強くなれるのよ! でも、焦がれてるばかりじゃダメ、アタックあるのーみ!」

 

まるで黒歌は、いまの自分のことをそのままそっくり言葉にするように、目の前の悩める戦乙女を指摘した。

こうして自信を持って言えるところを見ると、黒歌にも実体験があるのだろう。

 

「私にも、春は来るでしょうか…………?」

 

涙目になりながら、震え声でやっと言葉を発するロスヴァイセ。 黒歌の熱弁は、少なからず彼女の心に響いたようだ。

 

「…………」

 

この場でただ一人首を傾げ続ける男には響かなかったが気にすまい、聞かせたい女には聞かせた、あとは本人の意志のみだ。

 

「やります…………強くなるために、好きな人を作ってみます!」

「でも慎重にね、そうやって躍起になったときに限ってろくな男に引っ掛からないと思うから――――」

「ダーメだこりゃ」

 

横でその珍話を聞くナインは心底呆れていた。

すると、ロスヴァイセが思いついたように何かに気づき、黒歌をまじまじと見つめる。

 

「なぜ、そんなに親切なのですか。 私とあなたは敵同士だというのに…………」

「恋したい女に、敵も味方も無いわ」

「あ…………ありがとうございます!」

 

ぶわっ、あふれ出る涙。 ここに女の友情が成立した。

訳の分からない空間を蚊帳の外で見守るナイン。

 

「いいのよ別に。 時にロスヴァイセ、早速だけどあなたはいま、気になる異性っているの?」

「…………」

 

あ…………、と黒歌は口を半開きにした。 一瞬、一瞬だけだったが見逃さなかったのだ、彼女が……黒歌に聞かれた直後のほんの数瞬だけその綺麗な碧眼をある方向に向けていたのだ。

 

「む?」

 

ロスヴァイセの視線の先を辿っていく黒歌は、ナインと目が合った。

訝る彼を余所に、つぅ、と黒歌の頬に汗が伝った。

 

「ど、どどどうしたんですか?」

 

明らかに動揺して惚けるロスヴァイセ。

「どうしたんですか」じゃないわよと。

 

バレていないとでも思っているのか、すでに視線を戻していたロスヴァイセに黒歌は内心そう思った。

あくまでもシラを切り通すつもりらしい銀髪のヴァルキリーを切り崩すべく、黒歌は古典的な手段を取ることにした。

 

「あーナインがあなたのこと熱い視線で見つめてるー」

「え、嘘!?」

「ウソにゃん」

「………………」

 

慌てて振り返ってもいつもの朴訥とした態度を決め込むナインが居ただけだった。

 

―――――やられた! ロスヴァイセは己の迂闊さを恨んだ。

女同士の友情とは、と、なにか哲学的な含みでもあるのだろうか。 単純ではないことは確かだ。

 

「ダメ…………」

「え…………?」

 

そしていま、即席の女の友情はやはり即席にぶっ壊れる。 インスタントな友情は、出来上がるのも冷めるのも早いのである。

 

「だめ。 ナインは絶対ダメなの。 私がいま攻略している最中なのよ」

「なっ、私は別にナインさんのことなんかなんとも思っていません! ただ、戦ってるときとか、アドバイザーとして接してくれたときとか、ちょっとかっこよかったなーって思っただけで」

 

黒歌は片手で頭を抱える。

 

「あーそれもうダメな奴にゃー。 それと、素直じゃない女は損しかしないのよ?」

「素直もなにも、私は本当に――――」

 

そんな乙女たちの言い合いが続く。 やれ素直になれだ、なんとも思ってないだのとイタチごっこのような言い争い。

 

ナインを美味しくいただくために虎視眈眈、いつも欲望に素直な猫魈仙術の使い手――――黒歌。

禁欲的な生き方しかしてこなかったヴァルハラの戦乙女―――ロスヴァイセ。

 

そっと部屋の扉を閉めてホテルの廊下に出たナインは息を吐いた。

 

「そろそろどうですか?」

 

開けた扉の裏に意識を向けた。 腕を組んで壁に寄り掛かるヴァーリが不敵な笑みを浮かべて佇んでいたのだ。

 

「ああ、あちらのパーティも佳境に入っているそうだ」

「そうかい、では出ますか。 あああと、前から思っていたことですが」

「なんだ、なにか気になる事でもできたか?」

「そういう情報は一体どこから仕入れてくるんだい?」

 

もっともな指摘をナインはした。 このホテルのこともそうだが、冥界内でも情報に通じているというのが不思議だった。 これも禍の団(カオス・ブリゲード)という組織の為せることなのかと納得してしまえばそれで終わりだが。

 

「…………」

 

如何せんナインは、”そういう風にできている”と言われて納得できることとできないことで著しく別たれる。

 

理性の欠片も無さそうな純粋な狂気を持ちつつも、場を分析しようとする知性をも持ち合わせるのはナインのような、己を異端と自覚している者にしかできない。

日常でも狂気を撒き散らすのは小者のすることと同義である。 そうしてナインは、狂気と正気の境界線をそれぞれ別々に使い分けることができる。

 

「だからお前は扱い辛い…………」

「なにか?」

「いや、なんでもない。 なに、有用な情報源は、他に適材適所なヤツがやっているんだ。

次元の狭間からこんな地下冥界にも飛べるんだ、できないことじゃない」

「確かに、あの空間だけは理論的にまとめられることじゃないよ。 科学じゃ為し得ない領域だから、無理にでも納得することしかできないねぇ、いやぁ無知って怖い」

 

ではいずれ、その”適材適所なヤツ”とやらにも会わせてもらえるのか。 ナインはそう納得して笑った。

 

「それで、黒歌とヴァルキリーは」

「黒歌さんは先ほどシャワー室から帰って来ましてね。 もういいと思いますよ」

「そうか? お前の部屋から聞こえてくる言い合いは気のせいか」

 

にやりと、ヴァーリが厭らしく口角を上げた。

 

「あ~………………………………」

 

完全にだだ漏れてくる二人の女性の言い争い。

どったんばったん。

 

「あなたも人が悪い。 でも、これ以上は時間の無駄だ、さっさとあのやかましいのを黙らせて行きましょう」

「…………話の渦中にいるはずのヤツが何を言う…………まぁいい――――行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして場所は移り、ここ冥界のパーティ会場は人ならぬ、悪魔で溢れかえっていた。

金色に彩られたシャンデリアが、優雅な雰囲気の会場を一層照らし映え渡らせる。

 

冥界の粋を凝らした豪華絢爛なパーティ会場。 当然だ、ここには七十二柱の名門貴族悪魔だけでなく、さらにその上を統べる現四大魔王も来訪している。

 

その、中世ヨーロッパを思わせる場の空気のなか、フロアの隅に用意された椅子にくたびれた様子の少年が居た。

 

兵藤一誠である。

 

「あー、ちかれた」

 

主であるリアスとともに各上級悪魔たちとのあいさつを終えて疲れ果てていた。

悪魔貴族ともなれば礼儀、形式を重んずるのは至極当然のことである。

 

が、人間界で一般的な家庭生活を送ってきた一誠にとっては少々気の滅入ることだった。

 

騎士(ナイト)さま、今度わたくしとお食事でも――――」

「木場さま――――」

「祐斗さまぁ――――」

 

横目で他の女性悪魔に囲まれている木場祐斗を見て内心歯ぎしりする。

 

「ぬぬぬ……イケメン、爆発すべし」

 

とはいえ、このような催しは初めてな一誠は、このときはすぐにその嫉妬の熱も冷めていた。

 

冥界に来てからというもの、多忙な日々が続いた。

若手悪魔たちとの顔合わせに、修行に、そして何よりこの環境に慣れることで精いっぱいだったのだ。

それでも、眷属の仲間たちとの触れ合いは心の保養になり、特にアーシアは一誠の心休まる癒しの存在だった。

 

「イッセー、アーシア、ギャスパー、料理をゲットしてきたぞ」

 

すると、パーティ開始とともに席を立っていったゼノヴィアが戻ってくる。

その手には、持ちきれぬほどの料理の乗った皿、皿。 さすがと言うべきだろうか。

 

「お、ゼノヴィア、悪いな」

「これぐらい安いものだ。 ほら、アーシアも飲み物くらい口に付けた方がいい――――環境に慣れようと意識しすぎていると逆に体力の消耗が激しくなるぞ」

「ありがとうございます、ゼノヴィアさん。 こういうの……すごく緊張してしまって、喉がカラカラでした」

「うむ、それは良かった」

 

微笑むアーシアに、ゼノヴィアも笑顔で返した。

そこで一誠は誰かの視線に気づく。 突き刺さるとまではいかないが、明らかに意識されたものだ。

 

「…………」

 

気付くと、すぐあちらから、ドレスを着た女の子が歩いてくる。

一誠の目の前で立ち止まると、その女の子はむす、と口をへの字に変えて口を開いた。

 

「お、お久しぶりですわね、赤龍帝」

「あ、焼き鳥野郎の妹」

「レイヴェル・フェニックスですわ! いい加減覚えてくださいまし!」

 

不死鳥フェニックス。 どんな攻撃を受けても瞬時に再生し蘇る名門フェニックス家。

その兄妹たちの一番下の妹がレイヴェル・フェニックスだ。 綺麗に巻かれたロールの金髪は、もはや芸術の域である。

 

しかしなぜそんな名門の出のお姫様と一誠たちが知り合いなのかというと……

 

「悪い悪い、で、兄貴は元気か?」

 

兄は――――と、聞かれたレイヴェルは嘆息した。

 

「あなたのおかげで塞ぎこんでしまいましたわ。 よほどリアスさまをあなたに取られたことがショックだったようです」

 

そう、以前レイヴェルの兄――――ライザー・フェニックスとは、リアスを賭けてレーティングゲームの勝負を繰り広げた。 最終的な事の顛末はなかなかに複雑なことのため、一言では言い表せない。

 

しかしあえて簡潔に言うなら、一誠は、リアスとライザーとの結婚式をぶち壊しにした。

 

「…………俺が婚約をぶち壊しちまったからか、な…………」

 

そう、その婚約を一誠はライザーと戦い勝利した上で破棄決着した。

そのような断行に及んだのは他でもない、リアスはその結婚を心底嫌がっていたのだ。

 

しかし、自分のしたことに間違いはないのだと、当時確信を持って言えたが、他人の婚約を一方的な私情で破棄させたことに、この少女を前にしたいまこのときは負い目を感じた。

 

が、やはり貴族のこういった風習は、一誠自身あまり好きじゃないことも確かだったから貫いたまでなのだが。

頬を掻く一誠に、レイヴェルはふん、と息を吐いた。

 

「才能に頼って、調子に乗っていたところもありますから、いい勉強になったはずですわ」

「容赦ねー。 お前、いちおう兄貴の眷属だろ」

 

初対面のときとは打って変わった手の平返しに一誠は苦笑した。 少しでも……少しでも自分のしたことの重大さを知った。 けど同時に、レイヴェルのように外部の悪魔にも友好的な者がいることを、一誠は安堵した。

 

「それなら、現在トレードを済ませて、いまはお母さまの眷属ということになって――――」

 

得意そうに手を振る。 すると、ドンっと後ろのパーティ客にぶつかってしまう。

レイヴェルは気づき、後ろを振り返って謝罪した。

 

「あ、すみませんわ。 不注意を――――」

「いやぁ、いいですよ。 こちらこそすみません」

 

会釈をしてそのパーティ客を見送ったレイヴェルは、再び一誠の方に向いて少し嬉しそうに会話を続けるのだった。

 

微かにチラリと見える、そのパーティ客の…………顔。

その男の顔は、赤いローブで頭からすっぽりと隠れていた。




更新速度も、話の進みも遅くて……すみません。 どうしても中だるみしてしまう。

まぁ気を取り直して。 以上、潜伏先の回でした。 ロスヴァイセが黒歌と思いの外自然に打ち解けてて書いてて笑ってしまいました。

処女ビッチと恋愛処女が交わるとこうなります。

さて、今回ナインは、ロスヴァイセさんの優秀性を見抜くことに成功しました。 今後どうなっていくかはお楽しみ。





―雑談―
今期アニメとして放送している「落第騎士の英雄譚」のOPがスクライドのOPの人と同じで笑った。 いいね!(ポチッと
今期はこれとワンパンマンの覇権争いかな。 アスタリスク?


題名を「おっさん都市レスタリスク」に改名するなら続きを見てやろう(傲慢)
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