紅蓮の男   作:人間花火

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Dies iraeのように、「創造」のような自分自身のルールを具現化するような技を考えている作者。 完成の日は来るのだろうか。 六十年後かな(大並感)


覇龍と求道と乙女心
38発目 愛する者は正気なし


二匹の姉妹猫は、性格は違えど仲が良かった。 それこそごく一般的に居るような姉妹と比べて少し上ほどの。

しかし、足りないものも多かった。 というより、大きかった。

 

親と早くに死別。

いままで、すべてにおいて順調と言って良いほど一般的な生活から一変し、二匹(ふたり)の猫は宿無し文無しの、それはもう厳しい生活を強いられていった。

 

生きるための力。

 

まだ子供だった彼女たちには当然ながらそれを持っていない。

だが人間……でなくとも、追い詰められれば生き物というのはしぶとくその生命力を発揮するもので。

 

お互いを頼りに、一日一日を懸命に生きていった。

そしてそんななか、とある悪魔に拾われる。

 

拾われた理由としては単純だろう――――姉の能力が頭抜けていた。

妹の方はまだ未成熟だったが、姉には類稀なるその能力を保有していた。

 

猫又――――のさらに高位の妖怪。 「猫魈」 ゆくゆくは優秀な眷属になるだろうというそのとある悪魔の考えだったのか、否か……いまとなっては半永久的な謎のまま。

 

それゆえに、姉がその悪魔の眷属になることで、妹もともに住めるようになった。 条件だろう、実に悪魔らしい取引だ。

しかしそこから、宿無し、根無し草、文無し――――数多の貧困の象徴から逃れ出れたと本当に安堵していた姉妹は、この先には光があるに違いないと、そう思い信じて止まなかった。

 

だが、それがいけなかった。

光だと思って進んだ先は、闇と茨が融け咲き誇る暗黒の道。

 

眷属になることで、姉は悪魔になった。 いわば転生悪魔。

もともと強力な力を持っていた姉は、悪魔の力を得て急加速に成長を遂げていく。 不自然なほどに。

 

そして、異変。

 

姉は確かに優秀だった。 成長していき、魔力の才能にも開花、そして猫魈の存在力ゆえ、仙人のみが使える「仙術」という特殊技能をも発動できるように至るが。

 

――――主、殺害。

 

力の増大は止まらず。 しかし彼女の主はそれを良しとした。 そして、当然ながら姉にもこれほどの力があるのなら妹にもあるのだろうという、悪魔らしく欲望に忠実に、妹にまでその強化を強制しようとしたのである。

 

なんというか、悪魔らしいというか。 いや、悪魔とは本来人間に対し欲を与える者。 自らが欲を欠いて破滅するなど、なんとも馬鹿らしい結末と言えるだろう。

 

妹を守るため。 半ば暴走状態だったにもかかわらず、妹への愛はあったのか、その主を殺すのみに至った。

 

こうして、姉は冥界から追われる身となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌な夢」

 

夕方、ヴァーリチーム本拠地。

リビングのソファーで体を起こしてそうつぶやく。

 

ずいぶん懐かしい夢を見た気がする。 とはいえ、その夢のせいで気分は最悪だが。

 

「ふぁ……」

 

大きな欠伸を一つして、着崩れたワイシャツを直して妖艶に出ていた肩をしまった。

伸びをしたとき、ボタンがはち切れそうなほどにその豊満な胸はぱつんぱつんに生地を引っ張る。

 

塔城小猫、彼女からしたら「白音」か。 彼女の捕獲に成功したヴァーリチームは、いままでの疲れを流すため、最近は特にこれといった活動はしていない。

 

何しろ、ここ最近戦闘漬けの毎日だったから。

北欧神話勢、「禍の団(カオス・ブリゲード)」の英雄派。 それらと立て続けに交戦してきた。

疲労も溜まるだろう、当然ながら寝起きとはいえまだ取れない。

 

しかし、彼女にも睡眠欲以上に優先するものはある。

 

「にゃ……そこに居るの~?」

 

自分にまったく違う世界を見せてくれた、或いはこれから魅せてくれるであろう男。

相思相愛とはいかないでもそれなりの信頼関係はあると自負している。

 

「ナイン…………」

 

――――と、寝ぼけながら男の名を呼んだ直後だった。

 

「ぐむっ――――っ」

「あ、ごめんにゃ――――」

 

背中合わせになっているソファー。 その反対側にいつもナインがいることは分かっていた。

テーブルには理解不能な原子記号やら図式、錬成陣だか魔方陣だか分からないものが描き込まれた用紙を手に取って唸る彼の姿をよく見かける。

 

睡眠時間を大幅に削ってまでするデスクワーク。 しかしそれを見てガリ勉だの余裕が無いだのと小馬鹿にすることを彼女はしない。

 

だが、今回はそういう状況ではなく――――

 

「あなたねぇ……」

「…………ごめーん」

 

まだ完全に意識覚醒していない寝起きの目で彼女――――黒歌は、自分の下にいるナインに謝った。 落下して彼の腹に肘打ちを見舞ってしまったのだ。

 

「…………まぁ、いいですけど」

 

そういつもの口ぶりでナインは口から息を吐く。

顔に重そうな本を広げてアイマスク代わりにしているところを見ると、彼も仮眠中だったことが解る。 そんな眠りの最中盛大に腹に一撃貰ったのだ、文句の一つも言うだろう。

 

だが、にもかかわらず黒歌はナインの上から退こうとしない。

それどころか、ナインにその体を押し付けている。

ゆっくり、ゆっくりと、本で視界を隠しているナインに気付かれないように這って行く。

腰、腹、胸板と、完全に体を密着させたまま、ずりずりと這って行き、ついにその先に到達した。

 

「と~うちゃーく」

「む」

 

甘い声の元、ペロリと生暖かい舌先でナインの首筋を舐める。

豊かに実った二つの果実が、胸板で卑猥に形を変えた。

 

「ん…………寝て、ないの?」

 

ひとしきり好きな男の体を味わうと、艶のこもった声音でそう訊いた。

 

「いえ、寝ましたよ」

「…………どれくらい?」

「30分」

「短っ! よく平気でいられるわね」

「あなたの見事な肘鉄が無ければもうあと10分くらい寝れました」

「にゃーん」

 

そう猫撫で声で鳴きつつ、黒歌はナインのアイマスク代わりの本を退かしてそのまま顔を近づけた。

目が合い、見つめ合う。

 

「ナインの目って、黄金に輝いてるのね…………綺麗」

「まぁ、それはあなたも同じようですが」

 

影で交わされる接吻。 黒歌のこの甘えたような行動は、あの房中術もどきの一件でエスカレートしつつある。

 

そして、それが始まったら自分からでは止まれない(・・・・・・・・・・・)

半強制的な寝起きで意識が未だ覚醒しないナインの唇を、黒歌の舌先が割り入って舐め回す。

 

口内を舌でぐるりとなぞり上げた。

触れ合う舌は、瞬く間に蛇のように巻き付き絡める。

 

「ん…………はっ……」

 

水音をさせながら身じろぐ。

耳で反響する口吸いの淫猥な音色を聴きながら至福の時を堪能する黒歌。

息継ぎのため、ナインが彼女の肩を持って離す。

 

「………………それ、私のワイシャツですよね」

「あら、気付かれちゃった? 近くにあったから借りているわ」

 

ぷるん、とワイシャツの生地を引っ張る二つの果実をわざとらしく揺らした。

そして再び落とされるキス。

 

黒歌のいまの恰好は、和風の着物姿の時とはまた別の淫靡さを纏っている。

ナインが赤いスーツの下にいつも着ている白いワイシャツをラフに着ているだけだ。

 

ボタンは2、3個留まっているのみ。 そのため、彼女の豊満な胸や躰の線が厭らしく浮き出ている。

下も…………下着だけである。

 

黒歌自身も自負する抜群のスタイルは、布一枚で窮屈そうに押し込められている。

 

「…………このワイシャツ、ん…………リラックスできて良いのよ。 それになんだか…………」

「…………」

「…………ナインに抱きしめられてるような感覚がして、とっても気分が良いにゃ~」

 

離れていく二人の唇の間を、銀の橋が伸びて堕ちた。

黒歌の黒い髪をナインが一梳き。

 

そして、都合何度目になるか分からないキスにナインが含み笑った。

 

「嫌?」

「…………いえね、別に。 ただ、あなたとこうするのは何度目になるのかなぁ、と」

「何度でもいいんじゃない? ナインが嫌じゃなければ、私は…………」

 

艶然と潤んだ瞳にナインを映す。

 

「はぁ……んはぁ~……にゃ~ぅ……――――」

 

黒歌の熱い吐息が頬を撫でた。

一束、二束と黒い髪がナインに垂れる。

 

「あなたは私と居て飽きないのか? いつまでも先のステップに進まない私に、そろそろとは言わずとも焦れてきているのでは?」

「…………」

 

――――唐突。

言葉に、黒歌はきょとんとした。

接吻は何度しようと行為に及ぶまでには至らない二人の奇妙な関係。

普通の人に聞けば不可解極まりない、宙に浮いたような関係に見えなくも、無い。

 

男女で友情など成立するはずがないと思っているナインの、至極当然の疑問だった。

 

だが黒歌は、ナインにしては意外に陳腐な問いにカラッと笑った。 いつもは哲学的なよくわからないことを語り出してこちらの熱烈なアプローチを躱してくるくせに、今日はどうしたの? と。 この彼の問いを心底チャンスと思いつつ舌なめずりをした。

 

「……まぁ確かに、焦れて来てはいるわ。 あなたが許してくれたらいますぐにでも襲っちゃうわね」

 

でもさ、それって短慮よね。 黒歌はそう言って本を退かし、ナインを至近距離で見詰める。

 

「ヤラせてくれないくらいで冷める恋ならしてないわ。 それに私、結構嫌いじゃないの」

「…………なにが」

 

訝しげに問うナインに、

 

「あなたを追いかけるのが好き。 振り向いてくれないあなたが好き」

「それは破綻している。 ならばもし私があなたをここで抱いたら、あなたは私に興味を失くす。 そういうことでしょう?」

 

なんとも悲壮感を帯びた文句。 だが、こういう言葉を平気で、躊躇いも無く流暢に喋るのがナインだ。

事実この台詞は不敵に笑う口元から出た言葉だからだ。

 

黒歌はクス、と笑った。

それこそ短慮だろう。 今日のナイン、なんだか変よ、と。

 

「それ、最低女よね。 でも居るわよ、確かにそういう女。

振り向いてくれない男がいるから、振り向かせようと躍起になる。 いざ振り向かせたときは、興味を失くして――――」

 

また次、そしてまた――――まるでループのように行われる。 男の方は迷惑極まりないだろう。

なんという高慢な女だ、と。

 

「ナインはなんでそう思ったの? もしかして、昔そういうことされたことがある、とか」

 

一転、ニヤニヤとナインの頬を指でつつく。

 

「だとしたら、ナインにもそういう時期があったのかなって、逆に親近感沸くんだけど」

「さて」

 

ナインは屈託なく笑った。

 

「しかしさて…………あれはそうだったのかもしれません」

「あれ?」

「いえ、失礼。 昔を思い出しまして。 まぁ昔とはいえほんの数年前のこと」

「聞きたい聞きたい! 聞きたいにゃー! ナインの全部!」

 

馬乗りの要領で興奮する黒歌。 しかし揺さぶられるナインは、苦笑いで言わずの姿勢を示していた。

 

「…………」

 

すると黒歌は急に動くのを止めた。 何を思ったか、ナインの方にもう一度ゆっくりと上体を落とす。 再び密着する二人の肢体。

 

「錬金術だって同じ。 届かないからこそ渇望する。 私の恋も、叶わないからこそ(こいねが)う。 これだけ想っているのに、どうしてそんなこと言うの?」

 

それは、いまの宙に浮いたような関係のことを、だ。

 

「…………あなたも塔城さんの境遇に少なからず羨望の念を懐いていると思いましてね。 信じられる仲間が居て、守ってくれる騎士が居る。 女性ならば誰もが夢見る――――」

「浮き彫りになりたくない、足手まといになりたくない。 あなたと並べばか弱い女なんていう生き物はそういう存在でしかないわよね」

 

ナインと並んで同じ道を歩める者などそういない。

黄金律のピラミッドは上に上がるほどその人口枠は数を狭めていくだろう、それと同じだ。

 

「…………ではあなたは、まだ歩けるというのか。 私が歩むこの狭い道程を」

「ナインと一緒に居たいからね」

 

珍しい物を見たように黒歌を見詰めるナイン。 黒歌の言葉に呆気に取られたのだ。

 

「…………ふふ、ふ」

 

しかしにわかに、声も無く笑い始めた。

 

「く……くはっ。 アハハ、はーーーーーーーーーーっはっはは!」

「笑い過ぎじゃない?」

「いやいや、あなたは初めて会ったときはこんなに甘えたがりでは無かったはずだ。 もっとこう、獣のような」

 

すると、黒歌は頬を膨らませて拗ねて見せた。

 

「あら失礼ね。 最初から飛ばしまくっていたでしょう? あなたにアプローチしていたじゃない」

 

未だ笑い続けるナインが黒歌の頭に手を乗せた。

 

「…………あのときのあなたは違った」

「!」

「あのときの貴方は、触れれば斬れる佇まいを持っていた。 そうさ、あなたは本来ああやって生きて来たんだ。 そんな雰囲気を放ってましたよ。 周りは皆敵、向かって来る敵は牙を剥いて食い殺す。 まるで餓狼。 それがいまでは…………ククっ」

 

初対面のあの日の自分の本質をすでに見抜かれていたことに、黒歌は冷静さを欠かない。 なぜならそうだ、紅蓮の男とはこれなのだ。

「人間」をよく知っている男だ、なにを戸惑う必要がある、当然じゃないか、と。

 

悪魔の主を殺し、しばらくしてヴァーリチームに入った。

心にも余裕が生まれ、多少は弛緩した雰囲気に慣れてきていた。

が、本質は変わらなかった。 凶悪なはぐれ悪魔として追われている身で、完全な余裕など持てなかった。

 

――――野生としての本能が、その雰囲気を無意識に放出していた。 それにこの男が気づかないはずがない。

 

「…………いまの私は嫌い?」

「いえ、むしろそんな短絡思考から脱却したあなたはより美しく見える。 理知的に動ける女性はいい女だ」

 

黒歌の顔に、華が咲いた。

 

「ナイン、大好き」

 

無言で口だけを笑ませるナイン。

黒歌はここで、さらに進歩したと確信しそして、”自分はナインを愛している”のだということを再認識した。

 

「ねぇナイン、聞いて欲しいことがあるの」

「…………」

 

遊びはここまで。 ここからは重要な話に差し替わった。

 

ナインが沈黙の後、顔に被さった本をテーブルに置く。

上体を起こす邪魔をしないよう、黒歌も名残惜しそうではあったが、自分も体を退かしていった。

 

「塔城さんのことですね」

「! ……そうよ」

 

もはや驚かない。 ナインの前では隠し事はできないだろう洞察力の高さに黒歌は頭を垂れる。

 

「でも、あなたには白音って呼んで欲しいわ。 それがあの子の本当の…………」

 

本当の名前なのだと。 彼女は「塔城小猫」ではなく、「白音」だと。 今現在一番信頼の置けるであろう男性には知っていて貰いたい。 黒歌はそう願っていた。 だが、

 

「真実だけがすべて正しいわけではない」

 

そう、ナインは黒歌の言葉を否定した。 しかしそれはまるで、子供をあやすように優しいトーンで。

 

「本当の名前? あなたが言うなら確かにそうだろう、彼女は『白音』。 でも、そうは思っていない者たちもいるよ」

「そうは思っていない…………? ああ、グレモリーの上級悪魔のこと? あんなの――――!」

 

血縁でもないのに何を世迷言を。

「塔城小猫」? そんな名前(もの)あいつらが勝手に付けた名前じゃない! そんな他人に付けられた名前が可愛い妹の名前だなんて――――

 

認めない、認めるものですか。

 

「だが、結果的にいままであなたの『白音』さんを守ってきたのはグレモリーさんたちだ。 あなたは理由はどうあれ、『白音』さんとの関係を絶ってきた」

「そ、そうだけど…………そう、だけど…………うぅ」

 

しかも最悪の別れ。 怖がらせたまま離れ、そして現在(いま)また彼女を怖がらせようとしている。 それでは以前の繰り返しだろう。

 

「まずそこからだ。 いまの『彼女』と関係を修復していくには、そこから直していかなくてはならない――――『どちらかが一歩退く』つまり、あなたが退き、『白音』ではない彼女を見てあげるのだ」

 

「白音」のままでは、昔のことしか思い出さないだろう。 本名であろうが、その名は思い出すのも恐怖する過去の所為で、”忌み名”のようになってしまっているのだ。

 

ゆえに、

 

「あなたにとっては厭わしいでしょうが、我慢が肝要だ。 彼女はいま、『塔城小猫』であることに幸福を感じている」

「…………嫌にゃ……そんなの」

 

ボソリ、小さく発したか細い声。

しかしそれは、より力強いものに変わっていく。

 

「…………嫌よ、絶対嫌にゃーーーーーーーー! 血縁の私と一緒に居るより上級悪魔なんかと一緒に居た方が幸せだなんて嫌にゃ!」

「ならば」

 

ああならば。 本当の家族が誰であるか明確に示したいならば、

――――戦え。 立って戦え。 血縁とか血筋とか、姉妹とか、そういうものをすべてかなぐり捨てて彼女にぶつかるがいい。

 

ゼロから始める姉妹仲の集中治療だ、思い出は逆に膿みになる。 頭を空にして戦え。 そこから、本当に直せる仲なら、何も考えずに突っ込んでも万事は良方向に進むはずだから。

 

「あんな悪魔に、白音をやるものですか!」

「ではとりあえず、彼女と話してきなさい。 私は少しヴァーリに用があるので出てきます」

 

ふんす、とやる気まんまんの黒歌にそう言い残して、ナインは部屋を後にした。

 

「愛する者には正気など無い。 ああなるほど、私と同じか、くははっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁヴァーリ」

「ナインか、何の用だ」

 

夜の闇に浮かぶ月影は二人を照らす。 黒歌と別れたナインは、気配を辿って橋で一人黄昏る白い少年に会っていた。

挨拶代わりの呼びかけとその返答の後、前者であるナインが鼻で笑った。

 

「あなた、黒歌さんのことを知ってて、私たちに塔城さんを攫って来いなんて言ったんでしょう?」

「戦力増強さ、何を疑う」

「惚けるなよヴァーリ・ルシファー…………」

 

危険なほどに深くなる笑みとは反比例にヴァーリの表情は険しくなる。

 

「別に騙した事を責めてるんじゃないよ。 ただね、あなたも黒歌さんも、最近変わってきていると思いましてねぇ」

 

ねぇ? と意地悪そうにそう言うナイン。

するとヴァーリは眉を上げて訝った。

 

「変わってきた、俺が…………?」

「ええ。 さっき黒歌さんにも言ったんですが――――丸いよ、いまのあなた。 赤い方と何かあったのかい?」

「…………」

 

無言。 肯定か否定かは不明だが、ヴァーリはナインの言葉に反駁の言葉も無い。

 

黒歌に先ほど言ったこと――――野生に生きる獣のような、鋭いナイフのように触れれば斬れる佇まい。

これがナインと会う以前の彼女だったが、現在はそれがほとんど抜け落ちている。 といった状態をナインは言いたかった。

 

「いまのあなたも戦闘狂というより……そうだな、仲間思いのチームリーダー、ていう感じかねぇ」

「何が言いたい。 はっきり言え、紅蓮の錬金術師」

 

ピリッ。 ヴァーリの持つ雰囲気が張り詰めた。 そんな伝説の二天龍の暴風のようなオーラを感じてなお薄ら笑いを止めないナインは、わざとらしく顎に手をやった。

 

「ええっとねぇ…………誰彼構わず放っていた殺気、戦意がいまのあなたには無いんだよ」

「………………」

「さて、これは平和ボケしたと言えばいいのか、それとも理性が獣性を上回って利口になったと言うべきか…………」

 

その瞬間、夜の闇が局所的に光り輝き、爆発を起こした。

 

――――魔力の砲弾の轟音炸裂により、二人の居た橋が一部倒壊する。

 

「おっとぉ」

 

魔力の有効範囲から跳び退り、大仰なアクロバットでバク宙していく。

やがて橋としての存在意義を失くした鉄骨の上に、紅蓮の男は飛び移っていた――――いつもの笑みを浮かべて。

 

「怖いなぁ」

 

睨み上げてくる白龍皇の姿となったヴァーリに、ナインは倒壊した橋の僅かな鉄骨の塊の上で座り込んだ。

 

「優しいのは結構ですがね。 正直、優しさというのは過ぎる甘さとなってその者を『駄目』にする」

 

変わりたいなら自分の力で変われ。

現在(いま)を覆したいなら己の力で覆せ。

 

気に入らない流れなら自分の力で捻じ伏せろ、他力に頼るな。 

 

「そんなに過保護だったか? 俺のやったことは」

 

訊くと、ナインは首を横にゆっくり振る。 質問に否定で返した。

 

「いまはね」

「俺は会談のとき、あの赤龍帝――――兵藤一誠に、次の戦いではもっと激しく戦ろうと宣戦した。 ああ、満たされてなんかいないさ。 おれは戦えればそれでいい」

「…………」

 

笑みを止め、目を細めてヴァーリを、まるで品定めするように見るナイン。

もっと激しく。 凄烈に。 打ち合い、組み合い、滅ぼし合おう。 そう赤龍帝に告げたのだ、偽りは無い。

 

ナインの懸念していたことはヴァーリの心の揺れにある。

出会った当初は純粋な戦闘脳だったのに、ヴァーリは徐々に”情”というものを知りつつある。 いや、持ちつつある。

 

しかしだからといって、それが悪いわけじゃない。

ただ…………

 

――――少なくとも、自分で決めた生き方を途中で変えることは、自分はしないから。

 

しかし、これは指摘しただけだ。

すぐにナインは引き下がったのだった。

 

「…………ふぅむ、分かりました。 どうやら、私の勘違いだったようですね」

 

だった、”こと”にしておこう、と言葉の裏に潜ませた。

肩を竦める。 ヴァーリの横に飛び降り立ち肩に手を置いた。

 

「ではいままで通りに。 生き残るために戦いましょう。 あと、黒歌さんと塔城さんの件に関しては、たったいま始まったところです」

「ほぅ」

「まぁどうなるかは彼女たち次第ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男二人がそんな中、とある一人部屋で二人の姉妹が改めて再会していた。

 

グレモリー眷属たちが通う学び舎、駒王学園の制服のままベッドに座っているのは、小柄な銀髪の少女だった。

普段の彼女は、外見から見ても表情から読み取れる心は少ない。 しかし、なんとなく落ち着きが無いことは、その少女と対面している彼女には一目瞭然だった。

 

「姉さま…………」

 

「捕らえられた」わけではなく、真に自分からこの状況に飛び込んできたのならば牢屋など不要だろうというナインの意向により、彼女――――塔城小猫には最低限の生活の保障が約束されていた。

 

汚点とも、悲劇とも言うべき過去を拭い去るため、小猫はナインの言葉を信じて付いて来たのだ。

 

「…………久しぶり、小猫(・・)

 

そうその少女を呼んだのは、黒い髪をストレートに背中まで垂らした美女だった。

 

「………………」

 

今までごめんね。 ”ごめんね”

 

この拗れてしまった関係を良好にしたいならまずこの言葉が出るべきだろう。

だが、その一言が中々出て来ない。 すぐそこまで出かかっているのに、喉のどこかで引っ掛かっている。

 

対面している美女――――黒歌は、その一言すら体面上言えない状態に陥っている。 なぜなら、最悪の別れをしてしまったから。 いまさらゴメンとか、本当のことを話す気にはなれない。

 

ここにきて、黒歌の意外に臆病なところが出てしまった。 いや、これは相手が相手だからか。

そして、ナインから勝手に借りたワイシャツの袖を握り締め、目を逸らしてしまった。

 

「こういうとき、どうしていいか分からないわね。 せっかくナインが作ってくれたチャンスなのに……いざとなったら頭真っ白で一言も浮かんでこないわよ……バカ」

 

それは自分自身に対してだ。

 

「…………かつての主を殺したのは、暴走したからですか?」

 

古傷を自分でほじくり返しながら、小猫がそう聞いて来た。 猫魈としての能力が暴走し、殺人衝動を抑えられずに敢行した行動なのか。

 

「…………そうよ」

「ウソです」

「…………」

 

質問したのはそちらだろう。 肯定に否定で返された黒歌はますます言葉が出なくなる。

 

「暴走した”だけ”なら。 いまの私に会いに来る必要なんてないです。 だってそうですよね」

 

相変わらずの無表情、しかし黒歌には解る。

 

「どんな善人でも後ろめたいことがあったら逃げたいと思うこと、一瞬でもあると思います」

 

なぜ、この子はこんなにしゃべれるの? 黒歌は心底そう思っていた。

 

「姉さまが暴走しただけで私を追いて行ってしまったなら、私はここで姉さまと会ってませんし、姉さまもそんな神妙な顔をして私と会わないです」

 

その時点で縁切りは免れないと言えなくもない。

 

だがナインに聞かされた。

 

それ以外の理由があって、黒歌は暴走したのだということを。 私利私欲で力を欲し、力に溺れて暴力(べリアル)となったわけではないのだと。

 

「姉さま。 姉さまは何をされて、どういう経緯で暴走するようになってしまったんですか? それを…………」

 

それを聞ければ、こんなセッテイングは要らなくて。

 

「私が話して、信じてくれるの…………?」

 

嗚咽のような涙声で黒歌は訊いた。

 

真実を知るのは現場にいた黒歌とその悪魔しかいない。 しかしその悪魔はいまは居ない、この世に居ない、ならば自分一人。

だが無意味だと、やる以前から諦め遠ざけた。 傷つけられた己から話しても信じてくれるわけがないと諦観していた。

 

隠され続けた真実を。

 

「姉さま、信じています。 偽りの無い真実を…………お願いしま……す…………」

 

先ほどまで姉よりも凛としていた態度も、最後にはその声すらも涙に濡れていた。

 

未だあの時の恐怖を拭い去れない姉への疑心。 先は長い。

離れていた分を取り戻さなくてはならないから。

 

だがお互い、僅かではあるが確実に距離を縮めつつあるのだった。

 

 

 

 

 

――――背中合わせだった姉妹が、初めて向き合い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってわけでよ、予定してたお前とシトリー家の令嬢とのレーティングゲームはお蔵入りになりそうだ」

 

「…………」

 

「一人欠けちまったんだ、どうしようもねぇ。 いま三大勢力の兵隊すべて動員して全力で捜索中だ、ゲームどころじゃねえ、それはリアス、お前も分かってんだろ」

 

「…………分かっているわ。 分かっているから歯痒いのよ」

 

「あ?」

 

「私の大切な眷属が攫われて、私たちは指を咥えて見ているだけしかできないなんて!」

 

「お前の心中は解る。 だが、我慢しろ、相手が誰だか分かってんだろうが」

 

「…………ナインっ!」

 

「そうだよあの(・・)ナイン・ジルハードだ。 あいつ、ここ数日で一気に悪名を広げやがった。 いや、それだけじゃねぇ。 元五大龍王がそう言ったんだ、もう疑いようがねぇよ――――あいつは……ナインは強い」

 

「私たちが行って取り戻して―――――!」

 

「それはダメだ、行かせねぇよ」

 

「どうして!」

 

「…………ったく。 いいかリアス、お前はまたイッセーの土壇場のパワーアップを期待に掛けてるんだろう」

 

「…………!」

 

「やっぱりな……そんな上手く行くんだったら、俺もお前らに行かせてる。 そうじゃねぇから俺も行かないしお前らも行かせない」

 

「そんな…………」

 

「あいつは『違う』んだよ、お前らとは根っこの部分から。 ナイン・ジルハードは兵藤一誠にとっての最大の鬼門だ」

 

「…………」

 

「………………ナインもやってくれるぜ。 パーティ会場爆破に続いて小猫を連れていくとは」

 

「でも……どうしてあの子、自分から…………」

 

「思うところがあったんだろ――――ん…………なんだ、緊急? 繋げろ」

 

「誰から、アザゼル?」

 

「…………ああ、分かった。 引き続き監視を続けろ、後からすぐ行く」

 

「どうしたの? ちょっと…………あなた、気持ち悪い顔になってるわよ」

 

「戻ってきた」

 

「え?」

 

「小猫が、冥界に戻ってきたそうだ」

 

「それは本当!?」

 

「……………………ナインに連れられてな」

 

「なん、ですって……………………?」

 

 

 

 

 

 

HölleKatze und Mad Bombe.




この話での黒歌姐さんの恰好は終始、裸 ワ イ シ ャ ツ だ。 ok?
ちなみに髪も結ってません。 イラストがあればどれだけ良かったか(血涙)

そして話を聞きながらも姉の胸を見るたびに劣等感を感じている小猫ちゃんでした
(嘘)


あ、あと私、久々にこの作品を初めから読み直しました。

感想:途中、主人公がエイヴィヒカイト使ってるみたいに見えて来た。 この類似感、なんとかせな。



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