紅蓮の男   作:人間花火

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39発目 紅髪と紅蓮

「そう……小猫がそう決めたのなら、お姉ちゃん何も言わないわ」

「はい…………それと姉さま、もういいですから、その呼び方」

「…………あ、ああ。 し、白音?」

「はい」

 

確固たる強い意志の宿った瞳で、小猫は実の姉にそう言った。

 

真実の断片を聞かせることで、いままで拒絶してきた過去と向き合わせる。 そういったナインの計らいでお互いに落ち着いた状態で話す機会を得た二人。

 

できることなら、これからもずっと一緒に居たい。

 

好きになった男のことで張り合ったり。

一緒に色々なものを見たり聞いたり。

 

できるのであれば、私と一緒に……。

 

姉妹としてこれからも一緒に。

黒歌はそう主張したが、当の本人は頑として聞かなかった。

 

「私は、リアス・グレモリー―――リアス部長の眷属です」

「…………そうね」

 

短く肯定する黒歌。 解っていた、分かっていたことだ。

 

塔城小猫はグレモリー眷属の「戦車(ルーク)」それは覆せない事実だ。

現にいま、彼女の中にはリアスの「悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」が内包されている。

 

主との通信が取れないほどの距離でいつまでもこうしていては、小猫も自分のようになってしまうだろう。

妹を己の二の舞にするなど愚挙だ。

 

何よりも、妹がリアスや他の仲間たちと離れたくないという気持ちが黒歌には強く伝わってきた。

だからか、黒歌はあっさりと小猫を手放す。

 

「そっちは楽しい?」

「…………はい」

 

含みは一切ない、優しく妹に笑いかけると、小猫も頬をほんのり朱に染めて頷いた。

 

「姉さまは楽しいですか?」

 

そう聞かれると、数瞬考える。 にわかに腕を組んだ黒歌が、何やら照れた様子で人差し指を頬に当てて苦笑した。

 

「あはは…………正直な話、私の方はもうメロメロなんだけどね」

「えっ」

 

予想外の返しに、小猫は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした。 意外だったのだ。

と同時に、彼女にしては稚拙な表現をする姉に驚いた。

 

「ただの無差別爆弾魔だったら私も付き合っていないわ」

 

短く笑った。 ナインと同じ金色の瞳が煌めく。 そして、恋い焦がれるように語り始める。

 

「ナインってね、たまに「自分はこんなところで死ぬ人間じゃない」っていう目をするの。 たとえ神様に殺されそうになっても、絶望的な実力差のある相手と戦っても、絶望なんてしない。 不思議でしょ?

絶対ダメ、殺される、負ける、逃げた方がいい、そういう考えがほとんど無いみたいなの。 だからなのかしら……憧れたのよ、純粋にね。 強固な魂、心、それを女の本能が求めてる。 私にもその力をちょうだいって」

 

夢を、幻想を追い求める。 そして実現する。

この世の大半が現実という凡百の輪の中で、己だけが異端の敷居を広げて「ああ、人生とはなんと素晴らしいものか」と人としての生の歓びを謳い上げる闇の賢者。

 

自分の持つ能力を鍛え上げることにも余念が無い。 これも、黒歌がナインを見初める理由に当たる。

 

「…………」

 

この黒歌の台詞に対しても意外そうにする小猫は、身を乗り出して僅かながらの興味を示す。

 

「こちらでは、彼は天才錬金術師と言われています。 けれど反面、能力が高いのはヴァチカンの所有していた錬金術専門の国家教育のおかげだと。 三大勢力間ではそういった議論が為されているようで…………」

 

サーゼクス、アザゼル、ミカエルらが共に認める傑物だろうと、やはりどこかしらにそういった考えの者もいるのだろう。 彼らトップと経歴を同じくする大御所たちか、それか有象無象たちの僻みか否か。

 

――――その男を入信させたヴァチカンに、総てではないだろうが非があるのでは。

――――数多の教会の戦士たちの聖地であるヴァチカンともあろう国が、そのような狂人を産み出したのか。

――――ヴァチカンから技術を略奪した不敬な元信者、嘆かわしい。

 

「………………」

 

その、誰とも分からない理論を鼻一つで笑い飛ばす黒歌は、不機嫌そうに歯を鳴らす。

 

「耳で聞いた情報だけでその人物のなんたるかを語るなんて、いい賢者っぷりね、どの上方も」

 

年の功から来た大御所たちの推察や、同じ錬金術師やその手の技術者たちの主張。

すべてがすべてそうではないだろうが、黒歌にとってはいい印象は持っていないからこの皮肉は当然だった。

 

本人不在で噂やら前情報に尾ひれが付いた典型的な結果だろう。

 

紅蓮の男。

あの男の過去を知る者も少ない。 可能性としてはミカエルが握ってそうだが、どちらにせよまだ浅くしか探れていないことは、未だに情報収集に追われているのが何よりの証だ。

 

大天使をしてもナインの過去は禁断(パンドラ)の箱であり、秘密(シークレット)なのだ。

 

「私はもっとナインを知りたいわ…………はぁ」

「でも、あの人は一体全体、何をしたいのでしょうか。 私は自分から来ておいて変ですが、あの人なら力づくで私を連れ去ることも可能だったはず……わざわざあんな回りくどい事をしてまで…………まさか、実は優しい人――――」

「それは無いにゃ~」

 

言うが早いか、黒歌は苦笑しながら小猫の言葉を切り捨てる。

わざわざ説得するという手間をかけてまで、このような場をセッティングしたのはどういう意図か。 小猫は少なからず期待していた。

 

そこまで気を配れる優しい人間なら、いま、一方的にではあるが対立関係にある兵藤一誠や他のグレモリー眷属とも分かり合えるかもしれない。 そう、小猫は幻想を抱いていた。

 

「…………はぁ、あのね」

 

黒歌の端正な口元から息が吐かれる。

 

そう、だがそれは幻想だ。 あの男は小猫が思い描いているような聖人でも善人でも無い。 もしも本人の前でこんな愚考を口にしたなら、あれは腹を抱えて大笑するだろう。

 

忘れるな、ナインは一度、小猫たちの居場所を文字通り吹き飛ばした最悪の物理的サークルクラッシャーなのだと。

 

「白音ぇ~、やっぱりあなた、まだまだ子供ね」

 

腰に手を当てた黒歌が艶然と微笑んだ。

そんなことは自分とて自覚はしている。 だが何か釈然とせずむっとする小猫。

 

ジト目で姉を睨むと、ごめんごめんとあやすように頭を撫でられた。

 

「普通に生きて、恋して遊んで泣いて笑って…………それも悪くないわ。 事実、いまもそう思っているしね」

 

でも、と目を細めた。

 

「ナインはそれだけじゃ足りない」

 

生き残るために戦線を生み出し、生き残るために戦う。

 

――――数多の生命ひしめくこの三千世界で己はどこまで征ける?

――――自分はこの世界でどれだけの価値があるのだろう。

――――もし自分を正しく評価してくれる者が居ればそれは誰。 この際、神でも悪魔でもなんでもいいからこの問いの答えを知りたい。

 

自分に問い続けながら走り続ける。 それが、ナイン・ジルハードの生き方。

 

「…………っ! そんな……そんな生き方、いつまでも続けられるんですか!? 敵を作るばかりじゃないですか……!」

「実は世界の敵になるのがナインの目的だったりして」

「姉さま!」

 

冗談半分におどける黒歌に小猫が激昂する。

 

これ以上ふざけた事をのたまうな。 世界の敵? 一体いくつ命があればいい――――否、いくつあっても全然足りない!

もし本当に、仮に黒歌の言う事が本当ならばそれは度し難い狂人、壊人の性だろう。

 

「享楽主義もここまで来ると呆れを通り越します。

将来歴史上の偉人たちの写真の横にしれっと並んでいそうな壊れ具合ですね」

「白音、あなた面白いこと言うわね。 でもそれって良いの? 悪いの?」

「悪い方に決まってます!」

 

つまりは悪名高くなるわけか、とあっさり得心する黒歌。

「何笑ってるんですか!」と威嚇してくる可愛い妹の頭を手で押さえた。

 

「とにかくそんなわけで、私はナインとは離れられない。 好みだし、子供作りたいし。

だから、同じように白音も譲れないことはあるんだろうし、私は止めない」

「…………子……子作り!?」

「そう子作り」

「~~~~~!」

 

先ほどから振り回されっぱなしだ。 小猫はそう悔しそうにしながらもどうしても聞き慣れない卑猥な単語に二の句すら告げられない。 口はパクパクと酸欠の魚のように。

 

「じゃあ早速、戻る? 白音」

「え…………本当に?」

「ウソ言ってどうするの」

 

後ろに向き歩き出す黒歌。 付いてきてという意思表示に、小猫は僅かに理解が遅れたものの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今に至る。

 

紅蓮の男は銀髪の少女を連れて。

リアスはアザゼルの忠告に従わず残る眷属たちを連れて。

 

「やぁ、グレモリーさん」

 

森の一角――――茂みからぬっと出て来たのは、紅蓮の男――――ナイン・ジルハードだった。

 

姉妹同士の積もる話が収まるところに収まり、次元の狭間を介して来訪した。

理由はただ一つ、借りモノを返却しに。

 

「へへ、どうも」

「…………っ」

 

相変わらず背筋がゾッとするような薄笑いを浮かべて何を考えているか分からない。

この男と向き合うには頭を空にした状態で向き合わねばならないとリアスは本能から学んでいた。

体制など意味も成さない。

 

と、横で気まずそうに目を伏せている銀髪の少女に気付いた。

 

「小猫!」

 

塔城小猫。 敬愛する主の呼びかけに顔を上げる。

その彼女の肩にゆっくりと置かれるナインの手。

 

ビクリと、小猫の体が跳ねる。 そしてナインは、彼女の耳元に近づき囁いた。

 

「良かったですねぇ、心配してくれているようですよ」

 

口元をにやけさせてナインは彼女から後退して離れていった。 両の手をポケットに入れて見送る。

 

「…………!」

 

ナインが三歩離れたとき、小猫は歩みを走りに変えて元の主のもとに飛び込んでいった。

小猫の小柄な体を抱き止めるリアスは、心底安堵すると同時に確かめるように一際強く抱きしめる。

 

「リアス部長、ご心配をおかけしました」

「いいのよ、小猫。 無事で良かった……本当に!」

 

このときばかりは、姉がこの場に居なかったことを幸運に思うナイン。 やはりあの紅髪は、多少お粗末が見られるものの眷属への愛は本物なのだろうと確信する。

 

「…………古今東西、親族はいずれどちらかが巣立ち離れていくものだからねぇ」

 

なるようになった結果。 二人の過去にかの悲劇が無かったとしてもいずれ訪れる離別。

ゆえに黒歌、あなたもそう悲観することはないのだと、戻ったらそれくらいの言葉をかけてやろうと、いまだけは道化は道化らしく口元を僅かに上げていた。 ただし、一パーセントほどの慰みの言葉にもならないであろうことには気づけなかったナインだった。

 

「さて、周りが喧しくなる前に退却が吉ですか」

 

自分は踵を返し帰ろうと靴を鳴らす。 これだけが目的だ、冥界中どこもかしこも大騒ぎしてるが、渦中からしてみれば滑稽極まりない。 指を差して笑いたくなる慌てよう。

 

しかしそんなつまらない騒ぎで有象無象の相手を取っていくのは骨が折れよう。 ゆえに判断した引き際である。

だが、更にしかしだ、そこで大人しく帰してくれないのがリアス・グレモリーという女だ。

 

「待って」

「えー…………やだ」

「なっ――――止まって欲しいと言っているの! これは命令ではなくお願いよ!」

 

相変わらずこの男との会話の舵取りは困難を極める。 リアスはそんな感じの愚痴を呟きながらも頬を赤くしてその舵取りに挑んだ。

そんななかナインは仕方なく歩みを止める。

 

「…………なぜ、こんなことを」

「長くなりそうですか? その話」

 

鬱陶しそうに、心底嫌そうに端正な顔を歪めるナイン。

 

「な、なぜと聞いているの!」

「黒歌さんの悲劇に付き合っただけだよ。 私はピエロであり団長としてこのバカバカしいサーカスに手を貸しただけです」

「バカバカしいって…………」

 

吐き捨てる。

 

「私にとっては足元に転がった小石。 押し付けがましい感情だよ。 悲劇的な過去を聞かされて同じように涙を流して同情してくれると思ったか。 正直迷惑だ、止めていただきたい――――と突き放すように言ってあげれば誤解が解けますか?」

 

小猫の精神的成長に一役買ってくれた善人? 否よ。

そしてこの言葉を聞いて再び激昂した表情を見せるか? 旧校舎を吹き飛ばしたときのように。

 

そう思っていたが、あろうことかリアスは不敵な笑みを浮かべて挑発するように己が背中に言葉をぶつけてきた。

 

「でも、行動したっていうことはそういう気持ちがあったってことでしょう? 小猫の姉―――黒歌を、言い方は悪いけれど哀れんで協力した、違うかしら」

「…………」

 

――――静寂。

しかし内心、グレモリー眷属は穏やかではなかった。 いや、小猫を連れ去られた事実にではない。

リアスが豪胆にも、あの爆弾狂に挑発の言葉を投げたからだ。

 

一誠はリアスの意外な言動に口をぽっかり開け、

朱乃はリアスの取った行動に冷えた汗を一筋、

祐斗も朱乃と同じだが、違うところは僅かな笑みが浮かんでいるところ、

ゼノヴィアは無表情、最初から分かっていたように、

アーシアは一誠の影に隠れ、

ギャスパーはあわあわと、

 

各々違う反応を見せていた。 だがナインは、激することも嘲笑することもなく手を顎にやった。

 

「……………こうしてみると加減というのは本当に難しいですね。 あなた方が過ぎた勘違いをしないように説こうとすれば、読み越しが通り過ぎて逆に変に勘ぐられる」

 

振り向き、肩を竦めた。

 

「確かに哀れみましたとも、過去に。 痛ましいと思いました、彼女に。 まぁでも、こういうのも有りなんじゃないですか」

 

一時の関心が起こした興味本位の行動だ。 ナインも人間、そういった善人の真似事もする、意味は無い。

 

「善行も悪行も等しく人間の行動原理になり得るのだ。 いまさら変人が起こす気まぐれの一挙一動に理由を求めるだけ無駄なことです」

「協力的な人には好感が持てるのよ、なぜあなたはそうやって私たちから遠ざかろうとするのかしら」

「同じような人間が、同じような人間と横並び手を取り合って歩く――――あなたたちが大好きなことじゃないですか」

 

己の性格が曲がっているのは百も千も承知である。 であるならば、異端の自分が常人の輪(リアスたち)に入るのは滑稽だろう。

ナインは肩を揺らして笑い出した。

 

「しかしまぁ、あなたはだいぶ変わった。 以前は私の行動に疑問や怒りしか感じられないつまらない悪魔だったのに、中々味が出て来たじゃないですか」

「あなたとの付き合い方はだいたい解って来たのよ。 けれどね、やっぱり疲れるわあなた」

「でしょうよ。 私も常人(リアス)に合わせるのは苦痛で仕方がなかったからね、判る」

「ふふ、ふふふふふふふっ」

「ふふは、はははは、はーっははははは」

 

ナインの哄笑とリアスの微笑にも似た黒い笑いが噴き上がる。

二人の間に迸る負の空気に眷属たち数人がたじろいだ。

 

「こ、怖いです、二人とも」

「ギャーくん、あの人を見ちゃだめ。 色々変だから」

「部長がナインと会話を成立させているだと!? あ、でも部長の方は目が笑ってない」

「うふふ、部長もああ見えて負けず嫌いですからね」

「リアス部長の気苦労が伺えるね」

「ナインめ…………私もお前と話がしたいぞ…………」

 

そして笑いから一転、リアスのこめかみが引く付いた。 蘇る、ナインとの今までのズレた会話。

 

「あなたが私に合わせてくれた記憶が無いのだけれど!」

「あれ、無かったっけ」

 

ぶっきら棒に頭を掻くナインに、つかつかと歩いてきたリアスが抗議する。

鼻が触れ合う程にナインを睨んだ――――紅髪が僅かに赤光を帯びておどろに揺れ始めている、相当キているのだろう。 しかしそんな彼女の睨みも利かず、ナインはニヤニヤと見下していた。

 

「冥界や学園に居る部長のファンが見たら卒倒するな」

「うん」

 

駒王学園での優雅な立ち居振る舞いを知っているだけにこの光景は何度見ても見慣れない。 冥界でも同様の男性悪魔たちの羨望の的となっているのは祐斗どころか一誠も知るところ。

 

「ニヤニヤして…………っ!」

「ふはははは、どうしました、せっかくの美貌が崩れていますよ」

 

それがこの有様である。

あの二大お姉さまの一人が軽くあしらわれるなど、威厳も形無しとはこのことだ。

 

『こちらに人間の生体反応有り!』

『可能性としては十分有り得る…………紅蓮の男かもしれん、見付け出せ!』

 

がさがさと、騒々しい森の林を掻き分ける音が聞こえてくる。 おそらく追手だろう。 あまりに時間をかけ過ぎた。

するとナインは、目を細めてリアスの顔を押し退けた。

 

顔を押し退けた。

 

顔を。

 

自他共に認めるあのリアス・グレモリーの端正な顔を、邪魔だと言わんばかりに押し退けたのだ。

 

「まぁ、積もる文句はまたお会いしてからですね。 そちらの陣地ではおちおち話も出来やしないよ、へへ、次はそちらから出て来てくれるとやりやすい――――引きこもりも大概にしないとねぇ、オカルト研究部」

「な……な……な……な……なんですってぇぇっ!」

 

ぷるぷると震えてナインの手を払う。

不敵に、そして高笑いとともに開いていく次元の穴。 そこに瞬く間にナインは吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や…………やっぱり苦手よ、ナイン!」

 

荒くなった息を整えながらも歯ぎしりが止まらない。 あのすべて解ったような口ぶり、そして人をからかうような態度。

どうにもリアスは、ナインへの苦手意識がある。

 

「今度会ったらそのときこそ再戦よ!」

「念のため聞きますけど部長…………何のですか?」

 

おずおずと聞いてくる一誠に、「何を分かり切ったことを言うの」と言わんばかりの勢いで拳を握る。

 

「言い負かすのよ!」

「――――いやぁ、口上じゃお前に勝ち目はねぇよリアス」

 

苦笑気味に響く声に、リアスはむっとして上を見上げた。

森の上空から降りて来たのは、十二枚の黒翼を出したアザゼルだった。 その更に上にはタンニーンも居る。

ナインは間一髪だったと言えるだろう。

 

「ナインは行ったか」

 

降り立ったアザゼルが翼をしまいながらカラッと笑う。 リアスが胸の下で腕を組んだ。

息を吐いているところを見ると、安堵しているようだった。

 

「本当に小猫を返しに来ただけみたいだったわ」

「何かしでかすと思ったが……杞憂だったか。 掴めん男だよあいつは」

「ナイン・ジルハードがヴァーリチームに入ったことで、奴も次元の狭間をある程度自由に行き来できるようになったのが痛いな。 捕らえるには四方八方は勿論の事、空間も完全に他とのリンクを遮断させた状態で追い詰めねばならん」

 

タンニーンの言葉にアザゼルが呆れるように頭を掻き乱す。

確かに、ナイン単体では次元の狭間は行き来どころか入ることすらできないはず。 ゆえに、あの男がヴァーリチームに居る以上は捕縛は困難だろう。

 

「なんとかヴァーリと離れさせられないかねぇ。 あいつらが組んでからというもの完全にあっちのペースだ」

「ドラゴンと賢者は古来より相容れない存在同士のはずだがな。 賢者の方が賢者らしからぬ者だからか」

 

龍――――ドラゴンとは本能的に強者との闘争を好む。 跡には何も残らない炎の海。

 

錬金術師――――賢者とは一般的に多種の知識を持った賢人のことを指し、ただ暴圧的に戦いを繰り広げるドラゴンとは絶望的に相性が悪いと言える。

 

ドラゴンは己が本能のまま、賢者は己が信条に従い、歩き続ける。

 

「ドラゴンと賢者って、そんなに仲悪いんですか?」

 

一誠が疑問をタンニーンに尋ねる。 すると彼は低く唸った。

 

「そこは昔からあるイメージの問題だ、兵藤一誠。 ドラゴンは本能に忠実だ、強大な力を持ったからこそ自制というものを知らん。 お前にも言えることだぞ?」

「俺?」

「性的欲求が本能となり、力となる。 そりゃそうだぜタンニーン、なんたってイッセーは乳をつついてパワーアップするような煩悩の塊だからな」

 

先日のヴァーリチーム襲撃のときの戦いの一部始終を思い出し、一誠はぐうの音も出なくなった。

アザゼルは「気にするな、俺は好きだぜ」と肩を組んで爆笑する。

 

タンニーンが続けた。

 

「対し、賢者は非常に合理的だ。 そして何より探究熱が凄まじい。

卑金属を黄金に変え。 最終的には不老不死などという夢物語の実現に指を掛けたことすらある。 ある意味で狂った者たちだ」

「賢者ってのは錬金術師だけに言えることじゃないが、現状ナインはその名に相応しい怪物だ。 堕天使(うち)の連中でもあいつに匹敵する能力は出せない。 オーディンのジジイんとこはその限りじゃねぇかもしれねぇが」

 

狂信から来る生命力。 求道心から来る超常。

無論のことアザゼルの幕下にいる堕天使には、誰も彼も聖書に名を連ねるほどの科学者や賢人も存在する。

が、さすがに信仰心と持ち得る能力だけで法則の壁を打ち壊すことはできない。

 

「どこまで征くんだかね、ナインは」

 

知識は長い歳月を生きる堕天使、実技は誰よりも何よりも己を狂信しているナインが、それぞれ上手を行くだろうと堕天使の総督は分析する。

 

「まぁとにかく、小猫が無事戻ってきて良かった。 帰って休めお前ら。 そしてリアス、お前は熱冷ましとけ。 その状態でシトリーと戦う気か?」

「なっ!」

「あはは…………付き合いますよ、部長」

「ぐぬぬぅ……」

 

ナインと対話をするだけでこの有り様だ。 いい加減耐性が付かないものかなと苦笑するアザゼルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、デート?」

 

開口一番、もっとも似合わない単語を発したのは、数分前にヴァーリチームの拠点に戻ってきたナインだった。

読み物をしている彼と対面するソファーで一人テンションを上げているのは、黒い和服のグラマーな女性――――言わずと知れた黒歌であった。

 

「そう、デート。 ナインとぉ……し・た・い・の♪」

 

艶然としたエロティックな表情で指を舐める。 炸裂する美女の流し目ほど破壊力のあるものはないが、例によってナインは読んでいる本から目を離さず話半分で「んー」などと適当に返事をしていた。

 

戻ってきてからというもの、黒歌が何故かこの状態なのだ。 妹が結局行ってしまったことに対する孤独感によるものか、それとも純粋にナインと出かけたいのかは分からない。

 

「まぁ、最近ヴァーリや美猴さんが東京のラーメン屋めぐりをしているということで、こちらも出かけるという対抗心は買います」

「じゃあ!」

「まぁいいでしょう、行きましょうか」

「ホント!? やた!」

 

本を閉じると自室に向かうナイン。 意外とあっさり承諾してくれた彼に、黒歌は後ろに付いて歩きながら彼の顔を覗きこむ。 上目遣いの彼女に視線だけ向けた。

黒い和服の隙間から豊かな乳房がきわどい線まで揺れて見える。

 

「ナインなら受けてくれると思ったにゃん。 こういう遊びも人生の一環、でしょ?」

「ふむ、その通りです。 案外、世俗に浸ってみるのも面白いと思いましてね」

 

世俗などと言ってしまうあたり、やはりどこかしらで線引きはしているのだろう。

しかし元は教会の人間だったのだ、難しくはない。

 

「それに、あなたには先日の妹君奪取の件で口にした言葉がある」

 

『今度機会があればなにか埋め合わせをしましょう』

 

黒歌の表情が更に明るくなる。 パァ、と花が咲いたように微笑んだ。

 

「やーん、覚えててくれたのね。 じゃ、さっそく着替えてくる!」

 

照れるように悶える黒歌。

ああいう切迫した状況で出る言葉というのはただの言葉の綾で、終わったら総て冗談で有耶無耶になることを覚悟していたのだ。

 

それが、覚えておいてくれた。 偽りの無い、一番最初の好きな男とのデート――――気合いが入らないわけがなかった。

 

「…………服、色っぽい方がいいわよねぇ」

 

ナインの私服を妄想しながら、黒歌も電光石火のごとく自室に飛んで行った。




ローゼンカヴァリエ・ジャガイモヴァルト

どうやら厨二病の作者がデートなどというほんわかした物語を描くと聞いて激怒した読者は多いのではなかろうか。 安心しないでください、作者もその手の創作は苦手です。 なのにどうしてそういう話に持って行ったのか、それも分かりません、不思議ですね(白目)


んなことよりも。
”Dies irae ~Interview with Kaziklu Bey” 私はいま、これが待ち遠しくてたまらない。 毎日公式サイトをチェックしてるくらいね!
公式OPを見たとき、「チンピラが歌ってるよ……」と苦笑が止まりませんでした。

では、みなさま寒いので風邪等引かぬように、こたつというヴァルハラで元気♂に過ごしてください。

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