紅蓮の男   作:人間花火

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遅れてごめんなさい。 Diesの新作をプレイしながらジャガイモ食べてました。


42発目 紅蓮の波動

グレモリー眷属たちは現在、訳有って若手悪魔同士のレーティングゲームで総当たり戦をおこなっている。

事の発端を話せば長くなるが、要は腕試しである。

 

最近になって頭角を現してきている比較的若い衆の悪魔たちを戦わせる催し。 未来の冥界を担っていくであろう実力者たちによる見せ合い(・・・・)

 

早い話が、ローマ帝政期の闘技場(コロッセオ)のような体でおこなわれる格闘試合である。 

もっとも、帝政期とは違ってシステムはかなり改善されている。 悪く言えば緩めだが、それでも他者の生き死にを賭博の対象としたり、公開処刑めいたことをして観客の狂気を誘うような修羅戦場ではない。

 

しかしやはり、ただの趣味やら、やってみたいからという軽い気持ちで臨んだ場合、その戦場が悲惨な何かに見えてくるのは当然だった。 ゆえに、参加するチームは皆、相応の覚悟を胸に出場している。

 

ただ、いまのリアスは、その件にあたり今回の相手に疑念を抱き始めていたのだ。

 

――――ディオドラ・アスタロト、魔王ベルゼブブ輩出の上級悪魔の家柄を持った端正な糸目の男。

端正とはいえ、かつての第三帝国武装親衛隊の血を継ぐナイン、そして祐斗やヴァーリに比べればむしろ霞むほどだが、それでも俗世という日常にいままで浸ってきた一誠からしてみればイケメンのすまし顔のいけ好かない男という認識があった。

 

何より胡散臭かったというのが本音である。 事実、先日のアーシアの件で一誠はよりその男に警戒心を抱いていた。

危険人物というわけではない、単にアーシアを自分の目の前でこれ見よがしに口説いたのが純粋に気に入らなかったのだろう。

 

アーシアは、彼が命懸けで助けた聖女である。 結果的に死亡し悪魔として転生させたため真の救済とは言えぬだろうが、少なくとも彼、兵藤一誠という男の子との出会いが無ければグレモリー眷属に組み入れられる未来も無かった。

 

そしてだからこそ、本人をして現在(いま)が幸せだと笑顔で言える。 アーシア・アルジェントは、死した過去よりも悪魔としての生の未来をこそ敬い、尊び、そして愛している。

 

一誠がある意味で一番最初に救った女性は、そんな彼女、アーシア・アルジェントであるからして。

 

「部長、本当に戦うんですか」

 

レーティングゲームの舞台となるであろう満点の青空に転移していたグレモリー眷属たち。

すでに戦闘の準備は整っており、あとは審判の開始の合図を待つのみの状態。 にも拘らず先ほどから……いや、あの出来事(・・・・・)があってから胸騒ぎが止まらない一誠が、己が主に縋る様に訊いていた。

 

「アガレスの姉ちゃ………大公の言っていたことが本当なら、ディオドラは…………」

 

懸念するのはディオドラ・アスタロトがテロリスト集団「禍の団(カオス・ブリゲード)」と繋がっている可能性が浮上した出来事だ。

冥界の上層部ではその話は結局保留となったまま、時期だけが過ぎてゲームで対峙することとなってしまった。

 

そして彼女らにとってはまた別な重要なことがある。

いやむしろ、その強さを知っているだけに、グレモリー眷属の意識はディオドラの他にも別の男に向けられていた。

 

紅蓮の錬金術師――――ナイン・ジルハードの存在。

ディオドラがこれを勧誘したという。 上手くいったか否かも不明であるが、そんな事が本当に有ったのか、それは本当に真実なのかすら計れずにいるのもまた事実だった。

 

リアスは紅髪を掻き上げると、険しく瞳を細める。

 

「一応、お兄様やアザゼルも気に掛けて手を打ってくれているようだけれど。 事実だと公表されていない以上は大きな行動は起こせないみたいなの」

 

権力者は強いが、同時に弱いだろう。

発言権は言うに及ばず、その一言は幕下の者たちを従わせる。 多少臣下との食い違いはあるにはあろうが、王の発言が公然で正しかった場合は有無も言わさず可決する。

 

しかし、状況によっては最弱とも成り得る。 王が王足り得ているのは、臣民が認めたからこそである。

現在、未だ漠然としているディオドラ・アスタロトの疑惑を、”かもしれないから”というIFの理由で裁定するのは下の者たちに示しがつかない。

 

ゆえに、最低限規模の対処しかできないでいる。

 

「…………ディオドラをあまり信用しているわけでは無いけれど、ゲームはゲーム。 このまま堂々とルールに乗っ取って相対したいものね」

 

リアスの夢はレーティングゲームの覇者になること。 そのためには、ルールの定められたこの公式ゲームでディオドラと戦って勝たなければカウントされない。

ナインにしてみれば、回りくどく面倒くさいことをしているなと吐き捨てられそうだが、

 

「一介の悪魔の眷属として、レーティングゲームに覇を唱える。 なんでもかんでも混ぜこぜな本物の戦場では得られぬ物もあるのだと、あの薄ら笑った冷血漢に見せ付けてやりたいわ」

「はい」

「ええ」

 

――――ナイン、見てなさい。

今回まったく関係のないはずであろう姿見えぬ強敵に張り合おうとするあたり、リアスが如何にナインを意識しているかが伺える。

 

しかし朱乃が、祐斗が、小猫とギャスパー、そして一誠とアーシアも、この王の覇に異を唱える眷属は一人もいない。

だが、そう目標を胸に改めて歩を進めようとしたときだった。

 

「やっぱりおかしいわ…………」

 

そうしかしだ。 やはりおかしい。

 

どれだけ経とうと審判役(アービター)のアナウンスは鳴らず、必然開始の合図も無し。 嫌な間である。

そしてその予感は最近よく当たる。 今この時、リアスは自分の洞察力を呪った。

 

光を伴った魔方陣が数多に、あちこちに顕れ始めたのだ。

 

「これは――――」

「部長、この魔方陣は!」

 

祐斗が声を張り上げると、皆臨戦態勢に入った。 尋常ではない気配――――来る。

 

「旧魔王派に傾倒した者たちよ! みんな気を付けてちょうだい!」

「クソ、やっぱりこうなるのかよ!」

 

――――ナイン、やっぱりお前が言う事や出てくる所に嘘偽りなんか一つも無いって解った。

このとき一誠は、かの紅蓮の残滓を感じていた。

 

魔方陣から水面より浮上してくるように現れる黒いローブを羽織った悪魔たち。 すべてが中級以上の魔力を有していることが解る。

 

「きゃっ、何を――――」

「アーシア!?」

 

しかしそこで、次々と現れる旧魔王派の構成員たちに気を取られていたのがイケなかった。 一誠はこの戦いで、一番警戒しなければならないことを怠っていたのだ。

 

オカルト研究部に現れた、リアスの持つアーシアと己の眷属で駒の交換をしたいと申し出て来た男。

事も有ろうにほぼ初対面の癖に彼女の手の甲にキスまでかました色男。

 

「やぁ、リアス・グレモリー。 そして赤龍帝。 アーシア・アルジェントは僕が貰っていくよ」

 

宙から声がする。 振り向くとそこには、金髪の聖女を抱きかかえているあの疑惑の男だった。

これで、確定。

 

「ディオドラ!」

「言っておくけど、僕はゲームなんてしないよ? バカバカしいからね。

これから君らは、そこの『禍の団(カオス・ブリゲード)』のエージェントたちに殺されるのさ」

 

自分たちを取り囲む状況に、一誠は歯噛みする。 

宙に浮かび愉快げに醜悪な笑みを含ませるディオドラに対しては、もはや非難の罵声を浴びせることしかできなかった。

 

なぜなら、周りに居る「禍の団(カオス・ブリゲード)」旧魔王派に付き従う悪魔たちが隙在らば仕掛けんと虎視眈眈としていたからだ。

 

「てめぇぇっ! 卑怯だぞディオドラぁ!」

「やはり、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に加担していたのね。 最低よ」

「やはり、とは?」

 

にやにやと笑みを浮かべるディオドラに、リアスは鋭い眼差しで告げた。

 

「白々しい。 大公の証言によって暴かれつつあったあなたの所業、よもや身に覚えが無いなんて言わせないわ!」

「それは疑惑止まりだっただろう? まぁ事実だが、それを看破できないキミの兄の指揮系統が未熟だったんじゃないかな」

「――――――っっ」

 

それを言われた瞬間、彼女の怒りが沸騰した。

すべてを滅する紅き波動を体から迸らせる。

 

兄を。 お兄様を。 ルシファーの名を冠する魔王サーゼクスを侮辱したな。

尊敬する者を貶められれば、自分が馬鹿にされることよりも頭にくるのは彼女にとっては当然の帰結だった。

 

しかし、それすら動じずディオドラは笑った。 肝が座っているのか、それとも勝てるという確信があるのか。

 

「すべては順調。 ハハ、いま思い返してみれば、あんな男に頭を下げてまでこの計画の加担を頼み込んだのは愚だったよ。 そうだよ、僕には力がある。 欲しい女一人手に入れるのにどうしてそんな大事にしようとしてしまったのか、自分が自分で情けないよ、まったく」

「あんな男……」

「ふざけやがって…………!」

「それじゃあ、僕は行くよ。 君たちはそこで死ぬなり無駄に足掻くなりしているといい」

 

身を翻すとともに、ディオドラは陽炎の如く消え去って行ってしまった。

 

「あいつ…………!」

 

拳を地面に打ち付け、歯ぎしりする一誠。

祐斗がそれを諌めるように肩を掴む。

 

「イッセーくん。 いまはこの場を切り抜けることを考えよう――――アーシアさんを助けるのは、その後だ」

「…………っ、ああ!」

 

奮い立たせ、目の前に居る無数の悪魔たちを見据えた。

皆、旧魔王派に傾倒した反逆の徒だ。 否が応にも命懸けであることは間違いない。

突如現れた戦場に多少の怖さはあろうが、やらねばなるまい。

 

が、そう決心したそのときに、「キャッ!」という可愛らしい悲鳴が後ろで響いた。

 

「ほっほ、良い尻じゃ。 若さゆえの張りもたまらんわい」

 

北欧を統べる主神オーディンが、朱乃のスカートをめくりあげて中身を覗き込んでいたのだ。

 

「このジジイ! どっから出て来て――――ってアンタは!」

「ほほ、この間ぶりじゃのう、赤龍帝の小僧――――いやーそれよりもたまらん尻じゃ」

「イヤッ!」

 

めくられた自身のスカートを手で押さえながら、一足遅れたが逃れ出る朱乃。

 

「なぜオーディンさまがここに?」

 

リアスがそう問うと、オーディンがその白いひげをさすりながら言った。

 

「話すと長いが…………簡潔に言うと、『禍の団(カオス・ブリゲード)』にゲームを乗っ取られたんじゃよ」

 

先ほどのディオドラの発言でほぼ確定していたが、北欧の主神の口から改めて言われたリアスたちは険しい表情で黙り込んでしまった。

 

「首謀者はディオドラ・アスタロトじゃが、以前から疑惑が掛けられていたからの、察知は容易じゃった」

「じいさんは何しに来たんだよ?」

「ワシか? ワシはほら、援軍じゃよ。 おぬしらだけでは危険と思うて……ほれ」

 

それぞれ、グレモリー眷属たちの手に小型の通信機が渡される。

 

「これは?」

「アザゼルから渡すよう言われての。 まぁったく、年寄り遣いの荒い堕天使じゃよ」

 

やさぐれるようにそう言うが、その笑みは余裕に満ちていた。

この程度のいざこざは取るに足らんと。

 

北の田舎クソジジイ? 相変わらず口の減らん堕天使の小僧だ。

ではその田舎神族の長の力、テロリストなどという不逞の輩を滅ぼしてやるために指の一本くらい動かしてやるとしよう。

 

「―――――」

 

その挙動の一瞬だけ、この北欧主神オーディンにはただ一つ威厳しか無かった。

北欧神話のトップであることもあるが、このときリアスたちが感じたオーディンがいる事の安心感は少し別の感情も混ざっている。

 

北欧主神の背景に、紅蓮の男を感じていたのだ。 なにせいまのところこの老人だけが、あの男に黒星を与えた張本人なのだから。

 

「――――グングニル」

「………………っっ」

 

かつての錬金術師に重傷を負わせた聖なる槍撃の波動が、周囲の空間まで歪ませ始める。

闇を切り裂くような究極の神威が迸り、絶対必中の神の槍が地鳴りすら伴って放たれた。

 

射爆の直後、その槍が投擲された箇所は大爆発を引き起こしていた。

有象無象、旧魔王派(負け犬)の雑兵ども、北欧神話を敵に回す事が如何に愚かしい事か、その身を以て知るが良い。

 

「マジかよ…………」

 

大地をも抉り取ったその投擲は、砲撃に等しかった。 その爆発の傷跡、強力無比であることが一目でわかる。

敵の悪魔たちは、一言も発さないまま神威に呑まれて召されたのだった。

 

「これが北欧神話…………」

 

絶句。 一発でこれだ。

そしてやはり、この一投如きは指の一本以下の小力でおこなわれたのだと、使用者の余裕の顔色で理解できた。

 

「…………っ」

「すげぇよじいさん! つええんじゃねぇか!」

「ふん、誰にものを言っておる赤龍帝の小僧。 おぬしらなどワシにとってみれば赤ん坊のようなものじゃ、褒めても何も出んぞい」

 

神滅具(ロンギヌス)は神を殺せる。 そうは言うが、これは桁が違うし世界も違う。

蘇る、一誠の追憶。 あのとき不死鳥に言われたことは間違いじゃなかった。

ただ持っているだけでは、悠久の時を生きてきた神々には箸すらにもかからないと改めて悟った。

 

「む、何か来る…………!」

 

すると突然、オーディンがばねのように体を反転させ、後ろから迫り来る何かを感じ取った。

当然オーディンの強大な力に圧倒されていたリアスたちには、オーディンの言葉が少しも理解できていない。

 

「じいさん? そんなに慌てて振り返ってどうしたんだよ」

「まさか、あの旧魔王派の悪魔たちの中に強敵でも見ましたか?」

「違うわい、そんな者早々出て来るわけがないわっ。 じゃがこれは…………」

「…………血の匂い?」

 

リアスたちの中で一番先に異変に気付いたのは鼻が利く小猫だった。 しかし、小ぶりな鼻をひとしきりすんすんとひくつかせると、心底嫌そうな顔をして鼻を覆った。

 

「…………違う……っ焼けた鉄の匂いです!」

「うむ、油の匂いもしてきておる。 誰かがどこぞで料理でもしておるか、それとも…………」

 

その瞬間、何も無い空間が何らかの攻撃により一部吹き飛んだ。 まるでガラスのように、しかし重厚そうに粉砕されたそれを見て、旧魔王派の悪魔たちは驚愕する。

 

それがあたかも頼みの綱であったかの様に動揺の波紋が広がり出した。

 

「な、なんだ!?」

「空間が…………? バカな、霧使いは何をしている!」

「来るぞ!」

 

ただの虚空に魔力を迸らせて構える旧魔王派の悪魔。 ある一点の空間を取り囲み、最大の警戒を張った。

 

「いったい何が起きているの……」

 

リアスが訝しげに、騒ぎの向こう側を見ようと目を向けた――――その直後だった。

 

ズドォォォォンッッ!

 

「うわぁっ!?」

「ぐッ!?」

「きゃあっ!」

「くっ――――」

 

あまりの大音量の強大な轟音に、思わず耳を塞いだ。 鼓膜だけではなく、体全体を通る爆発の砲。

いや待て、爆発だと?

 

「なんで効かない!? なんなんだこの、

―――――――――戦車はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

一拍ごとに、次々と繰り返される大砲撃。 重苦しい装填の音は不気味でしかない。

その砲撃音の正体は、ある戦車だった。

焼けた鉄の匂い、そして油。 更に、

 

「バカな、なんで効かない!? 我々の魔力が――――」

 

悪魔たちの展開する障壁を、まるで紙切れのように千切り飛ばし、その先にいる雑魚を更に木っ端屑のようにぶっ飛ばす滅茶苦茶な砲撃。

 

最初の砲撃のみで吹き飛ばされて千切り消えたテロリストたちは数十を数えるが、まだその砲は止める事をしなかった。

あの威容を見て、リアスと一誠が目を見開いた。

 

「あの戦車―――――!」

「」

 

砲撃が止むと、その戦車は颯爽と消え去る。 戦の哲理か、一番槍は精鋭であり、退き際も絶妙だ。

霧の様に掻き消えた鋼の虎を前に、嵐が去ったような脱力感が襲う。

 

「いったい、なんだったんだ…………」

 

テロリストの悪魔たちは、数発の砲撃で同胞を塵に還した戦車砲に呆然とした。

重火器とはいえ、人界の軍事兵器に神秘を自負する我々が成す術もないだと、そんなバカな。

思わぬ横槍に両者は沈黙、戦線の趨勢は膠着状態を余儀なくされた。

 

しかし、

 

この場の旧魔王派は知らない、いまのは前座ですらない破滅の一投だということを。

あの戦車はなんだったのか、なぜおのれらの神秘が軍事兵器に圧倒されたのか。

 

疑問を持とうが意味は無い。 その答えを知ろうときっと理解できないし、なにより貴様らは”普通”だから。

 

「―――――来るぞぃ。 おぬしらはこちらに集まれぃ」

「来るって…………?」

「この辺一帯の酸素が急激に薄まった、いいから来い小僧!」

 

一番多くの残存兵が集結していたテロリストたちの足元が盛り上がり始める。

大地を地下からぶち上げていく。 ――――来る。

 

「この感覚…………!」

 

俯瞰的に見た場合、その異変はすぐに気づける。 ゆえにリアスたちは、相対するテロリストたちの足元の変調にいち早く察せたのだ。

しかし一方で、彼らが異変に気付いたのは自分たちの視点が徐々に上昇している(・・・・・・・・・・・・・・・・・)感覚に陥ってからようやくであった。

 

だが、もう遅い。

 

「あいつら気づかないのかよ―――――!」

 

刹那――――その場の者すべての視点が上下にぶれた。

先の戦車砲を凌ぐ大爆破が、地下から煮立った紅蓮の火柱で大地を貫く。

 

神聖さすら感じさせる光の爆発は、爆風にもその神秘を宿らせていた。

ただ、神聖神秘と言えどもその影響はおとぎ話に出てくるようなファンタジーな物ではない。

 

大隊規模の旧魔王派兵隊たちを呑み込む爆風は、障壁を突き破り、次々と圧殺していく。

爆炎は言うに及ばず、お前たちなど可燃物のゴミだとでも言わんばかりに焼き付くし、灰にしていった。

 

破滅的な副次効果を引き連れ、この爆発は辺りを蹂躙していく。 この先に存在した神殿のような物も入口とその周囲も残らず吹き飛んだ。

 

「ぐ……うぁ…………!」

「むん…………っ!」

 

主神の張った結界内でも、その爆発の影響は顕著に出ていた。 

被害こそ無いものの、爆風は結界を歪ませ、ついには中に居る者たちごと徐々に少しずつだが移動させる。 現実では有り得ない光景が具現している。

 

そして反響する爆音は中の者の鼓膜を押し破ろうとし――――さらに、

 

「みんな見ちゃダメよ!」

 

リアスが咄嗟に、眷属皆の視界を塞ぐように覆いかぶさる。 その瞬間、すぐ傍の結界面に赤い飛沫がぶちまけられた。

 

「…………っ!」

 

息を呑み、歯を軋ませて耐える。 こんな地獄の光景を見せてはいけないという、慈愛の王たるリアス・グレモリーの執念が発揮された瞬間だった。

 

ぶちまけられたのは血液。 次に臓物がトマトのように粉砕破裂。 目玉もあった、腕も。

だがそれらすべて、爆風の風圧と結界との万力に耐えきれず、儚く血霧となって消え去っていく。

 

旧魔王派に傾倒した悪魔たちは、残らず紅蓮の爆炎に食い尽くされたのだった。

これが爆発の恐ろしさ。 何も残さず、思う暇も与えない即死の旋律。

 

いまだけ、リアスたちはこのテロリストたちに同情の念を覚えた。 犯罪者集団であろうとも、元を正せば同族であるゆえに悼むのだ。

 

そして、爆発の根源――――すなわち地下から靴音が近づいてくる。

ここですでに、リアスたちは確信していた。

 

「無茶苦茶野郎…………」

 

片足を地下から地平に踏み入れ、首を鳴らしながら上がってくる人間。

冷たい瞳が金色に妖しく光り、口元を僅かに吊り上げて――――

 

「あぁ――――腹の底に響くぅいぃぃ音だぁ…………」

 

――――紅蓮の錬金術師、ナイン・ジルハード。 戦場の狂気と業そのものを体現したような、紅蓮の武威を奮いまくる男がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん」

「…………ホント、よく会うなお前」

 

もはや腐れ縁とでも言うべきか。 渦中に紅蓮あり、爆発に紅蓮ありだ。

ナインはいつもの変わり映えしない面子につまらなさを感じながら、一誠からオーディンの方へ視線を移す。

 

「………………やぁ主神さん、お久しぶり。 その後どうです? 飼い犬は元気ですか?――――また会いたいから覚えていて欲しいなぁ」

「小僧………………っ」

 

歯ぎしりを禁じ得ない主神は、皮肉な笑みを浮かべて紅蓮の男を視線で貫く。

 

「あの傷で死ぬとは思えなかったがのぉ…………」

「ヘヘ、痕くらい残るんじゃないかって? 残念でしたねぇ」

 

私はこの通り元気ですよー、などとおどけて肩を揺らした。

来てしまった紅蓮の男に、一誠は叫ぶ。

 

「ナイン、聞きたいことがある!」

「はぁ」

 

最近質問多いなぁと嘯きながら、ナインは一誠の言葉に耳を傾けた。

 

「ディオドラとお前は、手を組んでるのか?」

「いーや」

 

答えに、ひとまずほっとした一誠。 いまのこの状況でナインがディオドラの援軍だったら突破は困難必至だ。

それだけは安心できたと言って良いだろう。

 

「隠れるのは主義に反しますからねぇ。 まして、巨影を背にして優越感に浸る劣等はクズ以下だ、有り得ない。 度し難い敗北主義者だよ」

「…………いや分かってたけどボロクソだなお前」

 

嘆くように溜息を吐く様は、さしづめ落胆といったところか。

秘匿、隠蔽、そのすべてに意味は持たない。 冥界の一般社会の裏に隠れ、匹夫のごとく隠れ潜む。

総じて愚かしい。

 

「言ったでしょう。 私は影は嫌いだから、慎ましやかに生きるという術も嫌いだ。 それが一番の処世術だとしても、私はそういうことをしたくない」

「来たわね、ナイン」

 

リアスがナインを見据えて睨む。 もっともナインにとっては睨むと言うより、まるで威嚇する子犬のようにしか見えなかったが。

そんな可愛いリアスの威嚇を鼻であしらうと、ナインは瓦礫の石を片手でごりごりと弄びながら言った。

 

「しかしまぁ、どうやら面白いことになっているようなので、この祭りに飛び入りで参加させてもらいます。 いいよねぇ、オーディンさん? まさか、ここでまた私と一戦やらかすなんて言いませんよね?」

「…………ふん、勝手にせい。 必要であればアザゼルたちがお前を捕らえるであろうからな」

「それは良かった。 フフ、じゃあ楽しむとしますか」

 

無視されて血管が浮き出たリアスの姿をさらりと流してそう言うと、そのまま神殿の奥に消えていってしまった。

 

「部長、落ち着きましょ――――ってうわっ!」

 

その後まもなく響いてくる崩壊の轟音に、全員の体がビクリと跳ねる。

神殿内を爆破解体しながら突き進み始める紅蓮の男に、グレモリー眷属は溜息を吐いた。 絶妙な息の合い具合だろう。

 

「何はともあれ、戦線は空いたぞぃ。 さっさと行かんか小僧ども」

「はい…………みんな、行くわよ!」

 

これだと先に行ったナインをリアスたちが追いかける形になるだろう。 それに気付いてまた溜息を吐くが、迷っている暇は無い。

王の号令により眷属たちはすぐに動き出す。 しかし、一人一誠がオーディンの前で立ち止まった。

 

「…………じいさんはあいつを?」

『!!』

 

そのとき、全員が思い描いていたことを一誠が代弁した。

このことを聞きたかったのは、二番目を挙げるとすればリアスも同様だったが、遅いか早いかの違いであろう。

 

彼らはかつて、ナイン・ジルハードに己の核たる心を突かれている。 そのため、迷い続けている者が半数以上存在するのだ。

自分はどうすれば良いのか、このままで良いのか。

 

生き方そのものを指摘されて迷走する子羊。

 

「俺たちは、あいつと何度も戦ってきた。 そこにいる木場も一度戦っているし、俺なんかもう二度も戦っている。 二回だけ(・・)か、なんて戦い慣れている奴らは思うでしょうが、俺にとってはすごい印象に残る相手だったのは確かなんだよ……」

 

ただ力と力をぶつけ合うだけでなく、心と心をぶつかり合わせる信念の戦いもした。

 

「じいさんはナインを倒したんだろ?」

 

ゆえに、どんな戦いだったのか彼は知りたい。 以前アザゼルからも聞いていたが、伝え聞く言葉と本人から直接聞くことには大きく違いがあった。

 

「弱い男じゃったよ」

「え…………」

 

予想外の返答に、一誠だけでなくその場の眷属たち皆が驚愕する。 弱い? ナインが? そんなバカな。

 

常人(ただびと)ゆえに。 …………越えられぬ壁という物があるのじゃよ、人間と人外との間には。 しかしあやつはそれを分かっているくせに進み続ける」

 

人間は弱い。 短命で、肉体も脆く、そして――――

 

「産まれた環境が極限であれば、非常に強力な精神を持った人間に成長する可能性は高い。 だが、それすらも超人の域を出ないのじゃよ実は。 まぁ超人でも人外にとっては十分に脅威なのじゃが……それまでじゃ、限界がある」

 

戦うための力を得るために、人間がどこまで狂えるか。 自分の持つ物をかなぐり捨てて、その一点だけに集結させて、頭が沸騰するほどに発狂しながら研鑚を積み続ける。

感慨深げに髭をさすって、そして途中でその手を止めた。

 

すると唐突に、老年を経た隻眼の片方が煌めいた。 水晶のような義眼は、あらゆる神秘を見通す事を可能とするゆえに。

 

「だが、末恐ろしいのぉ」

「…………?」

 

このとき、北欧の主神はすでに気づいていたのかもしれない。 本人も知らない、ナインの変化に。

 

「魔人になるには、まず超人であらねばならない」

「魔人…………?」

 

祐斗が返すと、オーディンが頷く。

 

「物の喩えじゃがのぅ。 肉体だけでなく、独自の求道心を持つことで人間は初めて超人の域に達する」

「求道心? それはどうすれば……」

 

得られるのか。 あるいは、どのような心構えがそれにあたるのかということを一誠が訊いた。

もともとそんな哲学的なことになど興味が無い一誠だったが、二度も敗けている以上、あの紅蓮を制するにはもはや誰かの助けが無ければ不可能に近かった。

 

「求めても得られずに高まった願望の感情―――渇き、祈り、飢え、願い、夢、すなわち渇望じゃ。

文字通り、渇きを潤すため動く心情のことを指す。 ヤツはそれが普通よりも少し……いや、遥かに供給過剰なのだと推測する」

「供給過剰?」

 

リアスが首を傾げた。

 

「足りない、足りない、まだまだこんなものではないと高みを目指し、求め、欲する。 ほれ、人間誰しも妥協はあるはずじゃろう? どこかしらで区切りをつけるものじゃ。

じゃがの、それがナイン・ジルハードには無い。 一種のブレーキという物が抜け落ちているんじゃよ」

 

胸を掻き毟るほどの情熱を燃やし、狂った結果がいまのナインを生んだのだとオーディンは言う。

 

天は何を選ぶのか。 生き残るのは何者か、死ぬのは何者か。 そこでさらにナインが望んだものとは、

 

「ワシら神格が原初を飾る神秘なら、彼奴はいま、人格の神秘に近づいている。

()()を超えられぬという、ある種の自然法則を、あの男は錬金術で超えようとしている――――そしてそれは、徐々にではあるが着実に前進しているのじゃ」

 

”生き残りたい”という渇望。 芯はそのままに形だけを変えて具現する。

 

「うっく…………!」

 

ナインが普通じゃないことは分かっていたが、ここでリアスはオーディンの次の言葉を聞き取れなかった。 そこだけノイズが走ったように脳が理解を拒んでいる。 頭を押さえた。

 

「おそらく彼奴の渇望は『――――――――』という願いである。

頭がおかしくなるレベルで願う者などいまはどの勢力にも存在しないがの。 まぁ、それはすなわち、”満足”しているからということで、だからこそ争いも起こさずに同盟など組みよるしな。 それはワシも良いと思う」

 

いまさら覇権がどうとか、強いのは誰であるかなど競争するつもりはない。

 

「じゃが、ワシら北欧神話ではそういった概念も取り扱っておってな。 だから、結果的にあの紅蓮の小僧が行き着く先もある程度予想はできるんじゃよ…………む、一気に喋ってしまったな、すまなんだ」

 

グレモリー眷属のほぼ半数が疑問符を大量に浮かべていた。

 

「えとえと、つまりあの人はすごく欲深くて、強くて……あぅあぅ……分からないですイッセー先輩!」

「…………おっぱい」

 

わたわたしながらも目を回し、それでも理解しようとする生真面目なギャスパー。 すでに思考を諦めている一誠は言わずもがな。

 

「…………」

 

一点のみを見詰めて硬直している小猫。 よく見れば目の焦点が少しズレている。

 

「要は、ナインはその『願い』をエネルギーにして武器にしているということ、でいいのかしら」

「…………私も部長の解釈に近いですわ。 けど、そう考えると結構ロマンチストですわね、彼」

 

やっとのことで導き出したリアスの答えに、副部長である朱乃が乗る。

 

「そのエネルギーを錬金術に繋げて発動している。 だから彼は、普通とは違う錬成をおこなえる…………聖剣計画に組み入れられた理由も解ったような気がします」

 

険しい表情で言う祐斗だ。

 

「そういった意味ではおぬしらもその境地に到達できる可能性が無きにしも非ずじゃが…………無理そうじゃのう」

「私は無理でいいです」

「私もそれはちょっと……」

「おっぱいへの渇望なら誰にも負けませブふッ――――っ」

「どさくさに紛れないでください」

 

復活した小猫が場違いな一誠の発言に拳を打ち上げた。

すると、オーディンがひげから手を離して咳払いをする。

 

つまるところナインはどうだったのか、それを聞きたかったのだ。

 

「総評。 …………あいつ、頭イカれとるとしか思えんわい」

『それは前からみんな思ってました』

「とにかく、これがナインについてのジジイからの最後の助言と受け取るが良い」

 

どこに行き着くのか。 そもそも、ナインの進む道程に果てなど有るのか。

 

「大海に輝く不変の宝石じゃよ」

「宝石? あいつが?」

「むん、しっくり来んか?」

 

確かに、ナインを表すにあたりそういった煌びやかで優雅な表現は合わない。 一誠の苦笑と訝りが混じったような反応にオーディンもそれを察したのか、ひげで遊びながら唸った。

 

そしてにわかに。

 

「あれ自体が一つの世界として考えよ。 そこに外界を取り入れる心は無く、より頑迷である。 懐柔、共存は不可能と心得よ」




クラウディアまじ天使。 いや、比喩じゃなくね。

しかしどうして神座シリーズのラスボスは変態しかいないんでしょうね。 根暗のストーカーとかどう考えても、ねぇ? 構図的にまずい(笑) だが置鮎さんの演技は最高だった。



ナインの渇望ってなんだろうね(鼻ほじり)次回かいつかを待ってくれ!
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