紅蓮の男   作:人間花火

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約一ヶ月ぶりです。

最近ワンピースでCP9再登場の確定があり小躍りしてた人間花火です。 ルッチ大好きやわ。


46発目 謀略の魔王

「死ぬが良い、リアス・グレモリー…………」

「あ――――」

 

霧の神殿にて―――旧魔王シャルバ・ベルゼブブと対面してすぐのこと。 

ふと、背後からした声で背筋が凍った。

 

戦闘はすでに始まっている。 ここで先手を打って出て来たシャルバはなるほど、戦場の理を理解しているのだろう。

 

転移魔法――――座標の瞬時入れ替えにより、男はリアスの背後に出現していた。

手にするのは、悪魔にはおよそ有り得ない神々しさを纏った槍。 その切っ先が、飛来するように突き出される。

 

魔王サーゼクスの妹であるリアスを亡き者にせんと、ナインより先に光の槍で先手の攻撃をシャルバは繰り出していたのだ。

あまりの速さに、呆けと驚愕が一度にリアスを襲う――――速すぎる、祐斗の比では無い。 いやそもそも、高速の移動と転移魔法とでは移動技のスペックとしては大きく変わってしまうだろう。

場と場の移動と、道に倣って速く移動するのとでは次元が違う。 ゆえに必殺。 光の槍は深々とリアスの胸に突き立てられた――――

 

「安心しろ。 時期、貴公の兄も後を追う」

 

嘲笑いながらそう言った。

片手間に悲鳴の一つでも聞いてやろうと思い、すぐ抜かないでやったのに、嗚咽の一つも上げぬとはつまらぬ女。

このまま刺し貫いて黄泉路を渡らせてやる。 そうシャルバは不敵な笑みを浮かべ、目的達成を確信した。

 

「ふは……はははっ。 所詮は偽りの魔王の血族、呆気の無いにも程がある―――――――むッ!?」

 

しかしその直後にシャルバの表情が笑みから瞠目に変わる。

リアスの体がまるで霧のように霞んでいる。 なにが起こっている?

 

そして、シャルバの手から槍による刺突の手応えを根こそぎ奪っていった。

 

「バカな、分身……? 違う――――」

 

すぅッと消えていくリアスだったはずのモノ。

胸を光の槍で刺し貫かれても道理で無反応だったはずだ。

その手応えは確かなものと思い込んでいた――――それが間違いだったか!

 

「隙の在る方から殺していく……実に合理的です」

 

消えていくリアスを象った霧を背景に、少し離れた場所でナインがにやにやしつつも佇んでいた。

転移してくるシャルバより前に攻撃範囲より逃れ出ていたのだ。

 

「…………なんなのかしら、会う度に私の扱いが酷くなっている気がするのだけれど…………」

 

そう吐露したのは、肩に担がれているリアス・グレモリー。 ゲンナリした様子でナインの肩の上で項垂れていた。

即座に振り返ったシャルバはぎろりと紅蓮の男を睨み付ける。

 

「…………邪魔立てするか、爆弾狂」

 

人間では有り得ない洞察力でシャルバの動向を数瞬前に察知し、人間では有り得ない速度で神殿の床を高速で移動していた。

 

こういった古い思考を持つ者には、柔軟性が無いとは言えないがその動きは一種の教科書的な部分がある。 

弱く、トロく、そして、経験の浅い者から狩っていくのが常套である。 戦闘の雰囲気を察せない者など、先手と不意打ちでいくらでも狩れる。

 

ナインは、そういったシャルバの動向を予測していた。 シャルバの名乗りが終わった直後にはすでにナインはリアスの細い腰を抱えていたのだ。

 

そして、ナインの肉体もすでにスイッチが入っている。

 

「なんだ、それは」

 

うねる電撃はナインの錬金術によるモノである。

肉体を魂のレベルから外皮に至るまで錬成して頑強にし、鋼鉄の硬度に引き上げさせる外法錬成。

 

リアスを肩から下ろしたナインは、シャルバの問いに息を吐く。

 

「錬金術のちょっとした応用ですよ」

「有り得ない。 人の体を鋼鉄にはできまい」

「それがね、シャルバさん。 魂に直接働きかければその限りではないのですよ」

 

ナインのこれまでの生は、シャルバの生きてきた歴史の半分にすら満たない。

 

「魂を強化だと…………? あまりふざけるなよ人の子よ。 錬金術など我々の扱う『魔力』の通過点に過ぎぬ。 いや、『魔力』を使うに至れぬそこが錬金術師の限界点なのだ。 であるからこそ、人間は魔術や魔法を、自分たちでも扱うために独自に開発したりしているではないか」

 

だが、シャルバはナインの錬金術を知らない。

 

「錬金術などとうの昔に廃れている。 聖剣の修復? ああ、確かに人間どもには役立っているようだが、所詮我々真の魔王の及ぶところではない」

「いやまぁ、実はこういった錬金術の使用は国家錬金法上、違法なのですがねぇ」

 

シャルバの長広舌は、ナインの薄気味悪い笑いを含んだ独白で完全に無視される。

 

そう言いながら、態勢を低くして――――一気に地を蹴り上げた。 驚異的な瞬発力で瞬く間に旧魔王との距離を詰めつつ薄ら笑う。 それは本心。 心底より出てくる言葉だった――――

 

 

「――――人道上の建前など、戦場では(ごみ)だ」

「――――!」

 

ズンッ! 重厚感を帯びた衝撃音が周りの霧を震わせて神殿に響く。

斜め下から大気ごと蹴り上げられてくる鉈のような一撃がシャルバに叩き込まれる――――いや、受け止められていた。 しかしその表情に余裕は見られない。

 

「バカな――――」

 

そんな吐き捨てるような言葉とともに、弾かれるように距離を取る。

舌打ちをしたシャルバに、蹴り上げた足を下げつつナインは笑った。

 

「そんな法則は知らない、知ったことではない」

「私の張った対物理障壁を破るとは…………こんなことは有り得ない……!」

「何を以て有り得ないと言うのです。 これが事実だ」

「ぬぅ――――!」

 

再び突き刺さるナインの蹴り。 鋭い爪先が、鋭い速度と重さでシャルバの腹に――――。

 

「な、なに!? 防ぎきれんだと―――――!?」

 

障壁は突き破られる。 そして先ほどとは異なり、その勢いは死なず、生身の腹腔にその蹴りが重く突き刺さった。

 

「舐めすぎでしょう、ベルゼブブ(・・・・・)

「―――――」

 

言葉にならない痛烈な腹へのダメージに顔を歪ませるシャルバ。

まさかこれほどとは思わなかった。

コカビエルを斃した男と言えば逆になぜ警戒せずに見下すような行為をしたのかと問いたくなる。

 

「コ、コカビエルはただの間抜けでは無かったのか…………!」

 

しかし、シャルバは悪魔である。 心の何処かで堕天使であるコカビエルを軽視していたのだろう。

 

とはいえ、聖書にも名を連ねていた彼を軽く見てしまっていたことは、己こそが「真の魔王」という過剰な自己主張が前に出過ぎ、他者を認めることをしなかったその固い頭が生み出した最大の欠点であり原因であることは明らかだった。

 

そして、そのことはナインも気づいていて……

 

「…………」

 

右の手を擦りつつも、口元だけ笑った。

 

「結局のところ、あなたたちは他の血統に対しても敵愾心しか持っていない。

現魔王たちを見るその眼も、粗を探す事しかしていない。 視野狭しだし、ちょっと閉鎖的すぎだよねぇ、ククク…………」

「我々が正しき血筋、正しき魔王の後継だ。 偽物を罵倒して、何が悪い!」

 

自分たちが真なる魔王なのだと、頑なに己の意見を曲げないシャルバ。 曲げない部分に関しては、ナインも思うところはあったのか、毛ほどの先程度だが親近感は沸いたようだった。

 

「自己を主張するのは良い。 独り善がりは私も同じだ。

しかし、私が気に入らないのはそうやって他を罵り、蔑んでいることだ。 性根が小さい」

「私が……小人だと…………!」

 

ぶわっ、とシャルバの体から強大なオーラが迸る。 人間にここまで虚仮にされたのは初めてだ。

 

「いまの魔王たちはあなたたちよりも能力があったのでしょう。 だからいまの地位にあるのだと、どうしてそれを認めることができない?」

 

まるで子供だ、と笑いから呆れに変わった。 大衆が決めたトップを否とするなら、相応の説得力と能力を持って対抗しろ。 能力とは言わずとも分かるだろうが、強さではない。

 

「武と暴を用いた統率では誰も付いて来ない」

「付いて来ないのではない、付いて来させるのだ!」

 

巨大な魔力がナインに向けて放たれた。 それを難なく躱しつつ、リアスも蹴飛ばして攻撃範囲から外してやる。

 

あっ、という叫びが聞こえた気がした。

 

「いつつぅっ…………ちょっとナイン! 女を足蹴にするなんてどういう神経をしているの!」

「五月蠅いですねぇ、助かっただけありがたいと思いなさい。 あなたはただでさえ足手まといだというのに…………」

 

腰をさするリアスは頬を膨らませてなにやら抗議しているがそれも視界から外す。 いまは目の前の強敵の動きを探るのに意識が向いている。

この場ではもはや非戦闘員と同様のレベルにまで下がっているこの紅髪は正直に言って役に立たないのだ。

 

「確かに、時代は我々を選ばなかったのかもしれん。 しかしだからこそ、私は時代を塗り替えるべく、現魔王を殺す。 邪魔者も消していくのだ」

「…………そうですか」

 

内心、ナインは思った。 この者も、自分の道を行く求道の性質。

だが、それを本人たちは自覚していない。 求道が敷く覇道など、他者が付いてくるわけがないだろうに…………。

 

「私はここで斃れるわけにはいかん。 カテレアのこともある、こんなところで貴様のような下賤な者と問答をしている場合ではないのだ―――――ゆえに」

 

言うと、シャルバの体に蛇のような影が纏わり付いていく。 その影は徐々に鮮明に映し出される。

 

「む」

 

色素が浮かび上がると、それは濃縮された緑だった。 禍々しいオーラを放ちながら持ち主のパワーを上げていく。 いや、持ち主というより、寄生主のようなものなのか。 明らかに悪魔が初めから持っている力とは別種のものだと、このときナインは素早く察知していた。

 

「―――――手ずから殺してやる。 人間らしく天に滅せ」

「あなたでは私を殺せない。 それに――――」

 

壁に這わせた手から紅蓮の術法が流れ出す。 それは幾重も枝分かれしていき拡散――――敵手へと爆心の魔の手を伸ばしていく。

いつも紅蓮の伝導に使われる道筋は一つだったが、いまはもう違う。 いわば、爆心の群集。 錬成元は一つでも、地面を伝う青雷は術者の渇望に従って加増している。

 

「死んだらそれで終わりでしょう――――死後の世界などバカバカしい」

 

ニヤリと、不気味に笑む。

その瞬間、巨大な魔力の塊を、一つに結集した爆発の火柱が盛大に撃墜した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにかの間違いだ……僕がこんな…………」

 

情けなさそうな弱音が口から漏れる。 これが先刻、人質を取って強気に口上を垂れていた男だ。  

 

「瞬殺がどうしたって?」

 

神殿最奥で繰り広げられていた戦いは、圧倒的格差によってもはや消化試合の様相を呈していた。

 

――――蛇の恩恵では赤い龍には抗しえない。

 

「ぐふぁッ!」

 

深々と突き刺さるドラゴンの拳は、魔法障壁ごと易々とその防御を貫き通す。

ディオドラ・アスタロトの敗北はすでに決まった。 一誠はそれよりも一番に、アーシアのことを気にかけていた。

 

心に深い傷を負っただろう。 あのような真実を突き付けられて平気でいられるほど彼女は強くない。

そう、強くないのだ。

 

「こんな事実を知っても、アーシアはきっといまのお前を見たら助けようとするだろうっ! 良い子なんだ……本当に。

でも、お前は許さねぇ。 きっちり落とし前を付けさせてやる」

「あぁぁぁぁぁぁぁッ! 僕がっ、僕がお前みたいな薄汚いドラゴンに負けるはずがないんだよ!

ここまで来るのに僕がどれだけ――――」

 

拳の衝撃が連続する。 ディオドラの顎がぶち上げられ、上がり切る寸前に今度は横から飛んでくる。 まるでサンドバックだ。

ドラゴンの力を宿した拳の応酬。 聖女を貶め、穢した代償は重い、ゆえにお前はこのまま――――

 

「…………っ」

 

俺はいま何を思った? 一誠の中で走る疑問符。

このまま…………ディオドラを殴り殺す? いや、殺すなんてそんなこと俺がするはず―――――

 

『相棒、少々熱くなり過ぎだ。 ドラゴンの負の部分が相棒の意志に呼応しようとしている――――自制しろ』

「わ、分かったドライグ」

 

顔を腫らせたきったディオドラが、攻撃中止によって床にドタンと倒れ伏す。

見て分かった、自分はやり過ぎたのだと。

ドライグに礼を言う。

 

「サンキュ、ドライグ。 危うく変になるところだった…………」

『いいということだ、相棒。 ただ、今後気を付けろよ』

「ああ…………」

 

神器(セイクリッド・ギア)は所有者の思いに反応する。 それは良い事ばかりではないのだ。

負の感情にも力はある、そこに働きかけてしまうこともある。

 

ならばドライグが直接自制すれば良いではないか? それは違う。

何せ、結局のところ赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ドライグというドラゴンは、神器(セイクリッド・ギア)に宿った魂にすぎないから。

喩えれば、「神器」という宿り木に移された「力」という実にすぎない。 つまり、ドライグの意志一つで神器を操ることは不可能なのである。

 

すべては使い手次第だ。

ただ、さっきのように魂が宿主とのコミュニケーションを取れていればその限りではないが。

 

『この男の眼はもう死んでいる――――ドラゴンに怯えきった眼だ、再起は無いだろう』

「…………そうか」

 

これで戦いは終わった。 少しだけ意識はあるようだが、もはや戦う気力も体力もディオドラには存在しない。

ゆえに勝負あり。

 

「アーシア、いま行く」

 

そう言って、磔にされている聖女へと手を伸ばそうとした――――そのときだった。

 

「――――――!?」

 

ズゴンッ!

 

突如として、鋭い爆発音とともに神殿最奥に位置する壁が盛大に吹き飛ばされた。

砕け散った瓦礫は弾丸の如く飛来し、周囲の壁面にめり込んでいく。

 

あまりの衝撃に神殿は激しく揺さぶられた。

 

「…………っ」

「なんだ!?」

 

吹き飛ばされた壁の向こう―――一誠たちは何事かと、そちらへと視線を向ける。

 

「…………なにか聞こえますわ」

 

徐々に聞こえてくる怒号――――つまりそれは、戦線の再来―――――。 並ならない力の波動が近づいてきている。

からん、と瓦礫から生じた小石が神殿の床を叩いた――――その瞬間。

 

「おぉぉぉッ!」

 

シャルバ・ベルゼブブ。

旧魔王の一人、そして、禍の団(カオス・ブリゲード)旧魔王派の主犯格がある人物に向かって肉薄しようと追撃している光景が、一誠たちの視界に飛び込んできた。

ゼノヴィアが叫んだ。

 

「あれは―――――!」

 

―――――ナイン・ジルハード。

紅蓮の錬金術師が、シャルバの猛追撃から逃れながら高速で後退移動している。

ポケットに片手を突っ込みつつ、所々を手で触れて爆発していき、シャルバの進行を妨害している。

 

「小細工を――――!」

「その割に届きませんね。 存外に効いているということかい、ふへへ」

 

爆発の度に障壁を展開するシャルバは、いい加減辟易していた。 自分がこうも防戦に回されるとは、冗談ではない。

かといって、あの紅蓮の男には隙が無い。 こちらが作り出す魔力を、あの訳の分からない爆弾で撃墜してくる。

 

複数個で攻めようにも、それすらもナインに漏れなく打ち消されてしまうのだ。

 

「次はそこですね。 まるでシューティングだ――――つまらない」

 

完璧な対処。

 

なぜだなぜだ、私は真なる魔王。 人間など有象無象にすぎず、本来ならこんな魔力を作り出さなくとも挙動一つで揉み潰せるはず――――何故!

 

「コカビエルはこいつに斃され。 北欧の主神オーディンはこいつを取り逃した。 フェンリルにもどういうわけか見逃された――――天は…………。 天はぁっ!」

 

歯ぎしりとともに、シャルバは渾身の魔力をナインに叩き付けるべく凝縮させる。

 

「天はお前に何をさせようとしているッ!」

 

強大な力。 蛇の恩恵により増幅された魔力弾はしかし、ナインの残像をかき消しただけに終わっていた。

パワーでも魔王クラスと拮抗できるレベルにまで、この男の錬金術は魔業と化しているのに、スピードももはや目で追えない。

 

その事実に、当の本人も驚いている様子だ。

 

「変だなぁ、私の錬金術も、さすがにそろそろ魔王クラスとなると限界に近いかなぁ、と思っていたのですが…………」

 

ビシッ、と瓦礫を横に投げ、爆発させる――――それだけで壁は崩落した。

 

「まだ行けますね。 私はまだまだ上に行ける―—―――楽しいなぁ」

 

心底楽しんでいた。 シャルバをして「とうの昔に廃れている」という錬金術で、互角以上に渡り合えていることに。 目に見よ、これが錬金術であると。

 

「ああ、シャルバ! シャルバ! 助けておくれ!」

「む…………?」

 

声に、シャルバは苛立ちのこもった瞳の色で睨み付けた。 いまはあの男を殺す方法を考えている最中だ、邪魔をするなと。

 

ディオドラだ。 顔面を腫らしたディオドラ・アスタロトが、縋り付くようにシャルバのマントにしがみついている。

 

「キミと一緒なら勝てる! 赤龍帝を殺せるよ!」

「黙れ」

 

ドガンッ、とディオドラは簡単に吹っ飛ばされた。

 

「がッ―――――」

「お前になど、私は微塵も期待をしていなかったよ。 疾く去るが良い」

「な…………なぜだシャルバ! 旧魔王と現魔王である僕が力を合わせれば、冥界を支配することも夢じゃない!」

 

もはや敗者に用は無し。 興味が無くなった様にシャルバはディオドラから視線を外す――――いま対するべきは紅蓮。 リアス・グレモリーは二の次だ。

 

「お前は、ここで殺しておかねばならぬ男だ、紅蓮の錬金術師」

「ふ~ん」

「その錬金術、力、そしてお前の頭はおかしい!」

「何度言われたことか」

「いま確信した。 お前はこの世に居てはならない!」

 

ドンッ――――! 一気に接敵していくシャルバ。 その猛追を再び華麗に回避していく。

 

「……悪魔にも硫黄は含まれているのか?」

 

そうボソリとつぶやくと、ナインの手はすかさずディオドラの腕を掴んでいた。

 

「失礼」

「なにを――――う゛ッ!?」

 

体に電流が走る。 何が起きたか分からない。 何をされたかも分からないディオドラは、その直後に異変に気付いた――――しかし、もう遅い。 この錬金術は、行使されたなら解除はほぼ不可能だ。

なにせ、人体を爆弾に変えることはできるが、元に戻す錬成法を、ナインは知らないのだから。

 

詰まる所、爆発への片道切符ということだ。

 

「ぬ―――――!?」

「ちょうど良かった。 試させてください、悪魔で錬成した爆弾が如何なものか。 威力の程を――――ここで拝見させてもらいます」

 

ナインに軽々蹴り飛ばされるディオドラの肉体。 シャルバはそれを見遣り、即座に叩き落とす姿勢を取った。

 

「悪魔で錬成した爆弾? 何をバカな――――」

「おや、私の錬金術の神髄をご存じなかった? それは残念――――では、試験的にどうぞ」

 

ディオドラの体が白銀に光出す。

皮膚は黒ずみ、筋肉は弛緩していく――――スポンジのようにぐにゃぐにゃになった肉体は、周囲の酸素を吸収していく。 急速に収縮していく体は、爆発まで秒読みであった。

 

「―――――」

 

断末魔も許さない、容赦も慈悲も無い暴発。 それも大爆発だ。

周囲を呑み込み、破壊していく灼熱の轟爆。

アーシアが居た磔台も、一誠たちすら呑み込んで――――無論のこと、シャルバ・ベルゼブブも。

 

「バカなこんな―――――!」

 

爆風で割れる窓ガラス。 崩落崩壊する神殿。 爆炎で焼き尽くされ、炙られる神聖なる場――――原型留めず。

至近距離でその爆発に曝されるシャルバは、周りの光景と同じくして紅蓮の炎に包まれる。

 

「う、うぉぉぉぉぉッ………………! おのれ、おのれナイン・ジルハードぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

シャルバも―――――呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ナインったら、いつもいきなりなんだから」

 

実は先ほどナインとシャルバの戦いがこの場に乱入した際、しばらくして彼女も追いついてきていた。

彼女―――リアスの姿にいち早く気づいたのは一誠。

 

「部長、無事だったんですね!」

「ええ、なんとか」

 

ほっと胸を撫で下ろす。 離れ離れになったときはどうしようかと思っていたが、リアスには傷は無いようだ。

多少制服が汚れてはいるが、それ以外は問題は無い。

 

一誠が話す。

 

「良かったです。 これで全員揃った……!」

「アーシアは?」

「大丈夫ですよ、ディオドラのヤツは俺がぶっ飛ばして、アーシアは助けました、これで―――――」

 

爆発の煙が止んでいく。 それに伴い、アーシアが張り付けられていた十字架が見えてくる。

それにしても大きい爆発だった、危うく巻き込まれるところだったが、局地的で且つほとんどシャルバが受けたようだからそれほど被害は無い。

 

アーシアが居る場所へ駆け寄っていく。

みんな無事で良かった。 これでまた楽しい日常に戻れる――――当分こんな胸糞の悪い戦いはしたくない。

そう一誠は安堵しながら、ボロボロに粉砕されつつも吊り上げられた十字架に駆け寄り、そこに居るはずの少女を助けようとした。

 

「…………あ、あれ?」

 

それが、居ない。 どこにも。

 

「あ、れ……おかしいな。 アーシアが磔にされてたところって……この辺のはず…………」

 

気持ちの悪い汗が、一誠の頬を伝う。

 

「アー……シア? なんで居ない?」

「どうして、ま、まさか―――――!」

 

バッとリアスがナインの姿を確認する。 そして言い放った。

信じたくなかったが、しかしこの状況。 疑わざる負えない―――――

 

静かに、ゆっくりとナインに近づき、リアスは訊いた。

 

「…………ナイン、いまの爆発――――」

「………………」

 

沈黙が訪れる。

 

「あなたの起こした爆発が、アーシアを巻き込んだ可能性は?」

「…………………………」

 

沈黙したままのナインの胸倉をリアスが掴み上げる。 

まさか、まさか――――この男に限って爆発の範囲を計算できないはずがない。 しかし万が一ということもある?

いや、だが――――

 

「答えて!」

「…………………………………………さて、どうでしょうか」

「―――――――ッ!」

 

こんなところでそんな曖昧な答えは訊きたくない。 いま目の前にあるのが事実、アーシアが居ない。

アーシアが張り付けられていた十字架はボロボロに砕け散っている、では答えは一つ。

 

「お前が…………アーシアを…………」

 

ゆらりと、尋常ならぬ雰囲気を纏った赤い少年の心臓が鳴動する。

良くないものに触れてしまったのか、否か――――

 

ナインはリアスを押し退け、無表情で一誠と対峙した。

 

「っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああッっっっ!」

 

絶叫とも、雄叫びとも取れる大声量。 その音は衝撃となり、爆発で崩壊寸前の神殿に追い討ちのごとく壊していく。

兵藤一誠が吼えている。 いや、これはもはや彼本人の声ではない。

重なった声音、まるで呪いのごとき言霊が紡がれ始める。

 

 

 

 

 

『我、目覚めるは――――――――』

 

<始まったよ> <始まってしまうね>

 

 

 

『覇の理を神より奪いし二天龍なり――――――――』

 

<いつだって、そうでした> <そうじゃな、いつだってそうだった>

 

 

 

『無限を嗤い、夢幻を憂う――――――――』

 

<世界が求めるのは――――> <世界が否定するのは――――>

 

 

 

『我、赤き龍の覇王となりて――――――――』

 

<いつだって、力でした> <いつだって、愛だった>

 

 

 

 

≪何度でもおまえたちは滅びを選択するのだなっ!≫

 

兵藤一誠の鎧が変質していく。 赤い凄烈さは変わらず、しかしオーラはどす黒く。

明らかに所有者本人の色ではない。

 

鋭角なフォルムが増していき、翼まで生えていく。 それは悪魔の翼ではない――――龍翼。

 

―――――ドラゴン。

 

 

 

 

「「「「「「「汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――――」」」」」」」

 

Juggernaut Drive(ジャガーノート・ドライブ)!!!!!』

 

一誠の周囲が弾け飛ぶ。 床が、壁が、柱が、天井までもすべて破壊されていく

血の様に赤いオーラは、破滅の理しか引き連れない。

 

「ぐきゅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァッっッ!」

 

もはや正気は無し。 獣の叫びにも似た声が、兵藤一誠だったものから発せられる。

 

『…………ついに龍の逆鱗に触れてしまったか、ナイン・ジルハード』

「ん~?」

 

暴れまくる怪物から、ドライグの声が聞こえてくる。 ナインは首を傾げた。

 

『こうなってしまったからには、もう止まらん…………。 なぜ弁解をしようとしなかった』

「する気がないですねぇ」

『なぜ…………あのような曖昧な答えを出した』

 

つい数分前のやり取りを思い出す。

 

『答えて!』

『…………………………………………さて、どうでしょうか』

 

『あの時点でお前がはっきりと弁解をしていれば、相棒もこうはならなかったはず…………』

 

その言葉に、ナインはひとしきり考える。 考えるとは言っても、かなり惚けた様子で。

 

「どうして私がそんなことをしなくてはならない?」

『人間の本質だ! 疑われたら誰しもそれを否定しようとするだろう…………! それとも…………』

 

本当にお前がやったのか?

 

そのドライグの無言の問いに、ナインは笑った。

 

「いいえ、私が爆発範囲を計り間違うことはない」

『…………バカな! ならばなぜ!』

 

自分はしていない、やっていない。 なぜにそう訴えなかった!

あの場ではお前は完全に孤立し、疑われて当然だった。

 

『それが解らぬお前ではあるまい、錬金術師ィッ!』 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁッッ!」

 

ドライグの声に重なる様に、一誠の奇声で塗り替えられる。

仲間の変わり様に放心するリアスたち。

 

ナインはこのときすでに悟っていた。 それと同時に、感謝もしていた。

己が死ぬかもしれない――――そんな気持ちに囚われる甘美を噛み締め――――

 

「クク…………上手くやりましたねぇシャルバさん。 あなたの十八番は権謀術数にありましたか。

少々雑で荒い部分はありますが、まずはお見事」

「ぎゅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「ま、私にも否はありません。 喜んであなたの術中に嵌ってあげますよ」

 

覇龍へと変わり果てた兵藤一誠が、紅蓮の男へと猛然と襲い掛かって行った。

 

期せずして、再戦の時が訪れた。

一誠にとって三度目の正直となるか。 それとも、再びナインに軍配が上がるか。 その結末は、誰にも解らない。




シャルバさんが策士と化している件について。 さすが中の人聖餐杯だね☆

平日投稿です。 誤字脱字ございましたらご指摘ください。

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