紅蓮の男   作:人間花火

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この話の後、ピーな部分を抜粋した話をR18の「紅蓮の男 妄想と現実」に同時投稿してあるので、暇があればそちらもどうぞ。


49発目 ヴァルキュリア、再び

夜の都内は昼間とはまた違った明るさがある。

電光看板が立ち並び、その横を仕事帰りの社会人が通り過ぎていく。 それもまた色々居り、酔い気味に千鳥足で歩く人や、逆に寄り道などせずに真っ直ぐ帰路へと向かう人間も居たりする。

中には、その手の店の客寄せ等、様々だ。

 

そんな賑やかな通りを抜け、一際閑散とした雰囲気の持つ建物の中で、黒歌は声を弾ませていた。

 

「ふーん、色々あるのね。 ナイン、どれがいいと思う? この部屋? それとも、こっちの丸型のベッド? いやー迷うにゃー」

 

そうにゃーにゃー言いながらラブホテルの部屋割りタッチパネルをひょいひょい叩いていく彼女。

人目がほとんど無いのをいいことに、猫耳と尻尾は元気良く飛び出ている。

 

「う~ん」

 

しかし、肩を寄り添わせてくる彼女に、ナインは首を傾げながら言った。

 

「なんでもいいんじゃない? 寝るだけだしねぇ」

「え、にゃんで!? 朝までねっとりエッチしてくれるんじゃないの!?」

「え?」

 

予想外の話の流れに、途端にナインに詰め寄る黒歌。 確かに、こういった雰囲気のホテルならそう思い込むのも無理は無い。 と、言うより嫌でもそういった気になるはずである。

 

「ま、また私の空回り? ……にぃ…にゃふー」

「あーあーもう」

 

ナインの胸板からずるずると床へ崩れ落ちていく黒歌。

それを申し訳程度に出した片手で抱き留めると、少しすまなそうに言う。

 

「ふむ、どうやら過剰に期待をさせてしまったようですね」

 

謝罪に、黒歌は首をゆっくり横に振った。

 

「ううん、いいの。 ナインはそういう人間だって、私は分かってるから…………」

「ならいいか」

「躊躇って! ちょっとは躊躇って欲しいにゃー!」

 

一種のテンプレートのやり取りは、ナインの一言で改変されること必定なのである。 つまり、相手がいくら頑張ったとしてもナインの行動は情や情けが欠落しているため、読むに難い。

 

「もう、ナインのいじわるぅ……」

 

だが、黒歌はこういうやり取りは嫌いじゃない。 むしろ最近は、ブレないのはナインらしさの象徴だと思っている。

だから、こうして話していると充足感を感じることができる。

 

一番近くに居るはずの自分にすら左右されず貫徹できる意志は、逆に捉えればナインはナインであり続け、誰のモノにもならない安心感があるのだ。

 

「私のモノになってくれたら、それに越したことは無いんだけどね…………」

 

そう言いながら、タッチパネルをいじるナインから見えない角度で黒歌は舌で自分の唇を濡らす。

 

「おっさん!? どうしてこんなところに?」

「ワシがここに来てはいけんのか? まったく若造が、盛りおってからに」

「朱乃、これはどういうことだ」

「が、学生の本分は勉学です! こ、このようなところで何をするつもりだったのですか!」

 

すると、入口向こうから何やら聞こえてきた騒がしい声にナインはおもむろに振り返った。

 

「…………!」

 

何かに気付いて目を細める

遠目から見る限り、尋常では無い雰囲気が二つ。 それ以外では三つ察知できた。

 

「…………どうやら、私たちに続く珍客のようで」

「この気配…………!」

 

黒歌の妖艶だった雰囲気が、鋭い獣の雰囲気に一変した。 忘れもしない、この、心臓を鷲掴みにされる感覚。

警戒する猫よろしく、総毛を立たせた黒歌がフシャーと威嚇の金切声をあげる。

 

「むん?」

「え」

「なん――――」

「…………」

「ウソ…………」

 

ばったりと、出会ってしまった。

 

「…………ナイン? ど、どうしてお前が…………」

「ふむぅ」

「…………お退がりください、オーディン殿。 この男、手配書で見覚えがあります」

 

対峙した直後に、オーディンの横に控えていた濃い髭の偉丈夫が前に出て来る。

それに呼応し、ナインも半身からゆっくりと体を正面に向けた。

 

「…………紅蓮の錬金術師か……話には聞いていたが、まだ――――」

「まだ子供、ですか? それとも、若い? まぁ確かに、あなたたちからしてみたら私など殻の付いた雛同然でしょうよ」

 

一般的に長身のナインを更に上回る大男は、威圧感を出しつつナインを見下ろす。

すると、オーディンが咳払いをした。

 

「よい、バラキエル」

「しかし…………」

「よい」

 

戸惑うバラキエルを押し退けた北欧の主神。

そのオーディンは、異様に光る左目で紅蓮の男を見据えた。 いや、これは目では無いのかもしれない。

 

すると、その目は隣に居た黒歌をもその視界に捉える。

 

「え…………にゃ…………?」

 

ふらりと、よろける黒歌をナインは後ろに退かした。 左目の視界全体が彼を捉えるようになる。

しかしナインは、そのオーディンの異様な瞳を覗きこみながら、やがて鼻で笑い飛ばした。

 

賢者の神(ミーミル)では錬金術師(わたし)には通用しないですよ、クックク…………やれやれ、いきなり牽制してくるとはねぇ…………」

 

オーディンの左目は神秘の力を宿している。 ミーミルとの取引による代償――――無限の知識と、その左目。

横に控えていた偉丈夫――――バラキエルは目を見開いた。

 

「なるほど…………大した胆力と精神力だ」

「まったく…………」

 

オーディンは左目で視るのを止めると、ナインと同様不敵に笑んだ。

 

「おぬしらも、もしかしてナニをしに来たのか?」

「第一声で、しかも訊くのがそこですか」

「良いではないか、ワシとおぬしの仲じゃろうがい」

 

分かっている、これはオーディンの皮肉だ。 だが、あえて乗ってやるのも一興か。

 

「私はあなたに殺されかけた記憶しかないのですがねぇ」

「ふん、皮肉で言っとるんじゃたわけめ。 赤龍帝もおぬしも、夜な夜なホテルにべっぴん連れてしっぽりとは、良い身分じゃわい」

「老人の僻みは逆に微笑ましく見えますよ、オーディンさん。 ふふふ、ふっはっはははっ!」

「ぐっぬ……っ言うのぉ面白い。 だがやはり、からかうのは赤龍帝の方が楽でいいわい」

「お、おっさぁん!?」

「お、オーディン殿…………?」

 

おそらくは、いつもより少し違ったオーディンの態度に戸惑っているバラキエル。 周りを振り回すような性格は、バラキエルも分かっていた……が、対等に話す男に驚愕を覚えていた。

 

「…………よ、よろしいのですか、この男は現在、三大勢力間で最重要危険人物として認定されているナイン・ジルハードその人。 ただの殺人犯やテロリストとは訳が違う危険度を孕んでいると、アザゼルからも聞き及んで――――」

「おや、アザゼルさんの知り合いでしたか」

「アザゼルんとこのグリゴリ幹部、バラキエルじゃ。 こやつも、ロスヴァイセと同様堅い男なんじゃよ。 アザゼル坊の方が話してて面白い」

「へへ、柔軟性の無い部下や護衛で大変ですねぇ」

 

くっくと口を愉快そうに歪ませるナイン。

すると、オーディンが思い出したように「そうじゃ」と手を叩く。

 

「のぅ紅蓮の、おぬしに頼みたいことがあるのじゃが……なに、悪い話ではないと思うぞ?」

「頼みたいこと…………?」

 

 

 

 

 

「ナイン!」

「む?」

 

オーディンとの話が終わると、後ろからかけられた声にナインは反応する。

そこには、真剣な面持ちで立つ兵藤一誠の姿があった。

 

重そうな口を、彼は開いた。

 

「その…………ごめん」

「?」

「この間のことだ。 俺は、とんでもない誤解でお前を殺す気で襲っちまった」

「…………」

 

無表情、そして無言でその姿を見るナイン。 一誠は続ける。

 

「アーシアを、お前が爆発で巻き込んで殺したって……ひどい誤解でお前に襲い掛かった。 本当にごめん」 

「ふ~む」

 

すると、顎に手をやり、なんでもないようにナインは息を吐いた。

 

「別に、気にしていないよ。 そんなことより、あなたは眷属に感謝しなければいけないと思いますよ」

「………………」

「殺されかけたのはむしろあなただ。 あの事件は、私をリアス・グレモリー以下眷属たちが止める形で終息している。 彼女もね」

 

顎でくい、と一誠の後ろに居る朱乃を指した。

 

「私はあの状況はむしろ上等だと思っていました――――それに、過ぎたことをいつまでも引きずるのはよくないね」

「…………でも、やっぱりすまん。 ナインがどう思っていようと、俺は謝らずにはいられないから…………それだけだ、じゃあ………………」

「あ、イッセーくん」

 

ナインの横を通り過ぎていく一誠。 その表情から、本気で気落ちしていることが伺えた。

黒歌が横から顔を覗かす。

 

「かなーりしょげてたにゃーん。 ナインも、謝ってたんだからもう少し柔らかく言ってあげれば良かったじゃない」

「私なりの発破だったのですがね。 まぁでも、いままでのことを通して分かったことがあります」

 

不敵に笑い、後ろ姿の一誠と朱乃の姿を見た。

 

「彼は信念はあるが、大器とは言えない悪魔だ」

「きっついこと言うわね。 上級悪魔になるって、相当努力が必要だって聞くけど」

 

苦笑いの黒歌に、ナインは吐き捨てるように言う。

 

「私からしてみれば、他人様から与えられる称号など無意味だ」

「”紅蓮の錬金術師”は?」

「私という人間を体現してくれるモノです。 ゆえに教会を脱退した現在でも、この銘を誇っている。

だが私は、称号でなくとも、向こうに認識させる説得力を持ち続ける」

 

自己主張も重要だが、周囲にそう思わせる程の印象と力を見せ付ける必要もある。

ナインの二つ名は教会から与えられたものだが、それが気に入らなかった。 気に入った銘だったからこそ、与えられるだけではない、本当の”紅蓮の錬金術師”になりたかったのだ。

 

「しかしどうやら、兵藤くんの本当の目的は上級悪魔になることではないようだ」

「まぁ、ハーレム形成のための布石でしょ?」

「でしょうね。 私はそれが気に入らないのだ」

「冥界の社会って、色々複雑で大変だしにゃー。 いきなり一足飛びでハーレム作れるわけじゃにゃいし、そのためには上級悪魔になって『(キング)』にもなって、自分のチームを作れるところまで来ないと叶わないわね」

 

ふーん、とナインは興味無さげに踵を返す。

兵藤一誠の目標は、詰まる所それである。 上級悪魔へ昇格するというのはその過程にすぎない。

別に、段階を踏んで目標を達成するのに文句は無い。 ナインも、世界の真理を知るために、能力を練磨しつつその身を戦地に投じている。

 

ただ、一誠のいまの目標と最終的な目標に繋がりを感じないのだ。 段階と目標が逆になっている気すらする。 いや、彼の求める、複数の女性を侍らせるという行為に利益を見出せないでいる。

 

上級悪魔に成ってまで求めた先がハーレム(それ)か。 理解はできるが共感はできない。

 

「まぁ、リアス・グレモリーとセックスできるという理由で和平に賛成していた時点で察するべきことでしたがね…………」

「価値観の違いだと思うの。 ナインも人のこと言えないでしょ?」

 

黒歌のその言葉に、ナインは息を呑む。 そして、苦笑。

 

「ああ……ふふ、そうか」

 

大切なことを忘れていた。 そうだ、ナインも……一誠や他の者たちには理解できないことを多くしてきている。

思えば、世界の行く末を闘争で以て知りたいと思う考えに賛同する者などほとんどいない。 そのような破滅的なやり方では、世界の将来どころか、終末に行き着く可能性すらある。

 

「どうやら、私は社会を抜けてから少々常識が抜けていたかもしれません」

「いや、あにゃたに常識とか期待してないし」

「それは違いますね黒歌さん。 要は処世術。 最近は少し非常識が目立っていた、猛省せねばなりませんね」

 

一人うんうんと納得するナイン。 まだ十分な力も無い内に非常識で突っ走るのは愚か者のすることだ。

それではそこらの犯罪者と変わらない。

 

自分はまだまだ弱い。 そう言い聞かせ、教会に居た頃の『異端を自覚した常人』を認識していくナイン。

 

「ところでナイン」

 

すると、黒歌が首を傾げて訊いてくる。

 

「さっき、何をあのスケベジジイに言われていたの?」

 

ナインに耳打ちをしていた北欧主神の姿が、黒歌の頭の中で浮かんだ。

仲が良いわけでもあるまいに。

 

それをナインは鼻で笑ったあと、適当にホテルの部屋をタップして歩き出す。

 

「どうやら、さすがのオーディンさんでも頭を痛めていることがあるようでしてね」

「うーんとねー…………」

 

聞いて、首を傾げつつ考え込む黒歌。

オーディンですら思い悩む事柄。 あの意気軒昂な老人に、いまになって悩み事があったことにまず驚きだ。

そうなると政治関係が濃厚な線だろう。

 

以前、小勢の北欧神話の兵隊がヴァーリチームの本拠地に送り込まれてきたときに相対した黒いローブの、どこか軽口な悪神が思い浮かぶ。

あれは明らかに、オーディンの方針に反対的な意見を述べていた。

 

「ロキかにゃ?」

「惜しいですねぇ、しかし目の付け所は絶妙だ、90点」

「90点でも正解とは言ってくれないのがナインらしいけど…………え~? じゃにゃによ。 教えてっ」

 

90点はほぼ合格ラインにゃ、と黒歌はそのまま考えることを放棄してしまう。 ナインは溜息。

 

「彼の息子、フェンリルをマークしておいて欲しいとのことです」

「………………」

 

その瞬間、黒歌の纏う雰囲気が変わる。 今日は剣呑な話が多いわね、と内心不機嫌になりながらナインの瞳を見つめ返した。

 

「で、どういうことなのよ」

「北欧の代表として、日本の神々との対談にオーディンさんはご出席するようです。 そして、その異文化交流に水を差してくる者が出て来る可能性がある」

「それがロキご一行?」

「詰まる所、そういうことです」

 

オーディンが日本の神々と会談を開くという話は初耳だが、それを妨害する者がいることにはナインはなんら不思議を感じなかった。

 

「古きを重んずる者は人間に限らず絶えないものです。 懐古主義はどこにでも湧いて出て来る」

「ナインはそれに関してどう思うの?」

「本音を言えば…………どうでもいい」

「そう言うと思ってたっ」

 

予想通りの言葉に、黒歌は嬉しそうにナインの腕に抱きついた。 しかし、言葉を続ける。

 

「古き良きモノに価値を見出し、信仰する。 これは誰にでもできることじゃない、実に素晴らしいと思います」

 

立ち止まったナインは不敵に笑う。

 

「がしかしだ。 それが時代に乗り遅れるのが嫌で言っているのであれば話は変わってくる。 あの悪神さんがどう思っていようとね」

 

現在の礎となってきたものは、古くも分厚い土台である。 ゆえに古きものは尊く、崇高なものであり、壊すべきものではないと主張する者。

 

「その盲目な信仰心のおかげで、現代の進化を停滞させている」 

「そういえば、冥界もそうだしねぇ。 大御所の上級悪魔たちが台頭してるせいで、未だに階級差別はあるみたいだし。 知ってたナイン? 冥界では、下級悪魔は学校にも通えないんだってよ?」

「なるほど…………」

 

黒歌も一時期冥界の悪魔だったのだ、知っていても不思議ではない。 そしてその知識が確かなら、黒歌が居た時からも冥界は何も変わっていないということになる。

 

話は戻る。 どうしてナインはオーディンの頼みを聞き入れたのかだ。

 

「………………そろそろ、あの狼殿とも決着を付けておきたいところです」

「まさか、フェンリルと戦いたいからオーケーしちゃったの?」

「うむ」

「うむじゃないし…………それって、あのお爺ちゃんに良いように利用されちゃったんじゃないの?」

 

黒歌の言い分ももっともだ。 詳しい話も聞かず、あの神殺しの牽制になって欲しいという条件にしては割に合わない。

しかし、ナインの笑みは変わらない。

 

「心配には及びません。 もう一つ条件を提示しました」

 

不安そうな黒歌に振り返り、後ろで手を組む。

訝しげに首を傾げた黒歌――――その直後、ナインの後ろから現れた人物に、目を見開く。

 

「あなた…………」

 

麗しい銀髪が揺れるその中に、なんとも言えない表情をしたロスヴァイセが居た。

黒のパンツスーツに身を包んだ彼女は、そのままナインを遠慮がちに見上げる。

 

その視線を一顧だにせず、ナインはくるりと進行方向を戻した。

 

「あのフェンリルに対して直接的な切り札にはなりません、が。 この女性は非常に優秀だ。

オーディンさんはこの方を未熟者呼ばわりしますが、それは上手く実力を引き出せていないだけだ」

「と、言うことは、もう一つの条件って…………」

 

オーディンはもうこの場には居ない、一誠たちも当然帰宅している。

ならば、ここに北欧神話お抱えの戦乙女が居るということは、そういうことなのだろう。

 

―――――戦乙女(ヴァルキリー)を、主神が売ったことになる。

 

「ロスヴァイセさん、単刀直入にお伺いします…………私と一緒は嫌ですか?」

「………………」

 

未だ沈黙するロスヴァイセ。 思い出してもみて欲しい、彼女は以前ヴァーリチームと行動をともにしていた際、ナインのこの魔性とも言える性格になぜか惹かれ、ついには恋慕すら懐いてしまった女性だ。

 

しかし、やはり彼女もヴァルキリー。 テロリストに傾倒する人間に、北欧神話の戦乙女が果たして、好きな男と一緒になったから嬉しいなどと単純バカなことを言うだろうか。

 

「分かりません…………」

「ふむ…………」

「しかし」

「む?」

 

俯き気味だった顔をやっと上げたロスヴァイセ。

いつの間に目の前に居たナインに驚き、若干引き気味に後ずさるも口を開く。

 

「あなたには言いたいことが山ほどあります……が、いまここで言うつもりはありません」

「うん、で?」

「………………」

「おーい?」

 

何やらぷるぷると震えているロスヴァイセに、ナインが気の抜けた声で呼びかける。

頬は朱に染まり切り、肩を怒らせている。

 

そして、ナインが指を鳴らした。

 

「あわかった、トイレに行きたいんですね。 早く言ってくださいよ。 ちょうどいまホテルの一室を取ったところでしてね、中でゆっくり――――」

 

瞬間、彼女の怒りが噴火する――――

 

「どうしてこんなところにあなたが居るんですかぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あと、ホテルって何!? その人と入ってナニをするつもりだったんですか!? それだけ教えてくださいっナインさん!」

「決まってるじゃない。 朝までしっぽりと、ねっとりエッチするにゃん!」

「なっ…………は、ハレンチです! 不潔ですぅぅ…………!」

 

黒歌の淫猥な言葉で目を回してしまったロスヴァイセだが、すぐに状況回答を求めてナインに詰め寄る。

瞬時に復活した彼女にナインは無表情で制する。

 

「ロスヴァイセさん、黒歌さんの言う事は間違いだ。 私はただ、一晩の宿を取りにここへ来た」

「ウソです! 寝るなら自分の家で眠れるはずです!」

「そうにゃ! ナインは観念するべきにゃ!」 

 

いつの間にか、さり気なく自然を装ってロスヴァイセの主張に乗っかっていた黒歌。 抜け目がない彼女のことだ、この勢いを利用してナインに言質を取ろうとしているのが見え見えだ。

 

「夏祭りは最後まで居ましたからね。 終電はすでにありません。 いくら私でもここから歩いて帰ろうなどと思わない」

「なんか、もっともそうな意見並べてるだけよね、ナインは。 ていうか、次元の狭間くぐって行けばいいし」

「…………」

 

なんかもうダメだこりゃ、と溜息を吐き、チェックインした部屋まで歩いていくナイン。

 

「あ、ナインが逃げる。 待つにゃー!」

「待ちなさい! 今日こそ、あなたたちに道徳の大切さを叩き込んであげます!」

 

こうして、男一人、女二人がホテルで同時にチェックインをしたのだった。

 

これは余談だが、後になってロスヴァイセの分を追加チェックインをしに行った際、受付嬢に汚物を見るような目で見られたナインだった。 だがそんな視線にも動じないナインもまた、変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

『という条件を提示してきておる。 お主はどうなんじゃロスヴァイセ』

『………………』

 

いつになく真剣な眼差しで、北欧の主神は一介の戦乙女にそう訊いていた。

 

『…………わしとしては、お主の意見を尊重したい。 否と言えば、よかろう、この件は紅蓮の小僧ではなく他の者に頼む。 なに、フェンリルを抑えられる者は他にも居る』

 

戦乙女はヴァルハラの住人。 勇者を導き、永遠に戦い続ける英雄(エインヘリャル)を生み出すヴァルキュリア。

生まれ故郷もそこであり、いまの役職を続ければそこに骨を埋めるであろう世界だ。

 

『…………』

『やはりダメか』

『オーディンさまは私に行って欲しいんですか?』

『そうではない』

 

それは断じて違う、とオーディンらしくもなく首を振った。

 

『お主の祖母にも、以前のことで、その…………怒られておってな』

『お祖母さんが…………?』

『ヴァーリチーム――――ナインとの交戦でお主を置いて行ってしまったことを指摘されてのぉ』

 

難しい顔で顎鬚をさするオーディン。

ナインと黒歌。 オーディン、フェンリル、そしてロスヴァイセ。

この戦いの際、オーディンは、先にナインと戦って戦闘不能となったロスヴァイセを帰還のときにその場に置いて行っている。 ロスヴァイセの関係者なら咎めるのは当たり前だ。

 

『扱いが酷過ぎたと反省しておる』

『…………』

『しかし一時的なものであろうと、条件は条件。 ナインがお主を指名しているのは本当じゃ』

 

いつになく真剣だ。 こんな真剣な顔をしたオーディンなどあまり見られないだろう。

そんなことを考えていた彼女に、そのオーディンは、遠くで黒歌と話しているナインを見遣り――――そして耳を打つ。

 

『じゃがお主……自分で気づいておるか?』 

『何がです』

『お主――――さっきからずーっと、目で追っているぞ? あの金色の瞳を』

 

金色の瞳――――妖しく光り、視る者を魅了する鋭く不気味なナインの瞳。

すると、はっと気づいた彼女はみるみる内に紅潮させていく。 すぐにオーディンに強く捲し立てた。

 

『な、なにを言ってるんですか! な、なんでもありませんよ。 ふ、ふん、オーディンさまの見間違いじゃないですか? わ、私が…………ナインさんを目で追ってるなんて有り得ません!』

『はて、紅蓮の小僧のことは一言も口に出していなかったはずじゃが…………』

『~~~~~~~!』

 

古典的な手に引っ掛かり、ますます頬を真っ赤に染める彼女。 銀髪を振り乱し、顔を両手で覆い隠し、すぐに口元を押さえた。

 

『わ、私……は、違…………』

『意識し始めたらもう終わりじゃなこれは』

『な゛に゛が終わりなんですかぁぁぁぁッ!』

 

すごい剣幕で詰め寄ってくるロスヴァイセに、彼女の祖母を重ねるオーディン。 どうどう、とロスヴァイセを落ち着かせようと肩に手を置く。

 

『では逆に、なぜ行きたくない?』

『だって彼は…………』

 

オロオロしつつも、俯いてつぶやいた。

 

『テロリストに傾倒している悪人で、これからも世界の平穏を脅かす存在…………そんな人とともに行動など、たとえ一時的であろうとも私の良識が許しません…………た、たとえ…………』

 

握り拳を作って、体を震わす。

 

『気になる男性で……あろうとも…………っっ』

『バカめロスヴァイセ。 そこが馬鹿正直で柔軟性が無いと言うておる』

『ば、バカとはなんですか!』

 

これで二度目ですっ、と目元の涙を拭きながら自分を二度も泣かせた男を思い浮かべる。

 

『ここだけの話…………紅蓮の小僧はいま、そう悪くない立ち位置に居る』

『天界を裏切り、三大勢力の会談を妨害した彼のどこが良い立ち位置なんですか!』

『まぁ聞け』

 

確かに、ナインの言動には、謎と狂気に溢れている。

世界の真理を戦争で以て見極めようとしている。 戦争狂とも違う、戦闘狂とも違う、目的の為なら己すら捧げて真理に近づこうとする度し難い狂人。 北欧の主神と神喰狼(フェンリル)に挑もうとしたのがいい例だ。 あれは結果としてナインは逃げを選択したが、おそらく、自分はここで死ぬべきではない(・・・・・・・・・・・・・・)と思ったのだろうと思う。 どういう理屈でそんな思考に至ったのかは分からないが。

 

加えて、ナインは敵を作るつもりがない。 否、そんなこと、意識すらしていない。 敵味方の損得勘定が皆無に等しい。

彼が説く戦争とは、すべての競争を指しているのだ。 誰彼構わず戦争を始めようとすることはない。

 

槍を突き合い、銃火器を撃ち合う戦争。 理論を武器にその場を支配しようとする政治的舞台でする論戦。 

大きいことから小さいことまで、多種競い合う事柄を彼の中では戦争と言う。

 

『あれはそれを広めようとしている。 それが成れば、世界が変わるかもしれん』

『そんな…………』

 

一人の人間がもたらす影響力など高が知れる。 だが、オーディンが言いたいのはそんな当たり前のことではなかった。

 

『…………危惧していることがある』

『…………?』

 

長い髭をなぞって、眉を顰めた。

 

『世が平和になることで、皆の気が抜けすぎることじゃ。 そこに求める貪欲さは無く、ただ現状で満足する世。 文明の進歩は滞り、世界は先細りを起こす…………っ』

『オーディンさま…………』

 

それゆえにオーディンは悩んでいた。 アザゼルにも、サーゼクスにも見せない主神の本音。

平和は良い。 戦争は文明の進歩どころか数多ある命を無駄に散らしてしまう愚かな行為。

しかし、どうしても。 オーディンは、この世界が完全に平和になったその先が思いやられる。

 

『老いぼれのワシが気にすることでもないのかもしれんがな。 紅蓮の小僧の成長速度を見ていると、争いも少しは有った方が良いのではと思ってしまう。 ―――――あ、お主なら大丈夫だと思うが、このことはあまり言いふらすでないぞ? 北欧の主神が争いを推奨したなどと広められてはめんどいからの』

 

戦争に限らず、本気でぶつかれる相手の居る争いこそが、心身ともに磨くことができる場なのではないか。

 

『まぁこのことは追々考えていくとする。 ただお主を見ていると、紅蓮の小僧への気持ちを、無理矢理理由を付けて一緒になることを避けているように見える。

…………紅蓮の小僧は、これからも外の世界を飛び回るだろう。 ロスヴァイセは自分の能力、開花させてみたいとは思わんのか?』

『―――――――』

 

これからもナインは自由気ままであり続ける。 行きたいところへ行き、戦いたかったら戦い、吹き飛ばしたかったら吹き飛ばす。 それはなんとも刹那的で、普通なら命がいくつあっても足りないギャンブルな人生だが、リスキーなだけあってその見返りも大きい。

 

彼はすでに、堕天使の幹部、旧魔王レベルの者たちと互角以上に渡り合っている。

 

『素直になれ。 お前のようなタイプの女子はな、一度惹かれた男からはなかなか離れられぬものよ…………』

『私は………………私、は…………』

 

 

 

 

 

「―――――どうしよう」

「―――――とかにゃんとか言いながら、ちゃっかり部屋に入ってきてる時点でもうねー」

 

ベッド前の椅子で、”考える人”よろしくうんうん唸って悩み中のロスヴァイセ。 その浮かない表情の彼女の肩に、白く艶めかしい手が置かれた。

 

「自分に嘘は吐かない方が良いと思うわよ、ヴァルキリーちゃん?」

 

そう言った黒歌の視線の先を辿る。

 

「…………」

 

窓際の椅子に座り、本を片手にコーヒーを口に付けるナインの姿。

どこか弛緩している彼の常なる雰囲気も、読み物とコーヒーだけでこんなに変わるものなのか。 その目は真剣そのもので、彼が如何に思考的な生き物か解る風景だった。

 

いつもは薄笑いを絶やさず、時折「ふへへ」などと意味も無くにやけるような変人なのに。

 

「いつも薄気味悪い笑いしてるのに、たまーにあの表情するのは反則よねー……ってロスヴァイセ? おーい?」

「………………」

 

顔の前で手を振られようと心ここに在らずのロスヴァイセ。 その視線は完全にナインに向いていて、覗き込んできた黒歌の姿すら映さない。

 

「ねぇナイン?」

「…………ん?」

「あの子……あなたに視線が釘付けみたいよ?」

「――――――!」

 

いつの間にか黒歌がナインの隣に居てそう告げ口していた。

読書をするナインの首に後ろから抱きつき、悪戯に微笑む黒歌に、ロスヴァイセは立ち上がる。

 

「黒歌さん、あなたねぇ!」

「ねーナイン? ちょっと性格悪い事言うけどいいかにゃん?」

「…………ん? まぁどうぞ」

 

そう言うと、おもむろに黒歌は服を脱ぎ始めた。

 

「よいしょーっとぉ…………ぬぎぬぎ…………」

 

布擦れの音は異様に部屋内に響き渡る。

口を開けたまま固まるロスヴァイセを余所に、火照った貌とともに上半身だけ見せるような半裸になった。

重力に逆らう張りのある双丘が露わになり、そのもっちりとした乳房をむにゅん、とナインの背中に押し付ける。

 

「ロスヴァイセは乗り気じゃないみたいだし、ここで見せ付けちゃわない?」

「…………」

 

何を? と本人も分かり切っている回答をわざわざ求めるナイン。 ただその表情は変わらず、本に集中するインテリジェンスな雰囲気は崩れない。

 

「もー、ナインってばノリ悪いにゃ! 私たちの子作りをあの堅物で自分の気持ちも分からず屋の戦乙女に見せ付けてやるのよ!」

「え、やだ」

「…………即答にゃ、にゃんでよ!」

「当たり前です」

 

本を置いたナインは、わざとらしく溜息を吐いた。

 

「そんなことをしたら、元の主のもとに帰ってしまいます。

私は、そんなことをするために彼女を欲したわけじゃない」

「でも、素直になることも必要だと思うわ。 こんな雰囲気じゃこの先絶対上手くいかなくなるわよ? 一時的って言っても、相手が相手にゃん。 万全を期した方が絶対いいにゃ」

 

拗ねる様に言う黒歌。 確かに、対フェンリルの条件としてオーディンから貰った戦力だが、この精神状態で戦闘に集中できるとは考え難い。 まして、考え別けることができない不器用な彼女では尚更に懸念されることだろう。

 

「ふむぅ……あなたはどうしたら満足か? 私はロスヴァイセさんの能力とひたむきさを買っている」

 

黒歌にそう訊くと、曝け出された大きな胸を張って言い放つ。

 

「肝心なのはこの娘の気持ち」

「さ、さっきから聞いていれば好き勝手を…………! わ、私の気持ちなどどうでもいいのです! 私を使いたければ使いなさい、ナイン・ジルハード!」

「ちょアンタ…………っ人がせっかく助け舟出してやってるのに…………!」

「余計なお世話です! あなたも、何を躊躇うことがあるのです紅蓮の錬金術師! 私に利用価値があるならその通りにすればいいではないですか!」

 

半裸の黒歌をナインから押し退けた。 キッと彼を睨み付ける。

百歩譲って自分がナインに惚れているとしても、仕事と恋愛の区別はできる。

 

今の今までそんなものにうつつを抜かして仕事を疎かにした覚えは無い。

 

そんな理由で侮られたことに腹を立てたロスヴァイセは、ナインの前のテーブルをバンと両手で叩いた。

ナインは、本を読む姿勢を変えずロスヴァイセに視線だけを移す。

 

しかしすぐに視線を戻しつつも口を開いた。

 

「私はね、あなたの戦闘技能になど興味は無い」

「はぁ……? で、ではなぜ私などを―――――」

「私が買っているのは能力とその心です。 その揺るがない心は、後の貴女の糧となる。

いいですか? 私は以前、あなたは頭の良い女性だと説きました。 あれは本心だよ」

「――――――」

 

器量良しと言われたことはあれど、頭が良いとは言われたことは無かったから驚いた、そして嬉しかった。

一つのことにしか集中できず、要領も良いとは言えなかった。 であるからこそ、いまこんな理由で揉めている。

 

「恋人ができない、不器用ゆえに何をするにも一単位に偏り勝ち。

そんなものは自分を卑下する理由にならない」

 

不器用ならそれで良い。 あちこち手を付け中途半端になるより一本筋を究めることこそ寛容。

 

「一を極めることは美しい。 それ以外何もできないと卑屈になるなよそこにこそロマンがあるのだ」

 

語るその絵は淡泊極まりないが、この言葉から情熱と重みを、ロスヴァイセはこのとき確かに感じていた。

だがそのとき、未だに半裸の黒歌が手を挙げた。 服を着る気はまったくもって無い様である。

はい黒歌さん、と指名するナイン。

 

「たぶんそれでここまで心身ともに強くなれるのはナインだけだと思うの……女っていうのは弱いからにゃー。 誰かから何かを貰わないと生きていけない生き物にゃん」

「割り切れないと?」

「うん」

 

勢いよく頷く黒歌に、ナインは納得いかない表情でつぶやいた。

 

「…………分からない、肉体関係にどれほどの需要があるというのだ」

「大アリにゃーん。 少なくとも、私はナインと繋がってる時が一番満たされるもの。 そのときだけだけど、いまならナインの性欲を呼び覚ましてあげられるかもって思うしぃ…………って思ってるだけだけど!」

 

半ば自棄になった黒歌が顔を赤くしてそう言い放った。

 

ただ、その思い込みは大切だ。 マイナス方向では無く、プラス方向に向けられるその自己暗示行動。

ナインの扱う錬金術は、術者の念によって力を増している。

 

決して錯覚ではない幻想の実現。

 

「好きな男と繋がって、気持ちよーくなれば心にも余裕ができて自信も付く。 ナイン以外の人間ってほとんどこういうものよ、解ってあげて?」

 

ねぇ、と妖艶に目を細める彼女にナインは唸る。

肩に頭を置いて猫撫で声で、黒猫は囁く――――

 

「…………シよ? ねぇ。 じゃなきゃあの娘、使い物にならにゃいわよ?」

「………………」

 

気持ちの余裕は大事だ。 何かが引っかかったまま事に臨むのは、失敗に繋がりかねない。

なによりロスヴァイセは、ナインを意識しすぎている。 こんな状態ではできることもできない。

 

そのために素直じゃない彼女を素直にさせるために黒歌との夜伽を見せ付け挑発する。

 

「…………回りくどい」

「そう言わないの。 ね、今回は私もあなたとシたいだけで言ってるわけじゃないの。 女だから解る心の機微ってやつね。 本番はしなくていいからさ、そういう気持ちにさせてあげるだけでもだいぶ違うと思うにゃん」

「…………じゃああなたも本番は無しでいいんじゃない?」

「それはい・や♪」

 

弾ませた声音でそう言いながら、黒歌はナインに覆いかぶさる。

ナインの浴衣の帯を外しながら、二人の影は月の影の隣で重なった。




ハイスクールD×D 原作がついに最終章突入です。 長かった。

とかなんとか言っておいて、中だるみしまくってて作者は話まったく把握しとらんばい。
どっかで四天王になってそうな破壊神のシバさんがどうしたって?



そして、言っちゃ悪いが22巻の告白シーンの挿絵がイッセーくん面長すぎて……隣のリアスは激カワだったのにどうしてこうなった…………ワロタ…………ワロタェ…………








リント・セルゼンってなんだよ。 おい! そりゃねえだろ! フリード関係粘り過ぎでしょう。

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