紅蓮の男   作:人間花火

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遅くなりました。 すみませぬ 5発目どうぞ。


5発目 紅蓮と赤

「まったく無茶苦茶をするなあいつは!」

「ホントよ、巻き込まれたらどうするのよ――――って、もう巻き込まれたんだっけ」

 

崩れ去った旧校舎。 何もかもを吹き飛ばす大爆発。

半壊した旧校舎は、二次災害の恐れもあったため各々然るべき防策行動を取っていた。

 

木端微塵に爆発四散した旧校舎の残骸上に、ゼノヴィアとイリナは聖剣が作り出す結界を張って身を守る。

神々しい光が彼女たちを包み込んでいて、大爆発の衝撃を防いでいた。

 

「私たちの部室を…………!」

 

リアスたちは無事だったようだが、眷属たちの学生服が所々破れ、さらに多少の擦り傷が見て取れた。

結界を張って建物の倒壊による災いを防いでいたリアスと朱乃だったが、彼女たちもまた無傷とはいかなかったようだ。

 

「皆、大丈夫?」

『はい、部長!』

 

結界を解いたリアスと朱乃は、辺りを見回してみる。 ほぼ全壊だ。

部室があった場所は当然跡形も残っていない。

 

念のためという意味合いで教会三人が訪問する前に学園全体にも結界を張っておいて正解だったとリアスは安堵した……が。

 

「う…………くっ――――」

「祐斗さん、しっかりしてください!」

 

癒しの御手が祐斗を照らした。

アーシアは涙声で、自身の神器(セイクリッド・ギア)、「聖母の微笑(トワイライトヒーリング)」による治癒の能力で祐斗の傷口を治していく。

 

彼は直接ナインに斬りかかっていったため、かなりの重傷を負っている。

一つの建物を一瞬で半壊させるほどの威力の大爆発をまともに喰らいながら、木端屑のように吹っ飛ばされていないのがせめてもの救いだろう。 

 

「ナイン・ジルハードは?」

「分かりません、でも、あれは明らかに自分も巻き込まれてて…………それにあそこにいるのは二人だけで……」

 

一誠がゼノヴィアとイリナの方に指を指し示した。 確かに、少し離れたところには結界を張ったあの二人しかいない。

リアスは辺りを見回してこの大爆発の犯人を探した。

 

「まさか、自分も巻き込んで瓦礫の生き埋めに―――――」

 

リアスがそう思うが…………にわかに、瓦礫が吹き飛ぶ音が響いた。

近くの残骸の山が小さな爆発を起こして穴が生じる――――その中から術者、ナイン・ジルハードは出て来た。

 

瓦礫を片手で退けた後、スーツに付いたほこりを手で払う。

 

「残念でしたね。 私、こういった災害には何度も遭っているので脱出は易いのです」

「…………どういう理屈よ………………全部巻き込んでたじゃないの……」

 

あくまで冷静なリアスはナインを睨む。 根城であり、そしてリアス自身の大切な居場所だった所。

オカルト研究部の部室を吹き飛ばされた。 この事実に静かな怒りを、あの常に薄笑っている青年に向かって最大限に差し向ける。

 

口角を上げて息を吐くナインは、その視線すら心地よく感じている。

 

「…………やぁ、私睨まれてばっかりですね。 別にいいですが。

脱出が易いと言ったのは…………こういう場合ほとんど自分の爆発でこういった災害に遭っているんですよ、実を言うとね。 だから慣れています。 何事も経験ですよ、経験」

 

(自分のせいか!)

 

ゼノヴィアとイリナがナインに心中でツッコミを入れた。 自業自得じゃないかと。

 

「そう、こういった災害にはよく遭っていたので…………建物の瓦礫や障害物がどこに落ちるか、また、どこが安全に走り抜けられるか、それをすぐに判断できるんです」

 

少し得意げにそう言うと、結界を解いたゼノヴィアが、イリナとともにナインの傍まで近づく。 瓦礫を跨いだり避けたりしながら文句を垂れた。

 

「味方を巻き込んで……感心せんぞ、ジルハード」

 

しかし、瓦礫の途中で立ち止まったイリナが生唾を飲み込む。 隣に居たゼノヴィアはそれに気づいた。

 

「…………」

 

残骸に目を落としていく。

旧そうな造りだったが、立派に校舎としての役目を果たしていた建物。

それが木端微塵に消し飛ぶ。 形ある物が瓦解し無くなる。

自分たちは結界で守られていたから良かったものの、生身であの爆発に巻き込まれていたら一体どうなっていたのか想像するだけでもおぞましい。

 

何より、建造物がああも簡単に崩壊することが彼女たちにとっては驚愕もの。

 

聖剣で振ればこの程度の建物容易く消せるだろう。 事前に爆発物をあちこちに仕掛ければそれも可能だろう。

 

だがこの男は違う。 違ったのだ。 床に手を突いただけ…………。

錬金術はあくまで人間の技だ。 人間が編み出した、魔術にすら劣る、人間の範疇を出ない術。

 

しかし、それだけで建物は瓦礫の山と化した。

 

「これを…………ジルハード一人でやったのよね、ちょっと洒落にならないわよ」

「言ったろう、あいつの二つ名は、そういうことだ。 そして、あいつはそうやって唐突な行動に独断で移る」

 

ゼノヴィアがイリナの前にある障害物を退けてあげた。

すると、少し間を置くと、彼女はゼノヴィアに質問する。

 

「ゼノヴィアって、ジルハードのこと前から知ってた風にしてるわよね? あの地下牢で会ったときも、知り合いみたいだったし」

「…………実はな、あいつが事件を起こしたあと――――私は聖剣を携えて処理班に同行していたんだ」

 

イリナが驚いた表情をした。

当然、裏話である。

ナイン・ジルハードは犯行後、捕縛されて牢に入る。 これが表。

しかし、過程は違った。

 

イリナが目を見開くと、そのままゼノヴィアは目を瞑って言う。

 

「ナイン・ジルハードを……処理――――――うそ……?」

「本当だ。 そう、本来ならば例のはぐれ神父と同様に、処理班に粛清されるはずだったんだあの男は」

 

リアスたちと静かに、そして長く睨み合うナインを見てゼノヴィアは溜息を吐く。

 

「処理班の裏をかいたつもりだったのか、それとも本当に命を諦めていたのかは知らないが、あいつは少しの抵抗も無く処理班の粛清を受け入れようとしたんだよ」

「…………」

「その行動が不思議で……不可思議で……不気味すぎて、私は聖剣を手にしながら唖然とするだけだった。

その場にいた処理班も、全員が銃剣を前に突き出そうとはしなかった……そして、結局は捕縛に留まった」

 

声が出ない。

そんなバカなことがあるものか。 憎まれ口や皮肉しか叩かないあのナインが、おとなしく殺されようとしていた?

 

「いままであの数十の銃剣に囲まれて薄ら笑いする男は初めて見た。 いまでも覚えている。 両手を挙げて、へらへらと…………串刺しだぞ? 絶対にしたくない死に方だ」

「は……ハハハ……面白いな~ゼノヴィアは………………つ、作り話でしょ?」

「…………だと良かったがな。 本当にいたんだ、主のためでもなく、何のためでもなく、死ぬのが怖くない狂った奴が。 それが、紅蓮の錬金術師の正体だ…………!」

「私の正体はいまも昔も変わらず、脆い人間ですよ。 ヒトを化け物みたいにヒソヒソと、ああ、ひどいひどい」

 

いつの間にか、リアスたちとの視線を外してこちらに向いているナイン。 瓦礫に埋まっていた石を拾い、ポンポンと弄んでいた。

その肩を竦める様子に、ゼノヴィアは正面から向いて口を開く。

 

「聞きたい。 お前はあのとき、自分は殺されず、生きて牢に繋がれることを予想していたのか……いや、予想だけではあんな落ち着き払ってはいられまい…………確信していたのか?」

 

ゼノヴィアが鋭い目つきでナインを見る。 ただでさえ鋭い双眸をする彼女の押しに、だがナインはまた薄ら笑って―――空中で石ころを破裂させた。 乾いた音のあと沈黙が続いたが、やがてナインも口を開く。

 

「予想も、確信も、無いですよ。 ただ、好きなことをしたあとだったので…………」

「は…………?」

 

イリナが素っ頓狂な声を出す。 次にナインから出た言葉は、二人を戦慄させた。

 

「ほら、こう…………快楽の後って…………ねぇ?」

「…………?」

 

言いずらそうに、頭をカリカリ掻くナインに、いい加減焦れてきたゼノヴィアとイリナ。

 

「その……………いわゆる賢者タイムというか……絶頂後のテンションが落ち着いちゃう、という感じ、かねぇ?」

「…………………………………………変態だ」

「ねぇ、ゼノヴィア。 こいつって、本当に優秀な錬金術師だったの? 明らかに人間の範疇を超えた変態じゃないのよ!」

 

実際、笑い事ではないはずだが、あまりの非常識な過去の行動に二人から乾いた笑いが生じた。

すると、瓦礫を踏む音が近くから聞こえてくる。

 

「こちらのことを忘れているのでなくて?」

「ああ…………?」

 

声のする方を向くと、リアスが豊満な胸の下で腕を組んでこちらを睨んでいた。 主に、ナインに向けて、だが。

しかし、未だに彼女の騎士である木場祐斗は動けない。 アーシアの治癒によって回復には向かっているだろうが、すぐにというわけにはいかなかった。

 

「ナイン・ジルハード……私は、あなたを許さない!」

「あなたの眷属が先に手を出してきた。 本来はイーブンだ、紅髪のお嬢様、フフっ…………」

「それでも―――――」

「別にこの校舎、建て直してあげてもいいですよ。 いやいや、そんな殺意が湧くほど大切な物とは思わなかった――――建て替えましょうか? 文字通り」

 

錬金術。 爆発性の物質に替えられた建造物の一部は戻ることはないが、ここの瓦礫を使えば――――

 

「厚みを少し薄くすれば建て直せますよ。 もっとも、陣を書く時間を少々いただく事になりますがね」

「結構よ!」

「そうですか、ではお話し合いは終わったので、私たちはこれで退きますか? ゼノヴィアさん、紫藤さん?」

 

そう言って、錬金術による修復を断られたナインは、ゼノヴィアとイリナに声を掛けて去る。

過剰ではあったが、あれは正当防衛でもあったためゼノヴィアとイリナは何も言わない。

 

しかし、リアスがそれを許さなかった。 旧校舎の主がそれを許さない。

気付いたときは、ナインの足元に滅びの魔力が被弾していた。

 

「…………ふ」

 

瓦礫が消し飛んで煙を立てる足元を見ると、ナインは嫌らしい笑みをリアスに向ける。

来るのか? 来るのか? と。 ナイン本人としては、別にこれでお開きで十分構わなかった。

だが、あの紅髪の美女がそれを許さないのなら仕方ないだろう、と内心ほくそ笑んでいた。

 

「…………ナイン・ジルハード。 これは私と………………」

 

魔力を放った手をそのまま己が眷属たちに向ける。 胸の前でその手を握り締めた。

 

「私の眷属たちの……プライドよ」

 

険しい表情でこちらを凄むように見てくるリアス・グレモリー眷属。

ナインはその笑みのまま、去ろうとするゼノヴィアの肩を一つ叩いて親指でそれを指した。

 

気付いたゼノヴィアは振り返る。 リアスたちを一瞥すると、何か憂いを秘めた瞳でナインを見た。

 

「…………やりすぎ感はあって、少し申し訳なく思ったが…………懲りないな、悪魔は」

教会(わたしたち)とのいざこざが嫌ならそんな無駄なプライド捨てれば済むことなのに…………」

「忘れてるのではありませんか? 彼女は貴族だ、筋金入りのね。

教会の期待の新星であるあなたたちを相手にしても守りたいんだ、矜持ってやつを…………」

 

「扱いやすい」、と鼻で笑って肩を竦める。

 

三人が振り返ったときは、すでに茶髪の少年――――兵藤一誠が前に出て来ていた。 そして、治癒されている最中のはずの金髪の少年もそこにいる。

 

「祐斗、あなたはダメよ――――傷が深すぎるわ」

「いえ、やります。 やらなければ、いけないんです!」

「木場…………」

 

再び少年の瞳に炎が宿る。 魔剣を抜き、辺り一面にも出現させていつでも戦える態勢を取った。

一瞬、友を心配する表情となる一誠。

 

しかし、まだ回復し切らない祐斗の身体を見たナインは笑って言った。

 

「いいんですか? 傷だらけですよ、それで私の相手が務まるとは思えない――――でもま、そちらがいいならいいんですけどね」

 

相手が負傷していようと、疲れていようと、戦う意志を見せれば相手をする。

戦おうという意志を持つ相手に労いなど不要。 むしろ失礼に当たるもの。 傷口をさらに抉って嬲り斃す。 そういった思想もナインの特徴の一つだ。

 

「木場、やっぱりお前やめとけ…………あいつのよくわかんねェ爆発で負傷させられたばっかりだろ?」

「いや、僕は――――が―――――」

 

一誠の忠告を振り払う祐斗。 しかし、ナインの顔を見ると付けられた傷がたちまちズキズキと痛みを伝えてくる。

本能の拒絶反応。 あれとは戦ってはいけないと身体が警報を鳴らしている。 眩暈もしてきた、いよいよまずい。

 

「祐斗、やっぱり…………」

「だったら、せめてこちらの片方と戦わせてもらいたい…………!」

 

戦うこと自体を止めさせたかったリアスだったが、彼は止まらない。

一方の裕斗は、本能には従ったものの、今度はゼノヴィアかイリナを指名する。

聖剣の使い手にも、物申したいことが山ほどあるのだ。

 

「私が出よう」

「ゼノヴィア…………」

 

すでに取り払われている白い布。 そこには、少女の体躯におよそ似合わぬ巨剣がある。

独特の柄を持った巨躯の聖剣。 切っ先は三つに分かれている。

 

「『破壊の聖剣』、エクスカリバー・デストラクション。 さぁ、やる気ならやろうか『騎士(ナイト)』 聖剣計画の生き残りということは……先輩ということなのだろ? 先立っている者として教授して欲しいものだ」

「破壊の…………聖剣!」

 

かの聖剣を目の当たりにしてアーシアと一誠が身震いする。 見ているだけで悪寒がする、対悪魔の聖なる剣……一般人が見れば神々しく、悪魔から見れば神々しさが禍々しく見えるだろう、錯覚ではない。

 

一誠は二人が対峙するのを見て、自分も身を引き締めた。 神父服に赤い上着という不格好な青年に視線を向けた。

 

「お前の相手は、俺だな…………ナイン・ジルハード……だっけか?」

「…………よろしく」

 

ポケットに片手を入れたまま言葉少なに返すナイン。 視線は一誠にではなく、彼の左腕。

 

神器(セイクリッド・ギア)ですか。 肘まで覆う赤い籠手……はて、どこかで聞いたことのある伝承だ」

「ブーステッド・ギア、赤龍帝の籠手だよ。おそらく、伝説の二天龍。 その片割れだ」

「ああ、それで……」

 

やっと気づいたナインにゼノヴィアは溜息を吐いて呆れる。

 

「これくらい知らんでどうする。 教会で学んだのではないのか」

「別に…………興味も無かったので、記憶に留める必要もありませんでした」

「…………はぁ、お前というやつは」

「殺した相手の顔は覚えているのですが、どうもね」

 

そう言いながらゼノヴィアの傍を離れ始めるナイン。 場所を変え、校庭に到達した両タッグの戦いは開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

「燃え尽きろ、そして凍て付け! 『魔剣創造(ソードバース)』!」

 

燃え滾る炎剣、凍り付く氷剣。 対となる二つの属性を持つ細剣が木場祐斗の両手に握られる。

ありとあらゆる魔剣を、あらゆる場から出現させることのできる神器(セイクリッド・ギア)。 騎士として相応しい刀剣召喚系神器。 さらにそれを変幻自在のスピードで持ってゼノヴィアを攻め立てる。

 

「細く脆そうな刀剣だ……それでは甘いぞ、リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)』よ!」

 

終始押しているように見えた祐斗の剣戟は、しかしあっさりと打ち砕かれる。 炎剣と氷剣を一度の斬撃で四散させられた祐斗はやはり驚愕した。

 

「これが聖剣か…………やはり堅い…………!」

「逃がさん!」

 

祐斗が身を引こうとしたその瞬間、ゼノヴィアはその巨剣を地面に突き付ける。

刹那に起こる大破壊は、大地を揺らし砕いた。

使用者の地面からクレーターが出来上がる。 範囲内にいたら大ダメージは免れない。

 

かろうじて破壊から逃れた祐斗は、不敵に笑むと同時に冷や汗を頬に垂らした。

 

「…………七つに分けられてもなおこの威力。 七本すべて消滅させるのは、修羅の道か」

 

負傷もしている。 そしてこの威力の差。 果たしてこの差をどう埋めるか、祐斗は必死に打開策を思考する。

すると、ナインがゼノヴィアに向いて頭を掻いた。

 

「危ないですね。 味方を巻き込むとは感心しませんよ」

「その言葉、数分前のお前にもう一度返してやる、ジルハード。 あと、巻き込まれてないだろう、文句を言うな」

「………………なんであの揺れで微動だにしないのよ」

 

尻もちを搗いたイリナの独り言のような愚痴をナインは聞き流して一誠に向いた。 こちらも戦闘開始だと言わんばかりに動き出す。

十字架と赤い上着を揺らしながら走り始めた。

 

「…………目障りな十字架だ。 千切り捨てたいなぁ」

「そこ! 聞こえてるわよ! 十字架取っちゃダメ!」

「地獄耳紫藤さん。 面倒な」

「よそ見するなよ、赤い奴!」

「おおっと」

 

赤龍帝の籠手―――ブーステッド・ギアによる倍加の力。 10秒ごとに持ち主の力を倍にする神器。

先手必勝とばかりに一誠はナインに拳を叩き込もうとかかってくる。

 

時間稼ぎも必要な彼の神器。 また、彼の地の力も弱いため、かなり重宝する強化神器。

だが――――。

 

「ついこの前まで一般人をやっていた人の相手とは、悪魔も末ですね」

「不満かよ! ていうか、俺が元一般人だっていつ知った!?」

 

右手で一誠の左腕――――籠手側の腕を掴み止めたナインは、その問いににやけて答える。

 

「いまこのとき、あなたの動きで。 随分頑張っているようですが、素人部分が隠しきれていない動きがちらほら。 まぁ、時としてそのような初心の動きにやりづらいというプロもいるかもしれませんが」

 

瞬間、一誠の持つ籠手に謎の雷が迸る。 錬成の前兆――――。

 

「あれ?」

 

しかし終始にやけていたナインは急に笑みを止める。

刹那、弾かれる。 パァンという激しい音が校庭に響くと同時に、ナインは一誠から手を放して後退していた。

 

「おかしいな」

 

手を握ったり開いたりするナインは、一誠の籠手を見た。 すると、得心したように笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうか。 いやいや、私もまだまだだ。 伝説の二天龍は錬金術も抵抗(レジスト)するのですか。 勉強不足ですみませんね」

 

不気味にへらへらと笑う。 その様子に、一誠は嫌な顔をした。

 

「マジで変な奴だな……それでいいのか教会……」

『相棒』

「…………ドライグか? なんだよ」

『よく聞け相棒。 いま、俺は意識的にあいつの術技を弾いてやった』

「は…………?」

『俺もなるべくフォローするが、俺自身がそちらに意識すると倍加される時間が長引くから言いつけておく――――あいつの両手には極力触れるな、そして触れられるな。 触れられたら、相棒が意識してあいつの技を弾け』

「おいおい、言ってることがよくわからねえぞドライグ!」

『頼んだ。 俺をしても知らん術を使うぞあいつ。 いや、理屈では分かるが、本当に実行している奴を見るのは初めてだ――――いきなりで悪いが、赤龍帝存亡の危機かもわからん』

「!?」

 

驚愕。 赤龍帝の籠手、ブーステッド・ギアの本体であるドラゴン―――赤い龍(ウェルシュドラゴン)、ドライグが知らせた事実につい声に出る。

しかし、なんで触れてはダメなのか。 どうして両手に触られてはダメなのか解らない。

おそらくドライグも、なんらかの危険を感じて弾いたのだ。

 

『仕組みは解らん、錬金術も俺は門外だ。当然、ドラゴンだからな。 だがあれは、明らかにおかしい。

それと、予想するに、人体に直接干渉しようとする錬金術だ―――だから、触れさせないに越したことはないだろう?』

「た、確かに…………さっきからチラチラ見えてるあいつの掌、不気味すぎて触れと言われても触りたくないからな」

 

よし、と気合を入れた…………が、その直後――――腹に激痛が走る。

視界がぶれ、脳が揺れた―――――不敵ににやけた顔をわずかに視界に捉えた。

 

「あ…………ぐあ――――?」

「イッセー! あの子は余所見を…………!」

「独り言なら余所でやりましょう。 じゃないと弾けちゃいますよ?」

 

いつの間にか横に移動してきたナインに、鳩尾に膝蹴りを見舞わられる。 両手をポケットに突っ込んでやる気のなさそうに放ってくる蹴りにしては重過ぎる一撃。

それは、錬金術師とはいえ、教会の戦士に劣らない武闘派のそれだった。

 

「どうやらその左腕。 今の私では爆発させられそうにないようなので、生身を行かせてもらいますね?」

「うっそ………だろ、しまっ―――――」

 

目を見開く一誠の視線は己が右腕に。

悶絶している隙に掴まれたのか―――万事休す。 だが、とっさに地を蹴り捻るように空中で回転した。

 

「ふむ、ならばもう片足ももらいましょう。 おまけなので、線香花火でいいですか?」

 

蹴り上げた足すらも今度は左手に掴まれた。 これはいよいよまずい。

 

「くぅ――――そぉぉぉぉおぉっぉ!」

「終わりだ、ジルハード」

「む?」

 

両手で片腕と片足を掴むナインに、ゼノヴィアがその手を掴んで止めていた。

少し不機嫌そうに睨むナインに、彼女は顎で指す。

 

指した先には―――悔しそうに倒れ伏している祐斗がいた。 腹を押さえているが、それでもなおゼノヴィアを目で追うのを止めない。

ナインはそのままの格好で手を開いた。

 

「ぐ――――あ!」

 

腰に地面を打ちつける一誠。 解放されたことより、打ちつけた腰に痛そうに手をやる一誠を、小柄な銀髪の少女が素早く回収しに来た。

 

「ちょ、小猫ちゃん? 痛い痛い! 片足だけ持って引きずらないで! 擦れる擦れる!」

 

すると、足だけ持ったまま、少女―――塔城小猫は無表情でナインを見詰めた。

 

「…………なにをやろうとしたんですか」

「…………さて。 大きくて綺麗な花火は女性は好きだと聞いたのですが。 見たくなかったですか」

「…………やっぱり、あなたは危険です。 アーシアさんが気絶しそうになるのもうなづけます」

 

ゼノヴィアが手を放すと、ナインは前髪を掻き上げた――――そして笑う。

 

「なにをやろうとしたかも解らないのに、危険だとなぜ解るのです?」

「なんとなくです。 本能。 事実、あなたは私たちの居場所を消しました。 祐斗先輩が先に手を出したとはいえ、その事実は揺るがない」

 

では、と言って一誠の片足を持って引きずって行く小猫。 その後ろ姿をにやにやしながら眺めるナインに、イリナは手を取って引っ張った。

 

「行くよ。 あっちも敗北を認めたようだし、帰るの」

「では、先の件、よろしく頼むぞリアス・グレモリー」

 

そう言うゼノヴィアに、リアスは鼻で少し息を吐いた――――目を閉じる。

 

「ええ、敗北を認めるわ。 そして、件のことも任せて頂戴――――手は、出さないわ」

「それを聞けて安心した。 あと、兵藤一誠……だったか、赤龍帝」

「お、俺か? な、なんだよ…………」

 

ナインは止まる。 腕を引くイリナごと微動だにしなくなり、それはまるで二人の会話に耳を傾けているような……。

 

「『白い龍(バニシングドラゴン)』は目覚めているぞ」

「――――――!」

「ちょっと、いきなり立ち止まらないでよジルハード!」

 

間抜けたBGMを背景に対峙するゼノヴィアと兵藤一誠。

それだけ言い残すと、ゼノヴィアは白いローブを翻して引き返していった。

 

立ち止まるナインとイリナを通り過ぎると同時、やっと動き出すナイン。

 

「邪魔をするとは、ひどいなぁ。 せっかくゾクゾクするような花火が見れると思ったのに」

「私も、あの騎士を聖剣ではトドメを刺さなかった。 消滅させるのは本当に私たちに害をなしたら、だ。 一方的に滅ぼすのは、色々まずいのでな」

 

「しかしそれよりよくもまぁそんな細くて綺麗な腕であのような大剣を振り回せるものだ。 少し見直しましたよ、ゼノヴィアさん。 てっきりあのときは聖剣は飾りかと思っていましたからね」

 

あのとき。

ゼノヴィアはキッとナインを睨んだ。 一言余計だと。

 

「黙れ、紅蓮の錬金術師」

「恥ずかしいですか?」

「黙れと言っている」

「もう、ケンカしない二人とも!」

 

イリナがそう仲介すると、ゼノヴィアとナインは顔を見合わせて、言った。

 

「あなたに言われたくありません」

「お前に言われたくないぞ」

「う…………」

 

目元を引きつらせるイリナだった。




評価、感想受け付けます。

錬金術はヒトの技の域を出ませんね。

乳龍帝ドライグさんが知らないことってあるんだ(白目)という読者はいたと思います。
爆発の錬金術は思いついてもやろうとする基地外はいまも昔もいなかった。 という設定。

でもなんだか、北斗神拳みたいですよね。

あと、どうでもいいことですが、やっぱり体術が似合うのは二期より一期キンブリーですね。
あの白スーツで殴り合いとか想像できないですわ作者は。 原作でもあまり無かったし。

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