紅蓮の男   作:人間花火

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遅くなりましてすみません。 本当に。


50発目 紅蓮の男と北の主神

「ほっほっほ、というわけで訪日したぞい」

 

兵藤家の最上階に設けた一際大きな部屋で、北の主神が楽しそうに笑っていた。

日本に来た理由、そして兵藤家に来た理由。

 

それは、昨日オーディンがナインに話していたことに他ならない。 日本の神々との対談。

 

そしてもう一つは、至極単純。 悪魔、堕天使、天使の各勢力の協力態勢が強いこの町の方が、何かと都合がいいと言う事だった。

 

確かに、この町――――駒王町は、堕天使の総督を始めとして、魔王の妹など、要人が多く滞在している。

 

「ほっほ、そうじゃそうじゃ、アザゼル坊」

 

机に茶を置いたリアスの、艶めかしく揺れた豊満な胸を見つつ思い出したようにオーディンが手を叩いた。

 

「昨日、紅蓮の小僧と会っての、あの男生意気にも女とホテルに来ておったわ。 赤龍帝の小僧と言い、あの男と言い、良い身分じゃわい」

「ほぅ…………」

「………………へぇ、イッセー、その話、後で詳しく聞かせて頂戴ね」

「ぶ、部長…………これには訳が…………」

 

リアスの後ろにどす黒い何かが見える。 昨日は一誠と朱乃のデートであったため、オーディンの言葉で察していたのだろう。

アザゼルが苦笑しつつ手を振った。

 

「イッセーがここに居るってことは…………ははぁん、さてはヘタレたなぁお前」

「ほっといてくださいよ!」

「やれやれ、片や入口で引き返し片や二人の女を連れ込みしっぽりときたものじゃ」

「だから、ほっといて――――って、二人?」

 

女二人と聞いて疑問符を浮かべる一誠。 一人は予想できる。 自分も昨晩出会ったあの黒猫は、人前でもナインにくっついて離れなかった。 正直羨ましすぎる光景だっただけに印象に残っている。

 

しかし二人? 黒歌の他に、ナインはどこの誰とホテルに入っていったのか周りの者は一人を除いてまったく検討が付かなかった。

察しの良いアザゼルが「ははぁん」と口元をにやけさせる。

 

「…………お付きのヴァルキリーか。 なぁジジイ、ナインと一体何の取引をしやがったんだ?」

『―――――!』

 

その言葉にその場の誰もが目を見開いた。

オーディンは髭をさすりつつ真顔でこう言う。

 

「それも踏まえて、この場を借りて話し合っていこうというわけじゃよ。 そう急くでないわ」

 

「当の本人もこの場に来る予定じゃしの」と、一同にとっての衝撃の事柄が北欧の主神から発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし一方。

 

「ああしかし…………フェンリルの牽制を引き受けたのは良かったものの、これから行くところに少々の面倒を感じるねぇ」

 

愚痴をこぼしつつ、事務所のソファーに腰かけてまったく動こうとしないナインが、本当に面倒そうに項垂れていた。

オーディンとの取引に応じて、ロスヴァイセという隠れた逸材を引き抜いた。 それはいい。

 

「なんで? 話し合いなら別に適当に聞いてくればいいじゃない」

「そう単純なものでもない」

 

隣りに座る黒歌が足をパタパタさせながら訊くと、ナインは首を横に振った。 目の前のロスヴァイセに視線を送る。

 

「いまのあなたもいわば担保だ。 条件として預かる事になったものの、オーディンさんの危惧が本当にならなければこの話は何も起こらず終わりを迎える。 要は、本当にあの悪神が襲ってくるのかが問題だ」

 

襲ってこなかった場合、これから行く兵藤家でおこなわれる作戦会議とやらも、ここにいる優秀な戦乙女も無駄になり、そして手放さなければいけなかった。

 

それも一つ。

 

「そして黒歌さん、あなたも知っている通り、私はチームワークというのを知らない。 集団戦で作戦を立て、個々に役割を決め…………あぁ面倒だ」

「うわー、出たナインの悪癖。 単独行動大好きマンにゃん」

「よ、よくそのような性格でいままで生き残れましたね」

 

笑顔を引きつらせるロスヴァイセ。

ナインは一人行動を好む。 だが、周り――――特にヴァーリなどは、ナインの不気味なまでのカリスマを利用して複数人で行動させようとする。

実際その手の展開の回し方は上手いし、人を使うことにも長けているナインだが、だからといって好きかどうかは別だった。

 

苦手だから嫌いは解る。 だが、得意だから好きというのは違うのだ。

 

「だから決めました」

「にゃにを?」

「ある程度あちらの話が纏まったところで私は顔を出しに行こうと思います。 あちらにはグレモリー眷属も居るのでしょう? 何が楽しくてそんなごった煮会議に何時間も居なければならないのか」

 

その放言に呆れる様な顔をしたロスヴァイセ。 自分はとんでもない男に付いてしまったのでは、と本当に今更ながら気づいてしまった。

すると、ナインはその呆れ顔のロスヴァイセを数秒見遣ると、「あそうだ」と立ち上がった。

 

「ロスヴァイセさん、あなたが行けばいい。 ああこれだ、これがありましたね、実に名案だ」

 

ナインの言葉に絶句したロスヴァイセも立ち上がった。

 

「なっ…………どこが名案なんですか! 鬼ですかあなたは! 嫌ですよ? ついさっきまであちら側に居た私が、今度はあなたの名代として話し合いに参加してこいと? もう一度言います、鬼ですねあなたは!」

「ナインは結構サド気質あるから、そういう他人の胸を抉ってくるようなこと平気でするにゃ。

かくいう私も、白音の件で被害者にゃ」

「あれはヴァーリさんの目的もありきのことでしょう。 結果としてもいい方向に転がった、何を悔やむことがあるのだ」

「ナインのその終わりよければすべて良し的な性格、嫌いじゃないけど、たまに嫌いにゃ」

 

かくして論争の末、立場の弱いロスヴァイセが、更に口車の達人であるナインに抗う術も無く収束したのだった。

ロスヴァイセを不憫に思った黒歌が付いて行ったのは、彼女なりの温情なのだろう。

 

自分はとんでもない男に付いてしまった。 これは紛う事なき事実だったことを思い知ったロスヴァイセだった。

 

 

 

 

 

 

「で、オーディン。 誰が来る予定なんだよ?」

 

これはアザゼルなりの皮肉である。

 

北の主神が日本の神々と対談する際のイレギュラー対処について、一同はいままで話し合いをしていた。

そして数刻と少し経った現在、皆が座っているテーブルには数分前に遅参した女性二人が、一人は複雑そうな表情で、もう一人は頬杖を突いてにやにやしていた。

 

アザゼルの言葉にオーディンが「むぅ」と唸りつつ髭を弄った。

 

「…………のぅロスヴァイセ」

「…………は、はいオーディンさま」

 

この状況に息苦しさを感じている女性二人の内の一人、ロスヴァイセはゲンナリした様子で返事だけした。

 

「ナインは()んのか」

「…………申し訳ありません、来られません」

「…………理由を言うが良い」

 

あのオーディンが何とも言えない空気でそう訊く。 その場にいたリアスたちも、ロスヴァイセの次の言葉に耳を傾けた。

 

「…………どう……伝えたら良いものか」

「繕いは不要じゃ」

「は…………」

 

咳払いを一つすると、「あー、えー」と言いづらそうに口を開く。

 

「『何が楽しくてそんなごった煮会議に何時間も居なければならないのか』と。 それと補足ですが、彼は団体行動………つまりチーム戦は苦手とのことで…………」

 

――――団体戦、タッグ戦を張りたいならばそちらだけでやるがいい。 こちらは好きにやらせてもらおう。

 

「約束の件は違えぬため、そちらの方は心配要らない…………と」

「ちっ…………ったく、面倒くさがりやがったな紅蓮の野郎」

「まさかこの儂の言葉がこうも容易く覆されるとは…………やってくれるのぉ」

 

ナインは、遅参するどころか参加すらしないことを、ロスヴァイセを通して表明した。 一方では笑いながら毒づいていたアザゼルがカラっと笑い飛していた。

 

「ハハッハハハッ。 だがまぁ、『ごった煮会議』か。 くくく、確かに的を射ているぜ、言い得て妙だ」

 

北欧の主神に堕天使の総督、幹部。

魔王の妹とその眷属…………多種に渡る勢力がこの場に居る。 なるほど確かに混沌としているだろう、ゆえに”ごった煮”とはナインなりの喩えである。

 

「ちなみに、私はそんなロスヴァイセが可哀そうになったから来ただけよ」

「黒歌姉さまも加わるのですか?」

 

ロスヴァイセとともにやってきた黒歌にいち早く気づいていた小猫がそう訊くと、彼女は得意そうにその大きな胸を張った。

 

「そうよ~、今回はナインと一緒に来るからね。 正直、留守番は退屈で堪らないし」

「ほぅ、良いのか――――ナインに致死の傷を負わせた儂の護衛じゃぞ? 奴は何を考えているか分からないから問うのは辞めたが、お主の神経はまだ普通じゃろうよ…………」

 

オーディンが目を細めて黒歌を見据えた。 黒歌の治療が無ければこの世には居なかったであろうナイン。 ナインにそれほどの傷を負わせたのは目の前に居る主神オーディンだ。 恨んでいてもおかしくないが、黒歌はなんでも無いように鼻を鳴らした。

 

「解ったのよ。 本人が気にしてないのに私がいくら気にしたって仕方ないって」

「…………」

「とは言っても、完全に気にしなくなったわけじゃないけど」

 

オーディン相手にも物怖じせず、ナインと同じ金色の瞳を細めて睨み付けた。

 

「そっちのお爺ちゃんがもし変な動きを見せたら、最中にロキ側に回ることも考えているわ。 ナインもきっとそうするはずだし」

「本気かよ」

「本気よ堕天使の総督さん。 言ったでしょ、ナインはヴァーリと違って生き残ることを考えているんだから」

「―――――」

 

アザゼルはいつかの光景を思い出す。

もし世界中の強者を討ち果たしてしまったなら、その後死にたいと嘯いていた白い龍。

 

生存競争の果てに生き残り、世界の選択を見届けることを胸に懐く紅蓮の男。

 

「…………話は分かった。 ナインがここに来ない理由もな。

オーディンが言ったかは知らないが、もともと早まった来日だったんだ」

「仕方ないじゃろ、厄介なもんにワシのやり方を批難されたんじゃから。 予定通りに動いていたら回るモンも回らなくなるかもしれんからな。 まぁそっちよりも――――」

「――――神器(セイクリッド・ギア)の強制禁手化(バランス・ブレイク)の件か」

「うむ、そちらの方がいまは厄介じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアスの報告書から推察すると連中、禁手(バランス・ブレイカー)を故意的に発動させようとしているな」

 

この頃特に、三大勢力に対して戦闘の意思を見せ始めている「禍の団(カオス・ブリゲード)」。

昨日も、リアス・グレモリーとその眷属たちが討伐に当たった。

 

もちろん、これが初めてではない。

リアスたちのみならず、他の上級悪魔や他勢力の兵隊が迎撃に当たりことごとく撃退している。

 

そうして襲来が頻発するなか、こちらが優勢であるにもかかわらず敵の戦闘意欲は高まっているようにも見えたという。

むしろ逆に、その逆境をこそを求めていると、いままでの「禍の団(カオス・ブリゲード)」の動向で断定した。

 

禁手(バランス・ブレイカー)ってのは本来特殊な状態であるはずなんだがな。 それを無理やり覚醒させようとしている。 強者が集う場所に神器(セイクリッド・ギア)の所有者を向かわせ、至らせる――――諸刃だが、成功すれば強大な力を得られる」

「下手な鉄砲、数打ゃ当たる…………か。 でも先生。 それをやっている連中って、どういう輩なんですか?」

 

ナインの傍に居た黒歌にとって、この話は初めてだった。 それも当然、彼らはヴァーリチームの一員で、「禍の団(カオスブリゲード)」の一大派閥。 刺客を向けられないのも頷けた。

 

「英雄派の正メンバーは伝説の勇者や英雄がこぞって集まっている。 身体能力も天使や悪魔にも引けを取らんし、所有する神器(セイクリッド・ギア)も強力なのが揃っているだろう。 無論、神滅具(ロンギヌス)も」

「ま、また強敵ですか…………」

「んにゃ…………?」

「ん…………?」

 

馬耳東風な黒歌の耳に、一つだけ聞いたことがある名称が出て来たのを逃さなかった。 それは、ロスヴァイセも同じことで、彼女たちは二人同時に手を挙げた。

 

「ん、なんだナインラバーズ、なんか言いたいことあるのか?」

「ラバっ…………」

「一括りとは気に入らないにゃ!」

 

だんっ、とテーブルを叩く黒歌とロスヴァイセの両人。 アザゼルはにやにやと笑みを浮かべる。

 

「息ぴったりじゃねえか。 いいなナインの奴。 女同士仲の良いハーレムってのは長持ちすんだぜ? お前も覚えとけイッセー」

「いぃぃぃ、いまは二人の話でしょ先生!」

 

続いて同じくテーブルを叩く一誠。 そして、ロスヴァイセが咳払いをして席に着いた。 どうやら黒歌は話す気が失せたらしい。 というのも―――――

 

「私はそのときナインと一緒に居なかったから、一番その娘が説明しやすいんじゃにゃい?」

「で、なんの話だ」

 

アザゼルが向き直り、ロスヴァイセに発言権を渡した。

 

「英雄派…………その者たちとは、私とナインさんはすでに顔を合わせております」

「なんだって…………?」

「それは本当?」

 

リアスたちが目を見開くと、アザゼルが呆れた声で苦笑する。

 

「ナインはなんだっていつも渦中に居るんだか。 ……で、聞くまでも無いことだとは思うがそれは当然、正メンバー連中だよな? 英雄派派閥の構成員なんて、いまじゃ腐るほど出てきているからな」

 

そのアザゼルの言葉に、ロスヴァイセは力強く頷いた。

 

「間違いありません。 英雄派のリーダーらしき人物、並びに伝説の英雄や偉人の子孫があちら側には存在していました」

「固まって行動してたのか? するってーと、お前らは仕掛けられた方かよ」

「次元の狭間を通っている最中に離れ離れにされたにゃ。 実際会ったのはナインとロスヴァイセだけよ」

 

手を振ってそう言う黒歌。

アザゼルは意外そうにしているが、オーディンは目を細める。

 

「しかしなぜナインとロスヴァイセなんじゃ」

「わ、私は成り行き上で…………当時のあちらの狙いは、間違いなくナインさんでした」

「なんでだ」

「…………詳しくは解りません。 ただ、同じ人間として、ナインさんを引き込めないか便宜を図ったものと思われます」

 

ロスヴァイセも実際のところよく解っていない。

その場に居ただけの彼女と、英雄派の面々と様々な言葉を交わしているナインとでは視方が変わってくるであろう。

 

「お主は何をしておった」

「わ、私は…………その……諸事情で」

「腰でも抜かして一言も交わせなかったか?」

「…………もとはと言えばあなたが…………あなたが私を置いて行ったからそうなったんでしょうがー!」

「うぉ! わ、悪かった悪かったと言うておろうにロスヴァイセ……」

 

ぎゃーぎゃーと元上司を糾弾するロスヴァイセ。 するとリアスが割って入って来る。

 

「ナインはそれでなんと返したのかしら」

「え…………ええ。 それで、ナインさんはその誘いを蹴り、戦いに発展しました。 もともとはあちらも戦う気はあったようなのですが」

「…………」

 

その場の全員が鎮痛な面持ちになる。

戦いとは殺し合い、緊張感が最高潮に達している状態だ。

しかし、ロスヴァイセは別の気持ちを懐いていた。 多勢に無勢、いくらナインでも苦戦は免れなかったろうとその場の誰もがそう思っていた。

 

実際、英雄派の構成員だけでも、リアスたちは念入りに練った作戦で順調に撃破できている。 が、逆を言えば作戦も無くただ力押しをしたらどこかしらで穴が生じる。 そこに付け込まれたら痛手は必至だったのだから。

 

「敵は皆、当然のように神器(セイクリッド・ギア)を所有していました。 中には神滅具(ロンギヌス)らしき物も複数見受けられました」

「全員!? しかも神滅具(ロンギヌス)持ち……」

「――――だがナインは昨夜会ったときもピンピンしてた……それが答えだろ」

 

なにをもったいぶってやがる。 アザゼルがそう一同に目で訴えていた。

そうなんだろ、と昨夜ナインと出会っているオーディンに目を配る。

 

「どこか負傷している風にも見えなかったしのぉ、要はそういうことなんじゃろい」

 

リアスはいち早く理解した。 彼女は、自然と口元が引く付いてしまうのを感じている。

 

「つくづく可愛くないわね。 それで逃げ帰ってきたとかなら、助けようという気にくらいはなったのに」

 

いつもナインにからかわれ、弄ばれているリアスだ。 当然の反応だろう。

 

「指導者らしき者は、他のメンバーが撃退されると素早く撤退してしまいました。 ナインさんもそこまで追う気は無かったようです」

「…………なんというか、ナインは負け無しだな。 だというのに退き際も絶妙…………私ならそこまで追い詰めたら追撃してしまうぞ」

 

なんだか満足そうに言うゼノヴィアに、イリナが続く。

 

「しかも一人で」

神器(セイクリッド・ギア)も無しだろ?」

「それが一番怖いのぉ」

 

ほっほっほ、と髭を摩りつつ笑う北の主神。 これは朗報と言えるだろう。

いま、ナインはオーディンとの取引で味方として扱っている状態だ。 もし英雄派の主力が出てきても、なんとかなるだろう。 一誠たちはそう思っていた…………が。

 

「おいおい、安心するのは早いぜお前ら。 そのときは連中の狙いはナインだったが、いまは俺たち三大勢力と交戦しているところだ。 あいつが他人様の戦いに協力してくれると思うか?」

「思いません!」

「いい返事だ、イッセー。 花丸とおまけに二重丸やろう」

 

そうだ。 これはあくまで三大勢力と英雄派の抗争。 あのナインが進んで戦おうとしてくれるはずがない。

自分の身に降りかかった火の粉は自分で払えというのがあの男の性分だ

だがまぁ、期待はしていただけに実際言われると落胆を隠せない一誠。

 

「で、でもそうなると、話しだけでも訊いてみたいですよ。 あちらはどんな神器(セイクリッド・ギア)を使って来るのかとか」

「ばーかイッセー。 それも含めて、ナインが協力してくれると思うのかって話しなんだよ」

「えー、でもナインはいまは…………」

「味方……か? あのなイッセー。 そういう理屈が通用しない奴を味方にしたんだぞ?」

「そ、それじゃあ意味無い…………」

 

涙目になる一誠。 協力とは共闘だろう。 友軍なのに加勢してくれないとはどういう了見なのかと、文句を言いたそうにしている。

 

ただ、アザゼルもこれに関しては扱いに困っている。 しかしすると、オーディンが言葉を発した。

 

「まぁ、いまは目先の戦いはいいじゃろ。 それに、ワシと日本の神々との対談には、もっと厄介なもんが来てしまう可能性がある。 ナインにはそれを任せておるからのぉ」

「…………ま、ナインともっと仲良くなってからそういうことは頼めばいいんじゃねえかイッセー」

「う…………」

 

思想の食い違い。 主義のすれ違い。 お互いに求めている物が違う。 そんな自分に、ナインとの友好は結べないことは理解している。

 

そう落ち込む一誠の頭に、アザゼルの手が置かれた。

 

「お前は自分を鍛えてればいいんだイッセー。 もともとこれは俺たち大人の事情だ。

最悪のケースまでは行かない。 俺が行かせないからよ」

「せ、先生…………」

「ってことでよ、ジジイ、時間も空いたことだし、どっか行きたいところないか?」

 

五指をわしゃわしゃとするアザゼルに、オーディンはすかさず反応していた。

 

「おっぱいパブ行きたいのぉ」

「お、いいところ突くねぇ。 ちょうど最近うちの若い娘っこらがその手の店始めてな。 そこ行こうぜそこ」

「ほっほっほ、アザゼル坊は分かっとるのぉ」

「もう嫌だ、この人たち…………」

 

悪魔からはリアス・グレモリーとその眷属たち。

 

堕天使からは総督アザゼルと幹部バラキエル。

 

天使からは紫藤イリナ。

 

ヴァーリチームからはナイン、黒歌、そしてロスヴァイセ。

 

北欧主神オーディンの呼びかけに応じ、これより日本の神々の対談に際しての防衛網が敷かれる。

 

それとは別に「禍の団(カオス・ブリゲード)」。 旧魔王派が瓦解してから一大派閥として名が上がり始めた英雄派。

そうして、人間界の与り知らぬところで戦乱の歯車が回り始めるのだった。

 

「そういえば、結局ロスヴァイセのこと話さなかったわね、あのお爺ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ黒歌、英雄派の話だけれど…………」

 

アザゼルとオーディンの大人組が人間界の街に繰り出した後、リアスがそう呼び止めた。

一誠と朱乃も、バラキエルに呼ばれ、部屋の向こうに出て行ってしまった。

 

呼び止められた黒歌が振り向く。

 

「なぁに、リアス・グレモリー。 まさか、詳しく教えてくれって言うんじゃないでしょうね?」

「そのまさかよ」

「いやにゃん」

「ど、どうしてかしら?」

 

即答の拒否発言に、リアスは苦笑の上に口角を引きつらせていた。 黒歌が腕を組む。

 

「話を聞いてなかったの? 英雄派の正メンバーについて知っているのは、ヴァーリチームじゃナインだけにゃん」

 

彼らと直接言葉を交わし、戦ったのはヴァーリチームではナインのみ。 過去にヴァーリがそのリーダーと死闘を繰り広げたのを黒歌は覚えているが、それはあえて明かさない。 理由は単純、色々説明が面倒だからだ。

 

ただ、ナインについては一人に留まらず、ほぼ全員と矛を交えている。 なによりごく最近の出来事だったために口を突いて出てしまったのだ。 まぁ、黒歌が明かさずともロスヴァイセが明かしていただろうが。

 

「今からナインを呼べないかしら。 それなりのもてなしを考えているから――――」

「ん~、聞いてみるくらいならできるけど。 たぶんナインは喋らないと思うわよ? それでもいいんだったらいいけど…………」

 

オーディンとの条件下にある以上はナインも協力的にならねばならないが、今回の件で英雄派について情報を提供する必要は皆無である。

なぜなら、日本の神々と北欧の主神の対談に際しての障害が「禍の団(カオス・ブリゲード)」である確率は極めて低いからだ。

 

「英雄派が今回の対談を妨害してくる理由は無いにゃー。 ナインから聞いたことだけど、あいつらの頭領は無謀はしない策略家タイプのテロリストだって言ってたもの」

 

ゆえに、北欧と日本の神話体系が友好を結ぼうが戦争になろうが、彼ら英雄派にとっては気にするところでは無い。

 

「ナインもそこら辺はお爺ちゃんとの取引通りに進めるわ。 だから今回関係の無い英雄派について詳細を喋ることはしない」

「そんな…………」

 

肩を落とすリアスに対して、黒歌は人差し指を立てて指摘するように揺らす。

 

「そーれーに、あなた分かってる? 派閥は違うけど、一応同じ『禍の団(カオス・ブリゲード)』の構成員よ。

角が立つからなんてそんな臆病な理由でもないけれど、私やナインにそれを訊ねるのは見当違いよね」

 

知りたいことなら教わるのではなく知ろうとしろ、と黒歌は言う。 すぐに人に聞こうとするなと。

しかしリアスは負けじと黒歌に食い下がる。

 

「でも、相手はテロリストよ、命懸けで戦うことになる相手だと思うの。 被害は最小限に抑えたい………だから少しでも事前に攻略法が欲しいのよ」

 

その言葉に驚いた表情をする黒歌だが、すぐに噴き出した。

 

「ぷっ――――アハハ……アハハハハッ!」

「な……なにがおかしいの…………」

 

呆気に取られるリアス・グレモリー。 真剣な話をしているのに、急に笑われては良い気はしない。

ただ、彼女は訊ねる立場だ、ここは怒気を抑えた。

 

しかし、気の流れを読ませれば右に出る者はいない黒歌にとって、彼女のわずかな怒気は感じ逃さなかった。

腹を押さえながら涙目でリアスの肩をポンポン叩く。

 

「アハハっごめんごめん。 つい笑っちゃった」

「…………ついってあなたね」

「でも、そっちこそ忘れてるんじゃない?」

「え…………?」

 

被害は最小限に抑えたい。 戦う前に相手の戦法を教えて欲しい。 命懸け――――

 

「それが戦いなんじゃないの」

 

リアスはすぐにはっとした。 それというのも、黒歌の金色の瞳に紅蓮の男のあの薄ら笑いが重なったからだった。

 

「…………ところで、オーディンさまと結んだ契約というのは……なんだったのかしら」

「…………ナインは、神々の対談で妨害してくるであろうある魔獣からのガードを請け負う代わりに、ロスヴァイセを所望したのよ」

「―――――!」

 

魔獣。 いずれこの先、二天龍をも脅かす存在になる北欧の魔獣。

 

「ナインはきっとそっちに掛かりっきりになると思うわ。 だから邪魔をしないで」

「…………」

「それに、ナインは良くも悪くも中庸よ。 味方になったとは思わない方がいい…………もちろん私も」

 

軽くウィンクをしてみせる黒歌は踵を返す。 それに続き、ロスヴァイセも軽く会釈をしてから歩き出した。

 

ナイン・ジルハードに理屈は通じない。

命がかかっているからすべてを教えてくれ。 事前に敵の戦略、情報を教えてくれ。

しかしナインはこう言う。 それら情報をもとに作られた策略戦術その他諸々、総じて何の役にも立たない。

 

現実的に、戦争は数で決まろう、次点で団結力。 しかしこういった少数で動くに際し求められるのは個々の武力と賢しさである。

結局、策とは拮抗した状態で真価を発揮する――――有体に言えば上げ底だ。

 

黒歌は最近、ナインに影響を受け、一種の哲学的なことを考え出した。

 

人外とは、人でないものを指すのではなく、質で量を圧倒する一騎当千の存在を指すのでは無いだろうか。

諸説はあるが、いまの悪魔などを見ていると特にそう思えてならないのだ。

 

「力を合わせて……なんて聞こえは良いけど、それって、徒党を組んで一人を滅多打ちにすることもあるってことよね。 それってなんか――――」

 

―――――――美しくない。 すかし顔で言うナインの顔が浮かんだ。

 

「………………カッコわるいわよ」

「それが巨悪だったのなら、正義なのでしょう」

「ロスヴァイセはまぁ、勇者輩出のヴァルハラ出身者だからそういう考えなのかもにゃー」

 

すると、黒歌はおもむろに自分の胸の谷間に手を突っ込んだ。

 

「な、なんですかそれは…………」

「ん? 知らない?」

 

よいしょ、と、ただの物にすら絡みついてくる豊満な乳肉からそれをスポンと取り出した。

 

「自信作だって。 爆弾じゃないけど、やっぱりえげつない物しか作らないわよね、ナインは」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、黒歌さんも中々歪んだ考えになって来ましたね」

 

事務所内で静かに薄ら笑うナイン。 その耳にはイヤホン。

 

「どうやら、大人組にはすべて気づかれていたようですが…………ノリが良くて大変よろしい」

 

やってみるものだ、と笑い息を吐いた。

 

「しかしまぁ、英雄派のことなら別に全部話しても良かったんですけどね……黒歌さんが意地悪をしているようで……ククっ…………」

 

黒歌が豪語した手前、話すわけにはいかなくなった。 もし話せば黒歌が拗ねるだろう。

 

「さて、明日から本格的にオーディンさんの護衛だ…………面倒だが、仕事はしなければなりませんね」

 

そうして、黒歌とロスヴァイセの帰りを待つ。

事は起こるか、否か。 できれば大騒動に発展して欲しいと思うナインであった。




読了ありがとうございます。 スクロール流し読みでもありがとうございます(笑)

補足として、ナインは出かける前の黒歌に錬金術で作った盗聴器を持たせて話し合いに参加させていました。
気付いていたのはオーディン、アザゼルの二人。 バラキエルさんは可愛い我が娘が気になり過ぎて気づいていないということで。









誤字脱字ありましたら…………お願いします。

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