「プッハ! ……どうですか?」
プールサイドにタッチした明久が問い掛けると、ストップウォッチを見ていた静歌が
「2分10秒07です」
と告げた
それを聞いて、悠は用紙に書いてから
「落ちてるね。一番良いタイムを記録しておくよ」
と明久に言った
すると、明久は悔しそうに歯噛みして
「もう一回! もう一回だけお願いします!」
と言うが、悠は首を振って
「ダメだよ、明久くん。無理は禁物だ」
と忠告した
「ですが……」
明久が躊躇っていると、小早川先生が近づいてきて
「そうですよ、明久くん。今無理して、回復に影響が出たら本末転倒です」
と諭した
それを聞いて、明久は数秒間沈黙してから溜め息を吐いて
「分かりました。上がります……」
と言うと、プールサイドに上がった
その直後、明久は立ちくらみがして足元がフラついた
「あ……れ……?」
「明久くん!」
「明久さん!」
明久がフラついたことに気づいて、悠と静歌が近寄ろうとしたが、それより早く一人の少女が明久を支えた
「もう……無理しちゃダメだよ? アキくん!」
「くす姉……」
明久を支えたのは、遅れてやってきた久住だった
「アキくんは昔から、結構無茶するからね。少し強引にでも休ませないと」
久住はそう言うと、近寄ってきた悠と一緒に明久を支えてベンチに座らせた
「静歌ちゃん、アキくんの監視お願いね? 見てないと、また泳ごうとするから」
「はい! お任せください!」
久住と静歌の会話を聞くと、明久は渋面を浮かべて
「僕って、そこまで信用ないかな?」
と首を傾げた
すると、久住は憤然とした態度で
「そもそも、リハビリをすることになった理由はなんだったの? 静歌ちゃんと悠を庇って、車に引かれたからでしょ? アキくんは昔から、誰かを助けるためなら躊躇わないのは知ってるけどね、少しは自分を大事にしてほしいの。わかった?」
と諭した
久住の言葉は事実であり、明久は昔、小さかった久住が変質者に攫われそうになった時、重傷を負いながらも久住を助けたことがあったのだ
その後久住は、ベッドに横になっていた明久に対して、何時間も謝り続けたのだ
だから、事故の際にも本当は一目散に明久の下へと行きたかった
だが、星令会の会長として私情で動いてはいけないと自制し、なんとか耐えたのだ
だから、今回のように明久が無理をしようとしたのは、久住にとっては予想出来たことなのだ
「了解……」
明久が頷くと、久住は満足そうにしてから
「それじゃあ、私も活動しようかな」
と言いながら、準備体操を始めた
「溺れないでねぇ~」
明久がそう言うと、久住は顔を真っ赤にしながら
「溺れないよ!」
と反論したが、悠はクスクスと笑いながら
「大丈夫。溺れたら、僕が助けるから」
と言った
そんなことを言った悠を久住が顔を真っ赤にしながら叩くが、悠は意に介さず笑い続けていた
そして約二時間後、季節もあって外は真っ暗になった時間に、水泳部は活動を終えた
鍵を返すために、悠が残るので、明久達も残り、他の部員達は先に帰らせた
そして鍵の返却を終えて、明久達も寮へと戻っていると、以前静歌に案内された公園に差し掛かった
その時、悠が
「それじゃあ、僕は走るね」
と言うと、慣れた感じで自分が持っていたボストンバックを久住に手渡した
すると、視線を明久に向けて
「明久君、一緒に走るかい?」
と問い掛けてきた
悠の問い掛けを聞いて、明久は数秒間考えると
「走ります……静歌ちゃん、コレ、お願いね」
と悠と同じように、静歌にボストンバックを渡した
「はい、お気をつけて」
「転ばないようにね~!」
静歌と久住に見送られて、明久と悠は走り出した
そして、少しすると
「この公園は結構静かでね。ランニングには最適なんだ。変化が欲しければ、外側のコースを走ると、起伏が有っていいよ」
と悠が走りながら、明久に説明した
「なるほど……本当に、リハビリにはもってこいですね」
悠の説明を聞いて明久が頷くと、悠が
「だけど……明久君は足が速いね! 僕も結構足は速い方なんだけど」
と言うと、明久は苦笑いを浮かべて
「いやいや……悠さんだって、速いじゃないですか!」
と言うと、悠はニヤリと笑って
「それじゃあ、更にスピードを上げるよ!」
と言うと、更に速度を上げて駆け出した
「待ってくださいよ!」
明久はそう言うと、すぐに悠の隣に付いた
「ハハッ! 本当に明久君は凄いや! 僕、結構本気なんだけどな!」
「追い付くのでギリギリですよ! まったく、僕達って、スポーツバカですね!」
明久の言葉を聞いて、悠は笑うと
「本当だね!」
と言った
そして数分後、明久達が寮の前に到着すると、久住と静歌が待っていた
「お疲れさま」
「明久さん、スポーツドリンクとタオルです」
明久と悠が到着すると、二人はそれぞれ持っていたスポーツドリンクとタオルを手渡した
二人は息を荒くしながら、無言で受け取った
そして、息を整えた悠が嬉しそうに
「久住、明久君は凄いね。僕の結構本気の速度追い付いたよ」
と語った
すると、久住と静歌は驚きの表情を浮かべて
「本当!? 悠って、陸上部の選手よりも速いのに!」
「流石は明久さんです!」
と言った
すると、ようやく呼吸を整えた明久が手を振りながら
「いやいや……結構ギリギリだったからね……というか、悠さん、そんなに速かったんだ……」
と言った
この後、明久達は夕食を食べ終わると、部屋に戻った
そして、入浴時間
「あー……ランニングしたからか、疲れたなぁ……」
明久はそう言いながら、大浴場へと向かっていた
そして、手早く脱いで入った時だった
「え……明久?」
という、聞き覚えのある声が聞こえた
「ファッ……?」
意味不明な声を出しながら、明久は声のした方に顔を向けた
そこにはなぜか、雅と巴の姿があった
「ええっ!? なんで、雅ちゃんと巴ちゃんが居るの!?」
明久が慌てて問い掛けると、雅は顔を赤らめながら
「それを言うなら、明久がなんで大浴場に……?」
と問い返した
雅の質問の意図が分からず、明久は首を傾げながら
「いや、今の時間は僕の入浴時間になってるんだよ? 僕が編入してくる前日に、手紙が来てたでしょ?」
と言うと、雅は少し考える素振りをしてから
「ああ……あの手紙はそういう内容だったのね……失敗したわ。読まないで机に置いたままだし、今までシャワーで済ましてたから、知らなかったわ」と言った
すると、明久は納得した様子で
「ああ……最近、仕事が多かったもんね」
と頷いてから、視線を巴に向けて
「巴ちゃんも知らなかったの?」
と問い掛けた
すると、巴は頷いて
「はい。そもそも、下級生は大浴場には入れない規則になってるんです」
と説明した
「え? そうなんだ……じゃあ巴ちゃんが入ってるのは、もしかしてコンダクトだから?」
明久がそう言うと、巴は手を叩いて
「先輩、お見事です! コンダクトなら入浴の手伝いっていう名目で、一緒に入れるんです」
と説明した
「なるほど……それじゃあ、お二人はごゆっくりと」
明久はそう言うと、身を翻して出ようとした
「どうして?」
「いや、だって二人が入ってるのに、僕が入る訳にはいかないでしょ?」
雅が不思議そうに問い掛けると、明久は普通にそう返した
すると、雅は
「何言ってるのよ。今は明久の入浴時間なんでしょう? 知らないで入った私達に非があるわ」
「でも……」
雅の言葉に納得いかないのか、明久は躊躇っていた
すると、雅が駄目押しにと
「巴はどうかしら?」
と巴に振ると、巴は笑顔で
「私は気にしませんよ? 結構最近まで、弟達と一緒に入ってましたし」
と言った
それがトドメになったのか、明久は数秒間考えると
「わかった……其処まで言われたら、無碍には出来ないね」
と言うと、体を洗い始めた
そして、一通り洗い終わると
「それじゃあ、失礼します……」
と断ってから、湯船に浸かった
そして、なるべく雅と巴の方を見ないようにした
なお、見た目では平然としている雅だが、心中では慌てていた
(どうしよう……こんな近距離で男の人に裸同然を見られるなんて、初めて……お父様にすらないのに……でも、何でだろう……嫌じゃない……)
雅はそこまで考えると、薄目を開けて明久を見た
明久は必死に顔を逸らしているが、耳が真っ赤になっているのが分かった
どうやら、緊張しているらしい
そんな明久を見て、雅は微笑みを浮かべて
(相手が明久だから……かしら?)
と思ったのだった