背泳ぎも終わり、明久と悠は平泳ぎに入った
最初は、明久がリードしていた
だが、グイグイと悠が追い上げて、あっという間に並んだ
そこからは平行に進み、観客席に座っていた女子生徒達は興奮していた
エトワールでも屈指のスポーツ選手である悠と、互角に泳げている明久に、女子生徒達は興奮していたのだ
だが、それを面白くないといった表情で見ていた生徒が居た
他でもない、麗である
そして、麗の背後に居る風紀委員会のメンバー達は、緊張した様子で所在なさげに立っていた
その表情はどこか、やましい所が有るようにすら見える
そして、泳いでいる悠は隣で並行して泳いでいる明久を見て、心中で興奮していた
(明久君……君は本当に凄いな! 僕の本気に付いて来るなんて……!)
悠はそう思いながら、一切手足を休ませずに、全力で動かし続けた
抜けそうで抜けない
まさにデッドヒート
二人の泳ぎはそのまま進み、いよいよ最終ターンに入った
最後は自由型となり、クロールである
最早、両方の実力が試される
ターンの時点で、二人は完全に平行していた
この時悠は気づいていなかったが、この時点で悠は新記録に差し掛かっていた
(行くよ、明久君!)
(行きます、悠さん!)
奇しくも、この時二人は同じ事を考えていた
どのような試合結果になろうとも、全力を尽くす
だから二人は、全力で両手両足を動かした
そして、十数秒後
「プッハ!」
先にタッチしたのは、悠だった
プールサイドにタッチした悠は、隣のレーンに明久の姿が無いことに気づくと、後ろに振り向いた
そして、明久はプールの中間辺りでバシャバシャと大きな水しぶきを上げていた
それは最早、泳ぎとは言えなかった
ただただ、手足を動かしているだけ
手は水を効率的に掻いておらず、足は水を蹴っていない
つまり、溺れていた
その光景を見て、明久のタイムを計っていた静歌がストップウォッチを取り落としながら
「明久さん!」
と、制服姿だというのに飛び込もうとした
だが、その静歌の肩を上がった悠が掴んで
「ダメだ、静歌君」
と引き止めた
「悠さん! どうして!?」
「今はまだ、時じゃない……っ!」
静歌が声を荒げると、悠はそう言いながら唇を噛んだ
しかも、静歌の肩を掴んでいるのとは逆の手を強く握り締めて、爪が掌に食い込んで血が垂れていた
そこから静歌は、悠も本当は助けたいと分かった
だが、《何か》を待っているのだ
そして悠が見ていたのは、溺れてる明久を見て、絶望している様子の久住だった
「あ、ああ……」
溺れてる明久を見て、久住は絶望感に襲われた
「私の……せいで……アキ君の夢を……壊しちゃった……」
久住はそう言いながら、激しく自分を責めていた
なぜ、あの時に耐えられなかったのか
耐えられたら、今回の試合は起きなくて、明久はゆっくりとリハビリに専念出来てた筈なのに……
そう思うだけで、久住は激しく後悔した
そして、溺れている明久を見て気づいた
明久はまだ、必死に前に進もうとしていることに
溺れているのだったら、普通は真上に手を動かす
だが、明久は前に手を伸ばしていた
ただただ愚直に、全身全霊で
「まだ、諦めてないんだ……アキ君……」
久住はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった
明久はまだ、最後まで諦めずに前に進もうとしている
だったら、今の自分に出来ることは?
今の事態を、解決する方法は?
久住はそこまで考えると、キッと前に視線を向けて……
(前に……進まなきゃ……!)
明久は足に激痛が走っているのを必死に堪えて、水を掻いていた
悠がとっくにゴールしたのは、僅かに見えた景色で分かっている
だが、それでも明久は最後まで泳ごうとしていた
負けていてもいい
みっともなくてもいい
悪あがきでもいい
悠と約束したから
全力を尽くしましょうと
だから、明久は少しずつでも前に進むために手足を動かし続けた
だがその時だった
(まずっ!? 水が口の中に!?)
明久の口の中に、水が流れ込んできた
それにより、一気にパニック状態に陥り、体が空気を求めた
だが体に力が入らず、少しずつ体が水に沈み始めた
それでも明久は必死に体を水面まで持ち上げようとしたが、とうとう力が入らなくなり
(ヤバい……意識が……)
明久の意識が遠のき始めた
視界が徐々に暗くなり、体から力が抜けて沈んでいった
(此処までか……)
そう思いながら、明久が意識を手放しかけた
まさにその時だった
「アキ君!」
という声が聞こえて、明久の体が水中から持ち上げられた
「ガハッ! ゲホッ!!」
「アキ君! 大丈夫!? しっかり!!」
溺れていた明久を支えたのは、制服姿のまま飛び込んできた久住だった
そしてこの状況こそが、悠の待ち望んでいた状況だった
《襲われた筈の久住が、襲った犯人の筈の明久を助ける》ことが
悠はかなり高確率で、明久が溺れることを予想していた
それを見越して、この作戦を立案した時、悠は
(この作戦で明久君のリハビリが伸びたら、全力でサポートしよう)
と考えていた
更には
(もし、選手としての復帰が絶望的になったら、僕が責任を取ろう)
とも考えていた
そして、久住が明久を一生懸命支えてるのを見て、悠も動いた
近くに居た水泳部員に目配せして、一緒にプールに飛び込んで、久住と明久を支えた
そして、プールサイドまで運ぶと、水泳部員と協力して二人をプールサイドに上げた
そして、一連の光景を見て周囲からは
「久住様が……あの男を助けた?」
「襲われた筈……ですわよね?」
「襲われた人が、襲った犯人を助けるかしら?」
「そもそも、久住様は泳げなかった筈……」
という声が挙がり始めた
それらの声を聞いて、麗は歯をギリッと鳴らした
その時、ドアがバンと勢い良く開いて
「悠さん! お待たせしました!」
「遅れてすいません!」
と雅と巴が現れた
二人が現れると、悠は明久をベンチに座らせてから
「雅君、巴君……頼んだのは見つかったかい?」
と問い掛けた
すると、二人は頷いてから
「ええ、見つけてきました」
「これが、その証拠です!」
と高々と、ソレを掲げた