それが起きたのは、もはや恒例となった明久の料理教室の時だった
この日、明久が教えていたのは雅だったのだが、それを無意識なのだろう
巴が手伝っていたのだ
雅は視界の端でそれを見ながら、明久に教わった通りに調理していた
だがその表情は料理しているからだけではなく、かなり考えている様子だった
それを見ていた明久は、内心で
(嫌な予感がするなぁ……)
と溜め息を吐いた
それから十数分後、明久の危惧は当たった
雅の料理が完成したのだが、それを巴が配膳したのだ
それを見て、雅が腕組みして
「巴」
と静かに、だが力強く呼んだ
「あっ……」
巴は雅が呼んだ理由を察して、体を強張らせた
それにより、巴が運んでいた皿が落ちそうになったが、それは明久のファインプレーで回避された
そして、明久が皿を机に置いている間に、雅は巴に近寄り
「いい、巴? 貴女はもう、私のコンダクトではないのよ? それなのに、手伝ってどうするの?」
と説教を始めた
「はい………」
雅の説教を受けて、巴は沈んだ様子だった
その状況を見かねて、明久が間に入り
「まあまあ、雅ちゃん。巴ちゃんは長い間手伝ってたんだから、条件反射でやっちゃうって」
とフォローに入った
すると雅は、片手を上げて明久を止めてから
「私が言いたいのはね、それだけじゃないのよ……」
と言ってから、キッと巴を見て
「巴……あなた、何時まで現状に甘えてるつもりなの?」
と問いかけた
「…………え?」
巴が不思議そうに首を傾げると、雅は一度イスに座っていた久住を見て問い掛けるように首を傾げた
それを見て、久住は辛そうに頷いた
それを見て、雅は巴を指差して
「巴……今度の体育祭で優勝しなかったら………退部してもらうわ」
と告げた
「え!?」
雅の言葉を聞いて、巴だけでなく明久や静歌も驚愕した
すると、久住が
「実は、他の特待生から苦情が来てるの」
と説明を始めた
「巴君も特待生なのに、なぜマネージャーとバイトだけなのかとね」
久住に続けて、悠もそう言った
他の特待生が苦情を言ってきたのは、巴が元々有名なテニスプレイヤーだったことが挙げられる
明久や静歌は知らなかったが、巴は知る人ぞ知る有名なテニスプレイヤーだったのだ
しかし、巴は入学後にあった学内試合によりコールドゲームに負けて以来、ずっとマネージャー業務しか部活動には参加していなかった
それを知った他の特待生から苦情が殺到
それを受けて、星令会と教師陣はある決定を下した
それは、体育祭のテニスで優勝しなかった場合、巴の退部
更に、場合によっては退学すら示唆されているのだ
「巴、どうするの?」
雅が問い掛けると、巴は俯いてから
「わかりました………今度の大会、優勝してみせます! そしたら雅先輩………私ともう一度、コンダクトを結んでください!」
と告げた
それを聞いて、雅は目を見開いた
巴がしたのは、交換条件だ
だが、巴の目にあるのは強い意思の光だった
それを見て、雅はニヤリと笑みを浮かべて
「わかったわ。巴」
と頷いた
すると雅は、久住に視線を向けて
「会長。その間、明久をテニス部のマネージャー代わりに借ります」
と言った
「ええっ!?」
雅の言葉に久住は驚いたが、雅は毅然とした態度で
「この体育祭は、交換留学生も参加することが義務付けられてます。しかし、明久はリハビリ中の為に、本格的な参加は出来ません。だったら、彼も参加しようと提出したテニスでマネージャー代わりとして参加させます」
と告げた
それを聞いて、悠は俯いて
「それは名案だね。こちらとしても、賛成だ」
と賛同した
すると、久住はしばらく唸ってから
「わかりました………星令会会長として、テニス部部長代理、高鷲雅の提案を受け入れます」
と言った
しかし、その表情は不承不承といった様子だった
そして、明久へと視線を向けて
「明久君も、それでいいですね?」
と確認してきた
すると、明久は頷いて
「見てるだけにはいかないしね。いいよ」
と了承した
すると、雅が
「それじゃあ、明久。よろしくね」
と微笑んだ
明久もそれに応じるように、握手しながら
「よろしくね、雅ちゃん。巴ちゃん」
と微笑んだ
こうして、巴と雅の運命の幕が上がった