クソッタレな世界だけど、本当に欲しかった物を手に入れた 作:ソーダ缶詰
悩んだ末に大衆受けする物語は書かなくていいやと割り切りました。
数字が欲しくて小説を書いているわけではないので。
『召喚しておいて殺すのか?』
『血に染まったその手が罪の証だ』
水道の蛇口を捻り、血に染まった手を洗い流そうとした。だけど、蛇口から流れ出たのは真っ赤な液体だけだった。
真っ赤な液体が水道からあふれ出し、真っ白だった夢の景色を真っ赤に染めていく。
(うるさい黙れ)
『見ろ、これがお前の望んだ世界の色だ』
『偽善者の本性が見える、真っ赤な血の世界だ』
『ダンジョンの中から貴様を監視しているぞ。永遠にな』
「黙れって言ってるだろ!」
飛び起きながらも無意識のうちに時計を掴み、ダンジョンの壁に叩きつけていた。ガラスが砕ける音よりも、自分の心臓の音が煩くて煩くて堪らなかった。
音で異変に気が付き、隣の部屋で寝ていた筈のスノーが慌ててやってきた。
「大丈夫です?」
「……ごめん、気分悪くて」
「マスターが無事ならそれで良いのです」
スノーがダンジョンのシステムを利用し、俺の代わりに時計の残骸を全て売却して処分した。
「マスター、ごめんなさいです。エルフ達を殺すのまでは提案するべきじゃなかったです」
「いや、スノーの判断は正しかったよ。野放しにしたらどうなるか分かったもんじゃないからな」
「それでもです」
悪夢にうなされて上手く眠れない俺に対し、スノーが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。今もせわしなく動き回り、俺の為に一杯の水とタオルを持ってきてくれた。
汗まみれのシャツを回収し、甲斐甲斐しく汗を拭いてくれるスノーには感謝しかない。
「あの時はマスターが人間だったことを忘れていたのです」
もしその言葉が本当なら俺にとっては嬉しいものだ。
「今日はどうするのです?」
「あんまり引きこもっても居られないし、流石に外に出るよ。りんさんも悪夢を見ていないか気になるし」
「私もついていくのです」
スノーがコップとタオルを片付けている間にトイレを済ませ、服を持って戻って来たスノーから着替えを受け取って……スノーが何故か出て行かないので背中を押して外へと追いやった。
「なにをするのです!」
「いや、下も着替えるんだけど?」
「へ?」
そんな当たり前のことを言われてきょとんとしているスノーの真っ白な顔が、ゆっくりと真っ赤に染まっていく。
叩きつけるように閉められた扉を見て、思わず笑ってしまった。
(スノーは俺が人間だったことを忘れていたって言ってたけど、俺だってスノーが妖怪だったことを偶に忘れるよ)
もしスノーに聞かれたら恥ずかしくて死にそうなことを考えつつも、身支度を整えた俺はスノーと共に9階に【転送】する。
石で出来たダンジョンの広大な空間に、不釣り合いな木造建築の家が12軒ほど建ち並び、小さな集落を形成している。その集落な中央には、綺麗な石畳の道が通っていた。
「人間が暮らすには、自然が足りないよな」
「じゃあ追加するのです?」
「街路樹と、花壇に花でも植えとくか。あとは、公園……グラウンドで良いか。広場も必要だろ」
公園の道を塞がない様に街路樹を設置し、少し離れた場所に土で出来た広めの土地に花壇を設置した。スノーはその花壇の隣に花の形をした氷の彫像を設置していた。
「綺麗な花が咲いたのです」
悪びれもせずに胸を張るスノーのおでこにでこぴんを食らわすと、彫像を見つけた男性が近くに歩み寄ってきた。名前は確か、佐藤
意見があれば言っていい。上司では無く、仲間になるのだと言い続けたおかげか、彼は自ら俺と話をしに来てくれたようだ。
「綺麗な花ですね。これは魔法で?」
「DPで購入したのです」
「僕のリストには氷の彫像なんてありませんが……」
「使用制限とかかけてないからな」
そう言って見せた俺達のポーションリストを見た佐藤さんはかなり驚いていた。
「僕の目がおかしいのかな? ダンジョンマスターの方が品揃えが少なく見えるよ」
「気のせいじゃないぞ。魔法関連のアイテムに関してはスノーの方が俺より品揃え良いからな」
「食事に関してはマスターの方が豊富なのです。ダンジョンマスターの特権は召喚くらいなのです」
佐藤さんが見せてくれた食事のリストは、スノーよりも明らかに品揃えが豊富だった。
「不公平なのです。待遇の改善を要求するのです」
「いや無理だから。ダンジョンに言ってくれ」
「まさかこのような仕様になっているとは。制限を疑ってすみませんでした」
「謝罪はいらないのです。その代わりに一つだけ質問に答えて欲しいのです。人間を殺したことがあるのです?」
一切の捻りのない質問に佐藤さんは顔を顰めたが、「エルフの件ですか……」と呟いた後、しばらく考えてから話し始めた。
「幸いな事に、僕にはありません。でも、覚悟は決めていますよ」
「あの時戦っていた、元仲間だった人間を殺す覚悟をです?」
「当然ですよ。というか、お2人に助けて貰わなければ私を含めた誰かが殺していたでしょうし、殺されていましたよ」
悪夢にうなされて忘れていたが、あの時確かに人間同士で殺し合おうとしていたのだ。それでも、俺とは違って今は平然としている。
「強いな。見習いたいくらいだ」
「見習うなんてそんな。りんさん達戦闘班とは違って、僕にかっこいい理由なんてありませんよ。ただ、死ぬのが怖いんです。だから戦うんです」
「死ぬのが怖いか。なんとも人間らしい理由だ」
俺はダンジョンマスターで、ただスノーに言われた通りにしただけだ。そんな自分が、まるで人間から変異した化け物になった気がして気持ち悪くなった。
「何を悩んでいるのかはわかりませんが、私達だって嫌な奴と縁を切りたいと思って逃げて来たんです。嫌な奴に出ていって貰うことが、そんなに悪い事なんですかね」
「マスターはお人よしなのです。他人の責任を全て背負う必要は無いのです。力あるダンジョンマスターであっても、助けたくなかったら佐藤さんを叩き出して良いのですよ?」
「はっはっは、では、叩き出されない様にしないとね」
そう言って笑う佐藤さんは、とても大らかに笑っていた。そこには、追い出される可能性に対する恐怖や不安は感じられなかった。
「どうしてそんな穏やかに笑えるんだ?」
「守りたい人だけ守れれば、それで良いと思うんです。守りたくない人まで一々守る必要はないんですよ。まあ、僕の言葉じゃなくてりんさんの言葉なんですけど、そう思えるようになってからは、色々と抱えていた物を捨てて楽になりましたね」
(守りたい人だけ守れれば良い、か。そうか、そうだよな。元の世界のクソ上司まで守りたいかと言われたら、間違いなく守りたくないからな。そっか、それでも良いのか)
佐藤さんに言われて、そう思えた事で少しだけ心が軽くなった。
「こいつ、いざとなったら私達を見捨てて逃げる気なのです」
佐藤さんはニヤリと意味深な笑みを浮かべてスノーを見る。スノーもニヤリと意味深な笑みを浮かべて見返した。
「仲間より私とマスターを優先するなんて言う奴は嘘つきなのです。嘘を付かない奴は信用できる奴なのです」
「本当に仲間を優先しますよ?」
「好きにすればいいのです。その方がマスターもやりやすいのです」
「……そうだな。仲間を捨てて俺とスノーを助けますと言われても、そんな奴は信じられないな」
りんさんも、いざとなれば俺達よりも仲間を優先するだろう。そういう事態を招かない様に注意しておかなければいけないな。
「いや、僕とは違って、りんさんは既にダンジョンマスターのことを仲間だと思っているんじゃないですかね。エルフ側に加勢して、ダンジョンマスターを斬る事だって出来たはずですから。実際、ダンジョンを恨んでいる人からはダンジョンマスターを殺してここを奪えって意見は出ましたよ。僕も含めて大半の人が反対しましたけど」
「それは初耳なのです」
「俺を殺せと主張したのは、以前俺に恨み言を言っていた子供か?」
「えぇ。今は外でダンジョンを滅ぼす力を付けるんだと言って労働に励んでます」
「それはそれでどうなんだ」
「今はこれで大丈夫です。いつかきっと、僕達のように苦しみを受け入れ、乗り越えられる時が必ず来ますから。その時まで、僕達が傍にいますからね」
そう言って笑う佐藤さんの表情からは、迷いは感じられなかった。
「僕達のことよりも、残ったエルフ達のケアを優先した方が良いと思いますよ?」
「どうせ話し合いなんて成立しないのです。エルフがいかに優れているかを語り続けたバカは放っておけばいいのです」
「流石に言い過ぎだ。というかあの手のバカはもう残って無いだろ」
「ダンジョンマスターがエルフの裏切者を容赦なく斬り捨てた影響か、僕達に対する態度はミリムさん以外は大して変わらないんですけど、以前より勤勉にはなりましたよ。今なら話くらいは聞いてくれると思います」
「あの好き勝手にやっていたエルフ達が、勤勉?」
「それなら一度くらいは話をしてやってもいいのです」
スノーにもう一度でこぴんをかましてから佐藤さんに別れを告げ、エルフについて考えるべく俺はスノーを連れて一度部屋に戻ることにした。
文章力が足りなくて床をのたうち回りたい。
もっと上手くなりたいなあ。
言葉が心に刺さって活力に変わる。そんな物語が書けるようになりたい。