「ねー社長、いま時間ある?」
「あ?まぁあるが……って土下座!?おいおい何してんだこんなとこすっぱ抜かれたらどうなるか──」
「現在斉藤金剛くんと交際しており、肉体関係も持っています。そしてつい先日妊娠が発覚しました」
「…………は?」
「そこで義兄さんには私と金剛くんとの交際とお腹の中の子供の出産を認めて──」
まだ日が上りきっていない時で小さい雑ビルの一室、苺プロにて怒号が響く。その部屋には、怒気を放っているその声の主である斉藤壱護と、その前で土下座しているアイがいた。
その怒声を聞いて、アイに言われて外で待機していた金剛が急いで中に突入する。そしてその場面を見て一瞬でアイのやろうとしたことを理解し、言われるがままに外で待っていたことに後悔した。
しかしその後悔は長くは続かない。というのも、未だ土下座をやめないアイに向かっている、今まで見たこともないほどブチ切れている兄を見たからだ。そんな後悔より彼を止めるべきだと一瞬で判断し、暴走寸前の兄を羽交い締めする。
「兄さん!落ち着いて!」
「金剛の子を孕んだぁ!?テメェそんな
「兄さん!!」
「止めんな馬鹿野郎!いくらコイツがうちの稼ぎ頭だろうと、地獄に送んなきゃ気がすまねぇんだよ!!」
「いいの金剛くん。社長の怒りはごもっともだよ。むしろこれでも優しいくらい」
土下座から顔を上げたアイに、二人は動きを止める。その表情は普段のアイからは感じられない、強い覚悟が見て取れたからである。
彼女を見つけた壱護や付き合っている金剛ですらそんな表情を今まで見たことはなかった。金剛は歯を食いしばりながら、既に動きを止めた自分の兄をゆっくりと離す。あくまでまた暴走したら抑えられる位置にはいるが。
「…………すでにアイさんは身重なんです。暴力だけはやめてください……お願いします……」
「…………ハッ!!到底無理な話だ…………が、今はお前の顔を立ててやる。確かに
「はい。本当にすみませんでした」
「ケッ、殊勝なフリしやがって」
「兄さん!!……アイさん、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。むしろ金剛くんは社長についてあげて。あんなに他の人のために怒ってくれる人、絶対手放しちゃダメだからね」
「…………はい。でも、あとでお説教ですからね」
「それは……キツいなあ」
苦笑を浮かべたアイからいったん離れ、金剛は外でタバコを吸っている自分の兄を見つける。しかし、あそこまで怒った兄を見たのは初めてで、なんて声をかけたらいいのか躊躇ってしまう。
そんな様子の金剛に気づいたのか、壱護はタバコを灰皿に押し付け、しかし金剛の方を向かないまま言葉を投げかける。
「あ"ー…………何のようだ」
「いや、えっと、兄さんがタバコ吸っているの、久しぶりに見るなって」
「そうかよ」
再び沈黙。今まで芸能界で多くの人に好かれるようになった金剛のコミュ力も、実の兄には中々発揮されないらしい。
「えーっと、その、アイさんをあんまり責めないで欲しいんだ。僕にも責任はあるし、アイさんだってあんな言い方してたけど……」
「んなこと分かってんだよ。テメェを庇うために私が悪いですよ〜っつーアイお得意の嘘だ。いや、嘘っつーよりそう
「…………そっ、か」
アイがなぜ金剛と一緒に社長に報告しなかったのか、もし仮に一緒に報告すると、金剛は必ず自分も土下座して認めてもらおうとしていたはずである。アイはそれを確信していたし、金剛自身そうするつもりだった。
実の弟に土下座までされたら拒否するにもできないし、なによりそういうのにトラウマを持っている金剛を襲ったのはアイである。いくら合意であってもその事実は変わらないし、そのうえ彼にまで土下座させていたら、壱護は金剛のフォローの前にアイのことを問答無用で殴り飛ばしていただろう。
そしてなにより、アイ自ら母親になると言っておいて、一番自分たちの関係を認めてもらいたい相手の説得を自分の伴侶に任せていては、子供を育てると言っても説得力がなかった。
そんなアイの思惑を全て見通したうえで、なおも怒りが収まっていない様子に、金剛はどうフォローしたらいいかこの11年間で学ぶことはできていなかった。
そしてまたいくらかの沈黙の後に、壱護が口を開いた。
「…………あーおい、アイとは、その、なんだ、仲良いのか?」
「…………そうだね、少なくとも、兄さんに認めて欲しいくらいには」
「…………チッ」
その返答をした金剛の顔は実に幸せそうで、まるで後悔をしていない様子を見て、壱護は再度タバコに火をつける。まるで己の無念を煙に巻くように。
「俺は、お前にただ幸せになって欲しいんだ」
「うん」
「お前が愛情恐怖症なのも知ってる。性行為なんてもってのほかだ。だからお前のためなら、心配する姿も見せないようにした」
「うん」
「そんなちんちくりんな体じゃ大人にゃ抵抗が難しいから、クソみたいな性癖している奴らを近寄らせないよう手を回していたんだぜ?お前はどうやらそんな奴らを引き付ける才能もあるらしいからな」
「一言二言余計だけどね……そんなことしてたんだ」
「ばーか、俺ぁテメェの兄貴だぞ…………まさか、よりにもよってアイがそんな奴らの一人でそのうえやらかすなんて、思ってもみなかった」
「アイさんはそんな人じゃないよ」
「んなこと知ってる。だが、状況証拠的にそう考えるしかねぇんだよ………クソッ」
「…………許されるようなことじゃないのは僕もアイさんもわかってる。でも、たった一人の家族だから、兄さんに認めてほしいんだ」
「……………………」
それが現実逃避と知りながら体にニコチンを染み渡らせて、ぼんやりと、空に舞い上がる煙を見つめる。そのまま煩わしい心もつれていってくれたらいいのにと、柄にもなくそう思った。
改めて、自分の愛しい弟の顔を見る。そして、出会ってからとは比較にならないほど綺麗に輝いている目を見つめて、俺も腹を括らなきゃなと思い真剣に言葉を繰り出した。
「もう治ったのか?」
「ううん、多分まだ……今でも兄さんの言葉が少し辛い……そんなことされていたっていう罪悪感からかも」
「その冗談笑えねぇぞ…………震えてんぞ」
「けど、それが愛されている証拠だって今はもう思えるから、悪くない気分だよ……兄さん、ありがとう。今までも、これからも」
「…………全く、いつの間にか大きくなりやがって……クソ」
「わっ」
「お前が幸せなら兄さんは何も言わないよ…………本当、治ってよかったなあ……!」
「…………顔見えなくても泣いてるの分かってるからね。あと、あんまりタバコ吸うと寿命縮むから程々にね」
「今日くらい勘弁しろ…………ったく、兄離れが早えこって」
その後少しして、二人は部屋に戻った。ソファに座っていたアイがそれに気づくと立とうとするも社長が楽にしろと言われそのまま座った。
そして「一度しか言わねぇから耳かっぽじって聞け」と前置きをして、壱護はアイに言い聞かせた。
「一つ、絶対育児放棄なんかするな。俺らも可能な限りサポートする。産むって決めたんならテメェがどれだけ売れっ子アイドルになろうが子供を蔑ろにするな」
「うん、産むって決めた時からその覚悟はできてる」
「一つ、子供は勿論、金剛との関係も必ず隠し通せ。バレたらその時点で俺ら全員の人生が終わる。嘘は得意なんだろ?」
「言うね……自慢したい気持ちはなくはないけど、それが必要なら我慢する」
「一つ、
「それは勿論。信頼取り戻せるように頑張るね」
ある程度母親として必要な心構えを一通り言った後、一息ついて彼の兄としてでもアイの社長としてでもなく、長年アイの面倒を見てきた斉藤壱護として、彼女の頭に手をのせる。
「そして最後……お前も幸せになれ」
「え?」
「元々妹みたいなモンが義妹になっただけだ。そう変わりはしねぇよ……せいぜい、俺の弟のついでに幸せになりやがれ」
「っ〜〜〜〜!!!ありがとう社長!!大好き!!!」
「ばっ、急に抱きつくなオイ!!激しい動きは赤ん坊の方にも負担が……おい金剛なんだその目は兄に向ける目じゃないよな!?ハイライトどこ行った!?なんか目の中に星が黒く光っているように見えんぞ!?ちょ、アイ早くどけ!!や、やめ、話せばわか、あ、アーーーーーー!!!」
「あー、酷い目にあった……」
「親しき仲にも礼儀あり、です!アイさんの頭をなでるなんて、まだ僕もしてないのに……アイさんも、こんな軽率な行動は控えてください!そもそも、さっき僕を置いてったことまだ怒っていますからね?」
「ご、ゴメンナサイ……」
「それは一旦後だ。それよりとっととアイの出産計画を立てるぞ。まず産婦人科だが、宮崎の病院にツテがある。口も固い奴もいるし年寄りも多いところの病院だから、アイの人気度もここら辺に比べりゃ少ないだろ。いったん掛け合ってみるから、お前らも向こうに行く準備くらいはしておけ」
「え、わ、わかった!」
「それと出産後だが、俺の妻にもサポートしてもらう。子供はまだいないが家事能力は十分、責任感もあって情も深いから愛着さえ湧かせばこっちのもんだ。特に金剛の大ファンだからな、悪いようにはならないはずだぞ。お前のことだから心配はしていないが、上手く操縦しろ」
「りょ、了解。……けど、義姉さんに辛辣……」
「たまに変な思考にかっとぶ奴だからな。念のためだ。ほら、お前らもとっととスケジュール調整しろ売れっ子ども。今日から忙しくなるんだからな」
「ねえ、社長ってこんなに頼りになる人だったっけ?」
「やる時はやる人なんですよ?あと、多分初めての甥っ子に大分テンションが上がっていると思います」
「聞こえてんぞ、バカ夫婦」
忙しくなりそうだなと、彼は笑顔を抑えきれなかった。
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