推しの夫【本編完結】   作:蓮田ヒトリ

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星野アイ

⭐︎⭐︎アイside⭐︎⭐︎

 

 

 

 仕事も順調に進み、フォロワーも100万人の大台を突破した。世間は私を見ていてくれている。だけど……最近、本当にこのままでいいのかなって思ってしまう自分がいる。

 

 

「全く酒がうめぇな!ほら新居祝いだ!飲め飲め〜!」

「わぁ、森伊蔵だ。赤兎馬もある」

「ダメですよ。アイさんが二十歳になるのは来週。もうちょっと我慢してください」

「かぁー!ちょっとくらいいいじゃねぇーか。ほら、金剛も飲むか?」

「もっとダメです。自重してください」

「俺の時なんかもう飲んでたがな!ガハハハハ」

「兄さん……」

(うお、十四代の本丸もある。久しぶりに飲みたいな……)

「アクア?何物欲しそうな目でお酒見てるの?ダイヤくん以上にダメだからね??」

「…………わかってる」

(お兄ちゃん、ちょっと不貞腐れててウケる)

 

 

 そうして宴は進んでいく。いつも言ってる社長の夢を改めて聞いたり、ミヤコさんがその凄さを語ってみんなで驚いたり、それでみんな嬉しそうにするから私も嬉しそうにする。

 子供達と一緒にオレンジジュースを飲んでいるダイくんを見ながら、彼との出会いに思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とダイくん、斉藤金剛くんとの出会いは、私が社長の誘いに乗ってアイドルになってから数ヶ月経った時だった。なんてことのない、事務所での顔合わせの時だ。

 

 

「こんにちはー」

「こんにちは」

 

 

 なんて、ありきたりなものが私達の第一声だった。

 なにやら佐藤?社長の実の弟で私達と同じく芸能人らしく、最近私たちのレッスン場の近くで撮影があるのでここにしばらく住むらしい。

 実際人一人くらい住める程度の設備はあるし、私はともかく他のメンバーも彼のファンだったこともあり快く歓迎された。子役とは言っても小学生とアイドルなんて間違いが起きるわけもないしね。今思えばやろうと思えばヤれるっていうことがわかったけど。

 私自身彼のことは何とも思っていなかったし、向こうも大して印象はなかったはずだ。……いや、何とも思っていないのは嘘かも。今にして思えば、こっちに来てすぐに、まだちょっと馴染めていないB小町()のメンバーと楽しく会話をしている彼を見て、多分ちょびっとだけ嫉妬していたんだと思う。今は逆の意味で嫉妬しそうだけどね。

 

 そんなちょっと仲良くするには遠い関係の中、ある日彼と二人っきりの時があった。わざわざ話す仲でもないし適当にエゴサでもしよっかなと思っていると、向こうの方から話しかけて来た。

 

 

「えっと、アイさん、でしたっけ」

「そうだよー。ええと……加藤くんだっけ?」

「斉藤です……なんでアイドルになったとか聞いてもいいですか?」

「うーん?」

 

 

 普段の私なら、ほぼ初対面の相手には当たり障りのない嘘をついただろう。考えるよりも先にその場に沿ったことを言う、嘘つきな自分がいつものように適当なことを言うだろうと思っていた。

 でもなぜか、この時は自然と『本当』が出てきた。

 

 

「誰かを愛してみたいから」

「え?」

「嘘でも愛してるっていえば、それが本当になるとなると思ったから…………なんてね」

 

 

 そう言って誤魔化すように席を離れると、彼が私の腕を掴んできた。その目の中に薄暗く輝いてる星は揺らいでいた。

 

 

「僕と、一緒です」

 

 

 そう語った彼の一生は私とはまるで正反対で、それでいて凄惨なものだった。

 彼の母親は、彼のことをそれはそれは溺愛していた。とある財閥と深い関係で、お金も権力も潤沢にあったという。父親が彼の生まれる前に他界したことも影響しているかもしれない。

 美味しい食事を与えられ、綺麗な服を着せてもらって、好きなものを与えて温かいベッドで子守唄を聞かせながら寝かせていた。全部全部、私が体験出来なかったもの。

 何か欲しいと言った次の瞬間にはそれが用意されていて、何もかもが思い通りだったという。芸能界入りのきっかけも、なんとなくやりたかったからという理由で入ることが決まり、その舞台もすぐ用意されたんだって。

 その愛情はとどまることを知らず、まるで真綿で首を絞めるかのように、溺れるほどの愛を彼に惜しみなく与えていた。たったそれだけなら、私も羨ましいっていう感想で済んだのかな。

 

 

 普通ならそれで天狗にでもなりながら成長してそうなものだけど、そうならなかった、彼が正気に戻ることができた瞬間があった。

 いつものように母親と帰っている最中、ふと公園で遊んでいた子供達のサッカーボールが目に止まり、ただ無邪気に「あれがほしい」と口に出た。

 その次の瞬間、母親は笑顔で「いいわよ」といい、彼らからボールを奪って渡して来た。まるでそれが当たり前かのように。後ろで泣いている子供達のことがまるで存在していないかのように。

 その瞬間、彼はこれ以上ないほどの恐怖を感じ、すぐさま「いらない」と言って子供達に返し、その場を去った。母親は終始にこやかな笑顔を浮かべ、ボールを返した時は不思議そうな表情を浮かべていたという。

 

 その時から、彼の我儘はなりを潜めた。芸能界は良くも悪くも大人達の集まりで、厳しい世界だったからこそ彼にとって救いになったのかもしれない。

 そこで過ごしているうちに自分の起用が実力ではなく母親の圧力だったこと、初めてのオーデションもほぼ八百長だったこと、自分への賛辞のほとんどが母親へのごますりだったこと……芸能界の闇に気づいた彼は、齢5歳にして、大人にならざるをえなかった。

 そこから彼は自分の力でも生きられるようになるべく、様々なことを試すようになった。演技力やコミュ力はもちろん、運動能力や家事といった技能も身に着けていった。それに危惧したのは母親で、自分から離れると感じた彼女は彼を縛りつけるようにさらに愛と言う名の呪縛を彼に課した。

 成長した彼も無抵抗でやられるわけではないので、初めて母親へ反抗した。

 

 

『僕をこれ以上甘やかさないで!』

『…………そう、それなら仕方ないわね』

 

 

 分かってくれた!そう思った次の瞬間目が覚めたら、彼の腕と足には枷がついていた。

 暗く薄暗い部屋で、愛の言葉と一緒にご飯を与えられる毎日。その甘ったれた狂った愛情に、思わず吐きそうだったという。『これはあなたの為なのよ』まるで洗脳のように幾度となく繰り返し囁かれたらしい。

 実際に吐いたこともあるらしいけど、心配という名の愛に晒されただけだったので、それ以降はご飯を口にしなかったり、吐きそうになっても飲み込んでいた、そんな日々を過ごしていたと言う。

 異常に気づいた当時の社長が警察に届け、家宅捜索が入るまでそれは続いていた。近親相姦の一歩手前の段階で救出され、問答無用でその身柄を確保したらしい。

 流石の財閥も芸能界にたった二人のために喧嘩を売るわけもなく彼の元母親はお縄につき、彼も保護された。

 後の健康診断で分かったことだが、彼は本来違う家庭の子で、子供が出来る前に夫が他界してしまい、病院でたまたま見つけた生まれたばかりの彼を母親が誘拐して育てていたらしい。今までの健康診断はお金に物を言わせて隠ぺいしていたらしい。それらの事実も浮き彫りになったんだって。

 本当は社長(自分を助けてくれた人)の弟だったらしく、何か兄弟愛のようなものが働いたのかもしれないと、目の前の彼はまるで他人事のように話していた。私はその姿を見て、初めて人と話してて愛想笑いが出なかった。

 

 私と同じで一見普通に見えるけど、その実どうしようもなく歪んでいて、自分を嘘で塗り固めているんだろう。多分そうしないと、彼はとっくのとうに狂っていたのだろう。もしかしたらそのまま命を絶っていてもおかしくないくらいには壮絶な過去だったのだろう。

 この話が嘘で、私の気を引くための作り話ならどんなによかったか。嘘つきな私は、彼の話が本当だということが嫌が応にも分かってしまった。

 今も子役として芸能界に関わっているのは兄への恩返しのためのお金集めともう一つ、偏愛でしか愛されなかった自分でも『愛』を知りたかったからだという。実際芸能界に入った時の評価は母親ありきの物だったので実際の自分を評価してもらうため、という目的もあるらしいけど。

 実際今も天才子役として活躍しているのだから、彼は名実ともに天才子役になったのだろう。あの時の経験も無駄じゃなかったですと言った彼の目には、確かに目の中に黒い星が浮かんでいた。

 別にどっちが不幸か勝負なんてするつもりは毛頭ないけど、彼の話は確かに私の心を揺さぶって、彼の目が私の目に映った。その時、初めて彼という存在を認識したと思う。

 

 それからというものの、ついつい彼のことを目で追ってしまっていた。ふとした時に話すと、やっぱり私達は似たもの同士で会話も弾んでいた。私の事情も話したり、一緒にご飯も食べたり、どうすれば『愛』を知れるのか作戦会議みたいなこともしたっけ。

 気づいたら彼のことを考えていて、なんか彼と他の人が話しているのを見てるとモヤモヤして、とにかく心が落ち着かなかった。本人に直接聞いて見ると、顔を真っ赤にしながらそれを教えてくれた。 ふ〜ん?これが『恋』っていうのか……。これが……そっか……えへへ、これが恋なのかぁ……!

 それから私は彼に積極的にアピールをした!だってこれが恋なら、誰かを愛せる機会なら逃すわけにはいかない!

 もちろん彼の事情が事情なので一線は弁えつつもガンガン押せ押せで過ごしているうちに気づいたら恋人になってて、お互いの好きなところを見つけあって、いつの間にかアクアとルビーが生まれた。正直彼の境遇から考えて一番しちゃいけないことをしちゃったと今でも思っているけど、二人を産んだこと自体は後悔していないしそれでも許してくれた彼には本当頭が上がらない。だから一生かけてこの三人を幸せにするって、あの日私は誓ったんだ。

 

 

 …………でも私はまだ「愛してる」の言葉を出したことがない。そして、ダイくんからも聞いたことはない。

 これが好きで、恋なのはなんとなくわかる。でも『愛』なのかは、ちょっと分からない。どっちかっていうと、『依存』とか『同族意識』とか、そっちの方が近いのかも。

 ううん、多分口にするのが怖いんだ。もしその言葉を言った時それが嘘だと気づいてしまったら、これが『愛』じゃなかったら、多分私達は離れ離れになってしまうだろう。

 だって私達はアイドルで子役で、こんな関係は本当はダメで、それでもそれぞれ『愛』を確かめるために生きている。それが違うのなら、これ以上一緒にいる意味がなくなってしまう。アクアとルビーとも離れ離れになってしまう予感がある。そうなるのは、本当に怖い。

 

 だから今日もひた隠す。嘘をつく。騙し通す。この感情が、本物の愛になることを信じて。そんな時が来ると信じて。

 …………もしその代償が訪れるとしても。

 

 

 

 

 

 今日はドーム公演当日、私と子供達は新居で社長達が来るまで待機することになっていた。

 ダイくんは今まだお仕事らしく早朝に出かけていった。なんとかドーム公演を生で見るべく溜まっている追い込みしているんだって。そう言ってくれたことを思い出して、ついついにやけてしまう。

 

 

「アイ、ニヤニヤしてるよ」

「えっ?う〜ん、本番まで戻るかな〜」

 

 

 アクアからの指摘を受けて頬をむにむにしても、口角はまだちょっと上がったままだ。自然な笑顔ができるようになったのはいいけど、こういう弊害があるのはちょっと考えものだ。こんな顔でも私は可愛いけど、ダイくんやファン達にだらしないって思われたらど〜しよ〜?

 

 そんな時、ふいにピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。

 

 

「社長達かな?はーい」

 

 

 アクアと寝ているルビーを残して、玄関に向かう。

 心のどこかで胸騒ぎがするも、ドーム公演への緊張とワクワクで、私はそれに気づかなかった。

 そして、玄関を開けると──

 

 

目の前いっぱいの花束が視界を埋め尽くした。




次回で完結です
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