僕の人生は、ただの玩具にすぎなかった。いや、あの人の愛情を注ぐだけのコップって言った方が正しいかな。
それが受け止めきれなくて壊れたものだから、表に出さずに修理しようとしたのだろう。
「ああ私達の
そんなことを毎日毎日聞かされて、僕もだんだん狂っていたのだろう。いや、もしかしたら元々だったかもしれない。
あの人の狂言を聞いてよくしゃべるなあとか、監禁されて躾と称して泣きながらご飯を抜いてくるのも不器用だなあとしか思えなかった。
それでも身体の方はだんだん限界を迎えて、体は痩せ細り毎日のように嘔吐して生きる気力もだんだんなくなってきて、そんな僕を見たあの人はとうとう発狂してついに親子としての一線を越えようとしたところで助けが来た。
それが僕が聞いた、最後の母親の言葉だった。
確かにあの人は、僕のことを愛してくれたと思う。だって結局は僕とあの人は血の繋がらない他人だったわけで、それなのにあんな大金を使えるのはどうしたって愛があったんだろう。
だからって連れ去られるあの人をどうこうする気は全く起きなかったし、今も減刑してあげようという気持ちは全くない。でも、もっと苦しめとか、報いをうけろだなんて思ってもいない。ただただあの人に対しては無感情なんだ。曲がりなりにもあそこまでした人に特に心を動かさないなんて、やっぱり僕はどこか欠けている人間なんだなと思う。
それから僕は色々なケアをされながら壱護さん、兄さんの世話になった。僕の本当の両親が死に、その遺言で僕のことを知って今まで探していたらしい。
ただ兄さんも当時は大学生で自分も夢を叶えるために色々奔走していた時期でもあったので、そんな時に僕が来て申し訳なさでいっぱいだった。兄さんは疲労なんか微塵も見せなかったけどね。
流石にお世話されっぱなしはまずいと思って、まず家事を色々手伝ってみた。掃除から始まり、料理とか洗濯とか、やったことはないけれどこの体の覚えは非常に良いので習得するのはとても速かった。
僕は今までお世話される側で人のお世話をしたことなんかなかった。それがすごい新鮮で、僕の心を確かに慰めてくれたのだ。兄さんは「絵面がまずい……」とか言って頭抱えていたけど。結局は僕のやりたいことを止めはしなかった。多分あからさまに心配されたら
またある程度回復した時期くらいで兄さんの夢を知って、僕はまた芸能界に復帰することに決めた。兄さんはとても真剣に聞いてくれて、色んなメリットデメリットを上げて検討してくれたけど、決して頭ごなしに否定はしなかった。
多分兄さんの負担となっているからせめて金銭的な援助のため、なんて理由なら有無を言わせず反対しただろう。「そんなこと年下にさせられるか」とか、プライド面を全面に出しながら僕を丸め込んだのかもしれない。それでも兄さんが許可を出したのは、明言はしていないけど僕自身やりたいことがあると感じ取ったのだろう。
僕の夢は、誰かを愛してみたい、ただそれだけだ。
アイさんには『愛』が知りたいと言ったけど、実はちょっと違う。むしろ僕は『愛』を知りすぎてしまった。あの人に愛されすぎたせいで、普通の感情はあるのにこと愛することに関しては分からなくなってしまったのだ。
この芸能界は色んな『愛』が渦巻いている。芸能人同士で『愛』が成立することもあれば、『愛』のせいで人生が絶たれることだってある。そんな多種多様な『愛』を間近で見れるからこそ、僕は芸能界へ帰ってきたのだ。
不幸中の幸いともいうべきか、あの人といた経験は子役をする時には非常に有用だった。愛を注がれすぎたが故にどうすれば愛されるのか体が覚えているので、どうすれば人に愛されるように、魅力的に見てもらえるかなんて僕にとっては日常茶飯事の行動だった。
芸能界の『愛』は濃いようで薄い。たまに気持ち悪くなるほどの愛を僕に向けてくる人もいたけどそういうのは上手く立ち回って遠くに置いたし、ほとんどが打算的な関係で僕に近寄ってきたので、むしろそういう存在の方がありがたかった。後々聞いた話だけど、兄さんも兄さんで弱小プロの社長なりに危ない輩は遠ざけてくれていたこともあって、順調に僕の名声はどんどん轟いていった。
しかし、実際に『愛』するというのは思ったより難しく、周りに聞いたところ恩人とはいえこの年齢で全ての家事をお世話をするのはやはり『おかしい』という。実際兄さんが結婚するまではお仕事しながらも全て家事をしていたし、今も稼ぎのほとんどを兄さんに渡している。直接言ったら絶対受け取ってもらえないので、まだ小学生だから大金は受け取ってほしいとか、芸能界で培ったコミュ力を駆使してありとあらゆる手段でお金を渡している。今のところ渡せなかったことはない。
そんなことをしているのだから、確かに僕は兄さんのことを『愛している』はずだ。でなければここまで心を砕くことなんてしない。色々調べてみると、僕には未だにあの人の呪縛がかかっていた。
僕が送る愛は際限がなくなってしまっており、いわゆる『重い』のだという。それもとてつもなく。確かに新婚祝いに新居を贈るのはやりすぎだったと思う。ちなみに僕一人じゃ広すぎるという理由で二人に住んでもらい、僕の家と言う名目ではあるけどほとんど帰らずに二人に明け渡している。そんな理由もありミヤコさんとはじめて顔合わせをしたのはアイさんとの子供ができたからだったりする。
ともかく、自分があの人と同じことをしてしまうかもしれないと気づいた僕は、なぜかこの『愛』の重さを変えられるとは思えなく、むしろ一生誰かをちゃんと愛することなんて出来ないと思ってしまった。
だからこそ、普通の『愛』をしてみたくなった。 アイさんは愛を知らないからこそ愛に憧れ、僕は愛を知っているからこそ愛に焦がれた。結論は同じだけれど、その実情はかなり違う。
そんな僕らだからこそ、アイさんが僕に恋したと気づいた時、本当に驚いたのだ。僕が小学生だからでも、アイさんがアイドルだからでもない。僕らは同類で、愛することも出来なければ恋することも出来ない人種だと思っていたから。
そもそもアイさんに声をかけたことだって、兄さんが連れてきた人を見極めるためでもあった。他のB小町の人達にもアイさんと似たような話をしたし……ただ、あそこまできちんと過去を話したのはアイさんだけだった。それがなぜなのか、当時は分からなかったけど。
そんな彼女が恋をしたというのは、その対象が僕であっても、なんだか裏切られた気分で、むしゃくしゃしてて、嫉妬をしてしまった。とは言ってもそれを表には出していないけど。
でもそれは無関心よりよっぽど関係が進む契機となり、彼女からのアプローチを受けているうちになぜか彼女に惹かれていった。彼女のあけすけな感情を、好きというものをぶつけられたことで、僕はどうもおかしくなってしまったらしい。もしくは、あの人に歪められた僕をもとに戻してくれたのかも。
僕は「愛している」がいえない。それは僕にとっての呪いの言葉だからだ。でも、「好き」くらいなら、なんとか言える気がした。アイさんなら、僕の『愛』を受け止めてもらえる気がした。
それから僕達は恋人という関係になった。色んな話をして、お忍びで色んなスポットを回って、お互いがお互いにバレちゃまずい関係ではあったけど、アイさんは「むしろ燃える!」と言って……確かに僕らの間に『愛』はあったんだと思う。
そしていつの間にか体を重ねて、妊娠が発覚して初めてアイさんからの好意は気持ち悪くないと気づいた。遅すぎるくらいだなって自嘲したのも今となっては懐かしい思い出だ。
日に日にアイさんのお腹が大きくなるにつれだんだんとアイさんへの『愛』が増してきて、アクアとルビーが産まれたときも二人にアイさんと同じくらい愛情を注げると直感的に理解できた。そこでようやく、僕はアイさんと産まれてきた子供達を愛することができるようになった、『愛』を知ることが出来たと思えた。
…………だからこそ、「愛している」と、実際に言葉にするのが怖い。
僕の愛はあの人の呪縛にまだ囚われている。本当に口にしてしまったら、何よりも大切な家族に僕もあの人と同じことをしそうで、その愛で家族を押しつぶしそうで、僕は言葉を紡げない。どうしたって喉奥に言葉がつっかえてしまう。
だから僕は──
「せめて行動で、僕の思う最高に素敵なプレゼントをしようと思いました」
「…………」
「すみません、僕の方も忙しくて、渡すとなると今日しかなかったんです」
「…………」
「友人達にも相談して何が一番いいか考えて、ハートの風船を渡すとか、夜景の見えるレストランでプロポーズとか色々考えたんですけど、こういうベタでサプライズみたいなものが一番アイさんの好みなのかなって」
「…………」
「とはいっても時間が中々取れなくて、こんな大事な日に渡すことになってすみません……でも、なるべく早く伝えないとアイさんに先越されそうな気がしたので
「…………」
「これが僕の気持ちです…………まいったな、泣かせるつもりじゃなかったんですけどね」
「……っ!」
アイさんが思い切り抱きついてきた。わずかな震えを感じて、僕も抱きしめる。頭にかかる涙の感触を感じて、やっぱり赤い薔薇108本の花束は失敗だったかな……?これ受け取るにも中々勇気いるよね。準備段階で気づけばよかったかな……。
「私っ……!私っ……!」
「あー、やっぱり何か間違えちゃいました……?すみません、また日を改めて……」
「違う!違うの!私っ……!嬉しくて…………!!」
「…………本当ですか?」
そう言って赤べこのように頷くアイさんがなんだか可笑しくてつい笑ってしまう。
「今日、実は付き合ってから五年たったんですよ?アイさん覚えていました?」
「ううん!気づかなかった!だって、毎日幸せだったから……!」
「んふふ、そうですか。それは嬉しいなあ…………」
別に僕はただ花束を渡すためだけに来たわけじゃない。僕はアイさんに伝えたいことがある。
「アイさん……僕はまだ高校生で、アイさんはアイドルです。でも、アイさんを誰にも渡したくありません。今後、どんな人が現れても」
法律的にも世論的にも、僕達の関係を許しはしないだろう。こんな口約束、反故にすることなんてとても簡単だ。
ただ、僕はアイさんと確かな関係性が欲しい。確固たる結びつきが欲しい。言葉にできなくとも『愛している』と思われたい。思ってほしい。これが今の僕にできる最大の愛情表現だ。
辺りが沈黙を包む。抱きしめられていることもあって、アイさんの顔を上手く見れない。
少しして、突然アイさんが僕と離れる。そのぬくもりが消えて体が一瞬で冷えて、その意味を理解し絶望した途端、アイさんの顔が近づいてきて──
「ねえ!離して!見えないんだけど!」
「来るなルビー、お前にはまだ早い」
「うっさい子供扱いすんな!(バシィ!」
「ぐっ!?頭は脳震盪の可能性が……ガクッ」
「わ、わああぁぁ…………!あ、あんなところまで…………!」
⭐︎⭐︎No side⭐︎⭐︎
ドーム公演後…………
「ねぇ今日のアイめっちゃヤバくなかった!?」「ああめっちゃヤバかった!あんな笑顔見たことない!」「やっぱドームだからかな?」「多分!マジでアイが輝いて見えた!!」「キラキラしてたよね!?まるで星が輝いているみたい!」「バカ、アイは俺らの一等星だって知ってただろ!」「お前泣きながら言っても説得力ねぇぞ」「うるせぇ!ああ、本当この時代に生まれてきてよかった……!」
ファンが様々な盛り上がりを見せながら帰る最中、アイと金剛は個室でその様子を見ていた。B小町の面々とは一度別れ、アクアとルビーがいる部屋で改めて感傷に浸っていた。アクアとルビーも大興奮だったが、ライブで盛り上がりすぎて疲れて寝てしまっている。
「今日、今までで一番良かったですよ」
「うん、私もそう思った。だって〜、あんなことあったんだもん」
「うっ……恥ずかしいのでやめてください……」
「何で〜?かっこよかったよ〜?」
うりうりぃ〜♪と金剛を弄るアイは、まさしく今日の主役で、誰よりも輝いていた存在だった。金剛もやったことに悔いはなかったが、様々な準備不足による即興のテンションでしたプロポーズだったので、もう少しかっこよくできたんじゃないかと自己反省していた。
そして、ある程度ファンたちの様子を見た後、アイがなんとなく持ってきていたビデオカメラを持ち出す。
「…………動画、録る?」
「……そうですね。社長達ももう少し運営の片付けで忙しそうですし」
『あ、あー、撮れてるかなー?うん、こういうのも残しておくのもいいかもって、ダイくんが提案したの』
『今日はアイさんの初のドーム公演の日に撮ったものだよ。二人が赤ん坊の頃からたくさん撮っているので、大人になったらこれ見ながら一緒にお酒でも飲もうね。まだ僕お酒飲めないけど』
『その時になったら、私ももう引退してるかなー?あっ、でもルビーはアイドルやってそうだし、親子共演とかしたいからそれまでは続けよーっと』
『アクアは役者かな?いや、頭が良いから医者とかもいいと思う』
『うんうん。それもいいねえ……何にせよ、元気に育っていてね』
『親の願いとしてはそれだけだよ。元気なら、どんな人生を歩んでいようと、僕たちはあなたたちを応援する』
未来の二人に向けて言いたいことを言った二人は、一息ついてお互いに寄り合い合う。
「んふふ……そんなの願わなくても、ちゃんと育ってくれそう。本当にもう、可愛く寝ちゃって♡」
「そうですね……アイさんが妊娠したと言われたときはどうなることかと思いましたけどね」
「うっ、その節は大変申し訳なく……」
「いつまで引きずっているんですか……今こんなに幸せなら、むしろお礼を言いたいくらいです。ありがとう、アイさん」
「そっか……よかったぁ…………」
「ねえダイくん」
「なんですか?」
「……!」
「あぁ、やっと言えた……ごめんね、子供できて、プロポーズの後に、こんなの、順序おかしいよね……!でも、この言葉は絶対、絶対嘘じゃない……!嘘じゃないよ……!」
「…………本当は、僕から言いたかったんですけどね」
「あー!何回見てもこの時のママとパパ超キュンキュンするー!なんで本当私この時起きてなかったんだろー!?」
「る、ルビー、その辺でやめにしない?ほら、美味しいご飯あるよー?」
「じゃあそれ食べながらもっと見る!お兄ちゃんもう一回巻き戻して!!」
「まかせろ」
「アクアもうやめて!これで何回目!?ってかちょっとダイくん!なんでカメラ止めなかったの!?なんでここ編集してないの!?」
「安心しろ母さん、ありとあらゆるところにバックアップはとってるからいつでも再生可能だ」
「どこに安心しろと!?」
「というかママもパパも全然変わんないねー!まだアイドルとか出来るんじゃない?」
「え、えー?いやいや、アイドルになった目的も達成、お金も一生分稼いだし、ルビーと親子共演もした!もう未練はないよ〜」
「僕も今教師していて充実しているからいいかな。芸能人ばかりだから僕の経験も十分役に立つし。なにより一番手のかかった生徒に比べれば、みんないい子で助かっているよ」
「そ、そうなんだー!あ、あー!みてみて!パパがママの肩に寄りかかった!私ぃ〜!世界一尊い光景見逃してるぞー!!起きろー!!」
「うん、推しを肴にして飲む酒がうまい」
「あー!私もこんな恋してみたいー!!」
「「「ルビーにはまだ早い」」」
「口を揃えて何なの!?私もう二十歳なんだけどー!?」
そんな幸せな声が家中に響く。この平穏がいつまでも続くようにと、神様に届くように。
「ルビー姉うるさい」
「あー、起こしちゃった?ごめんねぇ」
「何見てたの?お父さんとお母さんの動画?」
「あ、そうそう!
「別にいい。明日斉藤と遊びに行く予定だし……アクア兄、牛乳ある?」
「はいこれ。飲んだら寝ろよ」
「…………アイさん、なんで笑っているんです?」
「そういうダイくんだって笑顔じゃん!んふふ、いやあなんだか、すっごく愛おしいなあって!」
彼ら一家の人生はむしろこれからだ。しかし、いつか苦難に当たる日が来ようともこの家族なら乗り越えられるだろうと、アイ達はそう確信したのだった。
これにて本編は一旦完結です。処女作なのでいくつもいたらぬ点はあったと思いますが、これまでのご愛読ありがとうございました。
アニメの第一話で衝撃を受け、書きたいところは書けたのかと思います。これ以降は、原作軸でのお話ややまだ書き足りていない部分を描く番外編となります。
改めて、多くの閲覧、評価、ご感想、誤字修正など本当にありがとうございました。