「あ……」
「外れ。もっとよく狙って」
海に出て最初の訓練は射撃訓練。海に浮かんだ慓的を射抜いていく、普段の訓練でもやっている標準的なメニューだ。しかし長良さんの特訓では少し違っていた。
「全部一発で命中なんて無理ですよ!」
「的は動かないんだからそれくらいできるようになる!」
長良さんの特訓では全ての標的に一発で命中させることだった。
「そう言う長良さんはできるんですか?」「できるよ」
そう言って長良さんが的に背を向けえび反りになり、頭を海面ギリギリの位置で止めて艤装の引き金を引く。
「ほら、こんな姿勢だって当てられるよ」
長良さんの砲撃が撃ち漏らしなく標的に着弾していく。
「動きをつけたっていい」
長良さんが姿勢を変えず左右にグイングインと滑りつつ長良さんの砲撃を繰り返す。見ようによっては凄く間抜けな光景に見えなくもないのに撃ち漏らしなく標的に着弾させる。
「うわぁ〜……気持ちわる〜い……」
そんな長良さんの姿を見た率直な感想がそれだった。
「いったい……」
「…………」
ちょっと不機嫌そうな顔をしている長良さんの横で長良さんに叩かれた頭を抑える。
「とにかく! 最初に言った通り一発で全部命中させること! 変える気は無いから!」
「ひ〜ん……」
時間を使った割には頭を殴られただけの結果に終わった。
「あ……!」
また外れ。しかも今までより早い段階で。もうすぐ日が落ちそうだっていうのに未だに目標達成できないことに苛立ちが募る。
「阿賀野集中」
「……してますよ」
そんな中長良さんが発した言葉に苛立ちつつも何とか抑えて言葉を返し、再び標的を撃ち始めるがまたも早い段階で失敗してしまう。
「阿賀野集中!」
「だから! してますって……!」
責めるような長良さんの口調に思わず声を荒げて長良さんを睨むと長良さんがグイッとそれこそ後一歩でキスが出来そうな距離まで顔を近づけて来る。
「阿賀野。集中。阿賀野はとっくにこれくらい出来るようになってるよ。なのに上手くいかないのは阿賀野が余計なことを考えて思考が乱れてるから。『的に当てる』これだけを考えてもう一度やってみて」
「…………」
「……余計な思考を削ぎ落としてその分を身体に回す。大丈夫、技量が足りてれば後は身体が勝手に動いてくれる」
いきなり距離を詰められてからの予想外のまともなアドバイスによる困惑で怒りが行き場を失ってしまう。
ここは長良さんの言う通りにしよう。今は長良さんに怒りをぶつけるよりさっさとこれを終わらせる方が先決だ。
「……分かりました」
そう言って癪だけど長良さんの言う通りにやってみる。『的に当てる』これだけを考えて艤装の引き金を引いていく。
「…………!」
すると今までの苦戦が嘘のようにスルスルと標的に着弾していき、今までよりずっと短い時間で目標達成してしまった。
「ほら、できたでしょ? その感覚忘れないで」
「…………」
「大丈夫。阿賀野は筋いいよ」
「…………!」
長良さんが相変わらず呑気な声色でそう言ってきたがさっきと違って怒りは少しもない。それどころか頭の中で長良さんの言葉を反芻してしまう。おかしいな、疲れのせい?
「じゃあ次は演習やろっか!」
「……え?」
だがその反芻も長良さんの次の言葉で霧散する。
「もう夜ですよ……」
「じゃあ夜戦だね。早くやるよ、さっきの感覚を忘れないうちに! 今度は動く標的にも当てられるようにならないと!」
「はぁ……」
太陽の代わりに月明かりが照らす海の上で夜の演習が始まろうとしていた。
私は長良さんに反撃の隙を与えないように休みなく雷撃と砲撃を浴びせる。そのおかげか、さっきから長良さんは回避に集中して攻撃をしてこない。
(今だ!)
砲撃を避けている長良さんの軌道上に雷撃を放つ、放たれた魚雷はまるで吸い込まれる様に長良さんに向かっていく。そして、長良さんの元にたどり着いた魚雷が炸裂、轟音と共に激しい水柱を立てる。なんてことはなく、そのまま通り過ぎて行く。
(どうなってんのよこの人……)
躱された。さっきからずっとこうだ。私は長良さんを沈めるくらいの勢いで攻撃をしているのにまったく長良さんを捕らえることが出来ず、いたずらに弾薬と燃料を消費していくだけで長良さんにかすり傷を付けることも出来ない
(どうなってるのよこの人〜〜〜!!)
その事実が焦りと苛立ちを募らせ、いつの間にか攻撃が単調になっていた。
「うわっ!?」
阿賀野の目の前で轟音と共に水柱が上がる。それが収まるとずっと下げていた主砲を構えた長良さんが見えた。とうとう攻撃に転じて来た。そう思い長良さんに砲身を向ける。
「……あれ?」
そんな阿賀野とは対照的に長良さんは再び主砲を下ろし、再び走り出す。長良さんの不可解な行動に首を傾げそうになる。
「……あ!」
だが直前で、恐らくだが長良さんの行動の意味が分かる。阿賀野は再び主砲を構え直すと長良さんを見据える。すると長良さんがそれに呼応するようにスピードを上げる。
「…………」
『長良さんに当てる』頭の中でそれだけを考える。余計な思考を削ぎ落としてその分のリソースを身体に回す。技量が足りていれば、後は身体が勝手に動いてくれる。
(……今だ!)
主砲の引き金を引くと、回避行動を取っていた長良さんが爆炎に包まれる。命中した。今までの空振りが嘘のようにあっさりと。
「やった……!」
思わず小さくガッツポーズをしていると爆炎が晴れ、長良さんが見える。そう思った次の瞬間、主砲を構え、弾き出された様な速さで長良さんが肉薄してきた。
「阿賀野、大丈夫? 立てる?」
「立てません……」
「手貸すよ」
「ありがとう……ございます……」
長良さんの手に捕まって何とか起き上がる。演習は私の大敗で終わった。回避から攻撃に転じた長良さんにも私はまるでついていけず、苦し紛れの反撃も全て空振り。最後にはそれすら許されない一方的な攻撃を受け続け、耐えきれずに倒れた私はさっきまで仰向けで月を見上げていた。
「今日はこれで全部終わり、帰ろっか」
「はい……」
何とか返事を絞り出すと、長良さんは私に肩を貸してゆっくりと鎮守府に向かって歩き出した。
「やっぱり阿賀野筋良いね。もっと時間かかると思ってたから」
「あそこまでやられた後でそんなこと言われても……」
「本気でやんなきゃ意味無いでしょ」
「それは……そうかもしれませんけど……」
こんなのが後二ヶ月も続くと思うだけで憂鬱になってくる。
「それじゃあまた明日、よろしくお願いします」
入渠を済ませて軽巡寮に戻った私は長良さんにそう言って別れを告げると、疲れを癒すため自分の部屋に戻り、布団に潜り込んで眠りに落ちる筈だった。
「うわっ!! うわぁ〜〜〜〜!!!!」
夜の軽巡寮、長良さんの部屋の前で阿賀野の叫び声がこだまする。
次の瞬間、阿賀野は走り出していた。猛スピードで長良さんの隣にいる矢矧の元へ戻ると胸ぐらを掴んで抗議する。
「ちょっともう! 本当もう!! なにすんの!? 勝手にこんなことして良いと思ってるの !!」
「……ごめんなさい、私も少し非常識だと思ったの、でもこの機会を逃すと次はないと思ったから徹底的にやろうって……」
「戻してよ!!」
「今日はもう遅いし……」
だが矢矧からは渋い反応が返ってくる。
「ごめんね阿賀野、今日はもう遅いしこっちで我慢して?」
「ほら阿賀野姉、長良さんもそう言ってるし」
「ひい〜〜〜!!!」
そして今現在、阿賀野は『長良さんの部屋』で矢矧が持ってきた布団に私はくるまっている。
「はぁ〜……」
まさか矢矧がここまでやってくるとは思わなかった。一緒に特訓してもらうって言ってたけど、まさか部屋まで一緒にされるなんて、それに阿賀野の部屋勝手にいじり回して、布団から私物まで勝手に移動されて、もう訳分かんない。
「長良さ〜ん……起きてます?」
「…………」
「長良さん?」
「…………」
「寝てる……」
何より、長良さんがこの条件にOKを出したこともにわかに信じられなかった。
「何で今更……」
そう呟いて私は眠りに就いた。こうして、突如始まった私の長良さんとの特訓生活、その1日目が終わった。