最新鋭と旧式   作:カンキツf

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最新鋭と旧式④

 

 肉体的にも精神的にも辛い長良さんとの特訓だけど、唯一癒しと呼べる時間があった。

 

「食べなよ」

「へ?」

「もっと食べなって。力出ないよ」

 

 それは食事の時間。長良さんにスケジュール管理され、自由な時間が殆ど無い中で食事だけは制限は殆ど無かった。

 

「……良いんですか?」

「良いよ」

「食事制限とか……しないんですか……?」

「しないよ。どうせ摂取カロリーより消費カロリーの方が大きくなるんだから」

「お〜……」

「……それともやって欲しいの?」

「いえ、遠慮します……」

 

 初日の朝食が卵だけなのも相まって、毎日毎食高タンパク低カロリーなものしか食べさせてくれないのかと思ったら案外好きに食べさせてくれるらしい。

 

(長良さんがそう言うなら……お言葉に甘えて……)

 

 だから私はストレス発散もかねて食事の時間はお腹いっぱい好きな物を食べた。そして走った。そして吐いた。そんなサイクルを何回か繰り返して、走っても吐かない程度の量しか食べなくなっていた。……ひょっとしてここまで計算に入れて食事制限しなかったとか……? いや……流石にそこまで考えてはいな……でもあらかじめ能代を遠ざけるように根回ししたりしてるし考えててもおかしくは……うーん分からなくなってきた……。

 

 

 

「食べる?」

「え?」

 

 演習終了後、鎮守府に戻り、艤装を外した私に長良さんが紙皿を差し出す。紙皿の上には餡子の塊と黒文字が置いてあった。

 

「……いらない?」

「あ……いえ……いただきます……」

 

 長良さんのその行動にさまざまな疑問が浮かぶが、取り敢えず何も言わずに受け取っておく。長良さんの方へ視線を向けると、手を突き出して『どうぞ』とジェスチャーをするので黒文字を手に取り、餡の塊を切り取ると、中の真っ白なもち米が姿を現す。おはぎだ。そう思いつつ切り分けた部分を口の中に運んでいく。

 

「どう?」

「……美味しいです」

「なら良かった」

 

 そう言ってニコリと笑う長良さんを見て、なんだか安心したような気分になり、後回しにしていた疑問を口に出す。

 

「でもいきなりおはぎなんてどうして……」

「おやつ。駆逐艦達の。今回の特訓のためにある程度スケジュール合わせてもらってるしね」

「へ〜……」

 

 周囲を見渡すと、さっきまで一緒に演習をしてた十駆と十七駆の子達が私と同様に、おはぎを食べて談笑している光景が見えた。

 

「だけど、こんなに買うと結構な値段したんじゃないですか?」

「買ってないよ。長良が作ったの」

「え!? 長良さん作ったんですか!?」

「そうだよ」

 

 改めて手元のおはぎを見やる。高タンパクな食べ物以外は興味無さそうな長良さんが……これを……。

 

「なるほど……でも私だって妹達におにぎりとか割と作るからご飯丸めるのは得意ですよ!」

「急にどうしたの……」

「あとエビ抜きのチャーハンとかも作れますからね!」

「エビ嫌いなの?」

 

 長良さんの料理事情とおはぎの美味しさに私は長女としての対抗意識を刺激されていた。

 

「だけどこんなに量作るの大変だったんじゃないですか?」

「6人姉妹の長女を舐めないで欲しいね!」

 

 得意気な顔でそう言い放つ長良さん。昔から妹さん達に作ってあげてるんだ……意外……。

 

「それにケーキとかよりマシだしね」

「え、長良さんケーキ作れるんですか?」

「うん、チョコケーキ」

「え!?長良さんチョコケーキ作れるんですか!?」

「作れるよ〜、これ言うとよく驚かれるけどね」

「うわぁ〜〜〜!!!」

「そんなに驚かれたことは無いかな……」

「私の……負けです……」

「やったー勝ったー。さっきからなんなのこれ……」

 

  長良さんがチョコケーキを作れるという事実に何故か敗北感を覚えた。

 

「磯風が料理の練習してるから、食べるの手伝って」

 

 その日の夜。全ての特訓が終了し、後は明日に備えて眠るだけといった時に長良さんがそんなことを切り出した。おはぎと同じでスケジュールを合わせてもらったお礼に付き合ってあげているみたいだ。

 磯風ちゃんの料理はちょっと難ありってことで有名だけど、私の特訓に付き合ってもらってるお礼もあるし、磯風ちゃんの料理がどんなのかも気になるのもあって、私は二つ返事で長良さんについていくことにした。

 

「あ、矢矧」

「阿賀野姉……」

 

そしてそこにはよく見知った妹の顔があった。

 

「長良さ〜ん、これ何ですか?」

「分かんない、矢矧分かる?」

「分かりません」

「えぇ……」

 

 テーブルの上には味噌だか醤油だか分からない汁の中にうどんやら蕎麦やらパスタやらの麺と乱雑に切られた肉に野菜に漬物? 団子? が入ってるどんぶりが置かれていた。一体何を作っているのか、何を作りたいのか皆目見当つかないが恐る恐る一口食べてみる。

 

「味しない……」

「え、長良のは塩辛いけど……矢矧は?」

「私のは甘いです……」

「…………」

「…………」

「…………」

「とりあえず食べよう! せっかく作ってくれたんだから!」

 

 そう言って長良さんが麺を啜り始める。少しして矢矧がゆっくり口を付け始める。そんな二人の姿を見て私も少しずつ食べ始める。

 

「磯風―――!!! それは牛脂やないーーー!!! 石鹸じゃーーー!!!」

「磯風―――!!! フライパンが! フライパンが! 燃えて近づけないーーー!!!」

「磯風―――!!! 鍋がヤバイ!!! 鍋が光った!!! 今一瞬光った!!!」

「みんな静かにしてくれ!!! 集中出来ない!!!」

 

 しばらく三人共無言で食べ進めていると厨房の方がままならない状況になっているのが分かった。

 

「……様子見てくる」

 

 一足先に完食していた長良さんが厨房に向かって行く。

 

「ねぇ矢矧……」

「何?」

「矢矧も長良さんに頼まれたの?」

「そうよ」

「こういうのよくあるの?」

「まぁね」

「それも全部長良さんの頼み?」

「全部ではないけど、大体そうね」

「ふふっ」

「……何かおかしい?」

 

矢矧が食べる手を止める。

 

「いや、ここ最近矢矧と話してないからさー、どう?そっちの方は?」

「……いつもと変わらないわよ、それより阿賀野姉は真面目にやってるの?」

「もちろんやってるわよー!当然じゃない!」

「まぁ長良さんもいるんだし当然ね」

「……矢矧って長良さんと仲良いよね、普段の訓練や演習も一緒にいること多いし」

「長良さんは水雷戦隊の旗艦としていくつもの海戦を経験してる人だもの、尊敬してるし、後輩として学ばせてもらうことはいっぱいあるわ」

「なるほどね〜……」

 

 矢矧の答えにいつも通りの返事をすると矢矧の目つきがキッと鋭くなり私を責めるような口調で話を続ける。

 

「そもそも阿賀野姉がサボり過ぎなのよ……後輩だっていうのに……」

「え〜……でも〜……」

「十戦隊の旗艦は阿賀野型以外は長良さんしかいないのよ!? 長良さんから習うのが当然でしょ!」

「…………!」

 

 十戦隊。矢矧のその一言で阿賀野に一筋の緊張が走る。艦歴の短い私が、ほぼ唯一と言っていい旗艦経験のある戦隊で、進水して初めて旗艦を務めた十戦隊は、私の中ではちょっとだけ特別な存在。

 十戦隊は空母護衛を目的として創設され、最後は二水戦に吸収される形で解体された戦隊だ。比較的新しく出来た戦隊だから歴代の軽巡の旗艦は上から長良さん、私、矢矧の3隻だけだ。

 妹達と違って、私の前には長良さんしかいない。私が正式に務めた戦隊の旗艦の、軽巡ではただ一人の前任者が長良さん。嫌な話だけどね。

 

「当然って……別にそんな決まりがある訳じゃないし……」

「決まりがあるないじゃなくて、同じ戦隊の先輩なんだから、そっちから学んだ方が良いでしょ。阿賀野姉は十戦隊にいることがほとんどなんだから」

「…………」

 

 艦娘にとって昔の縁っていうのは普通の人よりちょっとだけ重要度が高い。同型艦はもちろん、過去に自分が所属していた部隊、戦隊、作戦で一回だけ顔を合わせたことにだって、艦娘なら皆少なからず帰属意識を持つ。今回は艦の喪失が少ないから部隊の再編なんかの流動が起こらず、より過去の縁に惹かれて固まっていく。それが悪いことだとは全く思わないけど、でもそれを踏まえた上での個人的な好き嫌いや合う合わないは別の話。私は長良さんとソリが合わないし、長良さんのことが苦手……いや、長良さんのことが嫌い。

 

「……別にいーじゃない。私が長良さんから勉強しなくたって。艦隊にはなんの支障もなく今日まで来てるんだから」

「……阿賀野姉だけよ? 姉妹の中で長良さんのこと避けてるの……」

「…………」

 

 阿賀野型はみんな長良さんと大なり小なり縁がある。能代は過去に二水戦のバトンを受け取った縁で、酒匂は旗艦を務めた十一水戦の前任者としての縁で、妹たちは長良さんに好意的だ。特に矢矧は気が合うのか、よく指導してもらってるらしい。それが姉としては面白くない……というか不愉快。

 

「……性格的に合わないの。長良さんと私は……。矢矧も分かるでしょう?」

「それは分かるけど……本当にそれだけ?」

「……それだけよ……それに……長良さんは……もう私のこと……」

「え? 何? 声が小さくてよく聞こえな……」

 

 矢矧がそこまで言った瞬間、厨房の方から何かが爆発したような音が響いてくる。

 

「わっ! 何!? なんの音!?」

「…………」

 

 私と矢矧が思わずそちらの方に顔を向けると、一瞬の静寂の後、長良さんが戻ってくる。

 

「……二人ともごめん。厨房の掃除手伝って……」

 

 戻って来た長良さんは身体中に黄色と白の何かが付着していた。その異様な姿に呆気にとられていると、隣の矢矧が口を開く。

 

「何があったんですか?」

「磯風がゆで卵爆発させちゃってさ……掃除しないといけないから、今日の料理練習は終わり」

 

 爆発の正体はゆで卵だったらしい。それで厨房がぐちゃぐちゃになって今日の料理練習は中止、と。

 

「そういうことでしたか……磯風らしいですね」

「そうだね。でもグリルを燃やしたときよりはマシかな」

「確かに。それはそうですね」

 

 そう言って笑い合う長良さんと矢矧に、磯風ちゃんの料理に対する慣れがひしひしと伝わってくる。

 

「そういう訳で二人とも手伝ってくれる?」

「ええ、もちろん」

「あ、私も手伝います」

 

 席を立ち、長良さんと厨房に向かう矢矧の追うようにして私も席を立つ。

 

「いつもこんな感じ何ですか?」

「まぁね〜。でも磯風も進歩したよね」

「そうですね」

「え?」

「前は何作っても炭になってたからね〜」

「そうですね……」

「へぇ〜……」

「そういえば阿賀野姉、さっき何て言ってたの?」

「え?」

「ほら、さっき声が小さくて聞き取れなかったから」

「……何でもない」

「ん? 阿賀野何か言ってたの?」

「何でもないです!」

 

 二人の問い掛けを半ば切り捨てるようにして厨房に向かった。

 

 

 

 

 

 爆発した卵の掃除をした日から数日後、今日もこの特訓の基礎練かつ、準備運動の早朝ランニングをしていた。

 最初は長良さんについていくのも精一杯だったけど今は大分余裕を持って走れるようになった。

 

「ほーら阿賀野。もっとペース上げる」

「うへぇ〜……」

 

 そして、そんなタイミングを見計らったかのように今日の長良さんは私にやたらとペースアップを要求してくる。

 

「なんでそんなにペースアップさせたがるんですか?」

「最近深海棲艦が怪しい動きをしている……」

「えっ……!」

「……という噂がある……かも?」

「なんですかそれ……」

 

 曖昧過ぎる理由に足がもつれかけるがなんとかバランスを保って走り続ける。そんな私を見て長良さんがクスリと笑う。長良さんのその笑みがなんとなく気に入らなかった私は口を開く。

 

「変な冗談言わないでくださいよ」

「冗談じゃないよ。そんな感じの話を聞いたのは本当だもん」

「そんな感じの話って……噂ですらないじゃないですか……」

「ほら、そういう曖昧な噂や話が本当だったとしても良いように、普段からしっかり鍛えないと!」

「え〜……」

 

 それっぽい理屈で押し通そうとする長良さんに私は眉をひそめる。

 

「それにほら! 改ニの妹達に負けないように阿賀野ももっと頑張らなくちゃ!」

「ッ! そーですね……!」

「……あれ? 阿賀野どうし……」

 

 長良さんの言葉を聞かずに私は一気にペースを上げて走り抜ける。長良さんを置き去りにしたくて。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 どれくらい走っただろう。息が上がり、顎が上向き始めている。ふと周りを見渡すと、無事に振り切れたのか長良さんの姿がどこにもない。安心したのか私は大きく息を吐いて速度を緩めようとした。

 

『妹達に負けないように阿賀野ももっと頑張らなくちゃ!』

 

 すると、頭の中でさっきの長良さんの台詞が再生される。

 

「っ! ふうう……!」

 

 苛立ちを多分に含んだ息を吐いて、緩める筈だった足を私は更に加速させる。心を乱す何かを振り切りたくて。

 

「はあ……!はあ……!はあ……!」

 

 そのまま少し走ると呼吸が更に荒くなり、大口を開けて酸素を取り込み始める。喉の奥では鉄の味が広がり、身体中に汗が滲む。無理な走りをしているせいか、両足に鈍い痛みがじんわりと広がってくる。それでも私は速度を落とさず走り続ける。

 私がこんなことをしている原因はもちろんさっきの長良さんの発言だ。客観的に見てもなんてことはないちょっとした発破かけでしかないし、きっと長良さん以外からの言葉なら私もこんなことはしていない。

 

(ああ……もう……!)

 

 そりゃあ私だって優秀な妹達を見て羨ましいとか、私もあんな風にとか、どうして私はとか、ちょっとした嫉妬みたいなことをたまにだけど思ったりすることもある。殆どすぐ忘れるし、仮に覚えていたとしてもそのときに感じていた嫌な気持ちは綺麗さっぱりなくなってる。

 なのにどうして長良さんが言ったってだけでこんなに心をかきむしられるような感覚になるんだろう。

 

『もういいから』

 

 すると、ある情景が記憶の底から浮上してくる。埋もれていたとは思えないほど鮮明に蘇ってくるのは長良さんの冷たい目と表情。そして突き放すような言葉。ただでさえぐちゃぐちゃになった心に過去の嫌な思い出が追い討ちをかけてくる。

 

「うあああああああ!!!」

 

 気がつくと叫んでいた。叫び声と一緒に心を掻きむしる何かを吐き出せるような気がしたから。

 

「はー……!!はー……!!はー……!!はー……!!」

 

 全身に力を込めて、今より更にもう一段階速く走る。心を掻きむしる何かから逃げられるような気がしたから。

 

 

 

 

 

「スタミナ配分考えないで走るからだよ〜」

「うう……」

 

 長良さんが仰向けで地面に寝そべっている私に呆れ顔で言う。走り込みが終わる頃には私はすっかり体力を使い果たしていた。

 

「急にどうしたの? まさかペース上げろって言ったからこんなことしたの?」

「……そうです」

「……本当に?」

「……本当……です……」

 

 怪訝な表情をする長良さんから視線を逸らして私はそう答える。本当のことは言うつもりは無いし、言いたくもない。

 

「……じゃあそういうことにしておくよ……」

「…………」

 

 そう言う長良さんに私は沈黙を返す。すると、長良さんの顔がパッと明るくなった。

 

「でも初日に比べて大分スタミナついてきたね!」

「……そうですね……毎日長良さんの特訓してるので……」

「うん、頑張ってるよ阿賀野は」

 

 その言葉に私は思わず背けていた顔を再び長良さんの方へと戻す。私と目が合った長良さんがニコリと笑う。

 

「じゃ、ランニングも終わったしいつも通り筋トレ行くから」

「……ちょっと休ませてもらっても……」

「スタミナ配分も特訓の内だよ」

「うう……」

 

 休憩の提案を長良さんにあっさり却下され、私は呻き声を上げる。だけど不思議とそこまで悪い気はしない。

 

『うん、頑張ってるよ阿賀野は』

 

 脳内で再生される長良さんのさっきの言葉で、私の心を乱していた嫌な気持ちはほぼ消えていた。

 

「はあー……」

 

 こんな簡単に絆されてしまう自分が嫌になる。ため息を一つ吐いて立ち上がり、長良さんの後ろを歩いた。

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