それから一週間後だった。海上を滑る長良さんに砲撃を放つ。続けて砲撃から逃げ回る長良さんに雷撃は放つ。放たれた雷撃は長良さんの元で炸裂せずに通り過ぎていく。雷撃を回避した軌道上にまた砲撃を放つ、一瞬減速することで砲撃を回避し攻撃に転じようとした長良さんに砲撃と同時に放っていた雷撃が炸裂する。
(当たった!!)
しかしそんな喜びも束の間、長良さんが苛烈な攻撃を私に浴びせてくる。その攻撃を必死に回避しつつ反撃のチャンスを伺う。特訓が始まって今日で一ヶ月。私は確実に成長していた。
「今日の演習はこれで終わりだね」
「はい……」
月明かりが照らす海の上で静かに演習終了の宣言が出される。お互いに大破状態でこれ以上は戦うことができなくなっていた。演習で長良さんを大破させたのは今日が初めてだった。
「帰ろっか」
「そうですね……」
緊張と集中が切れたのか大破状態で歩いてくる長良さんにあまり現実味を感じない。その場で長良さんをぼんやりと目で追ってしまう。
「よく頑張った。成長したね阿賀野」
気がつくと私の近くにいた長良さんが心なしかいつもより明るい笑顔でそう言った。
その日の夜。布団に潜った私は目を閉じたまま何度も寝返りを打っていた。
『よく頑張った。成長したね阿賀野』
この言葉と長良さんの顔がずっと頭の中をぐるぐる回って、胸がざわざわしている。一週間前と同じ状況だ。でも不思議と嫌な気分はしていない。なんで?
(……眠れない)
目を開き、布団から起き上がる。体は疲労困憊のはずなのに頭が冴えてなかなか寝付くことができない。こんなことは特訓が始まってから初めてだ。
「長良さ〜ん。起きて……る訳ないか……」
隣で眠っている長良さんの顔を覗き込む。綺麗な姿勢に静かな寝息、昼間のエネルギーが有り余ってる姿が嘘のようだ。その姿が何だか面白くて、ついまじまじと見つめてしまう。そうして長良さんの顔を見ているとあることに気がついた。
(こうやって見ると……結構幼い顔してるのよね……)
改めて見る長良さんの顔はどこかあどけなさがあって、他の軽巡と比べても幼い印象があった。
「…………」
長良さんの頬に手を伸ばす。下ろした髪とうっすら見える鉢巻の日焼け後がより一層あどけなさを強調している
「……何?」
もう少しで頬に触れるというところで、パチッという音が聞こえそうなくらい長良さんの目がハッキリと開かれる。
「うわぁ!」
「何? どうしたの? トイレ? トイレ一緒に行って欲しいの?」
「トイレじゃないです……」
寝ぼけ眼をこすって長良さんが起き上がる。
「どうしたの?」
「いや、眠れなくて……」
「そっか……」
そう言って長良さんは眠気をおびたトロンとした目で私の頭を優しく撫でる。
(え……)
予想だにしない長良さんの行動に私はされるがままになっている。少しして今度は背中をさすりはじめる。暗い静かな部屋で背中をさする衣擦れの音だけが聴こえてくる。
「…………」
「…………」
目をつむり、うつらうつらとしていても、長良さんは私の背を優しくさすり続ける。
「あの……」
「…………」
「長良さん……」
「…………」
「もう大丈夫ですから……」
「…………」
「あの!」
「え?」
長良さんの手が止まり、目が開かれる。眠気が残っている目で私をじっと見つめると今度は口を開く。
「……眠れそう?」
「はい……大丈夫です……落ち着きました……」
「そう、なら良かった」
長良さんが布団をかぶって横になると再び静かな寝息が聞こえてくる。
「長良さんにとって私ってなんなの……」
一体何と勘違いしたのか、まるで幼い子供をあやすような長良さんの仕草に困惑しかない。けれどそれのおかげで胸のざわめきが落ち着いたのも事実だから複雑だ。
「寝よう……」
長良さんに背を向ける姿勢でこの日の私は眠りに就いた。
次の日からの後半一ヶ月は早かった。一月の特訓で慣れてきたのか成長したおかげかそれともその両方か、特訓の内容は段々と厳しくなっている筈なのに最初の頃ほど厳しさを感じなくなっていた。演習を除いてだけど。
(気持ち悪い……)
後半の演習は前半と違い、どちらかが大破しても終わらない。演習での大破は出撃と違いあくまで『判定』であって実際に大破している訳ではない。だから理論上燃料と弾薬がある限りいつまでも演習することができる。
現在十戦目、疲れと集中力の維持でさっきから気分が悪い。弾薬が尽きたせいで逃げ回るしかなくなっている状態でも長良さんは攻撃の手を緩めてくれない。
「次行くよ!」
「……はい!!!」
また燃料と弾薬を補給して次の演習に移る。吐き気に加えて頭痛までしてきた。一瞬でも気を抜けばそのまま倒れてしまいそうな中でも演習を続ける。
(あ、マズイ……)
身体に力が入らなくなってきた。プツンと緊張と集中が切れて、疲れがダムの決壊の様に吹き出してくる。思わず体勢が崩れると同時に長良さんの動きが、いや周囲がスローモーションに見えてくる。スローモーションで向かってくる長良さんの砲撃をどこか他人事のように私は眺めていた。
「ふぅー……」
一転して静寂が支配した夜の海で長良が深く息を吐き、倒れた阿賀野へと近寄る。
「変わったね阿賀野……まさか倒れるまでやるなんて……」
意識の無い阿賀野を背負って長良は鎮守府に向かって歩き出す。波の音と長良の足が海を踏み締める音だけが響く。
「昔はすぐに音上げてたのにねー」
「…………」
「今日の半分くらいは普段から真面目にやれば良いのに。そうすれば妹達からも何も言われないと思うよ?」
「うう……」
「ははは! そっか嫌かー」
阿賀野の苦しそうな呻き声による返答に長良は声を上げて笑う。
「……ま、良いけどね」
顔を綻ばせ、そう呟く長良の声は夜の海へと消えていった。
「阿賀野〜、ランニング行くよ〜。早くシャワー浴びてきて」
「…………」
気がつくと朝になっていた。その時間の飛びっぷりに、まるで昨日のことが夢の中の出来事だと錯覚してしまいそうになる。
「先に行ってるからね」
「はい……」
だけどそれはあくまで錯覚でしかなく、汗と海水でベトベトになった身体が昨日のことが現実だと語っていた。
「阿賀野姉、大丈夫?」
「能代……」
唐突に始まった特訓の後半戦もあっという間に三週間が経ち、残り一週間になった早朝、入渠をして昨日の汗を流し終わった私の前に能代が立っていた。
「阿賀野姉、最近フラフラしてるから……」
「んー……大丈夫よ〜……」
「本当?」
「ほんとほんと、能代の方こそどう?」
「こっちは変わりないけど……」
「そっか、なら良かった」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫だって! 最初はびっくりしたし辛かったけど何とかなってるからさ!」
「確かにね、長良さんずっと断ってたのに引き受けたって聞いたときは私もびっくりしちゃった」
「……え? 能代それどういうこと?」
軽く言い放った能代のそれに、私は理解が追いつかず、聞き返してしまう。
「特訓のこと? それなら長良さん、矢矧の頼み今までずっと断ってたのにいい加減折れたのか、引き受けたって言うから……」
「……私のだらけっぷりが目に余るからなんとかしてくれって矢矧に言われたから二つ返事でオッケーしたって長良さんから聞いたんだけど……」
「え? そうなの? 矢矧が長良さんがなかなか了承してくれないとか愚痴ってたし、2人が話してるところも何度も見たわよ?」
「……へぇ……」
「そろそろ戻るね、長良さんに見つかると怒られるから」
「うん……じゃあね……」
そそくさとその場を立ち去る能代の背中が消えるまで、私はその場に立ち尽くしていた。長良さんと能代の矛盾した証言が衝突して私の頭の中にいくつもの疑問を生み出し、それはやがて心の中にしこりとなって残った。