それから一週間、特訓もとうとう最終日を迎えた。最終日の特訓は演習のみ。長良さんそんなことをするってことはこれまでで一番厳しい演習になる。そう身構えて挑んだ。
「参った」
「え?」
「降参、長良の負け」
しかし、最終日の演習は驚くほどアッサリと終わった。
「お疲れ様、2カ月よく頑張ったね!」
「……本当にこれで終わりなんですか?30分くらいしか経ってないと思うんですけど……」
「うん、もうこれ以上は必要ないよ」
鎮守府に戻り、艤装も外した長良さんにそう告げられる。呆気なさ過ぎて本当に終わったのか未だに信じられない。
「阿賀野の荷物、部屋に戻さないとね」
「……長良さん」
「……なに?」
「少し……話がしたいんですけど……」
「別にいいけど……」
いつものランニングコースを二人でゆっくりと歩く。ちょうど半分くらいの所で足を止め、長良さんに向き合う。
「話って何?」
「……長良さんが今回の特訓をやろうと思った理由です」
「……矢矧に頼まれたからって最初に言わなかったっけ?」
「それ以外です」
「…………!」
「それ以外にも理由があるんじゃないんですか?何回も断ってたってことは」
「……誰から聞いたの?」
「能代からです」
「なるほどね……」
長良さんが俯く。少しして、困った様な、悲しんでる様な笑顔を浮かべて。
「聞きたい?」
そう一言だけ。返事は決まってる。
「聞きたいです」
「……そっか」
長良さんがまた俯く。しばらくして、長良さんがポツリと呟く様に話始める。
「そうだね……強いて言えば……もう一回阿賀野と特訓したくなったから……かな?」
「……はい?」
「ほら、阿賀野と特訓したのって着任したての頃に少しやっただけでしょ?」
「……そうですね」
着任当初、まだ妹達がいなかった頃、私は長良さんと短い間だったけど一緒に行動していた時期があった。出撃、遠征、訓練、演習と大体のことは長良さんから教わっていた。
「今だから言えるけどさ……阿賀野が着任したとき、長良嬉しかったんだ」
「……え?」
「だって阿賀野は旧式の長良と違って最新鋭でしょ?なら長良より、いや、軽巡の中でもずっと優秀な艦になれると思ったからさ」
「そんなこと……」
「それに初めて阿賀野のこと見たとき、やっぱり最新鋭はかっこいいな、って長良は思ったよ」
「か、かっこいい……?」
長良さんの口から次々飛び出してくる肯定的な言葉に、いつもの私ならきっと得意満面になってそこらを跳ね回っていただろう。だが今の私の心には困惑と言い様のないむず痒さに支配されていた。
「どうしてそこまで言えるんですか?」
「え?」
「だって……あのとき……長良さんは……私は……」
私が着任した当時の長良さんは今と変わらずうんざりするくらい快活だった。そして、怖いくらいの気迫が常にあった。設立間もないせいで鎮守府の艦隊は脆弱、戦局も今よりも悪い。そんな中で長良さんは様々な海域を駆け回っていた。そんな長良さんについていけなくて、一ヶ月も経たない内に私は音を上げていた。長良さんが私と一緒に行動しなくなったのはその直後のことだった。
『やめ』
『え?』
『もうやめよう。これ以上長良といても意味ないし、他の人からも習った方がいいでしょ?』
『で……でも……』
『もういいから』
『……ッ!』
私に背を向けたまま、首だけを後ろに動かして、冷たい、突き放すような眼でそう言い放つそのときの長良さんに、当時の私は何も言うことが出来なかった。
『そう……ですね……分かりました……それじゃ……』
去っていく私を、一瞥もしない無言の長良さん。もう私に興味がないことがはっきりと伝わってくる。
『ああ、見限られたんだ』そう理解した途端、胸が掻きむしられるような感覚に襲われて、ちょっと泣きそうになったけど、心の奥底で解放されたと喜んでいる自分もいたことに気づけた。気づいた私は直ぐに考えた。私は長良さんのについていけないし、長良さんも私の性格に腹を立てていた。なら距離を置いた方がお互いにとっても良い。そう、これで良かったんだとそのときは強く思った。
実際、それから私と長良さんはお互いに干渉することは、この特訓が始まるまで無かった。だから、今更、先輩面しないで欲しい。『トイレするのもお風呂に入るのも〜……』なんてくだらない嘘まで用意して、もう長良さんの中で私は線を引かれた存在なのに、どうしてこんなことするんですか? そう言ってやるつもりだったのに……。
「だって私は……阿賀野は長良さんが言うほどの存在じゃないです……昔も今も」
「……どうしてそう思うの?」
「……私は大したこと出来ないまま沈んでしまったので……」
「…………」
私の口から出た言葉はそれとは全く異なるものだった。やめて、止まって。
「でも長良さんは私と違って多くの戦果を挙げた人じゃないですか。矢矧も言ってましたよ? 『長良さんはいくつもの海戦を経験してる人だから』って、私なんていつも能代と矢矧に怒られてますしねー……」
「……阿賀野」
なのに私の口は止まってはくれない。
「だから何で私のことそこまで言えるのかなー……って、訓練にも全然付いていけなかったのに……」
「そっか……そんな風に思ってたんだ……」
誰にも言わなかった、言いたくなかった、私の醜い部分をよりにもよって長良さんに話してしまうなんて。最悪の気分だった。
「……でもね阿賀野、経験が多いってことはそれだけ見送ってきた人や守れなかった人も多いんだ……」
「……あ」
でもそんな気分は長良さんの一言で吹き飛んでしまった。そうだ、過去に後悔が無いなんてありえない。少し考えれば分かるはずなのに、長良さんは違うと勝手に思い込んでいた。
「それが凄く悔しくてさ、悔しくて悔しくて、どれだけ悔しんでもどうにもならないのが本当に悔しくて……」
「…………」
「だから自分で自分を鍛えられるのが凄く嬉しかったんだ。もちろんそういうのが好きっていうのもあるけど、最初の切っ掛けはそうだった」
「すいません……」
「気にしないで」
長良さんの言葉についさっきまで私の心を支配していた感情が溶けるように消えていく。
「……でもあのときの長良さんはとても嬉しそうに見えなかったです……」
「そうだね、確かにあのときは阿賀野の性格に腹立ててたこともあったよ、阿賀野のことも苦手だった」
「うっ……」
「でもあのときはね、長良焦ってたんだ」
「え?」
「もう二度と前みたいなことは繰り返したくない。だから阿賀野にも教えられることは全部教えたかった。もう長良より先に沈んで欲しくなかったから」
「…………」
「そんな一心でいる内に、いつの間にか前の出来事をなぞっちゃうって思い込んでた。あの時は自覚無かったけどね」
そこから先は、私は何も喋れなかった。
「だからお気楽で緊張感のない阿賀野に腹を立ててた。阿賀野もそんな長良のこと嫌ってたのは分かったしそれで余計に苛ついちゃって……結局少し訓練しただけであんな突き放すようなことしちゃってさ……」
「でもそれで良かったと思ってる。だって阿賀野は今此処に居るでしょ?いくつもの海域に出撃して艦娘としての責務を立派に果たして」
「阿賀野は長良なんて居なくたってへっちゃらなんだよ。だから今更長良の特訓なんて必要無いと思って矢矧からの頼みも断ってたんだ。まあ矢矧は納得してくれなかったけど……」
「それで、矢矧に説得されてる内に最後にもう1回だけ……って思ったんだ。今更虫が良いけどね……」
長良さんから紡がれた言葉の一つ一つを受けとめるので精一杯だったからだ。
「……でも今回の特訓で阿賀野が成長できたみたいで本当に良かった……これで少しは先輩らしいことが出来たかな? 何て」
「…………」
受けとめた長良さんの言葉が私の中で反響して大きくなっていく。
「長良さん……どうしてそんなこと言ってくれるんですか……?」
それに耐え切れず、思わず口から言葉が漏れる。
「どうしてって……?」
「だって……私の知ってる長良さんは……もっとこう……朗らかだけど厳しくて……今みたいな事を言ってくれるような人じゃ無かったから……その……」
次の言葉に詰まり、曖昧な表現で誤魔化す私を見て、長良さんがクスリと笑うと口を開いた。その瞬間だった。
「阿賀野さん! 長良さん!」
私と長良さんを呼ぶ声の方へ振り返ると、そこには息を切らした浜風ちゃんが立っていた。
「出撃です!!」