「とうとう無理だったか」
毒の沼地でそう呟くのは一人のエルフ。造り物のように美しい顔はどこか悲しそうな声色とは違い完全なる無表情で、一般的な感性を持つ者ならば薄気味悪さを感じてしかるべきだが、この世界では一般的だ。
目の前には荘厳なる墳墓がある。それは実用性があるとは言えず、どこか芸術作品としての美しさを持つその墳墓の名は
ナザリック地下大墳墓
異形のギルド、アインズ・ウール・ゴウンが拠点としている。
エルフの彼は前に進もうとして足を持ち上げるが、前に進むことはなかった。彼があと一歩でも足を進めるとそこは、ナザリック地下大墳墓の敷地内。様々なモンスターが「歓迎」してくれるだろう。
「はあ」
口さえも動かさずため息を吐いたエルフの右手には神聖なる羽があった。
毒々しい足元や陰鬱な雰囲気が漂うこの世界には似合わないそれの名は昇天の羽。使用者の種族を天使に変更するアイテム。
そこには彼の友人達が多く在籍していた。
エロの素晴らしさを教えてくれたペロロンチーノ
一緒にゲリラ的イタズラを楽しんだるし☆ふぁー
中二心をくすぐる神話的知識を授けてくれたタブラ・スマラグディナ
彼らは、この超格差社会において血筋だけで最上位の地位にいる自分に対し何ら隔意なしに接してくれた数少ない友で、何物にも替えがたい存在だ。
そんな彼らのギルドに入りたいと思っていたが、それは叶わない話だった。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの加入条件は二つ。プレイヤーが異形種であること、そして社会人であること。前者は手に持つ羽を使えば数秒の演出で終わる。だが後者は無理だった。
彼の血筋が15で社会に出ることを許さず、大学まで進学することを強いられた。
だが、それも悪いことばかりではなかった。そこで教鞭をとる教授は死獣天朱雀の名前でギルドに参加しており、互いに知らないままPK合戦を繰り広げていたことを切っ掛けに仲良くもなれた。
3月31日
それは終わりの日。世の中が大きく変わってもそれは変わらなかった。今日は学生最後の日。明日からは大企業のお偉いさんとして誰でもできる楽な仕事で誰も手にできないような高額の報酬を受けとる日々が始まる。
そして、今日がユグドラシルというゲームが終わる日でもある。
友人と共にユグドラシルの世界を歩むことはとうとう不可能となった。
正確には、既に友は引退しているか、アバターを消していないだけであり、仮にギルドに加入しても意味はない。
「また会えるかな」
悲しいが、これで終わりではない。彼らとは一言が精一杯だが交流が続いている。今は忙しいが、いずれまた遊べるときが来ると、そう思いながら、墳墓に背を向け、歩き出す。
《上位瞬間移動》
エルフの姿が掻き消えると同時に彼の手を離れた昇天の羽がゆっくりと舞い落ち、空中で止まる。世界が止まる。
日付が変わる瞬間、幾人もの人間が謎の昏睡状態に陥った。それがそこらの労働者だったら無かったことになるだろうが、そこには複合企業の御曹司が含まれていたため、世間を揺るがす大騒ぎとなった。