第37階層に到着した直後に規定時間が経過し、烏が霧散するように消滅する。
《飛行》はあと少し効果時間が残っているがギリギリまで粘って墜落する方が馬鹿なのでヴァイトが地面に降りると、他の面々も同様に降り立つ。
そこは闘技場と呼ばれるエリアの端であり、そこで同士討ちを繰り返していたモンスターたちが戦いを止め、本能的に感じる嫌悪感に従うまま、ヴァイトたちに目を向ける。
「大丈夫?」
一言尋ねるアイズは、ヴァイトが答えの代わりとばかりに中心部に飛び込んだのを確認すると、慌ててティオナとガレスと共に飛び込む。
第一級冒険者ならば切り抜けられるだろうが、無傷では済まないと言うのがこのエリア。
やっぱり事前知識は必要だったかな?
そんなことを考え、ここにはいないリヴェリアのことを考えたアイズだったが、それは目の前の出来事によって邪魔される。
「《魔法三重最強化:連鎖する龍雷》」
超短文詠唱よりも短い、魔法名だけの魔法。名づけるならば速攻魔法というべきそれ。この世界の常識として、魔法は詠唱が長いほど消費魔力も威力も高くなるのだが、彼の魔法は違った。
彼がかざした右手から魔法陣が出現したかと思えば、龍の頭を思わせる白い雷撃が数多のモンスターに次々と巻き付き、その膨大なエネルギーで焼き殺していく。
飛び込んできたヴァイトに向かって突撃したモンスターたちはそのまま灰となって消滅したが、遠距離攻撃手段を持つモンスターは違う。
ペルーダが自身の持つ毒針を飛ばし、スパルトイが自身の持つ骨の武器を投擲する。とくに後者は自身の戦闘能力を大幅に低下させてしまう愚行だが、突撃して散っていった同族を目の当たりにした以上、理性を持たずとも生まれながらにしてある程度持ち合わせている戦士としての技量がそれを敢行させる。
だが、それすらも彼には届かない。彼は特に回避行動もしなければ防御姿勢もとっていない。仲間はいるが彼らの対処は間に合わない。
しかし、毒針が、剣が彼に突き刺さる寸前、透明な壁にぶつかり、わずかな空間のゆがみを生み出して床に落ちる。
そのタネは彼の装備にあり、それぞれ高い効果がある。即死無効に疲労無効、酸素・飲食不要、レベル70以下からのあらゆる攻撃を完全に無効化してしまうものなど。他のプレイヤーからすればそれ以上のレベルを用意すれば済む上、装備の多くを無効化に費やしているため、一度突破してしまえば純粋な攻撃には弱く、彼を知るプレイヤーからは雑魚と呼ばれていた。
しかし、そんな強者はここにいない。
自身の守りを抜けないことを確認し、虚空から二つのアイテムを取り出す。
一つは小さな杯。ロンギヌスとアフラマズダーの二つのワールドアイテムと交換してAOGから手に入れたヒュギエイアの杯。
もう一つは非常にシンプルなナイフ。
このナイフは彼にとってかなり思い入れのある装備である。
AOGに各種希少アイテムを密輸した際、余っていたデータクリスタルと持ち込んだ希少鉱石を使い作成してもらったナイフで、与えたダメージの一定割合を回復する効果が理論上最高値で込められている。
しかしヴァイトには一つ文句がある。銘を決める際、るし☆ふぁーがあろうことかモモンガに任せたのだ。
ライフちゅっちゅナイフ
それがこのナイフの名前である。
守りを捨てた近距離戦闘だが、装備の差で一方的。そのため、ナイフで一撃を入れる度に回復判定があるが、ヴァイトのHPは全く減っていない。
そのため、本来は無駄になるだけの回復効果の緑の光が、彼が腰元の装飾に装備しているヒュギエイアの杯に吸い込まれていく。
ヒュギエイアの杯。
それは回復効果の貯蓄。装備中、一切の回復効果を受けられなくする代わりに、このアイテムにその数値分貯められる。貯めた回復効果は2割の減衰があるものの、使用することであらゆる事象を無視して対象を回復させることができる。
「《生命の精髄》《大回復》《集団全種族捕縛》」
低位の狩場で使っていた定番の周回をしつつも、ヴァイトはソロで活動していたときに得た情報把握能力をもって戦う味方を支援。
他にも様々な魔法が飛び交い、実戦的ながらどこか幻想的な刃の乱舞がモンスターを蹂躙し、戦場さえも傷だらけにし、とうとう新たなモンスターの出現さえも止まった。
辺りに四散した魔石やドロップアイテムを回収することとなり、ヴァイトは手当たり次第にアイテムボックスに突っ込んでいく。
「ちょっとちょっと、何それ!?」
あまりにも当然の如くありえないことをされたため呆然としていたティオネが叫ぶと、それを聞いたアイズとガレスもこの光景を目にし、目を見開いている。
「アイテムボックスって言って上限はあるけどアイテムを異空間に収納する能力で…あー、その感じだとここではありえないのか」
「そういうということはそっちでは常識ということか。なんというか、非常識じゃな」
常識のすり合わせを徹底的にして行く必要があると面々が思い、それぞれ面倒くさいという考えが頭に流れる。
とはいえ、その間にも作業は続けていたため、アイテムの回収も完了し、撤退する運びとなった。ヴァイトのアイテムボックスのお陰で想像以上に収穫が多く、皆笑顔になっていた。
「じゃあ、帰りは一発で行こうか。《上位瞬間移動》」
その言葉とともに三人に抱き着いたヴァイトは三人が反応する前に魔法を唱え終わり、えっ、ちょっ という言葉を残しその場から掻き消える。
こうして初のダンジョン探索は終わった。