いまだによく想像する。
あの日あの時あの場所でキミに出会わなかったら、なんて有名な歌詞に自分を重ねて。
ただ、そこの歌詞以外はまるで僕と正反対。 あっちは先のある愛の歌。 僕は後ろを振り返る後悔の歌。
あれからもう一年になる。
仕事も変わった、家族もいなくなった。 増えたのは借金と白髪、皺。 身体にもそうとうガタがきてしまった気づけば今年で五十二歳。
その後のことを考え出すと身体が動かなくなる。 今でさえギリギリの生活、償い続けるためには何を削るべきだろう。
食費は既に切り詰めている。 車もとうの昔に手放した。 念願だったマイホームもあの事故の後すぐに売ってしまった。 タバコも酒も最後にやったのは…… いつだったけ?
僕が後削ることができるモノは。
「__身を削るしかないよな。 日曜日の深夜もバイトを探してみるか……」
独り言が増えたのは歳のせいか孤独のせいか。 最近妙に人恋しい、これも歳のせい? それとも元来こんな性分だっただろうか? もう何年も自分という存在を正しく認知できていない気がする。
「ああ、いけない。 もうこんな時間か、バイトに行かないと……」
本当はまだ余裕のある時間のくせに。 気づかないフリをして、急いで出て行かないとと今日も自分に言い聞かせる。
「じゃあ、行ってくるよ」
玄関に置いた娘の写真に手を振った。 そこに写っている笑顔は今日も時間がなくて、見れなかった。
「急がないとな、時間はしっかり守らないと。 ああ、また独り言だ、いかんいかん外では控えないと……」
駅に向かう足取りはいつも重い。 サラリーマンに学校へ通う学生達、彼らの姿は酷く眩しい。 地表に落ちてきた太陽のようだ。
かつての自分はあちら側にいたのだろうか? 分からない。 想像したくない。
太陽から目を逸らして必死に足を動かした。
結局、乗った電車はいつもよりも2本早かった。
「ただいま。 いやあ、疲れた疲れた」
部屋が暗かったからまた写真の笑顔は見れなかった。 誰もいない事なんて分かりきってるのにただいまなんて言っている自分がなんだか情けない。
「店長も優しいなぁ。 お酒なんて、いつぶりだろう」
日曜日もシフトを入れてもらえた。 というより喜んでくれた。 人手不足がなかなかに深刻だったらしい、ビールまで頂いてしまった。 それも十本も。
プシュ、と軽い音。一口含んで味わった。 酷く苦い麦の味、懐かしい。 とても、美味しい。 あっという間に三本も呑んでしまった自分に少し驚いた。 酔いが回って気持ちがいい。
「はは、美味い。 昔はよく、美奈子とこうして呑んだなぁ…… 会話を肴に何杯も、何杯も」
美奈子…… 妻が亡くなってもう十五年。 今の僕を見たら美奈子は何を思うだろうか。 きっともう口説かれてくれないだろうな。
あの頃、どんな話をしていたっけ。 僕は彼女と何を話していたっけ?
「……ああ、そうだ。 琴音の事だった……。 そう…… いつか、皆んなでお酒を呑もうって…… か、家族、で、皆んなで……」
視界が滲む。 はは。 何を泣いてんだよ僕。 そんな資格無いだろうが。
「こ、琴音…… あ、あっあ、うあああ! うあああああああっ!」
人殺しが一丁前に人間みたいな事を考えるなよ、早く泣きやめよ。 近所迷惑だろ?
「ごめんなっ! こ、こんなっ駄目な父さんで! み、美奈子、琴音を守れなくてっ本当にごめんなあっ!」
琴音を殺したのはきっと僕なのだろう。 あの日僕が轢き殺した隼人君と同じように。 あの時美奈子を轢き殺したあのドライバーのように。
深夜の学校から琴音が見た景色はどんなだったろう。 たった十七年の人生を自ら閉じた琴音は何を想って屋上から世界を眺めたのだろう。 イジメにあっていた事さえ気づけなかった僕にどんな想いを抱えていたのだろう。
慟哭は止まらない。
だから酒は呑まなかったのに。 思い出すから、辛いだけだから。 写真には目を背けても記憶の中の琴音はいつだって僕を見て笑顔を咲かせているから。
なんで呑んだんだろう。 自分の事がわからない。
「辛い…… つらいよ、もう、消えてしまいたい」
ああ、そっか。 辛いんだ、僕。 なんだよ独り言、役に立つじゃないか。
意味ないけど。
酔いは覚めた。 自分で言ってしまった言葉に酷い嫌悪を覚える。 涙も止まった。
「何が辛いだ、人殺し。 僕にそんな感情を持つ権利なんてない。 償い続けろ。 死ぬまで償い続けろ、僕」
そうだ、明日はもう一度彼の家族へ謝罪しに行こう。 もしかしたら、お金を受け取ってくれるかも知れない、謝罪を受け入れてくれるかも知れない。 彼の事、隼人君の好きだったお菓子とか、ゲームとか教えてくれるかも知れない。
お花だけじゃあきっと退屈しちゃうよね、琴音と同い年の男の子だったんだから。
「おやすみなさい」
ああ、やっぱり独り言うるさいな。