ビルド NEW WORLD プリティーダービー   作:極み吠えるジンオウガ

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明かされるトゥルース

 晩夏を迎えたある日の暮れ時。暑さは依然として収まらず、首筋を伝う汗に不快感を覚える。

 

「暑っつ……」

「止めなさいよはしたない」

 

 万丈がシャツの裾をパタパタと扇ぐのを見てそう咎めるが、未だに蝉は喧しく鳴き続ける。確かに、この時期に即さない暑さもいい加減鳴りを潜めては欲しい。

 茹だるような暑さから逃げるように、待ち合わせに決めた居酒屋の扉を開くと、店内の冷気が汗で湿った身体を撫でて行った。鈍った思考で涼しいな、などと単純な感想を抱きながら店の中を見渡すと、奥の座敷からライトハローがこっちですと呼びかけていた。

 

「すみません、遅くなりました」

「大丈夫です。私も今来たばかりなので」

 

 メニュー表を手元に置きながら待っていた彼女に、促されるままに靴を脱いで座敷に上がり込むと、彼女はすみませーんと店員を呼んで注文をしていく。

 

「えーっと、もつ煮込みと鶏の唐揚、枝豆と串焼き盛り合わせ、焼きおにぎりと冷やしトマト、それと牛肉のしぐれ煮で」

 

 こんなに多くの料理を注文するとは。アスリートでもないのに、その細身の身体のどこに入るというのか。

 注文を済ませ、ようやく落ち着いてジョッキを合わせた。店内は自分達と同じく、仕事終わりのサラリーマンが生み出す喧騒に満ちており、その雑然さが妙に心地よく感じられる。

 

「そういえば夏合宿、どうでした?」

 

 ジョッキを片手にライトハローがふと問いかけてきた。

 

「もう大変で。想定外にやる事も増えたりで、休む間もない感じでしたよ」

「普段からトレーナーさんの方々はお忙しそうにしてますものね」

「イベントのあれこれをお任せしちゃって申し訳ないです」

「いえ、元はと言えば私が言い出したことですから。プロデューサーの私が出来ることなんて限られてますし、遠慮なく頼ってください」

 

 柔和な笑みでライトハローは答える。彼女の心遣いは頼もしいが、グランドライブを共に復活させると引き受けてしまった以上、二足の草鞋を履けるようにしなければいけないと改めて自覚させられる。

 

「そういえば、ハローさんはトレセンの卒業生なんだっけか」

 

 ふと思い出したような万丈の切り出しに、ライトハローはええ、と頷いて懐かしそうに当時を振り返る。

 

「私はチーム所属だったのでお二人みたいな専属トレーナーはいなかったんですけど、夏合宿にも行ったりしましたよ」

「へえ」

「懐かしいなあ……。友人と一緒に海の家でスイーツを食べたりもしたんですよ」

「いい思い出なんだな」

「ええ、とっても」

 

 楽し気に語る彼女に万丈が相槌を打つ。そうして他愛もない話をしている内に料理が届き、それらをつまんでいると学内行事の事が浮かんだ。

 

「そういえば、十月の聖蹄祭で行う告知ライブ、詳細が決まったらしいです」

「あら、もうそこまで話が進んでいたんですね」

「何だかんだで来月開催ですから。それに、今回の件は生徒達が主体的に行う活動なので、僕らはそのサポートだけですし。告知の方法やライブの段取りなんかは一任してます」

 

 あいつらも口うるさく言われるのも嫌でしょうし、と付け加えて説明すると、ライトハローはなるほどと言った様子で頷き、さてと切り替えた。

 

「本題は年末の本番ライブについてだよな」

「そうですね。今後の指標にもなりますし、URAや学園、生徒の子達に訴求力のあるライブにしないといけませんから」

 

 レース後に行われるウイニングライブと異なり、ただその場で盛り上がるだけでは意味がない。彼女の言うように、グランドライブを行う事の意義を伝えられなければ、何をやったとしても一過性の話題で終わってしまう。

 しかし、そういったことは門外漢の戦兎と万丈ではどうにもできない。だから、そういった部分で豊富な知識と経験を持つであろうライトハローに相談をするために今日はこの場を設けていたのだが、

 

「ただ、私も何をもって成功なのか、という部分で少し悩んでいて」

 

 彼女はそう言って、困ったように眉尻を下げて笑った。

 

「というと?」

「何と言いますか……。その、私、ライブの経験がそんなになくて」

 

 思わぬ告白に思わずえ、と声が漏れた。考えてみれば、中央に入学出来たとしてもそこから勝ち上がれるウマ娘は三人に一人ほどしか居ない。ともすれば、そういった機会に恵まれないのも道理ではある。

 

「だったら、どうして今回の企画を?」

「ステージに関わる全員が笑っているステージを作ってみたくて。スポットライトが照らさない、舞台裏であったとしても……」

 

 どこか懐かし気に語る彼女の目は、夢見る少女のように煌めいていた。

 

「なら、尚更成功させないとな。なあ、戦兎」

「あ? ああ、だな……」

「何だよ?」

 

 浮かない顔で曖昧な返事をしたせいか、万丈が怪訝な顔でこちらを見てくる。咄嗟に何でもないと言って、ジョッキをあおった。

 確かに、夢を見て高い理想を掲げるべきという考えは間違いではない。自身や父が科学者としての原動力にしてきたのも、ラブアンドピースなんて泡沫夢幻な言葉だったし、それは否定するものでもない。

 その一方で、希望的観測を捨てきれなかった事による過去の失敗を思うと、夢想的な思考を妄信してはいけないとも言いたくなる。半ば矛盾を孕んだものだが、大きな責任が纏わり付くと、どこまでもリアリストになってしまう。

 

「まあ、今はやれる事をやっていくしかないですね。紗羽さん達にも他に協力してくれる人がいないか聞いてみます」

「そうですね。私もっと頑張らないと、ですね! 今日からまずは心を掴むライブについて勉強します!」

 

 どこか肩の力が入ったまま意気込む彼女。その様子を見て不安に思いながらも、今は彼女の奮起を応援する事しかできない。

 

 今週末に控えた聖蹄祭を前に、校舎はどこか華やかな雰囲気を帯びていた。垂れ幕やガーランド、模擬店の看板。そうした非日常的ともいえる装飾が学園を賑やかに彩っている。

 準備期間は授業も少ないらしく、万丈と十時頃に出勤したら、既に生徒達はチームやクラスでの出し物の用意に奔走している様子だった。

 

「で、何だよ? この実験体験教室って」

 

 そんな最中、いつもと変わらない様子の実験室で、ロビーに掲示されていた紙をタキオンに見せながら問いかけた。

 

「生徒会からやるように言われたのさ。別に断っても良かったが、この部屋を貸し与えられているのも事実だからね」

「けど、告知ライブの準備はどうするんだよ?」

「それなら心配ないよ。ファル子君達がやってくれているからね」

「ならいいけど。今日はトレーニングも無いし」

 

 そう語る彼女も吝かではないのか、会話の片手間に機材を準備する手つきはどこか軽やかで、その眼差しは楽し気にすら見える。

 

「ってか、そういうのやるんだったらちゃんと片付けしなさいよ」

 

 積み上げられた資料や道具が雑然と散りばめられた床の上を手探りに避けながら動くその姿が危なっかしくて、ついそんな小言が漏れてしまう。

 

「片付けなんて必要ないさ。全て研究に必要な資料なのだからね。そっちのは走動作のバイオメカニクス関連の資料でこっちは運動生理学の論文に――」

「分かったから。とにかく、人を招き入れるならちゃんと片付けてっ――!」

 

 言いかけた瞬間、紙を踏んで足を滑らせた。鈍い音と共に倒れると、タキオンが驚いたようにこちらを覗き込んでいた。

 

「おっと、大丈夫かい?」

「大丈夫なもんか。ったく、だから片付けろって言ったんだよ」

「そう言われてしまっては立つ瀬がないね。仕方ない、やるとしよう」

「そうしてくれ。……じゃあ、俺は向こうの準備見てくるから」

「ああ、分かったよ」

 

 そう言って彼女は渋々といった様子だが、物が散乱した床を片付け始める。そんな彼女の姿を見て、小さくため息をつきながら実験室を出た。

 本校舎脇の野外ステージに戻ると、イベントに向けての設営が着々と進んでいるようだった。

 

「おっ、戦兎。タキオンの面倒は大丈夫なのかよ?」

 

 先に手伝いをしていた万丈がこちらに気付くと、そう問いかけてくるので問題ないとだけ返す。

 

「それより、準備の方は?」

「もうあらかた終わってるらしいぜ。俺らが手伝うまでもなさそうだった」

 

 ざっと見た所、確かにもう大してやる事も残っていないように見える。そもそもステージ自体が常設なので、大がかりな準備もいらないし、準備といってもモニターやパイプテントの設営くらいしかない。更に言えば、当日は指定された時間ごとに別の生徒達もステージを使う訳で、その生徒達も設営を手伝っているのだから、人手に関しては十分過ぎるほどだった。

 なるほど、これならこっちに出向く必要もなかったなと考えていると、生徒の中にスズカとスマートファルコン、カツラギエースの姿があった。

 

「スズカ。手伝いに来てくれたのか?」

「あ」

 

 思わずそう呼びかけながら近づくと、彼女はこちらに気付いて小さく声を漏らしながら会釈を返した。

 

「シービーのトレーナーか。って、どうしたんだ? 尻なんか擦って」

「どっかの誰かのせいで、ちょっと転んでな」

「……あれ? スズカちゃん、トレーナーさんのこと知ってるの?」

「そういえばそうだな」

 

 一拍子遅れてファル子とエースがそう反応した。彼女達は夏合宿の時には居合わせていなかったので、当然の反応ではあるが。

 

「前の夏合宿の時にレクリエーションがあったろ? そん時に俺らも色々手伝ったんだよ」

 

 万丈がそう説明すると、ファル子は合点がいった様子でなるほどーと頷く。

 

「けど、よくスズカも手伝おうと思ったな」

「実は合宿前から、タキオンに誘われてはいたんです」

「タキオンに?」

 

 彼女がそんなことをしていたのかと思わず問い返す。 

 

「ええ。ライブには私の求めている答えが眠っているって。その時はライブなんて私には関係のないこと、って思ってましたけど。……でも、トレーナーさんやエアグルーヴが教えてくれましたから。何かに向き合うことで得られるものがあるって」

 

 彼女はそう言って柔らかい微笑みを見せた。月見草のように儚く、どこか清々しいその微笑みは、今まで抱えていたであろうしがらみに対して、スズカなりの答えを出せたことの表れなのかもしれない。そんな彼女の言葉に、嬉しいやら気恥ずかしいやらで思わず口元が緩む。

 

「そっか、それで協力してくれたんだ。スズカちゃん、頑張ろうねっ!」

 

 ファル子がそう言ってスズカに笑いかけた。その屈託のない笑顔は彼女の前向きさを体現しているかのようで、見ているこちらまで元気を貰えるような気すらしてくる。

 

「んで、この後はどうすんだ? まだやる事残ってんだったら手伝うけどよ」

 

 万丈がファル子に問いかける。

 

「ううん、後はパフォーマンスの練習だけだから大丈夫! ありがとう、トレーナーさん!」

「そうか。なら戦兎、俺達はタキオンのとこ戻るか」

「そうだな。ライブ、楽しみにしてるよ」

 

 結局、こちらの手伝いは殆どいらなかったようなので、一先ずタキオンの様子を見に戻ることに。三人に別れを告げ、万丈と実験室へと戻ることにした。

 

「にしても、タキオンの奴急にライブの準備そっちのけでどうしたんだよ。出し物なんてあいつらしくもねえけど」

「生徒会に頼まれたんだと。要は点数稼ぎ」

「ああ、それでか」

「まあ、人の為になることではあるんだしいいんじゃないか? ――タキオン、戻ったぞ」

 

 大したことのない話をしながら校舎内の喧騒から切り離された実験室の扉を開けると、そこはいつも以上の静寂に包まれていた。

 一切の物音もしないが、静謐とは程遠い、言い知れぬ虚無感のようなものが漂っている。タキオンとその同期達が入り浸っている時には感じることのないその雰囲気にどこか不気味さを感じながら、薄暗い照明だけが灯されている部屋に目を慣らしつつ踏み込む。

 

「居ねえのか? おーい」

 

 言いながら部屋を見渡すと、部屋の隅で椅子に座っていた彼女がゆらりと立ち上がった。彼女はこちらの問いには答えずに、ただ冷たい視線をこちらに向けている。

 

「おい、どうしたんだよ」

 

 万丈がタキオンに問いかける。すると、彼女は徐に懐から何かを取り出したかと思うと、それをこちらに見せつけてきた。

 

「トレーナー君、これは何だい?」

 

 それは、フルボトルだった。

 

「ちょちょ、タキオン、何でお前がそれを……」

「君がさっき転んだ時に落としたんじゃないか。気が付かなかったのかい? ……しかし、以前から君がバイクを使用する時に似た物を使っているとは思ったが、これを見て確信に変わったよ。これは一時期世論を揺るがせた技術だろう。何故君がこれを所持しているんだい?」

「……おい、どうすんだよ」

 

 小声の問いかけに、どう答えたものかと逡巡する。いつかは話してやるべきだと考えていたことではあったが、こうも唐突にその日が来るとは思わなかった。言葉に詰まったまま、彼女と向き合う。沈黙が続くが、この期に及んで逃げるのも彼女に対して誠実ではないだろう。そう考えて覚悟を決めると、そのボトルを受け取った。

 

「分かった、全部話すよ。けど、ここじゃあれだから場所を変えよう」

 

 そう促してトレーナー室へ向かおうとすると、彼女もそれに応じて静かに付いてきた。

 

「戦兎、本当に良いのかよ?」

 

 部屋に向かう最中、万丈が額に脂汗を浮かべながら問いかける。顰められた眉からは、この行動に対して疑問を持っていることが明らかだった。

 

「元々考えてはいたことだ。それに、ここで黙ってたら余計に悪い方向に進むだろ」

 

 そう言われて咄嗟に応えられなかった様子の万丈は、暫く押し黙ってから諦観の表情で分かったよと答えた。

 トレーナー室には、いつもと変わらぬ光景が広がっていた。しかし、その空気はどこか重く、タキオンの鋭い視線が突き刺さるようだった。先にタキオンを座らせ、自分は対面に腰を下ろす。

 そして、まずどこから話せばいいものかと思案を巡らせて、改めて話を切り出そうとした所、

 

「トレーナー、居る? ……あれ、どうかしたの?」

 

 シービーがトレーナー室に入ってきた。突然開いたドアに三人揃ってそちらを見ると、彼女はどこか張り詰めた雰囲気を感じたのか、困惑した表情でこちらを見た。

 

「悪い、ちょっと話があってな」

「そうなの? じゃあ――」

「いや、この際だ。大切な話だから、お前にも聞いてほしい。いいか?」

 

 そう言って座るよう促すと、彼女は首を傾げた。万丈も自身も、普段は二人の考えを尊重して動いていただけに、頼み込んでまで聞いてほしい話ということが奇妙に映ったようだった。

 

「そこまで大事な話なら……」

 

 何処か鬼気迫る雰囲気を帯びていたのだろうか、彼女は気圧された様にしてタキオンの隣に着席した。それから改めて二人に向き直るとテーブルの上にフルボトルを置いた。

 

「それって……」

 

 先程の現場に居合わせなかったシービーは初めてそれを目にして、狼狽を顔に漂わせた。

 

「二人は去年にあった、ダウンフォールっていうテロ組織が政府官邸を襲撃した事件を覚えてるか?」

「丁度その時取り沙汰されていた、ライダーシステムを掌握して起こそうとしたクーデターだろう? 未遂で留められたとは言え、あれだけの騒ぎになったのだから当然覚えているとも」

 

 シービーも無言で頷く。政府が防衛システムとして採用したライダーシステム。その技術の調査を目的とした国際同盟視察団、その中の審議官がテロ組織の構成員だったことや、陸上兵器並みの性能を持つ装備が掌に収まるサイズのボトル一本で携行されていたことに対するセキュリティへの危惧などによって、その一件は世界的な話題になっていた。

 

「このボトルは、確かにそのライダーシステムに関わるアイテムの一つだ。俺が何故それを所持しているかって話だけど、あれは元々俺と俺の父親が開発したものだったんだ」

 

 静かにそう告げると二人は驚いたように目を丸くしたが、そう反応するのも無理はない。一般人からすれば、自衛装備のライダーシステムが自らにその牙を剥くことは無いと言えど、人の命を奪う兵器足りうる物であることに変わりはない。ダウンフォールの件でも、彼等の侵略行為によってその片鱗は見せつけられているのだから、自分でも糾弾こそされど受け入れられることはないだろうと思える。

 

「そういえば、前にキミが言ってた、お父さんとの研究成果物で色々とあったって話だけど。それってもしかして――」

 

 そう質問されて、以前葛城姓のことを訊ねられて咄嗟に誤魔化した時の話かと思い出した。些事と言えば些事だったのですっかり忘れていたが、よく覚えているものだと感心する。彼女の両親との関係を見るに、他人の家族のことであろうとそういった話への関心が強いのだろうか。

 

「ああ、このライダーシステムのことだ」

「でも、どうしてそんなものを?」

「別の目的があったんだ」

 

 二人が口を揃えて別? と声を上げて、思わず万丈の方を見遣った。全てを委ねるような眼差しが、鼓動を速めていく。

 

「それは……」

 

 最初の一語が紡ぎだせず、沈黙が部屋に満ちていく。そんなもどかしさをどうにか振り払って、ようやく言葉を掴んだ。

 火星から持ち込まれたパンドラボックスが起こしたスカイウォールの惨劇とそれによって分断された国、父が遺したデータを基に生み出されたプロジェクトビルド、ライダーシステムを巻き込んで起こった三国間の戦争、地球外生命体エボルトとの戦い、そしてその果てに新世界を創造した事。後ろめたい過去も含めて、今に至るまでの全てを二人に語った。

 

「……これがライダーシステムを作った理由の全てだ」

「えっと……」

 

 大真面目な表情から飛び出てきた絵空事のような話に、二人はボトルとこちらを交互に見た。

 

「並行世界か……確かに、物理学でもそういった解釈はあるが、ウウン……」

「前にも言ったろ、量子力学の研究者に師事してたって。その男の専門が多世界解釈での干渉性に関するもので、ライダーシステムを開発する傍らで並行世界を移動する装置を一度完成させていたんだ」

「……気になったんだけどさ、今もそのライダーシステムが国によって運用されているのはどうして? キミの話からすると、もう必要のない物だったんでしょ?」

 

 テーブルに置かれたラビットフルボトルを手に取ったシービーが、まるで聞かされたことが現実であるということを確かめるように、それの表面を指でなぞりながら訊ねた。

 

「確かにこいつはエボルトのいない新世界では必要ない筈だったんだけど、ある時に状況が変わったんだ。キルバスっていう地球外生命体が、パンドラボックスのパネルを通じて新世界に現れたんだ。そいつが宇宙を巻き込んで心中しようなんてとんでもない事を起こそうとしたから、ライダーシステムを使わざるを得ない状況になってな。しかも、そのキルバスが一時的にパンドラボックスを復活させた影響で、人体実験を受けた人間に旧世界の記憶が戻ったんだ。二人も会ったことがある美空達とかな」

 

 そこまで口にすると、ビルドフォンに、『仮面ライダーに告ぐ。至急、政府官邸に集え』とテロップが映し出されたテレビのキャプチャ画像を見せた。

 

「とは言っても、新世界では全く異なる十年間を過ごしてきた訳だ。互いに連絡が出来る訳じゃねえから、旧世界で仲間だった奴を集めるために、幻さん――髭面のおっさんな。が、こうしてメディアを使ったんだ。当然、不特定多数の人間がこれを目にする訳だから、仕方が無かったとは言えライダーシステムの存在を隠すことは出来なくなった。だから政府が開発をしていたっていう体で、ライダーシステムを配備するしかなかったんだ」

 

 全てを洗いざらい話し終えて深く溜息をついた。今になって思えば、誤魔化そうと思えばどうとでも取り繕えることで、本来なら話さなくてもよいことを打ち明けたのは何故だったのだろうか。

 きっと彼女達が後ろめたい過去だとか、そのようなもので左右される人間ではないと知っているからこそ、これ以上気遣わせない為だなんて尤もらしい理屈付けをしたのだろうか。兵器を生み出したことを咎められたくないだとか、自身は悪くないといった声に浴したくて、無意識の内に弁明しているだけの自己憐憫に過ぎなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、彼女達に全てを伝えるという行為は、仮面ライダーはこの世界に必要ないという自身の信条からは逸脱したものだった。

 

「まあ、そういう訳だ。隠してて悪かったな」

「なるほど。君が研究員を辞めた理由はそういう訳だったのか」

 

 タキオンが納得した、といった様子で呟く。

 

「一海からもお前が気にかけてたとは聞いてたし、二人にはもっと早く話すべきだったと思ってたんだけどな」

 

 それは本心ではあるものの、あくまで自然な流れで話すべきだったのに、という後悔が拭えない。そんなこちらの思いを知ってか知らずか、いつものように、万丈がため息をつきながら茶々を入れる。

 

「ったく、転んだ拍子にボトル落とすなんてドジするかよ、普通」

「うるさいよ。俺だってわざとじゃねえんだから」

 

 その軽口にいつも通りの悪態で返すと、妙に重苦しかった空気が弛緩していくのを感じた。

 

「まあ、いいさ。君が私に隠し事をしていたのは事実だが、その理由を聞けただけで十分さ」

 

 そう言って彼女は徐に立ち上がったかと思うと、こちらに向き直って続けた。

 

「さて、トレーナー君。話も済んだことだし、片付けと準備、手伝ってもらおうか」

「え? お前まだ終わらせてなかったの?」

 

 てっきりもう終わっているものと思っていたので、思わずそう問い返す。ふと時計を見ると、時刻は既に午後三時を回っていた。随分と長い事話し込んでいたらしい。

 

「君がこんなものを落とすからじゃないか。時間も無いんだ。ほら、さっさとしたまえよ」

 

 そう言って彼女はこちらにボトルを放り投げた。慌ててそれを受け取ると、タキオンは踵を返して実験室へと戻っていく。いつの間にか、タキオンの表情から刺々しさは消え、いつもの彼女らしい飄々とした笑みが浮かんでいた。

 

「ったく、人使いが荒いんだから。分かったよ」

 

 そうぼやきつつも、そう急かされるままに席を立つと、戦兎はタキオンと共に研究室に向かった。

 それからトレーナー室に残された万丈とシービーは、しばらくの間どうしたものかと互いに顔を見合わせた。僅かな沈黙が続く中、シービーが何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「あのさ、キミが前に何度か話してくれた恋人のことだけどさ」

「おう」

「あの時、上手く説明できなかったのってもしかして……」

「ああ。俺の恋人――香澄とは、旧世界で出会ったんだ。けど、あいつはあの時病弱でな。俺のせいで人体実験の被験者にさせられて、それが原因で死なせちまった」

 

 過去を懐かしむように、そう言葉を零す。

 

「新世界では、香澄とまた会えた。けど、どういう訳か黒い髪の俺と付き合っててよ……」

「黒い髪?」

「俺もよく分かってねえけど、新世界を作る為に死ぬはずだった戦兎と俺は、本来ならこの世界に存在してはいけない人間なんだとよ。だから俺とは別で、格闘家として活躍してる黒い髪の万丈龍我がいるんだとさ。俺より細っちいけどな」

「えっと、その彼女さんも人体実験を受けたんでしょ? じゃあ記憶も――」

「思い出しただろうな、全部。けど、今更会いには行けねえよ」

 

 悲痛さすら浮かべて吐き捨てると、懐からドラゴンフルボトルを取り出す。彼女の死んだ原因を作っておいて、今更どの面を下げて会いに行けば良いというのか。そんな疑問が脳裏を過って、自嘲するように鼻で笑った。

 ――もしまた会えたら、なんて言うんだろうな。

 手元に握られたボトルにどれだけ語り掛けたとしても、答えが返ってくることはない。彼女の声が聞けたなら、そんな詮ない事を考えてしまう。

 

「香澄にとって、俺は辛い記憶そのものだと思うからよ。そうする資格なんてねえ。……けれどせめて、あいつには思い出さないでほしかったとは思ってる」

 

 思い出されるためには忘れられなければならない、ということは余りにも物悲しい。だから、せめてその方が香澄にとって幸せなのだと、言い聞かせるように口に出した。自分が知る十年とは違う過去を過ごした香澄がどう考えているかなんて、自分には想像もつかないのに。

 

「そっか。ごめんね、そんな辛い話をさせちゃって」

 

 シービーはそれ以上何も言うことなく、ただ静かにそう答え、どこかやりきれないような顔をする万丈を見つめた。

 

「気にすんな、もう過ぎた話だ。香澄は幸福な人生を取り戻して、俺はこうして戦兎と一緒にお前達のトレーナーをやってる、それだけのことだからよ。じゃ、俺は戦兎達の手伝いしてくっから。お前はどうする?」

「アタシはもう少しここにいようかな。まだ、ちょっと整理がつかないから」

「分かった」

 

 万丈はそう言ってトレーナー室を後にした。

 

「さよならだけが人生、か……」

 

 彼女はいつしか耳にしたその言葉を、三人が去った部屋で一人そう呟いた。

  花に嵐のたとえもあるさ 

  さよならだけが人生だ

 ある者はこの詩を口ずさむことで、人生のクライシス・モメントをのりこえたと言っていた。さまざまの因襲や葛藤にさよならを言うことで成り立っているその主義は、自身の納得できなければやらない――そういった価値観を支えてくれるものであり、彼女にとってもまた、なぐさみとなる「名言」であった。

 

「アタシもいつか、大切な人ができたら分かるのかな……」

 

 それでも、何故か今だけはこの言葉が酷く物悲しく聞こえた。




投稿頻度なんとかしてよ!?
いや自分タイミーなんでちょっとわかんないっす・・・

過去話の稚拙な文章を見ていや~キツイっす(素)

因みに最後の方は寺山修司読んでると元ネタが分かるらしいよ
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