ビルド NEW WORLD プリティーダービー   作:極み吠えるジンオウガ

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「天っ才物理学者の桐生戦兎は、万丈龍我と共に速度の限界を追い求めるウマ娘、アグネスタキオンのトレーナーをする事に。そんな中、万丈が暇している時にミスターシービーと出会う」
「なあ戦兎、ミスターって男に使う言葉なんだろ? シービーって女の子だよな。なんでだ?」
「そりゃあお前、それは……。本人に直接聞きなさいって」
「誤魔化したよ」
「さあさあどうなる第四話!」


桐生戦兎のアフェクション

 万丈がシービーと契約をしてから幾日か経ったある日の事。淡く透き通るような空の中を小さく温かみを帯びた風が吹き付け、春の訪れを予感させる中、戦兎と万丈の二人は偶然にも出会ったタキオンと学園近くの商店街を歩いていた。

 

「ったく、万丈のせいで余計な仕事が増えちまったじゃねえか」

 

 ぞんざいな口調でそう語る戦兎の手には、スポーツドリンク、冷却シート、風邪薬に栄養剤などが入ったドラッグストアのビニール袋が握られている。その中身は全てシービーの為に買ったもので、彼女が体調を崩してしまった為に戦兎と万丈で買い出しに行っていた所だった。

 

「……悪かったって」

 

 戦兎からの小言に、万丈はバツが悪そうな表情を浮かべて謝罪を口にする。

 

「謝る相手が違うだろ。それはお前の担当に言ってやりなさいよ。ほら」

 

 そう言い返すと、万丈に持っていたビニール袋を手渡す。

 

「先にシービーの所に行って看病してやんな。俺達は他に食材を買ってから向かうから」

「おう、分かった」

 

 万丈は短くそう答えると、戦兎から受け取った荷物を抱えてシービーの元へと向かった。万丈を見送った後、戦兎はタキオンと共に他の買い物を済ませるべく、穏やかな商店街の人波を掻き分けながら進んで行く。

 

「それで? 何故私まで買い物に付き合わされているんだい?」

 

 隣を歩く戦兎に向かって、不服そうに眉間にシワを寄せながらそう尋ねるタキオン。

 

「そりゃあ、お前の食生活が心配だからだよ。カフェから普段買った物をミキサーで放り込んで飲み干してるって聞いた時は流石に驚いたわ」

 

 度々訪れていたタキオンの実験室で知り合ったウマ娘、マンハッタンカフェ。彼女との会話を思い起こし、ため息混じりに答える。確かに、以前からタキオンは食事という行為に対して無頓着な兆候はあったが、まさかそこまで酷いとは思ってもいなかった。

 彼女の研究に対する姿勢は、物理学者の自分から見ても素晴らしいものだとは思うが、研究に傾倒する余りに自分の身体を蔑ろにする点は流石に頂けない。そう思い、半ば強引に彼女を連れ出して買い物に同行させた訳だが、当の本人は尚も硬い表情を崩さずに不機嫌そうにしていた。

 

「別にいいじゃないか。経口から補給するだけの行為に時間を掛けるのは非効率的だと思わないかい?」

 

 そんな戦兎の憂いを他所に、当の本人は心底興味無さげにそう答える。タキオンらしい反応ではあるが、やはりもう少し人間的な生活をして欲しいというのが本音だ。

 

「非効率とかそういう話じゃないでしょうが。食事は美味しく食べてこそ意味があるんだよ」

 

 呆れたように溜息混じりに呟くと、戦兎は足を止めて目の前にある青果店に視線を向ける。店先に並ぶ野菜は瑞々しく輝き、色鮮やかな色彩を放っており、そのどれもが新鮮さを物語っている。戦兎はそれらを吟味しながら、頭の中で献立を組み立てていく。

 

「今日はシービーが居るから、消化に良い物を作ってやるか」

 

 そう独り言のようにぼやくと、幾つかの食材を選び取って籠へ入れ、店の奥に居た店主へと声を掛ける。

 

「すみません、これ下さい」

「あいよ!」

 

 手にした籠をレジ台に置くと、店主は威勢の良い声を上げて手際良く商品を梱包していく。その様子を眺めていた戦兎だったが、制服を身に纏ったタキオンが傍らに寄って来ると、その姿を視界に捉えた店主が不意に口を開いた。

 

「ん? お客さん、トレセン学園のトレーナーさんかい?」

「えっ? そうですけど……。」

 

 タキオンの方へ顔を向けたまま、戦兎にそう尋ねてくる店主。突然の質問に戸惑いながらも、肯定する。

 

「やっぱりそうか! 随分と若いトレーナーさんだけど、新しく赴任してきた方かい?」

「ええ。訳あって今月就任したばかりで、こいつの担当をしているんです」

 

 戦兎はそう言うと、隣に立つタキオンに視線を移す。

 

「そうだったかぁ、若いのに大したもんだねぇ。これ、おまけしとくよ」

 

 店主は感心するように何度も相槌を打つと、袋に詰め終えた商品とは別に数種類の果物をビニール袋に入れ、それを手渡してくる。戦兎は思わぬ好意に驚きつつも、礼を告げて代金を支払った。店を後にすると、二人はビニール袋を手に下げて再び歩き出す。

 別に何か特別な事があった訳ではないのだが、どこか漠然としない感覚がした。先程の、陽気で面倒見の良さそうな店主との会話の中で不意に石動惣一の事が脳裏に浮かび、久しく彼の店を訪れていない事を思い出したのだ。戦兎と万丈が学園に赴任してから数週間程が経過しているが、その間ずっとnascitaには足を運んでいない。学園の仕事に追われ、すっかり忘れていたが、改めて思い出すと何だか無性に懐かしさが込み上げてきた。──タキオン達も連れて、また行くかな。そう考えながら、その後も買い物を続けて必要な食材を買い揃えた戦兎とタキオンは、二人が待つシービーの自宅へと向かった。

 

 二月は如月(にょげつ)。厳冬が終わりを告げ、梅の梢から覗く蕾が綻ぶ季節と言えど、未だ日は瞬く間に駆けて行く。

 郷愁を孕んだ斜陽が薄暮の街に淡い朱色のヴェールを被せる中、長く伸びた二人の影法師が長閑な住宅街の道を歩み続けていた。遠くから聴こえるカラスの鳴き声、風に乗って鼻腔を刺激する夕飯の匂い、微かに響く子供の笑い声。そのどれにも、不思議とノスタルジックな気分を掻き立てられる。

 そんな穏やかな空気に包まれながら、地面に落ちた影が曖昧になり始めた頃、戦兎とタキオンはシービーの家に到着した。玄関前に辿り着くと、戦兎はインターホンを鳴らす。少しの間を置いて扉が開かれ、万丈が姿を現わした。

 

「おう、戦兎。買い出しありがとな」

「気にすんなって。それより、シービーの様子はどうだ?」

 

 そう訊ねると、万丈の脇を抜けて家の中へ入る。その後に続く形で、タキオンも敷居を跨いで、玄関に上がった。

 

「ああ、さっきまで熱があったんだけど、薬を飲んだらだいぶ落ち着いたみたいだぜ」

 

 リビングへ続く廊下を進み、部屋に入ると、寝間着姿のシービーがロフトから身を乗り出してこちらを見下ろしていた。額に冷却シートを貼っており、頬が僅かに紅潮しているが、その表情は穏やかで体調が回復しつつある事を窺わせ、微笑みを浮かべて小さく手を振ってくる。

 

「おかえり。ごめんねみんな…心配掛けちゃった上にわざわざ買い出しに行ってもらって……」

「いいっていいって。万丈が原因みたいなもんだし、俺達はお前の担当トレーナーなんだからこんな時くらい遠慮せずに頼ってくれ。それより、体調は大丈夫なのか?」

 

 申し訳なさげに謝罪を口にするシービーに笑みを浮かべてそう返すと、手に提げていたビニール袋をテーブルの上に置いてコートを脱ぐ。

 

「うん、おかげさまで朝よりは大分楽になったよ」

 

 戦兎の言葉に軽く返事をしたシービーは、万丈に肩を借りる形で梯子から降りてくると、そのままソファに腰を下ろす。

 

「まだ病み上がりでしょ。無理して起き上がんなくていいから休んどけ。あと、キッチン借りるぞ。ほら万丈、お前も手伝え!」

 

 戦兎はそう言うと、シービーを横目にキッチン台の前へ立つ。そして、買ってきた食材をビニール袋の中から取り出すと、慣れた様子で調理を始めた。

 その様子を見ていたタキオンとシービーの二人は、戦兎が手際よく食材を刻んでいく様を眺めながら、互いに顔を合わせる。

 

「ねえ、タキオン。桐生トレーナーって料理出来るの?アタシが言うのもアレだけど、普段あんまり自炊とかしないタイプに見えるんだけど……」

「私もそう思っていたのだが、どうやらそうではないみたいだね」

 

 戦兎の意外な一面を目の当たりにして、二人は興味深そうに視線を向ける。すると、その会話に聞き耳を立てていた戦兎が顔を上げて振り返る。

 

「失礼な。俺だって自炊ぐらいするっての。一人暮らしもそれなりに長いんだし。っていうか万丈! 手伝いなさいよ。何ボーッとしてんだよ?」

「ああ、悪い」

 

 万丈はそう言われ、慌てて戦兎の隣に立つと、二人で協力しながら夕飯を作り始める。数十分程も経つと、四人がギリギリで座れるサイズの食卓に次々と食事が並べられていく。

 絹の様に艶やかな麺とほうれん草を卵とじで包み込んだうどん、脂が少なく、淡泊な白身魚の酒蒸し、野菜がたっぷり入った味噌汁、そして戦兎にとっての好物である、甘い味付けの卵焼き。それらが食欲を刺激する香りと共に、湯気を立てて目の前に並ぶ。

 

「食うか」

 

 戦兎が皆に声を掛けると、各々が箸を取り、手を合わせて合掌をする。

 

「いただきます」

 

 戦兎の掛け声に続いて、三人の声が重なる。そして、各々が思い思いに手をつけた夕食を食べ進め、しばらくの間、室内には食器同士が奏でる音だけが響いていた。やがて、全員が食事を平らげた頃にはすっかり七時を過ぎていた。

 

「ふぅ、美味しかった。御馳走様でした」

 

 満足そうな笑みを浮かべながら、そう呟いたシービーは両手を合わせた後、空っぽの器を前に箸を置く。

 

「はい、お粗末さん」

 

 戦兎はそう言って微笑むと、空になった器を重ね合わせて流し台へと運んで行き、スポンジに洗剤を付けて皿洗いを始める。そんな戦兎に対し、万丈がふと思い出した様に苦言を呈する。

 

「ってか戦兎の作る卵焼き、相変わらず甘すぎるだろ。少しは砂糖の量減らせって」

 

 万丈はそう言って、舌の上に残る甘味に顔をしかめる。

 

「この味が好きなんだから良いでしょうが。おふくろの味ってやつですよ」

「私も、この味は好きだがねえ」

 

 戦兎が意固地になっていると、タキオンが口角を引き上げて肯定する。それを聞いた万丈は悔しげに眉をひそめた。

 

「マジかよ……」

 

 万丈はそう言うと、チラッとシービーの方を一瞥する。すると、その視線に気付いたシービーは困ったように苦笑いを浮かべた。

 

「ごめんね、アタシはちょっと苦手かなぁ」

 

 シービーはそう答えながら、頬を掻く。万丈はそんな彼女の反応を見て、わが意を得たりというように何度も首を縦に振った。

 

「だよな! やっぱりそうだよな!」

「子供か」

 

 戦兎はそう言うと、呆れたような目付きで万丈を見つつ、蛇口を捻って水を出す。すると、それに負けじと万丈は反論する。

 

「そもそもな、甘い物好きな奴なんて、大体ガキなんだよ。戦兎もいい年したおっさんなんだから身体に良くねえぞ」

「おっさんとは失礼な、俺まだ二七だぞ」

「十分おっさんじゃねえか」

「それを言ったらお前俺と三つしか変わんないじゃん」

 

 言い争いを続ける二人に対してシービーは苦笑いを浮かべると、タキオンに話しかける。

 

「まるで子供の喧嘩だね」

「全く、騒々しいものだ」

 

 その言葉に、タキオンは小さく肩をすくめて同意を示す。二人が話している間も、万丈と戦兎の口喧嘩は続いていた。

 

 戦兎が皿洗いを終える頃、空腹が満たされた事で眠気が襲ってきたのか、シービーは欠伸を噛み殺しながら瞼を擦っていた。

 

「シービーはもう寝ときな。夜更かししたらまたぶり返しちまうぞ」

 

 その様子に気が付いた万丈はそう言いながら、シービーの背中を押してロフトへ上がる様に促すと、彼女を寝かしつけて布団を被せる。

 

「んー……、わかった……」

 

 そう答えるシービーの声は既に微睡みを帯びており、既に意識が夢の中に半分以上沈みかけている事が窺えた。

 

「さて、俺達もそろそろ帰るか」

 

 戦兎がそう口にすると、万丈も「だな」と答えて、シービーに別れを告げる。

 

「んじゃ、俺達は帰るからな。鍵はポストに入れておくから、しっかり休めよ」

「うん、ありがと。おやすみ……」

「ああ、おやすみ」

 

 万丈の言葉に返事をしたシービーはゆっくりと目を瞑ると、どうやら眠りについたようで、程なくして規則正しい呼吸音が聞こえてくる。その様子を確認した三人は玄関へ向かい、靴を履いて扉を開けるも、身体を苛む様に冷たい風が吹き付けてくる。戦兎は思わず身を震わせる。外はすっかり日が落ちていて、銀色の光を帯びて玲瓏と輝く満月が静かに地上の闇を照らし、その下で虫達が静かに鳴いている。

 三人は家を出て、アパートの階段を下る。そして、道路に出ると二台のマシンビルダーを展開して跨った。戦兎と万丈がそれぞれのハンドルグリップを握ると、タキオンはヘルメットを嫌そうに被り、戦兎のマシンビルダーの後ろに跨る。

 

「それじゃあ、帰りますか」

 

 戦兎はそう言ってエンジンをかけると、夜の静寂に溶け込むように走り出す。そして、それに続いて万丈を乗せたもう一台も走り出すと、二つの律動は夜に響き渡り、街へと消えて行った。

 それから数分ほど走ると国道に差し掛かり、そこを越えれば学園までは僅かといった所で戦兎と万丈は交差点の信号で止まった。すると、ふとタキオンが妙に馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。

 

「トレーナーくーん、私用のヘルメットぐらい用意しておいてくれよー。耳が痛くて仕方がないじゃないか」

 

 タキオンはそう言ってヘルメット越しに自分の頭を撫でると、不満気に戦兎の背に寄りかかる。

 

「分かったよ、今度買ってくるから。っていうか寄りかかるのやめなさいよ」

 

 そう注意をするも、タキオンは戦兎にもたれかかったまま離れようとしない。

 

「なら、私の為に明日から食事を用意してくれたまえ。君が作る卵焼きは私好みだったからね」

「え? 俺が作るの? 自分で作りなよ。レシピ教えてやるから」

「い・や・だ! 私の面倒を見るのが君の役目だろう! トレーナー君だって私の食生活が心配だと言ってたじゃないか!」

 

 タキオンはそう言って駄々をこねると、戦兎の肩を掴んで揺すり始める。

 

「ああもう、分かった分かった、作ってやるから! 信号青になったから揺らすのやめなさいよ!」

 

 そう言われてようやく手を止めたタキオンは最初から素直にそう言えば良いんだよと呟いて、満足そうに笑みを浮かべると戦兎の背中から離れた。

 やがて、再びバイクを走らせる事数分、三人は見慣れた景色の中に建つトレセン学園の前に到着した。戦兎と万丈がバイクから降りると、後ろに乗っていたタキオンも降りてヘルメットを外す。すると、彼女の頭から生えている耳がピンと立ち上がる。

 

「ふう、やっと窮屈な空間から解放された気分だよ」

 

 そう言うと、タキオンは両手で抱えているヘルメットをタンデムシートの上に置く。冷たい空気が彼女の頬を撫でると、心地良さげに吐息を漏らした。

 

「じゃあ、俺達も帰るから。また明日な」

「しっかり休めよ」

「ああ、また明日。それとトレーナー君。くれぐれも食事の件、忘れないように頼むよ?」

 

 戦兎と万丈がそう言うと、タキオンは最後に念押しするように告げる。

 

「はいはい、分かってるって。それじゃあ、おやすみ」

 

 苦笑いを浮かべながら答えると、万丈もまた軽く手を上げてまたなと返す。

 

「ああ、おやすみ」

 

 二人の返事を聞いたタキオンは小さく微笑むと、学園の敷地内にある寮へと帰って行く。その背中を見送った二人は、互いに顔を見合わせながら小さく笑う。

 

「さて、俺達も帰るか」

「だな」

 

 戦兎がそう口にすると、万丈もそれに同意を示して帰路に就いた。

 

 ――翌日。未だ日の出を迎えていない薄明の頃合い。戦兎は仄暗い貸倉庫の片隅で、タキオンに頼まれていた弁当を拵えていた。昨晩、結局押し切られる形で約束させられた訳だが、学園の始業に間に合わせる為には早朝に起きて支度をする他に無く、気怠さを堪えて朝食と弁当の準備をしていた。

 

「よし、これで完成っと……」

 

 そう呟きつつ、完成した四人分の弁当箱に蓋をして風呂敷で包むと、保冷剤の入ったバッグの中に仕舞う。作業を終えて大きく伸びをすると、眠気眼を擦りながら時計を見る。時刻は午前六時半前、そろそろ起床時間であった。

 

「おい起きろ、早く起きろ筋肉バカ」

 

 万丈が寝ているソファの足を何度も蹴飛ばして起こす。

 

「何しやがんだ戦兎……」

「朝だから起こしてやっただけだ。ほら、さっさと準備しなさいよ」

 

 まだ意識が覚醒しきっていない万丈にそう言い聞かせると、換気を兼ねて倉庫のハンガードアを開け、外に出る。空を仰ぎ見ると、東雲色の光が夜闇を照らし始めており、水彩画の様な雲の輪郭を鮮明に浮かび上がらせていた。その眩しさに目を眇めて眺めていると、背後から万丈が声をかけてきた。振り返ると、万丈は既に身支度を整え終えていて、いつもと同じく、龍の刺繍がされたスカジャンを羽織っている。

 

「今日は随分早いんだな」

「タキオンに弁当作れって頼まれたから、早めに起きるしかなかったんだよ」

 

 戦兎がそう説明すると、万丈は納得したようにああ……と呟いた。

 

「お前も大変だな」

「他人事みたいに言ってくれるじゃねえか」

 

 そう軽口を叩き合いながら、戦兎達は一台のマシンビルダーを走らせて学園へ向かう。

 一時間ほどで学園に着くと、多くの生徒が向かいの寮から登校をしていた。喧騒に満ちた生徒達の合間を縫う様にして校舎に入ると、二人はトレーナー室へ直行する。部屋に入ると、戦兎は窓際のデスクに腰掛け、パソコンの電源を入れる。すると、起動画面が表示されるよりも先に、扉をノックする音が聞こえた。

 

「どうぞー」

 

 戦兎がそう答えると、タキオンが扉を開けて部屋に入ってきた。

 

「おはよう。トレーナー君」

「ああ、おはよう。はい、これ」

 

 挨拶を済ませると、鞄の中から弁当を取り出してタキオンに渡す。

 

「ありがとう。早速頂くとするよ」

 

 タキオンは礼を言うと、弁当を受け取って部屋の隅にある椅子に座って包みを開く。その様子を横目で見ながら、戦兎はパソコンを眺めてメールのチェックを行う。暫くして仕事関連の連絡が無い事を確認すると、戦兎は暇そうに自重トレーニングをしている万丈に声をかけた。

 

「俺達も飯にするか」

「おう。って、俺達の分もあるのかよ?」

「あるよ。タキオンに作るついでだけどな」

 

 戦兎は万丈に弁当を渡すと、嬉々としてそれを受け取り、戦兎も自分の作った弁当を手に取る。そして、二人はテーブルを挟んで向き合う形で席に座ると、黙々と食べ始めた。やがて、タキオンが先に食べ終えると、満足そうな笑みを浮かべて呟いた。

 

「うん、美味しかったよ。ご馳走様」

「そりゃどうも。それより、もう授業始まるからさっさと教室に行きなさいよ」

 

 そう言うと、タキオンは空になった弁当箱を戦兎に差し出す。

 

「分かってるよ。じゃあ、また放課後にね。トレーナー君、モルモット君」

「はいはい、行ってらっしゃい」

「遅刻すんなよー」

 

 戦兎と万丈が見送りの言葉をかけると、タキオンは手を振ってトレーナー室から出て行った。それから程なくして二人も食事を終え、弁当箱を片付けると、徐に戦兎が立ち上がった。

 

「さて、俺達も行くとしますかね」

「おう、そうだな。って、何処にだよ?」

 

 万丈が不思議そうに尋ねると、戦兎は呆れた様子で答える。

 

「決まってるでしょうが。シービーの所だよ。どうせタキオンは午前中の間、授業だしな」

「ああ、そういうことか」

 

 万丈は戦兎の意図を理解して納得すると、二人はシービーの家に向かうべく学園を出た。

 ――十分ほどマシンビルダーを走らせて住宅街に着くと、シービーの暮らすアパートの前にバイクを止める。そして、二人は玄関の前に立つとチャイムを鳴らして待つ。すると、数秒も経たないうちに扉が開かれて、中から昨日と同じ格好をしたシービーが現れた。

 

「あ、トレーナー。来てくれたんだ」

「まあな。ほれ、お土産だ。食って元気付けな」

 

 戦兎はそう言いながら、バッグから取り出した弁当箱を彼女に手渡した。

 

「え?わざわざお弁当用意してくれたの? ありがとう!」

 

 シービーは満面の笑顔で弁当箱を受け取ると、そのまま二人を部屋の中に招き入れる。昨晩とは打って変わって元気そうな彼女の姿を見た戦兎は、少し安堵しつつ靴を脱いで上がると、万丈と共にリビングへと通される。

 

「それで、体調の方は大丈夫なのか?」

 

 万丈に尋ねられたシービーは、手に持っていた弁当箱をテーブルの上に置くと、小さく首を縦に振る。その表情からは、普段通りの明るい雰囲気を醸し出していた。

 

「うん、もう大分良くなったから明日にはまた登校出来るかな。心配してくれてありがとう」

 

 彼女はそう言って微笑むと、弁当箱を開けて中身を覗き込む。

 

「わぁ……美味しそう! いただきます」

 

 弁当の中に入っている料理を見て、シービーは感嘆の声を上げると、箸を持って早速食べ始める。そんな彼女の様子を、二人はソファに腰掛けて静かに見守っていると、不意に万丈が戦兎に話しかける。

 

「にしても前々から思ってたけどよ、やっぱ戦兎ってタキオン達に甘過ぎじゃねえのか?」

「確かに、それはアタシも思うかも」

 

 万丈の問いに同意するように、シービーも声を上げた。

 

「何だよ、急に。別にトレーナーなんだから、普通だろ」

「それはそうかもしれねえけどよ、俺は実験の手伝いとか、トレーニング以外であいつの世話焼いてばっかで、戦兎がいつか倒れちまうんじゃねえかって気が気じゃねえんだよ」

 

 そう言って言葉を濁すと、隣に座る戦兎の顔を見やる。すると、当の本人は特に気に留めた様子も無く怪しげに笑う。

 

「何笑ってんだよ……」

「いや、お前も言うようになったなって思っただけだよ。ま、安心しなさいって。俺はそう簡単には倒れたりしないからさ。なんたって天才ですから」

 

 戦兎は自信ありげにそう答えると、天井を仰いで呟くように続けた。

 

「それに、あいつを見ていると放っとけないというか、どうしても断り切れないんだよ。まるで昔の俺みたいでさ」

「戦兎……」

 

 滔々と語られたその思いを聞いて、万丈は思わず言葉を失う。

 戦兎は、科学を信奉し、ウマ娘の可能性を追い求める彼女の姿に、嘗ての不器用な自分――葛城巧の姿を重ねていた。愛と平和(ラブ&ピース)の信念を掲げる、誰よりも尊敬していた父の背中を追って、科学者の道へと進もうとした過去の自分と。

 無論、彼女のそれは犠牲を強いるようなものではない。誰にも理解されることのない孤独を抱える、その心配はないとは思うが、彼女の傍で支えとならなければと、心の何処かで思っていた。

 

「なんてな。柄にも無いこと言っちまった、忘れてくれ。まあ、タキオンもシービーも、まだ子供だからな。大人の俺達が出来る限り面倒を見てやんないとってだけの事さ」

 

 誤魔化す様にそう締め括ると、頬杖を突いて窓の外を眺める。

 

「……そうか」

 

 万丈はそう一言返すと、それ以上は何も言わずに戦兎と同じように外を眺める。二人の視線の先には、青空の下に広がる住宅街の景色が広がっていた。暫くしてシービーが弁当を食べ終えると、戦兎は空になった弁当箱を受け取り、バッグに仕舞う。

 

「ご馳走様。美味しかったよ」

「そりゃ良かった。それじゃあ、俺達は学園に戻るな。また明日、元気な顔を見せに来てくれよ」

 

 戦兎はそう言って微笑みかけると、万丈と共に立ち上がる。すると、シービーも二人に倣って立ち上がり、玄関まで見送る。

 

「うん、分かった。今日は本当にありがとうね」

「おう、またな」

「お大事にな」

 

 シービーの言葉を受けて、二人は挨拶を返しながらアパートを出ると、数分程マシンビルダーを走らせて学園へと戻った。

 学園に戻った戦兎は、トレーナー室に入るなり弁当箱を洗って片付け、ソファに腰掛けるとデスクワークに取り掛かる一方で、万丈は床のモップ掛けを始めた。すると、不意に部屋の扉が叩かれる。

 

「なんだ?今日は随分と来客が多い日だな」

 

 万丈が冗談交じりにそう呟きながら、モップ片手に扉を開けると、そこには駿川たづなの姿があった。

 

「失礼します。お仕事中にすみません、お二人とも」

「いえ、構いませんよ。どうしました?」

 

 戦兎がパソコンのモニターから顔を覗かせて訊ねると、たづなが困った表情を浮かべつつ答えた。

 

「実は今朝からずっと探しているんですけど、アグネスタキオンさんを見掛けませんでしたか?」

「タキオンですか? 授業中じゃないんですかね?」

「それが、午前中の授業は全て欠席されていたみたい「「えっ?」」でして……」

 

 たづなの話を聞くや否や、戦兎は慌ててビルドフォンを取り出して電話を掛け始め、万丈もその傍に寄って耳を傾ける。数回コール音が鳴った後、通話が繋がり聞き慣れた声が聞こえた。戦兎は指を口の前で立てて、二人に静かにするようジェスチャーで伝えると通話をスピーカーに切り替える。

 

『何だい? トレーナー君』

「タキオン、今からちょっとトレーナー室に来れるか? ちょっと渡したい物があるんだけど。授業休憩の間で済むからさ」

『ん、そうかい。では、少し待っていてくれたまえ』

「ああ、急いで頼むぞ」

 

 戦兎がそう言い残すと、通話が切れる。

 

「よし、これで大丈夫だろ。後はタキオンが来るまで待つだけだな。すみませんね、たづなさん。わざわざご足労頂いてしまって……」

「いえ、私の方こそ急に押しかけてすみません。トレーナーに就任したばかりで忙しいでしょうに……」

「そんな事ないですよ。寧ろ、タキオンの事で色々と迷惑をかけているので、こちらの方が申し訳ないというか……」

 

 たづなの気遣いに戦兎はそう答えると、次第に廊下の向こう側から慌ただしい足音が迫ってきた。

 

「やーっと来たか」

 

 直後、勢いよくドアが開かれると、息を切らしたタキオンが部屋に飛び込んできた。

 

「トレーナーくーん? 一体私に何の要件があって呼び出し……ってあっ!?」

 

 そこまで言うと、タキオンは戦兎の隣に立つ人物を見て奇怪な悲鳴を上げる。

 

「た、たづな君! どうしてここに……!」

「こんにちは、アグネスタキオンさん。探しましたよ」

 

 驚き戸惑う彼女に対し、たづなは笑顔で話しかけるも、その瞳の奥には怒りの色が見え隠れしていた。

 

「ト、トレーナー君。君、まさか……」

「騙して悪いけど、サボりは流石に看過出来ないから、な? 万丈」

「おう」

 

 戦兎の言葉に万丈も同意すると、たづなが一歩前に出てタキオンに詰め寄る。

 

「さあ、行きましょうか」

「ま、待ち給えたづな君! 話せば分かる!」

「問答無用ですっ! お説教はきちんと受けて貰いますからね!」

「そ、そんなぁー!」

 

 タキオンの情けない叫び声と共に、二人は部屋の外へと消えていった。

 彼女が知る事のない戦兎の思いは、密やかに水面の泡の様に溶け込んでいく。

 




今だ!!!!!!次話をビルドのシリーズに押し込め!!(2週間以上かかって猛省する先パピ)
読者兄貴の感想と評価とお気に入りのみが体の養分だぜ。

汝、星のごとくで二回も涙汁を出した。(2023年の本屋大賞どれも太いぜ。)
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