ビルド NEW WORLD プリティーダービー   作:極み吠えるジンオウガ

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「今回は長めにあらすじ紹介しちゃいますよ。天っ才物理学者の桐生戦兎は、新世界で記憶が蘇った仲間と共に、テロ組織『ダウンフォール』の野望を阻止し、今度こそ手にした平和を享受していた。そんな中、相棒の万丈龍我と共に府中を訪れると、アグネスタキオンと名乗るウマ娘から逆スカウトをされる事に」
「しかし、幻さんが推薦してくれたとは言え、理事長も良く許可してくれたよな」
「そりゃあ天才ですから」
「けどよ、それって要するにコネだろ?」
「茶々入れるんじゃないよ。誰かさんが発明品を全然売り捌いてくれなかったんだからこの際コネでもいいでしょうが。そんなこんなでタキオンのトレーナーとして勤めていると、今度は万丈がミスターシービーと名乗るウマ娘と契約をしちゃうのでした」
「色々あったんだからしょうがないだろ!戦兎がタキオンの発明品に熱中してるから一人でレースコースに行ったらシービーがそこにいて……」
「説明が長いっての! 俺達は桐生院トレーナーのアドバイスを受けながらデビュー戦に備えていくのでした! さあ、どうなる第五話!」


イミュータブルの関係

 三月。開花を今かと待ち侘びる桜が、蕾を膨らませて佇む季節。四人で過ごす事が日常となりつつある休日の事。暖かな陽射しが降り注ぐ中、戦兎は万丈とタキオン、シービーのいつものメンバーに、カフェを加えた五人は、府中の駅へと向かっていた。

 事の発端は昨日、トレーナー室でトレーニングメニューについて話し合っていた際の事。万丈とのふとした会話の中で戦兎が明日の休みにnascitaへ行かないかと口にしたところ、それを聞いたシービーが自分も行くと言い出し、それに触発されたタキオンも是非と同行を申し出たのだ。当初は万丈と二人で行こうと思っていたのだが、予想以上に二人が乗り気だった為、人数が増えた所で特に断る理由も無いと了承し、折角だからコーヒー好きのカフェも誘おうという流れとなり、今に至る。

 天気に恵まれた土曜日。春の朗らかさに釣られて気持ちも浮き立つような心地の中、戦兎達は駅の改札を抜けてホームへと向かう。すると、丁度電車が到着したらしく、扉が開くと同時に車内へと入り込む。座席が埋まっていたので、空いている吊り革や手摺を掴んで立っていると、程なくして発車のベルが鳴り響いて扉が閉まり、ゆっくりと車体が動き出した。

 

「そういえば、こうして皆と出掛けるのは初めてだね」

 

 流れる景色を眺めながら、隣に立ったシービーが楽しげに微笑みつつそう呟く。

 

「言われてみれば確かにそうだな」

「……ですね」

 

 彼女の言葉に万丈とカフェが同意を示すように相槌を打つ。シービーの言う様に、普段から学園内で顔を合わせる機会は多いが、皆で遊びに出掛けた事は担当になってから一度もなかった。戦兎自身も、誰かと何処かに出かけるという経験は学生時代を最後に殆ど無かったため、久しく忘れていた感覚に懐かしさを覚える。

 

「にしても、タキオンが自ら付いてくるなんて珍しいな」

「宇宙物理学は専門ではないが、極プロジェクトの関係者がやっている店、というのを知って気になってね」

 

 10年前、新世界でも行われていたらしい火星友人探査のプロジェクトの名をタキオンが口にする。自分の興味があること以外には希薄な反応を見せる彼女が、と思っていたのだがそういう目的があったらしい。

 

「それより、本当に良かったんですか?私までついて来て……」

「気にするなって。元はと言えば俺が言い始めた事だし、人数が増える分にはマスターだって喜ぶだろうから。」

 

 遠慮がちに訊ねるカフェに対し、そう答えを返す。

 

「……ありがとうございます」

 

 そう言って小さく口元を緩めると、カフェは嬉しそうな表情を浮かべる。それから他愛もない雑談をしている内に、電車は目的地の最寄り駅に辿り着いた。

 改札を通り抜けて外に出ると、片田舎の府中とは打って変わりオフィスビルが立ち並んだ、如何にも東京らしい街並みが広がっている。潮騒の様に響き渡る車の音、往来する人々の喧騒を耳にしながら、戦兎達はnascitaを目指して歩き出す。

 十分程歩いて、都道沿いの商店街に入ると、建物の雰囲気が変わり、人の流れもそれに合わせて穏やかになった。そのままアーケード屋根が設置された歩道を歩き、途中にある裏路地に入ると、突き当りに『caffe nascita』の文字が描かれた立て看板に、『APERTO(営業中)』と書かれたプレートが目に入る。

 

「着いたぞ。ここだ」

「へぇー。場所だけに隠れ家みたいだね」

「隠れ家って……まあ、確かに分かり難い場所にあるけどな……」

 

 シービーの何気ない感想に対して、戦兎は苦笑しつつ答える。とは言え、路地の奥にひっそりと佇む小さな店構えは、成程隠れ家と言うに相応しい雰囲気を放っている。

 

「さ、入りますか」

 

 戦兎が先頭に立って店の入口を開けると、店内から流れてくるジャズ音楽に混じって、コーヒー豆の香りが鼻腔を刺激する。カウンターの奥では店主である石動惣一と、娘の美空が並んで作業をしていた。

 

「ただい――どうも」

 

 嘗ての癖で帰宅の言葉が漏れ掛けるが、辛うじて言葉を呑み込んで挨拶をする。つい口にしてしまいそうになるのは、それだけこの場所で、仮初でも家族として過ごした時間が忘れられない証左なのだろうが、戦いが終わった今、ここはもう戦兎と万丈が帰る場所では無い。

 

「おっ! 桐生君に万丈君、久し振りだね」

 

 戦兎の来訪に気付いた惣一は親しげに声を掛ける。だが直後、戦兎と万丈に続いて入ってきたタキオン達の姿に気づくと、目を丸くして、慌てて駆け寄って来る。

 

「って、ちょっとちょっと! こんな美人さん三人も連れてきてどうしちゃったの!?」

 

 声を荒げて詰め寄る惣一に対し、戦兎は頬を引き攣らせて後ずさりつつ、弁明を試みる。

 

「あーっと、これには色々と事情がありまして……」

「色々?」

「まあ、その話はまた後でゆっくりしますから」

「もう。ほらお父さん、し・ご・と!」

 

 首を傾げる惣一に、戦兎は曖昧な返事をして誤魔化すと、不意にカウンターから出て来た美空が呆れた様子で父を嗜め、その背中を押しながら戦兎達をカウンター席へと案内する。

 

「幻徳から聞いた。でも何でトレーナーなんてやる事になったの?」

 

 戦兎達が椅子に腰掛けると、美空は惣一から受け取った水入りのグラスを五人に配りながらそう訊ねる。

 

「いや、成り行きでっていうか……」

「私が頼んだんだよ」

 

 答え倦ねている戦兎に、横からタキオンが割り込むように話に割り込むと事の経緯を掻い摘んで説明した。

 

「へぇ。それでトレーナーを」

「そんな事があったんだ。アタシも知らなかったな」

「ああ、そういえばお前には言ってなかったっけか」

 

 万丈は思い出すように腕を組む。

 

「なあんだ、俺てっきり二人に彼女でも出来たのかと思ったよ」

 

 タキオンが話をしている間に注文を受けて準備していた惣一が、コーヒーの入ったカップを各々の前に置きながらそんな事を呟く。

 

「な訳無いでしょうが」

「だよねぇ。桐生君も良い歳なんだから、そろそろ身を落ち着けないと」

「余計なお世話ですっての」

 

 戦兎は嘆息交じりに、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべると、目の前に置かれたコーヒーを口に含む。焙煎された香ばしい香りと深いコクが舌の上に広がれば、自然と気持ちが落ち着く気がする。

 

「美味しいですね、このコーヒー」

「うん。凄く飲み易い」

 

 カフェとシービーもその味が気に入ったらしく、コーヒーを味わうように飲み込んで口元を綻ばせる。すると、それを聞いた惣一は嬉しそうに笑みを浮かべると、少し得意げな口調で語り始めた。

 

「でしょ? 豆から栽培してね、ブレンド比率とかもこだわって作った自家製なんだよ」

「豆から、ですか? 凄いですね……」

 

 感心するように相槌を打つカフェ。そんな彼女とは対照的に、タキオンは不機嫌そうな表情を浮かべていると、徐にコーヒーを睨みつけながら唇を尖らせる。

 

「全く、よくこんな苦くて不味いものを飲めるものだ。理解に苦しむよ。大体トレーナー君、君は私が苦いものが嫌いだという事は知っている筈だろう?」

「知ってるよ。まあいいから飲んでみなさいって」

 

 戦兎が促す様に言うと、タキオンは不満気ながらも渋々といった様子でカップを手に取り、縁に口を近づけて一口飲む。それから二、三度瞬きを繰り返すと、恐る恐るもう一口コーヒーを飲む。

 

「どうどう? 結構イケるでしょ。イタリア流エスプレッソコーヒー」

 

 惣一が得意げに尋ねると、タキオンはもう一度、今度は先程よりもゆっくりとカップを傾けて嚥下していく。

 

「確かに悪くはないね。ただ……そうだな、強いて言えば砂糖をもう少し多めに入れてほしいかな」

「ええっ!? まだ入れるの!? これ、もう溶け残るぐらい砂糖入ってるよ!?」

「当然だとも。これでも足りないくらいさ」

 

 驚愕する惣一に対してタキオンは平然と答えると、シュガーポットを引き寄せ、スプーン山盛りに掬った砂糖を更に追加してかき混ぜ始める。

 

「わあ、見てるだけで胸焼けしそう……」

「だな」

 

 シービーと万丈は、その様子を横目に苦笑を溢すと、それぞれブラックのままのコーヒーを流し込む。

 

「ところで、さっきから気になっていたんですけれど……。トレーナーさんって、バンドされてたんですか……?」

 

 不意に、それまで黙っていたカフェが、店内に張り付けられたポスターをおずおずと指差して訊ねた。『世界中をロックでツナグ義理人情ロック、ツナ義ーズ』と書かれたそのポスターには、楽器を模した工事現場用品のセットを携えてポーズをとった、ツナギ服姿の四人組が写っている。そしてその内の一人、赤いツナギを着た、歯を剥き出しにこちらを見据える男。矢印板に左足を乗せ、シャベルをギターに見立てた格好をしたその男――佐藤太郎は、髪型こそ違うものの、戦兎そのものの顔をしていた。

 

「本当だ! トレーナーがバンドやってる!」

「ハッハッハ! 何だいトレーナー君、このふざけた髪型は!」

 

 ポスターが貼られた壁の方へ歩み寄ったシービーとタキオンは、戦兎と画像の中の佐藤太郎を交互に見比べながら愉快そうに笑う。

 

「ふざけたって何だよ。大体、これ別人だし俺の方がもっとイケメンでしょうが! それに、俺こんなバカっぽくないし」

「自分で言うかよ。ってか、お前も佐藤太郎も、顔は同じだろ」

 

 万丈は戦兎を指差しながら呆れたように指摘をすると、惣一もそれに同調するように深くうなずく。

 

「まあ、確かに中身は別にして顔は瓜二つだな。俺も桐生君が初めてうちに来た時、佐藤太郎本人が来たのかと思ったし」

「全く、失礼しちゃうなあ」

 

 惣一の言葉に、戦兎はわざとらしく肩をすくめてみせる。その直後、今度は戦兎のビルドフォンから着信音が鳴り響いた。画面を確認すると、そこには『桐生院葵』の文字が表示されている。

 

「悪い、ちょっと仕事の電話だ」

 

 戦兎は断りを入れると、ソーサーごとカップを持ち上げて、店外のウッドデッキに移動する。六月のメイクデビュー戦に向けて先方にアドバイスを仰ごうと、向こうの都合がつき次第、連絡を取ってもらうように頼んでいたのだが、それが今来たようだ。休日に連絡が来るとは思っていなかったため、タイミングが悪い気はするが。通話ボタンを押して耳にビルドフォンをあてがう。

 

「もしもし、桐生です」

『こんにちは。桐生トレーナー、今お時間よろしいですか?』

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 空いている椅子に腰を下ろすと、机の上にカップを置いて、背もたれに身体を預ける。人目を気にせず話せる場所に移動した事で、無意識に入っていた力が抜けた気がした。

 

『すみません、折角のお休みに呼び出したりなんかしてしまって。六月のメイクデビューの相談でしたよね。何かトラブルでもありましたか?』

「いえ、特に問題があった訳ではないんですけど、出走レースについて少し意見を頂きたくて」

 

 そう前置きしてから、戦兎は桐生院に事情を説明する。

 

「メイクデビュー、シービーとタキオンの二人とも、芝2000mで行こうとは思っているんですけど、レース場をどうしようかなって。」

『成程。それでしたら――』

 

 桐生院の口からいくつかの候補が挙げられていく。戦兎は彼女の説明を頭の中で整理していきながら、それらに耳を傾ける。

 

「――分かりました。ありがとうございます」

『いえ、お役に立てれば幸いです。困った事があればまた連絡してくださいね!』

「はい。それじゃあ、失礼します」

 

 桐生院との通話を終えると、ビルドフォンをポケットにしまい、コーヒーを飲み干す。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 先程の会話の内容を反駁して思索に耽っていると、背後のドアが開く音と共に、店内の喧騒が聞こえてきた。振り返ると、美空が佇んでおり、視線が合うなり微笑みかけられる。

 

「何だか大変そうだね。休みの日にまで仕事なんて」

「さっきのは偶々かかってきただけだけどな。それより、どうしたんだ?」

「別に、何でもないけど中々戻ってこないから様子を見にね」

「そっか」

「うん」

 

 互いに視線を逸らす。沈黙が流れ、風に運ばれて来た街の音だけが鼓膜を微かに震わせるも、不思議と居心地の悪さは感じない。

 

「おかえり」

「なんだよ、急に」

 

 静謐とした空気を割るように、美空の声が響く。戦兎は一瞬面食らったような表情を浮かべるも、すぐに笑みを作って言葉を返す。

 

「ただいま」

 

 どこかぎこちなくも、それでも確かな温かさの込められた声色で答える。帰る場所が変わろうと、この場所で変わらず迎え入れてくれる人が居る。それが戦兎にとって何よりも嬉しかった。

 

「そうそう。で、その時は俺がコマンダーっていう、船長として有人探査を行って――おっ、お帰り。電話はもう終わったのかい?」

「ああ、とりあえず解決はしました」

 

 店内に戻り、カウンター越しに話しかけてきた惣一に首肯する。

 

「ところで、何の話だったの? 随分長かったみたいだけど」

「大したことじゃないよ。二人のデビュー戦について、ちょっと意見を訊いていただけだ。それより、この後どうする?」

 

 シービーの質問を軽く流しながら、戦兎は四人に尋ねる。折角都内にまで出てきたのに、そのまま帰るのは何だか勿体無い。まだ昼前なので、今からでも十分に時間はあるはずだ。

 

「そうだ。それならさ、近くに水族館があるらしいんだけど行ってみない?」

「水族館……ですか……」

 

 シービーの提案を聞いたカフェが、好奇の色を瞳に浮かばせてそう呟く。

 最初に知り合った時は、感情の起伏が少ない大人びた娘だと思ったが、その実は内をあまり曝け出さないだけで、本来の感性や立ち振る舞いは年相応の少女なのだろう。

 

「いいじゃねえか。たまにはこういう息抜きも必要だろ。なあ、戦兎」

「まあ、俺は構わないけどタキオンは?」

「好きにしたまえ」

 

 普段から実験が最優先の彼女にとっては、最大限の譲歩なのだろうが、タキオンは素っ気無く返事を返す。

 

「じゃあ、決まりだな。皆は先に外へ出て待っていてくれ。美空、会計頼めるか?」

「はいはい、ちょっと待って」

 

 先に店を後にする四人を横目に、美空は入り口横のレジスターに寄ると、惣一から渡された伝票の金額を慣れた手つきで入力していく。

 その傍らで、惣一は戦兎の肩に手を添えると、妙に感慨深げに口を開いた。

 

「トレーナー、頑張れよ」

「はい?」

「いやほら、美空もそうだったけど、年頃の女の子って気難しい所あるじゃん? だから「ちょっとお父さん、余計なこと言わないの!」はい!」

 

 美空が鋭い叱責を飛ばすと、惣一は萎縮してすごすごと引き下がる。

 

「全くもう……はい、お釣り。頑張ってね」

「ありがとうな」

 

 笑顔で激励の言葉を投げかけてくれた美空に礼を言うと、タキオン達と合流して店を後にした。

 

 

 それから五人で元来た駅に戻ってくると、地下鉄に乗り、三駅先の最寄り駅で下車する。そこから徒歩で十分程移動した所に、目的の水族館はあった。複合商業施設の中にあり、規模としてはそこまで大きくはないのだが、それでも休日という事もあって家族連れやカップルなどで賑わっている。チケットを購入して館内に入ると、早速順路に従って歩き始める。

 入り口を潜り、仄暗い通路を抜けると、最初に出迎えたのは色鮮やかな熱帯魚たちの姿。一枚の板で隔てられた箱の中、光を浴びて鱗を煌かせて優雅に泳ぐ姿が美しさを際立たせている。

 

「おお、すげえな」

「綺麗ですね……」

 

 万丈とカフェが水槽の前で屈み込んで感嘆の声を上げる一方、シービーは二人の後ろから顔を覗かせると、静かに目を細めて微笑む。

 

「懐かしいなあ。思い出すよ、あの日のこと」

「何か思い入れでもあるのか?」

「うーん、思い入れかは分からないけど」

 

 彼女は顎に手を当てて思案すると、順路に沿って先に進みながら語り出す。

 

「全世界の水族館をさ、破壊しようとしたことがあるんだ。アタシ」

「「……はい?」」

 

 突拍子もない発言に戦兎と万丈が間の抜けた声を漏らす。そんな二人を尻目に、水槽と説明書きを見比べるように視線を動かしながらシービーは話を続ける。

 

「そんなに驚かなくても。まだアタシが小さかった頃の昔話だよ。訳も分からずに狭い水槽に閉じ込められて、逃げられない魚が可哀想って思ってさ。それなら、助け出す方法は水族館を破壊するしかないでしょ?」

「随分とぶっ飛んだ発想だな。お前らしいけどよ」

「子供の発想なんて、大概は狭隘に満ちて、飛躍したものさ。まあ、モルモット君は今も昔も変わらなさそうだがね」

「……うん? おっ、あの魚なんか美味そうだぞ」

 

 タキオンの意図を汲み取れていない様子の万丈が、円形の水槽の中を群れで泳ぐマイワシを指差して言う。

 

「話の腰を折るんじゃないよバカ。で、それでどうしたんだ?」

「作戦を練りに、もう一回水族館に来たよ。親にせがんでね。そして、ここを壊したいんだ、って正直に話した。そしたら、やんわりと諭されてね。『あのシャチの親子は、水槽の中で家族と一緒にいられるけど、外の世界ではそうはいかない。海を泳げるけど危険な自由を選ぶか、安全だけど水槽の中で過ごす自由か、その答えは分からないのに、自由を無理矢理振りかざすのは不自由を押し付けるのと同じ』だって」

「子供心にはキツい言葉だな」

「うん。泣いた。すっごく。世界で一番嫌ってることを、自分でやろうとしたんだから」

 

 戦兎の呟きに、彼女は自嘲気味な笑みを浮かべると、でもね、と言葉を繋げた。

 

「それでちゃんと考えるようになったんだ。自由ってなんだろうって。結局、今でもよく分からなくて、ずっと考えてるんだけどね」

「お前らしい悩みだな。まあでも、俺らの前でぐらい、好き勝手やっていいんだよ」

 

 万丈の言葉にシービーはありがとうと呟くと、穏やかな表情で微笑む。

 

「あ、そうだ。皆に聞いていい?」

「何を?」

 

 ふと思い出したように、シービーは四人に尋ねる。質問の内容が予想できず、戦兎が首を傾げていると、彼女は問いかけてきた。

 

「例えば、皆が海の生き物で。捕まったらここに連れてこられるって分かっていたとしてさ。危険な自由と安全な不自由、どっちを選びそう?」

「また抽象的な質問だな」

 

 マイワシの群れが泳ぐ水槽を離れ、薄暗い通路を進みながら戦兎は考え込む。漠然とした問いに対して、明確なイメージが浮かんで来ない。しかし、敢えて選ぶとするならば──。万丈を横目で見遣り、答える。

 

「そうだな……まあ、俺は安全な不自由を選ぶかな」

「へえ、ちょっと意外かも」

「確かに、トレーナー君なら自由な方を選びそうなものだが」

 

 シービーとタキオンが興味深そうにこちらを見てくる。その視線が少しだけ煩わしくて、戦兎は小さく溜息をつくと、二人の疑問に応えた。

 

「考えてもみなさいよ。こいつと一緒に大海原に飛び込んでみたら? 命がいくつあっても足りやしないでしょ。な?」

「はあ? それはこっちの台詞だよ。ってか、戦兎こそ俺が助けてやらなきゃ、どうせイルカとかサメとかにパクッと食われて終わりだろうが」

「天っ才の俺が、そんな簡単に死ぬわけないでしょうが。っていうか、逆にお前が助けてくれって泣いて頼む立場だろ?」

 

 目の前の水槽を眺めながら二人が不毛な言い争いをしていると、隣にいたシービーが笑みを浮かべて口を開く。

 

「やっぱり、二人とも仲良いよね。……けど、確かに明日も大切な人が横に居て、そう思って暮らせるなら、それも一つの自由なのかも」

 

 何かを確かめるように呟いた彼女の言葉を聞いて、万丈はそうかもなと穏やかに微笑み返した。

 

「で、君自身の答えは何だい?」

「ふふ……それはね。――またいつか、教えてあげる」

 

 どこか照れ隠しの様に彼女はそうはぐらかしたきり、その話は打ち切りになった。

 それから順路に沿って進むと、今度は深海魚の展示コーナーに入る。先程迄の華やかな魚とは異なり、暗黒の海を生きる異形の生物達が、仄暗い空間を妖しく彩っている。

 

「エイリアンみたいであまり美味そうじゃないな」

「お前はそろそろ食い物から離れなさいよ」

 

 先程の会話を引き摺ってか、相変わらず食べ物の視点で魚を捉えようとする万丈に戦兎が呆れ顔で言う傍ら、カフェが妙な形状の吻を持つ魚を指差して言う。

 

「……あのゾウギンザメという魚は、海外では食用にされているそうですよ」

「雑巾?」

「ゾウギンです……。ゾウの鼻のような口先が由来だそうですよ」

 

 万丈の聞き間違えを訂正するカフェの指摘を聞いて、戦兎は感心した声を上げる。

 

「博識だな。深海魚が好きなのか?」

「はい。暗い海の底で、絶えずかかる水圧に耐えながら生きる姿に、強さを感じますから……」

 

 水深二百メートル以下――光の届かない闇に包まれた世界を孤独に泳ぐ、醜悪な容貌をした魚類。しかしそれは、カフェにとって心惹かれる存在らしく、淡々と話す彼女だが、その瞳を爛々と輝かせて水槽に見入っては、頻りに尻尾を揺らしている。

 

「カフェの趣向は相変わらずよく分からないね。強さ、という観点であれば、もっと注目されるべきはあれだけの水量を確保する事を可能としたアクリルパネルだと思うのだが」

 

 タキオンが顎に手を当てながら呟く。彼女が深海魚の水槽とは真逆の方を視線で指すと、その先には、この水族館のメインとも言える円柱型の巨大水槽が鎮座しており、その中をエイが羽ばたくように泳いでいる。尤も、タキオンの視点からすれば、水族館の目玉である展示よりも、それを支える為に、技術の粋を集めて作られた設備の方が興味深いようだが。

 

「何言ってるのかよく分からねえけど、なんかすげえってことか!」

 

 理解する事を諦めた万丈が適当極まりない解釈を口にすると、シービーがまあ、間違ってはいないかな? と言う一方で、戦兎は最悪だと顔を顰めた。

 それから暫く、五人は展示されている生き物達を見て回った。屋外展示スペースで飼育されているペンギンやカワウソを見ながら、時折戦兎が天使ちゃんと口にしては、四人に白い目を向けられる一幕もあったが、概ね平穏に時間は過ぎていった。そして、館内を一通り見て、水族館を後にしようとすると、シービーとカフェがお土産を買って帰ろうと言い出した為、戦兎達はショップに立ち寄る事になった。

 

「にしても律儀だな。わざわざ親御さんに買って帰るなんて」

「習慣みたいなものかな。深い理由なんてないんだけど、よく両親にこうして贈り物をしてるんだ。二人にもらったかけがえのない愛情には全然届かないけれど」

「……愛されて育ったんだな」

「うん。凄く」

 

 万丈の漏らした言葉に対して、シービーは満面の笑みで答える。その表情からは、彼女の両親がどれだけ彼女を慈しみ、大切にしてきたかがよく分かる。だからこそシービーを、万丈は少しだけ羨ましく思った。

 

「所でさ、君ならどんなものを贈る? トレーナーとしての意見を聞きたいな」

「ん? えっと、そうだな……」

 

 ふと尋ねられた質問に、万丈は顎に手を当てて思案すると、陳列棚に視線を巡らす。

 

「おっ、これとかどうだ!」

 

 そう言って万丈が手に取ったのは、一メートルは越えている、原寸大サイズのままデフォルメされたトラフザメのぬいぐるみ。それを見て、一瞬ばかりに絶句した戦兎が指摘をする。

 

「……お前センス無いな。ってか、デカすぎでしょ!」

「はあ? なんでだよ! かっこいいじゃねえか、サメだし」

「サメだから駄目なんだよ。もっとあるでしょ、ほらこれとか」

「いや、ダンゴムシのぬいぐるみこそダサいだろ!」

「ダンゴムシじゃなくてダイオウグソクムシな」

「大王だか即死とか知らねえけど似たようなもんじゃねーか」

「あの……これとかどうでしょうか?」

 

 二人が言い争っている横で、カフェが手に取って見せたのは、シャチの親子のぬいぐるみ。どちらも可愛らしい造形をしており、シービーも気に入った様子で、それをまじまじと見つめている。

 

「わっ、可愛い。親子みたいだし、丁度良いかも」

「親子?」

 

 手に抱えていたぬいぐるみをすごすごと元の棚に戻しながら、万丈が訊ねる。

 

「ほら、さっき話した水槽のシャチの親子の話。あの日の問を今も覚えているって思いを込めて、こういうのも良いんじゃないかなって」

「成程……確かに悪くないかもな」

 

 万丈は腕を組んで、納得が行った様子で頷く。

 

「それじゃあ、これにしよっかな」

「私も他に見てきますので、タキオンさん達も、ゆっくり選んでください」

 

 レジへ向かうシービーを尻目に、カフェが戦兎達に声をかけると、彼女もまた、店内の他の商品を見回りに行った。

 

「で、タキオンは何か買わなくていいのか? 家族とかに」

「遠慮しておくよ。態々贈り物をするような間柄でもないさ」

「そっか。でも、たまには顔見せてやった方が良いと思うぞ。親御さんも寂しいだろうから」

「考えておくよ」

 

 何処か含みのある言い方で語る戦兎の言葉に、タキオンは素気なく答えた。

 それから暫くして、シービーとカフェがそれぞれ買い物を終えて戻ってくると、水族館を出て帰路に着く事となった。時刻は午後三時を過ぎた頃。日はまだ高い位置にあるが、帰りの電車に乗れば、学園に戻る頃には夕方になっている事だろう。

 

 不意に吹きつける風が、来たるべき六月が迫ってきている事を告げてくる気がした。




言葉を選べ!!
今際のキワッ際だぞッ!!!??(1か月も遅れて猛省する先パピ)
今回nascitaに行って戦万が水族館に行っただけじゃねえかYO!

次回、死闘(デビュー戦)
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