ビルド NEW WORLD プリティーダービー   作:極み吠えるジンオウガ

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始動するグランドライブ

 二人のデビュー戦から数日、六月も終わりが近づいてきた頃。

 梅雨の気配は未だ去らず、雨雲に覆われた空からはしとしとと雨が降り続いている。とはいえ、そんな天候であってもトレーニング自体は欠かすことは出来ない。首と肩でビニール傘を支えながら、バインダーに挟んだ紙にペンを走らせてタイムを記入していく。

 

「お疲れ。三人も併走ありがとな」

「いえ、お役に立てて良かったです」

「私が力になれるのならいつでも頼ってください!」

「そうそう、俺達もいいトレーニングになったしな!」

 

 戦兎が労いの声をかけると、軽く息を弾ませながら、三人はそう答える。

 

「お前ら、ちゃんと水分摂取もしとけよ!」

 

 五人分のスポーツドリンクとタオルを手に持って駆け寄ってきた万丈が、それぞれに手渡しながら注意を促す。

 この日のトレーニングはタキオンとシービーの二人で併走トレーニングを行う予定だったのだが、途中からタキオンのクラスメイトであるマンハッタンカフェとジャングルポケット、ダンツフレームも加わっての走り込みとなったので、万丈を使い走りに出していたのだった。

 

「ありがと、トレーナー」

「おっ! 気が利くじゃねえか、サンキュー!」

「ポッケさん、仮にも年上の方なんですから……」

 

 受け取ったペットボトルを豪快に煽るポッケに、カフェは呆れた様子で苦言を呈す。

 

「気にすることはないだろう。モルモット君の扱いは普段からこんな感じじゃないか」

 

 そう言って、タキオンも渡されたボトルを片手に戦兎の隣に立つと、キャップを捻って中身を口に含む。

 

「さて、休憩終わったら坂路やって終わりな」

 

 一息ついたところで、戦兎は腕時計を見ながら言う。その指示を受けて、タキオンとシービーは少し離れた坂路コースへと向かっていったが、途中でシービーが立ち止まり、その場で屈みこんだ。

 

「どうかしたか?」

 

 皆が慌てて駆け寄ると、彼女は何かを拾い上げていた。

 

「落鉄しちゃったみたい……」

「あー……」

 

 彼女が手のひらに乗せているのは、蹄鉄だった。先程のトレーニング中に緩んでしまっていたのだろう。

 

「シービーさんの蹄鉄、特殊な形状してますけど、どうするんですか? この場で交換するわけにもいかないでしょうけど……」

「そうなんだよねー。お店の人でも結構手こずるからなあ……」

 

 横から覗き込んでいたカフェがそう尋ねると、シービーは苦笑いしながら答えた。彼女の言う通り、普通の蹄鉄ならばウマ娘本人が打ち直すことで簡単に対処できるが、シービーの場合は特殊な蹄鉄なためそれも難しい。とはいえ、蹄鉄が無ければ脚にかかる負担が大きくなり、このままではトレーニングに支障が出るので応急処置をしなければいけない。

 

「まあ、俺の方でやれるだけやってみるよ。万丈、悪いけどタキオンの方見といてやってくれ」

 

 万丈にタキオン達を任せると、戦兎はシービーを連れて旧理科準備室――タキオンの実験室へと向かうことにした。

 

「にしても、随分と擦り減ってんな。変えてから二週間ぐらいだったよな?」

「そうだね。それぐらいかな」

 

 廊下を歩きながら尋ねると、シービーは少し考える素振りを見せた後、そう答える。蹄鉄は消耗品だ。ウマ娘の脚力に耐えられるよう設計されているとはいえ、元々の素材が金属である以上劣化するし、摩耗もするので仕方がない事ではある。それでもこの削れ方は一般的なそれよりも早いペースに思えた。

 

「金もかかるだろうに、難儀なもんだな」

「まあね。でも、アタシは爪が弱いから尚更ね。走れなくなるのは嫌だからさ」

「そうだな。ま、その為のトレーナーだ。何でも頼ってくれよ」

「ふふ、ありがと」

 

 何気なく呟いた一言をシービーが拾って答えた時だった。不意に背後から声を掛けられた。

 

「おっ、シービーじゃねえか! こんな所でどうしたんだ?」

 

 振り返るとそこにはポニーテールに結った黒髪のウマ娘――彼女の友人であるカツラギエースが、親しげに手を挙げて立っていた。

 

「やあ、エース。奇遇だね」

「二人ともどうしたんだ? トレーナー室ならこっちじゃないだろ?」

「トレーニング中に落鉄してな。こっちでどうにかできないかと思って」

 

 歩きながら説明をして、タキオンの実験室に向かう。トレーナー室が散らかるのが嫌だったので、道具は基本的に研究室に置かせてもらっていた。

 部屋に入ると、キャスター付きの椅子に腰を下ろし、工具箱を取り出して早速作業に取り掛かる。

 

「どうかな?」

 

 シービーから受け取ったシューズを確認しながら、蹄鉄をソールの先端に宛がってみる。

 

「装蹄だけならどうにかなりそうだ」

「おお、流石だね」

 

 感心した様子で彼女は言うと、戦兎の隣に立って手元を覗き込む。

 

「あくまで応急処置だから、新しい蹄鉄は必要だけどな。俺の方でも作れないか試してはみるけど」

「さらっと作るって言ってるけど、シービーのトレーナーそんな事も出来るのかよ!?」

 

 蹄鉄を打ち直していると、後ろで様子を見ていたエースが驚きの声を上げる。走りの仕上がりに大きく影響を及ぼす蹄鉄は専門の職人に発注するのが常であり、素人が簡単に作れるものではないが、戦兎はタキオンに一度作ってやった経験がある。

 

「そりゃあ俺は天っ才物理学者ですから」

「いや自分で言うのかよ! っていうかそれ関係あるか?」

「まあ任せておきなさいって」

 

 怪訝な表情をするエースを宥めながら、作業の手は止めない。工具を握る手に力を込めながら蹄鉄を打ち込んでいく。

 

「そういえばさ、ちょっと前から気になってたんだけど」

 

 金物同士がぶつかり合う音が研究室の中に一定間隔で響く中、シービーの声が耳を突き抜ける。

 

「どうした?」

 

 視線を彼女に向けることなく、戦兎は問い返す。

 

「キミの苗字ってさ、葛城が本名なの?」

「っ!」

 

 ――打ち損じた。金槌に打ち付けられた痛みと動揺で声にならない呻きが漏れ、思わず顔を顰める。

 

「うおっ! 大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっと手元が狂っただけだ」

 

 後ろで見守っていたエースが、戦兎の手元を見て声を上げた。打ち損じた蹄鉄を一旦机の上に置くと、戦兎は痛む左手を擦ると、動揺を抑えながら、平静を装って尋ねる。

 

「で、急にどうした?」

「ほら、この前のアタシのデビュー戦。その時キミの知り合いがキミの事を葛城、って呼んでたからさ。エースを見てその事をふと思い出してさ」

 

 迂闊だった。幻さんめ――彼自身は悪くないのだが、内心でそうぼやいてから、戦兎は作業を再び進めつつ彼女の疑問に答える。

 

「確かに、俺の旧姓は葛城だ。元々は父さんの影響で、先端物質学研究所ってとこで研究員をやってたんだけど、研究成果物の事でその父さんと色々とあってな。結局、研究員は辞めて母親の旧姓を名乗っているってだけだ。幻さん――あのおっさんね。あの人はその時からの知り合いだからそう呼んでるって訳」

 

 本当の事を話す訳にもいかないので、咄嗟に尤もらしい嘘を織り交ぜて誤魔化した。我ながらよくもまあこんな嘘が思いついたものだと思うが、戦兎の答えに疑念を抱かれることはなかったようで、二人とも納得した様子を見せた。

 

「さて、とりあえずこれで大丈夫だと思うぞ」

 

 戦兎の身の上話を終えて、蹄鉄を元の状態に取り付け直し終えると、靴をシービーへと返す。実際に走ってみないと正確な事は分からないが、少なくともこれですぐに蹄鉄がずれるということはないだろう。

 

「ありがとう、助かったよ」

「まあ、このぐらいはな」

 

 礼を言うシービーに頷き返しながら、工具箱をしまう。

 

「っと、時間取らせちまったな。早くトレーニングに戻るか――」

「戦兎、居るか?」

 

 時計を見ながらそう促して、研究室を後にしようとした時だった。ノックも無しにドアが開かれると、万丈が入ってきた。

 

「おお、何だよ。トレーニングはどうした?」

「お前に渡されたメニューなら終わらせておいたぞ。それより、なんかよく分かんねえ奴が来て、変な事になってよ……」

「変な事?どういうことだよ」

 

 要領を得ない説明に戦兎が訝しんで尋ねると、とにかく来てくれと焦れたように万丈が言う。

 仕方がないのでシービー達と共に彼の後について行くことにしたのだが、連れていかれた先はトレーナー室だった。

 

「お、来たな」

「すみません、お邪魔しています!」

 

 トレーナー室に足を踏み入れるなり、何故か室内に居たポッケとダンツがそう声を上げた。彼女の隣にはタキオンとカフェの姿もあり、四人並んで長机に備え付けられたパイプ椅子に腰掛けている。そしてその向かいには、二人の見知らぬウマ娘が座っていた。一人はライブ用の衣装に身を包んでおり、学園の生徒だと分かるが、もう一人の水色のブラウスに白いタイトスカートを履いた、私服姿のウマ娘は明らかに外部の人間だった。

 

「えーっと……?」

 

 状況を飲み込めずに戦兎達が困惑していると、ブラウス姿のウマ娘がこちらへと向き直り、口を開いた。

 

「突然お邪魔してしまい申し訳ありません。私はイベントプロデューサーの、ライトハローと申します」

 

 そう語りながら彼女が差し出してきた名刺を受け取ると、その肩書きに目を通す。

 

「ああ、どうも。それで、イベントプロデューサーがどうしてここに?」

「グランドライブの復活だとよ。そこのファル子が他の奴に掴みかけられてたから、俺とあんたの相棒で仲裁してたら急に話しかけられてなんかこうなった」

「ちょちょ、一旦ストップ。何があったんだよ」

「それが、ファル子ちゃんと他の生徒の子がライブの練習をしていたんですけど、他の子がこれ以上バックダンサーの振り付けに慣れたくない、って揉め合いになっちゃって……」

 

 事情を説明してきたポッケとダンツの言葉を聞きながらトレーナー用のデスクに腰を下ろすと、改めてライトハローと名乗ったウマ娘の方へ視線を向ける。

 

「なるほど。そしたらライトハローさんが話しかけてきたと。それで、そのグランドライブというのは?」

「ウイニングライブが成立する以前に、行われていたライブだそうです」

「ライブ?」

「はい。一年に一回行われていたそのライブでは、トレセン学園に所属するウマ娘全員がステージに参加して、ファンに感謝の思いを歌っていたと」

「全員が参加って凄いことじゃないっすか! ……けど、今はもうやってないんすよね?」

 

 シービーの隣でソファに腰掛けたエースがそう尋ねると、彼女は恐らくそれが理由だと思いますと言った。

 

「元々、グランドライブはウマ娘達が独自で行っていたイベントなんです。ですが、トゥインクル・シリーズが成長するにつれてレースやウマ娘が増え、片手間に準備するには大きくなり過ぎた。その結果、URAから『ウイニングライブ』という形式にしてはどうか、と提案されたそうです。実際、ウイニングライブはグランドライブを忘れさせるくらいに皆を魅了して、トゥインクル・シリーズの地位を更なる高みに押し上げる一助となりました」

「確かに、レースとライブを紐づければ、管理はURA側で行えるようになる。そうすればウマ娘の負担も減るだろうからね」

 

 合理化を行えばそうなるだろうとタキオンが言うと、ライトハローは一瞬だけ目を伏せた。

 

「でも少しだけ思うんです。……前提と目的が入れ替わっている子が生まれているんじゃないかって。ウイニングライブは勝者の舞台。センターにならなければファンへの感謝は伝えられないと」

 

 何処か翳りを帯びた彼女の表情に、戦兎はシービーのデビュー戦の時に見たウマ娘達の姿を思い出す。悲しみの輪郭が浮き彫りになったあの姿は、目の前にいる彼女と何故か似ている様な気がした。

 

「だから私は彼女たちに今一度、グランドライブという場を提供したいんです。ウマ娘達が素直に純粋に、ファンへの感謝を伝えられる場所を。ですが、その為には賛同者を集めてURAの理事会を是認させなければいけません。……どうか協力をお願いできませんか?」

「……ファル子も協力する」

 

 いの一番に、ライブ衣装のウマ娘が机に手をついて立ち上がると、声を上げた。

 

「協力したい! だって本当はみんな、ファンの応援に応えたいはずなんだもん!」

「いいじゃねえか、俺達も協力してやろうぜ! なあタキオン、カフェ」

「確かに、ライブへの研究を合法的に行えるんだ、私としても吝かではないね」

 

 珍しくタキオンまでもがそう言って協力的な態度を見せた。

 

「トレーナーさんもお願い! このライブは絶対に必要なライブだと思うの!」

 

 こちらを見つめてくる彼女に対して、戦兎は返事に詰まった。正直に言えば、タキオンとシービーの事で手一杯な今、他の事にかまけていられるほどの余裕は少ない。だがそれ以上に、グランドライブという理想を叶えたい二人の考えも理解できたし、何より年端も行かぬ少女にそう頼み込まれているのに断るというのは、後に罪悪感で居た堪れなくなるに違いない。

 板挟みに置かれた状況でいて、その実答えは一つしかない。小さく溜息を溢すと、ビルドフォンを取り出しながら答える。

 

「分かった、俺達も協力するよ」

「……! ありがとうございます!」

 

 戦兎が了承すると、ライトハローは表情を明るくさせて頭を下げる。

 分かりやすく感情を露わにするその様子に思わず笑みを零しそうになって、椅子を回転させて顔を隠した。デスクの傍で壁にもたれかかっていた万丈にはその様子を見られていたのだろうが――。

 

「けど、だからといってすぐにどうにかなる問題でもないし、まずはツテを頼ってみるとするよ」

 

 既に熱意を見せながら意気込む二人に諍う気力さえ奪われていたが、話を先へと進めるべくそう告げた。しかし、改めて時計を見ると既に五時を回っていたため、その日は結局ライトハローの連絡先を聞いてお開きとなった。

 

 夜を跨いで数日が経った、授業終わりの午後。先日の一件に関わっていたウマ娘達は、改めて戦兎に召致されてトレーナー室に赴くと、同じく戦兎が呼んだというライトハローが来るのを待っていたのだが――。

 

「んで、何で肝心の本人がいねーんだよ」

 

 トレーナー室に居たのは一人自重トレーニングに勤しむ万丈の姿だけであった。全員が状況を飲み込めず困惑とした表情を見せる中、ポッケが最初にぶっきらぼうな物言いで口火を切ると床で腕立て伏せをしている万丈に目を向ける。

 

「私もタキオンさんも、訳の分からないまま共有スペースから締め出されましたけど……」

「さあな。朝っぱらからずっと研究室にこもりっきりで、俺もよく分かんねーよ」

 

 普段に比べて幾らか険しい表情を浮かべながら、腕立て伏せを中断して胡坐をかく万丈だが、その言葉に嘘は無いようで、その表情から読み取れるのは困惑の色だけ。

 

「とりあえず待つしか無さそうだね」

「……ですね」

 

 シービーとカフェがそう結論付けると、間を置かずして扉がノックされる音が響いた。失礼しますと一言の断りがされて入ってきたのは、件のイベントプロデューサーであるライトハローだった。

 

「お待たせしました。……あら、今日は皆さんだけですか? 桐生さんはどちらに?」

「いや、それが……」

「フゥーヘッヘッヘーイ!」

 

 不思議そうに首を傾げる彼女に、エースが歯切れの悪い口調で説明しようとすると、トレーナー室の外から声が聞こえてきた。奴だ。勢いよく開かれた扉と共に奇声を上げてトレーナー室に戦兎が入ってくる。

 

「おい戦兎! お前何やって……」

「ボトルの成分を活用した超高性能蹄鉄が完成したんだよ! 凄いでしょ? 最高でしょ? 天っ才でしょー! ヒーッ!」

 

 万丈の叱責を押しのけてそう語る戦兎の手には蹄鉄が握られており、それを万丈の眼前に高々と掲げて見せつけては奇怪な動きをして見せる。その行動は、戦兎の素性を詳しく知らないウマ娘達の視線を一身に集めるには十分過ぎるもので、皆が唖然とした表情を浮かべて言葉を失った。

 

「遅刻してきたかと思ったらやっぱり発明かよ。ったく、俺以外まで振り回すんじゃねえよ」

「遅刻とは失礼な。ちゃんと時間通りに来たでしょうが」

「それで、今日呼び出した理由は何なんだい?」

 

 呆れ顔の万丈を他所に、思考を取り戻したタキオンがそう尋ねると、戦兎は手に持っていた蹄鉄をテーブルに置くなり、あっと短く声を漏らして固まってしまう。

 

「どうかしたの?」

「しまった! 忘れてた!」

「おっ、おい? どこ行くんだよ、戦兎!」

 

 シービーの問いかけに反応することなく、突然そう叫ぶなり戦兎は来たばかりだというのに踵を返してトレーナー室を出て何処かへ走り去ってしまった。

 これ以上何かあっては困ると、慌ててその後を追いかけた万丈が僅かに遅れて辿り着いたのは学園の正門前。視線の先に居る戦兎の横には二人の影が佇んでいた。

 

「戦兎、何処行くんだよ! って、紗羽さんと……あっ、サイボーグ!」

「違う! それは旧世界の話だ!」

「久しぶり、戦兎君、万丈」

 

 後からやってきた万丈の言葉に声を大にして反応したのは、元難波チルドレンの内海成彰――新世界では難波機械製作所の工員として働いている、万丈も良く見知った男だった。

 普段から記者らしくフォーマルな格好をしている紗羽とは対照的に、機械油で薄汚れたツナギを着こんだ内海の出で立ちは、ウマ娘の世界に積極的に関わる人間とは無縁に等しい格好と言える。門の前を通り抜けるウマ娘が内海を怪訝な目で見るのと同じように、彼が何故ここにいるのかと万丈の頭の中でも疑問符が浮かぶが、それを口にするよりも早く、内海が口を開いた。

 

「それにしても、君から連絡を入れるとはな。ウマ娘のライブの協力との事だったが」

「実はちょっと手伝って欲しいことがありまして。取り敢えず詳しい話は中で」

 

 内海の言葉におどけた口調でわざとらしくそう応対すると、戦兎は門を抜けて学園へと踵を返す。内海と紗羽の二人も後に続いて入っていくと、万丈も慌ててその後に続いた。

 

「あっ、戻ってきた」

「悪いな、急に飛び出して」

 

 再びトレーナー室に戻ると、シービーの声と共に全員の視線が戦兎の方へと向いた。二人が居ない間にも話し合いを進めていたようで、部屋に備え付けで置いてあったホワイトボードには告知ライブ、署名活動といった箇条書きに纏められた文言が書かれていた。

 

「今後のことだけど、二人にも協力してもらおうと思って」

 

 戦兎の呼びかけに応じて、紗羽と内海が畏まった態度でライトハローに頭を下げる。

 

「ご紹介に与りました、難波機械製作所の内海です」

「中央政経ジャーナルの滝川です」

 

 二人が差し出したそれぞれの名刺を受け取ると、彼女もまた二人に自身の名刺を渡して頭を下げた。

 

「イベントプロデューサーのライトハローです。よろしくお願いしますね」

 

 挨拶もほどほどに話を本筋へ。戦兎はホワイトボードを裏返すと、そこにマーカーを走らせてこれまでの経緯を纏めた相関図を絵と共に描いていく。

 

「さて、状況を整理しよう。俺達がやろうとしている全ウマ娘が参加するグランドライブの復活。その実現には二つの課題がある」

「一つは、URA理事会からの認可を得ること。もう一つが、ライブに必要なリソース……といった所でしょうか」

 

 カフェが引き継いでそう言うと、戦兎は頷きつつマーカーを走らせる。

 

「ああ。そして提示された認可の条件は、賛同者の生徒を集めること。その為の施策は――これ」

 

 再びホワイトボードを裏返すと、丸みを帯びた文字で書かれた署名活動の文字を示す。

 

「俺も考えていたけど、署名活動。そこで紗羽さんにはライトハローさんと連携してもらって、対外にこの企画を知らせてもらおうと思う。学生間だけで行うより、一般大衆も巻き込んで世論として訴えかければ理事会も無下には出来ないはずだ」

 

 ホワイトボードの上を走り回るマーカーの音と戦兎の説明が重なり、残響となって室内を満たしていく。皆、黙ってそれを聞いていた。

 

「それならさ、告知ライブも一緒にやってみない?」

「告知ライブ……」

 

 そう提案してきたのは今回の件の発端となったウマ娘、スマートファルコン。彼女はホワイトボードに書かれた同じ文言を指し示すと、続けてその意図を話す。

 

「うん。だってグランドライブの存在自体ファル子だって知らなかったもん! だからイベントとして告知して、みんなが感謝を歌えるライブだって知ってもらおうよ! それにライブって全然知らない人の歌でもつい聞いちゃうことってあるでしょ? それって歌には力があるからだと思うの。だからみんなに『協力してー!』って全力で歌えば、みんなも興味持ってくれるんじゃないかな!?」

 

 それは一理あるかもしれない。そう感じたのは戦兎だけではないようで、その場にいた全員が彼女の意見に肯定的な反応を見せた。

 

「なるほどな。となると、ステージをどうするかだ。誰か生徒会に学内ステージの使用可否を確認頼めるか?」

「なら、あたしが後で聞いてみるよ」

 

 戦兎の言葉にエースが反応し、軽く手を挙げた。

 

「助かる。そうしたら内海さんは技術面の協力をお願いします」

「いいだろう」

「取り敢えず当面の方針はこんなところかな。リソースの問題だったり、まだ手を付けなきゃいけない課題は多いけど、一歩ずつやっていこう。それじゃあ、頑張るとしますか!」

 

 そう纏めると、戦兎はホワイトボードを裏返してマーカーのキャップを閉める。漠然としていた目的だけが独り歩きしていた状況は幾らか変化を迎え、陰ながらだが学園の生徒を巻き込んだ活動が始まった。

 

 ミーティングを終えて解散した後の夕方にはまだ早い時間帯。日は落ちかけているものの、まだそれなりに明るい空の下で、戦兎は二人のトレーニングをグラウンド外周の斜面から見る傍らで、紗羽と内海の二人と話をしていた。

 

「さて。紗羽さんを呼んだ本当の理由なんだけど」

 

 ふと戦兎がそう切り出すと、内海と紗羽の表情が僅かに固くなる。二人のその表情を横目に入れながら、戦兎は徐に立ち上がって前へ踏み出ると、コースの外埒に身体を預けて言葉を続ける。

 

「あいつらの事でちょっと頼みたくって」

 

 そう語る双眸に映るのは芝コースのトラックを走っている二人のウマ娘――タキオンとシービーと、それを指導する万丈の姿。

 

「あの子達のこと? どうかしたの?」

「これからのレースの事で。紗羽さんも見たシービーのデビュー戦、あれからも分かるだろうけど、二人の素質は本物だ。間違いなく重賞クラスの、いや、G1でも通用するだけの才能がある」

 

 突然の話に困惑しながらも、戦兎の告げた言葉の意味を吞み込もうとする紗羽に対して、彼は更に言葉を続ける。

 

「どうするかはあいつら次第だ。けど、遅かれ早かれその路線には行くと思うし、そうなれば必然的にメディアの注目も集まる。――とはいえ、俺達が表立って取材を受けるわけにもいかない」

「確かに、人気バンドのメンバー佐藤太郎と、格闘家としての万丈龍我。彼等と同じ顔の人間がトレーナーをやっているなんて話になれば、混乱は免れないな」

 

 戦兎の言わんとしている事を先読みした内海が相槌を打つと、戦兎は振り返り、彼の慧眼に頷いて肯定の意を示す。

 

「だから紗羽さんには、俺達の代わりに二人に対する取材やメディア露出の依頼なんかの窓口になって欲しいんだ」

「そういう事ね。確かにそれは私向きの仕事ね」

 

 それを聞いて合点がいったような表情をした紗羽は、先程までとは打って変わって柔らかい表情を浮かべた。

 

「分かった。任せて」

「ごめんね、紗羽さん。本来の業務じゃないことで仕事を増やしちゃって」

 

 戦兎が申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べると、紗羽は口元に笑みを浮かべながらかぶりを振って答える。

 

「いいのいいの、気にしないで! 戦兎君と万丈は大事な仲間なんだから!」

 

 そう言って笑顔を見せる彼女に、戦兎はあの時かけた言葉を思い出した。

 

『俺も紗羽さんを大切な仲間だと思ってるから』

 

 西都との代表戦。あの時に紗羽の明かした本心を聞いて、戦兎がかけた言葉。それが廻り廻って再び自身に返ってきた。こういう形で返ってくるとは思ってもおらず、それが何処か可笑しくて、思わず口元が綻んだ。

 

「ありがとう」

 

 ただ、短くそう返した。

 三人は改めてコースを駆けるタキオンとシービーの方へと視線を向ける。そうして彼女等のトレーニング風景を見守り続ける最中、不意に戦兎の横へ内海が歩み寄った。

 

「しかし、君も変わったな」

「え?」

 

 何の前触れもなく唐突に切り出されたその言葉に思わず呆けた声が出てしまう。しかし内海は戦兎の方を見るわけでもなく、コースを走る二人の方を見据えたまま。その横顔から読み取れる表情は相変わらず真面目さを絵に映したようで、あの頃(ファウスト)から何一つ変わらない。

 

「まあ……それはお互い様じゃないですか?」

 

 ――されど、嘗てその瞳に映されていた厭世の影が今は無いように。戦兎も内海も、夢を。意思を。託され、科学者として後戻りの出来ない旅路を歩んだ。そしてその果てに、物語を背負わない普通の人間として今ここに在る。その事実が、今の内海をどこか印象的に映した。

 

「それもそうだな」

 

 そんな戦兎の返しに、内海は鼻を鳴らしながらそう答える。そのやり取りを皮切りに、二人の間には暫しの沈黙が流れていった。

 梅雨空の中を駆け往く太陽。鈍色の雲の間隙から漏れ出る日脚は、ゆっくりと西へ向かいながらターフに落ちる影を徐々に伸ばしていく。その影を見つめる者達の視線の先には、夢を追いかけひたむきに駆ける若き姿が在った。




うぁぁぁ え、F-34Bとラスティがジョンゴルを練り歩いてる(幽玄タフ)

我が名は投稿激遅れ右衛門!!何事だ!!!!!!!!!!
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