ビルド NEW WORLD プリティーダービー   作:極み吠えるジンオウガ

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「天っ才物理学者兼トレーナーの桐生戦兎は、無事に二人のデビュー戦を終えて次なるレースに備えていた。そんな矢先に……」
「へえー。こんな風にやってるんだ、あらすじ紹介」
「ちょちょシービー、お邪魔するんじゃないよ」
「えーっと、ライトハローと名乗るウマ娘がグランドライブとやらの復活を依頼をしてきた。戦兎は流されるまま協力をすることになるのでした」
「読み上げるんじゃないよ! もう9話行っちゃって……」


ソリチュードは語る

 色調豊かなプリントがなされたフライヤーを手渡されて、何だこれはと戦兎は目線を上げた。スマートファルコンから手渡されたその紙面にはプロが手掛けたようなデザインと共に、聖蹄祭特別ライブと銘打たれた告知が記載されている。

 手渡されたフライヤーを戦兎がデスクに置くと、ファル子は尻尾を揺らめかせながら答えた。

 

「秋の聖蹄祭でさ、十二月のライブに向けて宣伝ライブをしようと思うの! 一般の人も来場するし、ちょうどいい機会じゃないかなって!」

「なるほどな。いいんじゃないか?」

 

聖蹄祭。それは学園における秋の行事の一つであり、一般に向けて、生徒が主体となって運営する、学園祭に当たる催し。外部にも開放されるため、特別ライブという発想に至るのも自然な流れと言えた。

 

「で、これを理事長と生徒会に提出して欲しいって訳か」

「うん、お願いしてもいいかな?」

「分かった。やっておくよ」

 

 そう戦兎が頷くと、ファル子は人懐っこい笑みを見せて礼を述べつつ、トレーナー室を後にする。

 春学期の終わりと共に試験が近づいているというのに勤勉なものだと思いつつ、その小さな背中が扉の向こうへと消えるのを見送った。改めてフライヤーを手に取って眺め、トレーナー室にある壁掛けカレンダーへと視線を移した。

 

「聖蹄祭ねえ……」

 

 独り言ちる戦兎の視線の先に記載されている日付は未だ六月。十月まではまだ三ヶ月以上あるが、彼女がそこまでのスパンで物事を考える理由を戦兎は知っていた。

 

「まあ、夏合宿前にはってとこか」

 

 日を追うごとに暑さが増していく、水無月の末の空。そこから降りしきる小雨の音が、窓の外から微かに聞こえる。湿り気を帯びたこの六月の風物詩が過ぎ去れば、季節は本格的な夏へと歩みを進めていく。戦兎はこれから忙しくなるであろう季節の到来を予感しながら、フライヤーを片手に理事長室へと向かった。

 

「失礼します」

 

 理事長室の扉を開けて部屋の中に入ると、中には理事長秘書のたづなと、トレーナーの桐生院の二人がいた。彼女らの姿を一瞥してから改めて理事長が見当たらないことに気付いた戦兎は、理事長の所在をたづなに問う。

 

「あの、理事長は?」

「理事長でしたら、別件で席を外しております。ご用でしたら、私の方から対応しますね」

「ああ、すみません。でしたらこれを」

 

 たづなに促され、戦兎は手に持っていたフライヤーを差し出した。それを見た桐生院もたづなの隣に立ちながら、興味深そうにそれを覗き込む。

 

「掲示物ですか?」

 

 自分以外のトレーナーとは積極的に関わろうとしなかった人間が何かを募る事が驚きだったのか、桐生院の声には若干ばかり好奇の色が含まれているように感じられた。それでも顔には出さないところは、流石に大人の対応といったところだが。

 客人を迎え入れる為に飾り立てられた気品のある部屋の中で、アールデコ調の机に置かれたビビッド色の紙が三人の視線を浴びて狭い片身を晒している。

 机を挟んで戦兎達の反対側に立っていたたづなの手にそのフライヤーが渡ると、戦兎はそれを示して事の経緯を説明した。

 

「――分かりました。生徒会にも話を通しておきますね」

 

 説明を受けたたづなは紙の裏に掲示許可のシャチハタを押しながらそう答えると、それを他の書類の束共々、茶封筒の中に入れて封をした。それなりの厚みが見て取れるそれからは、生徒会の多忙さが汲み取れる。

 

「それにしても、いつの間にそんな企画が立ち上がっていたんですね」

「今はまだどうなるか分からない段階ですけどね」

 

 桐生院の質問に飄々とした答えを返しつつも、内心ではそれがいつになるのか、実現するのかも定かではないという現実が戦兎の苦笑を誘った。遠くに存在するマイルストーンを目指して歩むのは、いつだってもどかしい。

 理事長室を後にして、トレーナー室に戻る道すがら。ふとたづなが語っていた『別件』が気になった戦兎は、隣を歩く桐生院に話題作りを兼ねてそれを訊ねた。

 

「そういえばたづなさんが言っていた別件って、何だったんですかね?」

 

 唐突な問いに、桐生院は視線を戦兎に注ぎながら少しの思案の後に答える。

 

「恐らくですけど、プロジェクトL'Arcの件ではないでしょうか」

「それって、凱旋門賞に挑戦するために発足された奴ですよね」

 

 凱旋門賞。世界で最も優雅な舞台と言われる、フランスのパリロンシャンレース場にて行われる、世界最高峰のGI競走。日本のウマ娘達が追い求め続けているその頂へ挑戦すべく、学園が主導して行うプロジェクト。戦兎達もその話は耳にしていたが、タキオンとシービーは興味を示さなかったこともあって、それきりになっていた。

 

「ええ。この時期ですし、夏合宿前に責任者との打ち合わせを行っているのではないでしょうか」

 

 その指摘になるほどと得心がいった戦兎は、その後も他愛のない会話を交わしながら、トレーナー室へと歩みを進めた。

 

「それでは、失礼します。ライブの事で協力できることがあったら、いつでも言ってくださいね!」

 

 トレーナー室に入る際に桐生院と別れの挨拶を交わして、部屋に入る。扉の閉まる音がトレーナー室の中で微かに反響するのを確かめてから、デスクの椅子を引いて腰を下ろした。タキオンとシービーの二人は、万丈と共にトレーニング室で筋トレを行っている。まだ行わなければいけないデスクワークが幾つか残っていたので、戦兎はそれを済ませるべくPCを立ち上げて仕事に取り掛かった。

 

 七月の初め。梅雨の雨雲は徐々にその勢力を弱めて、日毎に増していく暑さが肌身に纏わりつくようになってきた。戦兎はマシンビルダーに跨り、前を走る観光バスを追いながら海岸沿いの国道を進んで合宿所に向かっていた。

 

「なんで俺らだけこれで移動なんだよ! 俺らもバスに乗ればいいじゃねえか!」

「ボトルとか色々抱えてるんだからそうする訳にもいかないでしょうが! いいからちゃんと抱えときなさいよ!」

 

 戦兎の怒鳴り声と、ボストンバッグを抱えた万丈の悲鳴じみた不満の叫びが風となって流れていく。

 本来なら戦兎達も他の大多数のトレーナーと同様、ウマ娘達と共にバスに乗っての移動が普通なのだが、夏合宿は期間が長い。ダウンフォールの一件以降、ライダーシステムの所在を知る者が現れる可能性は限りなく低くなったとはいえ、二カ月の間も拠点を空ける事になると、不用意にボトルやパンドラパネルを放置するのは万が一のリスクが伴う。その為、それらを全て持ち出すことにしたのだが、中身を見られないようにするにはバイクでの移動を余儀なくされる訳で。

 理由は分かっていても尚納得しきれないといった風情で、万丈は文句と共にボトル類がぎっちりと詰め込まれたバッグを抱え直した。

 一時間程海岸線の道を進んだところで、ようやく目的地である合宿所に到着した。海に面した高台に、昭和の残り香を漂わせる古びた佇まいの木造建築が一棟。年季の入った建物だが、管理は行き届いているようで、古き良きといった雰囲気を醸し出している。

 

「やっと着いたか……」

 

 夏合宿の定宿となるその建物の前で万丈は抱えていたバッグを戦兎に手渡すと、疲労が滲んだ溜息を吐き出した。

 

「ほら、とっとと中に入るぞ」

 

 教員の指示を受けている生徒達を横目に、戦兎は万丈を急かす。吹き抜けの玄関口を通り抜け、板張りの廊下の先にある部屋に荷物を下ろしたところで、二人は一息をついた。

 

「で? この後はどうすんだよ」

 

 束の間の休息。畳の上に寝そべった万丈が首だけを戦兎の方に向けて投げかける。

 

「すぐにトレーニング――と言いたいところだが、今日は初日だし、あいつらは自由時間って事にしてる。俺達はその間にトレーナーミーティングだな」

「ミーティングって、何すんだよ?」

「主に合宿中の動きについてだと。滞在中はトレーナーも生活指導に回されるらしいから、その辺の連絡も兼ねてるんだろ」

 

 ウマ娘にとって夏合宿は休暇的な側面がある一方で、トレーナーの業務はいつも以上に多忙を極める。普段から行っている担当への指導に加えて、見回り等の生活指導、地域の医療機関への手配といった、監督業務も行わなければいけないからだ。

 しかし、長期間の滞在中にそれらの全てを続けると、必然的にトレーナーの負担も相応に大きくなる。夏合宿におけるミーティングは、それらを分散させる目的も含めてのものだった。

 

「ほーん」

 

 気の抜けた返事をする万丈を横目に、窓から外を眺める。夏を謳う蝉の声と、何処までも茫洋と碧色に染まる海。沖合から押し寄せるうねりが潮騒となり、昼下がりの陽射しを乱反射しては白く輝いている。

 壁の存在しない無間の青が、戦兎の網膜に鮮烈な印象を刻み付けた。

 

「さて、そろそろ移動するか」

 

 ミーティングの時間までまだ余裕はあるものの、早めに向かっておくに越したことはない。心持ち重い腰を上げて、戦兎と万丈はミーティングが行われる大部屋へ向かった。

 

「え? タキオン、お前BBQの実行委員やんの?」

 

 ミーティングが終わった後の夕刻。合宿所内の食堂でタキオンとその同期の三人――ポッケとカフェ、ダンツに偶然居合わせた戦兎と万丈は、思わぬ話を聞いて怪訝な表情を浮かべた。

 

「当然だとも! 誰より夏合宿を楽しむのが今年のアグネスタキオンさ! 何よりBBQ大会は、全生徒の一大イベント。刺激的な日であればあるほど、皆の報酬系への刺激は強まる。ならば舞台を整えねばね!」

 

 箸を動かしながらそう嘯くタキオンに対し、いつもの事と言わんばかりにカフェは平然とした表情で受け応える。

 

「合宿には、トレーニングのために来ているんです……。そっちにも……やる気を見せた方がいいですよ……」

 

 こちらを一瞥しながらそう語るカフェに対し、戦兎は思わず曖昧な笑みで返す。確かに、トレーナーとしては鍛錬に打ち込んでほしいところではあるが、こういった場で羽目を外せるのもまた学生の特権である。それを否定するのは少し違う気がして、どうにも反応に困った。

 

「なんとも真っ当なことを言うね、君も。……まぁそれも一理あるか、私も今回のモルモットの一人だ」

「お前また何か企んでんのかよ?」

 

 タキオンの不敵な物言いに万丈が苦虫を噛み潰したような顔を見せると、タキオンは心外だとばかりに首を振った。

 

「随分な物言いだね。しばらくは同じ屋根の下で同じ釜の飯を食らう仲、この特異な状況を満喫しようというだけのことさ」

「本当かよ……」

「まあ、問題を起こさないなら俺達から言うことは無いだろ。程々に楽しんでおきな」

 

 訝し気な表情の万丈を余所に、戦兎は鷹揚にそう答える。一応の釘を刺しながらも、大目に見てやろうと言外に滲ませたつもりの言葉だった。

 それから暫しの間雑談に興じた戦兎は、先に部屋へ戻った万丈と、彼女達が部屋に戻るのを見送ってから食堂を後にして、夜に外出するウマ娘が居ないかどうか、消灯後まで監視するために玄関口に向かった。

 既に日は沈み、玄関扉に填められた九つの小窓も、薄暗さを際立たせるかのように黒々としている。こんな時間から外に向かう生徒は滅多に居ないだろうが、ミーティングで決められた職務故に確認は怠れない。玄関ホールの両隣に設けられた階段、その手摺壁に寄せて置かれた椅子に腰をおろすと、ラップトップを起動してトレーナーの業務も並行的に進めていく。

 ――特に何も起きないまま、時間だけが過ぎ去っていく。

 時折廊下の方から響いてくる足音も消灯時間が近づいていることもあってか次第に疎らになり、ロビーの静けさが一層際立って感じられるようになってきた。そうしてあと一時間程で消灯かという頃合いになって、階段の踏み板を鳴らす微かな足音が戦兎の耳に届いた。こんな時間に出歩く者が居るのかと画面から顔を上げて階上を確認すると、栗毛の髪を腰の辺りまで伸ばしたジャージ姿のウマ娘と目が合った。

 

「あ……」

 

 緑色のカバーに覆われた耳がぴくんと跳ね上がり、瞳が見開かれる。

 

「何かあったのか?こんな時間に」

 

 階段から戦兎を見下ろしながら、しまった、とでも言いたげにばつの悪そうな表情を浮かべた少女に、何か大事があったのではないかといった心配の色が強い語調でそう訊ねる。

 

「その……今から走りに行こうかな……と」

「今からって、もう消灯時間も近いしそんなに走れないだろ」

「そう、ですよね……」

 

 戦兎の指摘に、彼女は分かりやすく肩を落とす。それに若干の罪悪感を感じるが、規則は規則として戒めなければいけない。

 

「ほら、部屋に戻って休みな。練習したいなら明日もあるんだから」

 

 諭すような口調で、そう促す。その言葉に彼女も観念したのか、少し名残惜しそうな顔を浮かべながらも階段を上っていき、踊り場で振り返ると会釈を戦兎に返した。その姿を見送り、戦兎は椅子に深く腰かけ直して再びラップトップと向き合った。

 

 夏合宿も始まってしまえば瞬く間に過ぎていくもので、気が付けば二週間が経とうとしていた。

 今日は週末。ウマ娘達のトレーニングはオフとなっており、日中はトレーナー達も比較的自由に過ごすことが出来る時間帯だった。とは言え、生活習慣の中に指導が組み込まれている者達にとっては無為に時間を過ごすという選択肢は中々生まれず、その多くは合宿中のトレーニングメニューの模索に取り組んでいた。トレーナー業に直接関わらない者はこの状況を是正をするべきだと足並みを揃えて言うだろうが、職業病と言うのはそう簡単に治るものではない。

 当然ながら戦兎も例に漏れず、その日は準高地、兼坂路トレーニングが行えるかどうかを調べるために万丈を連れて、合宿所近くの舗装された山道にマシンビルダーで朝から赴いた。マップである程度の情報は手に入ったものの、実際に現地で確認した方が良いと踏んでの行動で、合宿所に帰ってきたのは昼過ぎだった。

 

「ったく、俺だけ走らせやがって……」

「仕方ないでしょうが。実際に足で走れるかどうか確認したかったんだから」

 

 額に浮かんだ汗を拭いながらぼやく万丈にそう返す。不平を溢しつつも既に息は整っている辺り、この男は相変わらずと言うべきか常人離れしている。そんなことを思いながら、合宿所の入口へと歩を進めようとしたところで、玄関口に立つ一人のウマ娘に目が留まった。

 

「お? あの子……」

 

 そこにいたのはこの前の、栗毛のウマ娘だった。その隣には生徒会副会長のエアグルーヴも佇んでおり、話し込んでいるように見える。何か問題を起こしたのだろうかと注視していると、浜辺から戻ってきたタキオンとその同期たちに声を掛けられた。

 

「トレーナー君じゃないか。どうかしたのかい?」

「タキオンか。いや、あの子が気になってな」

 

 そう言って視線で栗毛の彼女を指し示すとタキオン達もその姿を認めて、ああと頷いた。

 

「スズカじゃねえか。アイツがどうしたよ?」

 

 少女と知り合いらしいポッケは、不思議そうにその名を口にする。

 

「知り合いなのか?」

「ええ、同室の方です……」

「何か問題でもあったんですか?」

 

 万丈からの問いに答えたのはカフェだった。曰く、彼女――サイレンススズカと四人は部屋が同室らしく、心配そうに尋ねるダンツの様子を見て戦兎はこの前の夜の出来事を掻い摘んで話した。

 

「ふぅン、消灯前に外出をしようとしていたと」

「そんなだから、ちょっと心配でな」

「あのスズカさんが急に輪に入ろうとしていて変には思ってましたが、そんなことが……」

 

 タキオンとカフェが納得したような様子で言葉を交わす。会話の端々から察するに彼女は普段から走る事に気を奪われているきらいがあるらしく、周囲と孤立しているように見えていたことも合わせて頷けた。

 

「ま、そういうことなら直接話した方が早いだろ。スズカも丁度配膳当番に行ったみたいだしな」

「それもそうだな」

 

 言うが早いか、ポッケとタキオンは意気消沈気味のエアグルーヴの元に歩み寄って後ろから声を掛けた。

 

「随分、スズカ君に目をかけているんだねぇ」

「な……っ、いつから聞いていた」

 

 突如背後から掛けられた言葉に、エアグルーヴは狼狽しながら振り返る。どこか飄々としたタキオンの態度を前にしてその眉間には深い皺が刻まれていた。

 

「君らが話し始めたあたりからかな。ささやかな問題が起こっていることは、私以外も気付いているさ」

 

 優しい声色でそう語り掛けると、タキオンの目線が此方に送られる。トレーナーとして何か言ってやれという事だろう。

 

「俺も少し前から気になってな。もっと他人を頼りなさいって」

「そういうこった。なあ、腹割って話してみろ、副会長。同じ部屋のよしみだ、困ってんなら手ぇ貸してやるぜ」

 

 ポッケも同調するように言葉を重ねた。やはりこの少女は粗暴なようでいて、情に厚い。何処か万丈に似ている節があると感じさせるのは、そういった性分故なのだろうと頭の片端で考えた。

 不意の言葉に暫く目を丸くしていたエアグルーヴは数秒ほどの沈黙を経た後、その表情を微かに綻ばせて、それから訥々と話した。

 

「スズカ君を夏合宿に関わらせようと? ハッハッハ! なんて珍妙な検証実験だ! 自由と孤独を愛するのがスズカ君であり、それは彼女の美点だ。そもそも性質的に向いていないことを強制すべきではない」

 

 同じ人間がいないように、人が何かしらに対して抱える感情というのは千差万別だ。どれが正解で間違いと一括りにして語れるものではなく、それぞれがそれぞれに『楽しい』だとか『窮屈』だと感じる権利がある。タキオンの言う通り、本人が一人で居る事を望むのであれば周囲に馴染ませることを無理に行う必要はない。

 

「君は押しつけがましいタイプには見えないし……つまり、私としてはその理由の本質を知りたいね?」

 

 再びの沈黙。言うべきかどうか逡巡した様子を見せたエアグルーヴは躊躇いがちに口を開いた。

 彼女達もいつか学園を卒業する日を迎え、各々の道へと進んでいく。その先で過去を回顧することがあったとして、思い出せるのは心の底に残る一粒の金なのではないか、と。後から欲しても手に入らないそれを、取りこぼして欲しくないのだ、と。

 

「……おいタキオン、なんとか言え」

 

 心の丈を赤裸々に明かしたエアグルーヴは顔を赤らめると、伏し目がちに思索するタキオンに対して、返答を求めた。

 

「ああ、アレを得てほしいのか。……ああ、なるほど! なるほど! なるほど! ハッハッハ! 面白い、俄然興味が湧いてきたよ」

「あ? なんだよ急に、気味悪いな」

「どうせいつものよく分かんねえやつだろ」

 

 含みのある笑いを浮かべて語り出したタキオンに万丈とポッケが訝し気な視線を送るも、当の本人は周囲を気に掛ける素振りもなく、ひとしきり独り言を放つと、結論が出たのかウンと一つ頷いて見せた。

 

「いやー、思わぬ気づきを得た! よし、私もそれに協力しよう!」

「私も、何か役に立てるのであれば!」

「あの……私も、いいですか……」

「じゃ、俺も乗った!」

 

 高らかに宣言するタキオンに続いてダンツにカフェ、ポッケも名乗りを上げる。勢いに乗じて話がどんどんと進んでいく様子に、十代の青春とは、若々しく嵐のような勢いを秘めているものだと思わずにはいられない。

 

「お前達……いや、しかし、待て。手助けは助かるが、今の所何の案もない」

「あるある、要するにさあ、スズカにでっかくて楽しい思い出ができりゃいーんだろ?」

「それはそうだが、まずは順を追わねばならん。スズカがこの生活に慣れるところから始めなければ――」

「オイオイ、お前はスズカの事になると過保護だな! まあ一旦、俺らに任せてみろって」

 

 あくまで慎重に事を運びたい様子のエアグルーヴに対して、ポッケは自信ありげに答える。結局、半ば強引に話を纏めた三人に押し切られる形で、ポッケが主導するスズカの夏合宿参加への下準備が始まる事になった。――とはいえ、戦兎は今朝方から行っているトレーニングの考案で手一杯。トレーニング外の世話は万丈に任せることとした。

 

 茜色の空が海を包み始める頃合い。仕事に目途がついた戦兎は、タキオン達の様子を見に浜辺へと足を運んだ。この二週間ですっかり馴染みとなった砂の上を進んでいった先にへたり込んだ様子の万丈が見える。

 

「おーい万丈、どうだった……何でそんなびしょ濡れなんだよ」

 

 そう声を掛けつつ歩み寄ると、振り向いた万丈はじっとりと濡れた頭髪を顔に張り付かせながら答えた。

 

「あ……? あいつらにやられたんだよ」

 

 そう言って顎をしゃくった先には、先程の五人とスズカ、そしてどういう訳かシービーの姿がある。彼女達は夕暮れ時だという事にも構わずに、水遊びに興じているようだった。

 

「ああ、そういうこと。……まあでも、あいつらが楽しそうで何よりじゃねえか」

「ったく、しょうがねえな……」

 

 小言を言いながらも万丈が笑みを湛えながら頷いていると、皆も波打ち際から戻って来る。スズカもすっかり彼女達に打ち解けたようで、心地よさげな笑顔を浮かべていた。

 

「やあ、トレーナーも来てたんだ」

 

 戦兎の姿を認めたシービーが明るくそう声を上げた。

 

「そりゃあな。っていうか、シービーこそどうしたんだよ」

「アタシ? んー、散歩してたらポッケ達を見かけて面白そうな事してるなあって」

 

 いつも通りに奔放なその姿勢は、いっそ羨ましく思える程だ。彼女が加わったことで一層和気あいあいとした空気が生まれたところで、ふとポッケが海の家へ行こうと切り出した。なんでも、水遊びをしている際に負けた側がデザートを奢るといった話になったらしいが、子供が金銭のやり取りを軽々しくするのはどうなのかと、戦兎も付いていくことに。

 浜辺から暫く歩いた先に、夏の期間のみ営業する海の家が建っている。夕暮れ時を迎えた時間帯には客足もまばらで、喧騒とは無縁の空気が流れていた。

 

「隣、いいか?」

 

 少し話をしようと、スズカが先程の出来事をエアグルーヴ達と振り返り終えた隙を見て、声を掛けた。彼女は驚いた様子で顔を上げたが、すぐにどうぞと笑みを浮かべつつ場所を空けた。

 

「その……ありがとうございます。ご馳走してもらって……」

「気にすんな。それより、合宿はどうだ?」

「窮屈なだけ、じゃないのは分かりました。今日のことは本当に楽しくて。まだ、一人の時間が恋しいとも思いますけど……」

「周りに合わせるのは疲れるもんな。普段と違うなら尚更大変だろ」

 

 共感の言葉を返すと、スズカは悩まし気な表情を浮かべ、手元に置かれたデザートをしげしげと眺めては溜息をふっと溢した。

 

「けれど、やっぱりわがまま、ですよね」

「どうかしたか?」

「合宿以前から気にしてはいたんです。普段の生活で他の子を怖がらせてしまっていたり、私を気にかけてくれている人に迷惑をかけてしまっていることに」

 

 栗毛の髪が夏の空気に揺れる。

 

「走ることは、好きなんです。でも、それ以外の事にも目を向けた方が良いのかなって思うと、なんだか……」

 

 言葉尻が窄む。複雑な思いを抱えているであろうことは想像に難くない。

 

「それで自分はわがままだって思ったわけか」

「はい」

「なるほどな。けど、それは違うな」

 

 スズカの言葉を即座に否定した。横並びになっている彼女の視線を感じながら、言葉を紡ぐ。

 

「周りに合わせられないだとか、思い通りに生きていけなかったり、理由は何であれ上手く行かなければ誰しも悩むさ。それは君だけに限らず、みんなが経験することだ。わがままなんかではないし、そんなに気にする必要なんてないよ」

 

 生まれや育ち、価値観に環境。理想とされるべきものとは画一化することのできないそれらと折り合いをつけて生きていく事の難しさは人並みに分かっているつもりだ。

 

「まあ、そうは言っても中々上手く行かないもんだよな。俺も自分の望む道と現実の違いで、何度も思い悩んだよ。今だって、自分のやりたかったことは出来ずにいるしな」

「トレーナーさんも、ですか?」

「ああ」

 

 頷いて答えるとスズカは意外そうに目を丸くした。それ程までに、自分が悩みとは縁遠い人間に見えるのだろうか。

 

「本当は、何をしていたかったんですか?」

「研究だな。……まあ、今はそうも言ってられねえけど」

「研究、ですか」

「前は量子力学っていう分野で、ある研究者に師事したり、ある物体の責任研究者になったりしてたんだ」

「量子力学……」

 

 スズカが難しそうな面持ちで小さく呟く。その様子を目に留めつつ戦兎は続けた。

 

「極微の世界で起きる物理現象を追求する学問だ。毎日のように研究室に籠って、研究に明け暮れてたよ。まあ、今の君と似たような境遇だな」

「どうして、研究を辞めたんですか?」

「人間関係だとか、現実的な問題で続けるのが難しくなってな。そういうのを経て、今までやろうとも思わなかったトレーナーをやってる」

 

 そう告げてスズカの方に身体を向ける。本当の理由はまた別にあるが、これも嘘という訳ではない。

 

「だからこそ、君が周囲の生活に迎合出来ない事に感じている辛さだとか、居心地の悪さってのは分かるつもりだし、周りに迷惑がかからない間は君がやりたいようにすればいいと思う」

 

 周囲からの期待や善意といった、ある種の無形の圧。その存在を悪と見做すようなことは出来ないが、それに応えることが美徳であり、人間的に正しい生き方だと思い込むことでその芽を立ち枯れさせてしまうことは事の大小に関わらず誰にも起こりうる。他人の為でなく自分の為だけに自由に走ることが、ウマ娘としての道義的責任に背いた考えなのではないかと自己嫌悪してしまっていたシービーのように――。スズカもまた、彼女のように懊悩しているのだろう。

 

「……その、トレーナーさんは、やりたくないことをする生活は辛くないんですか?」

「え? ……まあ、大人だしな。嫌々でも仕事はするさ」

 

 少し言い淀んでからスズカに対してそう答える。

 人生というのは、年を重ねるごとに選択肢は広がるが、自由度は狭まっていく。自分自身の為だけに生きる事は難しくなり、責任に対する尺度が大きくなる現実で、夢だけを追えるのは恵まれた者に与えられる特権だ。

 

「ふぅン? 嫌々とは、君は私の助手兼モルモットとしての自覚が足りていないんじゃないかい?」

 

 彼女との会話に割って入ったタキオンの声に、スズカと同時にそちらへと顔を向けた。

 

「別に全部がとは言ってないでしょうが。大体、嫌々だったらお前達のトレーナーなんか端からやってねえし。――とにかく、変に気負わなくて良いんだよ。周りはちゃんと理解してくれてるから。けど、自分が望まない道に進むことでも得られるものがあるとは俺は思ってる」

 

 そう付け加える。人の自由意思は尊重されるべきであって、苦労が人を成長させる、といった方便の類を謳うつもりは毛頭なかったが、この言葉の真意が彼女に伝わればという思いで語りかけた。

 

「望まない道……」

 

 彼女は戦兎が投げかけた言葉を受けてエアグルーヴ達の方を見遣ると、何処か考えこむ顔をした。元より、あの晴れやかな顔を見れば何かを得たことは明らかだったのでそれ以上は言葉を重ねず、黄昏の空を眺めた。夜の気配を纏った太陽が、どこか神妙な面持ちの横顔を照らしていた。

 

 合宿も折り返し地点を迎えた八月の頭。空調の効きが悪く、朝からうだるような暑さの部屋の中で、トレーナー各位にメールで配布される資料に目を通すと、ある文言が目に留まった。

 

「レクリエーション内容の決定か」

 

 毎年合宿最後の夜には、BBQ大会が行われる。それに併せて、余興として生徒主催で何かしらの催し事を行うのが通例らしいが、今年は例年とは少し違うようで、BBQ実行委員会と合同でビーチパーティーを行うと書かれていた。

 

「そういや、BBQの実行委員長ってタキオンがやるとか言ってたよな」

 

 横から資料が映された画面を万丈が覗き込む。

 

「ああ。それと、見ろ。ここ」

 

 画面をスクロールさせると、レクリエーション側の実行委員の欄にサイレンススズカの名が記されていた。彼女なりにこの合宿に向き合おうとしている結果が如実に表れているようだった。

 

「へえ、スズカの奴、頑張ってんじゃねえか」

「だな。……ん? 他にも書いてるな」

 

 スクロールバーを最下部までやると、気になる文言があった。実行委員会からの連絡事項のようで、こう書かれている。

 

『ビーチの使用範囲の拡大に伴い、ビーチエリアでのドリンクバー設置に関する要望が出ております。その要望を受け、可能な限り業者を介さずにドリンクバーを設置する方法を模索しております。皆様のご協力をいただければ幸いです。』

「ドリンクバー? んなの何すんだよ?」

「そりゃあ、名前の通りでしょうが」

「ほーん。――あっ」

 

 万丈が不意に声を上げた。

 

「んだよ」

「いや、マスター達に頼めば何とかしてくれるんじゃねえかと思ってよ」

「そんな簡単にはいかねえだろ。昔とは違って忙しそうだし。一応聞いてみるけど」

 

 電話一本で簡単に解決するとも思えないが、何もしないよりは良い筈だ。そう小さく零しながらスマホに手を伸ばし、美空に電話を掛ける。二コールほどで繫がると、彼女はすぐ応対してくれた。通話のモードをスピーカーに切り替えて畳の上にビルドフォンを置く。

 

『もしもし戦兎? どうしたの?』

「朝から悪い、ちょっと聞きたいことがあってな。今、大丈夫か?」

『うん。お客さんもまだ来てないから、大丈夫』

 

 電話の向こうからは、陶器のぶつかる音や店内に流れる音楽が微かに届いてくる。向こうも電話をスピーカーにしているらしく、この時間という事もあって開店準備を忙しなく進めている様子が伝わってきた。今度nascitaを訪れた時に詫びをせねばなるまい。

 

「悪い。実は今、学園の夏合宿真っ最中でな。八月末にレクリエーションをやることになってるんだけど、その一環としてビーチパーティーをやるらしくて。ドリンクバーを設置できないかって話が上がってるらしいんだ」

『ドリンクバーかあ……』

 

 戦兎の説明に美空は小さく唸りながら相槌を打った。

 

「マスター達ならそういうのも出来るだろうって思ったんだけど、どうだ?」

『うちは確かにキッチンカーもやってるけど……。ちょっと聞いてみるね』

「ああ、頼む」

 

 お父さーんと、彼女の声が遠ざかりながらマスターを呼びに行った。スピーカーの向こうで小さな話し声が幾つか聞こえると、暫くして美空が戻って来た。

 

『いいよー、だって』

「マジか!?」

 

 万丈が驚愕の声を上げた。

 

『もうノリノリ。機器の設置も手伝ってくれるって』

 

 予想以上の快諾に面食らう。手間のかかる事だろうに本当にいいのだろうか、と疑問が湧くのをすんでのところで抑え、詳しい話は後でメールで送るなどの約束をして電話を終わらせた。

 

 一週間後の週末。午前中には到着するとの連絡があったので、万丈と合宿所の駐車場で待っていると、ハザードランプを点けた二台の車が駐車場へ入って来た。

 軽バンと軽トラック。バンの方はキッチンカーに改造されたnascitaのものだとすぐに判ったが、一方の軽トラックに関しては見覚えがなかった。どういうことかと疑問が浮かんだが、運転席から降りてきた人間を見て誰のものかすぐに分かった。

 

「一海じゃねえか。三羽ガラスまで」

「おう、戦兎」

 

 バンからは一海と青羽――相河修也が、軽トラックからは赤羽――大山勝と黄羽――三原聖吉が降りてきた。軽トラックにはコンテナが積まれており、中には人参がぎっしり詰まっている。

 

「美空は一緒じゃないのか?」

「みーたんはまだ店の方だ。当日にマスターと一緒に来る手筈になってて、俺達が代わりって訳だ」

「で、三羽ガラスまで来たのはどういう理由だよ?」

 

 万丈が訊ねた。

 

「あ? んなもん俺一人で行ったら道に迷うからだろうが」

「カシラは俺達が居ないと何も出来ねえからな」

 

 一海の言葉に続いて青羽が答える。確かに、方向音痴の一海一人ではここまで辿り着くのにも苦労するであろうことは想像に難くない。

 

「まあ人手が多いに越したことはないだろ。とにかく、話は中でしよう。手伝いが来るって事は生徒達にも事前に伝えてはいるけど、説明しなきゃならねえし」

 

 そう促して合宿所の中へ入ると、ロビーには既にスズカらが集まっていた。入り口から見慣れない顔が現れたことに、彼女達の視線が一斉に集まる。

 

「待たせた。今日からしばらくの間、こいつらが作業を手伝ってくれる事になった。当日のドリンクバーは別の人がやるけどな」

「遠方からご足労いただきまして、痛み入ります。生徒会のエアグルーヴです」

「おう、猿渡一海だ。よろしくな」

 

 一海が人当たりの良さそうな笑みを浮かべて自己紹介する。不意にこいつはチャラいドルオタだと紹介したらどうなるだろうかと好奇心が頭をもたげたが、余計な事は言わずにおいた。それから三羽ガラスも挨拶を済ませると、早速本題に入る。

 

「さて、時間もねえし早速作業に移ろう。俺達はこっちで進めるから、タキオン達は一海達に付いてやってくれ」

「任せたまえ」

 

 戦兎が指示を出すと、タキオンが悠然とした調子で返事を寄越す。そうして二つの班に分かれて、各々の作業に動き始めた。

 照りつける日差しがじりじりと染み入る。喧しい蝉の輪唱が響き渡る中、一海は渡された設計図通りに組み立てるための材木を宿舎から浜辺に運んでいると、不意に横から声が掛かった。

 

「いやあ、人手が多くて助かるよ!」

 

 声の主はタキオンだった。

 

「戦兎の担当ウマ娘の……アグネスタキオンだったか」

「ああ。君に会ったのは、シービー君のデビュー戦以来だったね」

「だな。で、何か用か」

 

 一海は訊ねつつ、手早く材木を浜辺に下ろした。

 

「いやなに、少し話でもしようと思ってね」

「話つっても、俺農家だぞ。そんなすべらない話なんて持ってねえよ」

「そういう腹積もりではないんだがね……。というより、君は農家だったのか」

 

 冗談交じりにからかってみたが、そう言われて一海は自身の素性を全く説明していなかった事に思い至る。

 

「ああ、東北の方でな。あいつら三人はそこの従業員だ」

 

 少し離れた所でエアグルーヴ達と作業を進める三羽ガラスの方を示すと、タキオンは視線をそちらへとやった。

 

「ほう? 私はてっきり、君らも例のカフェの店員なのかと思っていたのだがね」

「あんなんが店員やってたら、客もビビって来やしねえよ。で、話って何だ」

 

 改めて訊くと、タキオンは腕に抱えていた材木を下ろすと、本題を切り出した。

 

「見たところ、君はトレーナー君と親交が深いようだね」

「それなりにな。それがどうした」

 

 予想外からの切り口に、一海は戸惑いを顔に浮かべながら返した。

 

「いやなに、少し気になってね。彼は以前まで研究所に所属していたそうじゃないか」

「ヒゲからでも聞いたのか?」

「そのヒゲなる人物が、以前私も会った官僚の彼なら、それもあるね。だが何より、ついこの間本人の口からその話を直接聞いたものでね」

「戦兎が?」

 

 意外な答えに面喰らう。戦兎が自身の素性を誰かに話すような事はないと思っていたが、何か心境の変化でもあったのだろうか。だが一海が問いかけるまでもなく、タキオンは話を続けた。

 

「問題、とまではいかないが周囲に馴染めていない生徒がいてね。その彼女に、まあカウンセリングのようなものとして彼が身の上話をしたのさ」

 

 一海の反応を窺っているのか、彼女は視線を頻りに寄越すと、宿舎へと往復する傍らで語り始めた。

 

「私はトレーナー君の事情を詳しくは知らない。学園の教官よりも近い距離間と言えど、所詮は他人同士だからね。……ただ、どうにも不思議でならなくてね。彼が研究員を辞めたのは人間関係が理由だとか言っていた。彼をトレーナーに勧誘したのは私自身だが、それだけが理由なら別の研究所で働くという選択肢もあった筈だ。なのに、トレーナー君はそうはしなかった。それが、どうにも引っかかってね」

 

 つらつらと流れるような言葉に耳を傾けながら、二人は運搬作業を続ける。

 

「私には何か、彼が後ろめたい理由を抱えているのではないかと思えて――」

「人の過去に面白半分で踏み込んでやるな。戦兎にも、色々とあったんだ」

 

 今の戦兎が自身の過去にどのような思いを抱えているかは、彼にしか分からない。これ以上踏み込んだ話を目の前の少女に話して、戦兎はそれで納得するのだろうか。その思いから、一海から諭すような口調の言葉が突いて出た。

 

「興味本位ではないさ。私だって、彼には少なからず世話になっているからね。――あんな顔を見てしまったら、気にもなるさ」

 

 彼女の語る言葉が、潮風に流されるように抜けていく。一海は何も言わずに話を聞いていたが、暫くしてから口を開いた。

 

「悪いが俺からは言えねえな。ただ、あいつは過去を否定しようだとか、そんな理由でトレーナーをやってるわけではないだろ。ラブアンドピースなんて綺麗事を掲げて、自分の身を滅ぼすことになろうとも他人を優先するようなバカだしな」

「随分と、彼を買っているのだね」

「どうだかな」

 

 否定とも肯定とも取れないような言葉が、ふてぶてしさを纏って零れ落ちた。

 

「……まあ、君がそう言うのなら無理に聞くつもりもないさ。作業を続けようか」

 

 数秒の空白を挟んでタキオンがそう言うと、二人はまた作業へと戻る。

 澄み切った暑天からは依然として太陽が照りつけていたが、作業を終えた頃には日が傾き始め、ひぐらしの涼やかな声が響いていた。

 

「これでとりあえずは終わりか」

 

 最後の材料を組み立て終えると、万丈が凝り固まった身体を解すように腕を伸ばして呟いた。

 

「あとは当日を待つだけだな。一海達も、ありがとな」

「気にすんな。みーたんの頼みとあれば、断る訳にはいかねえからな」

「みーたん……?」

 

 ポッケの反応を筆頭に、生徒達が胡乱気な目を一海へ向けた。精悍な顔立ちの男からいかにもな甘ったるい言葉が飛び出せば、誰しもが同じような反応をしてしまうのも無理はない。

 

「こいつの彼女だよ。いつものことだから、気にすんな」

 

 万丈は淡々とそう説明する。こういう時は適当にあしらっておくのが一番だと経験則から学んでいた。そんな彼の頭を一海は軽く叩きながら続ける。

 

「まあ、俺とみーたんは切っても切れない関係だからな。例えるならそう! 愛と平和そのもの! ラブアンドピース!」

「何言ってんだお前」

 

 相変わらずの意味不明な言動に呆れた万丈は表情を引きつらせる。生徒達の冷ややかな視線も合わさって、いよいよ居たたまれなくなってきた。万丈も一海も、大人としてもっと毅然とした態度で振舞ってほしいものだと戦兎は思う。だが、今更そうした所で何を取り繕えようものかと、下らない言い争いを続ける二人を前に無責任な諦めが脳を過り、溜息が漏れた。

 

「そういえば、四人はこの後どうするんだ? 作業は終わったし、帰ろうと思えば帰れるだろうけど」

 

 万丈と一海を無視して、赤羽に訊ねる。

 

「ああ、俺達は片付けが終わったら帰るつもりだ。畑の方もやらなきゃいけねえしよ」

「それはいいけど、足はどうするんだ? キッチンカーはここに置いていくんだろ」

「あ」

 

 と、三羽ガラスは同時に声を発した。完全に頭から抜け落ちていたと言わんばかりの反応だった。

 

「どうする? 赤ちゃん青ちゃん」

「どうって、俺とカシラが残るしかないんじゃないか」

 

 黄羽の問いに青羽が答える。この調子で本当に大丈夫なのだろうかと戦兎が考えていると、見かねた様子のエアグルーヴが口を開いた。

 

「それなら、合宿所に泊まるのはいかがですか。最終日までそれほど日数もありませんし、その方が何かと都合がいいかと」

「いいのか?」

「トレーナー用の部屋なら四人増えても収容できる広さはあるので。桐生トレーナーも、それでいいな?」

 

 一海が訊ねると彼女は小さく首肯し、有無を言わせぬ口調で戦兎に確認を取った。自分達が使用している部屋を使わしてやれと、暗にそう言っているのだと察しながら、戦兎は首を縦に振った。

 

「俺はいいけど」

「じゃあ決まりだな。悪いがそうさせてもらうわ」

 

 話が纏まった所で、一海が代表して応える。

 それからさほど時間も掛からずに片付けを含めた作業は滞りなく終了して、夕食前には合宿所へと戻って来た。戦兎は他のトレーナーが利用して混み合う前に浴場へ向かうと、疲労感の溜まった身体をゆっくりと湯船に沈めた。

 

「はあ……」

 

 肺に溜まった重苦しい空気が、声と共に吐き出される。女子校の合宿所であるが故に、男湯は女湯の半分も無い程の狭い空間だが、頼れる大人の姿を飾る必要のない場所というのは、それだけでも気が楽になる。

 浴槽の縁に頭を預けて、天井を仰ぐ。黒い倦怠の色が湯船の中に溶け込んでいき、思考も徐々に薄ぼんやりとしてきた。

 

「随分とお疲れみたいだな」

 

 聞き慣れた声で意識が引き戻された。首を起こすと、隣では一海が湯に浸かり、戦兎と同じように天井を仰いでいた。

 

「一海か。まあな。……それより、本当に泊まりで良かったのか?」

「良かったって、何がだよ」

「畑の管理とか」

 

 ああと一海が納得して頷く。

 

「それなら他の連中に任せるから心配ねえよ」

「そうか」

 

 そう言うのなら、とそれ以上の追及はせずにおいた。

 

「で、どうよ。そっちのトレーナー生活は」

「どうって、急になんだよ」

 

 突拍子もなく投げかけられた言葉に戸惑いながら問い返す。

 

「裸の付き合いってのも悪くねえだろ。で、どうなんだ」

「そりゃ、大変だよ。二人とも気まますぎて振り回されっぱなしだ」

「だろうな」

 

 そう短く答えながら、一海は鼻で笑う。その反応に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その気力は湧かずに口を噤んだ。

 

「まあけど、あんまし教え子に心配させんなよ。――俺が言えたことじゃねえけど」

「教え子って、タキオンが?」

「それ以外に誰がいるんだよ。あの子、お前がトレーナーになる前の事を知って、気にかけてたらしいぞ」

「あいつが? いや、何かの間違いでしょ……」

 

 彼女に気を遣われるような粗相をした覚えがある筈もなく、嘲笑が零れた。

 

「どんだけ信用していないんだよ……」

 

 一海はやんわりとした口調でそう言うが、タキオンはそういう女の子だ。彼女と知り合ってから半年の間で垣間見えたその性格は変人そのもので、実験と称して他者を振り回すことはあれど、その逆というのはあまり記憶にない。だからこそ、彼女が自分に気遣いを見せたというのは誤りとしか思えず、自身の生活の面倒を見てくれる人間が精神的に健康でないのは如何なものか、というタキオンらしい思惑が根底にあったのだろうとしか解釈できなかった。行動に対する負の信頼。

 

「そりゃ、嬉々として人で実験する奴だぞ、あいつ」

「あ?」

 

 素っ頓狂な声を上げながら一海がこちらに顔を向けると、口を半開きにしたまま、その目をぱちぱちと瞬かせる。学者の難解な説明に頭を悩ませる学生のような表情からは、困惑と何処か非難めいたものが窺えた。

 

「なんだよ」

「いや、お前が言えたことじゃねえだろ」

「どういう意味だよ」

 

 そう問い返すと一海の表情が呆れへと変わり、彼は再び天井を仰ぎ見た。

 

「そういう意味だよ」

「意味分かんねえし……」

「とにかく、どうするかはお前次第だが、あの子が心配してるんだとしたら話してやってもいいんじゃねえのかって話だよ。大人が子供に気遣われてちゃ世話ないだろうよ」

「……考えておくよ」

「それがいい。じゃ、俺は先に出るわ」

 

 そう言って湯から上がった一海に軽く返事をして、一人になった浴場でまた天井を見上げる。しかし頭に掛かった靄は普段より重く、暫くの間そうしていたが思考は纏まらなかった。

 軽くのぼせてきた頃合いになって湯船から上がると、浴場を後にして廊下へ出た。夕食まではまだ少し時間があり、その間に他の仕事を片付けようと考えながら歩いていると、自室の向こうから聞き慣れた騒々しい声が響いてくる。どうせ三バカと筋肉バカとチャラいドルオタのバカ五人が騒いでいるのだろう。

 いつもながらよくも飽きずに騒げるものだと逆に感心しつつ扉を開けると、枕が視界に飛び込んできた。

 

「いっ……!」

 

 顔面に直撃しても痛みは覚えなかったが、反射的にか細く叫ぶ。床に落ちた枕を拾い上げて、表面を手で払いながら投げ込んだ犯人へと視線を刺すと、おっ、戦兎という気の抜けた声が返ってきた。

 

「何やってんだよ」

「枕投げだよ。お前もやるか?」

 

 当然と言わんばかりの顔で万丈が言う。見れば一海達までもがその手に枕を抱えており、戦兎が制止する間もなく、部屋の中で再び枕が飛び交う。

 呆れて言葉も出ずに立ち尽くしていると、またも万丈の投げた枕が顔面に直撃した。二度目のそれは宣戦布告だ。

 

「ったく万丈……いい加減にしなさい、よっ!」

 

 枕を拾い上げて投げ返す。見事に万丈の顔面に直撃し、カエルが轢かれたような声を彼が上げると、一海達はナイスショットと囃し立てながら、万丈に次々と枕を投げ込んでいく。

 

「やりやがったな! なら……これでどうだ!」

「あっ!? お前それ俺のみーたん! やめろやめろ!」

 

 美空のプリントが貼られた枕を万丈が拾い上げた途端、一海が顔色を変えながら慌てて制止する。

 

「なんでこんなもん持ってんだよ!」

「いいだろ別に! 推しのグッズはいつでも持ち歩くのが常識なんだよ!」

「そんな常識ねえよ!」

「ドルオタはこうなんだよ! やめろお前叩くな! あーっ!」

 

 枕を巡ってプロレスが始まり、いよいよ騒々しさが際立ち始める。こうなればいっそ自分も開き直って加わろうかと枕を拾い上げた所で、勢いよく扉が開け放たれた。

 

「騒がしいぞ! 一体何の騒ぎだ!」

 

 怒りの形相を露わにしてエアグルーヴが飛び込むと、部屋が静寂に包まれた。彼女は目の前で行われている出来事を認識すると、途端に眉尻を下げて一海に視線を向ける。さしものエアグルーヴも外部の人間にはあまり強く出られないらしい。

 

「休んでいる生徒もいるので、騒ぐのは程々にしてもらえると……」

「ああ。すまん……」

 

 声を抑えながら一海が応えると、彼女は小さく溜息をついてそれより、とこちらに向き直る。

 

「貴様らはトレーナーだろう! 生徒を指導する身でありながら、その体たらくは何だ! もっとトレーナーとしての自覚をだな……!」

「はい、すいません……」

 

 ぐうの音も出ないまま、万丈と並んで謝罪の言葉を口にする。結局説教は小一時間続き、部屋の前を通ったタキオン達に弱者を憐れむような目を向けられて、何とも物悲しい気分になった。

 

 ――合宿最終日。

 暦上は秋が近いというのに、爽やかさからは程遠い薄明が微睡みを掻き消す。古びて効きの悪い縦置きエアコンが、大して涼しくもない風を送りながらがなり立てている。

 枕元に置かれたビルドフォンで時間を確認すると、時刻は朝の五時を過ぎたばかり。このまま二度寝をしたいところだが、今日はビーチパーティー当日。他の生徒が起きる前には最終確認を済ませておかなければならない。布団の上で上体を起こして大きく伸びをしてから万丈達を叩き起こそうと試みる。

 

「おーい万丈、起きろー」

 

 が、起きる気配もない。これ以上寝てまだ成長する気なのだろうかと思うが、今こうしているのが一番時間の無駄だ。どうせ設営自体は終わっているのだから、確認だけなら一人でも問題ないだろうと、考えを改めて屋外へと足を運ぶことにした。

 朝の澄んだ空気を肌で感じながら、砂浜へと向かう。片田舎の海岸線にこんな時間から人影が見える筈もなく、朝焼けの色に染まった海が波打つ度不定形に揺らめき、潮騒を奏でる音だけが耳に届く。その静けさが何処か虚しさを想起させて、自分だけが取り残されてしまったかのような、そんな気分にさせられる。

 

「ったく、あいつらは……」

 

 誰ともなしに悪態をつくが、当然応答などある筈もない。黙々と作業をしていると、ふと遠巻きから風に流されて車のエンジン音が届いた。こんな早朝にこの道路を通り過ぎるのも珍しい、などと思っているとその車は合宿所の駐車場に止まったらしく、エンジンのアイドリング音が消散するのがすぐ近くで聞こえた。

 誰が来たのだろうかと合宿所の入口へと向かうと、そこには白のミニコンバーチブルが停車しており、車窓から見知った二人の影が見える。

 

「美空。随分早いな」

 

 車に歩み寄ると、助手席から降車した美空がこちらに気付いて口を開いた。

 

「お父さんが遅れないようにーって張り切っちゃって。戦兎こそ、こんな早朝にどうしたの」

「最終確認。設営はもう終わってるけど、一応な」

 

 顎をしゃくって背後にある海の方を指し示すと、美空もその方向へ視線を向けて頷いた。

 

「ところで、一海君達はどこに?」

 

 ミニの小さな車体から窮屈そうに長身を屈めてマスターが降りると、辺りを見渡してそう訊ねる。その出で立ちだけで絵になるのだからなんともずるい。

 

「それが全然起きなくて。起こそうとはしたんだけど」

「まだ寝てるの? 全く……」

 

 美空が溜息交じりにそう応えると、マスターは困ったように眉を顰める。普段から二人揃って彼女に叱られているのであろうその様子から、今後も尻に敷かれるであろうことは想像に容易い。人知れず心の中で手を合わせた。

 それから暫くして陽も完全に姿を見せ、生徒達に交じって万丈達も起床した頃にパーティーは始まった。例年とは違った催しを生徒達が思い思いに楽しむ中、大人達は彼女達に羽目を外せるだけの余裕を与えるため、雑用に追われる。今になってトレーナーの職務からはかけ離れていると自覚し始めるが、それでも彼女達の青春を彩る手伝いができているのなら悪くはないと思えた。

 

 パーティーが終わって忙しなさから解放され、後片付けを始める頃には既に陽が傾き始めていた。今日は地元の縁日があるらしく、浴衣姿のウマ娘がちらほらと見受けられる。

 

「マスターも祭り行けばよかったのに」

 

 鼻歌を交じりに作業を続ける惣一を見てそう呟く。折角だからと、美空と一海達を祭りに行かせたのだが、彼はこっちを手伝うと言って聞かず、こうして万丈と三人で片付けをしている。

 

「親なんかと行ってもつまんないだろー。美空達に気を遣わせちゃっても悪いし」

 

 惣一が微笑を浮かべながら答える。そうだろうか――自分が美空位の年齢だった頃を想像してみたが、家族と祭りに行くのは楽しいだろう、という感想が先に来た。だが、あるべきままの姿であれた場合は違うのだろうか。擦り切れた糸では全てを編み上げられないように、家族と過ごす時間が立ち消えになってしまった自分にその感覚は理解できそうにない。

 

「そんなもんなのか?」

 

 万丈も自身と同じ思いを抱いたのか、疑問の声を返す。

 

「そりゃあ、あのぐらいの年になれば自然と親離れするもんさ。まあ、淋しくはあるけど、美空ももう子供じゃないし。それに一海君もいるからな」

 

 惣一は優しげな口調でそう言うと、こんなオッサンの身の上話なんて面白くないだろと自虐的に笑う。その仕草は大人特有の諦観から来るようにも、ただ単に照れ臭いだけのようにも見えて、彼の心情を推し量ることはできなかった。

 それからは祭りの賑やかな声も遠く、ただ静かな時が流れた。今日のパーティーの様子や生徒達の顔を思い出しながら撤収作業を進めていると、気が付けばそれも終わりを迎えようとしており、最後の荷物をキッチンカーの荷台に積み込んでいると丁度美空達も戻ってきた。惣一は明日はいつも通り店を営業するので今日のうちに都内へ戻ると言い、美空達と車に乗り込む。

 

「それじゃ、後の報告とかはこっちでしとくから」

 

 美空達を見送る前にそう伝えると、惣一は頼むよと短い言葉を返す。お互いに手短に別れを済ませて、車の姿が見えなくなるまで見送った。

 

「はあ……」

 

 一仕事を終えてか、急激な疲労が襲ってきて溜息を零す。

 

「何とか終わったな……」

「だな。あー、腹減ったー!」

「おや、トレーナー君じゃないか」

 

 万丈が腹を擦る仕草を見せながら、大袈裟な声で空腹を訴えていると声を掛けられた。頭をもたげてそちらを見ると、タキオンがそこに立っていた。

 

「何だ、祭りに行ったんじゃなかったのかよ?」

「行ったさ。だが、君達が身を粉にして働いているのだから、少しくらい労ってやろうと思ってね。モルモット君が健康でなければ、私も困るしね」

「ああ、そりゃどうも」

「おっと、いらないのかい?」

 

 いつも通りの尊大な物言いに万丈が素っ気なく答えると、タキオンはそれを気にも留めず手に提げていたビニール袋をこちらに差し出した。中を覗くと焼きそばやたこ焼きなどの、祭りの出店で買ったのであろう料理が目につく。

 

「いいのか?」

「構わないさ。君達で食べたまえ」

「なら、ありがたく頂くか」

 

 折角の厚意に断りを入れる理由はない。タキオンに感謝しつつ、万丈と揃ってそれらに手を付ける。調理から時間が経って、既に焼きそばはパサパサとし、たこ焼きは形が崩れてきているのだが、祭りの出店で買う料理は非日常といった雰囲気に当てられて、普段食べる物よりも美味しく感じられる。

 暫くそうしていると、ふと遠巻きから口笛のような音の後に空気が破裂するような破裂音が響いた。

 

「花火か」

 

 この宿舎からでは木々や他の建物に遮られて全貌は見通せないが、それは花火の上がる音だとすぐに分かった。

 

「そういえば、花火大会もあるらしいぜ」

「へえ、それで」

 

 万丈の言葉に相槌を打つ。パーティーの準備にかまけて、すっかり聞き逃していたようだ。成る程、生徒達が祭りに行ったのはこの花火を見やすい場所を確保する為でもあったのだろうと今更ながらに思う。

 折角だから花火を見るべく浜辺に向かおうと、空になった容器をビニール袋に入れ、万丈達と連れ立って砂に覆われたアスファルトの階段を下る。態々会場から遠い浜辺で観覧をしようとする人はおらず、寂寥感の漂う浜辺を、打ち寄せる波音を聞きながら歩いていると、後ろからもう一人分の足音が聞こえてきた。

 

「あれ、偶然だね。キミ達も花火?」

「シービーじゃねえか。って、何だよその荷物」

 

 足音の正体はシービーだった。万丈の言う通り、彼女が抱えている荷物は出かけるだけにしては余りにも仰々しく見える。

 

「キャンプギア。マグカップとかランタンとか」

 

 そう言って、手に提げた鞄を彼女は一瞥する。普段から気の向くままに行動する彼女らしい回答ではある。

 

「最初はいいかなって思ってたけど、やっぱり見てみようかなってなって」

「何とも君らしい理由だね。まあ、私達も似たようなものだが」

「いいでしょうが。花火」

 

 タキオンがわざとらしくこちらを見て微笑を浮かべたので、そう軽口を返す。

 

「あはは、愉快な偶然だね。なら、キミ達も来る? 特等席があるけど」

 

 そう言ってシービーは柔和な笑みを浮かべると、返事を待たずに歩き出す。置いて行かれる訳にもいかないので、彼女の後をついて行くことに。

 彼女に案内されるがまま辿り着いたのは周囲を岩に囲まれた、入り江になっている場所だった。無数の銀の光が散りばめられた空を見遣ると、大輪の花が絢爛と輝きを放ちながら飛び交っている。

 

「よく見えるでしょ? ちょっとだけ離れちゃってるけど、おかげで目の前を遮るものも無いしね」

「にしても、よく見つけたな。こんな所」

「夕日を見ていたら、花火を準備しているのが見えてさ。ここで見るのもいいなって思ったんだ。面白そうだってキャンプギアを取りに行って。外に出たらキミ達がいた。……ふふ、本当に偶然だったね。特にキミ、驚いた顔してたもの」

「まああんな荷物持ってりゃな……」

 

 図星を突かれた万丈が、バツが悪そうに頭を掻く。

 

「あはは、確かにね。……うん。なんか、いいね。こういうのも。約束するでもなく、たまたま、偶然でさ。同じところで出会う感じ」

「これからもあるといいな」

「はは、あるでしょ」

 

 万丈の何気ない一言が、シービーには嬉しかったのか。彼女は目を細めてそう応えた。

 

「自由に生きたいアタシと、そうあることを望んでくれたキミ達が出会えたくらいだもの。運命の女神様だって、これからもサプライズしたくなるよ、きっと」

「思い返せば、私とトレーナー君との出会いも偶然だったしね。案外そういうものなのだろうさ」

 

 シービーが朗らかに言うと、タキオンはこちらに視線を投げかけて口を開いた。その瞬間、一際大きな炸裂音が辺りに響き、薄暗い夜空が一瞬照らされる。大輪の花が尾を引いて飛び散り、黒い海を煌かせながら消えて行く。同じ花火と星の煌めく空を、四人で見つめる。そこには物語もなく、劇的なドラマもないが、漠然とした暖かさに満たされていた。きっとこの光景は忘れないだろうと、何故かそう思えた。




てめぇ様は、何をしてくれちゃってんだスギ?(前回から8カ月)
前回より長え22000字で作ってくれたもんなぁ 22000字だぞおめぇ!

以下補足
ある研究者(最上魁星)「ヒュー・エヴェレット3世は確かに言いましたね~「波動関数の収縮は起こらない」ってね!!あ、ゆんっ!!」

最上「でもそれはたらればの話ゆんね?デコヒーレンスと干渉性の消失は完全ではないゆんよ?」

天 啓

最上「じゃあ並行世界繋げれば俺不死になって帝王じゃない?」葛城「お前「敵」ゆんか!?(離反)」
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