ウソに塗れたその情動で、私の心を満たしてくれ。   作:渚 龍騎

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「見て見てアレクシス! すっごい可愛いよ!」

 

 二人の赤児を抱き締めたアイが、目の前のパソコンモニターに向けて感動の声を漏らしていた。画面の奥にはアレクシス・ケリヴが『本当だねえ』と変わらぬ表情で頷いていた。

 

(アレクシス・ケリヴ……)

 

 俺は、前世の記憶を引き継いで十全のアイドル──星野アイの子供として生まれ変わってしまった。

 原理や理屈は分からない。だが最後に覚えているのは、アイのストーカーであろう男に体当たりをされて崖から落とされたこと。俺を呼ぶ電話のコールだけが暗がりに染まる意識に響いていた。

 

 それから目が覚めた時、俺は雨宮吾郎からアイの息子──星野愛久愛海(アクアマリン)として生まれ変わっていた。

 とんでもない名前にされたショックと、アイの息子になれたという高揚感が入り混じってなんとも言えない気持ちではある。だが、間近でアイを見れるのは、前世の人生でも感じなかった最高の気分だ。

 

『アイ君に似て可愛らしい子供だね』

 

「あははっ、でしょー!」

 

 この新たに得た命の状況を理解するのに、それほど時間は掛からなかった。苺プロの斎藤壱護社長と、その奥さんのミヤコさん。アイの人物関係やその他の事情についてもよく理解できた。

 赤ん坊だから、という油断から壱護社長とアイのやり取りもよく聞こえる。だが、この『アレクシス・ケリヴ』だけはまるで理解できない。

 

(コイツは人間なのか……?)

 

 初めて目にした時は、今と同じようにパソコンモニターの中にいた。画面の奥にいるコイツに向けて、アイは俺や妹の瑠美衣(ルビー)を自慢気に可愛がっていた。

 最初はVT○berなるアバターを使って、俺達の父親と通話しているのかとも思ったが、全く違った。

 

 

 

 あの日、あの夜、俺たちはアレクシスに()()()()

 

 

 

 誰もが寝静まる夜中になると、ルビーはスマホのSNSを使ってアイの事をストーカーの如く調べまくっている。調べるといっても、主に他者からのアイの評価ばかり。アイが批評されているならば、ルビーは「死ね死ね!」と叫びながら、批評する者に罵倒のショットガンを浴びせて、日々常に戦っている。

 この日もまた、ルビーは孤独に戦っていた。

 

「お前、いつまでやってんだよ」

 

「はあ? アイを叩く愚か者には鉄槌を下さなきゃファンじゃないでしょ!」

 

「過激すぎんだよ」

 

 うるさい、とルビーのような瞳を眇めて頬を膨らませる。俺に対する罵倒も子供っぽく、前世はきっと俺よりもかなり歳下なのではと推測している。だが、互いに前世のことはあまり触れなかった。

 

 ルビーがSNSでの戦いを繰り広げる横で、俺はいつものようにテレビの前に座り込んで録画した番組を再生。大きな画面いっぱいに『星野アイ』が映り込んで、その中で──いや、テレビからも出て来そうな勢いでそのダンスを力強く踊っていた。

 凛とした美しい歌声に、心惹かれるその笑顔、なにもかもが完璧な十全のアイドル──それが『星野アイ』だ。

 

「あっ、それ私も見たかったやつ!! 録画してるならはやく言いなさいよ!!」

 

「うるさいな。録画してるに決まってるだろ」

 

 スマホを投げ捨てたルビーが、慌てて横に座って食い入るようにテレビに映るアイを見つめた。その目を輝かせ、声すらも漏らしながら、微笑んでいた。

 俺とルビーの互いに理解し合っている共通点といえば、異常なほどの『アイ』のファンだということ。二人でアイのことを熱狂的に語り合っている時──()()()は背後のソファーに腰を下ろしていた。

 

『いやはや、人間の赤ん坊というのは、こうも流暢に話したりできるものなんだねえ』

 

 俺たちの声とはまったく違った別の声。物腰の柔らかな口調が、突然背後から聞こえ、俺とルビーは思わず悲鳴を上げて飛び退いた。

 情けない声を轟かせ、ルビーと互いに抱き合ってしまうほどの驚愕。俺たちの挙動を見るや、そこに座っていたアレクシスは肩を震わせて笑った。

 

『いやあ、申し訳ない。驚かせるつもりはなかったんだが、どうも聞き覚えのある声が聞こえてねえ』

 

 アレクシス・ケリヴ──転生してから、コイツだけは明らかにおかしな存在だった。

 2メートルを超える巨躯に漆黒のマントを纏った異形の怪人。刺々しい頭部からは轟々と蒼い焔が燃えている。コイツが人間でないのは一目瞭然だった。

 ミヤコさんには、俺たちが普通に喋れることはバラしている。だがこのアレクシス・ケリヴは、どうも胡散臭い雰囲気が席巻していた。だからこそ、俺はこの男にはバレないようにしたかった。慎重に動いていたつもりだったが、浅はかだったらしい。

 

『この世界は、私の知っている世界の理屈とかどうもなにかが違うようだ。なるほどねぇ……ふーむ……』

 

 アレクシスはそのサングラスのような形をした真紅の瞳で、俺たちをじっくりと見つめる。意味深な言葉をポツリと呟いているが、そんなことよりもこのアレクシスに見つめられるだけで、漠然と背中に嫌な汗が滲んだ。

 隣にいるルビーも後退りして小刻みに震えていた。

 

「お前、いったい何者なんだ……?」

 

『私かい? 私はただアイ君のお世話をするお手伝いさんみたいなものだよ』

 

 不気味にアレクシスが笑う。これでようやくハッキリとした。アイを始めとしたアレクシスを見た人たちは、全員がアレクシスの存在を不思議に思うことはなかった。俺と、ルビーだけが、アレクシスの不自然さに気が付けているらしい。

 

『それにしても君たち……』

 

 アレクシスがずいっと顔を寄せる。合わせて俺とルビーも何歩か後ろに下がる。だが背後にはテレビがあって、逃げられる場所はない。この赤児の体格では逃げたところで、一瞬にして捕まえられてしまう。

 完全に八方塞がりだ。

 なぜ逃げようと思ったのか──それは漠然とした感覚だが、本能がそう訴えていたのだ。アレクシスは俺とルビーをじっくりと見つめて、ただ一言だけ『なるほどねぇ』と呟き、顔を離した。

 

『君たちはどうやら()()の記憶を持って、生まれ変わったようだねえ』

 

「ど、どうしてわかっ──」

 

 ルビーの口を抑えて、言葉を無理やり遮る。このアレクシスがなにをするか分からない。いくらアイと仲が良いとはいえ、素性があまりにも不明過ぎる。ここでボロを出してしまえば、俺たちの事情だけでなくアイのことすら危険になる可能性もある。

 慎重にことを進めないと──、

 

『君は、もしやアイ君の担当をしていたあの時の先生なんじゃないかな?』

 

「──んなっ!」

 

 一瞬で見抜かれた。

 アレクシスは俺だけではなく、ルビーにも視線を向けて『うーん』と思考を巡らせた。

 

『君のことは知らないが、きっと短い時間でしか生きられなかったのだろうねえ』

 

 ルビーの宝石のような瞳が見開かれる。彼女のことはまだ殆ど分からない。だが様子を見る限り、アレクシスの言っていることは当たっているのだろう。

 

「なぜ分かる?」

 

『私はこの世界の者ではないからねえ』

 

「どういうことだ?」

 

『その言葉の通りだとも』

 

 意味が分からない。この世界の者ではない。どれだけ思考を巡らせても、俺の辿り着いた結論はただ一つ。人智を超えた異形の存在。パソコンの中からその外側──この現実の世界にも自由に行き来をしている。あのパソコンの画面にいたアレクシスは、空想の賜物ではない。虚構と現実の狭間にいる存在なのだ。

 人類の知識の外側にいる存在こそがアレクシスであるならば、考えられる可能性は恐らく────、

 

 

 

「お前は……宇宙人、なのか……?」

 

 

 

 震える声を必死に抑えながら、アレクシスに向けて問いただす。

 この世界──つまりは地球の者ではない。宇宙人であるならば、パソコンの画面の中にいることも、他者の認識を阻害することもできる可能性はある。だが、この結論に至った俺ですら自信がない。宇宙人などと、本当に存在しているのか?

 しかし、この目の前にいるアレクシス・ケリヴは絶対に人間の範疇の存在ではないと言い切れる。

 

『宇宙人、なるほど。そういう結論に至ったのか。君の頭脳は私の思っているよりも優秀なようだ。だが、遠からずと言ったところかな?』

 

「お前は、なにが目的なんだ? アイになにをしたんだ。なぜみんなお前の存在に気が付かない!?」

 

 疑問が一つ浮かぶ度に、泡のように連鎖して斬増する。それを口にすれば、アレクシスはソファーに腰を下ろして高らかに笑った。

 

『安心してくれたまえ。私はアイ君をどうこうしようとする気はないよ』

 

「ママになにするつもりなの!?」

 

『アイ君のことをよっぽど愛しているようだね。なぜ家族でもないのに、そんなに愛そうとするのかな?』

 

「アンタには関係ないでしょ!!」

 

『いやはや手厳しいな』

 

 ハハハ、と笑うアレクシスを睨む。コイツは最早何も分からない。何も分からないからこそ、俺はコイツを訝しんで疑っていた。素性を隠しているのも何か理由があるはずだ。

 

『随分と疑い深いようだね。そんなに私を信用できないのかな?』

 

「そりゃあそうだろ」

 

 当然の如く言い放った俺に向けて、アレクシスはその首を傾げる。アイの所属する苺プロの壱護社長やミヤコさん、B小町のメンバー、この人たちがアイと関わっているのは分かるが、このアレクシスだけはなにもかもが不明過ぎる。

 芸能界の関係者?

 壱護社長の知り合い?

 いや、どれも当てはまらない。思えばコイツは常に殆どアイの側に────、

 

「あれ、いつも……?」

 

 瞬間、俺の記憶の全てが書き換わった。

 アイが妊娠している時、その事を病院で知っているのは俺と壱護社長の他に────()()()だけだった。

 どういうことだ……?

 あの時から、ずっとアイの近くにいた?

 だけど俺はこんなおかしな奴を見たような記憶がない。いつも壱護社長の他に付き添っていたのは、顔も平凡な中肉中背の男だった──いや、違う。違う違う違う。あれ、どういうことなんだ……?

 

『どうやら君たちはアイ君から産まれたことで、私を普通に認識できるようになったようだね』

 

 アレクシスが納得したように声を漏らした。

 その間でも俺は自分の記憶が書き換わっていく事実に、困惑を隠し切れずにいた。

 俺の前世の記憶が映り変わる。記憶にあったアイの付き添い人の姿が変化する。いままで見ていたはずのあの男の姿に、記憶ごとぼんやりとモヤが掛かっていた。妊娠の時にアイの横にいたあの男の顔が思い出せない。だが、ずっと、俺が見ていたあの男は──、

 

『良かったねえ、アイ君』

 

 初めて俺とアイが出会い、妊娠が分かった時も。

 

『おや、外に行くなら私もついていこうか』

 

 アイが外に行く時に支えていたアイツも。

 俺の記憶にあった奇妙な男の姿形が一気に変化し、その姿が全てアレクシス・ケリヴになり変わった。

 

「お前は、本当に、なんなんだ……?」

 

『混乱しているのかい? 安心してくれたまえ。アイ君や、君たちにもなにかをしようって気は毛頭ないよ』

 

「じゃあ、なにが目的なんだ」

 

 俺の言葉にアレクシスは『そうだねえ』と、どこか遠くに視線を向けながら、ゆっくりと立ち上がった。

 やはり見上げるほどの巨躯を持っている。赤児の体格からしても、たとえ前世の時の身長を持ってしても、アレクシスを見上げるだろう。家の天井スレスレの明らかに2メートルを余裕で越えている体格。首が痛くなるほどに見上げなければ、アレクシスの顔は見えなかった。

 

『それなら、信頼してもらえるように少し私の話をしようか』

 

「お前の?」

 

『私はかつて、無限の命を持つ故にできたこの心の虚無感を埋める為に、()()()()()の情動を利用した』

 

 コイツはなにを言ってるんだ?

 

『つまりは、退屈凌ぎをしたかったのだよ』

 

 だが、不思議とアレクシスの語る言葉からは嘘の色を感じられなかった。昔を懐かしむようにして告げられるその声色が、あまりにも糾弾できなかった。

 

『そんな私の前に現れたのが、()()()()()を持つ者たちだ。彼らは無限の命を持つ私に勝利し、更には無限の力を持った()()でさえも倒して見せた』

 

 そこで、とアレクシスは一拍を置いて言葉を繋いだ。

 

『私は気付いたのだよ。限りある命を持つ者たちっていうのは、私が思っていた以上に()()()のだと──』

 

「は、ちょっと待てよ……もしかしてお前、楽しみたいが為にアイに取り憑いたのか……?」

 

 無限の命を持つが故にその生活が退屈で仕方がなく、生まれた虚無感を埋める為に人間を利用して弄ぶ。アレクシス・ケリヴが言っているのは、そういうことだ。

 星野アイという十全のアイドルについているのも。

 

『いいや、アイ君が私を求めたのだよ。彼女の人生は常に()()で塗り潰されている。反射的にウソを紡ぎ、本物の愛を求める姿は()()()()()だ。その彼女の内側を解放し、私はこの心を満たしたいんだ』

 

「身勝手な理屈を……!」

 

『フハハハ、いやあ()にもそんなことを言われたよ。しかし、私はただアイ君の側にいるだけで、なにもしていない。それは君も見ていただろう?』

 

 言われてみれば、コイツは殆どをパソコンの中で過ごしている。特別ななにかをアイに行っている訳でもなければ、他者に危害を加えるようなこともしていない。それは前世の記憶からも理解できた。

 

『アイ君から産まれた君たちも、母親と同じで素晴らしい情動を持っているんじゃないかな? それとも、前世の記憶を持つ故に彼女から受け継いだものはなにもないのかい?』

 

 アレクシスの言葉を必死に脳で理解する。噛み砕き、受け止め、ようやく思考が纏まって来た。隣にいるルビーが、震える手で俺の手を握る。恐怖と困惑の色が強く光る瞳を俺に向けて、俺は彼女を一瞥してからアレクシスを見上げた。

 

「アイになにかしたら、許さないからな」

 

 精一杯の強がりしかできなかった。

 赤児の姿ではできることが限られる。だが2メートル以上の巨躯を持つコイツには、たとえ大人になったとしても勝てる気がしない。

 アレクシスは俺の煽りにも動じることなく微笑んだ。

 

『もちろんだよ。アイ君や、君たちからもまだまだ素晴らしい情動がありそうだからね』

 

 そう言って、アレクシスは部屋の闇に溶けて消えていく。極度の恐怖と緊張感から解放されたルビーは力が抜けて尻もちをついた。俺も思わず肩で荒くする呼吸を整えながら、呆然と立ち尽くすしかできなかった。

 

 

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