遠山キンジの独白 作:緋色
「ほーっほほほほ! Fii Bucuros! Fii Fericit! ほほほほほ!」
耳を塞ぎたくなるような嬌笑が響く中、アリアは噛まれた左耳の下首に左手で触れ、出血量を確かめている。
そして頸動脈を切られてはいない事を確かめ、ガバメントを構えて振り返ろうとするが......
がくっと、その場に片膝をついた。
「貧血か!?毒か!?」
蚊は吸血の際に麻酔みたいな成分を出すというが吸血鬼サイズなら噛んだだけで全身麻酔くらいの量を注入してもおかしくはない。
時計型麻酔銃だってそんなに量多くなさそうだから吸血鬼なら十分可能だろう。
「……遠山の。毒よりマズい事になりそうじゃ」
誰も触っていないのに転がってきた手毬が、足元から言ってくる。
どういう事か聞く前に――アリアの体がぼんやりと、光り始めた。
体の周囲に、緋色の光の靄のようなものが発露しているのだ。
「緋弾覚醒!?2回目!?」
「違う。殻が外れそうになってるのじゃ!」
毬がなんかよくわからん事を言っているのでいったん無視して、とりあえず光っているアリアにバタフライナイフを広げて近づけてみる。
ピラミッドの時と同じ状況とは言い難いがバタフライナイフに抑止効果があるなら(反応基準が不明だから信用はないが)ないより多分マシだろう。
「遠山の!まだ成らない故に殺すな!」
「は?成る?」
キツネが焦ったように叫びそれに気を取られて向いたが
「遠山の。一つは儂が戻すから、アリアを動かさぬようにしろ。メーヤ! お主も一つ戻せ!」
ばしゅっと、白煙を上げて元のキツネ娘の姿――玉藻に戻ったが先ほどと違い手に巫女が持つような御幣を持っている。
「うぉっ!?」
余所見していたから完全には見えなかったが光の塊?がアリアの胸から飛び出し、バタフライナイフを弾き飛ばした。
そして強力な赤色灯のように輝いて飛ぶ、複数の緋色の光球は前方、左右、あちこちへと飛び散った。
「よーしよしよし。 よい子じゃ······もどれもどれ···ッ!」
玉藻は光の中心に語りかけるようにしながら光球の一つを御幣の柄で受け止めたようだ。
玉藻はぐっ!と御幣の両端を押して、光を押し返し、御幣から跳ね返るようにアリアの左胸へと返っていく。
なんだ今の?ピラミッドの時とは違う現象っぽいが、戻さないといけない物なのか?
「――きゃっ、あっ、あっ」
慌てるような声を上げたのは、修道女・メーヤだ。
彼女も光球を剣で受け止め、その剣身を滑らせるようにして動かしている。
ふらふらふら、と光を制御するためかよろめいたメーヤは、剣をラクロスのパスのように振るい、光の球を投げ返してきた。
緩い弧を描いて飛んだ光球は、アリアから微妙に逸れたコースを飛んだが、駆けたジャンヌがラケットのように振るった剣に軌道修正されて――これも、アリアの胸へと戻ってくる。
「……え?何今の?」
残りの光はヒルダ、カツェ=グラッセ、 ハビ、諸葛、パトラ……
『
みるみるうちに弱まっていく光は、何やら極々小さい宝石のような固体になったようだ。
緋弾――とはちょっと色が違うな。
「―――その殻、みんなにもあげるわ。『
「義弟ではないわ!――これはしばらく研究させて貰うからの」
ざぁっと、霧に交えた砂嵐に隠れるようにしてパトラは消えた。
しまった。展開についてけなくて立ち去るのを見送ってしまった。
「きゃは...... きゃはははっ!」
「メーヤ、また会おうぜ」
光をぽんぽんお手玉したハビは、ぺろん、とそれを口に放り込みケモノのように四つん這いになると、霧の向こうへ素早く去り、魔女っ娘――カツェ=グラッセも頬を引きつらせるような笑みを作り霧の一際濃くなった方へ駆けていく。
「―――これは有難い。 計画以上の手土産です。 すぐ藍幇城に戻って分析させていただきましょう」
懐から取り出した細い竹筒に光の粒を収めながら藍幇の諸葛も嬉しそうだ。
「あら、もう帰るの? レキを殺すなら加勢してあげるわよ。あの子さっき私の頭を撃ったし」
金色の目でレキを見上げつつ、ヒルダが言う。
レキはヒルダを見下ろし、狙撃銃を持ったまま黙っている。
「いえいえ。私は後方担当ですので正攻法では戦えませんよ。君子危うきに近寄らず、とも言いますし」
諸葛は穏やかな口調でそう言いつつ、いつの間にか足元に置いていた煙幕缶から噴出する煙に紛れて見えなくなっていく。それに合わせてレキはふっと別の方向を見て去って行く。――あっちはハビが去った方角だな。追撃か?
いや今は気にしてる場合じゃないか――背に腹は代えられねえから致し方ない。
「ふぅーん。じゃあ、私も今夜はこれぐらいにしておくわ」
自分以外の『
「バイバイ。また遊びましょ」
「 待 て や 」
舐められっぱなしはよくないしな。
「あらやる気?もう気分じゃないの」
クルクル日傘を回しながら臍まで沈んでいる以上もう猶予はねえ!
銃撃
見えてた太腿の目玉模様が完全に沈んでる以上無意味。
斬撃
背中にスクラマサクスを仕込んでいる故、最短攻撃は抜いてそのままの振り下ろし――さらに沈みかねないし再生能力考えると無駄な可能性大。
打撃
一撃で仕留めるのは無理。
――逮捕無理だな。
なら殻がうんたらかんたら言っている事を考えるとアレはないと困るモノなんだろう。そもそも俺何も知らんから推測でしかないが。
で、アリアに噛み付いた時に緋色の金属っぽい牙が見えたから恐らくアレが引き起こした原因だろう。ならやるべき事はそれらを奪う事だ。
手癖の悪いことに
牙は――なるようになれだ!
ヒルダの牙をへし折るように右手で貫手を放ち同時に左手でヒルダの右手に持ってる殻を狙う。
ヒルダは首を大きく降って貫手を避けるが右手への意識が薄くなり、どんどん顔が近づいて――?
あ、勢いで突っ込んだからブレーキについて考えてなかった
ガスッ!
肉を叩く嫌な音が響く、至近距離だった俺だけはヒルダの首からゴキッという嫌な音がしたのを聞いてやっちまったと慌てて立ち上がるが。
「お、お前なんてことをしてくれたの!?」
対するヒルダは当たり前のように首を戻し口を押さえている。かと思えばそのまま後ろへと後ずさるように動く。
うん。超再生あるから心配することじゃなかったな。
左手には宝石を握れているから奪い返せたようである。我ながら手癖が悪い。
「
?
なんか口の中にあるな。
バックステップで距離取ってから吐き出してみると緋色の牙カバーみたいなのが出てきた。
……え?
「ゆ、許さないわ。
純潔とかちょっと何言ってるのかわからんが――ヒステリアモードの頭でさっきの行動を順繰りに思い出すと――ぶつかることが不可避な状況でまず石頭で当たりヒルダの首が後ろへとグキッといったわけだがその過程で唇が触れ――こじ開けて牙を奪った――らしい。
軽く口を拭ってみると紅がついている。血じゃなくて化粧品のルージュだな。
まあ体内侵入したら怒るか。それは兎も角、なんか背中の方からすごくジトっとした視線を感じる。
「……なんか……ごめん。事故だからノーカウントで」
「謝るな!それに事故じゃないでしょう!」
お気に召さなかった様子。
「トオヤマさん!助太刀します!神罰代行!」
メーヤが剣を抜いて俺の前へと割り込んできたのを見て冷静さが戻ったのか、残ってる面々を見渡し、霧もだんだん薄くなっていることに気付いた様子で
「今日は引いてあげる。ただし遠山――
「お前と関わる理由特にないんだけどなぁ」
ヒルダは影に沈み――そのままどこかへと消えていった。
追うべきか追わざるべきか。いや今はあいつは後回しでいいか。
「戦犯――ジャンヌ。なにか言い訳あるなら聞くぞ。というかアリアはどうなったんだこれ?」
「遠山の。今は仲違いしてる場合ではない。ジャンヌ。お主を責めはせぬ。多少の小競り合いになるのは読めておったが、この小娘が来た事ヒルダが『殻金七星』 破りまで使いおった事どちらも予想外過ぎたでな」
悔しそうにうつむくジャンヌの元に、もう1人
「彼女が……『緋弾のアリア』 なのですね」
剣を背負い直したメーヤも、やってきた。
「はい」
「どう見る、メーヤ。アリアの容態を」
「気を失っているだけ……のように、見えます。命に別状はありません」
「儂の見立ても同じじゃ。緋殻は2枚でも機能せんことはないからな。弱まりはするが、しばらくは大丈夫じゃろ」
「……よくわからんがそれ信用できんの?さっき出てきたこれ何?」
ヒルダが持っていた宝石を見てみるがただのルビーにしか見えないな。
「それはただの紅玉――ただの宝石じゃ」
「すり替えられてたのか――無駄足だったな」
「そうでもない。牙を取っておるからの――っと。ジャンヌ、お主はヤツらを追え。
ジャンヌはずっと年下に見える玉藻に礼儀正しく頷くと、
「――遠山。謝罪する。アリアの容態については……玉藻とメーヤから聞いてくれ」
「俺も動きてえが
「任された」
ちゃき、と鎧を鳴らして踵を返し、自分のボートがあるらしい空き地島の東側へと駆けていった。
本来なら俺もヒルダを追撃に動きたいが……
チラッと玉藻とメーヤを見る。
どうもこの二人はアリアのことを案じてはいるようだが――同時に何か警戒する色が見える。
特に玉藻の方はある種の決心があるように見える。場合によってはためらいなく殺すタイプだ。俺の事も完全に味方と見ているようだが信頼できるのかね?
一応ジャンヌが信用しているようだから味方っぽいが全面的に信用できるかと言えばNoだ。というか勢力や利害関係もわからんのでいざという時がいつ起きるかわからん以上一定の警戒は必要だろう。
いつの間にか霧も晴れ、周囲にはだだっ広い空き地島が見えている。辺りにはもう、置き去りにされたライトと潰れた歩行戦車、そして風力発電機しか見えない。
……後始末どうしよ?
不死身は雑に扱っていいから楽だね