遠山キンジの独白 作:緋色
「マル乗レベル30」
「惜しいね。今はレベル32だ」
そこまでやる自信はない
7月24日、昼。『ピラミディオン台場』
「両替を頼みたい。今日は青いカナリヤが窓から入ってきたんだ。きっと、ツイてる」
青年IT社長(カジノ側の指定変装で俺の趣味ではない)に化けた俺はチェンジカウンターで合言葉を言い、作り物の札束1千万円分を色とりどりのチップに換えてカジノに入る。
日本でカジノが合法化されてから2年。法整備直後に公営カジノ第1号として造られたのがこの『ピラミディオン台場』だ。名前の通り巨大なピラミッド型をしたこのカジノは全面ガラス張りで、真夏の日差しの下だと眩しい。なんで全面ガラス張りなんだアホなのか。
資料で読んだところによるとこれは数年前ちょっとニュースになった、『どこかの国から日本に漂着した巨大なピラミッド型の投棄物』 に都知事がインスピレーションを受けてデザインさせたものだとか。よくそんなもん通ったなおい。
ピラミッド――ピラミッドねえ。
どうもエジプト関連の何かが付きまとっている気がする。スカラベとか。スカラベは南仏あたりでも見られるらしいので試しに理子に聞いてみた所。
「スカラベを使う魔女…?――パトラか!」
「パトラ?人名か?」
「砂礫の魔女パトラ――名前からもわかるだろうけどパトラはクレオパトラの子孫だ。古代エジプト思想にかぶれたあの女は自分がクレオパトラ7世の『生まれ変わり』だと称しているがな」
クレオパトラ7世
古代エジプトのプトレマイオス朝の
恋多き女だったのかカエサルやアントニウスとのロマンスや弟と結婚したんだったか。
魔女だったのは知らなかったが。
「スカラベは確かパトラの使い魔だ。パトラの魔力を運んで接触した敵に不幸を呼ぶ。今私は右目が見えない。パトラの
嫌いなのか裏理子として吐き捨てるように言う理子
「イ・ウーでは元々はブラドよりも上のナンバー2に位置してた。でもあまりに素行が乱暴すぎて退学になったんだ。イ・ウーのリーダーになって自分の王国を作るための戦争を起こそうとしてな。気を付けろキンジ狙いはアリアだ」
なんでアリアが狙われてるのか説明してくれなかったが、理子が言うには砂を操ることと虫で呪うのがメインだそうだ。
ジャンヌの怪我や理子の眼病などで戦力削っているあたり用意周到であり、砂関連の調査をしてる補習任務やっている連中に探りを入れてみたが、そもそも補習になるような連中だ。尻尾も掴めなかったらしい。
そんなパトラ対策には魔術的な対策がいるだろう。もしものためのバックアップとして菓子折り持って7課に頭を下げて頼んだが、九州の大雨が魔術的なテロだとか何とかでそっちに手を取られることになり起きてもいない事には必然的に後回しになると。
さらに間の悪い事に対ステルス用の手錠とか
どっちにしろ影も形も掴めん以上、オカルトに詳しい白雪以外には話さない方が良さそうだと判断している。特にアリアは猪突猛進の気があるしカジノ警備ほっぽり出しそうだし。――呪いも怪我しやすいぐらいなら説明してアリアが頑なになって使いにくくなるのは御免だし。
「ここがカジノか盛り上がってるなあ」
カジノ・ホールの入り口付近は、安価に楽しめるスロットマシンのゾーンになっていた。観光客や若者が、街角のパチスロ感覚でチェリーやベル、数字の7といった絵を揃えようと躍起になっている。
1階は海辺のカジノという事で特色を出そうとしたらしく、ホールをぐるりと囲むように海に繋がる水路みたいなプールがあり、バニーガールの姿をしたウェイトレスさんが電動式の水上バイクで素早く行き来しながら
「ドリンクいかがですかー」 「カクテル、ウィスキー、コーヒー、全て無料でお配りしてまーす」「ご注文の方はお近くのウェイトレスをお呼び付けくださーい」
と案内してる。
……無料で酒を提供するなよ。
少し頭が痛くなったがこうやって遠目に見てる分には面白い。まああの手のウェイトレスあたりが一番揉め事が起きやすい場所かな?そう考えつつも全体を見ていると
「なにヨダレ垂らしてんのよこのスケベ!!」
いきなり、斜め下から耳を引っ張られ耳の間近から大音量のアニメ声が響く。
ピンクのツインテールがウサギ耳をぷりぷりと立て、両拳を腰にあてていた。
「み、耳が痛ぇ…。あー、アリア。お兄ちゃんは仕事中だから構ってあげられないんだ御免ね?」
「誰が妹だ!」
「お前ちゃんとウェイトレスやれてんのか?暇そうだが」
「あたしはちゃんとやってる。でもなんでか、みんなあたしには注文してこない」
と口をへの字にするアリアは、ホールの男たちを恨みがましい目で見回す。
先日試着してた時にも思ったが、そもそもバニーガールというものは大人の女性がするカッコだ。高校生とはいえ小学生じみたアリアがそんな服を着たって人気は出ないだろう。
別の意味で人気は出そうだが、そういう層はカジノなんかには来ないようだ。
それに水路の水上バイクで移動するウェイトレスが目玉のフロアで普通に歩いてるチビバニーはあんまりウェイトレス感はないからな。
「ま、警備が仕事だし一番バカが揉めそうな場所だしな。アリアなら問題なさそうだし、ここは任せて奥に行っても?」
「いいわよ。一緒に歩いてても不自然だしね」
ひらひらッと手を振って去って行く。辺りを見回している所を見ると警備に意識を切り替えたらしい。
軽くスロットを回してチップを微減させた後に奥にはトランプやマネー・ホイールといった高額チップを賭けるゾーンがあり、客層も本物のギャンブラーっぽい人々に変わっていく。
きちんとスーツを着込んだ男。ドレス姿の美女。モバイルPCを持って眼鏡を光らせるガリ勉タイプ。一見シロウトっぽいジーンズ姿の奴もいるが、目つきが明らかにカタギのものじゃあないな。
こっちは高級路線で社交も兼ねてるのか暴力的な事が起きる事はなさそうだが。騙しやスリの類は見抜きにくいぶん多そうではある。
が、奥の方でホールの一角に、やたら人が集まってる。
「な、なんて恥ずかしがり屋さんなんだ…すっげえ可愛い…」「来た甲斐があったな、見とれて大枚スッちゃったけど」「あ、胸元を隠さないで!!こっち向いて!!」
男たちが何やら盛り上がってる。ケータイで写真を撮ってるのもいるな。
「カ、カクテルウェイトレスの撮影はご遠慮下さい!」 「入口にご注意事項として書いております!!」
というバニーガールのお姉さん達に救い出されるようにしつつ、1人のバニーガールがぐいーっと下に引っ張ったウサギ耳で顔を隠しながらよろけ出てきた。白雪じゃねえか。なんであんな事になってんだ。
半べその白雪は頬を引きつらせる俺に気づかずこぞって目をハートマークにする男達から逃げるようにスタッフルームへと引っ込んでいった。
何が起こっているのか知らんがとりあえず白雪の写真撮ってたやつらをシバk――顔を覚えておきカジノ警備員(俺らみたいな臨時ではなく見た目からして常駐して雇われてる方)にトラブル放置すると治安が悪化すると
それを横目に雑談風に「ピラミディオン台場は警備がきっちり仕事してるんだな。問題なく遊べそうだぜ」と風評を操作しておく。
なんで仕事増やしてんだあいつ?
他の客に怪しまれないよう、俺はしばらく時間をおいてからスタッフルームに入る。
中には、パイプ椅子の上で溜息をついている白雪だけがいた。ハイレグの黒水着に網タイツのバニー服を着てウサギ耳は外しているな。
元々がグラビアアイドルみたいな体形をした白雪だ。それがその雪肌を丸出しにしてめったやたらに大きな胸を下半分しか隠さない過激な衣装を着ているのだ。ヒスいなおい。
「白雪。お前仕事やるんならバックヤードにしろって言ったろ」
「キャ、キンちゃん!ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい!似合うからとか男の人が好きって言われて――キンちゃん、このお洋服これ、好きなのかな、って思って…」
好きか嫌いかと言えば好きだが、なんでそれで仕事しようとなったのか?引っ込み思案なとこあるのに変なところで突っ走るのやめて欲しいものだが。あんだけ人集めて動けなくなる辺り向いてないだろうし問題起きる前にバックヤードに転向させた方がいいだろう。
「好きだけど。……他の男に見せるのはムカつくからやめてバックヤードに転向しなさい――いいね?」
「――は、はいぃぃ」
ハートマークが出てるっぽい白雪だが俺の為とか方便使われるとすぐに引っかかるの直させないと不味いなあ。俺に相談させる癖付けさせるべきか。
頭痛を堪えながらもとりあえずは納得はしたようなのでスタッフルームから去り、まだ行っていない2階の特等ルーレットフロアに向かう。
この特等フロアの賭け金は最低額がなんと100万円。会員パスを持つ金持ちだけが賭けに参加でき見物にすら別途入場料がかかる。なので客はあまりいないハズ……と思ったが、一角に大勢の見物客たちがいるな。
なんか嫌な予感がするので『青年IT社長』風衣装と一緒に貸与されたパスを使ってフロアに入り、その動物の剥製なんかが飾られている豪華な雰囲気の一角を窺うと
「では、プレイヤーは次の賭け金をどうぞ」
カラーンと賭け開始を告げる鐘を鳴らす大きなルーレット台につく金ボタンのチョッキを着た小柄なディーラーは――レキだ。いつも通りの無表情で台に向き直る。
アリアも白雪もハイレグのバニーガール姿で四苦八苦してたのに、こいつだけズボンか。要領いいんだな。
「こんなに強くて…可憐なディーラーは初めてだよ。この僕が1時間も経たない内に3500万も負けるなんてね――キミは本当に、運を司る女神かもしれないな」
が、変なのに目を付けられてる様だが。
テレビで見たことがあるがいろんな美少女タレントとスキャンダルになりまくりの本物の青年IT社長だ。能力はあるんだろうけどスキャンダル起こしまくってるからコンプラ意識が薄い今なら兎も角今後は転落しそうだな。
「残りの手持ちは負け分と同じ3500万ある。これを全額、
熱の籠もった声と手つきでじゃらっ!と、積み上げたチップをテーブルの『黒』のマス目に置いた若社長は負け続けて興奮状態になっているのが一目で分かった。
――こいつの所の株は絶対買わんようにしよう。
1枚につき100万円を意味するチップが35枚も動いたのでギャラリーは他人事なので楽しんでる様だが下手に勝っても負けても揉めそうだなこれ。
「だが、配当金は要らない。勝ったらキミをもらう!僕は強運な女性をものにすることで、強運を得てきたんでね」
得てないからスキャンダルになってるんだろ。
脳内で軽く突っ込んでからレキを見ると――黙ってる。いつも通りのレキだ。
だが、愛想笑い一つしないので、周囲にまるで今の発言に怒っているような印象を与えてしまっている。
というか怒ってるなこれ。レキは無表情なだけで結構プライドが高い。特に自分の仕事に関しては。
なので自分を使う人間に対しては特に何とも思わないようなのだがアクセサリーみたいに考える人間は嫌いなのだろう。推定ではあるが。
「ちょっと失礼。この勝負俺も参加させてもらいます」
軽く手を挙げつつ、俺も――テーブルにつく。
若社長は、ジェルで固めた前髪の間からこっちを睨んできた。
「誰だ。お前もディーラー目当てか」
「目当ては配当だけですよ。楽しそうなので混ぜて貰いに来ました」
まあ私服警備なので勝っても儲からないし、逆にいくら負けても損はしない。
この若社長は相当アツくなってる。もし負けたらひどい恥をかかされた気分になって暴れ出したりするかもしれない。そんな恥の上塗りをする可能性は低いが、レキに付きまとい位はしそうだ。負けると躍起になるタイプっぽいしな。
だから、その場合に備えてわざと一緒に負けてやるのだ。
そうすれば少しは恥ずかしさも減り、トラブルを未然に防ぐことができるだろう。負けた後に適当に雑談に誘って気を逸らすとかな。うまくいくかは知らんが。
「とっとと賭けろガキ。彼女は渡さない」
「負けそうなフラグばかり立ててるのは狙ってるんですかねえ?」
そう言いながら同じ
これでわざとらしくはなくなっただろ。――たぶん。
「……それでは時間です」
レキはテーブルを撫でるような仕草を見せて、参加締め切りを示す。そしてルーレットを回転させ、純白の球を一瞬のためらいもなく、機械のような動作でルーレット内部に転がした。
今ちょっと強めに入れなかったか?
そんな疑問を他所に球はクルクルとルーレットの縁を滑り――
カツンッ、カツンッと数字を示す区域の仕切り板の上を跳ね始める。
ごくり。3500万もの大金を賭けた若社長が、生唾を飲んで身を乗り出す。
俺も、少し緊張しているフリだ。ここは。
「――
しれっ、と言ったレキにうおおおっ!と周囲の客たちが余計盛り上がり、若社長は……がくんっ。 テーブルに突っ伏した。
うっそだろおい。
読み返して思ったんですけどレキの風が~ってもしかして予知の類なんですかね?
そう考えると運を司る神もあまり間違ってないのかも