遠山キンジの独白 作:緋色
耐圧扉を潜り抜けて螺旋階段を駆け下りた先には最下層から最上層までのデッキをぶち抜きで作ったと思われる高い天井から、磨き上げられた天然石の床を巨大なシャンデリアが照らし出している。
床にはティラノサウルス、ステゴサウルス、 トリケラトプス、プレシオサウルスといった恐竜の全身骨格標本。周囲の壁には天井まで届く巨大な木製の棚に、人間よりも巨大なオオシャコ貝や海亀の甲殻 ジュゴンやイルカ、ライオン、虎、狼、そして図鑑でしか見た事のない数多の絶滅動物の剥製が恐らく、学術的な意味を持って並べられている。少なく見積もっても100億くらいの価値はありそうだ。
……なんとなくだがイ・ウーというよりシャーロックの趣味で飾られている印象だ。
他にこういうのに興味ありそうなのはブラドくらいだろうが、あいつなら動物園にしてそうな印象がある。
アクラ型原子力潜水艦が全長110mで乗員70名前後
イ・ウーは超アクラ型原子力潜水艦『ボストーク』
目測で全長300m単純計算なら3倍の乗員は210名くらいか?
まあアメリカのコロンビア級原子力潜水艦は全長170mで乗員155名らしいから500名くらいはいてもおかしくないか?それだと多く見積もりすぎかな?
どっちにしろ50名を下回ることはないだろう。戦闘員が何名いるかはわからんが。
余裕ないしサーチ&デストロイかな。
余裕あるなら情報取れる雑魚を押さえておきたいもんだが……。
手早く携帯食でエネルギーを補給する。おにぎりは持ってこれなかったのでラムネでブドウ糖を補給する。
頭に血が上っているが敵の本拠地である以上方針はきっちり決めないといけない、
大目標はシャーロックを倒すアリアの救出(あとどうでもいいがイ・ウーの次期リーダー不在の状態にしての内部崩壊or活動縮小)
中目標はシャーロック殺す襲ってくるであろうイ・ウーメンバーを撃退or捕まえて情報を奪る
小目標はシャーロックマジ殺すイ・ウー内の探索
って所か。
こっちの手持ちはベレッタM92F(弾切れ)、リボルバーS&W M360(弾切れ)
近接武器はベレッタナイフ(光ったりして得体が知れないので使いたくない)、警棒、デュランダル。
……まともな武器がデュランダルしかねぇ……。風呂敷はアンリベール号に置いてきちゃったし。
あ、そういえば兄さんから武偵弾渡されてたな?確認してみると
……
交渉や行動阻害を考えるならまず真っ先に操舵室へ向かうべきだな。
一応、耐圧扉の丁番をデュランダルで破壊して潜れないようにしてるが――見る限りあっちこっちに耐圧シャッターがあり、簡単には水没しないようになっているようだ。潜水艦だし当たり前か……。
操舵室で電波かなんか最大にしてどっかの軍が強襲するまで籠城戦をするのが一番目的を達成しやすいだろう。
軍との戦闘が始まる前に交渉でアリアを取り返せる可能性が一番高い。――と思う。
向こうの銃撃能力を考えると銃無しで喧嘩挑むのは悪手でしかない。撃ち殺されて終わりだ。
ならなぜか放置されている現状を生かすしかない。
武器庫でもあってそこで銃弾補給できればいいが――侵入者がいるとわかっているなら警備いるだろうし補給は難しいだろう。
無駄に多彩な水族館や植物園、歴史館のような部屋を突っ切って探索する。
案内板なんてないから勘で進んでいるが――驚くほど
少なくとも何十人も過ごしているような痕跡が感じられないのだ。箱だけは立派な寂れた博物館みたいに。
「なんにせよ。こんだけ彷徨って敵一人いないってどういう事だ?」
ありがたいが不気味である。
イ・ウーを使って世界征服とか研究だとかで分かれてる以上、それなりにイ・ウーを守ろうとするメンバーはいると思っていたのだが。
罠を警戒しながら進んでいくと奇妙な部屋に出た。
正面の壁には巨大な油彩の肖像画がかけられ、それぞれの絵の前に石碑、十字架、六芒星の碑などが一つずつ並べられている。――宗教施設か?
一番左に掛けられている肖像画は古い軍服を着た凛々しい日本人で、『大日本帝國海軍 超天師団長 初代伊U潜水艦長 昭和拾玖年月』の添え書きが読み取れた。
右隣には、逆卍の徽章を付けたドイツ軍人の肖像画がある。
――なるほど。
イ・ウーは初め、戦争のために作られたのだ。超人兵士を育成し敵国に勝つために。
肖像画の日付から見て、創設されたのは第二次世界大戦中の事だったのだろう。初代と二代目の艦長が日本人とドイツ人……という事は枢軸国の共同計画。イ・ウーでは日本語・ドイツ語が共通語だとジャンヌが言っていたのも名残か。
肖像画は右へ行くにつれ新しいものになっていき、次第にアフリカ系の女性、車椅子の中国人、雄々しい髭のアラブ人など多様さを増していく。
ここは、恐らく 歴代のイ・ウー艦長の、墓地だ。
その考えを裏付けるように、一番右にはシャーロックの肖像画が描きかけのまま、飾られてあった。
イ・ウーは戦後、潜水艦という特長を活かして逃亡し独自の価値観に基づいた秘密結社になり、今シャーロックが、その結社を乗っ取っているって所か。
肖像画を見る限りシャーロックがトップになったのはボストーク号が行方不明になった1979年より前だろう。交渉なり盗むなりで手に入れられそうなのが他にいないしな。……潜水艦の寿命って30年くらいじゃなかったっけ?
それは兎も角、シャーロックの気質を継いでとか言っていたダイヤ?とかがアリアを後釜にしようとしてるのは権威と権力的に申し分ないからか。
カルト宗教かな?気に入らねえ。
シャーロックの肖像画を切り捨て探索を再開しようと思ったが――キャンバスの裏側に隠し通路と下りのエスカレーターが見える。
行くべきか。行かざるべきか。
通路に入り込んでみると嗅ぎ慣れたクチナシの残り香がかすかに残っていることに気が付く。
――アリアだ。
どうやら大広間と違い換気が弱いらしい。
……匂いを残すためにワザと蓋をしていた?
疑問は尽きないがわかることは一つ。
アリアはいるって事だ。すぐ近くに。
「行くか。出たとこ勝負だ」
進んだ先は大きな聖堂があった。
大理石の床には見渡す限りラテン語の文字がビッシリと彫り込まれてあり、椅子は無い。
石柱や天井画の様子から見て、これはカトリック・ネオゴシック様式の聖堂だろう。宗教にはあまり興味はないが、神がいそうな美しい空間だ。イギリスではプロテスタントが主流のはずだがこれは現艦長のシャーロックも改修をためらっただろうな。
奥の後陣には、この空間で唯一の光源である複雑なステンドグラスが高く聳えている。
そしてその下に
「……アリア!」
アリアが、こちら側に背を向けて膝をついていた。
――懺悔の祈りを捧げるように。
「……キンジ!」
ピンクプロンドのツインテールをなびかせたアリアに対して、周囲を確認してから俺は駆け寄
「帰って!」
キンキンの甲高い声でアリアは拒絶した。
「は?」
「あたし、あんたに……ホームズ家でのこと、全然話してなかったもんね。あのねキンジ、貴族は……一族が果たすべき役割を、正しく果たすことが求められるものなの。そうでなければ存在することが許されない。まるでいないように扱われる」
「あんだけ大暴れしといて?」
というかホームズ家の果たすべき役割ってなんだよ?
アリアの父は議員だろ?シャーロックは海賊だし……
「あたしは卓越した推理力を誇るホームズ家でたった一人、その能力を持ってなかった。だから欠陥品って呼ばれてバカにされて、ママ以外のみんなから無視されてきたのよ。あんたもなんとなく勘付いてたんでしょう? あたしは…あたしはっ、ホームズ家にはいないものとして扱われてきたのよ!子供の頃から!」
……ネガティブバイアスってやつかな。
今までそういう事を気にしては――多少いたがホームズとは関係ないアリアとしか見ていなかったうえに周りも気にしてなかったから溶けていたが、シャーロックに何か吹き込まれて一気に顕在化したって所だろうか。
髪の色とかどう見ても保守的な連中には嫌われそうだしな。よく知らんが産毛もピンクなので地毛のようだ。
調べた限りホームズ家は金髪か黒に近い茶髪のようでホームズ家が貴族なら……結構心当たりあったな。
「それでもあたしはずっと曾お爺さまの存在を心の支えにしてきたの。世間では名探偵という一面だけが持ち上げられてるけど彼は武偵の始祖でもあるわ。だからあたしは曾お爺さまの半分でも名誉を得ようと思って武偵になった」
……そうか。
何かヒステリーに叫び始めたアリアを聞いてる顔しながら聞き流す。じゃないとベルセに任せて殴り倒しそうだし。イライラを溜めるべきではない。それは最後の手段だ。
「あんたに何もわからないわよ!」
一通り吐き出したあたりで言う。
「――そうだな。よし、帰るぞ。東京に」
まあ現状、潜水艦の中でどうやって東京に帰ればいいのか見当もつかないが。
「あんた話聞いてなかったの!?」
「聞いてたさ。アリアは俺の事を遠山金四郎景元――過去の英雄の後継者だからバスジャックとかでお前は俺と組もうと考えたのか?後継者で相応しいから?」
遠山金四郎景元って英雄だっけ?まあいいや。
「違うわよ!」
「そだね。シャーロックが神みたい?後継者?――知らんよ。アリアはアリアだろ」
「……」
揺れてる。
もう一押しか?
「安心しろよ。お兄ちゃんがいるから」
「帰って!」
あれー?失敗した!?
ピースメーカーは.45口径でベレッタじゃ使えないんですよね。
そこに出てくるベレッタで使える武偵弾……
キンちゃんに渡す兄さんツンデレなんじゃなかろうか