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俺は星野シン。人気絶頂のアイドル「星野アイ」を妹に持つ、平凡普通な大学生である。
身長176cm。体重54kg。年齢22歳。現在は一人暮らしで、日々アルバイトに勤しんで家賃を払っている。
だが、アルバイトなんてのは別に苦ではなかった。母さんが居なくなって施設に入った時から、自分にも出来る仕事は努力していた。妹の為に、努力していた。
だから、別にアルバイトは苦しくない。生活もそれなりのものを維持し続ける事が出来ている筈だ。
妹の苦労に比べれば、この程度の苦労は安いものだ。何せ妹は、人気絶頂のアイドルなのだ。センターを務めるアイドルなのだ。彼女に比べれば、小さなものだ。
…だが、その所為というべきか…施設に預けられた時から、俺は彼女の兄らしい事が出来なかった。
彼女を想って出来る仕事を探していた所為で、彼女と接する時間を取れていなかった。彼女と遊んでやれる事が少なかった。
それが、とても心残りだ。今で尚、後悔している。
もっと遊んであげれば良かった、もっと話してあげれば良かった、と。
支えるだけではなく、接してあげるべきだった。もっと近くに寄り添って、共に話すべきだった。
けれど、俺はそれが出来なかった。前ばかりを見ていたから、彼女を置いて行ってしまっている事に気付いていなかった。
何と、罪深い事だろう。何と、愚かしい事だろう。こんな人間が、彼女の兄で良かったのだろうかと日々考える。
けれど、こんな人間であるにも関わらず、しかし彼女は俺を兄と呼んでくれる。
だが、罪悪感から、兄と呼んでくれるそれを誇らしく思う事が出来ない。
やはり、思う。俺は、彼女の兄として相応しい人間などではないのだ、と。
でも…だからこそ、良かったのではないかとも、思う。彼女の兄として相応しい人間ではなかったからこそ、良かった事もあったと、失礼ながら思う。
それが――――――今だ。
「はっ…はは。残念、だったな………推しじゃなくて、その兄貴で。」
じんわりと、赤く染まっていくパーカー。自分の腹部に突き立てられたナイフを伝って、溢れていく流血。
相手は驚愕している。それはそうだ。推しの家に男が居るとは思うまい。それも、夫ではなく、兄貴だ。
ざまぁみろ、と嘲笑ってやる。そうすると、口元から血が溢れる。鉄の味が、口の中全体に広がると共に、体がとても熱くなっていく。
だが、ただでは返さない。この男を無傷では、返さない。
「こっちは、ナイフで、刺されたんだ……弱々しい一発くらいは、貰って…くれよ……」
弱々しい、なんて言いはしたが。そんなもので済ませようなんて程、俺の意思は弱くない。
腹に力を込める。相手のナイフが抜けない様に。俺を倒して、彼女の方に向かわない様に。
これまで、誰かに暴力を振るった事なんてなかった。妹と喧嘩をした事もなかった。
今日始めて、人を殴る。そして、その相手が妹を狙った犯罪者――――――良い相手じゃないか。
右手で拳を形作り、相手の顔面に拳を叩き込む事だけを考えて腕を振り上げ、振り下ろす。
バキィ! と、拳が男の顔面を捉える。
ただの一般人だったからなのだろう。男は呆気なく後ろに倒れ、その場から逃げ出した。
「はっ…根性、無しが……………」
「お―――お兄ちゃん!」
ばたりと、力無く地面に倒れ伏す。
体が熱い。サウナの中に居る様な感覚だ。
意識が朦朧としていく。視界に映る自分の妹の顔も、僅かに霞む。
「大丈夫、今、救急車呼ぶから!」
「い、い…」
「良くないよ! まだ間に合うから!」
「ダメだ…どうやっても、間に合わない……」
「そんなの、まだ分からないでしょ!」
「…やさしいなぁ、本当………」
震える指で、スマホの電話帳に数字を入力している妹。けれど、そんな事はしなくていい。
「え……」
少ない力を振り絞って、右手を上げる。スマホを持っている方の手に添えて、言葉ではなく行動で、止める様に伝える。
もう助からない。絶対に、助からない。
だから、良いのだ。もう何も、しなくて良い。
「ごめん、なぁ……いままで、おにいちゃんらしい、こと……いちども、できなくて…」
掠れた声で、血に呑まれながら言葉を吐き出す。
これは懺悔だ。一人の人間の、哀れで見苦しい言い訳だ。
「あそんで、やれなかったし……たのしいことも、できなかった……よなぁ……」
「そんな事ない! お兄ちゃんは、ずっと頑張ってくれたよ!」
「でも……たのしく、なかったろ……ちゃんと、せっせられなかった……」
「違う、違うよ…私、ちゃんと見てたんだよ…? お兄ちゃんが、必死に仕事を探してたのも…私の為に、頑張ってくれたのも…全部、知ってるよ…」
「そっかぁ………みられてた、か……うれしい、なぁ…」
視界が霞む。意識が落ちていく。目から光がなくなっていく。
あぁ…でも、最期に。今までずっと言えなかった言葉を…………言いたい。
「なぁ……あい……」
「……何、お兄ちゃん?」
「いままで、いってこなかった……けど……………だいすきだ。おにいちゃん…あいが、いもうで……よか…った……」
意識が落ちる。何も見えなくなる。
でも、最後に。
「私も…大好きだよ、お兄ちゃん」
妹から、そう言われた。
妹が、そう言ってくれた。
本当に……ありがとう。