Soul Sacrifice ν   作:TAXEL

1 / 6
第1話 ① 『聖杯』

第1話 ① 『聖杯』

 

 

 

今から2000年前、世界を闇で覆い尽くした魔法使いがいた。

 

最強の大魔法使い、『マーリン』。

後に『暗黒時代』と呼ばれる永きに渡る時代の支配者。

 

彼の操る魔法生物は世界中を侵略し、マーリンが生きながらえるための生贄として人々を攫った。強大な欲望と、その喰い物にされる人々の絶望。世界から光は失われ、未来は閉ざされたかのように思われた。

 

しかし、最悪の支配者たるマーリンを打ち倒し、この世界の闇を切り裂き、人間たちに未来を齎した、たった1人の魔法使いがいた。

 

その名を『ジェフリー・リブロム』。

 

絶望に溢れた世界に現れた、多くの人々の意思と魂を受け継いだ唯一の希望。

 

死闘の末にマーリンを打ち破ったジェフリー・リブロムはその力で世界を再生し、この世界に失われた光と、閉ざされた未来を取り戻した。

 

繰り返される絶望は終わりを告げ、多くの犠牲の上に、この世界は未来を得たのだった。

 

 

 

 

「というのが、この世界の歴史です」

 

教壇に立つ男性教師は、それまで手に持っていた教科書を教卓の上に置いた。

 

「実際には、この『英雄ジェフリー』以前にも長い歴史が存在していました。しかし、それを示した当時の書物はこの『暗黒の時代』にほぼ全て喪失し、2000年以上が経った現代には残っていません。僅かなものが口伝によって伝えられ、それが纏められたものが存在するのみとなっています」

 

男性教師が教卓に置いた教科書のページには、かつて『魔物』と呼ばれるモノ達が遺したとされるざまざまな痕跡が写真として載っている。

 

現生する生物と比べても大き過ぎる爪痕が残った岩壁、あまりに大きく抉られた大地、巨大な芋虫の化石。発生原因は不明で、欲望に従い暴れ狂うおぞましい存在。この教科書に載っているのはその程度の事だ。

 

 

今日も社会では、魔法を利用したテクノロジーが車を走らせ、建物を建て、音楽を奏でる。

 

近代ではあらゆる魔法を使うため、必要となる『代償』の研究が盛んに行われていた。

かつては人の命や身体の一部が用いられていたとされるが、現在の法律ではそれらの使用は禁止され、外部の物質に頼った代償である『供物』を用いることのみ許可されている。

 

もちろん、全てを魔法に頼っているわけではない。化石燃料を用いたエンジンや、雷と同質のエネルギーを利用する電気など、人間が発展させ利用している科学のテクノロジーも多く社会に浸透している。

 

しかし、地下深くに眠る化石燃料を掘り出したりする大掛かりな作業や、地域によっては簡単な移動と言った日常生活においても魔法を多く使う部分は多い。

 

そのレベルで魔法の普及した世界では、当然ながら教育に魔法に関する分野も出てくる。

今の授業も、高校生なら誰でも知っているレベルの魔法史。現代魔法の成り立ちから今に至るまでの常識的内容だ。

 

とは言っても、魔法が使えるかどうかは血筋によって決まる。生憎日本人、ひいてはアジアの極東においては、魔法の使える血族、「セルト血統」に属する人間は極少数派。それ以外は魔法の使えない「ロムルス血統」が占めている。この国において魔法なんてものは海外から輸入される、どこか遠い存在でしかない。

 

 

(暇だなぁ……)

 

教室の窓際の席に着くとある少女には、魔法の歴史など限りなくどうでもよかった。世界のどこかの国の、誰かの話。そんなものを知ったところでどうしようというのだ。

 

退屈さについ微睡みに飲まれそうになった少女は、気を紛らわすために窓から外を覗いた。差し込んだ風が、ほのかに少女の栗色の髪を揺らす。

 

春の穏やかな風に当てられた彼女は、徐々に落ち行く瞼に抵抗する術を持ち合わせる訳も無く、大きく欠伸をしてから意識を闇に落とした。

 

 

 

「……は……とは……こーとーは!」

 

自分の名前を呼ぶ声と、それに合わせて加わる振動に少女、詞は目を開いた。

 

「んあ……おはよ……」

 

鬱陶しく顔にかかる髪を払い除けながら、まだ視界のはっきりとしない目を擦る。

 

「もー、いつから寝てたの?」

 

「魔法史の途中までしか記憶ないから……午後の授業は丸々寝てたみたいだね」

 

ようやくはっきりとしてきた視界で辺りを見回すと、もう教室に残る人もまばらだった。時計は既に放課後を示している。

 

ぐーっと伸びをしてからリュックを手に取り、筆箱やノートを適当に放り込んで立ち上がった。

 

「さ、帰ろ、ヒナ」

 

そう言って友人、ヒナを置いて扉に歩き出した。

 

「もーほんとにマイペースなんだから!」

 

文句を垂れつつも、友人は詞に駆け寄り肩を並べて歩き始めた。

 

 

 

「そんな調子で中間テスト大丈夫?」

 

「さぁ……大丈夫じゃない?」

 

当然、学校に通う以上定期テストは避けられない。最後に記憶がある魔法史や、丸々寝て過ごした午後の授業にも当然テストがある訳だが、詞が高校に入ってから丸一日起きていた日数は指を折らずとも数えられる程度だ。

 

「もー、中学の時もそんなだったよね……そのくせ成績は割といいって意味わかんない」

 

「なーんかいっつも眠いんだよね。授業も面白くないし……」

 

チェーンに繋がれたパスケースをブラブラとさせながら、詞は大きく欠伸をした。

 

「それならなんで高校来たのさー、就職とかもありなのに」

 

「そりゃあ……ヒナがこの高校に行きたいって言ったからだよ。これでまた一緒にタピオカ飲めるしね」

 

そう言って不敵に笑う詞を見て、ヒナは少し耳を赤くした。それに対抗すべく、ヒナは一度咳払いをして笑い返した。

 

「へ、へえ〜そうなんだ〜、だから3年の秋ぐらいから寝る間も惜しんで勉強してたんだね〜うちの高校割とレベル高いし〜」

 

それを言われた詞は、ドキリと身体を震わせた。小学5年生の頃、詞が引っ越してきてからいつも2人でいる詞とヒナ。何事にも無気力でサボりがちな詞と、何事にも真面目で優秀なヒナ。

全くもって正反対の2人だが、喧嘩こそすれど本気で互いを嫌った事は1度も無かった。ただ、勉強したくない詞と勉強させたいヒナは、テストの期間だけはバチバチと火花を散らしている。

 

「う、うるさいなぁ。私だってそういう時くらい……」

 

「ふーん?素直になればいいのにー」

 

そんな2人の脚は、地元駅の近くにある馴染みのタピオカ専門店に向かっていた。今日は金曜日だったからだ。毎週夕方17時から18時の1時間だけ販売される、料金は通常と同じだが通常の倍の量のタピオカが入っている『タイタンミルクティ』が目的だ。

とは言っても、到底1人で処理できる量ではないのでいつも2人で1つしか買わない。正直カップル向けに販売されている節もあるが、この2人が気にするよしもなかった。

 

 

電車を降り、駅から歩いて店に着いた2人は、相変わらず人ごみで溢れるタピオカ屋の行列に並ぶ。タピオカごときの何がいいのか、という議論があるが、所詮タピオカはタピオカ。ただの食品でしかない。しかし重要なのはそこではなく、この待ち時間や買ってからゆっくり過ごす時間に意味があるのだと2人の意見は一致していた。事実、2人の間での話題は尽きない。

 

「ヒナこの間の『That』見た?」

 

「見たよー、録画だけど」

 

「ホラーだったけど大丈夫だったの?」

 

「あれホラー扱いだけどほとんどモンスターパニックだもん。ぜーんぜん余裕!」

 

「へぇ……『定子』見てて泣きついてきたのに成長したねぇ」

 

「あれは別物!てか、無理矢理見せたの詞じゃん!」

 

そんな話をしていると、いつの間にやら2人の番が近づいていた。順番を待っていると、2人の少し後ろの列から耳を突く甲高い声が飛んできた。

 

「びっくりしたあ」

 

詞とヒナが振り返ると、周囲の目も気にせずイチャイチャするカップルがいた。キスやハグなどはお手の物で、男の手は時折少女の身体をいやらしく撫で回し、少女も嬉しそうに身体をよじらせている。おまけに少女の方は詞とヒナと同じ学校の制服を着ている。

 

「買ったらすぐ出ちゃおっか。あんまいい気しないね」

 

自分と同じ学校の生徒の行為に少し呆れたように息をこぼすヒナ。

 

「うん……」

 

詞は返事をしつつも、少女の少し異様な風貌につい目がついてしまった。身長は160センチの詞から見て目の高さほどで、少し幼いと感じる顔立ち。しかし、その左手首にビッシリと巻かれた痛々しい包帯と、しっかりと握られる年季の入ったキリンのぬいぐるみが目立つ。

 

「お次のお客様ー」

 

尋常ではなさそうな少女の様子が気になりながらも、2人の会計の順番が来た。

 

「タイタンミルクティー1つお願いします」

 

「380円になりまーす」

 

そうして渡されたカップには、半分ほどまで満たされた黒いタピオカがひしめいている。集合体恐怖症も真っ青だ。

 

それを片手に帰路につく2人。

 

「詞、今日も撮ろ」

 

そう言ってヒナが差し出してきたのは、自分のスマホだ。

 

「おけー」

 

ヒナのスマホを受け取り、手慣れた手つきで操作して女子高生御用達のカメラアプリを起動する。そしてそのまま、スマホをグッと掲げシャッターを押す。

 

 

 

家に着いた頃には、詞の胃袋には腹四分くらいにまでタピオカが詰まっていた。飲み物ではあるが、軽食程度のボリュームを感じる。

 

「ただいまー」

 

声をかけても誰もいない我が家。ダイニングテーブルの上には、母親の書き置きと夕飯代1000円があった。

 

(遅番か…ご飯の材料買いに行かなきゃ)

 

書き置きを横目に、詞はそのまま自室に向かう。ブレザーをハンガーにかけ、カバンを放り投げて自身はベッドに横たわる。

 

「めんどくさぁ…」

 

恐らく、欠員などで急遽決まった遅番だろう。

丁度常備菜を切らしている今、買い出し当番の母が深夜まで帰ってこないのは死活問題だ。代わりに詞が買いに行かなければならない。横たわったままスマホを確認すると、ヒナから先ほど撮った写真が送られてきていた。

 

『今週の分!もうこれ習慣だね笑』と、一言メッセージが添えられている。クスッと笑みを浮かべて、写真を保存してから返信のメッセージを打ち込んだ。

 

『確かにね。来週も行こ』

 

高校に入って隣の地域まで活動圏が広がってから始まったこの習慣。地味かもしれないが、詞の中では大切な楽しみだった。

 

返信してスマホを閉じ、詞は枕に顔を埋める。

 

(…………ねむ……)

 

学校でも散々寝ていたが、またしても詞の意識は睡魔に飲まれていったのだった。

 

 

 

日が沈み、すっかり暗くなった神社。辺りの森は夜風に仰がれて静かな音を立てる。

半袖を着ていてもちょうどいいくらいの気温の中、神社のベンチからは姦しい声が鳴り響いていた。

 

1組の男女、夕方詞とヒナが訪れたタピオカ屋にいた男と、その恋人の少女だ。少女の手には、相変わらずキリンのぬいぐるみが握られている。

 

「もー、ナリアキくんのすけべ!」

 

「いいじゃんよ。こういうの好きなんだろ?」

 

男の手は、少女の身体をいやらしく撫で回す。

 

「まだそーゆーことは早いよー?」

 

「もう付き合って1ヶ月だし、俺はそろそろしたいよ」

 

そう言って、男の手が少女の胸に触れる。

 

「もー……」

 

それを受け入れた少女の顔はどこか曇っている。

 

柔らかな感触を手に感じ興奮を高める男の息は荒くなり、少女の身体をグッと抱き寄せた。次第に手は服の内側に潜り込み、少女の身体を弄る。

 

「やっ……ちょっと……」

 

「いいじゃんか、ここまで来たらさ」

 

少女の顔の曇りは増して行き、その目には薄っすらと涙も浮かぶ。

男の手がスカートの中に差し込まれた時、少女の顔がぐっと歪んだ。

 

「いや!!」

 

力いっぱい、女は男を突き飛ばした。予期しない強い力に、男は大きくよろけた。

 

「いってぇな……」

 

「ご、ごめん!きょ、今日はもう帰ろうよ……夜遅いしさ」

 

「は?」

 

先ほどまでとは、男の表情が違った。自分をを見下すような冷たい目に、少女は強い恐怖を覚えた。

 

「お前……いい加減にしろよ。ちょっと顔がいいからって調子乗りやがって。ったくメンヘラだからすぐヤれるって聞いてたのによ!」

 

「ちょっ、ちょっと待って!ゆうみの過去とか全部聞いて、わかったって言ってくれたじゃん!だからそういうのは……」

 

「うるせえ!てめえのことなんてどうでもいいんだよ!!」

 

「んぐっ……!!」

 

男の手によって口を塞がれ、そのままベンチから引きずり降ろされる少女。

 

「こっちに来い!」

 

ずるずると茂みに引きずられ、奥へ奥へ、人目の付かない暗闇へと少女は引きずられて行った。

 

降り積もった枯葉の上に放り出され、その上に男が覆いかぶさる。少女の着ている制服にかけられた手が、無情にもその繊維を破り裂いた。

 

(ああ……)

 

女の脳裏には、かつての記憶が次々と巡っていた。

 

幼い頃に背負った、あまりにも重い過去。質素な家庭に蔓延っていた、暴力を振るう父親の支配。その魔の手から、力のない幼かった少女は逃れることができなかった。歪んだ支配欲に穢された心と身体を支えていたのは、昔家族で出かけた時、まだ優しかった父に買ってもらったこのぬいぐるみで遊んでいた、幸せな時間の思い出だった。

 

衝撃で手から零れ落ち、土で汚れてしまったぬいぐるみ。恐怖で小刻みに震えながらも、再び掴もうと手を伸ばす。

 

「キリン……さん……」

 

その瞬間、踏み出された男の足がキリンのぬいぐるみを踏み潰した。

 

「あ」

 

「ちっ、邪魔くせえな」

 

男は踏み潰したキリンのぬいぐるみを、足元の枯れ葉ごと蹴り飛ばす。

裂けた生地から黄ばんだ綿を撒き散らしながら、ぬいぐるみは宙を舞う。

 

それを見た少女の中で、何かが壊れた。

 

「いや……」

 

「おい、騒ぐんじゃねえぞ?もし騒いだら……」

 

最早、男の声は届いていなかった。

 

最後の心の支えだったぬいぐるみ。大好きだった頃の父に買ってもらったぬいぐるみ。怪物になった父と同じことをしようとする男に数少ない美しい思い出の象徴を潰され、辛く苦しい記憶達が溢れかえり一斉にフラッシュバックする。

 

 

「いやああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

声にならない声を挙げ、体を激しく震わせる。先程までのか弱い少女の声とは明らかに異なる、耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫びだった。

 

「なっ、うるせえ!騒ぐんじゃねえ!!」

 

驚きと怒りに任せて男が殴りつけても、少女の慟哭は収まらない。

 

ただならぬ様子に怯んだ男が手を止め後ずさっても、絶望に狂った少女は叫び続けていた。

 

縋っていたものを失った絶望は、次第に怒りを、憎しみを帯びて肥大化していく。

 

その時、少女の心に何かが問いかけてきた。慟哭の中でも、その声は不気味なほど澄んで聞こえた。

 

『お前の望みはなんだ』

 

何処か荘厳な、神の宣告のような声に少女は絶望の中から言葉を吐き出す。

 

「嫌い……嫌い!!私を傷つける、全部!!!全部……壊してやる!!!」

 

『代償を捧げよ。さすれば、その願い叶えてやろう』

 

代償。願いの対価となるもの。願いが大きければ大きいほど、要求される代償も大きくなる。

 

少女が捧げることができる中で最も大切な物。

 

その時、少女が選んだものは---------

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。