Soul Sacrifice ν   作:TAXEL

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次の瞬間、衝撃で飛び上がった詞の身体がまた地面に放り出された。

「はぁっ、はぁっ」

咄嗟に起き上がる詞。心臓は今にも爆発しそうなくらいに鼓動を響かせている。

どういう訳だか生きている。何が起きたのかはわからないが、一先ず命が助かったのだけは確かだ。

衝撃で吹き飛ばされたことで、先程まで転がっていた場所からは離れていた。身起こして恐る恐る化け物の様子を覗く。化け物はその重たそうな頭を打ち付けたまま、動く気配がない。
しかし、呼吸に合わせて首がゆっくりと動いているのを見るに、間違いなく生きている。動き出すのは時間の問題だろう。

(とにかく離れないと……!)

そう思った詞がまだ震える脚に鞭打って走り出した時、僅かに化け物の頭が動いた。



ひたすら走る詞。遠くへ、遠くへ、あの化け物に見つからない場所を目指して、あてもなく走っていた。幸いまだ追ってくる様子はない。
だが、日頃運動をしているわけでもない詞の持久力など、たかが知れていた。次第に走る速度は落ちていき、とうとう歩くだけでも精一杯なほどにまでなった。

「はぁ……はぁ……流石に、ここまで来ればなんとか……」

いつのまにか、どこから来たのかもわからないくらいの距離を移動してしまっていた。
ずっと同じような景色が広がるこの森では、闇雲に進んでも帰ることはできないだろう。

辺りを見回していたその時、茂みの向こうに月明かりに照らされる建物が見えた。人がいれば、警察を呼んでもらえる。
警察があの化け物をどうにかできるかはわからないが、とりあえず家に帰ることはできるだろう。

ひとまず休めそうな建物を見つけた安堵感と、人がいて欲しいという願いを胸に、詞は建物に向かった。



「すみませーん……」

近づいてよく見たところ、この建物は廃墟のようだった。割れた窓や、半分壊れ落ちた玄関の戸など、人が生活している気配は感じない。

恐る恐る踏み入ってみたが、家の中も荒れ放題だった。かなり長い間人の手入れがなかった様に見える。
靴を脱ごうとしたが、屋外同然に汚れている床を見て、家の持ち主には申し訳ないが土足で入っていく。

全く人の気配がないが、ひとまず家屋に入れた事に少し安心感を覚える。

「スマホ……」

ポケットを弄るが、どのポケットにもスマホは入っていなかった。逃げるのに必死で気づかなかったが、先ほど魔物に吹き飛ばされた時に手放してしまったらしい。

ため息をついて家の中を少し見て回ると、古いダイヤル式の固定電話を見つけた。
埃を被った受話器を取ってダイヤルを回してみても、全く反応がない。こんな廃墟に電気が来ているはずもなかった。

地図があれば帰れるかもしれない。そう思った詞が家の中を探していると、部屋の壁全てにビッシリと本が詰まった書斎のような部屋を見つけた。
天井の窓から差し込む月明かりのおかげでかなり歩きやすい。相当大事にされていたのだろう、ボロボロだった他の部屋に比べてここはかなり綺麗だ。

「地図とかあるかなぁ……よっと」

高い位置にある本を掴もうと身体を伸ばし、本に指が引っかかったところで詞の胸あたりに激痛が走る。

「あぐっ……!!」

咄嗟にその場に蹲る詞。その上に、取り損ねた本たちが数冊バタバタと落ちた。

木に激突した時、肋骨を痛めたのだろうか。骨が痛む胸と本がぶつかり痛む頭を庇いつつ、落下してきた本を手にとってパラパラと捲る。
僅かな明かりしかなく見づらいのもあるが、読める限りどれも知らない外国語で書かれたものばかりで、何一つとして意味がわからなかった。

「はぁ……」

ため息をついて、服が汚れるのにも構わずその場に腰を下ろした。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろ……」

何故あの揺れを感じた時、その発生源が気になってしまったのだろう。あの時何も気にせず通り過ぎていれば、あの化け物に出会って吹き飛ばされることも、まともな道すら通っていないこんな場所で帰れなくなることもなかっただろう。

「なんだったんだろ、あの化け物……」

『あれは、魔物だ。気味が悪いだろ』

「『魔物』……なんか最近聞いた気がする。どこで聞いたんだろ」

『そうか、今のご時世魔物なんて言葉そうそう使わねえか。そりゃいい事だ』

「……ちょっと待って」

先ほどまで疲れで半開きだった目を見開き、ゆっくりとその場に立ち上がった。

「…………だれ?」

『俺だよ、俺』

声は、部屋の1番奥の壁から聞こえているように感じた。声が聞こえる壁に、ゆっくりと歩き出す。

『そうそう、俺はそこにいる。さすが、よくわかったな』

「……スピーカーがあるの?じゃあどっかにカメラとか……」

『あーいやいや、そりゃ全くの的外れだ。とにかくこっち来いって。ここに来れば、全てがわかる』

眉をひそめながらも、詞はその声に従うしかなかった。今の会話ができる存在はこの声以外におらず、そこに最後の望みをかけるしかなかったのだ。

奥の壁のすぐ手前に立ったが、どう見ても普通の本棚があるだけだった。

『よし……来たな。さあ、俺を手に取るんだ』

「手に取る?」

『当たり前だ。なんせ俺は……』

ガタガタッと、本棚の中段にしまわれていた1冊の本が激しく動いた。

『"本"なんだからな』

それを聞いて、詞は息を飲んだ。喋る本、魔法を宿して言葉を発したり、歌ったりする子供向けの絵本などは詞も見たことがあった。
しかし、明らかにこの本は違う。決められた台詞を喋り、歌を歌う絵本などとは違う、明確な意思を持っているのだ。

恐る恐る、動き続ける本を手に取り、その表紙に溜まったほこりを取り除く。かなり古い本のようだ。表紙は革のような素材だが、ところどころ裂けたり縫われていたりする。

「ボロい……」

『誰がボロ本だ!!!』

「ひっ!!」

目を見開き、口を大きく開けて叫ぶ本。詞は思わず小さく悲鳴をあげて取り落とした。

『いでっ!おいもう少し丁寧に扱えよ!』

「ほ、本が喋った?!」

『さっきから話してただろうが!ええい、頼むからせめて上を向けてくれ!ここの床はカビくせえんだ!』

そっと本を持ち上げ、反転していた上下を直してから机の上に置いた。

すると本は1人でに立ち上がり、その目と口を開いた。

裂けた皮のように見えていた瞼が開かれ、不気味な縦長の瞳孔を持つ目玉がギョロリと覗く。
縫い目だと思った場所は口で、ずいぶん乱雑な縫い方だと思ったが、実際には牙のような鋭い歯が並んでいたようだ。

「ごめん……びっくりして思わず……」

『いや、気にすんな。カビ臭くても俺は"鼻"がねえからな!わかんねぇや!ガハハ!!』

場を和ませようとしたのか、自虐ネタを挟む本。思わず詞も少し緊張が解れる。

「あはは……本のくせにちゃんと空気が"読める"んだね」

『ガハハハハハハ!!上手いこと言いやがって。さすが俺が選んだだけの事はあるぜ』

詞の返しに大声で笑う本。さらっと言われたことが気になった詞は、すかさずそこを問い詰める。

「選んだ……って?」

『そうだ。冗談はさておき本題に入るぞ。少し長くなるからそこにでも座れ』

そう言って本は、視線で手近にあった木製の椅子を指す。

それなりに放置されていて埃が積もってはいるが、今更そんなことは気にしていられない。詞は一瞬躊躇うも、椅子に腰掛けた。

『そうだなまずは……お前、歳はいくつだ?』

「歳?……15だけど」

『ハッ、若えな。じゃあ学校行ってんのか』

「うん、高校生だからね。……なにこれ、面接?」

『まず俺たちは互いを知らなきゃならねえ。俺のこともちゃんと教えてやるから安心しろ。で、学校は楽しいか?』

意味不明な返答に怪訝な顔をしながらも、詞は質問の答えを返す。

「楽しい……かな。多分」

『ずいぶん曖昧な言い方だな。何か引っかかることがあるのか』

「うーん何かあるというか、何もないというか……退屈なことが多いかな。授業も退屈でいつも寝ちゃうんだよね」

『ふうん……贅沢な悩みだな。親とは仲はいいのか?』

「悪くないと思うよ。うちはお母さんしかいないけど、休みの日なんかは一緒に家でのんびりしてるし……あっ」

詞が思い出した様に声を出し、顔を上げる。

『どうかしたか?』

「やばい、このことお母さんになんて言おう。多分朝になる頃には帰って来ちゃうけど、それまでに戻れるかな……」

『ハッ、もし戻れなかったら雷落ちるのか』

「怒られるのは確定だね……うーん、どうしよう」

言ってしまえば子供らしいその悩みを聞いて、本はは思わずははっと笑いを漏らす。

『ま、大丈夫だ。俺がなんとかしよう』

「……できるの?」

『みくびっちゃいけねえ。俺にかかればなんてことねえさ』

「ふーん……」

『……ところでだな』

詞の怪訝そうな視線に困ったのか、本は話題をすり替えた。

『お前、さっきは随分と酷え目にあったみたいだな?』

「……よく知ってるね」

意味不明な本と会話する非現実的な状況から、今度はついさっき死にかけたたいう非現実に引き戻された。

『魔物の気配で目が覚めたと思ったら、薄汚れたお前が転がり込んできたからな。だがまあ、いきなり魔物に襲われて五体満足なら上出来だ』

そう言われても、詞は思い出した恐怖に震える手を抑えれなかった。先程は運良く逃げ出せただけだ。突然向けられた凶悪な殺意に、詞の身体は萎縮して何をすることもできなかった。

『お前が無事に帰れる方法、知ってるぜ』

それを聞いて、詞はハッと顔を上げて本を見つめた。本は分かりづらい表情で笑みを浮かべているように見える。

「……どうすればいいの?」

胡散臭い話だが、少しでも帰れる望みがあるなら聞くしかなかった。

それを聞いた本は、今度はわかりやすく目を細めて口角を釣り上げ、笑って見せた。

『そんなもん簡単さ』



『俺を"生贄"にしろ』


第1話 ③ 『廃墟』

 

次の瞬間、衝撃で飛び上がった詞の身体がまた地面に放り出された。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

咄嗟に起き上がる詞。心臓は今にも爆発しそうなくらいに鼓動を響かせている。

 

どういう訳だか生きている。何が起きたのかはわからないが、一先ず命が助かったのだけは確かだ。

 

衝撃で吹き飛ばされたことで、先程まで転がっていた場所からは離れていた。身起こして恐る恐る化け物の様子を覗く。化け物はその重たそうな頭を打ち付けたまま、動く気配がない。

しかし、呼吸に合わせて首がゆっくりと動いているのを見るに、間違いなく生きている。動き出すのは時間の問題だろう。

 

(とにかく離れないと……!)

 

そう思った詞がまだ震える脚に鞭打って走り出した時、僅かに化け物の頭が動いた。

 

 

 

ひたすら走る詞。遠くへ、遠くへ、あの化け物に見つからない場所を目指して、あてもなく走っていた。幸いまだ追ってくる様子はない。

だが、日頃運動をしているわけでもない詞の持久力など、たかが知れていた。次第に走る速度は落ちていき、とうとう歩くだけでも精一杯なほどにまでなった。

 

「はぁ……はぁ……流石に、ここまで来ればなんとか……」

 

いつのまにか、どこから来たのかもわからないくらいの距離を移動してしまっていた。

ずっと同じような景色が広がるこの森では、闇雲に進んでも帰ることはできないだろう。

 

辺りを見回していたその時、茂みの向こうに月明かりに照らされる建物が見えた。人がいれば、警察を呼んでもらえる。

警察があの化け物をどうにかできるかはわからないが、とりあえず家に帰ることはできるだろう。

 

ひとまず休めそうな建物を見つけた安堵感と、人がいて欲しいという願いを胸に、詞は建物に向かった。

 

 

 

「すみませーん……」

 

近づいてよく見たところ、この建物は廃墟のようだった。割れた窓や、半分壊れ落ちた玄関の戸など、人が生活している気配は感じない。

 

恐る恐る踏み入ってみたが、家の中も荒れ放題だった。かなり長い間人の手入れがなかった様に見える。

靴を脱ごうとしたが、屋外同然に汚れている床を見て、家の持ち主には申し訳ないが土足で入っていく。

 

全く人の気配がないが、ひとまず家屋に入れた事に少し安心感を覚える。

 

「スマホ……」

 

ポケットを弄るが、どのポケットにもスマホは入っていなかった。逃げるのに必死で気づかなかったが、先ほど魔物に吹き飛ばされた時に手放してしまったらしい。

 

ため息をついて家の中を少し見て回ると、古いダイヤル式の固定電話を見つけた。

埃を被った受話器を取ってダイヤルを回してみても、全く反応がない。こんな廃墟に電気が来ているはずもなかった。

 

地図があれば帰れるかもしれない。そう思った詞が家の中を探していると、部屋の壁全てにビッシリと本が詰まった書斎のような部屋を見つけた。

天井の窓から差し込む月明かりのおかげでかなり歩きやすい。相当大事にされていたのだろう、ボロボロだった他の部屋に比べてここはかなり綺麗だ。

 

「地図とかあるかなぁ……よっと」

 

高い位置にある本を掴もうと身体を伸ばし、本に指が引っかかったところで詞の胸あたりに激痛が走る。

 

「あぐっ……!!」

 

咄嗟にその場に蹲る詞。その上に、取り損ねた本たちが数冊バタバタと落ちた。

 

木に激突した時、肋骨を痛めたのだろうか。骨が痛む胸と本がぶつかり痛む頭を庇いつつ、落下してきた本を手にとってパラパラと捲る。

僅かな明かりしかなく見づらいのもあるが、読める限りどれも知らない外国語で書かれたものばかりで、何一つとして意味がわからなかった。

 

「はぁ……」

 

ため息をついて、服が汚れるのにも構わずその場に腰を下ろした。

 

「どうしてこんなことになっちゃったんだろ……」

 

何故あの揺れを感じた時、その発生源が気になってしまったのだろう。あの時何も気にせず通り過ぎていれば、あの化け物に出会って吹き飛ばされることも、まともな道すら通っていないこんな場所で帰れなくなることもなかっただろう。

 

「なんだったんだろ、あの化け物……」

 

『あれは、魔物だ。気味が悪いだろ』

 

「『魔物』……なんか最近聞いた気がする。どこで聞いたんだろ」

 

『そうか、今のご時世魔物なんて言葉そうそう使わねえか。そりゃいい事だ』

 

「……ちょっと待って」

 

先ほどまで疲れで半開きだった目を見開き、ゆっくりとその場に立ち上がった。

 

「…………だれ?」

 

『俺だよ、俺』

 

声は、部屋の1番奥の壁から聞こえているように感じた。声が聞こえる壁に、ゆっくりと歩き出す。

 

『そうそう、俺はそこにいる。さすが、よくわかったな』

 

「……スピーカーがあるの?じゃあどっかにカメラとか……」

 

『あーいやいや、そりゃ全くの的外れだ。とにかくこっち来いって。ここに来れば、全てがわかる』

 

眉をひそめながらも、詞はその声に従うしかなかった。今の会話ができる存在はこの声以外におらず、そこに最後の望みをかけるしかなかったのだ。

 

奥の壁のすぐ手前に立ったが、どう見ても普通の本棚があるだけだった。

 

『よし……来たな。さあ、俺を手に取るんだ』

 

「手に取る?」

 

『当たり前だ。なんせ俺は……』

 

ガタガタッと、本棚の中段にしまわれていた1冊の本が激しく動いた。

 

『"本"なんだからな』

 

それを聞いて、詞は息を飲んだ。喋る本、魔法を宿して言葉を発したり、歌ったりする子供向けの絵本などは詞も見たことがあった。

しかし、明らかにこの本は違う。決められた台詞を喋り、歌を歌う絵本などとは違う、明確な意思を持っているのだ。

 

恐る恐る、動き続ける本を手に取り、その表紙に溜まったほこりを取り除く。かなり古い本のようだ。表紙は革のような素材だが、ところどころ裂けたり縫われていたりする。

 

「ボロい……」

 

『誰がボロ本だ!!!』

 

「ひっ!!」

 

目を見開き、口を大きく開けて叫ぶ本。詞は思わず小さく悲鳴をあげて取り落とした。

 

『いでっ!おいもう少し丁寧に扱えよ!』

 

「ほ、本が喋った?!」

 

『さっきから話してただろうが!ええい、頼むからせめて上を向けてくれ!ここの床はカビくせえんだ!』

 

そっと本を持ち上げ、反転していた上下を直してから机の上に置いた。

 

すると本は1人でに立ち上がり、その目と口を開いた。

 

裂けた皮のように見えていた瞼が開かれ、不気味な縦長の瞳孔を持つ目玉がギョロリと覗く。

縫い目だと思った場所は口で、ずいぶん乱雑な縫い方だと思ったが、実際には牙のような鋭い歯が並んでいたようだ。

 

「ごめん……びっくりして思わず……」

 

『いや、気にすんな。カビ臭くても俺は"鼻"がねえからな!わかんねぇや!ガハハ!!』

 

場を和ませようとしたのか、自虐ネタを挟む本。思わず詞も少し緊張が解れる。

 

「あはは……本のくせにちゃんと空気が"読める"んだね」

 

『ガハハハハハハ!!上手いこと言いやがって。さすが俺が選んだだけの事はあるぜ』

 

詞の返しに大声で笑う本。さらっと言われたことが気になった詞は、すかさずそこを問い詰める。

 

「選んだ……って?」

 

『そうだ。冗談はさておき本題に入るぞ。少し長くなるからそこにでも座れ』

 

そう言って本は、視線で手近にあった木製の椅子を指す。

 

それなりに放置されていて埃が積もってはいるが、今更そんなことは気にしていられない。詞は一瞬躊躇うも、椅子に腰掛けた。

 

『そうだなまずは……お前、歳はいくつだ?』

 

「歳?……15だけど」

 

『ハッ、若えな。じゃあ学校行ってんのか』

 

「うん、高校生だからね。……なにこれ、面接?」

 

『まず俺たちは互いを知らなきゃならねえ。俺のこともちゃんと教えてやるから安心しろ。で、学校は楽しいか?』

 

意味不明な返答に怪訝な顔をしながらも、詞は質問の答えを返す。

 

「楽しい……かな。多分」

 

『ずいぶん曖昧な言い方だな。何か引っかかることがあるのか』

 

「うーん何かあるというか、何もないというか……退屈なことが多いかな。授業も退屈でいつも寝ちゃうんだよね」

 

『ふうん……贅沢な悩みだな。親とは仲はいいのか?』

 

「悪くないと思うよ。うちはお母さんしかいないけど、休みの日なんかは一緒に家でのんびりしてるし……あっ」

 

詞が思い出した様に声を出し、顔を上げる。

 

『どうかしたか?』

 

「やばい、このことお母さんになんて言おう。多分朝になる頃には帰って来ちゃうけど、それまでに戻れるかな……」

 

『ハッ、もし戻れなかったら雷落ちるのか』

 

「怒られるのは確定だね……うーん、どうしよう」

 

言ってしまえば子供らしいその悩みを聞いて、本はは思わずははっと笑いを漏らす。

 

『ま、大丈夫だ。俺がなんとかしよう』

 

「……できるの?」

 

『みくびっちゃいけねえ。俺にかかればなんてことねえさ』

 

「ふーん……」

 

『……ところでだな』

 

詞の怪訝そうな視線に困ったのか、本は話題をすり替えた。

 

『お前、さっきは随分と酷え目にあったみたいだな?』

 

「……よく知ってるね」

 

意味不明な本と会話する非現実的な状況から、今度はついさっき死にかけたたいう非現実に引き戻された。

 

『魔物の気配で目が覚めたと思ったら、薄汚れたお前が転がり込んできたからな。だがまあ、いきなり魔物に襲われて五体満足なら上出来だ』

 

そう言われても、詞は思い出した恐怖に震える手を抑えれなかった。先程は運良く逃げ出せただけだ。突然向けられた凶悪な殺意に、詞の身体は萎縮して何をすることもできなかった。

 

『お前が無事に帰れる方法、知ってるぜ』

 

それを聞いて、詞はハッと顔を上げて本を見つめた。本は分かりづらい表情で笑みを浮かべているように見える。

 

「……どうすればいいの?」

 

胡散臭い話だが、少しでも帰れる望みがあるなら聞くしかなかった。

 

それを聞いた本は、今度はわかりやすく目を細めて口角を釣り上げ、笑って見せた。

 

『そんなもん簡単さ』

 

 

 

『俺を"生贄"にしろ』

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