Soul Sacrifice ν   作:TAXEL

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第1話 ④ 『生贄』

 

「ちょっ……………と待ってくれない?」

 

『溜めが長いな。なんだ?』

 

「『生贄』ってどういうこと?」

 

生贄、随分と物騒な言葉だ。何かの命の代償に何かを得る、詞の考える生贄はそんなイメージだ。

 

『あー……そうか、この国の人間はそもそも生贄魔法の文化がねえのか』

 

「だいたい、多分それ魔法関係の事だよね?私ロムルス血統だし、魔法は使えないよ?」

 

詞を含めた多くの日本人が属するロムルス血統は、「血統」とされているが実際には人種、血縁問わず先天的に魔法が使えない人間の総称だ。暗黒時代以前にも魔法を使えない人間が非常に多く、使える人間はごく少数だったため、現代においてもロムルス血統は世界人口の大半を占めている。

 

その反対の存在が、セルト血統。先天的に魔法が使える人間の総称だ。おおよそ欧米に6割、アジアに2割、アフリカに1割、その他に1割の割合で存在する。

 

『何言ってんだ?俺の鼻はごまかせねえ、お前にはセルト人の血が流れている。まあ、だいぶ薄いがな』

 

確かに、もしかしたら親類のどこかでセルト血統が混ざった可能性はある。しかし、これまで1度も魔法を使った事などない。

 

「もし私がセルト血統だとしても、そんなの無理!他のセルト血統の人に頼んだほうがいいよ」

 

『………良いのか?』

 

本の声音が一段低くなり、詞は声が詰まる。

 

『見ただろう、さっきの魔物。あれはいずれ街に出て、お前の家族も友人も見境無く殺しに行くぞ』

 

「っ……」

 

詞は、先ほど自分を襲った魔物の姿を思い出して思わず身震いした。

 

本は、ズイっと詞に詰め寄る。思わず後退りすると、本棚にぶつかり詞は板挟みになった。

 

『いいか、俺が選んだお前なら、あの魔物を止めることができる』

 

「え……?」

 

ニヤリと笑いながら、本は話を続ける。

 

『俺を生贄にして魂を取り込めば、俺の中に記された『古の魔法』を使えるようになる。お前があの魔物を倒しちまえば、お前も街の連中も無事に済むってこった』

 

「……無理だよ」

 

『あ?』

 

「そんなの無理だよ!!あんな化け物相手に!さっきだって殺されかけたんだよ?!」

 

当然だった。つい数時間前までただの高校生だったはずが、意味不明な怪物に襲われ、意味不明な本に出会い、その意味不明な本から意味不明な魔法を押しつけられようとしている。

 

あまりに急な出来事で、『はい分かりました』などと言える方がどうかしているだろう。

 

本は更に声音を強め、静かだがどこか怒りすら感じさせる声で言い放つ。

 

『だったら、お前の大事な連中は殺されていいのか』

 

「それは……」

 

こちらの選択肢を削り取るような喋りに、詞は言い返すことができなかった。

 

詞の脳裏に鮮明に過ぎる、先程の魔物の暴れ様。幅数十センチの樹木すら一撃で薙ぎ払うあの魔物が街に現れれば、どうなるかは言わずともわかる。

 

『いいか……何もこのまま突っ込んでけなんて言わねえ。言っただろ?俺には『古の魔法』、お前らが"暗黒時代"と呼ぶ時代の魔法使い達が、魔物と渡り合うために使っていた魔法が記されている。俺を生贄にして取り込めば、お前は魔物になんて負けねえ。お前は、大事な連中を守る力を手にできるんだ』

 

「守る……力」

 

その言葉を噛みしめるように繰り返したその時、振動を受けた廃墟がミシミシと音を立てた。

僅かにだが、一定のリズムで地面から振動が伝わる。リズムを刻むごとに振動は少しずつ大きくなり、何かがこちらに迫っていることを警鐘のように知らせていた。

 

『どうやら、迷っている時間はもう無いみてえだな。お前の臭いを覚えて執念深く追ってきてやがる。こんなボロ屋に隠れたところで、このままじゃなぶり殺しだな』

 

「嘘でしょ……早く逃げなきゃ……!!」

 

咄嗟に本を掴み、玄関に駆け出す詞。

外を見ると、樹々の中で明らかにゆらゆらと怪しく揺らめく姿があった。振動は、明らかにそこが発信源だ。

 

「もうこんな近くに……!」

 

『さあどうする、ここで俺を生贄にして戦うのが最善な気がするが?』

 

「うぅ……っ」

 

追い詰められた詞は、本を片手に持ったまま廃墟から飛び出し魔物と反対側に走り出した。

 

魔物が声にならない声を上げ、振動のテンポを早める。

 

『おい、どこに行くつもりだ』

 

「どうにか街に戻って、警察とか自衛隊とか、なんとかできそうな人達に……!」

 

『マっテェ』

 

『!!』

 

不気味なその声が聞こえた次の瞬間、詞は右手に握っていた本に引っ張られ地面を転がった。

 

「うわっ!!」

 

『そのまま伏せてろ!』

 

その瞬間、風を切るような音と凄まじい破壊音と共に、詞のほんの数10センチ上空を魔物の頭が横切る。体を起こし辺りを見回すと、先ほどまで詞がいた廃墟は周囲の木々ごと跡形もなく消し飛ばされていた。

 

辛うじて残った土台を見て、詞は一気に青ざめる。周囲を見回すと、少し先の岩壁に古い防空壕のような人工の横穴を見つけた。震える脚を無理矢理動かし、どうにかそこに逃げ込む。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

『さて、いよいよ逃げ場もないな』

 

ゆらゆらと揺れる魔物の影が、振動と共にゆっくりと穴に近づいてくる。

 

「どうしようっ……!死にたくない…!」

 

最奥の壁に張り付き本を強く握りしめ、恐怖に震え膝を抱える詞。

 

『………ったく、いつまでビビってやがる!!お前がここから生きて帰るには、もう戦うしかねえんだよ!!』

 

「でも……!」

 

本は詞の手を振り払い、自ら浮かび上がり詞にグッと迫る。

 

『いいか、あの化け物がお前をぶっ殺した後、何をするかはお前もわかってんだろ?次に狙われるのは街に住んでる奴らだ。そこにはお前の家族や友人も居るんだろ!ここでお前が戦わなければ、そいつらまで同じ運命だ!それでいいのか!!』

 

「うう……うるさい!!!」

 

『ぐえっ!』

 

空中から喚く本を叩き落とし、何度か大きく深呼吸をして息を落ち着かせる詞。地面に転がる本を拾い上げ、土埃を軽く払って向き直る。

 

「わかったよ……もう、やるしかない。どの道このままじゃ……どうすればいいの?」

 

『ったく……簡単な話だ。生命体を生贄にするには、力を欲する強い意志がいる。俺に右手をかざして強く願え。「力を寄越せ」ってな……!!』

 

本はそう言って詞の手から離れ、地面に立ち詞と向き直る。それと高さを合わせるように、詞もその場に膝をついた。

 

『……巻き込んじまって、悪かったな』

 

未だに震える詞の体と、恐怖に溢れる涙を見た本は申し訳なさそうに言葉を落とした。

 

「……今更謝らないでよ。こうしないと、私もここで終わりだし……」

 

震えながら、恐怖に涙を流しながら、それでも、今自分がやらねばならない現実を詞は受け入れようとしていた。

 

「みんないなくなるなんてやだ……!!」

 

詞の心からの叫び。詞にとって、退屈だった日常。ただ学校に通い、惰性で過ごす日々。それに花を添えていたのは家族や友人たちの存在、そしてなにより、ヒナの笑顔だった。

 

『ありがとよ……じゃあ、最後に伝えておこう』

 

その場でくるりと一回転して、本はニヤリと笑った。

 

 

『俺は"偽典・リブロムの書"、またの名を、"ジェフリー・リブロム"。リブロムって呼んでくれ……お前、名前は?』

 

 

「……談部……詞」

 

言葉を詰まらせながら、どうにか声を絞り出す詞。

 

『詞か、いい名前だな……。"ことば"は、人から人に"伝える"もの。俺があの暗黒時代を打ち破れたのはそれまでずっと、代々力を伝え、紡いで来た奴らがいたからだ。何文字、何単語、何文、何ページ、何冊も、それらを伝え、積み重ね、いつか打ち破れると信じてくれた奴らがいたから、俺は力を得た』

 

そういうリブロムの目は、どこか懐かしげで、同時に悲しげでもあった。

 

『今度は、俺がお前を信じて、お前に力を伝える。………"ここからは、お前の物語だ"』

 

リブロムのその言葉は、きっとリブロムに至るまでに積み重ねられ、紡がれた数多の物語の結晶なのだろう。

 

「私の……物語……」

 

リブロムの身体を中心に、赤黒い渦が巻く。禍々しくも、この瞬間をずっと待ち続けたリブロムを包み込むように、どこか優しげであった。

 

『さあ、覚悟は決まったか!俺を生贄にしてみせろ!!』

 

この言葉を受け、詞は右手をリブロムにかざした。リブロムから伸びた渦は詞の右腕に巻き付き、完全に包み込む。

 

「ううっ……!」

 

右腕を通して、リブロムの全てが流れ込んでくる。言っていたことは本当だったのだ。これまでリブロムが得たもの、力を伝えてきた者たちがかき集めた力、経験、戦術、ありとあらゆる魔法。それらが詞の右腕を中心として全身に流れ込んでくる。

 

「ああああああ!!」

 

苦しい。本という形で最適化されていた情報の大海は、想像を絶する容量を抱えていた。1人の女子高生の肉体のキャパシティなどはるかに超え、溢れんばかりに流れ込む情報に圧迫され吐き気すら催す。

 

渦は次第に収束し、詞の右腕に吸い込まれるように消えていく。渦が見えなくなった頃には詞を襲う苦しさも次第に収まり、あまりの脱力感に思わずその場に倒れ伏した。

 

「はぁっ………はぁっ……」

 

一瞬で噴き出した汗が、火照った体を冷やしていく。もはや涙か汗かもわからない。

 

あんな本、投げ捨てて逃げた方が良かったのかもしれない。こんなに苦しいことだったなんて聞いてない。最初から最後まで説明不足だ。

 

しかし自然と、詞には自分が何をどうすればいいのか、全てがわかった。まだ激しく脈打つ心臓の音を聞きながら身体を起こし、立ち上がる。

 

体の底から力が湧き上がる感覚。初めての感覚でありながら、詞はどこか懐かしさを覚えた。

 

「………………『槍魔法』」

 

右手の手のひらで、小さな輝きが形を成す。具現化された金属の欠片は、魔法を使うのに必要な『供物』。それを深く握り直し、詞は再び力を求めた。

 

詞の要求に応えるように、金属の欠片は詞が発した魔力を吸い取り白銀の一槍へと変化する。慣れた手つきでそれを振るうと、切り裂かれた空気が刹那に音を響かせた。

 

全て、何をどうすればいいのかがわかる。リブロムに積み重ねられたありとあらゆる経験と記憶が、確かに力となって詞の手に届いていた。

 

ドスドスと、鈍重な足音が近づいてくる。魔物が姿を眩ませた詞をようやく嗅ぎつけたのだ。執念深い割に随分と鼻が悪いらしい。

 

横穴の入り口から差し込んでいた月明かりが、巨大な影に遮られる。

 

『ヒ、ヒ、ヒ、ヒ』

 

不気味な笑い声を上げながら、ギラギラとした眼球が横穴を覗き込む。

 

しかし、その視線の先にいたのは、先程の恐怖に震えていた少女ではない。

 

「ありがと、リブロム」

 

そう言って優しく微笑んだ詞は、一瞬で魔物の眼球に肉薄し、槍を突き立てた。

 




本日(2024/09/18)、X(旧Twitter)のトレンドに『Soul Sacrifice』が挙がっていました!
『フリーダムウォーズ』というソルサクと同じSIEジャパンスタジオ開発ゲームのリマスター版が発売されることが決まったということで、それに巻き込まれる形ではありますが、多くの方がソルサクの話をしていてとても幸せでした。
この作品は原作ファンの方からは不評を買ってしまうかもしれませんが、自分なりのソルサク世界のその後を描いていけたらと思います。

以上、後書きという名の日記でした!
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