爆炎と爆風が収まり、周辺の空気は再び静けさに包まれた。
自身が設置した爆弾が起こした爆発に吹き飛ばされ、森の中を転がっていた詞はやっとの思いで体を起こす。
「はぁ……はぁ……」
手には何も握られていない。最早リブロムの記憶から供物を具現化させる気力も残っていなかった。
地面に力無く座りながら、先程まで大暴れしていた魔物に目をやる。頭を爆破され地面に横たわる魔物は、もう呼吸をしている様子もない。
「うぅっ……」
魔物の沈黙を確認して気が緩んだのか、先ほど痛めた胸が激しく痛みを放つ。痛めた状態で無理な動きをしたからか、先ほどよりも遥かに痛みが強くなっている。
心臓の鼓動と共に響く呼吸を圧迫するような痛みに、思わず詞は体勢を崩した。
「倒……した……」
初めて、魔物を倒した。安心感と、戦いの興奮で抑えられていた恐怖感が一気に押し寄せ、詞の瞳からボロボロと涙が溢れる。
「よかったあ……」
『本当に倒しちまうとはな……』
先程一瞬聞こえたのと同じ声が、詞の頭の中に響く。冷静になって聞いてみると、さっき散々聞いた声ではないか。
「リブロム……リブロム?!どこにいるの?!」
『お前の中だ。お前に生贄にされたとはいえ、俺の意識が消える訳じゃねえ。今はお前の中で魂がルームシェアしてるってとこだ』
「変な感じ……なんとか、倒せたよ」
まだ溢れて止まらない涙を拭いながら、詞は身を起こす。
『回復魔法を使ってみろ。今の出涸らしみてえな魔力でも、痛みを和らげるくらいはできるはずだ』
「うん……」
手のひらに現れた供物になけなしの魔力を込めると、詞の身体は僅かに緑色の光に包まれた。魔力が尽きて光が途切れてしまう頃には、胸の痛みはかなりマシになった。
「ふう……助かった。てか、さっき『本当に倒しちまうとはな』って言ってたよね?もしかして倒せるって思ってなかったの?」
痛みが治まり少し余裕が出てきた詞は、先ほどのリブロムの言葉に突っかかった。
『………ノーコメントだ』
「はは……本のままだったら、可燃ゴミにしてたかも」
乾いた笑いだが、笑顔を作れるくらいには回復できたようだ。
『残念だったな、俺の全てはお前の中に溶け込んじまった!!まだしばらくは、こうやって話しかけて助けてやっから心配すんなって』
「……ふう」
つい、ため息が出る。
その後もリブロムは何か喚いていたが、それらを無視して辺りを見回した。これからこんなやかましい本を身体に抱えて生活しなければいけないのかと思うと、詞は少し頭が痛くなる。
改めて周辺を見回すと、爆発を中心に周りの細い木々が傾いてしまっている。僅かに湿気っていたおかげで燃え移ったりしなかったのが幸いだ。
とりあえずどうにか警察に連絡……と思っていると、魔物の肉体に変化が起こった。突然黒いヘドロのような物質に変化し、ドロドロと地面に溶け出したのだ。
「うわっ!なにこれ!」
咄嗟にまだ効果が残る回避変化魔法を使い、木の上に避難した。
地面に溶け出したヘドロは、薄く広がると共に段々と霧散していく。やがてその中心、魔物を形作っていたヘドロがあったところに、人が倒れている。
「あれって……」
『さっきの魔物の"オリジナル"。要するに、あの人間が聖杯の力で魔物になっていたってことだ』
先ほどの魔物の鬼の形相が脳裏をよぎり、一瞬近づくのを躊躇った。しかし、あまりに動きがない。
木から降りて、ゆっくりゆっくりと近づいていく。慎重にその顔を覗き込んだ時、どこか見覚えがあるように感じた。幼げで、両腕に包帯を巻いた背の低い少女。着ている制服は詞と同じ高校の物だが、ボロボロになりもう使い物になりそうにない。どうにか記憶を振り絞り、思い出そうとする。
「確かこの子……タピオカの時の……」
『なんだ?知り合いか?』
「そういうわけでもないんだけど……」
今目の前に倒れている姿も、夕方たまたま見かけた時もどう見ても普通の少女だ。
「こんな女の子が、あんな魔物になるなんて想像つかないや……」
『聖杯の力だ。オリジナルが誰であれ、魔物になっちまった人間はああなっちまうのさ』
「ねえ、『聖杯』って何なの?」
『代償を受け取り、使った人間の欲望を無責任に叶える存在だ。……今はそれでいい。一時的に願いが叶うとは言え、俺が見てきた限りでは使った人間はこぞって魔物になっちまってたよ』
「そっか……この子も、何かを犠牲にしてでも、叶えたいことがあったのかな」
綺麗な顔のまま動こうとしない少女を見下ろしながら、詞はそう呟く。きっと想像もつかないようなことがあったのだろう。大事な何かを捧げてまで叶えたい欲望が生じるほどに。
「……うう……」
僅かに、少女の口から呻き声が漏れる。
それを聞き逃さなかった詞は、慌てて少女の元に駆け寄り助け起こす。
微かに意識を取り戻した少女は酷く顔色が悪く冷や汗をかき、苦しそうに息も絶え絶えだった。
「苦しそう……」
『魔物への変化は、オリジナルに強い負担をかける。あれだけ人間としての枠を逸脱した怪物になるんだ。このままだと、そう長くは保たん』
抱き抱えた少女の体温が、少しずつ下がっていく感覚が伝わってくる。少女の命の灯火が、今まさに消えようとしているのだ。
「そんな……ねえリブロム、まだ回復魔法使えるよね?!」
『魔力を供給してはいるが、そいつを助けるには正直足りん』
「そんな……」
『だが、回復魔法なんざ使わなくても助けられるぞ』
「教えて!助けなきゃ!」
『いいのか?こいつも生贄にしちまうって手もあるが……いいか、倒した魔物の元になった人間は、"生贄"にするか、"救済"するか、お前が選ぶんだ』
「生贄……」
『生贄にすれば、お前はもっと強くなれる。1度魔物になった人間は、優秀な生贄になるからな』
「……ううん、生贄にはしない」
詞の話を促すように、リブロムは押し黙る。
「リブロム言ったよね、この力は"守る力"だって。何か事情があって、聖杯に願って魔物になっちゃったんだろうけど、この子も………守らなきゃ」
『………そうか』
表情は見えないが、それを聞いたリブロムは、笑っているような気がした。
『なら、心の底から願ってみろ!こいつを救いたいってな!』
「うん」
少女をそっとその場に寝かせてから詞は跪き、右手をかざす。
(この子を……救う……この子を……救う!!)
詞の願いに応じるように、青白い魔力の流れが右腕から溢れ出し、少女を包み込んでいく。魔力は光となり、暗かった森の中を優しく照らす。暖かく、美しい光だ。
次第に増して行く輝きが最高潮に達した時、光は音を立てて弾け、小さな光の玉に変わった。
詞が右手を広げると光の玉は自然とその手の中に吸い込まれて行き、最後には静かに溶け込んで行った。
「…んっ……」
僅かな間を置いて、顔色が少し良くなった少女の瞼がかすかに動く。
「聞こえる?もう大丈夫だよ」
詞の声に反応して、少女はゆっくりと目を開けた。しばらく、ぼーっとした表情で詞を見つめる少女。魔物だった時とのあまりの差に、詞は調子が狂う。
「王子……様……?」
そう言い残して少女は、再び意識を失った。
「王子?王子……って……」
少女に意味を問おうとしたが、途端に詞の体から力が抜けていく。地面に倒れ伏し、意識が朦朧とし始めた。
『あーっと、悪い言い忘れてた。救済すると自分の体力を相手に分け与えることになっから、多分今のお前の疲れ具合からして気絶する……って、もう聞こえてないか?』
(ほんとこの本、ブ○クオフにでも売り飛ばせばよかっ……た……)
相変わらず肝心なことを言わないリブロムを心の中で呪いながら、詞の意識は暗闇へと沈んでいった。
久々の投稿となってしまいました……
実は僅かではありますが書き溜めがあります。アイデアをほぼそのまま書き出したものなので、細かな整合性や台詞の言い回しなどをチェックして修正しながら投稿しています。
なんやかんや社会の家畜なのでと言い訳します……
申し訳ありません