4月の上旬、あたりには桜が咲き誇る美しく穏やかな季節であった。時間は6時00分、小此木コノミはあくびをしながら起床した。軽く朝食の、ハムとレタスを挟めたサンドイッチを作り、それをささっと食べ終えた後に歯を磨く。それを終えるとパジャマから私服へと着替えて玄関を出る。
今日は有休を取っていた彼女は、自分で買った水色のホンダ・N-BOXで、2週間前の演習場での戦いでの犠牲者を弔うために、1人で龍寧神社へと向かった。昨日までは地獄だった。彼女は大量の、装備の損害、演習場の被害の報告書作成を行い、昨日やっとそのめんどくさい作業を終えたばかりなのだ。
既にテレビでネットなどで演習場での戦闘は知られており、彼女の近所でも、関東に住んでて大丈夫か?と囁く声が聞こえてきている。普通に考えて無理もないことであった。5年前に、怪獣6号のより小田原が壊滅したことや、今回起きた演習場での識別怪獣同士の戦いの一件でもわかる通り、近年の識別怪獣などの強力な怪獣の発生率は、関東付近に集中しており、都心はだんだんと危険な状況になってきていた。
もちろん、それは民間人だけが気にしている問題ではない。現在の政権は、1992年の米ソ関係悪化により首都機能を移設可能にしておいた名古屋や大阪に政府を避難する事を考えているし、日本防衛隊も、新規隊員の育成や、現有戦力の見直し、自演隊との連携、6号討伐作戦時に大破して修繕中のNo.s4やまともに扱える人がおらず、凍結中のNo.s6の識別怪獣兵器の戦力化などに力を入れている。
言うなれば、この怪獣災害は今回の一件で終わる訳ではなく、まだ次があると言う事なのだ。
彼女はしばらく移動すると、ビルの立ち並ぶ街の中央に、小さな森林があるのが見える。
そこが今回の目的地だった。
龍寧神社は、1657年に起きた記録に残っている上では江戸時代いや、日本防衛隊が観測した上で、明治時代までの最大の大怪獣災害、明暦の大怪獣で亡くなった、現在の防衛隊の原型となった討伐隊の人々を供養するために、江戸城付近、現代でいうところの東京都千代田区に建てられた。
明暦の大怪獣は、まだ誘導兵器や航空機や戦車、ましてや後装式ライフルが導入されておらず、大筒や刀、火縄銃などの今からすれば使い物にならない武装しかなかった江戸時代に起きた大規模な怪獣災害のため、6万を超える死傷者や、江戸城の天守閣や城の周辺が焦土と化すほどの被害を受けていた。
あくまでも、初期の龍寧神社では明暦の大怪獣で亡くなったものだけを供養していたのだが、討伐隊と関わってきて、死んだのにまともに供養してもらえないとはいたわしい、と住所が感じたのかその災害以外でも、怪獣との戦いで亡くなったものの供養をするようになった。そのため、近年では6号討伐作戦で亡くなった方々も弔っている。
あとは、あくまで噂の範囲だが、この龍寧神社の倉庫には先程言った明暦の大怪獣を含めた江戸時代の怪獣災害の資料がまとめてあって、現在の防衛隊にも重要視されているほどらしい。昭和初期までの怪獣災害の資料は存在するはしたのだが、太平洋戦争時の米軍による大空襲で大半が焼けてしまい、戦後にはロクに読めるものが残っていなかったのである。
小此木は、駐車場にN-BOXを置くと、鳥居をくぐり、ゆっくりと歩きながらに境内に入る。彼女も礼儀をわきまえているようで、中央ではなく、参道の端を歩いて本殿に向かう。
山奥にあるわけではないために、背後に立ち並ぶビルなどで神秘性は薄れはするが、本殿の美しさそのものは損なわれなかった。入り口に置いてある、少し苔のついた狛犬と阿吽の像、派手さこそないが江戸時代中期の建築美を残した本殿のつくりは、来て見るものを立ち止まらせるほどの威厳を感じさせた。後方から足音が聞こえる。
彼女もその本殿を見ながら、黙って立ち止まっていた。
「ん、小此木ちゃんやないか、君もここに来とったってことは、今日は有休取ったんか」
小此木はハッとして後ろを見つめる。背後には、見間違いではないだろう保科副隊長が右手を振っていた。彼女は慌てて返事する。
「あ、どうも・・・ええ、今日は有休とったんですよ。あと、もしかして副隊長も供養に来たんですか?」
保科は、コクリと頷く。
「せやな。どんなに関わりのないやつでも部下は部下や、亡くなった時には寺でお参りするだけじゃなくて、ちゃんと送ってやるのが上司の務めやろ」
おお、と言った顔で、彼女は保科を見つめる。
「なに、どうかしたんか?」
「いや、保科副隊長ってそんなに部下思いの人だったんだなあって思いまして」
「いや、僕だってそういう立場についとるんやからな、それぐらいはできんと成仏できへんやろ」
なんていい人なんだ、まあ自分の後処理の仕事で時間がないとはいえ
、私だったらあまり関わらない人が死んでも墓参りには言った行かず、この神社でしか供養しない。寺にも供養しにいっている事を考えると、やっぱり保科副隊長はかなりいい人だ。
保科は少し神妙な表情をする。
「それに、ここには僕のご先祖さまも祀られとるからな。そのお参りも兼ねとるんや」
小此木はああ、と言った顔をした。たしか副隊長はかなり昔から怪獣と戦っている旧家の出身だったはずだ。ならば明暦の大怪獣の時に戦って戦死したと言っても納得できる。
「そうだったんですね。そういえば、副隊長のご先祖さまってどんな感じだったんでしょうかね。それこそ同じような雰囲気だったりして」
彼女は茶化すようにそう言う。保科はニッコリ笑った。
「さすがに、これだけ昔やとかなりかわってもうてるやろ。一応母親だって元々保科家の人やないんやで」
「それでも、これだけ祀られてる人ってことはかなり人に愛されていたと思うんですよ。それこそ今の副隊長みたいな感じで」
「あんまり人を茶化すんやない」
保科は少しムッとした顔で彼女を宥めた。小此木はふと時計を見る。もう8時を過ぎていた。
「副隊長、そろそろお参りしていきません。けっこう時間たっちゃいましたし」
「それもそうやな」
そう言って、2人は本殿に向かって、賽銭を入れたあと2礼2拍手1礼した。暖かみを感じさせる穏やかな風が頬を撫でた。
用事があるのでしばし休みます。次回はエピソード2夜明けの相模原討伐戦に入ります。