平成12年年7月1日、日々野カフカは近所にある丘の上から瓦礫と化した街を見つめていた。
ずいぶんひどい有様だった。ビルや住宅地は容赦なく薙ぎ倒され、その下ではひび割れた道路の上を自動車や死体が転がっている。この世の生き地獄のようだった。
昨日、彼らのいる街に一体の怪獣が出現した。後々ニュースで見て知ったがフォルティチュードは6ほどで、これぐらいの規模の怪獣災害は今年初だったらしい。見た目はなんかヤドカリみたいな殻をかぶってるやつで、足がいっぱい付いてなんか気持ち悪かった。
そんな事を考えていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
「カフカ君、こんなところにいたの?」
彼はハッと気づいたように振り返った。今年一年生になったばかりの亜白ミナが息を切らして立っている。
日々野はいつもの口調で話す。
「おう、ここなら街全体を見渡せるからな…それにしても、ひでぇよな。これ」
彼はそう言って地上の方を向く。亜白も同情的な目で同じ方向を見つめた。
「ほんと、そうだよね。これのせいで学校無くなっちゃったし、リコちゃんにも会えなくなったから…」
彼女は両手に顔を埋める。
「リコちゃんってお前の友達だったよな?もしかして…」
日々野はそこで言葉を切った。小学生一年にそんなにはっきり言ったら余計悪化させてしまう。彼は亜白を励ますため考えこみ、なにかないかと街を見渡す。
何かを見つけたのか、彼は向こうにあるビルの下を指差した。
「あ、ほらミナ見ろよ。防衛隊だぜ」
彼の指差した方向には、黒い防護服を着て銃を持った男性が2人ぐらい歩いている。
「昨日はかっこよかったよな。体育館で避難したのに追い詰められてもうダメだって時に助けてくれたんだぜ。めちゃくちゃすげぇよな」
「たしか、私たちを助けてくれたのって四ノ宮って人だっけ?なんかテレビとかで聞くよね」
「当たり前だろ。なんたって今のところ防衛隊最強って言われているぐらい強いんだからなあの人」
日々野は喜びながら話を続ける。しかし、亜白は暗い顔のままだ。
「でも…そんな人でもリコちゃんは助けられなかったでしょ」
うーん、と彼は再び考え込む。
「あっ、ごめんそんなつもりじゃ…」
「いや、大丈夫だよ。まあ、確かにあの子はもう帰ってこない。でも、防衛隊が来なかったらもっと人が死んでただろ」
「そうだけど…だとしたら、なんで私だけが助かっちゃったんだろ」
そう言って亜白は黙りこくる。彼は厳しい顔で続けた。
「それは…やっぱり運なんだろうな。まずは自分が助かったのを喜ぶべきだ。それに、お前が友達を助けたいんだったら、頑張って防衛隊に入れば助けられるんじゃないか。少なくも…俺はそう思う」
「でも、防衛隊って入るのすごい難しいじゃらなかったっけ?」
亜白は不思議そうな顔をする。
「大人たちも言ってるけどさ、俺たちってまだ小学生なんだぜ。まだいくらでも夢は持てるだよ」
彼女の顔が少し明るくなる。
「そうだね。私、大きくなったら防衛隊に入って、とっても強い防衛隊員になるよ‼︎」
ただ励ますつもりだった日々野は、口をポカンとさせた。
「どうしたの、カフカ君?」
「ああ、いや俺はただ励ますだけのつもりで言ったから、本気にしてるのを見て驚いちゃってな」
「なにそれ、ちょっとひどいよ」
彼女は、少しむすっとしながら彼を小突く。日々野は亜白が元気になったことに心底安堵した。
「悪い悪い、なにも本気にさせるつもりはなかったんだ」
彼はそう言って彼女の左肩を叩こうとした。
すると、彼が叩くと同時に何かが落ちる音がした。赤いものが見える。
血だ。
日々野は震えながら下を見る。下には小さな左手が転がっている。
彼は後ろを向くと一目散に駆け出した。おかしい、なんでだ、俺はただ彼女を励まそうとしただけなのに。
彼の手はいつのまにか生暖かいもので濡れていた。しかし、彼はそんなことを気にすることもなくただただ走り続けた。
突如、身体が前のめりになり、世界が反転した。
「ピリリ!ピリリ!ピリリ!」
「うおっ‼︎」
日々野は情けない声を出して布団から飛び起きた。しょぼついた目で辺りを見渡す。
なんの変哲もない。いつもの部屋であった。彼は先ほどまでのことが夢だったことに少し安堵する。先ほどまで見た夢は、腕のくだりはもちろん、なんなら彼女を励ましたところも嘘だ。昔の彼がそこまで上手く彼女を元気にさせるなんて出来ない。
だいたい、彼はその時傷を負って近くの病院に入院していた。だから丘の上に行くこと自体不可能だ。
日々野は改めて手のひらを見つめた。
彼が何故このような夢を見てしまったのか、それは、前回の戦いが原因だった。
初めての戦い、もとい少女を助けた時は怪獣を殴ったのと壁をぶち壊しただけで、力を調整すれば大丈夫だと考えられた。だが、少し本気を出した怪獣7号との戦いで、彼は理解した。フォルティチュード9の力は調整をすれば確かに無事だが、全力を出すとその余波だけでかなりの被害が出るということに。
それに、怪獣である以上、力の調整はできたとしても自我を失い仲間たち人間を襲ってしまう確率もゼロではない。なんせ、体内に得体の知れないものが入っているのだ。何も起きないはずがないだろう。
彼は気を紛らわすために部屋の窓を開けた。
日々野の様子は職場に行っても変わらなかった。徳さんたちは、あいつにもそんな時はある。と感じたらしく、いつもと同じように接している。だが、正体を知っている古金は、彼の心境を理解していた。そのためか彼女は今の所彼に話しかけてこない。
「なあ、心配してくれてるのか?」
話さないと暗いままだよな、と感じた日々野は彼女に話しかける。
「あ、日々野さん。そうですね。私もやっぱり先輩がそんな気持ちになってるのは少し理解できるので…」
「悪いな」
すぐに会話が途切れてしまった。双方とも辛い顔をしている。
その後、すぐに解体の現場に向かったため、それ以降は会話をする暇もなかった。
古金はチラリと日々野の方を見る。彼女は少し考え込むような顔をして、意を決したのか彼の肩を叩く。
日々野は振り向いた。
「ん?」
「あの、お昼空いてます。ちょっと話したいことがあって…」
「別にいいけど…」
双方は再び黙りこくると作業に集中した。昼まで、2人の周りにはどんよりした空気が漂っていた。
やっと筆が進んできた