応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、ユエ君、シア君、バルロス君……でいいかな?」
簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。ハジメも握手を返しながら返事をする。
「それで、要件は?」
ハジメが聞くとイルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書をハジメ達の前に差し出した。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
ハジメは四輪駆動車を運転しながら数日前の事を思い出していた。
イルワからの依頼は伯爵家の三男が北の山脈地帯を調査に行ったきり戻って来ない。
そして、黒ランカーをボコボコにしたハジメ達に今回の1件の帳消しとユエ、シア、バルロスの身分証明を作るために受けた。
向かう先は湖畔の街”ウル”だ。
「にしてもハジメ。積極的だったな」
後部座席でのんびりしているバルロスがハジメに質問した。
その問いにユエやシアも疑問に思っているみたいだ。
「生きてる方が感じる恩がでかいだろうし……俺的にも生きて帰してやりてぇんだ」
「……ん、なるほど」
「それに聞いたんだがな、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」
「稲作?」
「おう、つまり米だ米。俺の故郷、日本の主食だ。こっち来てから一度も食べてないからな。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい」
「んで?それが食える街はなんなんだ?」
「湖畔の町ウルだ」
「はぁ〜今日もアイツを見つけれなかった」
悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩く清水幸利。
1週間前に出会った魔人族がまだいるだろうと山脈を探していたが見つかる事はなかった。
その足で幸利は水妖精の宿に入る。
「清水君。今日も山脈に行っていたのですか?」
宿に入ると愛子先生と生徒たちに騎士団が先に食事をしていた。
幸利も隣の席に座り注文を済ませる。
「はい。あの魔人族が何を企んでいるのか分からないですし。
それに山頂に行けば行くほど魔物が集まっていますので」
その話を聞いた愛子先生や護衛騎士団達はより一層警戒を強めた。
そこに幸利の料理を運んでくれた宿主のフォスが話しかける。
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていた護衛騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。
「噂をすれば」
そうこうしている内に、4人の男女は話ながら近づいてくる。
その話はカーテン越しでも聞こえていた。
「楽しみですね〜。ハジメさんの故郷の料理」
「シア、故郷の料理じゃなねぇよ。ただ此処は米を使ってるだけだぞ」
「美味いのかその米とかいう穀物は?」
「美味いに決まってる!バルロスも気に入る」
聞き覚えのある少年の声に幸利は立ち上がり勢いよくカーテンを掴み勢いで開け放った。
「ハジメ…」
「幸利。それに愛ちゃん」
幸利はハジメに近づき、勢いに任せながら両肩を掴む。
「本当に…ハジメなんだよな!」
「おいおい。俺が死んだと思ったか?」
「馬鹿野郎」
「南雲君ですよね?」
「ああ。久しぶりだな、先生」
「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね……生きていたんですね……」
再び涙目になる愛子に、俺は特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦めた。
「(やっぱ先生は良い人だな)まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ。俺としても先生達が無事で良かったよ」
「よかった。本当によかったです…あっそうだ話が聞きたいですし一緒にご飯はどうですか?」
「あぁ、構わないユエとシアとバルロスも良いか?」
「……ん」
「良いですよぉ〜」
「飯が食えるならなんでもいいぞ」
3人の返事を聞き、愛子先生達の席に向かおうとしたが、愛子先生が気になり質問をする。
「ちなみに2人は南雲君との関係は?」
「「恩人です」」
その後は愛子先生から質問され「死ぬ気で頑張った」、「死ぬ気で生きた」と端折った答えをおざなりに返していく。
そこまで聞いて愛子先生が、「もっと詳しく答えなさい!」と頬を膨らませて怒る。
全く、迫力がないのが物悲しく、ハジメは特に感じることなく、ニルシッシルを食べるのを専念した。
その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだった。見た感じ、先生に好意があるのが丸わかりだったので、愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。
「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」
ハジメは、チラリとデビッドを見ると、はぁと溜息を吐いた。
「食事中だぞ? 行儀よくしろ」
全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にした。そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さない俺から矛先を変え、その視線がシアに向く。
「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」
侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、ハジメの存在もあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。
つまり、ハジメと旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。シュンと顔を俯かせてしまったシア。
よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ていた。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。
「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」
思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡った。
「……小さい男」
それは嘲りの言葉。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子先生の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレてしまった。
「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」
無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。
その瞬間、
デビッドの手を掴み、反対の手は首根っこを掴み持ち上げる。
「おいおい、食事場で剣を抜く馬鹿がどこにいる?」
「は、離せ…」
「…ほぉ。なるほどな」
バルロスはその場に投げ捨て自分の席に戻った。
「ハジメ、その武器を仕舞え。そんなもんで殺す価値がねぇ」
ハジメは無言でドラグナーをホルスターに閉まってから全体に聞こえるようにそして、教会の騎士達だけに〝威圧〟を発動して先生に冷えきった声音で告げた。
「先生、俺が戻らなかった理由はこれだ。こいつ等、教会はゴミだ。信用出来ないし、ただ魔力が使えないだけで亜人を差別する奴等に俺は力を貸さない。寧ろ敵側についた方がマシだと思っている」
わかったか? そう眼で問いかけるハジメに、誰も何も言えなかった。直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯だった。
「シア。これが〝外〟での普通なんだ。気にしていたらキリがないぞ?」
「はぃ、そうですよね……わかってはいるのですけど……やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」
「そんな事ねぇよ」
「ふぇ?」
バルロスはシアの頭を優しく撫でる。
「そこの奴らは気にするな。実際ハジメやユエはお前の耳に興味津々で寝ている時も触っているのを俺は見ていた」
「バルロスお前?!」
「…見られてた」
「ハジメさん…ユエさん」
「それに俺の姿を見たらこいつらはシア以上に嫌われる」
「そんな事ありません!バルロスさんは優しい方です!」
「ふん…変わった奴だお前は」
シアが涙目になりながら赤く染まり、頭上のウサミミは「わーい!」と喜びを表現する様にわっさわっさと動く。
その後ハジメ達は2階の宿に向かった。
これ以上話すことは無いと食事を終わらせた。
そして夜中、愛子先生、幸利はハジメに呼び出され愛子先生の部屋集まった。
「悪いな先生、幸利」
「いいえ。それで南雲君。先生と清水君を呼んでどうしたのですか?
それにバルロスさんは何故扉側に?」
「人が来ないかここで見張っている」
「他の連中に見られたくなかったんだ、この訪問を。先生と幸利には話しておきたい事があったんだが、さっきは、教会やら王国の奴等がいたから話せなかったんだよ。内容的に、アイツ等発狂でもして暴れそうだし」
「話ですか?」
もしや、本当は戻ってくるつもりなのではと、期待に目を輝かせる先生。生徒からの相談とあれば、まさに教師の役どころであると思ったのだろう。しかし、俺は、その期待を即行で否定していく。
「いや、すまないがまだ戻るつもりはない。だから、そんな期待した目で見るのは止めてくれ……今から話す話は、先生と妙子と奈々が一番冷静に受け止められるだろうと思ったから話す。聞いた後、どうするかは三人の判断に任せるよ」
そう言ってハジメは、オスカーから聞いた〝解放者〟と狂った神の遊戯の物語を話し始めた。
「まぁ、そういうわけだ。俺が奈落の底で知った事はな。これを知ってどうするかは先生と二人に任せるよ。戯言と切って捨てるもよし、真実として行動を起こすもよし。好きにしてくれ」
「な、南雲君は、もしかして、その〝神々〟をどうにかしようと……旅を?」
「あぁ、俺は神殺しをするつもりだ」
「アテがあるのかハジメ?」
「まぁな。それともうひとつ…バルロス」
「わかってる。お前らに1つ忠告しておく。あの騎士団の中に魔人族が紛れている 」
「「?!」」
バルロスの言葉に愛子先生と幸利は驚きを隠せないでいた。
それもそのはず今まで護衛騎士団は愛子のそばにいたし、何時そんなタイミングがあったのか疑問に思えた。
「だから言っておく。背後には気をつけろ、下手したら殺される可能性もある」
バルロスはそれだけを言いハジメと一緒に部屋を出て行った。
「それで幸利。何の用だ?」
話を終えた後、ハジメの部屋について行った幸利はハジメの前に座る。
「ちょっとコイツを見て欲しくてな」
幸利が取り出したのは銃の形をした黒と白に金色のラインが入った武器と黒くベリアルと似たような絵が書かれたUSBメモリーより大きめなアイテムだった。
「ちなみに言っておくが俺が作った物ではない」
「そうだよな〜」
”おいハジメ!少し変われ!”
「幸利。ちょいと話し相手を変える」
ハジメがそう言うと前髪に赤いメッシュが入り雰囲気が少し変化した。
『…さて、清水幸利と言ったな。コイツを何処で拾った?』
「俺の部屋だ。オルクスの大迷宮に行く前に服の上に置いてあった。
最初はハジメが造った武器だと思って聞こうとしたが」
『奈落に落ちて聞けなかったと。
なら答えを教えてやる。
そいつは”ブラックスパークレンス”
”トリガーダーク”に変身するアイテムだ』
「トリガー…ダーク」
『だが、まだ使えないみたいだな』
「使えない?」
『あぁ、お前の秘めたる闇がまだ完全に出てないからだ』
「俺の…闇?」
『そうだ。その闇が完全になった時、お前はトリガーダークになれる』
ベリアルはそういい元のハジメに戻って行った。
その後は夜遅いとハジメの部屋を後にした幸利。
「心の闇…」