※あとがきに理由を書きました。
解散!と高らかに声を上げた彦兵衛の元にすぐさま不届き者である3人が集まってきて厚かましく話し始めた。彼らが言うことを纏めると、彦兵衛の家で二次会をするという事であった。
恐らく彦兵衛の残り物の味噌汁が目当てのようだった。酒を飲んだ後の〆としての味噌汁は格別だろう。どうせ、絶対ついてくるであろう三人の分はともかくとして、彦兵衛は自分の分の味噌汁には奮発して卵を入れることを決めた。食われる前に食わなければならない。前世である現代では卵は安かったが、今世では気軽に食べられないので、絶対に食われる訳にはいかなかった。
これまた帰りの道中で袖の下を貰いながら、4人並んで歩いて彦兵衛の家である長屋に帰った。やはりというか肩で風を切って歩く徳之進が一番貢物を貰う事が多かった。彦兵衛の住んでいる長屋の戸を開くと、案の定、台所で亮吉がお玉をかき回しながら、鍋の中の味噌汁を温めなおしていた。亮吉が4人に顔だけ向けて、挨拶をした。
「やぁ、皆さんお揃いで。今、お味噌汁を温めているところだから、ちょっと待ってくださいな。あっ、そうそう。彦兵衛、なんで今日もかて飯なの?白米の飯の方が絶対に美味しいのに、飯を集りに来る僕のことも少しは考えてよね」
亮吉は肩をすくめて冗談っぽく彦兵衛へ抗議をしつつ、お椀に味噌汁を注いでいた。注がれた味噌汁の入ったお椀を欠食児童の3人にお盆に乗せて手渡した。
「白米が美味いのは分かっているが、かて飯の方が安いし、なによりも江戸煩いにならない事の方が重要なのだよ。亮吉よ、君なら病の怖さが分かるはずだろう?あっ、俺の分の味噌汁は自分で淹れるから、4人分で充分だ。飯の方を茶碗によそっておいてくれよ」
色々と貢がれた品々を彦兵衛は、前世の知識で作り上げた非電化の冷蔵庫に仕舞いつつ、そう答えた。その間、全員の食事の準備が済む前に菊五郎が我慢できずに味噌汁で喉を潤した。
「熱い!だが!やはり!味噌汁はいいな!実家で飲むすまし汁とは大違いだ。それにこれはなんだろう。この具も美味いぞ」
菊五郎に釣られて、佐助衛門と徳之進が味噌汁を熱そうに啜った。一口飲んだ佐助衛門が具材を言い当てた。
「菊五郎、こりゃあ、牛蒡だね。良い出汁が出ているし、ほのかな土の風味もある。酒を飲んだあとにはぴったりだな」
いつも五月蠅い徳之進であったが、彼は猫舌だったため、味噌汁の熱さに悶えていた。その様子を「ぐふふっ、これぞ、神罰也」としようもないことを考えていた彦兵衛だった。冷蔵庫からとっておきの卵を取り出し、お玉に卵を割り入れ、味噌汁で温めて固めようとしたそのときである。飯をよそう為に茶碗を取り出そうとしたのだろうか、亮吉が彦兵衛にぶつかった。彦兵衛の手の中から卵が地面に逃げ出し、その一生を終えた。
「彦兵衛、すまん。大丈夫か?」
「お、俺の卵が…。俺の卵が死んだ。なんということだ。俺の卵が…。三日ぶりの卵が…」
人を呪わば穴二つという訳ではないが、彦兵衛に天罰が下った。彦兵衛は落とした卵を仕方が無く片づけて、自分の味噌汁をお椀に注いだ。卵の代わりといってはなんだが、乾いたあおさがあったので、自分の味噌汁に入れて潮の香りを楽しむことにした。
全員の食事準備ができたので、各々飯を食べ始めた。しかしながら、やはりというか、かて飯は不評であった。それでも、腹に溜まれば全員が満足した。房楊枝で歯を磨いている面々に向かって、彦兵衛は箪笥から3冊の本を取り出した。
「ここに亮吉に頼んで写生してもらった3冊の本がある。名付けて、【卓上遊戯本~化生退治冒険活劇~】である。諸君には、この本で遊んで貰って、不備が無いのかを調べてもらおう。問題無ければ、いつものように辰五郎に渡して江戸中で売ることになる。心してかかるがよい」
外の井戸から水を汲みだし、口をすすいで戻ってきた菊五郎がいつものように質問をした。
「はいよ、彦兵衛さん。とりあえずは、分かった。いつものように冒険の道中を紙に書けばいいんだな」
「そうだな。いつものように副読本として一緒に売る。これで諸君らの借金はもとより我々の財布が潤うはずだろう。という訳で、今度こそ解散だ」
徳之進がぎょっとした顔で尋ねてきた。
「えっ!今から酒を飲むんじゃないのか!」
彦兵衛達は顔を左右に振って、こう答えた。
「「「「いや、もう帰るぞ(帰れよ)」」」」
「嫌だ、嫌だったら嫌だ。今日は姉上が来ているんだ。絶対に小言を言われるんだ。助けて!彦兵衛!」
「さっさと持って帰ってくれ。亮吉、洗い物を頼めるか?」
「まぁ、洗っておくよ。いつもの場所に食器を置いておくから。さっさと連れて行きなされ」
「ということだから、この大きな子供を持って帰るぞ」
「あらほらさっさー」
佐助衛門と菊五郎が徳之進を羽交い絞めにし、徳之進の無防備な顎を彦兵衛が掌底で打ち揺らし徳之進が気絶したことを確かめると、彦兵衛は徳之進を二人に引き渡した。いつものことなので、二人は徳之進を引きずりながらそれぞれの実家へと帰って行った。
彦兵衛は洗い物が終わった亮吉が隣の長屋に帰って行くのを見届けると、いそいそと布団を敷いて、結局布団の打ち直しが出来なかったことを思い出し、いつもこうだなと思いつつ睡魔に襲われて眠りについた。
このお話で出た【卓上遊戯本~化生退治冒険活劇~】のゲームブックっぽいのを作っていたら、時間が掛かりすぎるのと、単純に話の広がりが作りにくいことが分かりました。
【卓上遊戯本~化生退治冒険活劇~】については、最速でGW後にできればいいなぁと思っています。